人生n週目の里香ちゃんは、今世では憂太と結ばれることを諦めたはずだった 作:しらたま大福
森独特の木々の匂いがふわりと届く。その匂いに、本来だったら安心感を覚えるはずなのだが……。
『――イラ、ッシャイマセ』
呪霊がビョンビョンと走り回る音、木々を薙ぎ倒しながら暴れるその音に私は現実逃避をしたくなった。ここは某県、某村の森林。呪霊がのっしのしとやってきた方角には、有名な心霊スポットとしてネットで話題の廃旅館がある。この旅館は近年廃業になったばかりではあるが、営業中だった頃から曰く付きの事件ばかり起こっていたという噂が広がり、こうして呪霊が発生するに至ったらしい。
さて、どうして私がこんな山の中にいるかというと――。
「はい、アレが今回の任務で祓う予定の呪霊だよ」
私の「勉強がてら任務をこなしてみよう!」という無茶難題なキャンペーンが行われているせいである。
私と私専属の夏油先生~殺気立った憂太を添えて〜な一行は、初登校を済ませてから直ぐに任務へと飛ばされました。私は右も左も分からないし、身を守る術もまだ持たないのにこの仕打ち……控えめに言って、呪術師界はクソなのでは?? 入学早々、早くもこの世界の真理にたどり着いた私であった。[完]
何が起こったか分からないと思うけど、私も何が起こってるかよく分かってない。
そんな私に追い打ちをかけるかのように、夏油先生は呪霊の解説を続けた。
「ちなみに今回の呪霊の等級は、1級ってところだね」
「……ヘーソウナンデスカ」
「等級というものは4級から特級まで五段階あるよ。数字が少なくなればなるほど任務の難しさは跳ね上がるのが特徴だね」
五段階表記の中の1級、という事は……。
「つまり、今回の1級の任務は……」
「まぁ、本来はキミには回ってくるはずのない任務だね」
「ですよね……」
「実際この任務は、キミじゃなくて憂太に来たやつだししょうがないよ。文句はキミの彼氏に言いな」
「彼氏じゃないです」
何度もいうが、憂太は彼氏ではない。今のところただのお友達です……まぁ、好きだけど。この想いはまだ本人には喋れないから、他の人達は茶化すのを本当にやめてほしい……。
「あ、もう祓っちゃった」
そんなことを思っていれば、目の前で繰り広げられていた呪霊との戦いは終わったようだ。憂太は最後に思いっきりその刀を振り上げ、呪霊の首を一刀両断。綺麗に首を落とされた呪霊は一瞬にして灰のように消えていった。
「……やっぱり、憂太って強いですね」
「だってこの世界に四人しかいない特級だからね」
「そんなことを言ってる先生だって特級じゃないですか」
「はは、それもそうだね」
この間仙台で会った目隠しの五条先生、目の前にいる夏油先生、会ったことのないもう一人の特級呪術師の九十九さん?、そして憂太。四人しかいない特級の中に憂太が入っているなんて……本当にすごい人になっちゃったな。昔はいじめっ子たちに虐められてメソメソ泣いてたのに……今じゃこんなにも立派になって。私は誇らしい気持ちと、ちょっぴり寂しい気持ちでいっぱいだよ。
……いや、ちょっと待って。特級二人連れて勉強してる私って……もしかしてやばいやつ?
「ところで、里香。初めて会った時から思ってたんだけど――」
「なんですか?」
私、何か変なところとかあったっけ? (憂太から何も言われてないから、多分ないと信じたい……)
「キミ、私とどこかで会ったことないかい?」
「え、ナンパですか?」
「こら、真面目な話をしてるんだから茶化さない」
「はーい」
「うーんと、夏油先生……夏油先生……」
じっと夏油先生の顔を見る。一重だけどスッと切長の目に、鼻筋がしっかりしていてとても顔が調っているのがよく分かる。
そして何より、夏油先生の特徴的で印象的なものと言えば――。
「(前髪を見たという)記憶が無いので、会ったことないと思います」
「ねぇ今、前髪見て言わなかったかい??」
「あはは、気の所為ですよ!」
この前髪、絶対1度見たら忘れないと思う。でも記憶の中にこの前髪に照合する記憶が無い、よって夏油先生とは初見である事が予想されますね! 以上、解散!!
「はい、失礼します」
「あ、憂太」
「終わったのかい?」
「ご心配なく、既に祓いました」
しっしと夏油先生を追いやるように、憂太は私を抱き上げつつ距離をとる。抱き上げられて恥ずかしい気持ちはあるが、ここ数日でかなり慣れてしまったため大人しく憂太の首元に手を回す。ないとは思うけど、落とされたくないからね……。
「里香ちゃん大丈夫? この人に変なことされてない?」
「え、特に何も無いけど……」
「本当に? 「キミが欲しい」とか、「私の大義の為にキミには協力してもらう」とか言われてない??」
「別に言われてないけど……? 先生って、もしかしてそういう事言うタイプの人なの?」
「そうだよ、だから本当に気をつけて」
「違うから!」
憂太のボケに突っ込む夏油先生。まるで頭が痛いというばかりに頭を抱えてしまった。
「……少し待ってくれ、憂太の中の私の印象がおかしいんだけど」
「でも、本当に里香ちゃんに何も無くて良かった……」
「スルーかな?」
憂太の目には、夏油先生は写ってないようだった。可哀想な夏油先生。(憐れむだけで何もしない)
「あの……ところで、なんで初心者中の初心者の私が1級の任務(ここ)にいるんですか?」
「あぁ、それはね――憂太が駄々を捏ねたからだよ」
「駄々?」
首を傾げる私に、夏油先生は続ける。
「本当だったら、短時間で呪力を身につけるために映画鑑賞をしてもらうつとりだったんだけど――」
「ダメです。もしやるというなら、僕は夏油……センセイを刺します」
「という訳で、私の安全面の為にその手は使えないんだ」
優先順位が、私の安全より夏油先生の安全というのは教師としていかがなものか?
「それがダメなら、1年生達の任務に同行してもらうのも手だけど……」
「僕は里香ちゃんから離れません」
「……という訳だよ」
確かに、これは完全なる憂太のわがままだ。本来はダメな事だけど、ほんのちょっぴり嬉しい……。憂太が私の事を考えてくれているっていう気持ちがよく伝わってくるから。
う、でも心を鬼にしてこれだけは伝えないと……。
「憂太、わがままはダメだよ?」
「ごめんね里香ちゃん。でも、僕はもう里香ちゃんを失いたくないんだ」
「……憂太」
「はいそこ、二人の世界に入らない」
私と憂太の間に割り込む夏油先生。
「全くもう、キミ達はすぐそうやってイチャイチャしだす」
「い、イチャイチャなんてしてないです!」
「はいはい、リア充はみんなそう言う」
違います!!私たちは決してリア充という獣では――!!と言葉を続けようとしたところ、夏油先生はパンパンと手を叩いた。
「さぁ、イチャイチャタイムは終了だよ。せっかくここには特級呪術師が二人もいるんだ、バシバシ扱いて早く一人前の呪術師になれるように鍛えてあげるから」
「大丈夫、里香ちゃんならきっとすぐに動けるようになるから」
ぐっと力こぶを作る憂太、その隣に立つ夏油先生。二人はちょうど逆光を受けているので……完全に今からボコられるよな気がしてならない。
「……お、お手柔らかにお願いします」
私の口から出た言葉は震えていた。