旅の終わりの、更にその先の物語。 作:しろまち
それを一言で表すと、圧巻としか言えなかった。
「おめでとうございます! 出店日から最速記録です!」
店員が興奮しながら、達成記念である金色のピンバッジを二つ分差し出す。それを湊と美奈子が一つずつ受け取ると、周囲から歓声と拍手が巻き起こった。
「凄い……」
「マジでやりやがった……」
めぐみと拓郎が半ば呆然としたような、感嘆の吐息を漏らす。かくいう慎も、ただただ目の前で成された出来事を見つめた。
放課後、慎とめぐみと拓郎、湊と美奈子の五人が訪れたのは綾凪駅の前に新しくオープンしたビッグバン・バーガーというハンバーガーチェーン。何年か前は労働環境についてよろしくない問題もあったらしいが、今は全国あちこちに店を構えるほどとなっている。そのビッグバン・バーガーで行われているのは、ビッグバン・チャレンジという所謂巨大サイズの完食チャレンジ。今まで多くの猛者が挑み、そして敗れていったという。
そんなビッグバン・チャレンジをやってみないかと、湊と美奈子に提案してみたが――まさか、湊も美奈子も揃ってクリアしてしまうとは。
いや、出来るかも、とは思っていた。流石に慎とて出来そうもない者に提案なんてしないし、もしもギブアップしてしまうようなら責任持ってその分の料金は支払おうと思っていた。だが、こうしてクリアしてしまったのをいざ目の前にすると、本当に出来てしまったのかという驚愕が先に来てしまう。決して大柄ではない身体の何処に、あんな量が入るのか。胃袋ユニバースか。
「それで、何だっけ」
チャレンジ達成者に対する周囲の視線やざわめきをものともせず――というよりはどうでもよさそうに、ジュースを読みながら言う。手は、慎達が頼んでいたポテトを摘まんでいる。まだ食べられるのか。
「あー……何か、思い出的な……?」
「何の?」
直ぐ様突っ込まれて、慎はつい口籠もる。
湊にも美奈子にも、特に何かを気にした風はなく、実際何も気にしてはいないのだろう。ただ何となく何の話題だったのかと尋ねて、それに答えた慎の言葉について更に訊いただけ。それだけなのに、改めて問われると直ぐに適切な言葉が出て来なかった。
ビッグバン・チャレンジが終わり、挑戦者だった湊と美奈子が特に何か目立つようなリアクションもしていないので周囲の野次馬も興味を失っていったらしい。まだちらほらと視線は感じるものの、そこまで気にならなくなるくらいにはなっていた。
ポテトの塩気とジュースで湿った口許を動かし、慎は言葉を探す。飲み込んだ唾が、少しだけしょっぱかった。
「……この所のニュースとか、知ってるだろ?」
切り出したのは、無気力症候群の患者が増えているという話題。
以前からも患者自体は居たが、ここ最近はとみに増えている。ニュースでは、今日運び込まれた患者数は、なんて報じられているくらいだ。確固とした治療法はまだ見つかっておらず、街中を歩いていても無気力症候群に近い状態の者達がちらほら見られるまでになっていた。
慎が真田から聞いた限りでは、無気力症候群はペルソナを持つ者、もしくはペルソナ使いの素養がある者か過去に持っていた者以外がペルソナによる攻撃を受けると引き起こされるらしい。しかしそれ以外にも、人の深層である心の海――つまり精神が穏やかに保たれなくなった時。例えば「ここから居なくなりたい」「このまま死んでしまいたい」といったネガティブ・マインドに支配された時、人は無気力症候群に陥るのだと。
「うん……悠美先輩も、セラピストの人から相談を受ける人達が物凄く増えたって話を聞いたって」
「こう増えてっとな……」
深刻な顔をして呟くめぐみと、湧き上がる怯えを誤魔化すようにぶるりと頭を振る拓郎に慎は頷く。
「俺も……同じように、何も考えたくなって、ここに居たくないって思うかもしれないし、思った事もある」
それは10年前の綾凪市で、目の前で両親が死ぬのを見てしまった時。
両親の死を目の当たりにした慎は、そのショックで自失状態になっていたらしい。らしい、というのは慎にその間の記憶が無く、諒から聞いたからだ。その時は事故の記憶そのものを封印する事で持ち直したらしいのだが――その記憶が蘇った今でも、自身を保てなかったかもしれない。
自分の所為だと、こんな自分なんて居ない方が良いのだと。
「……辛過ぎる事に、一人で耐えられる人間は多くないと思うから。だけど、他に……こういう事やって楽しかったな、とか、皆でこう過ごしたな、って思い出があったら……乗り越えられるとまでは言えなくても、苦しい気持ちばかりにはならないから」
自分の所為ではないのだと、こんな自分でも居てもいいのだと。そう諒が言ってくれたように。
「だからさ、皆で……有里達とも一緒にこういう事やったんだ、って思い出せる事、増やしておきたかったんだ」
己を乱す「影」は、いつだって自らの心の海に潜んで消えないけれど。
でも、その影の中に温かな灯火を灯して、行き先を示す道標を作ったっていいと思う。ほんの僅かな思いでも、それが確かな絆へと育つ事もあるだろう。
慎自身、あまり上手く言えていない自覚はありながらも何とか伝えると、湊と美奈子は感情の読めない平坦な表情からひとつ頷きを返す。ただ首肯一動作の中にも何処か雰囲気が柔らかくなった気がして、慎は拓郎とめぐみと共に笑みを浮かべた。
拓郎もめぐみも、慎と同じく湊と美奈子の事を気にしていた。「友達の為に何かしたい」、と。きっとこんな下らない事でも、自分達には思い出になったのだと――伝え切れているかは分からないし、ただの御節介だとしても。
「そうそう! 悩みなんて、皆で分け合ったら小さくなるって言うし!」
「コレは一人で食べきったけど」
「全員でチャレンジはしてないよね」
「そ、それはそういうものだから!」
「じゃあ、LLサイズ、皆でシェアする?」
「まだ入るのかよ……」
「胃袋のサイズを同じと思わないでくれるか?」