旅の終わりの、更にその先の物語。   作:しろまち

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慎視点。


12:刑死者

 授業参観の日。兄、諒は来なかった。

 だから代わりに慎は拓郎やめぐみ、叶鳴と共に洵のクラスまで授業を見に行ったのだが、その時間は慎達のクラスも授業のまっただ中。

 授業参観が終わり、自分のクラスに戻って来た慎達に待っていたのは教師からのお説教だった。

 勿論、洵の為とはいえ授業を抜け出すのは宜しくない事だとは分かっているので、こんこんと降り注ぐ教師からのお説教を甘んじて受けてから教室に戻ると、そこに湊と美奈子の姿が無かった。

 今日、湊と美奈子は休みではなかった筈だ。洵の授業参観に行く前、つまり授業参観が始まる前までは教室に居た気がする。

 どうしたのだろう。他のクラスメイトに確認してみても、知らないという答えだけ。何故だか言い知れない胸騒ぎが慎を支配しながらも、授業を抜け出してしまった為に教師からそれ以上の中座は許されずに仕方無く授業に戻る。

 そんないまいち座りの悪い心境のまま午後の授業を過ごし、授業が終わると慎は凪の杜学園を出る。洵はめぐみと共に部活だ。結局授業が終わってからも居ない湊と美奈子の事は気掛かりとしてありながらも、慎は綾凪署へ向かおうと校門を出た。

 授業参観に行くと言いながらも、結局来なかった諒。警察官という職業上、約束していても難しい事だってあるだろう。それくらいは慎にだって分かっている。

 けれども、連絡のひとつくらいしてくれたって良いのではないか――そんな思いで居ると、不意に携帯が鳴った。

「もしもし?」

 ろくすっぽ液晶画面も見ず、半ば反射のまま通話ボタンを押して電話に出る。

 受話口から、ノイズに混じって声が聞こえて来る。聞き覚えのある少し低いその声を、兄の諒だと思った慎は通話口に向かって捲し立てた。

「兄貴!? 今何処に居るんだよ、今日洵の授業参観だって聞いてただろ!? それなのに、連絡も無しに――」

 しかし返って来たのは、この綾凪市の小高い場所にある高原の名前。繁華街でもなく他の周囲に何か目立ったものがある訳でもないその場所名のみを告げられて、慎は一気に混乱に陥る。

「は!? ちょっ、ちょっと待てよ、兄貴! 洵の授業参観にも来ずに、何でそんな……」

『早く行け』

「はぁ!? 何だよその言い草! って、もしもし!?」

 混乱のまま問い返しても、返って来たのは素っ気無いとも思える言葉だけ。慎の言葉を断ち切るように通話は切れ、後には無機質な電子音が届くのみだ。

 何の連絡も無いまま洵の授業参観にも出ず、電話が掛かって来たと思えば言うだけ言って慎の言葉など一切聞かずに一方的に話を終える。理不尽にも程があるではないか。

 一体何処に向けたら良いのか自分でも分からないもやもやとした気分を抱え、慎は電話口で言っていた場所をもう一度口の中で反芻する。本当、何だってそんな所に居るのだろう。顔を合わせたら絶対抗議してやろうと決めながらも、綾凪市内を走る路面電車に乗ろうとした所で慎の脇に一台の車が止まった。

「……慎君?」

「映子姉ちゃん? どうして……」

 車のパワーウィンドウが下がり、自分へと声を掛ける人物を見て慎は目を丸くする。

 二階堂 映子(にかいどう えいこ)。北日本監察医務院の監察医で、慎や諒、洵とも昔からの家族ぐるみでの知り合いだ。この間、一緒に出掛けた時は綾凪署に出向しているのだと聞いていた。

 映子も慎を見て驚いたように目を瞬かせた後、乗って、と慎に車へ乗るように促す。そのやや急くような言い方に戸惑いつつ、慎は車の後部座席に乗り込むとシートベルトを締めながら助手席に乗る映子へと改めて声を掛けた。

「映子姉ちゃん。あのさ、兄貴から電話が掛かって来たんだ」

 いきなり電話が掛かって来て、行き先だけ告げられて一方的に切られてしまった事。電話口から聞いた場所を慎が口にすると、映子は運転席でハンドルを握っていた刑事の男に目配せし、男もまた頷いてハンドルを切った。

