旅の終わりの、更にその先の物語。 作:しろまち
向かった先の病室には、諒と映子の他、楢崎が居た。
「兄貴!」
洵は、守本は、怪我は――と言いたい事があり過ぎて逆に何も言えなくなってしまった慎の様子に、諒はひとつ頷きを返しながらも静かに落ち着け、と告げる。ここまで急いで来た為に息を切らせた慎の背中を、傍に来た映子が摩った。
事の起こりはこうだ。所用があって綾凪署へ行ったその帰り、ちょうど洵も外に居るという事で迎えに行った所、稀人達が洵と叶鳴を連れ去ろうとしているのを見つけた。当然、諒はそれを阻止しようとしたのだが――稀人から何か囁かれた叶鳴が突然、様子を豹変させてペルソナを召喚、諒へと襲い掛かり、不意を突かれた諒はそのまま洵と叶鳴が連れ去られるのを見送るしか出来なかったという。
既にペルソナを持たない身である諒だが、かつてペルソナを宿していた人間はペルソナによる攻撃に対してある程度耐性が出来る。とはいえまだ療養していた状態では直ぐに動く事も出来ず、その場で動けなくなっていた所を楢崎が見つけたとの事だった。
「そうだったのか……楢崎さん、ありがとうございます」
「いえ。偶々、近くに不審な車両を見つけたという通報があってその辺りに居ただけなので……」
命に別状は無いらしいが、もう少し発見が遅れていたら取り返しのつかない事になっていたかもしれない。そう思うとぞっとする胸中を掻き抱きながら慎が楢崎へと礼を言うと、楢崎は真面目な態度を崩さず首を横に振った。
洵と叶鳴を連れ去った稀人達が乗っていた車は直ぐ様手配が掛けられ、現在検問も行っているとの事だ。楢崎が言うには、通報があった不審車両というのも稀人達が乗っていた車の事かもしれないらしかった。
「稀人達の指導者であった小松原は、洵のペルソナ能力に執着していた。稀人達が洵を連れ去ったのも、洵のペルソナを何らかの為に使う為だろう」
「だから洵を……。でも、守本はどうして……」
洵を連れ去る為に、一緒に居た叶鳴を人質代わりにしようとしたという可能性は考えられるので、共に連れ去ったという事自体には納得が出来る。だが、諒が言うには叶鳴は稀人に何か囁かれた後、まるでスイッチが切り替わったように雰囲気を変えて諒に向けてペルソナによる攻撃を行ったという。それは一体、どういう事なのか。
例えば、叶鳴の家族も一緒に人質に取られているとか――否、今日、洵と叶鳴が共に行動していたのは偶々だ。家族が人質に取られているという事なら、その場ではなく事前に教えて洵と二人きりになるよう誘導させる筈。
疑問を呟けども、それに対する答えは無く。何か言い掛けて身を起こそうとする諒を映子が慌てて留めさせた所で、病室へ真田が入って来た。
「稀人達の潜伏場所が分かった」
「!」
検問には掛からなかったようだが、防犯カメラに該当する車両が映っていた。
更に以前からの調査より、小松原が九条 稀也名義で所有していた施設の内、海沿いにある一カ所にて過剰な電力消費量が見られたのだという。そこに、恐らく稀人達も居るだろうという事だった。
あれから、稀人達――人工的に複数のペルソナを付けられた複合ペルソナ使い達の暴走を抑制する薬は製造を止めている。勿論、残っていた分も流通させていない。前に八尾で薬の取引に見せかけた囮捜査の件もあってリバース事件も起こっていない事から稀人達は表立った行動は避けていたようだが、流石に焦れて来たのだろう。とうとう強硬手段に及んだ、という訳だ。
「今、潜伏先に向けて突入の準備を進めている。だが、稀人達……ペルソナ使い達が大人しく投降するとは思えん。となると――」
戦闘行為もやむを得ない。
険しい顔で話す真田に、慎も思わず顔が強張る。
ペルソナ使いに対抗出来るのは、ペルソナ使いだけ。洵や叶鳴を一刻も取り戻したい気持ちはあれど、それに伴う危険性を突き付けられて足が竦んでしまうのは致し方ないだろう。「真田」と短く咎めるような声を出した諒は勿論、口に出した真田自身も分かっているのか、それ以上は明確に言葉として出す事無く黙り込んだ。
洵と叶鳴を助けたい。危険だとは分かっている、けれど。そんな思いと共に、湊と美奈子ならば、と慎が共に来た湊と美奈子に意見を求めようと病室内を見回した所で、そこに居た筈の姿が無い事に気付いた。
「……有里達、は?」
「えっ?」
慎の口から出た疑問に他の者達が、ようやくそこで気付いたとばかりに同じく周囲を見回す。
湊と美奈子は慎が映子からの連絡を受けて、共に病院へと来た。だから、この病室に来るまではちゃんと居た筈だ。それなのに、今は居ない。
一体何処へ、と思うよりも、まさか、という思いが先に来る。それは可能性ではなく、確信として。
――恐らく、稀人達の潜伏場所を聞いた時。あの時から他の何よりも誰よりも早く、湊と美奈子は洵と叶鳴を助ける為に動いたのだと。