旅の終わりの、更にその先の物語。   作:しろまち

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慎視点。


14:節制(3)

 陽はとっぷりと暮れて、代わりに夜の帳が下りる。

 深夜、布団から起き上がった慎はトイレの為に二階から一階に降りていた。

 急いで呼んだ医者の見立てによると、洵とめぐみは身体の消耗、つまり疲労状態ではあったが怪我も無く命には全く別状が無かった。めぐみの母に至っては何ともなかった。なので、何かあったら病院へ来るように、と言い結んで、医者は直ぐに帰ったのだった。

 トイレに向かう途中、仏間でめぐみとめぐみの母が何か話しているのが聞こえる。あまり大きくない声量だからか、どんな話をしているのかまでは分からない。

何を話しているのだろう。気にはなるが、折角の母娘間の会話だ。わざわざそれを妨げに行こうと思える程、慎も無粋ではない。故に邪魔しないようにとなるべく音を立てず、仏間を通り過ぎてトイレに向かう。

 そうしてトイレを済ませた後、布団に戻ろうと来た道を戻る途中、縁側の方が何やら明るいのに気付いた。

 月明かりにしては明る過ぎる。外の電灯にしても、縁側までそこまで明るく照らす程ではない。淡い青の明かりに誘われるようにして近付いてみると、何やら話し声が聞こえて来た。

『全てを掬い上げる事を望んでも、それが出来るとは限らない。知っているだろう?』

「……でも、そう望んで、そうすると選んだから」

「それが、そう選んだ責任で、此処に在る意味だと思うから」

『……だとしても僕は、そんな顔をして欲しくないな』

 囁きにも似た小さな音量の話し声。

 湊と美奈子と――後は誰だ?

 不意に頭に掠めた疑問に慌てて慎が縁側まで駆け付けると、湊と美奈子が縁側に座っていた。

 淡い青色の吊り提灯が暗い縁側と湊と美奈子の顔を照らす。慎が縁側に来た事に気が付いた湊と美奈子が、少し首を傾げて慎を見た。

「どうしたの?」

「えっ……と、その、話し声が聞こえたから」

 些か言葉を詰まらせて答えながら、慎は辺りに視線を巡らせる。

 縁側に居るのは、湊と美奈子のみ。他に誰か居た様子は無い。その筈なのに、他に誰か居たような――そんな気がしてならない。しかし湊と美奈子しか見当たらなかった以上、他に誰か居たのかと問うのも何故だか躊躇われて、そちらの疑問はぐっと飲み込む。

「ここ、座っても良いか?」

「別にいいけど」

 湊と美奈子が座っている場所の傍を指さして問うと、短く許可の言葉が返る。慎はそれを聞いて湊と美奈子と同じように縁側に座り込みながらも、直ぐには次の言葉が出ずに黙り込んだ。

 吊り提灯の明かりで、縁側周りだけが仄明るい。周囲は静かだ。元々山間部で辺りに建物も少ないからだろう。時々虫の音が聞こえて来るくらいで、後はこの場に居る者達の静かな呼吸音が耳に届いていた。

「……洵と茅野の事、ありがとな」

 無言はそこまで続けられなかった。そう切り出した慎に、湊と美奈子は暫く無言の後に首を横に振る。

「でも」

「御礼なんて」

「洵と茅野を助けてくれただろ。……怒ってると、思ってるのか?」

 何か口籠もるように口を閉ざす湊と美奈子に、慎は言葉を重ねる。続けた問い掛けに、湊と美奈子が顔を上げて慎を見た。

 対称的なのに、酷くそっくりで、否、「同じ」に見える顔。何処までも平坦な無表情にも見える顔は、どんな感情が浮かんでいるのか分からない。否、そうではなく、感情を滲ませない為に無表情の仮面を被っているのか。