 法定速度はきっちり守ってはいるものの何とはなしに急いでいる感のある車に揺られながら、慎は映子から映子達も諒を追っているのだと聞く。そんな中で偶然とはいえ出会った慎から諒の居場所を聞くとは、何たる福音というものか。

「え……じゃあ、映子姉ちゃん達は兄貴が何処へ行ったのか、どうやって調べる心算だったんだ?」

 今はこうして慎が聞き受けた早く行けと言われた場所に向かっているが、聞く限りでは映子達は諒の居場所を知らないまま探していたという事になる。その疑問に、映子は少し顔を曇らせながら答えた。

 綾凪署で諒と擦れ違った伊藤刑事によると、諒は車で何処かへ出掛けたらしい。行き先までは分からなかったが諒の車にはGPSが付いているから、今はその位置情報を使って追っているのだという。

 それは、法律的に大丈夫な事なのだろうか。

 あまりその辺りには明るくない慎ですらそんな懸念が浮かび上がるものの、それ程までに今はそう言っていられない状況なのだろう。そう思うと、胸元に燻ったままの言葉にならない焦燥がますます強まるようだった。

 それにしたって、諒はどうして恐らく一人であんな場所に行って――居るのだろうか。それも、行くと言っていた洵の授業参観の日に、慎や洵どころか職務上で関係ある映子や他の刑事達にも何も言わずに。

「……兄貴は、いつだってそうだ。俺達には何も言ってくれない。関係無いって、突き放して……」

 慎には分からない。諒が何を考えて、行動しているのか。洵の授業参観に行くと答えた時だって、確かに少し様子がおかしいとは感じたが諒から何も言ってはくれなかった。

 あの時、もう少し慎が食い下がって問い詰めていたのなら。諒は話してくれただろうか。否、そうはならかっただろう。

 きっと、俺達の事なんて邪魔だと思っていたんだ。

「……僕には、弟の君の思いは分からないが」

 膝の上で作った拳を強く握り締める慎に対し、ふと、運転席から声が掛かる。

 バックミラー越しから、運転席でハンドルを握る男と慎の目が合う。男の顔には見覚えがあった。綾凪署でもだが、アイドルを見に行った時にも居た刑事だ。確か、周防と呼ばれていた気がする。

「……少しは署長の顔も立ててやってくれないか。弟に心配を掛けさせてしまうような、不甲斐ない兄なのだと思われたくなかったのだろう」

「だからって……俺だって、洵も……弟だって、兄の力になりたいと思う」

 何か出来ると思える程、思い上がってはいない。寧ろ、何も出来ずに足手纏いになってしまうかもしれない。そう思っているかもしれないから、諒は慎や洵を遠ざけたのかもしれない。だとしたら、そんな諒の思いを踏み躙る行為なのかもしれない。

 それでも。兄に、諒の力になりたいという思いと、邪魔に思われていようとも、ただ兄の事を思っているからと――そう伝わっているよう、思いたくて。

 ただただもどかしい思いばかりが募る中、車は慎が伝え聞いた高原まで辿り着く。雪が降り出して地面が浅く白くなり始めた緩い坂道を駆け上がっていくと、そこには諒の姿があった。

「――兄貴!」

 思わず口から出た声に、視線の先、諒が振り向く。

 否、振り向いたのは諒だけではない。湊と美奈子も居る。どうしてこんな所に諒と、と慎が思っていると、諒の身体から、半透明の大きな砲身のような腕を持った「モノ」――ペルソナがこちらを見定めたかと思うと大きく咆哮した。

「ぐっ、う……うぅ……!」

 諒が苦悶に呻く。そして諒が苦しむ程、諒の身体から現われたペルソナが暴れる。それは無理に押さえ込もうとするのを、反発しているかのようだった。

 砲身のようなペルソナの腕が強く振り下ろされ、地面を大きく抉る。地に積もった雪が舞い上がり、益々視界を悪くさせた。

「諒!」

「二階堂君、危険だ! 近付くべきじゃない」

 明らかに尋常ではない様子に映子が諒の許へ駆け寄ろうとし、周防が前に出てそれを止める。慎に対しても同じだ。降りしきる雪の中、走り出しそうになった慎を険しい顔付きの周防によって前を遮られた。

 危ないのは分かっている。これが安全な状態だとは、誰も思いやしないだろう。だが、目の前で諒が、兄が苦しんでいるのに。それを黙って見ていろというのか。それに、と周防に制止されながら見た前方、湊と美奈子の姿があった。

