旅の終わりの、更にその先の物語。 作:しろまち
綾凪市内のファミレス。
店内のボックス席の一角で、
「連絡寄越さない兄貴が悪いんじゃないか、閉め出し食らってたらどうするんだよ」
「こうして迎えに来ただろう。それに鍵と番号は変えていないと言った」
「……そんなん覚えてない」
叔母の許から綾凪市へ来た神郷家の次男と三男、
しかしながら迎えにどころか連絡も中々付かず、先に住まいの方へと行ってしまおうか――そんな風に決めかけた所で、ようやく諒が迎えに来たのだった。
諒の言によると、これでも当初よりも早くに終わった方らしい。折り返しの連絡も無く、ようやく迎えに来た時点でもかなり遅くなっていたというのにこれで更に遅くなっていたというのなら、とんだ待ちぼうけになっていたではないか。
再会の喜びよりも気恥ずかしさ故についつい不満の言葉が出る慎と、久々の再会にも関わらず明らかに素っ気無い諒。折角の兄弟揃っての夕食だというのに、気まずさが流れる空気に洵が眉を寄せて少し困った顔でファミレス内を見回すと、入り口辺りで新たな客が入って来た所だった。
些か夕食時には遅い時間とはいえ、それでも店内は現在満席状態らしい。店員が制服姿の男女に対し、ウェイティングボードに名前を書くよう案内していた。
「洵? どうした?」
兄が怪訝に呼び掛ける声を聞きながら、洵は制服姿の少年と少女を見つめる。
黒を基調としたブレザー型の制服。男女故に当然の事ながら全く同じではないが、デザインはよく似ているから恐らく同じ学校の制服なのだろう。
見慣れない。それもあるのかもしれない。ただ、それ以上に。
「同じ……?」
不意に口から零れ落ちた呟き。それを聞き取ったかどうかは分からない。しかし洵が思わず言葉を漏らした直後、入り口近くに居た少年と少女が全く同じタイミングで洵の方へ振り向いた。
少年と少女が、はっとしたような、何処か驚いたように目を見開いてから、洵の方を見ると今度は怪訝そうに目を瞬かせている。
振り返るタイミングといい、その所作は少年と少女どちらも揃ってそっくりで。まるで双子のようだとも思えるかもしれない様を、しかし洵は洵達だから故に見つめた少年と少女を「同じだ」と感じた。
「洵」
少年と少女を見つめたままの洵に、再度兄から声が掛かる。それに洵は我に返ると兄達の方へ振り向き、しかし少年と少女の方へまた視線を向けて店員に声を掛けた。
「あの。ここ、相席でも大丈夫です」
「はっ? お、おい洵……」
「良いでしょ、諒兄ちゃんも慎兄ちゃんも」
思わず声を上げ掛けた慎の言葉を遮るようにして、洵は半ば強引に兄達へ同意を求める。
兄達の事、いきなりだったとしても見ず知らずとはいえ何か確執がある訳でもない者達を邪険に扱うような事はしないと分かっている。洵の突然の言葉にも、慎は戸惑いつつ、諒は相変わらず表情を変えずに頷いた。
「構わない」
「まぁ……そりゃ、別に良いけどさ」
予想通りの答えに思わず洵の顔に僅かな笑みが零れつつ、再び店員や少年と少女の方へ向き直す。
先客である洵達が相席の提案と了承を受け、店員が少年と少女を洵達が座っている席へ案内する。
「ありがとう。席、お邪魔します!」
「助かったよ、ありがとう」
やや勢い良く頭を下げて明るく言った少女は慎と洵が座っている側へ、軽く頭を垂れるに留めて短く礼を告げた少年は諒が座る側の席へ腰を下ろす。6人掛けのボックス席の為、座るスペース的にはちょうど良くなった。
店員が改めて水とおしぼり、それから一旦引いたメニューを持って来る。少年と少女がそれらを受け取りながらもその一方で洵の方へ視線を向けている事に気付いて、洵は訝しげに眉を潜めた。
「……えぇと、あの、何……?」
やはり突然声を掛けたのはまずかっただろうか。恐らく面識も無い筈だろうに相席を持ち掛けたのだから、不審に思うのは当然だ。そう思った洵が控えめに伺った所、少年と少女は洵の呼び掛けに最初に声を掛けた時と同じように数度瞬きを繰り返してから首を横へ振った。
「あっ、ううん、何でも。知り合いに声がちょっと似てたから、びっくりしただけ」
「見た目とかは二人とも全然違うから、気にしなくていいよ」
二人、と洵が何か言葉を出すよりも早く、少年の言葉に少女が呟く。
然程大きくも無かった筈の少女の呟きを聞き取った少年がメニューから視線を持ち上げ、少女と視線を合わせる。その面がどちらも鏡合わせのように、その癖無表情にも見えた。
「僕はそう」
「そっか」
短い言葉に返す言葉も短く、そして淡々と。再びメニューの方へ視線が落ちた少年と同じく、少女もメニューを見た。
「ところで自分の所持金確認した?」
「……。……した」
「いや確認したの今だよな」
少女の問い掛けに無言で財布の中を確認した少年に、思わず慎が突っ込む。相席を了承したがそれ以上は干渉しようとしていなかった諒ですらも、何処となく呆れたような目を少年へ向けていた。
「それはどうでもいいから」
