旅の終わりの、更にその先の物語。   作:しろまち

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慎視点。


14:節制(2)

 八尾。その地名は八方の尾根が合流する地であったからとされ、谷筋が集まったその地は山々に囲まれて今も古い造りの家々があちこちに見られる場所であった。

「なぁ、ちょっと休憩しようぜ」

「拓郎、少し前もそう言ってなかったか? ……って言っても、俺も集中力保たなくなって来た……」

 めぐみの実家。古き良き日本家屋の二階にある部屋で、慎と拓郎は机の上に教科書やノートを広げたまま突っ伏す。

 既に陽は暮れている。綾凪市から八尾まではそれなりに距離があったので、ここに到着したのも早い時間ではなかったもののテスト勉強を始めてから随分と経っていた。

 元より真面目だとは思うが勉強が得意だとはお世辞にも言えないので、どうしたって長時間となると集中力も切れて来る。ぐったりと情けなく呻く慎と拓郎を、洵は困ったような笑みで、めぐみは呆れ顔で眺めていた。

「もうっ、それじゃ今度のテストの結果がどうなっても知らないんだから」

「そうは言ってもよー……」

「そうだ、茅野。本当に良かったのか? 邪魔になってないといいけど」

 ぶつく拓郎の横で、慎はめぐみにそう問い掛ける。

 めぐみからの誘いに甘える形で乗っかったとはいえ、他人の家に上がる以上少なからず気にはなる。諒から先方に迷惑を掛けないようにと言われた事もあり、改めて確認してみるとめぐみは少し迷ったように口籠もった後に頷いた。

「いいの。わたしも一回、家に帰らないとって思ってたし……皆が来てくれた方が有難かったから」

「……そっか。一宿一飯の、って言う訳じゃないけどさ、上がらせて貰っているからには俺達が手伝える事があったら言ってくれ」

「ありがとう、神郷君」

 他の者が居てくれた方が有難い。普通、ただ自分の家に帰る時にそんな事は言わない。10年もの間、訪れていなかった家に戻って長らく会ってなかった兄と顔を合わせた慎には何となく感じるものがある。

 それが何なのか、当のめぐみにしか分からないものだろうから慎にはそれとなく感じる事しか出来ない。ただそれでも、お節介なのだとしても、他の人間が居てくれた方が有難いとめぐみが言ったように、他人だから何か出来る事があるかもしれない。故に深く追及せずに言い添えた慎に対し、めぐみは小さく笑みを浮かべて礼を告げた。

 まだテストの範囲は全て確認し切れていない。もう少しだけ進めた方が良いだろうか、と考えた所で、一階から声が掛かった。

「めぐみー、母さんが忘れ物していったみたいなんだ。追い掛けたらまだ間に合うから、渡してくれないか?」

「はーい」

 声の主はどうやら、めぐみの父からのようだ。呼び掛けに答えながらめぐみが立ち上がると、洵も腰を上げた。

「あ、じゃあ僕も一緒に……僕も気分転換、したいし」

「おっ、それじゃオレ達はDVDでも観てようぜ。オレ、持って来たんだ。ちょっと古いけど、イイぞ」

 妙案だとばかりにむくりと突っ伏していた頭を上げて楽しげに鞄を漁り出す拓郎に、めぐみがすっかり呆れて溜め息を吐く。

「……はぁ、もう。勉強する気無いんじゃない。じゃあ洵君、ちょっと行って来ようか」

 そう言ってめぐみは洵を連れ、一階へと降りていく。

残された慎と拓郎はというと、テスト勉強をするかDVDを観るかの二択では当然楽な方を選びたくなるのが人間というもの。したがって、拓郎が持って来たDVDを二人で観る事になった。

 拓郎が持って来たDVDはロボットアニメだった。慎はその手にはあまり詳しくなかったが、どうやら少し年代的に古いもののようだ。あれこれと楽しそうに語る拓郎につられて、中々深い内容につい慎も引き込まれてしまいそうになる。

 ただ、心の何処か。奥底で何かが引っ掛かる感覚に何となく落ち着かずに外を見遣った所で――外から、大きな音が響いた。

「!? な、何だ!?」

「何かあっちの方向から……見に行こう!」

 洵とめぐみは外へ出掛けた筈だ。何処へ行ったのかまでは分からないが、ざわめく胸は落ち着かずに身体は行動を急かさせる。湧き上がった心配に、慎と拓郎は急いで一階へ駆け下りて外へ出た。

 この辺りの地理には詳しくない。方向音痴ではないが、物凄く感覚に優れている自負がある訳でもない。それでも心の奥底へ打ち寄せる何かが、慎を向かうべき方へと導かせていた。

 山間に位置するこの地域は、家もあまり多くない。山々に囲まれた道路を辿るうち、青い欠片が飛び散ったのが視界の端に映った。

「セイリュウ!」

 湊の声が響き、それによって喚ばれた猛々しい龍が強い風を巻き起こす。

 辺り一帯を吹き飛ばすかのような風に一瞬足が止まり掛けるものの、銃らしきものを構えていた湊と美奈子が慌ただしく走っていく先を見て慎は目を見開く。そこには、めぐみの母と彼女を庇うようにして覆い被さっているめぐみ、それから脱力したようにへたり込んでいる洵の姿があった。

