旅の終わりの、更にその先の物語。 作:しろまち
慎と別れた後、湊と美奈子はまだ電車に乗り込む時間には余裕があるという事でトイレを済ませてからはそれぞれ別々に行動していた。
湊はというと、駅内の売店を眺めていた。しかし別に何か買う気は無かったので、特に商品を手に取るような事もしない。ただぼんやりと売店に並ぶ品揃えを見ていた所で、不意に視界に入った姿に湊は思わず小さく声を漏らした。
「あ」
音となったのが、何だか前にも漏れ出てしまったものと同じに思えたのは多分気の所為ではないだろう。そして同じように、視界に映ったその人物――総司も、湊の存在に気付いて目を見開いた。
他人の事は言えやしない鬱陶しそうな前髪の下から覗く目が湊を捉え、総司は湊の許へ歩み寄る。そこから湊の前に立つと、互いに小さく会釈を交わしてから次の言葉が出るまで僅かな間が出来た。
「今日は……」
「もう、行かなきゃならないから」
「……そうか」
全て言われる前に返した答えが、言葉足らずだとは思わない。総司も湊の言葉に、僅かに視線を落として頷いた。
漂った沈黙は数秒。駅内のアナウンスやざわめきが耳に付くよりも先に、総司が何か思い付いたように顔を上げる。
「ちょっと待っていてくれ」
言うや否や、総司はその場に湊を留めて一旦そこから離れる。
一体、どうしたというのか。待っていて欲しい、と言われた湊は、まだ時間がある事もあって首を傾げつつも一先ず総司に言われた通りにその場で待っている事にした。
程なくして湊の許に戻って来た総司は、一旦離れた時には持っていなかった紙袋を湊へ手渡した。
「俺から、良かったら」
総司に手渡されるままに湊は紙袋を受け取り、その中身を覗き込む。
紙袋はここの売店の物で、どうやら土産物コーナーで買って来たらしい。ただ、その中身は。
「ありが……あのさ、これ東京土産じゃ」
「電車の中で食べてくれ」
「君、マイペースって言われない?」
パッケージにデカデカと書かれた東京銘菓の文字。そうでなくとも、土産物の類に詳しくない湊でも分かるくらいに有名な東京土産だった。
湊の指摘を聞いているのか聞いていないのか、言葉を続ける総司につい湊の口から珍しく突っ込みが漏れる。空気読み人知らずと言われる事はあるが、上には上が居るものだ。羨ましいとかは全然思わないが。
折角わざわざ買って貰ったものであるし、食べ物に罪は無いと思うので有難く貰っておく。受け取った紙袋を湊が手に提げて持った所で、ひとつ頷いた総司が静かに切り出した。
「……俺も、もう出て行こうかと思う」
何処を、それから何処へ、とは言われなかった。
問うのは多分、野暮だ。訊かれる事を求められてもいないのだろう。故に湊は総司へ視線だけ向けると、総司はまたひとつ頷く。
「都合のいいものだけを見て、目を塞いでばかりではいけないから。今度こそ、同じようにはなれなくたって、向き合ってみせる」
ちゃんと、己の双眸を開いて見据えていこう。
見たくないものを見ないようにして、都合のいいものばかりを見ようとして、本当に見なくてはいけないものまで目を背けて見落としていた。そうしてはいけないと知っていたのに、先の見えない深い霧のような不安と怯えにどうしたらいいのか分からなくて、孤独の寂しさを勝手に感じているだけだった。
かつてと同じように、とは思っていない。時の流れはいつまでも同じようにはしてくれない。けれども時間が経ったからこそ、改めて見えて来るものだってあるだろう。感じられる事だってあるだろう。
自分はひとりではないのだと、気付けたように。
「……そうだね」
心の海を通して伝わる穏やかな波に、湊も頷く。
愚者から始まるアルカナの旅路。ヒトが知恵の実を手にしたが故、神が創りし楽園を追われた瞬間から始まったもの。
始まりがあるのなら、その先には必ず終わりがある。かつて辿っていた旅は一度、歩みを止めたが為に終わってしまったのかもしれない。けれど、また旅を始めたっていい。また歩み出してもいいのだから。
総司が真っ直ぐに逸らさない瞳で湊を見つめ、手を差し出す。湊も紙袋や慎から渡された冊子を持っていない方の手を出して、お互いに手を握り合った。
「だからまた、君ともいつか会おう。――世界は繋がっているから」
最初の挨拶である筈の互いに手を握り合う行為は、今は再び会う為の別れとして。
約束だ、と。