旅の終わりの、更にその先の物語。   作:しろまち

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キタロー&ハム子視点。


2:女教皇(2)

 幾度目の転校だろうか。

 慣れ過ぎて、経験し過ぎてもう数える気にもならない。それこそどうでもいい。故に転校という事自体には何の感慨も浮かばなかったが、再び高校二年生を経験する事は初めてだったので些か不思議な心地にはなった。

 凪の杜(なぎ もり)学園。綾凪市にある学校で、中等部と高等部に分かれている。

 中等部があるからか多少敷地は広いような気もするものの、月光館と比べて然程変わった所は無さそうだ。通いの他、遠方から入学して来た生徒の為の学生寮もあるらしい。一クラス辺りの学生数も少ない事もあって、寮住まいを選ぶ生徒はあまり多くなく、寮自体の部屋数もあまり無いらしいが。

 それを聞いて、寮、と思い出すのは特別課外活動部の専用寮。

 あの場所はどうなったのだろうか。タルタロス――もとい、影時間が無くなった為に、特別課外活動部の拠点となる専用寮は必要なくなった筈だ。あそこには観測の為のモニタールームもあったから、一般が使うには難しい。今なら、否、今でなくとも盗撮で色々と問題になりそうだな、とも改めて思い出す。あそこで仲間達のあれこれを覗き見た事に関しては時効だと思いたい、と色々逸れまくった思考が巡った。

 ともかくも、転校初日からクラスメイトに聞いた限りで、最も気になる点といえば。

『――影抜き。そうだろう?』

 綾時ちょっと黙ってて。

 心の内から語り掛けて来る声に、湊と美奈子は同時に容赦も無く黙らせた。何となく拗ねた気配を感じた気もするがその辺りの空気は読まない。

 ファルロスでもある綾時は湊と美奈子とは違い、この綾凪市では実体を持っていなかった。

 何故、とは思わない。ニュクスが再び目覚めようとしているのなら綾時が居るのも不思議ではないし、しかしまだ完全に目覚めていないという事ならば実体が無いというのも然もありなんという所だろう。自由に行動も出来ないらしく、居ない時もあるようだが直接姿を見せる時以外は湊と美奈子の「心の海」に間借りする形で存在しているのだった。

 10年近く封印という形で身の内に宿っていただけあって、「君達の中に僕が居るんだよね」と綾時に言われても違和感は起こらなかった。ちょっと煩い出戻り同居だな、とは思ってしまったが。……決して、少しだけ懐かしい気持ちにはなっていない、と思う。

 それはさておき、と湊と美奈子は綾時が告げた単語を改めて自らでも反芻する。

 影抜き。

 この綾凪市内で流行しているという、奇妙な行為。聞く限りまるで麻薬や覚醒剤のようなドラッグなのかとも思われるが薬の類は使用せず、しかし依存性に陥る可能性まであるのだというそれは正しくドラッグのようでもあった。

催眠的なものなのだろうか。クラスメイトと垣間見た時はいかにも怪しげな、というものでもなかったし、クラスメイトのめぐみが過敏に警戒するようなものにも見えない。流行の類には別段敏感という訳でもないので殊更な事もあるかもしれないが、流行するようなものだとは理解出来なかった。

 とはいえ、と湊と美奈子には「理解出来ない」上で、思考を巡らせる。

 ぶっちゃけ、綾時がわざわざ言って来る時点で怪しい。絶妙に信用ならない信頼さで、勿論また拗ねている気配の綾時は綺麗に無視して、現状として手近にある不審な部分を疑うのは当然だろう。しかしながら影抜きに関して口酸っぱく注意して来るめぐみには「どうでもいい」「興味無い」と答えたが、手掛かりらしいものはそれしか無い以上、何かしらのアプローチはしてみないといけない。

 そこまで考えた所で、綾時がふふ、と笑う。

「綾時?」

『感じない?』

 何を、と更に問いを重ねる前に、心の海へ打ち寄せる波に瞠目する。

『分かるだろう?』

 打ち寄せる波を、己の内から生まれた「仮面」が押し返す。

 そして押し返した波がぶつかり、位置を知らせる。

 さぁ、と囁く綾時に促されるまでもない。押し返した波の先。打ち寄せた波。心の海を震わせる、波の源へと湊と美奈子は駆け出した。

 廊下を駆け抜けるなど教員に注意されてもおかしくないが、運良くなのか気付いていないだけなのか窘めるような声は聞こえて来ない。擦れ違う他の生徒達も、眉を潜めて見送って来る程度だ。元より注意された程度では足を止める気はさらさら無かった中で、渡り廊下から見えた「もの」に足を止める事となった。

「あれは……」

 開き掛けたその先が思わず止まってしまったのは、何に対しての躊躇いなのか。

「……今、影時間じゃない……よね?」

 頭上にあるのは、蒼天と太陽。決して、夜闇と青緑色の月ではない。

 己の奥深く、魂が震えるような感覚がする中で見つめた先。

 人の身体から抜け出たような半透明の人型。ふわりと浮いたその身は人の形をしていながらも、決して「人間」そのものではなく。

 駅近くの歩道橋の上で。工事現場に向かう途中の空で。そしてたった今、この綾凪市という街で見たそれらに対して、表す言葉は忘れようもなくよく知っていた。

 ――ペルソナ。

「……あの時みたいだ」

 ニュクスの影響が、影時間が、現実の時間を侵食していった時のように。

イゴールが告げたかつての危機、その波が足下まで打ち寄せるのを思い知らされたようだった。

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