「クソッ……! また、邪魔をして……!」

「壮太朗、早くしろ」

 それだけではない。更に奥、湊が起こした強風を向けた方向――そこには10代から20代前後程度の者達が居た。その中には、以前にカラオケ店で見て慎達を襲って来た少年の姿もある。だとすると、あの者達はペルソナ使いなのか。

 前に慎達を襲った事もある壮太朗と呼ばれた少年が忌々しげに舌打ちし、仲間らしき青年を抱えた大柄の男が急かす。その者達は近くに乱雑に止めたというよりも無理矢理止めさせられたようなバンに乗って走り去り、更に後ろから遅れてやって来た幾台かのパトカーがサイレンを鳴らしながらその後を追って通り過ぎていった。

 一体何があったのだろう。思いながらも、今は洵やめぐみ達の事を優先すべきだ。慎と拓郎が洵とめぐみの許へ駆け付けると、既に先に湊と美奈子がその傍に寄り添っていた。

「リャナンシー」

 美奈子が、湊が持っていたのと同じ銃らしきものの引き金を引くと、黒衣の女が現われる。それと共に淡い緑の光が満ち、洵やめぐみを柔らかく包んだ。

「おかあさん……?」

 少し呼吸が落ち着いためぐみが薄らと目を開き、めぐみの母を見つめる。めぐみの母は呆然としたような表情で、身体に覆い被さっためぐみを見つめ返していた。

「めぐみ……あんた……」

「おかあ、さん……良かった……無事で……」

 めぐみの表情が、安堵に綻ぶ。呼吸は落ち着きながらも少し動くには辛そうでやや眉を詰めためぐみに、めぐみの母の顔が瞬く間に今にも泣きそうに歪んだ。

「ああ……あの時も……あんたが助けてくれたんだね……?」

「……大丈夫だと思うけど、医者に診せて」

「早く」

 震えた涙声を漏らすめぐみの母に、湊と美奈子がそう急かす。

 出した言葉は短く、その面は無表情に近い。だが心なしか顔色は悪く、腰元のホルスターへと銃を仕舞ったその指先は、小さく震えていた。

 もう少し離れた距離に居たら、気付かなかっただろう。比較的近くに居たからこそ気付けた感情のさざなみを感じ取り、慎は敢えて強い語気でめぐみの母を再度急かした。

「おばさん! この辺りの病院や医者は!?」

「あっ……そ、そうだね……」

 ようやく我に返っためぐみの母が、携帯を通して医者を呼ぶ。

 携帯の通話口越しに洵やめぐみの事を説明しながら、慎は洵を背負うと湊と美奈子の方を見た。

「……有里達は怪我、無いか?」

「大丈夫だから」

「平気だから」

「つっても、後で実は……みたいな事もあるかもしれねーだろ。ついでに医者に診て貰りゃ良いし、めぐみん家で一緒に待ってようぜ」

 めぐみを背におぶりながら、拓郎が言う。それに湊と美奈子が小さく頷いた所で、遅れてやって来た車から真田と戌井が降りて来た。

「慎……お前達もここに来ていたのか」

 真田が慎達を見て、微かに眉を潜めて呟く。それを見て、慎は思わず目の前がカッと熱くなるのを感じた。

「あんた……! まさか、有里達を巻き込んだのか!? どうしてそんな!!」

 真田が諒と知り合いなのは知っている。その諒がリバース事件を、ペルソナ使い達に関わる事柄を追っていた事を協力関係だった真田も知っていると後から諒に聞いた。それに諒は、湊と美奈子がペルソナを使う事を間近に見ていて――つまり、それを真田に話している可能性が高い。その上、ついさっきまで他のペルソナ使い達が居て、それを追っているような様子だとするのなら。

 たとえ察しが良くない方だとしても、おおよその推察は付く。声を荒げて慎が真田に詰め寄ると、その前を戌井が遮った。

「慎君、落ち着いて。それに、どちらもどちらともの意思なんだ」

「……っ!」

 制止する戌井に対しても、慎は睨むような視線を向ける。

 凪の杜学園寮の管理人である戌井。まさか真田と知り合い、否、関係者だったなんて。ペルソナを使えるといってもただの一般人でしかない慎に伝える謂われなど無いと分かっていても、それなら尚更、湊と美奈子は、と思った所で視界の端に真田と戌井を見つめる湊と美奈子の姿が映った。

 平坦な無表情。真田と戌井、二人に向ける瞳が――感情は滲んでいない筈なのに、何故だかとても、悲しく寂しげに見えて。

 それが慎には酷く見ていられないような気持ちになって、真田と戌井から距離を置きながら洵を背負い直した。

「……ともかく、茅野の家まで行きましょう。話は、それから聞きますから」

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