旅の終わりの、更にその先の物語。 作:しろまち
凪の杜学園のグラウンド、その片隅。
部員数の多い部活動がグラウンドの大部分を使用している中で、湊と美奈子が向かったのはストリートダンス部が活動している一角だった。
「あっ……こんにちは」
「有里さんに有里君? どうしたの?」
最初に洵が湊と美奈子に気付き、続いて洵に何か話していためぐみが気付いて振り返る。洵とめぐみの他には、同じストリートダンス部らしき女生徒が一人居るのみだった。
「……見学?」
「と、差し入れ!」
こてん、と湊が首を傾げ、美奈子が抱えていた飲み物を差し出す。学園内の自販機で買ったものだ。つい、癖で多く買い過ぎてしまった。
「あれ? その子達、先日転校してきたばかりっていう子?」
「あー、確かに転校生だけど、それは別のっていうか……洵君と、お兄さんが転校して来た時に、ちょうど転校して来た方です」
「一学年に四人も転校生とか珍しいよね。……あ、差し入れありがと」
先輩らしき女生徒も近付いて来て、湊と美奈子を眺めてそう感想を漏らす。確かに先日、また新しく転校生がやって来たばかりな上にまだ湊と美奈子は月光館学園の制服のままだ。そちらと混同してしまってもおかしくはない。
一学年、それも一クラスに一年の内で自ら含め三人転校生がやって来た身としては、転校生がやって来る頻度については取り敢えず口を噤んでおく。また転校生、と月光館でも言われていたような気はした。
「めぐみさんから、ストリートダンス部の説明して貰ってたんだ」
「他の部と比べたら部員も少ないけど、結構自由なんだよ」
洵がこの場に居る理由を説明し、めぐみが困ったような笑み混じりに肩を竦める。
見た所、めぐみと共に居る先輩らしい女生徒の他に部員らしい姿は無い。部といっても、同好会のような位置づけなのだろうか。
そうして湊と美奈子もついでにストリートダンス部の活動について話を聞き、暫く経った所で時計を見た洵がめぐみや先輩の女生徒に向かって頭を下げた。
「あ……そろそろ帰らないと。慎兄ちゃんが待ってるみたいで……僕はこれで失礼します」
「そっか、入部は勿論見学もいつでもいいからね!」
「めぐみ、私達も今日はこのくらいにしとこっか。片付けは私がやっておくから、先に帰りなよ」
「えっ、すみません、ありがとうございます!」
帰っていく洵を見送った後、先輩らしい女生徒がめぐみに声を掛ける。先輩からの気遣いにめぐみは恐縮しながらも、自らを鼓舞するように肩の力を入れ直して大きく息を吐いた。
「後輩の部員も増えるし、もっと頑張らないと! 合宿とか、悠美先輩だって良くなってるみたいだし、きっと……」
自らに言い聞かせるように零れる言葉が後になるにつれ弱くなり、めぐみはそれを振り払うように大きく首を振る。それから、きっ、と眉と共に顔を上げると先輩の女生徒、更にふと思い出したように湊と美奈子の方を見た。
「……あ、そういえば叶鳴の事、教えてくれてありがとう。それじゃ舞子先輩、お先に失礼します!」
勢い良く頭を下げ、めぐみはグラウンドから寮がある方向へ走っていく。何処か考え込むように鞄から携帯を取り出すめぐみの後ろ姿を暫く眺めた後、残された湊と美奈子へ向けて先輩の女生徒――
「えーと、帰り、ちょっと良い?」
然程時間を要しなかった片付けを終えた後、湊と美奈子は舞子と帰る事にする。
「うーん……後輩に奢られるのは先輩としてちょっと変な感じ」
「普通のたこ入りのたこ焼きだけど」
「たこ入りじゃないたこ焼きってもうたこ焼きじゃなくない?」