 ――だとしたら。それはとても、悲しい事だと慎は思う。

「……あのさ。俺は……何も出来てないのかもしれないけど」

「そんな事無い」

 否定は間髪入れずに来た。慎に対しての言葉は直ぐに返るのに、その反対は躊躇するなんて。形容しがたい矛盾に、慎は何とも言えずに口許を引き結ぶ。

 医者を呼び、洵とめぐみを診せた後。慎は真田と戌井から、ここに来ている理由を聞いた。

 あの、稀人と呼ばれるペルソナ使い達。あの者達は人為的にペルソナ能力を取り付けられた者達であり、研究自体は10年前に頓挫したらしいがそのペルソナ制御に「とある薬」が必要なのだという。その薬を製造していたのは、取締役がかつて人工ペルソナ使いを作り出す研究にも携わっていた事もあるひいらぎ製薬。これまでは同じく人工ペルソナ使いを生み出す研究をしていた小松原 啓祐――表向きは九条 稀也と名乗っていたらしい人物が秘密裏にひいらぎ製薬の社長、柊に対して半ば脅しに近い形で製造、融通させていたらしい。しかし、人工ペルソナの制御に必要な薬は非合法な代物。表には出せない物を製造していると、そんな噂であり真実が流出してしまった。その結果が、いつだったかのひいらぎ製薬社長の子息達の誘拐事件。そしてそれをきっかけに、ひいらぎ製薬社長である柊は今までの己の行いを告白すると共に、人工ペルソナ制御の薬の製造停止を決めた。

 そこから、薬を融通されなくなった事。同時に小松原が行方不明になった事。その二つによって、痺れを切らして強引に制御薬を求めて来るであろう稀人達を捕まえる為にひいらぎ製薬と薬の取引という囮捜査を行った。この八尾という地を選んだのは綾凪市よりも人口が少なく、ひいらぎ製薬の使わなくなった工場があるのでそこを取引場所として交渉した為らしい。

 しかし、取引の最中に稀人達の中でペルソナ暴走が起こり、やむなく介入を早めた事によって捕縛作戦も稀人達に知らせてしまった。ペルソナが暴走した仲間を抱えて逃亡する稀人達を追っていた所で、偶々そこにめぐみの母や洵、めぐみが居て――巻き込まれてしまった。

「有里達の所為じゃない。有里達は守ってくれたし、有里達のお陰で助かったんだ」

 真田と戌井からは、ここに来ている理由だけではなく巻き込んでしまった謝罪も聞いた。

 それについてはまた色々と思う事があるものの、今は決して湊と美奈子の所為ではなく、自らを責める必要など無いと慎は強く告げる。

 慎達が駆け付けた時の湊と美奈子の行動を見て、湊と美奈子の所為だと責めるような人間だとは慎自身も思いたくないし思われたくもない。そんな事を言うのは、あまりにも無責任で八つ当たりだとしても幾ら何でも酷過ぎる。

 それに、今ここで湊と美奈子の所為にしてしまったら。今まで慎が、諒が、きっとそれ以外にも。湊と美奈子によって助けられた事を、救われた事を――此処に在る事を、否定してしまう。そんな事を、慎には出来る筈も無かった。

「だから、改めて礼を言わせてくれ。洵の兄として、茅野の友達として」

 頭を下げて礼を言う慎を見つめる湊と美奈子の眼差しに浮かぶ感情を、慎には分からない。こんな事を言うのも、所詮はただの自己満足かもしれない。それでも、湊と美奈子が不必要に自分自身を責めるような所は見たくなかった。そう、誰かが、「そんな顔をして欲しくない」と湊と美奈子に言っていたように。

「諒兄ちゃん……兄貴も、そう言うと思う」

 湊と美奈子がどうして真田や戌井に協力しているのか、慎は聞いていない。どうして黙っていたのか、という思いはあるが、それを問い詰める気にはなれない。

 血の繋がった兄、諒だって長い間、自分や洵に何も知らせておらず、隠してばかりだった。実の家族ですらそうなのだ、出会って一年も経っていない赤の他人ならば尚更の事。

 めぐみの実家が八尾にある事は、湊と美奈子には言ってなかったから知らなかっただろう。ただ、ここへ行く事を話した時の、諒の様子を思い返す。

 諒はこの場所、八尾、という地名に対して、何か思う所があったようだった。真田と諒は共にこの件に関して協力して追っていたから、今回の囮捜査についても知っていた可能性が高い。

