人生n週目の里香ちゃんは、今世では憂太と結ばれることを諦めたはずだった 作:しらたま大福
六月の生ぬるい夜風が私の頬を撫でる。ゾワゾワとした嫌な雰囲気が漂う学校の前に私は立っていた。
「……うわぁ、昼にも増してうじゃうじゃしてる」
私の視界に捕らえた光景は、呪霊が校内を闊歩している光景だった。
どうしてこんな死亡フラグがバリバリ立っている場所に来たかというと――それは私の第六感が今夜は学校に来ないと死ぬぞと囁いていたからだ。いや、こんな死亡フラグバリバリな学校の方が死ぬ確率高くなりそうだけど……なんて思ったけけど、第六感様のいう通りにしなければならないので大人しくバイト終わりにやってきたのである。
こんな死亡フラグマシマシな校内、死んでも入りたくないな……。そんな事を思いながらウジウジしていたのが悪かったのだろう。
『みぃ……つ、け――たァ』
「……っ!」
とても人の声とは思えない声が、私の鼓膜を震わす。その悍ましい声に、ひゅっと息が詰まった。道にある電灯の奥、"ソレ"は確実に私のことを見ていた――。ぐちゃぐちゃとしたキメラのよな化け物、一般的には呪霊と称されるものが私に向かって襲いかかる。刹那、弾かれたように私の足は動き出した。
あの呪霊は、確実に私のことを狙ってきた。だから、せめて他の人間に被害が行かないように――私は校舎内へと走った。昇降口は幸いにも空いていた。非常事態なので、土足のまま校内へと駆け込んだ。階段を駆け上がり、廊下をひたすら走る。
魔の11歳の頃、必死に死亡フラグとの命懸けの鬼ごっこをしてた私、それなりに逃げ足だけは早い。今こそ、この逃げ足を使うべきなのだろうと必死に足を動かす。
「っ、はぁ――!」
頭の中で必死にこの状況を打破するための策を練るが――残念ながら私には必殺技も、この呪霊を祓う力もない。あるのは己の足のみ。でも、この自慢の逃げ足だっていつかは限界が来る。
死にたくないと必死に全速力で駆けても、いつか体力の終わりや、集中力の欠如が訪れる。乾く喉に必死に唾を飲み込んでいたその時――呪霊がその長い手を使って、私の足元の廊下をぶち抜いた。
「――ぁ!」
幸い廊下が落ちることはなかったが、抉られた床材が私の足元を掬う。それによって、私は呆気なく体のバランスを崩し、床へと倒れ込んだ。
『オイシ、ソウ、ダナァ』
呪霊が手負の獲物をいたぶるかのように、ゆっくりと私に近づいてくる。その動き合わせて、じわじわと後退しようとしたが――引っかかった床材のせいで、変に足を捻ったようで少し足を動かすたびにジリジリとした痛みが伝わってきた。
目の前に迫った何度目かの死の香りに、頬が引き攣る。
「……いや、だ」
私の口から出るのは、嫌だという言葉。どくん、どくん、と私の心臓はまだ生きていたと必死に鼓動をしている。
「……ゆう、た……いや、だよ」
こんな時になっても、私は憂太の事を呼んでしまう。せめて、もしも死ぬのであっとしたら――せめて、最期に一眼でもいいから憂太にあいたかった。
あぁ、本当に私は嫌な奴だなぁと思う。自ら望んで憂太との未来を捨てたのに、命の危機に迫った時にやっぱりだなんて後悔をする。
「憂太……助けてっ」
その時――ガシャーンと辺りをつん裂くようなガラスがぶち破られた音がした。月明かりが照らす深夜の廊下、砕け散ったガラスがキラキラとまるで宝石のように煌めく中、一人の青年が私を守るように呪霊との間に割り込んだ。
「――消えろよ」
青年のその一声と共に、青年は大きく飛び上がった。無駄のないその動き、気づけば目の前にいたはずの呪霊の巨体には刀が突き刺さった。
