人生n週目の里香ちゃんは、今世では憂太と結ばれることを諦めたはずだった 作:しらたま大福
見慣れない景色にキョロキョロと辺りを見渡しながら私は歩く。まるで国指定文化財にも登録されてそうなほどの歴史的な建造物、東京とは感じさせない緑豊かな道を歩きながら、そっと目の前を先導するように歩く憂太の姿にどうしてこうなってしまったのかと思いを馳せた。
ここは、呪術高等専門学校東京校。表向きは宗教系の学校として知られているが、実際は呪術師を養成する学校である。呪術師界の要とも呼ばれる場所で、卒業後もここを起点にして活動する呪術師が多い。……と言うのは、憂太から聞いた話である。
さて、どうして先日までは完全な一般人だった私、祈本里香が呪術高専に来ているのかというと。――時は、2日前まで遡る。
*
深夜の学校で、憂太と再開した。数年ぶりにみた憂太は、すっかりイケメンな青年へと成長を遂げており、内心ではずっと憂太を諦めきれていなかった私の心はものすごくときめいてしまった。
そんな憂太に、うっかりプロポーズもどきをされてしまえば「お友達からよろしくおねがいします」なんて言ってしまうのもしょうがない話だと思う。誰に言い訳してるわけでもないが、思わず言い訳してしまう。
握られた手にドキマギしながらそっと彼から目を逸らせば、ぱちぱちという拍手と共に、口笛が聞こえた。
「ヒューヒュー、憂太やるねえ」
「……乙骨先輩、もう少しムードとか考えた方がいいと思いますよ」
目隠しをした白髪の男性が手を叩き、ボロボロのツンツンヘアーの子がジトッとした目でこちらをみていた。……そうだ、この場には私たち意外にも人が居たんだった。
「……っ!!」
「ちょっぴり恥ずかしいな」なんて答え憂太と裏腹に、私の頬は羞恥心で赤く染まる。いや、この状況で赤くならない方がおかしいのだ!! これって、よくよく考えれば公開プロポーズというやつなのでは……!
うー、絶対日本人には恥ずかしすぎるやつだよ!!
「教え子の晴れ姿を見届けたところで、1つ確認してもいいかな?」
「あ、はい、……」
「君って呪霊が見えるの?」
「……あの変な化け物だったら、見えます」
「いつ頃から?」
「ろ、6歳ぐらいの頃から……」
「そっかー、ふむふむ」
顎に手を当て、考え込む目隠しの人。「よし」という言葉と共に、ずいっと私の目の前までその顔を近づけてきた。目隠し男の突然の行動に私の口からは「ひぃ」という情けない声が漏れ出した。
吐息がかかるんじゃないかと程の距離感に、思わず私の真横にしゃがみ込んでいた憂太にぎゅっと抱きついた。突然抱きつかれた憂太は、その体幹を揺らすことなく私を受け止めた。そっと小さく肩を震わす私を落ち着かせるよに、その肩を抱いて、優しく声をかけてくれた。
「大丈夫だよ、里香ちゃん。五条先生は悪い人じゃないから」
よしよしと慰められれば、少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。憂太ってすごい。
……あれ。なんか憂太、めちゃくちゃ服の下がっちりしてない?? 私の気のせい??
そんな事を考えていると、私をじっと覗き込んでいた目隠しの男性が口を開いた。
「ふむふむ、君――なんか、モヤッとしてるね」
「モヤッとしてる?」
「術式っぽい何かの形はあるんだけど、……モヤがかかってるみたい」
「モヤ、ですか……」
「そう。だから、僕の六眼を持ってしても術式の認識はできないっぽい」
術式って、確かあれでしょ? 何周目かの時に聞いた説明の中で、呪霊を祓う特殊能力的な何かだったと聞いたような気がする。呪いの女王時代や、背後霊時代に何回か小耳に挟んだことあるやつだ。
「……そんなことってあるんですか?」
「普通はないね」
まぁ、私自身前世の記憶や、何度も人生をやり直してる記憶があるから一般人とは言えないですけど……。
「もしかしたら何か縛りを結ばないと発現しない変わった術式かもしれないね」
「……縛り」
憂太は何か考え込むかのように難しい顔をしている。……悩む姿もかっこいいなぁ、ずるい。
「と言う訳で、君。僕達と一緒に呪術高専に来てもらうから!」
「……え?」
憂太に見惚れていると、突然目隠しの人はとんでもないことを言い出した。呪術高専に来てもらうとか何とか。その口ぶりだと、拒否権が無いようにおもうのですが……?