「良くないと思うんだけど……」
「あっ、すみませんオーダーお願いします」
「これとこれご飯大盛りで」
「話聞かないタイプって言われないか?」
空気読み人知らずか。
相席しているだけで知り合いではないのだから和気藹々とする必要性は確かに無いのだが、愛想が悪いというよりもマイペースが過ぎて困惑する。
雰囲気が独特というか、浮世離れしているというか――どんな表現が正しいのか分からない。ただ、同年代だと思う慎から見ても、この少年と少女は確かに洵が気にするように意識の何処かが惹かれてしまうような感覚があった。
何故だろう。思えども、慎に思い至るような心当たりは無い。故に泡のように浮かび上がった疑問は消える事無く、口に含んだ水と共に飲み込む。
ブレザー型の制服姿の少年と少女。この綾凪市内の学校の生徒だろうか。それならこれから転校する身としては、同じ学校ではないにしても地方独特の雰囲気というのもあるだろうから何か訊いてみようか。
食事中は邪魔してはいけないから、食事が終わったらタイミングで――……
「……食べるの早くないか」
特に少年の方は二人分くらい、それもライス大盛りで頼んでいた筈だが、もうほとんど残っていない。同じファミレス内のメニューであるから然程ボリュームは慎達が頼んだものと変わらない筈だから、少年と少女の食べるペースがおかしいという事になる。
「別に。普通だけど」
「そうかなぁ……」
何の事も無しに言う少年の言葉に、洵が控えめに呟く。多分普通ではないと思う。
制服姿だという事から年嵩は恐らく慎と同じくらい。慎も体格が良いという程でもなく自分としては平均的だと思っているが、少年はそれよりも些か細身に見える。二人分の量をぺろりと平らげるようには見えない。勿論、少女の方も同じだ。宇宙並みの胃袋でも持っているのだろうか。
そんな慎や洵の思考を余所に、随分と少なかった残りも少年と少女は綺麗に完食する。
「御馳走様」
「御馳走様でした!」
神郷家が少年と少女の分まで勘定を負担する訳ではないのだと勿論分かっていたものの、あっという間に、その上まだまだ余裕そうな少年と少女の様子に何となくこちらの財布事情を心配してしまう気分になってしまったのは何故だろう。慎の視界から外れた所で、諒がひっそりと伝票を一瞥してから眼鏡のブリッジを押し上げていた。
「席、ありがとう」
「助かっちゃった」
「え、あ、ううん。空いてたし……」
我に返ったように洵が遅れて反応を返すのも確認しないまま、少年がそれじゃ、と伝票を手に取って席を立つ。同じように、少女もおしぼりで軽くテーブルを拭いてから立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
思わず出た声は、思いの外音量が大きかったらしい。近くの席の客達が一斉に声の主である慎の方へ向いて、何とも居たたまれない恥ずかしさが込み上げる。呼び掛けた先である少年と少女も、不思議そうに慎の方を見ていた。
どうしよう。
呼び止めたは良いが、その後どんな事を言ったら良いのか分からない。元より、反射的に呼び止めてしまったのだから尚更だ。他の客は直ぐに慎から意識を外したようで視線は少なくなったものの、問題は呼び止めた先である少年と少女。そちらは変わらず慎の次なる言葉を待っているようで、しかし他に何を言うべきかも分からずに当の慎自身が困惑する羽目になる。
「未成年だけで夜遅くまで出歩くのは関心しない。早く帰るように」
そんな風に慎が一人で軽く焦っていた中で、慎が改めて言葉を出すよりも少年と少女へ掛けられた声に慎は、え、と声の方へ振り返る。声の主は兄――諒だった。
諒は訝しげな慎の方へ一瞥のみを寄越し、改めて少年と少女の方を見る。恐らく面識もない筈だが、大人として、一警察官として一応声を掛けておこうと思ったのだろうか。慎はそう思うものの少年と少女を見据える諒の顔が慎には相変わらずの素っ気無い無表情に見えて、しかしそれだけではないようにも思えて直接問う事は出来なかった。
「確かに」
「えーっと……善処します?」
対して、少年と少女が返したのはあまり信用ならなさそうな返答。他人の事ではありながら、慎は思わず心配になる。やっぱり諒も心配に思って声を掛けたのかもしれない。弟の洵も、明らかにこれはあんまりアテにならないな、とでも言いたげな呆れた顔をしていた。
しかしながら、単に同席になっただけの関係。世間話どころか挨拶らしい挨拶もしていないような間柄だ。言う筋合いも言われる筋合いも無いのはもっともな所で、結局信用ならない言葉を残されたまま、慎達は少年と少女を見送った。
「……何か不思議な心地がする」
「……そうだな」
ぽつりと呟いた洵に、諒が同意する。
久方に再会してから素っ気無く、何を考えているのか分からない長兄の思考が今少しだけ共感出来たような気がして、慎は少年と少女に対して不思議だ、と洵と同じ感想を改めて心中で呟いたのだった。