旅の終わりの、更にその先の物語。   作:しろまち

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慎視点。


10:運命(1)

 放課後。

 今日の授業が終わり、慎は叶鳴と共に職員室へ向かっていた。

「えっ、スピーチコンテストの代表? 凄いじゃないか」

「そんな……希望者が出なかったから、良かったら、という事だったので……」

 叶鳴も職員室に用があるという事で、職員室へ向かいがてら叶鳴の用事を聞いてみたのだが、叶鳴は英語のスピーチコンテストの代表に選ばれていたらしい。

 そういえば、前からちょくちょく授業後に叶鳴が教師と話していたのを見掛けていた。訊いてみようと思い続けてうっかり忘れていたままだったのだが、そのスピーチコンテストの件だったらしい。今、職員室に向かっているのも、その為なのだという。

「いや、守本は凄いよ。他の皆にも話して、コンテストの日に応援に行くように誘ってみる」

 他に希望者が居なかったから、と叶鳴は謙遜して話すが、教師から薦めがあったという事は叶鳴自身が評価されているからに他ならない。

 きっと、皆なら賛成するに決まっている。まだコンテストの日は先だが、今から話しておいた方がいいだろう。

「……ありがとうございます。神郷君も皆さんも無理しなくていいですからね」

 すっかり直ぐにでも他の者達へ話してしまいそうな慎に、叶鳴は少し困ったように眉を下げながらもくすくすと小さく笑い声を零す。

 つい浮かれた心持ちが表に出過ぎてしまったのだろう、大人しい叶鳴にも笑われてしまった事に我に返って慎はちょっと居堪れなくなると他の話題を口に出した。

 叶鳴に話したのは、洵の授業参観の話。

 今度、中等部で授業参観が行われるらしい。時間割の関係で授業がある慎は勿論、諒も仕事で行けないだろうと思っていたのだが――何と、偶々授業参観のプリントを目にした諒が「行く」と言ったのだった。

「でも、良かったですね。洵君、きっと喜びます」

「……まぁ、そうだけど」

 てっきり無碍に扱われると思ったら、何故か了承されて逆に戸惑う。最初、聞き間違いかと思ったくらいだ。

 後から改めて本当なのかと尋ねた時、頷きながらも何か呟いた諒が気になるものの――洵も、驚いてはいたが嬉しそうだった。

 洵は今日、部活に行っている。めぐみが所属するストリートダンス部だ。部活に入った為に、共に帰る事も前よりも少なくなった。人よりも繊細な所があって人見知りがちな洵が、部活に入ってからは洵なりに楽しんでいるらしい事に安心する一方で、慎は些か複雑な気分になる。自分はまだ兄離れも、弟離れも出来ていないのかもしれない。

 そんな風にして話を交わしながら職員室に辿り着き、慎は教師――小田桐の許へと向かう。

「授業の事で質問か?」

 小田桐は椅子に座ったまま慎の方へ向き直り、問い掛ける。

 肝試しの一件から、慎達も多少は以前よりも顔を覚えられた気がする。とはいっても、だからといって特別な何かがあるという訳でもないし、職員室にわざわざ来るという事はほとんど無いので話を切り出すのは少し緊張した。

「あー……いえ、その、実は……」

 小田桐に打ち明けたのは、以前に家の物置を掃除した時に見つけた手紙の事。

 両親宛に送られた手紙。息子が書いた小説に挿絵を付けて欲しいというもので、それに対してもっと話を聞いてみたい――もし叶うのなら、自分がその絵を描かせて欲しい。そう伝えたいが、どんな文面として書いたら良いのだろうか――慎が職員室にまで来たのは、そんな思いからだった。