 それを知っていた上で、これでもしも慎と洵が八尾へ行く事を諒が許可しなかったら。知らないままの可能性もあるが、今回の囮捜査を知ったら慎は諒に怒って問い詰めていただろう。行かなかった事で慎と洵が巻き込まれなかったとしても、だ。

 だが、諒は八尾に行く事を許した。もしかしたら巻き込まれるかもしれない、という可能性があったにも関わらず。

 だからきっと、あの「気を付けて行って来い」という言葉は。勿論、慎と洵に対してでもあるのだろうが、諒も湊と美奈子を気に掛けていたからなのだろうと慎は思う。ペルソナが使えなくなって、今も自宅療養で出向けない諒自身に代わって、慎に湊と美奈子を気に掛けるように託したのかもしれない、と。

 自分の兄の事ながら、不器用というか何というか。そんな事を口に出したら、洵に慎兄ちゃんも似たようなものでしょと言われそうではあるが。

「……誰かの、何かの所為だって、そう言っていられたら楽なのだろうけどな」

「うん」

「そうだね」

 洵やめぐみを傷付けたのは、稀人達だ。だが、稀人達も元々は身寄りも無く小松原に引き取られたが故に人工ペルソナ使いとなり、その制御に苦しんでいる。「それしか選べなかった」のなら、行い自体は決して許されないものではあるもののある意味では稀人達も被害者なのかもしれない。

 それに、その人為的にペルソナを取り付けるという研究。諒が入院している時に見舞いに来たひいらぎ製薬社長の柊から話を聞いたのだが、何と慎の両親もその研究に関わっていたのだという。両親はあまりにも非人道的な研究に嫌気が差して、そういった事から一切手を引いたが――正直、その話を聞いた時、慎は驚きを隠せなかった。

 あの父と母が。慎にとっては優しい父と母で、そんな気配など微塵も感じなかったというのに。諒も知ったのは、両親の死後だったらしい。

 その研究も元々は他の大きな何かからであるらしいが、父と母も研究に関わっていた事は違いない。ならば今までリバース事件が起こって、多くの無気力症候群が起こって、稀人達という存在が居るのも、慎にとっては無関係だと、自分達の事を放り投げて誰かの所為だなんて言えない。

 口にした通り、明確に誰かや何かの所為にした方が、きっと楽なのだろう。他の誰かや何かに自分の判断を任せて、大多数の意見にそれが正しいかどうかなんて考えずに流されて、何もかもから目を背けて、全部どうでもいいかのように、自分なんてないかのように。

 ――けれども、そうしてばかりでは駄目だから。

 「もしも」なんて可能性を考えても、今が在る以上考えたって仕方の無い事だと分かっている。けれども、今在る状況があるからこそ、「もしも」を考えてしまう思いだって理解出来る。

 それに囚われてしまったら、どうなるのだろう。有りもしないやさしい思い出に抱かれて、それが幸せだと思うかもしれないけれど、それを何かは嘲う。

「なぁ、有里達も今日はもう寝よう。それで、一緒に綾凪に戻ろう」

 湊と美奈子と目を合わせ、慎は言う。見つめ返した湊と美奈子が頷くと共に、心の奥底に穏やかな波が広がった気がした。

「ところでこれ、どうやって消すの」

「えっ、点いてたんじゃないのか?」

「勝手に点けられて」

「えぇっ……コンセント直抜きは駄目だろうから……スイッチ、何処だろうな……」

 勝手に点けられたとはどういう事なのだろう。多分、普段は使っていないからと縁側の通路の隅に置かれていた吊り提灯の明かりのスイッチを見つけようと、周囲を探し回る。

 そんなこんなで少しバタバタとしていたのを、気付かれたらしい。仏間から出て来ためぐみとめぐみの母に見つかり、一体何をしているのだと揃って呆れられてしまったのだった。

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