 湊と美奈子は、どちらも厳しい顔付きで諒のペルソナと対峙している。何か現代日本とは思えないような武器っぽい物を携えているが、今はそれを使っている様子も無い。理性を失ったように暴れ狂う諒のペルソナに対して、慎達の方には向かわないように回避しつつも誘導しているようだった。

 だが――

「うっ……!」

「っ、あ……!」

 避けながらも、それ以外の行動を躊躇っていたのだろう。僅か一瞬、諒のペルソナが更に激しく腕を振り、そこから放たれた衝撃のようなものが湊と美奈子を襲う。放たれた方角には慎達が居た為に回避を取らなかった湊と美奈子はペルソナの攻撃を受け、何メートルか吹き飛ばされた。

 何とか受け身は取ったようだが、湊と美奈子、どちらも地面に膝を付く。攻撃を受けた際に何処かを掠めたのか、雪原に点々と赤い血が落ちた。

「あ……」

 雪降る空、白く地面が染まる中で零れた血の赤さが一際鮮やかに網膜に焼き付く。

 ああ、あの時も――雪が降る中で、赤い血が舞った。

「……あの時……?」

 頭の中に掠めた思いに、誰よりも慎自身が呆然と呟く。

 あの時、あの時っていつだ? 10年前の綾凪市。10年前のあの時も、雪が降っていた。

 海に居た。寒い日だった。まだ幼かった慎と、父と母と、それから諒と。

 他愛ない日々。それがずっと続くと思っていた。それが崩れたのは、あの時。

 中空に絡め取られた二人の男女。父と母の身体から浮かび上がる半透明のペルソナ。酷く苦しむ父と母を救いたくて、助けたくて、自分は「仮面」を呼び起こして――それから。

 鮮やかな赤が、雪降る地面に舞った。目の前で血が飛び散った。二人の男女が、父と母が。

 そうしたのは自分で、その所為で父さんと母さんは。

 急速に慎の身体が、冷えて来る感覚がする。上手く頭が働かない。どうして今まで忘れて、どうしてこんな今になって、思い出してしまったのか。

 分からない。ただただ呆然と立ち竦むしかない慎には、自分に向けられる声が酷く遠くに聞こえた。

 滲む視界の中、いまだ暴れる諒のペルソナが砲身状の腕を向ける。その射線上には、慎だけではなく映子や周防、湊と美奈子も居た。

「慎……映子……逃げろ……」

 微かに聞こえる諒の声が酷く苦しげで、まともな言葉にならずに苦悶の唸りに変わる。

 ペルソナによる攻撃の気配。いち早くそれを察知した湊と美奈子が、少し危うくなった足取りで慎の前に立つ。それは諒の警告を聞きながらも、決してそれを選ばず慎達を庇うようだった。

 どうして。先程、湊と美奈子もペルソナの攻撃を受けたばかりなのに。幾ら何がしかの心得があるからといって、無事に済むとは限らないだろうに。逃げた方が良いのに、と思う反面、心の奥深くで正反対の思いが去来する。

 ――駄目だ。

 逃げるな、と心の海に揺蕩う自分が囁く。

 諒を、兄を止めなければ。このままでは、兄は皆を傷付けてしまう。そんな事があってはならない。自分のように――自分の大切な人々を、失わせるような事をさせてはいけない。

 けれども今度は、自分は父と母だけではなく兄までこの手で失わせてしまうのではないか?

 過ぎる恐れが、行動を躊躇わせる。どうしたらいい、このままではいけないと分かっているのに、一体こんな自分に何が出来るという?

 目の前に広がる情景が、スローモーションのように酷くゆっくりと動いている気がする。砲身状の腕を向ける諒のペルソナの動きが僅かに止まったように、否、その動きが少しズレたように思えたのも瞬間、慎は気付くと自らの「仮面(ペルソナ)」を意識から呼び起こしていた。

