旅の終わりの、更にその先の物語。 作:しろまち
真田の車に乗せて貰い、慎達は綾凪市の中央病院に向かう。
そこで事前に聞いていた病室まで向かうと、ベッドには諒、その傍らには映子が居た。
「兄貴。映子姉ちゃん」
「慎君。それに……」
慎の入室に気付いた映子の視線が、慎と共に来た人物へ向けられた。
「……真田」
「こうして顔を合わせるのは久々だな、神郷」
映子の視線に対して、言葉を継いだのは諒。諒の言葉を受け、真田が浅く頷いて応じる。
「俺は暫く、他で時間を潰して来る。先に弟と話していてくれ」
真田は映子へ向けて軽く頭を垂れた後、病室を出て行く。映子も真田に対して一礼で返しながらもその後に少し眉を寄せて諒の方を見た事から、映子は真田とは面識が無いらしい。
病室のドアを後ろ手に閉め、慎は諒が居るベッドの傍まで近付く。映子が出してくれた椅子に座りながら、慎は諒と向き合った。
「真田さんがここまで車を出してくれたんだ。それから、有里達も一緒に」
「……居ないようだが?」
諒の視線が、胡乱に病室内へ巡らせられる。今、この病室内に湊と美奈子は居ない。当たり前と言えば当たり前の指摘に、慎は少し困ったように頭を掻いた。
「えーっと、何かちょっと他に病院内で用事があるみたいで……直ぐ来るって言ってたけど」
一緒に病院には来た。ただ、病室までは一緒に来なかった。
病院内で用事とは、しかも湊と美奈子どちらともとは、一体何だろうか。何処か怪我をしたとか、具合が悪いのかと訊いてみたが、そういう訳ではないらしい。どんな用事なのかは分からないが病室の場所は教えてあるから、その内やって来るだろうとは思うが。
「洵は今日、付いて行かないって……でも、映子姉ちゃんが来てるなら、俺も行かなくてよかったかな」
「そんな事無いわよ。慎君が来てくれて、諒も嬉しいもの。そうでしょう?」
映子がくすくすと楽しそうに笑い、それに諒が無言で眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
入院している間、身の回りの物は病院からのレンタルで済ませるので必要なものはほとんど無いそうだ。その間は綾凪署の署長である諒の仕事は副署長や他の者が分担して回しているらしく、当然の事ながら病院内へ職務上の書類などを持ち込む訳にもいかないので少々ワーカホリック気味だった諒は入院中、時間を持て余しているらしいとも映子が呆れ交じりに語ってくれた。
「大丈夫よ。いざとなったら、私が家まで取りに行くから」
「……兄貴、わざと映子姉ちゃんにそうさせてないといいけど」
つい諒には聞こえない程度に慎が小さくぼやいてしまった所で、病室へ湊と美奈子が入って来る。
「こんにちは」
「有里君と有里さん……だったわね。お花まで、諒の為にありがとう」
「ついでだから」
病室に居る諒と映子に挨拶と共に軽く頭を下げた後、美奈子が映子へ見舞いの花束を渡す。
湊と美奈子が来た所で、諒は自らの具合を話し出す。暫くは入院が必要で、退院をしても直ぐには復帰出来ずに自宅療養が必要だという。
当初、懸念されていた後遺症は今の所起こっていない上にその気配も無い。長くそんな危険を抱えていた諒に対して慎は憤りも感じたものの、このまま適切に療養を続けていたなら問題なく日常生活を行えるとも知って安堵した。
そうして諒から説明がなされた所で、一旦沈黙が下りる。長らく話もあまり出来なかった状態が続いていた為にこうして腰を落ち着けて話をすると意識してしまうと、何から切り出すか躊躇ってしまう。沈黙の中、そわそわと落ち着きなく口籠らせる慎の一方で、先に口を開いたのは湊と美奈子だった。
「授業参観の日、総出で見に行ったって」
「後で凄く怒られたって」
「あ、有里達だって、その日は授業サボってただろ!?」
よりにもよって、切り出す話がそれになるのか。
思わず慎は赤面して腰を浮かすものの、発言主である湊と美奈子は慎からの指摘に気にした様子は無い。
確かにその通りではあるのだが、というか後で湊と美奈子も教師から注意されたらしいのだが、まず話すのがそれでなくたって良いだろうに。
病室内にも関わらず、つい声を上げてしまった慎とまるで素知らぬ顔の湊と美奈子を諒はそれぞれ眺め、静かに目を細めた。
「……随分と、迷惑を掛けてしまったようだな」
「兄貴……」
「……そうね、本当に」
そう言って、映子は座していた椅子から腰を浮かせて立ち上がる。
「担当医に、もう少し話を聞いて来るわね。それから諒、この子達は私が送って行くという事でいいでしょう?」
「……映子、お前にも随分と世話を掛けてすまない」
「……いいのよ。貴方は昔から、何も知らせようとしない癖に傍に置きたがるんだから」
あまり表情を動かさず、ただほんの少し眉根を詰めた諒に、映子は困ったように笑って首を振る。
互いに言葉も、浮かべる表情の動きも多くはない。しかしそれ以上に言葉の無い何か、二人にしか分からないものを以て交わされる空気に何となく慎は居心地悪く身を小さくした。
「やっぱり今日、俺も来ない方が良かった気がする」
「空気読み人知らずになってる?」
「じゃあ自分もって言う所?」
「有里達のは何か違う」
ぼそぼそとそんな事を話していると、諒がわざとらしく咳払いをして口を閉ざす。別に何も言ってないと言わんばかりの態度を心掛けようと居住まいを正し、それに映子が小さく笑って病室から出て行った。
「そうだ、洵ともちゃんと話してくれよ。今日付いて行かないって言ってたのだって、洵も色々感じた事が沢山あったからかもしれないし……」
「……分かった。確かに、洵にも悪い事をした」
諒が頷いて応じるのを見て、慎は少し安堵に胸を撫で下ろす。
何故洵があのような態度を取ったのか、慎はまだ量りかねている。諒にはああ言ったが、実際として諒が原因なのだとは分からない上に慎としても決め付ける気は無い。ただ、慎相手ではなく諒になら洵も慎には言い難い事を話せるかもしれないし、諒が洵とも話す事で慎が抱えていた懸念が少し減った気がしてそれだけでも有難かった。
そこで僅かばかり空気が緩んだのも束の間、ベッド上の諒の表情が真剣なものへと変わる。
「訊きたい事があるのだろう。多くを隠し、言わなかったのは否定しない。今日、全ての事を語り切れはしないだろうが――」
それでも、もう真実を隠せぬままでは居られないから。
諒の面持ちにつられて、慎の表情にも身体にも緊張が走る。その傍ら、湊と美奈子は紡がれる諒の言葉を、ただただ表情無く聞いていた。