旅の終わりの、更にその先の物語。 作:しろまち
慎は洵を迎えに、めぐみは部活に。叶鳴は用事があるらしい。そういう訳で、湊と美奈子は拓郎と帰る事になった。
「そういやまだ制服の手配、出来ていないのか?」
「そうみたい」
「他人事かよ。……ま、今更制服変わっても、今のをすっかり見慣れちまってるから変な感じにはなりそうだよな」
拓郎は寮住まいなので、共に帰るといってもそこまで長い同道ではない。
他愛ない会話を交わしつつも教室に居た時と同じく何処かぼんやりとしている拓郎、それから学園を出た時から感じる視線に湊と美奈子は互いの目を合わせた。
「ところでさ」
「ん?」
「ずっと付いて来てるけど、いいの?」
すっ、と視線がやや離れた後方に向かう。するとそこには、こちらの視線に気付いて慌てて物陰に隠れながらも完全に隠れずにちらちらと視線を送っている女性が居た。
女性は学園から出た時から、ずっと湊と美奈子、拓郎の後を付いて来ていた。女性に対して、湊と美奈子に面識は無い。とすると、何かあるとするのなら拓郎の筈だ。朝、めぐみが拓郎に声を掛けた女性が居たと話していたから、それなのだろう。
「ああ、いや、その……まぁ、そうだな……」
湊と美奈子の視線を追い掛け、女性を視界に入れた拓郎が問いに歯切れ悪く返す。
女性は姉にしては歳がやや離れており、母というには近過ぎる。逆ナンだとしても、お互いこんな妙に気まずい状態には中々ならないだろう。
足を止め、女性と拓郎の間に挟まれる形で湊と美奈子は二人を交互に見遣る。現状では、女性と拓郎の間に何があったのか知る由も無く、拓郎に判断を任せるのみ。
そうして暫くした後、頭を掻き毟って何やら悩んでいた様子の拓郎が大きく溜め息を吐いた。
「……悪ぃ。ちょっと大事な用事思い出しちまってさ、先帰っててくれ」
「いいの」
確認は、先に帰る事に対してではない。
何に、とは付けられずにただ向けられた言葉に対し、拓郎は思わず面食らったかのように目を瞬かせる。そこから数瞬後、まるで自分を奮起させるかのように両手で自らの頬を叩くと、力強く頷いた。
「……ああ。これは多分、俺の問題だ。だから俺が向き合わなきゃならねぇ」
「……分かった」
返る答えに、湊と美奈子がそれ以上紡ぐ言葉は無い。
了承を受け取った拓郎は通学鞄を持ち直すと、身を翻す。完全に身体が後方へ向く前に、拓郎は湊と美奈子へ向けて手を振った。
「……ありがとな。また学校で会おうぜ!」
拓郎が湊と美奈子から背を向け、駆け出していく。向かう先は分かっていたので湊と美奈子も引き留めず、軽く見送るのみに留めて歩みを再開した。
「何処行こうか」
「買い出しとか? トイレットペーパーのストック、結構少なくなってたし」
「ああ……歯磨き粉もそろそろ搾り出すの辛くなって来たから、新しいの買っていいかな」
寝起きしているマンションの家賃やら光熱費は湊と美奈子の知らない所から引き落とされているようなのだが、日々寝起きしている以上、普通に生活用品は消耗する。自動的に補充されているという事も無く、その辺りは自分達で調達しておかないといけなかった。
多めに貰い過ぎている生活費のお陰で、予算的な問題は無い。何が不足しそうかとあれこれと考えながら歩いていると、ふと前方に見知った人物の姿が見えた。
「あれは……」
凪の杜学園の制服を着た、大人しげな女生徒。叶鳴だった。
多少距離もあった為か、湊と美奈子の存在に叶鳴が気付いた様子は今の所無い。前方に居る叶鳴は何かを探すようでありながら、何処か目の焦点が合っていないかのようにも見えた。
「……」
そのままふらりと何処かへ向かう様子の叶鳴に、湊と美奈子がお互いに顔を見合わせたのは一瞬。ほとんど同時に頷き、やや距離を保った状態で叶鳴の後を尾ける事にした。
今日は用事があるといって、先に帰ったのではなかったのか。用事といっても色々あるのだろうから、早めに終わったという事もあるかもしれない。しかし湊と美奈子が見た叶鳴の様子に、そういった他愛の無い理由ではないのだと経験に近い既視感が教えていた。
凪の杜学園から離れ、学生達がよく遊びに寄るような繁華街を離れ、中心部から些か離れた人通りも少ない場所。都市部近郊でも、賑わっている所から少し離れるとすっかり寂しくなってしまうのは珍しくない、そういった場所に入った所で叶鳴の前に現われたのは見知らぬ若者達だった。
若者達は制服を着ていない。湊と美奈子に覚えは無い。見た目で判断するのは良くないと知っていても叶鳴とはあまり縁の無さそうな出で立ちで、余計にちぐはぐ感が際立つ。
先ずは様子見と物陰に隠れつつ叶鳴と若者達のやり取りを傍観していたものの、その中で「影抜き」という単語が出ると同時、湊と美奈子は前へ飛び出した。
「なっ、お前ら何だよ!?」
「お二人とも……どうして……」
湊は叶鳴の前に立ち、美奈子は叶鳴を背に庇う。突然の乱入に叶鳴と若者達、どちらも同時に驚愕に声を上げた。
「影抜き、って聞こえた」
「何だ、その子と同じで興味あるクチか? そうそう、今すぐ急ぎでやって欲しいって言うから……」
「止めろって、言ったよね?」
若者達の言葉を遮り、叶鳴に詰問する。
ずっと前から、めぐみが口を酸っぱくする程に言っていた。聞いていない筈も、知らない筈も無い。つい今日も言われていたではないか。それなのに外部の者を利用してまで、否、学校内での制限が厳しくなったから外部の者に頼るようになったのか。
「それ、は……」
茫洋としていた叶鳴の瞳が揺らぎ、頼りなく視線が伏せられる。
胸の前で合わせ組まれた手は、何処にも居ない何かに対して祈るように小さく震えていた。