「ッ――ペルソナ……!」

 自らの内から、半透明の騎士姿のペルソナが現われる。

 これが、もう一人の自分というのなら。自分の大切な人々を傷付けさせないという想いを乗せて、慎は願う。

 エメラルドグリーンの体色が前を遮る周防を擦り抜け、更にその前に立った湊と美奈子の頭上を飛び越す。そして携えた大剣は、暴れ狂う諒のペルソナを一薙ぎした。

 大振りの一閃。騎士姿のペルソナの攻撃を受けた諒のペルソナの動きが止まり、泡沫に帰るように姿がゆっくりと薄らいで消えていく。そうしてその不確かな像すらも完全に見えなくなり、地面へ向かって身体を傾けていく諒の姿に慎は慌てて駆け寄った。

「諒兄ちゃん!」

 傾く身体が完全に地面へと倒れ込んでしまう前に慎は前方から諒の身体を抱き留め、同じく追い付いた映子と周防が両脇から支える。

「慎……」

「諒兄ちゃん、俺っ、俺の所為で、父さんと母さんが……! なのに俺、ずっと……!」

 呼び掛ける諒の顔が酷くぼやけている。否、違う、ぼけやているのは、慎自身の視界だ。

 きっと、兄は知っていたのだ。諒もあの時、あの場所に居たから。それなのに自分はずっと、今まで忘れて、覚えていないままで。

 何故忘れてしまっていたのだろう。あまりにも辛過ぎたから? それはただの言い訳ではないのか。辛過ぎるのは、それを目の当たりにした諒だって同じだった。だけど、忘れてしまっていたのは自分だけだった。決して忘れてはいけない、自分の過ちなのに。

 こんな自分を、弟を、嫌ったって、疎んだって仕方が無い。だから諒は、慎を遠ざけたりしたのだ、と。

 感情がぐちゃぐちゃになって、上手く言葉が紡げない。次第に嗚咽に変わり、言葉すらままならなくなった慎を諒は強く抱き締めた。

「違う……! あれは、お前の所為なんかじゃない。絶対に!」

 腕の中、強く否定する兄の熱を感じて慎の目からまた涙が溢れる。

 そうやって、どれ程時間が経ったのだろうか。漸く呼吸も気持ちも落ち着いて来た所で映子からハンカチを差し出され、慎は皆に思い切り恥ずかしい姿を晒してしまった事に気付いて顔を赤くする。もう既に随分とみっともない顔となってしまったのでハンカチで顔面周りを拭く所作もそこそこに、諒の方を伺うと諒も随分と落ち着いたようだった。

「迷惑を、心配を掛けたようですまなかった」

 諒が左右に居る映子と周防に謝り、映子は少し涙ぐみながらも微笑む。周防もまた、小さく首を横に振った。

「いえ。……兄想いの、良い弟さんだ」

「……ああ。弟達の兄で在れて良かったと、そう思うのはおかしいだろうか」

「いいえ。弟を尊敬する、兄が居たっていい」

 間近に褒められて、つい込み上げて来そうになった恥ずかしさと照れ臭さを誤魔化そうと慎は視線を巡らせる。その慎や諒から少し離れた位置に湊と美奈子が居るのを視界に収め、多少落ち着いて来た事もあって疑問が湧き出て来た。

「あ……そういえば、有里達は何でここに?」

 しかも、授業をすっぽかしてまで。今まで長らく忘れてしまっていた出来事を思い出した事や兄の方に意識を取られてしまっていたが、考えてみるとどうして湊と美奈子がここに居るのか分からない。顔見知りといっても、そこまで親しくはなっていないだろうから諒が教えたという事も無いだろう。慎自身にしても電話があったから、ここに来られたのだ。

「バイク、使えって貸してくれた人が居たから」

「いや、移動手段じゃなくて」

 そっちも確かに気になりはするが、何でここに居るのか、その目的というか。分かって言っているのか、それとも普通にボケているのか分からない。

「大体、ここに来た時にはバイクなんて見掛けなかったぞ」

「……え」

「ちゃんと停めた筈、だけど」

 湊と美奈子が目を瞬かせ、視線を彷徨わせる。慎もその視線を追い掛けてみるものの、そこにやはりというべきかバイクは見当たらない。慎がここに駆け付けて来た時も同じだ。ここは現在、観光シーズンでもないから他に出入りがあったらそれなりに目に付く。車を停めた時にも諒が居ないか周囲はしっかり確認したが、バイクがあったような覚えは無かった。

 わざわざそんな嘘を吐くとも思えないから湊と美奈子を疑う心算は無いが、そこに無い以上無かったと言うしかなく。心なしか釈然としないような表情をしている湊と美奈子の様子は気になりつつも、続いて慎は諒へ声を掛けた。