「だって憂太とお友達から始めるんでしょ? やっぱりここは同じ学校に通って、あははウフフの青い春を送るのが定番でしょ!」
「あはは、ウフフって……五条先生、おっさんくさいですよ」
「恵〜、僕はまだまだピッチピチでこんなにイケメンなグットルッキングガイだよ!」
「そう言うのは結構です」
「えいえい」とボロボロの男の子の頬をつつく目隠しの人。ボロボロの男の子はイラッとしたようにすごい顔で目隠しの人を見ている。そんなこんなで突然始まった目隠しと人と、ボロボロの男の子のコントに私は置いていかれる。
ぼけーっとそのコントを見つめていれば、トントンと肩を叩かれた。
「里香ちゃん」
憂太は真面目な表情で私を見ていた。
「僕と一緒に呪術高専に行こう。今度こそ、絶対に僕が守るから」
憂太のその言葉に、私は考えた。このままずっと憂太に守られるばかりでいいのかと。"呪いの女王"の時は、私が憂太の事を守っていた。私はそれでいいと思ってたし、憂太が無事なだけで私の心は満たされてた。
でも、今この状況だとどうだろうか。里香はまだ死んでいないし、特級過呪怨霊でもないし、呪いの女王でもない。ただの祈本里香は、自分の身すらも守るすべを持たない無力な人間。
――このまま、守られるばかりじゃきっとダメだ。
「すみません……一つ、聞いてもいいですか?」
「いいよ」
「……呪術高専に行けば、身を守る術を学べますか?」
私がそう問いかければ、目隠しの人は頷いた。
「もちろん、呪術高専は未来ある呪術師を育成する為の学校。術式があるはずなのに、未だ不明というケースはかなり特殊だけど、元から術式を持たない生徒もいる。だからきっと、君も強くなれるよ」
呪術高専に行って、呪術を学べば――私は自信を持って憂太の隣に並べるかな? もしも、自分に自信が持てるほど強くなったら……今回こそ憂太と一緒になりたい。
だから、私は――。
「私――、行きます」
「いい返事だね。僕達は新入生を歓迎するよ」
呪術高専に通うことにする。呪術高専に通って、強くなったら……憂太に謝ろう。「嘘ついてごめんね、本当は覚えてるし、ずっとずっと好きだった」って告白しよう。
許してくれるかは分からないけど、もう一度だけ憂太と歩む未来を夢見たい。
「じゃあ、早速夜蛾学長に転入生増えること報告しないとな~」
「すみません、五条先生。里香ちゃんは僕と同じ二年生に転入っという形にしてもらってもいいですか?」
「え、新入生じゃだめ?」
「僕と一緒がいいです」
新入生じゃなくて二年生転入生? さっぱり意味がわからない。私は今年で18歳になる身、高校の学年で言ったら3年生だ。
「……確か、乙骨先輩って本来年齢的には3年生でしたっけ?」
「うん、僕は割と早めに呪術界に入ってきたんだけど、色々あって一年入学を遅らせたんだ」
「でも今更この子のために特別に説明係つけるのもめんどくさ……ごほん、大変だしなぁ」
「そこは大丈夫です。里香ちゃんの側にはずっと僕がついて教えます」
「任務は?」
「一緒に連れて行きます」
「……え?」
ツンツンヘアーの子が、ギョッとしたように憂太のことを見た。その顔にはありありと嘘だろと書かれていた。
「オッケー! 分かった、可愛い生徒の為だ。学長には僕から話しておくよ!」
「五条先生ありがとうございます」
「いいよ、いいよ〜。全て任せておきなさい!」
グッと親指をたてる目隠しの人と、頭を抱えるボロボロの人。「流石です、五条先生」とにこやかに答える憂太に、この目隠しの人はそんなに悪い人ではないんだろうな、なんて思った。
「じゃあ、そろそろ夜も更けてきたことだし、解散としましょうか!」
「はい」
「里香ちゃん、送っていくよ」
「えっと、ありがとう」
何か流れでお開きみたいな流れになっているけど、一つ私はどうしても気になってしまっている事がある。
「……ところで、そこで寝てる虎杖君って大丈夫なんですか?」
「あ、忘れてた。てへぺろ☆」
哀れ、後輩。
