人生n週目の里香ちゃんは、今世では憂太と結ばれることを諦めたはずだった 作:しらたま大福
真っ白い部屋に、消毒液のツンとした匂いが鼻孔を擽る。今日から数日は検査の為に入院することになっている。私の為に与えられたベッドに寝転んで本を読んでいると、病室の扉が開き看護師さんが入ってきた。
「里香ちゃん、体調は大丈夫?」
「うん」
看護師さんの手の中には新しい児童書。検査入院で暇な私の為に持ってきてくれた所悪いが、正直もう少し大人向けの本を読みたいところである。まぁ、見た目が可愛らしい美少女なのでしょうがないけど。私の中身もうおばあちゃんを通り越して、化石なんだよなぁ。
「そうだ、隣の病室に里香ちゃんと同い年の男の子が入院しているよ。もしも話し相手が欲しかったら、訪ねてみると良いよ」
「うん、ありがとう」
隣の病室の男の子、十中八九私の大好きな憂太だ。私と憂太の出会いはこの病院だ。私は検査入院、憂太は肺炎でこの病院に来た。検査入院絵暇になった私は、明日の10時にこの病院の裏庭に散歩に行った。そして、私達は出会った。
『えっと……きみは?』
『……わたし?』
『う、うん』
『里香だよ』
『里香、ちゃん?』
『うん、きみは?』
『ぼくは……憂太っていうんだ』
桜がひらひらと舞う中、憂太が私に向かって呼びかけた。どこにでもあるありきたりな始まり。
『さくら、とっても似合うね』
『……あり、がとう』
私の髪にひっついていた桜の花びらを取る憂太。その光景は、傍から見ればきっと少女漫画に出てくるワンシーンのようであったに違いない。この裏庭での出会いは、愛しい憂太との大切なイベント。何度体験しても、いつも心がザワザワと忙しなく揺られる、きっとこれが何度でも恋に落ちるという感情なのだろう。
でも、今回私は裏庭にはいかない。
裏庭に行かないと言うことは、憂太との出会いのイベントをキャンセルするということ。私は――今回から憂太との未来を諦めるのだ。
どんなに頑張っても死ぬ私、そんな私を愛した憂太はずっと独身だ。憂太の幸せを願うのであるならば――私は身をひいた方がいいのだろう。
「そろそろ、……卒業しないと」
表向きは"憂太のため"と言ってはみたが……正直、私はこのエンドレスゲームに疲れたのだ。ずっと頑張るのは大変だし、何度も死ぬのは結構メンタルに来る。
だから――ずるい女である私は、表向きは憂太の為と言いながら自分のために憂太を諦めるのだ。
あの日憂太との未来を夢見た"純粋な里香ちゃん"はもういない。
「ごめんね、憂太。――幸せになってね」
でも、それでも――私は未練たらしく、翌日には裏庭が見える廊下の窓から一目だけでも見たいと憂太の姿を探すのだ。
でも不思議なことに――憂太はあの日裏庭に来なかった。