「兄貴もさ、ここの場所と早く行けって言うだけ言って電話切るとかあんまりだろ」

 駆け付けた時には尋常ではない様子だったので、その前もかなり状況的には余裕が無かったのかもしれないが、それにしたってもう少し一言くらいあっても言いだろうに。

 やや落ち着いた事もあって、甘えも混じって拗ねたように口唇を尖らせて慎は抗議してみるものの、諒から返って来たのは怪訝な顔だった。

「電話? 何の事だ」

「え、だって、携帯に……」

 電話が掛かって来たから、と慎は自分の携帯を取り出して着信履歴を確かめる。

 液晶画面に連ねられた電話番号。その最新の着信履歴の番号は――慎自身の携帯番号だった。

 自分の携帯電話に、自分の携帯電話番号で掛けた? 有り得ない。普通、あの急いだ状況下であったとしても、そんな事はしない。する意味などない。した所で何になる、古く廃れた何かの占いでもあるまいに。

 電話が掛かって来た時は、慌てていたから着信番号を確かめる余裕も無かった。だが、慎は確かに掛かって来た電話から声を聞いて、ここまでやって来たのだ。

 それなのに、諒はそんな電話などしていないと言う。その証拠に、履歴に残されていたのは諒の携帯番号ではなかった。ならば誰、とさっぱり心当たりなど浮かばない中、電話の中で聞いた短い言葉を思い出す。

 電話の声は、場所と、それから「早く行け」と言っていた。だが、電話の主が諒からなら、「行け」ではなく、「来い」が正しいのではないか。だとすると、この声は、一体。

「で、でも、兄貴の声で……声に、似てた……」

「……あ」

 困惑のまま小さく言葉を零すと、不意に湊と美奈子が短く声を上げる。それに怪訝に目を向けると、まだ些か釈然としないようながらも少し何かに気付いたようで湊と美奈子は他の方向へ視線を寄せた。

「バイク、貸してくれた人にちょっと似てる」

 寄せた視線の先には、周防という刑事が居た。

 バイクなど見掛けなかったし、他に誰か来たような様子も無かったというのに、まだ言うのか。大体にして、周防は慎と映子と共にここに駆け付けた。しかも車を運転して、だ。慎が乗り込む前からも、映子と共に行動していたようなので、タイミング的にもそんな事は出来そうにない。

 ちょっと似ているというだけで、幾ら何でも失礼だろう。そう思って湊と美奈子を慎は諫めようとしたが、言葉と目を向けられた周防は何かに気付いたようにはっと息を飲んだ。

「声……に、バイク……まさか」

「どうしたんですか?」

「! い、いえ……何も」

 尋ね掛けてみるものの、周防から返って来たのは何でもないという答え。しかしその挙動はそわそわとしていて明らかに不自然極まりなく、何も無いと言うにはあまりにも説得力が無かった。

 今も落ち着き無くサングラスのブリッジを指で押し上げる周防の様子を眺めながら、慎はふと車内で交わした言葉を思い出す。

弟の慎の思いは分からないと言った周防。あれは、慎の思い自体が理解出来ないのかと思っていた。だが、あれは自分が「弟」ではないから、弟としての気持ちが分からない、と言ったのではないだろうか。

 ならば、周防は「弟」ではなく、その反対。彼もまた――諒と同じ、誰かの「兄」だったのだろうか。

 色付き眼鏡の下に浮かべる瞳の感情を洵の「兄」ではあるが同時に諒の「弟」である慎は読み取れず、ただ言葉なく見つめるのみとなる。

 それから諒へ目を向けた映子が、諒に寄り添いながら柔らかに声を掛けた。

「……ねぇ、諒。慎君は……洵君も、貴方が思っているよりも子供じゃないわ。もっと、話す事があるんじゃない?」

「そうだな。……慎」

 映子の言葉に静かに頷いた諒が慎を見つめ、慎もまた諒を見て頷きを返す。

「うん。洵とも、沢山話そう。だから――」

 一緒に帰ろう。

 雪はもう止んでいる。あれほど空を暗く覆っていた灰色の雲も少しずつ風に流れていき、残った雲間から眩しい太陽の光が差し込んで地面を明るく照らしていた。




トリニティソウル・アニメ13話目終了。
ここから折り返しは独自要素が更に強くなります。

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