翌日、我が家へと突撃してきた五条さんと憂太は、訝しげにしてた祖母とあっという間に話をつけた。きっと祖母は私がこの家から出ていくきっかけが出来たことに安堵したのだろう。誰が好きこんで息子と嫁を殺した(と思い込んでいる)孫と一緒に住みたいと思うだろうか。私も、祖母のことが大っ嫌いなのでお互い様だけどさ。
そんな訳で、私はめでたく半ば追い出されるような形で祈本家から荷物をまとめて、東京へとやってくると言う事となった。正直、祖母から離れられるのはとても嬉しいけど……どうしてこうなった感がすごい。
おまけに、バイト先に辞めることを話に行った時に、憂太も一緒についてきて勝手にオーナー達に挨拶しちゃってるし……。奥さんの方から、優しそうでかっこいい彼氏ね!って言われてしまって、私はもう……少しだけ赤くなった頬を隠すのに必死だったのは言うまでもない。
*
そんな訳で、私はこうして呪術高専の東京校へとやってきた。辛うじて東京都内にある呪術高専ではあるが、結構東京の端の方にあり緑が豊富だった。どこか生まれ育った宮城の地を連想する風景に、少しだけ安心した気持ちもあったが、敷地が膨大すぎてちょっと遠い目になってしまった。
そんな広大な敷地に戦いている私に、憂太は先導するように学校の案内をしてくれた。(ちなみに、目隠しの人こと五条先生と虎杖くんは明日こっちに戻ってくるそうで、一足先に私達は東京に来たという運びだ)
「里香ちゃん、こっちが寮だよ」
私を呼ぶ懐かしい声にむず痒い気持ちが湧き上がる。憂太は私の手を引いて寮への道を案内してくれる。道案内は素直に嬉しいのであるのだが……私は一つだけ、どうしても道案内に集中できないでいる理由があった。
私と憂太の手は繋がれている。手のひらから伝わる私以外の温度に、惚れた弱みなのかは分からないが、どうしても脳内を甘い麻薬のような物が分泌されてクラクラとしてしまう。
このままでは説明に一切身が入らない、そう判断した私は憂太に手を離してもらいたかった。
「どうしたの?」
「えっと……その、手……」
私がそう訴えれば、優太は「手?」と言って首を傾げた。
「あっ、ごめんね」
小さな声の後、ようやく私の言いたいことに気づいてくれた憂太はそっと手を離した。
離れていく憂太の手に、自分で言っておきながらも勝手にもったいないなぁなんて思う気持ちがもくもくと湧き上がる。自分で離せと言ったくせに、いざ離れると別れた難いと思うだなんて、本当に私はわがままで嫌な女だと自己嫌悪した。
「こっちの方が良かったんでしょ?」
1度離れていった手が、再び私の手と絡まる。今度は決して離さないように、指と指の間に割り込むように絡まり合う。先程よりも指先から手のひら全体で感じる憂太の体温に、私の心臓はトクトクといっそう激しく動き始めた。
「あうっ……」
きゅっと握りしめられた指からは、私のものとは全く違う、固く、骨ばった戦う男の人の手という事を嫌でも感じてしまった。そんな現実を直視してしまい思わず手を離しそうになれば、憂太がさらにキュッと手の力を強めてしまうものだから……私の口からは思わず「ひぇっ」なんて言う変な声が出てしまった。
そんな私の反応に対して、優太は小さくふふって笑った後「可愛い」と余裕気な表情で言った。
「……いや、その、……」
違う、そうじゃない。そう声を上げられればどんなに良かったのだろう。私は決して貝殻繋ぎをしたかった訳ではなく、手を離してもらいたかったんだ!
そう声を上げようとした瞬間、憂太は魔法の言葉を呟いた。
「"友達"なら、手を繋ぐことだってあるでしょ?」
「……た、確かに?」
確かに友達同士で手を繋ぐこともあるのかもしれない。残念ながら、ろくに仲の良い友達がいた事の無い私ではその真意は定かじゃないけど。
いやしかし、友達ってこんな風に手を繋ぐものだったけ? ……分からない、だって私には友達が憂太以外居なかったから。
「だから、僕達が手を繋いでいるのは何も不思議な事じゃないんだよ」
「……そっか」
「じゃあ、気を取り直して学校案内続けよっか」
ニコニコと笑う憂太は、もう一度しっかりと握り直すようにその手に力を込めた。
……あり、もしかして私。憂太に丸め込まれた?? 一瞬そう思ったが、今の私にそれを確認する術はなかった。[完]