「それで、連絡取ってみたら、って……有里達が……」

「……そうか」

 有里達、と慎が言うと、小田桐の目許がほんの僅かに細まる。

 やっぱり、湊と美奈子に対しては小田桐の態度が何処か柔らかくなる気がする。それもあの肝試しの一件から、一層――否、それとはまた違って、他に何かが加わったような。

 勿論今そんな事を訊ける訳もなく、ただ何となく慎の感覚に引っ掛かるだけに留めて目の前の用事のみに集中する。

 今の時分、手紙を書く機会なんて中々無い。どうしたら良いのかと悩んだ末、教員ならばと思ったのだが、授業外の事であるから迷惑だっただろうか。相談を持ち掛けたは良いが、慎は次第に不安になって来た。

「……どのような事を書くのかは考えてあるのか?」

「えっ、あ、は、はい! 一応、ルーズリーフに……」

 流石に、書きたい内容まで全然考えていないという愚までは犯していない。言葉遣いも何も無い箇条書きではあるが、文章を纏めたルーズリーフを出す。

 慎から文章の書かれたルーズリーフを受け取った小田桐は暫くそれを眺め、ふむ、と一息吐いた後、再び慎に返した。

「それなら、時間があるのならば此処で書いてみるといい。一度に添削まで行った方がいいだろう」

「あ、ありがとうございます! えっと、じゃあ、書き出しから……」

 引き受けてくれるらしい。思わず大声と共に頭を下げると、小田桐は大袈裟だ、と少し顔を顰めた。

 隣の机と椅子を借りて、慎は新しいルーズルーフに一先ず文面を書き連ねていく。規律に厳しい姿勢から生徒達からは疎まれがちな小田桐だが、日々の授業の教え方自体は分かり難いものではない。頭を悩ませながら文面を考える慎に対して、的確に助言を与えていた。

 ああでもないこうでもない、とうんうんと唸りつつ、シャープペンを走らせてから、どれ程経っただろうか。何とか手紙の文としては格好が付く形になった所で、ここでの用事を終えたらしい叶鳴が近付いて来た。

「神郷君、どうですか?」

「あ、守本。俺も一段落付いた所だったから……小田桐先生、ありがとうございました」

「これくらいなら、礼を言われる程でもない。挿絵については、造詣は深くないので力にはなれないが」

 絵についての造詣。そういえば、この綾凪市で洵の診察をして貰った医師は絵も嗜んだ事があるとか言っていたような気がする。両親の事で話していた時に、聞いたように思う。

 今度、洵の定期健診の時にでも訊いてみよう。頭の端でそう思いながら、小田桐へ改めて礼を言うと叶鳴と共に職員室を出た。

 小田桐のお陰で、文面はほぼ出来上がった。あとは本番、送る用のを書くのみだ。

「そうだ、守本。購買に便箋って売ってたっけか?」

「どうでしょう……でも、もう閉まっている時間ですよ」

「あ、そうか……コンビニ探したらあるかな……」

 既に夕刻。帰っている生徒も多く、叶鳴の言う通り購買はもう開いている時刻ではない。

 別段、今すぐ、という訳でもないのだが、忘れない内に買っておきたい。普段買わない物であるので、購買にあったかどうかすら覚えも曖昧だ。頻繁に使うものでもないから、家にも置いてないだろう。

 パトス溢れる(ポエム)を綴る訳でもないからシンプルなデザインのもので良いのだが、流石にその辺の紙やらノートを切ったもので書くのは失礼だと分かっている。小田桐にもそこはきっちり注意をされた。

「神郷君、それなら……駅前の本屋に行きませんか? あそこは文具コーナーがあったので、便箋も置いてあるかもしれません」

「守本は良いのか?」

 ふともたらされた叶鳴の提案に、思わず慎が尋ね返す。

 言葉からして、叶鳴の時間を奪ってしまう形になる。その懸念が顔に出ていたのだろう、慎の言葉に叶鳴は穏やかに微笑んだ。

「はい。私も、スピーチコンテストの参考に、って先生が薦めていた本を探そうと思っていましたから」

 そういう事なら、叶鳴の時間を奪ってしまうという事も無いだろう。本屋までは共に行って、後は別々に用事を済ませたら良い。

 洵には携帯で本屋に寄るという旨を伝え、学園を出ると慎は叶鳴と本屋へ向かうのだった。

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