旅の終わりの、更にその先の物語。 作:しろまち
夕食時。慎は諒と洵、三人でテーブルを囲んで夕飯を共にしていた。
揃って夕食など、いつ振りだろうか。諒が入院していたのもあるが、それ以前も諒が忙しく夕食を一緒になどという事は中々無かった気がする。それが原因はともかくとして、こうして食事を兄弟三人で摂る事がこそばゆくも嬉しい気持ちに満たされるのを感じながら、慎は諒に話を切り出した。
「それでさ、茅野の実家に行かないかって話になって……」
以前、肝試しをした時の事。学園内のガラスが割られていたり、設備がおかしな状態に変じていた際、学園には設備点検の業者が入った。あれの原因が結局何だったのか慎には知らされないままであったので不明のままだが、その学園内の設備点検のついでに寮内も点検を行う事になったらしい。それが今週末の予定であるらしく、その間は寮に居る生徒達は他の場所で過ごさないといけないのだという。
そんな中で、寮住まいのめぐみからちょうどテストも近いからとテスト勉強会も兼ねてめぐみの実家に来ないかとめぐみから話があったのだ。同じ寮住まいの拓郎も、ちょうど良いからと話を受けて一緒に行く事になっていた。
「分かった」
「えっ」
「訊いておいて何だ。お前は前も……」
「うっ……わ、悪いと思ってるって……」
食事時にもかかわらず、始まった小言に慎は小さく呻いてから慌てて自らの非を認める。
天城旅館へ温泉旅行に行くという話になった時も、洵の授業参観の話を持ち掛けた時も。了承した諒に、相談を持ち掛けておきながら本当かと疑ったのを諒はしっかり覚えていたらしい。三回目も同じ反応をするのは慎としても流石に一言言いたくなるかもしれないと思うし、自分が悪いとは思っている。とはいえ御説教を貰うのは好きでも何でもないので早く終わらないかと溜め息混じりに項垂れる慎に対し、洵がくすくすとおかしげに笑っていた。
「有里先輩達、来られないのは残念だね」
「有里達なら、勉強しなくてもまた学年トップになっていそうだ」
めぐみの実家へと行くのは、話を持ち掛けためぐみ自身と、慎、洵、拓郎の四人。叶鳴に、湊と美奈子は行かない。
叶鳴はスピーチコンテストも近くなって来たので、一人で集中したいのかもしれない。そう思うと無理に誘うのも憚られた。
湊と美奈子にしても同様だ。他に予定くらいあったって、おかしくはないだろう。凪の杜学園では話す事も多いが、いつでも慎と行動しているという訳ではない。色々と活動的なようだから学園内に限らず、外に知り合いも沢山居そうだし、あまりプライベートに無遠慮に立ち入るのは良くないというのも分かっている。
頭では分かっているのだ。けれど、それでも。
「でも……何か少し、寂しいな」
ぽつり、とそんな呟きが口から零れる。
慎としては同じ時に転校して来た事もあって、それなりに仲を深めて来た方だと思う。多分、好かれているとまでは自惚れていなくとも、嫌いだとは思われていない筈だ。
なのに湊と美奈子から感じる不思議な感覚は、いまだ消えないままで。まるで自分自身にすら、「仮面」を被っているような。
人にはそれぞれ「自分も他人も知っている部分」だけではなく、「自分は知っていても他人は知らない部分」や「自分が知らなくとも他人は知っている部分」、「自分も他人も知らない部分」もあるという。だから慎が知らない部分があるのは、ある意味で当たり前なのだろう。もしかしたら、湊と美奈子も気付いていないのかもしれない。
それが慎に、何に対してなのか分からない寂しく悲しい気持ちを抱かせていた。
「それで、えーと……茅野の実家っていうのが八尾って所にあるって言っていたから、集合時間も含めてこの時間には家を出ると思う」
「……八尾、か」
「……兄貴?」
予定を話している時は何とも無かったのに、めぐみの実家の地名を言った所で諒が何か考え込むように眉根を寄せる。
どうしたのだろうか。確かに綾凪市から多少遠くはあるが、温泉旅行に行った稲羽市よりはずっと近い筈であるのだが。口許に手をあてて思案気になった諒に慎が少し不安になって呼び掛けると、諒は僅かな沈黙を置いてから、いや、と首を横に振った。
「くれぐれも先方に迷惑を掛けないようにな」
「う、うん。それは勿論」
当然だ。世間一般の良識くらいは持ち合わせている。
戸惑いながらも頷く慎に向け、諒は静かに見つめて更に言葉を続けた。
「それから……気を付けて行って来い」
「……分かった」
市外へ出掛けるのはこれが初めてではない。許可を出した以上、諒も必要以上にあれこれ言う気は無いのだろう。
ただ、向けられた言葉が慎には何処か気になって、諒も何処かを気にしているように聞こえる。
――あれから、雪降る中で慎のペルソナが諒のペルソナを断ち切った後から。
お互い、10年の欠けた時間を埋め合わせるように言葉を交わした。
10年前の事は勿論、諒からも諒自身が慎や洵に隠していた事も。だが10年という歳月はあまりにも長過ぎて、諒も病院での入院期間がやや長くなってしまった事もあって充分に全てを話せたとは言えない。今取り巻くこの状況だって、中々受け入れ切れないままなのだから一気に多くを知ってしまったら慎一人では受け止め切れずに壊れてしまうのではないかと不安になったくらいだ。諒のこの態度も、まだ話していない部分に掛かっているのだろう。
それが分かったから、慎は反発せずに静かに頷く。今はまだ話しきれなくとも、きっと話してくれる時が来る。そう信じていて、そう信じられるから。