瞬きをする間に起こった出来事。まるで今ままで見ていた呪霊は夢だったかのように、今この場には静寂だけが広がっていた。青年は刀についた血のようなものを拭いながら刀を収めた。
「えっと……その……貴方は?」
青年は、私の呼びかけにゆっくりと振り返った。
さらりと揺れる黒髪、優しそうな瞳。私は――その人が誰かを知っていた。私の心臓が先ほどとはまた違うときめきのような物に占拠された。
「……っ!」
「――あぁ、ごめんね。ちょっと荒っぽいところを見せちゃったかな」
そう言ってちょっと恥ずかしそうに頬をかく青年は紛れもなく、私が愛しくて、恋しくてたまらない、この世界で一番大好きな――乙骨憂太その人であった。
信じられない、どうしてこんな所に憂太が……! 考えても、考えても、ここに憂太がいる理由なんて思いつかない。
「怪我はない?」
「っあ、はい」
状況がうまく飲み込めないため、私はとっさに「はい」なんてってしまったが、正直右足がめちゃくちゃ痛いです……。憂太の姿を見て安心したせいか、どうやら強張っていた体の力が抜けてしまったため、挫いた部分はさらにジクジクと痛み出してしまった。
そんな私の心情を察したのかは分からないが、憂太はキュッと眉を寄せた。
「ねえ里香ちゃん、嘘はダメだよ」
憂太から出た私の名前に、ヒュッとなった。
え……どうして今、彼は私の名前を読んだ? 私、今ここで名乗ってもないし、ましてや小学生じゃないから名札なんてつけてないのに……。ぐるぐると回る思考の中、憂太はそっと私の前にしゃがみ込み、床に座り込む私の足に向かって手を伸ばし、私の足首へと触れた。触れられた感覚に、ピクリと無意識のうちに体が跳ねた。
「足、挫いてるでしょ?」
「……いや、その」
「そのじゃないよ」
あるで聞き分けの悪い子供に言い聞かせるように、憂太は優しく呼びかける。
「ほら、僕の首に手を回して。すぐに治してあげたいのは山々なんだけど、先に五条先生達と合流させてね」
「え、あの……きゃっ!」
突然の浮遊感。憂太は私の事を突然お姫様抱っこで抱えたのだった。突然の行動に思わず目の前にいる憂太の首に抱き付けば、憂太は満足そうに小さくクスッと笑った。
「ちょっと揺れるけど我慢してね」
「……はい」
暖かい憂太の体温。長年恋焦がれていた大好きな人の腕に抱えられて喜べばいいのか、それとも恥ずかしがればいいのか正直分からない。ただ一つ言えるのは、私はこの後どうするべきか身の振り方をしっかりと考えなければならないということだ。
憂太が私を連れて、渡廊下の上の所へと降り立った。そこには見たことのない目隠しの男性と、ツンツンヘアーが特徴的な同年代の男の子と、気絶している虎杖君の姿があった。
「あ、憂太だ。お疲れサマンサー!」
「五条先生、お疲れ様です」
「え……乙骨先輩まで、来たんですか?」
「伏黒君、久しぶり。元気そう――とは中々言えないね」
「……恥ずかしい限りです」
展開が全然読めない。とりあえずパッと見て言えることは、虎杖君以外の二人は憂太にとって知り合いor仲間だろうと言うことだ。昔はあんなに弱虫だった憂太がこうして他にお友達を作っているところをみれば、なんだか嬉しい気持ちになる。うんうんと一人心の中で納得していると、目隠しをした男性と目が合った。(目隠しているけどというツッコミは無しでお願いします)
「ねえねえ憂太、その腕の中の子は?」
「あぁ、彼女は祈本里香って言います」
「……えっと、初めまして?」
ナチュラルに憂太に自己紹介されたけど、どうして私が祈本里香だって分かっているんだ?