「世の中にはたこじゃないのが入ってるたこ焼きがあって」
なお何が入っているのかは知りたくないので謎のままだ。
途中で立ち寄ったたこ焼き屋で買った普通のたこ焼きを摘まみながら、湊と美奈子は舞子と共に帰途を共にする。勿論、舞子とは住まう場所が違うので、途中までだが。
「はふっ……でも美味しい。たこ焼きなんて、久々に食べたかも」
熱々のたこ焼きを頬張り、差し入れのモロナミンGで喉を潤す。そうしてやや落ち着いた所で、舞子は話を切り出した。
「……うちのストリートダンス部さ、私とめぐみと……あと今は入院してる三年の悠美って子が部員でね。今もだけど部員が少ない分、結構距離が近くて、特に悠美とめぐみは仲良かったの」
現在入院している三年の、悠美という先輩。それは前に、湊と美奈子も見舞いに行った田坂 悠美の事だろう。もしかしたら、めぐみも舞子に湊と美奈子が見舞いに行った事を話したのかもしれない。
舞子が言うには、一年の時のめぐみは今と比べて少し荒れていたらしい。それを悠美が根気強く、そして真摯に向き合って立ち直らせたのだという。なのでめぐみは悠美の事を強く慕い、悠美もめぐみの事をよく気遣っていた。
「まるで、姉妹みたいでね」
悠美と比べると舞子とめぐみとの距離は近くはないと舞子は自分でそう言いながらも、それでも何となく分かる事はあるのだと言う。
「めぐみ、お母さんと気まずいみたいで。……私も、両親が離婚してるから何となく他人事には思えなくて」
ぽつりと漏れた舞子の言葉を、湊と美奈子はただ黙って耳を傾ける。
「お父さんもお母さんも大好きで、離婚して欲しくなくて頑張ったつもりなんだけど、結局駄目で……きっとどっちもどうしようもない事情があるっていうのは、分かってたの。でもね、やっぱり、どうして! って思っちゃって余計に気まずくって……あ、ごめんね、こんな話しちゃって」
「気にしてない」
「嫌じゃないから、平気」
堰を切ったように流れ出した自らの言葉に我に返ったように舞子が途中で言葉を切り、湊と美奈子に頭を垂れて謝罪する。それを湊と美奈子はそれぞれ首を横に振って否定すると、舞子は少し困ったように眉を下げてから何処か安心するように胸を撫で下ろした。
「めぐみの事も、友達だからって本人の居ない所でこういう事を話すのは良くないって思ってるけど……何でだろう、知って欲しかったのかな。私もね、何だか不思議なんだ。つい話したくなるっていうか、話してもいいんだって思えて」
ついさっき知り合ったばかりなのにね、と舞子が湊と美奈子を見る。
「勝手だけど、でも……だからめぐみの事、よろしくね」
「うん」
「勿論」
真剣に頼み込む舞子に湊と美奈子は頷き、
「だから舞子も頼りにして。友達みたいに」
「舞子ちゃんもどーんと頼っちゃって。姉妹みたいに!」
それぞれ躊躇い無く、言葉を口にする。
躊躇無く、明瞭に言い切った湊と美奈子の言葉に舞子は呆気に取られたように目を丸くし、暫く言葉を失う。そして数秒後、思わず堪え切れないとばかりに笑い出した。
「もうっ、こっちが先輩なのに。それにいきなり名前呼びとか凄い度胸……」
でも、と呟く声音に、過ぎ去った懐かしさがほんの少し滲むのを湊と美奈子は感じながら、続く舞子の言葉を静かに聞く。
「悠美とめぐみは姉妹みたいに仲が良くて、ちょっと羨ましかったの。でも私には、お兄ちゃんとお姉ちゃんが出来たみたい」
年下だけど、と。
そう言って笑う舞子を、湊と美奈子はただ見つめる。浮かび上がる想いを心の海に沈め、手許のたこ焼きのすっかり冷めた温度を感じながら。