旅の終わりの、更にその先の物語。   作:しろまち

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慎視点。


17:星(1)

 稀人達の潜伏場所と予想される旧研究施設は、外目からはそれらしい建物は見えない。真田が言うには地下に研究施設が広がっているらしく、その周辺一帯が九条稀也――小松原の所有となっていた。

 病院から出た慎は、戌井と共に研究施設へと向かっていた。

 戌井が運転する車内の空気は重苦しい。病院を出ると真田達から連絡を受けた拓郎とめぐみも合流して共に車に乗り込んだのだが、二人の方も深刻な顔をして黙り込んだままだった。

 澱のように留まり続ける沈黙は、心中に更なる暗雲をもたらす。良くない循環だ。それを分かりながらも他に出すべき言葉も分からず、ただただ黙り続ける出来ない中でふと窓に移った姿に思わず声を上げた。

「洵! 守本!」

 慎の声と遅れてそれが示すものに気付いた戌井が車を停め、一同が車を降りる。

 研究施設に向かう途中の道。それとは逆走するように下って来る二人――洵と叶鳴の姿があった。

 慎達が洵と叶鳴の許へ駆け寄ると、二人も慎達に気付いたのか些かまろび出るようにして足を速める。そこで急ぎ過ぎたのかよろめいた叶鳴の身体を、タイミングよく追い付いた慎が支えた。

「良かった……二人とも、無事で……」

「ああ。連れ去られたって聞いて、心配したんだぜ」

 思わず涙ぐむめぐみと肩の力を抜く拓郎を見ながら、慎も頷く。

 ざっと見た所、洵と叶鳴に怪我は無さそうだ。勿論、後で病院で詳しく診て貰わないといけないだろうが、こうして目立った外傷が無いだけでも安心度が違う。

 一同が一時の安堵を得た所で、一先ず車の中へ、と戌井が洵と叶鳴を促そうとするも、それを洵と叶鳴が首を横に振って引き留めた。

「……私、皆さんに話さないといけない事があるんです」

 こんな時にと思うかもしれないけど、どうしても話しておかないといけないから。

 今にも泣き出しそうな悲愴な顔付きで告げる叶鳴の様子に誰も異を唱える事が出来ず、思わず揃って黙ってしまうと叶鳴は両手を握り締めながらぽつりぽつりと語り出す。

 それは、叶鳴自身も認知していなかった事実。

 自分は、ペルソナ使いの素養を持つ者を探す為に作られた人形だという事。ペルソナ使いの才能を持つ者達を見つける為に影抜きを流行らせていた事。養護施設に居た事も、両親に引き取られた事も、山咲まゆりという養護施設時代の知り合いというのも、全てが偽りであった事。この自分の人格ですら、ただプログラムに起因したものでしかないという事。

 一度語ってしまえば、後は止めどなく言葉が流れていく。最初は冷静に努めていただろう声音も、後半になるにつれて弱々しく乱れて最後には泣き崩れるように両手で顔を覆った。

「……人間そっくりに動き、考える人形……まだ存在していたなんて」

 呆然と呟く戌井の声が酷く遠く聞こえる。

「……ごめんなさい。本当は……本当に、私なんて、ここに居る価値も意味なんてなかった。何の意味も、いいえ、私なんて居なかった方が良かったんです。そうしたら、きっと……」

「――叶鳴の馬鹿っ!」

 ただただ懺悔を繰り返す叶鳴を、めぐみが強く抱き締める。その顔は酷く怒っているようで、同時に悲しんでいるようでもあった。

「何でそういう事言うの!?」

「めぐみさん……でも、私が居たから……他の方だって……」

「それは、そうかもしれないけど! でも、そうじゃないよ!」

 叫びながら首を振るめぐみの目許を潤んでいる。それにつられて、叶鳴の目許も赤みを帯びていた。

 そんな二人の様子を慎と拓郎は暫し見守り、互いに視線を交わし合ってから頷き合う。そこから少しの間を置いて、慎は叶鳴へ声を掛けた。

「……なぁ、守本。今聞いた事、嘘を言っているとは思わないけど到底信じられないし、信じたくない。だけど、それが本当なら……確かに許されない事でも、だからこそ居ない方がなんて言っちゃ駄目だ」

 過去を変える事は出来ない。仮にそれが出来るとしたら、最早それは人智を越えた存在であり、恐ろしく悪辣で残酷なのだろうと思う。故に人が出来るのは、今とこれからをどうするのかだ。

 思い出すのは、10年前の出来事。諒は慎の所為ではないと言ってくれたけど、言ってくれたから、少しだけ心は軽くなったけれど忘れてしまっていた分、今になって滲み出す痛みがある。その痛みは和らぐ事があっても、事実自体を変える事など出来ないから抱えながら生きて行くしかないのだ。