「あぁ、君が例の!」
「……ここの生徒だったんですか」
「そうなんだ」
三人で何納得みたいな雰囲気を出してるんですか。私は全然何も納得なんてしてないし、事態の把握なんてしてないのですが……これちゃんと説明してもらえるのかな?
「里香ちゃん、ちょっと下ろすね」
「あ、はい……」
「ちょっと反転術式で直すから、少しだけ我慢してね?」
憂太が床に私を下ろす。座る私の前に、憂太が屈んで再び私の足にゆっくりと触れた。すると――ふわっとした暖かい何かに包まれたような気がした。
「はい、これで終わりだよ」
「……痛くない」
「バッチリでしょ?」
その言葉に小さく頷いて「ありがとうございます」とお礼をいったら、憂太はどういたしましてと言ってくれた。
「流石憂太だね、反転術式もバッチリだ」
「伏黒君も後で治してあげるけど、ちょっとだけ待っててくれないかな」
「……治してもらえるだけ嬉しいですけど、どうしてですか?」
「僕はちょっと里香ちゃんに言いたい事があって」
「私?」
……一体なんだろう。でもなんだか、予想外の展開になりそうな予感がする。
「里香ちゃん、これ――受け取ってくれないかな?」
「こ……これって」
ベルベット生地の箱の中央に鎮座する、小さな銀色に光る指輪。それは誰がどう見ても結婚指輪と呼ばれるものだった。
キラキラと月明かりを受けて光る指輪と、真剣な表情で私を見る憂太の顔を順番に見比べる。きっとぽかんと間抜けな表情をしているであろう私に、憂太は言葉を紡いだ。
「僕とこの先ずっと一緒に生きて欲しい」
その言葉は、いつの日か私がいつか憂太に言って欲しい願った言葉。
「だから僕と――結婚してください」
総計数百年越しに叶った願望。でもその言葉は――憂太との未来を捨てると決めた私に言われるのは、とっても酷なことだった。もしも、憂太との未来を諦めずに一生懸命頑張ってきた私だったらきっと素直に喜べただろう。でも、今の私は……その言葉に喜ぶ資格なんてない。
だから私は憂太の為に――。
「その、私……」
困ったように半笑いを浮かべ、何も知らないふりをして、私は貴方を拒絶することに決めた。
これは、憂太の為であり、今の私の精一杯の愛情表現なのだ。今世は頑張って17歳まで生きることはできたが……もしかしたら、私は明日死ぬかもしれないし、なんならこの数時間後に死ぬ確率だってある。私の身の回りには数え切れないほどの死亡フラグがある、これは様々なフラグで死んできた私だからこそ感じるものだ。
だから、もう憂太には私のことを諦めてもらって……幸せになってもらわないといけないんだ。それが今の私にできる精一杯の選択。
「貴方の名前を、知らないので……」
私が必死に声を振り絞ってそういえば、憂太はきょとんとした後「へえ」と小さく呟いた。
「そっか、それもそうだよね」
うんうんと何かを納得したかのように、憂太は笑った。
「僕の名前は乙骨憂太。君と同い年で、里香ちゃんの事がずーっと大好きだったんだ」
「っ――!」
「里香ちゃん、僕は絶対に君のことを諦めないから。だから――お友達からでもいいから、僕と一緒にこの先を歩んで欲しいな?」
「……えっと、その……」
「……ダメ?」
憂太は私の遥か彼方にある、幼い頃と変わらない懇願するような顔で首を傾げた。私はその顔に昔から弱かったのだ、だから――。
「お……お友達、からで……お願いしますぅ」
小さな声でそう答えてしまった。
「うん、ありがとう。里香ちゃん」
ニッコリと笑う憂太。やっぱりどう足掻いても私は憂太の事が大好きな訳なので……そう言われたら断れるわけがなかった。私、この先ちゃんと誤魔化し切れるのかがとても不安になりました。