旅の終わりの、更にその先の物語。 作:しろまち
繰り返し流れるCM音楽。あまりにも流れ過ぎて耳に入り過ぎて、つい口ずさむどころか身体ごと反応してしまいそうになる。
あの怪しげな欲の友と同じく変な力でも働いているのだろうか、と思いながら、湊は綾凪市内のスーパーに来ていた。
影抜きをしようとしていた叶鳴は美奈子に送っていくよう任せた。叶鳴が呼び出したという影抜きサークルの若者達は適当にあしらったのでその後はよく分からないが、正直どうでもいいので特に気にもしない。美奈子はその後で寄り道したい所があるらしく、本日の買い物と夕飯作りは湊の担当という事になったのだった。
「何しようかな……」
生鮮食料品コーナーをうろつきながら、ぼんやりと呟く。
特に何が食べたいだのとかリクエストも無く、何でもいいが自分達の事ではありながら一番困る状況下。取り敢えず米はあったよな、と何の指針にもならない事を思う。
スーパー内は夕食前の時間帯だけあって、そこそこの人の入りようだ。カートを引きながら手際良く品物を買い物カゴに入れていくご婦人が横を通り過ぎていくのを眺めていると、ふと野菜売り場の所に立つ姿に目を瞬かせた。
「あ」
「……え? 君は……確か病院で……」
思わず声に出すと、声が聞こえたのか視線の先の人物が湊の方に振り返る。そこには、病院で病室の行き先を訊いた人物――確か、瀬田 総司といったか。その人が居た。
総司の方も湊に気付くと、覚えがあったらしく眉を隠した前髪の下で目を瞬かせている。お互い目が合ったからにはそのまま無視するのも居心地悪く、湊は総司の許まで近付いた。
「どうも」
「……ああ。君は買い物……だよな、ここスーパーだし」
軽く湊が頭を下げると、総司も会釈を返す。
多分、総司の方も買い物だろう。このスーパーは病院からそう遠くもないので、綾凪市内かその近郊に住んでいるのなら近くのスーパーを利用するのも別段おかしくはない。総司の台詞通り、ここはスーパーであるし、バイトのような見た目もしていないので目的は買い物以外の何物でもないのだろう。
故に当たり前と言えば当たり前の確認に同じく当たり前のように湊は首肯を返し、改めて総司を見た。
病院で見た時は作業着にも似たような格好だったが、今はラフな普段着といった装いだ。ブランドがどうのとかは湊には分からないので、その辺の思考は投げ置く。改めてみるとやはり若いが確実に湊よりは年上で、そして「やはり」何処か不思議な感覚がした。
その感覚が何なのか、湊には分からない。恐らく、総司本人に言った所で分かる訳もなく、困らせてしまうだけだろう。それは分かっていたので、湊は別の話題を口にする事にした。
「……キャベツ」
「えっ。あ、ああ、特売だったから」
唐突に放たれた一単語に再び総司が目を瞬かせたものの、直ぐに理解が及んだように自身が持つ野菜を示す。
総司が持っていたのは、一玉のキャベツ。近くの棚には本日特売日という赤文字と一緒に、多分普通よりもかなりお安いであろう値段が明記されていた。
「……でも、キャベツって丸々一玉は一人だと中々消費し切れないって言うよな」
ふと、まるで誰かの言葉を思い出すように、総司が困った笑みを浮かべて言う。
それはただの何気ない世間話のようで、それにしてはひどく深い霧に隠れた影を見るようで、しかし湊は何故なのか判別する事も出来ないまま静かに首を振った。
「どうかな、今は一人じゃないから」
「……そうか」
返す総司の声音が落ちる。やはりと言うべきなのか、ただの世間話の相槌にしては何かが見えそうで、逆に何も見えない。
どうしてだろう。どうしてそんなに、と疑問に思いながらも上手く言語化が出来ず、けれども湊はだけど、と逆接の言葉を続けた。
「でも献立に悩むのは同じだ。だから、何か良い献立、一緒に考えて欲しい」
そう言って、湊は自身もキャベツを手に取る。
分からない、と迷って、悩んで。けれど、共に探す事も出来るから。
そんな意味を込めた訳ではないけれど、手にしたキャベツ越しに見た総司の顔が僅かに驚いた後、ほんの少しだけ微笑ったように湊には見えていた。