「ねぇ、叶鳴。一緒にこれから、考えよう?」

 叶鳴を抱き締めるめぐみの腕の力が少しだけ緩まる。仲の良い姉妹にするように掌は髪の毛を、更に背中を柔らかく撫でた。

「私なんかが……これからを、考えても良いのでしょうか……」

「良いとか悪いとかじゃねーだろ。これから考えるんだよ。そうしたいし、そうしようぜ」

「拓郎にしては良い事言うじゃない」

「何だよそれ!?」

 まるで学園に居る時のような空気に、思わずというように叶鳴の顔が綻ぶ。小さく肩を揺らして笑みを零す様に、慎もめぐみも拓郎もほっとしたように肩の力を抜いた。

「そう……ですね。私が居なくなったら、私の所為で傷付いた人々が居る事まで否定してしまう……それに、有里さんと有里君にも約束したんです。許されなくてもちゃんと謝って、それから助けに行きます、って」

「そうだよ、だから……って、有里さんと有里君!?」

 叶鳴の言葉に頷き掛けた所で、めぐみにとっては思いもよらなかった言葉に驚きの声が上がる。

 そういえば、湊と美奈子の事はめぐみと拓郎には何も伝えていなかった。叶鳴も「あっ……」と小さく呟いて、躊躇いがちに洵と叶鳴が研究施設から抜け出すに至るまでの事を語り出した。

 慎達がやって来るよりも早く湊と美奈子が研究施設に到着し、洵と叶鳴を救出した事。そして湊と美奈子は、恐らく稀人達を足止めする為にまだ研究所内に居るだろうという事。

 予想はしていたが、やはり湊と美奈子は潜伏場所を聞くなり助けに直行していたのか。急ぐ気持ちも焦る思いも充分に理解出来ていても、一言伝えてくれたって良いのにと恨み言のひとつでも言いたくなる。

「よっしゃ、じゃあ次は有里達を助けに行かねぇとな」

「はい。……私も行かせて下さい」

「えっ、叶鳴!? 駄目だよ、折角逃げて来たのに」

 ぱん、と気合いを入れるように掌を打った拓郎に頷いた叶鳴に対し、めぐみが心配そうに覗き込む。めぐみの心配はもっともだ。たとえ正体が何であろうとも、連れ去られて、そこから逃げて来たという事には違いない。恐怖も少なからず感じただろう。

 ここで洵と一緒に待っていた方がいい。慎もそう思ってめぐみに続いて言い添えようとすると、叶鳴は固く首を横に振った。

「助けに行きます、って約束したのは私ですから、私も行かないといけないんです。それに……あの中がどうなっているのか、知っていますから」

「守本……」

 握り締めた手も、声も震えながらも、それでも表情とそれが示す決意は固く。故にそれ以上諫めるのは叶鳴に対して失礼な気がして、慎は名を呟いただけに留めて洵と戌井の方を見る。

「戌井さん。俺達、有里達を助けに行きます」

「……分かっていると思うけど、あの中には」

「無理に戦う事はしません。俺達はただ、友達を助けに行くだけですから」

 そもそも、慎達よりも湊と美奈子の方が余程ペルソナの扱いは長けているのだろう。数による有利性はあるかもしれないが、かえって邪魔になりかねない。それでも行かねばならぬと思うのは、何よりも慎達がそうしたいからという思いからだった。

「洵。お前はここで戌井さんと――」

「慎お兄ちゃん」

 続けて洵に声を掛けようとすると、その慎の言葉を洵が遮る。普段よりも高く柔らかな声音に意識の何処かが引っ掛かり、次句を継ぎ損ねてしまっていると洵は首にさげたロケットから白い羽根を出した。

「慎お兄ちゃん、これ。持っていて」

「持っていてって、お前、これ……」

 押し付けられるように手に握らされたものに、慎は困惑して洵を見る。

 洵が取り出した白い羽根。あれは、くじらのはねと呼んでいるものだ。両親が描いた絵本の題名にちなんでくじらのはねとは呼んでいるが、実際には何の羽根なのかは分からない。小さい頃にこの綾凪市で洵と結祈が見つけて、それ以来宝物にしていた。

 御守り代わりなのかもしれないが、大切にしている筈の宝物を渡すなんて。当惑しきりの慎に対して、洵の眼差しは真っ直ぐに向けられていた。

「頼んだの。洵を、助けてって」

 洵はくじらの許に居て、そのくじらを苦しめるものが近付こうとしているから。だから助けてと、頼んだのだと。

 一体、何を言っているのか。慎には洵の言葉がさっぱり分からない。けれどもこんな状況下で訳の分からない冗談を言うとも思えず、ただただ洵を見る。

 洵はここに居るのに、洵を助けて欲しいだなんて、どういう事だろう。謎掛けをしている訳ではないと思うが、それなら一体何なのか。

 少し低い位置にある弟の顔をじっと見つめる。弟が生まれて来た時から、ずっと近くで見て来た。そう、10年前までは「妹」とも常に一緒で――

「……結祈……?」

 双子であるが故に「弟」とよく似たその顔に呟けば、

「そうだよ、慎お兄ちゃん」

 10年前に喪った筈の妹の「結祈」が、弟の「洵」の顔をして困ったように頷いた。

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