リヴィラの番人は推し活のための努力を怠らない 作:ヒヤリハット
ダンジョン第三十階層の
階層の中心に位置し、東西南北合わせて四つの出入口を備える。規模は現在確認されている食料庫の中でも最大級であり、それゆえに『最も危険な食料庫』とも言われている。
そんな場所に足を踏み入れた男は───まず、怪訝に思った。
目の前に『通路』があったからだ。
先に述べた通り、第三十階層の食料庫はドーム型であり、入口と食料庫は隣接している。
だから、本来であれば、入口の先にあるべきは通路ではなく広大な空間なのだ。
通路がある。それ自体が既に異常。
既存の知識の通用しない、未開拓領域に等しい空間に舞い込んだのだと自覚する。
ところで、通路はどのくらいの長さだろうか。
周囲の確認を兼ねた観察は、男にいくつかの成果をもらたしたが、最も大きな発見は、
「……モンスターの
さらさらとした、灰色の遺灰。モンスターが屠られた後に残るもの。それは広範囲に撒き散らされ、あたかも『食い荒らされた』かのよう。
これが意味することは二つ。
あの『門』を突破することの出来た、強力なモンスターが『食い荒らされた』ということ。
そして『魔石』が失われているのは、極めて高い確率で、その
『───オオオオオオオオオッ!!!』
男が抜剣するのと同時、遥か上方の天井より、牙を持つ花が落下したのだ。
☆☆☆
「───消えた?」
「ハイ、『門』にムかって走り、そのママ……」
第三十階層、某所。
黒色のローブを纏う集団が、密談を交わしていた。
「……確認するが、そいつで間違いないんだよな? フェルズの言ってた冒険者ってのは……」
「単独でこの階層に、情報通りの装備をして、わざわざ食料庫に行く冒険者が何人いるかという話になりますが」
「───」
「そうだよなぁ……」
リーダー格らしき大柄な影の問いに、小柄な影が答え、痩躯の影が首肯するように身を揺らした。
「ドウスル、リド」
「……気になるっちゃあ気になるけど、冒険者が突入したんなら、おれっち達も行くぞ。レイ、その冒険者が入ったのは───」
「南からデス」
「ならこっちは北からだ。『門』はおれっちの炎で破る。手筈通りに行くぞっ」
☆☆☆
『オオオオオオオオオッ!!!』
落下する長駆。
花型モンスター『
「───『
短文詠唱。
それは
それは、英雄の遺物の力を引き出す
牙を剥き、愚かな侵入者を食い散らかさんと迫る食人花の眼前で、男は消失したのだ。
『───ォオオッ?』
けたたましい落下音。
それに紛れて、戸惑うような声がした。確かに目の前にいたはずの冒険者を見失い、食人花が困惑をあらわにする。
視線を走らせるように、頭部と思わしき花弁を揺らす一輪。
その
「まず、ひとつ」
どんっ! と音を立てて地面に転がる花弁。崩れ去る長躯。
同胞を屠ってみせた難敵に、もう一匹の食人花が警戒を示す中───武装『
(花型のモンスター。おそらく新種。牙。大型。推定レベルは……おそらく、3)
それなりに長い
先の一幕は不意打ちに近い。真正面から複数を相手取り勝てるだろうか。逃走の検討は即座に却下される。
勝てる相手だ。そう結論づけた男が腰のポーチに手を添えたのと、食人花が鎌首を立てたのは同時だった。
『───ッッッ!!!』
「っ!」
はたしてコンマ数秒の差で戦端を開いたのは食人花だった。
破鐘の咆哮を響かせ、胴体部分に備えられた数本の触手を蠢かせたのだ。
渦潮のような猛攻だった。
しなりえぐり迫る巨鞭があらゆる方向から男を打ち据えんと振り回される。並の冒険者ならば五度挽肉にして余りある怒涛の乱撃。あるいはそれは、男の武装である鳥蓑の攻略法───即ち『長時間かつ広範囲への攻撃』を本能で選び取ったのかもしれない。
眼前の脅威を取り除くために振るわれる、一心不乱の連続攻撃。
「重いな」
それを嘲笑うかのように、
「でも、慣れた」
男が一歩、歩み出たのだ。
『───ォオオオッ!!?』
襲い来る巨鞭の
乱撃の波を掻き分けて進む姿は大海原を征く帆船を思わせた。
焦燥を帯びる食人花。風が途絶えぬ限り進む帆船を押し留めんと苛烈さを増す猛攻。生存願望に駆られる食人花に対し、男はいっそ無慈悲なまでの真っ向勝負で応えた。
それは『測定』。いずれ有象無象と同じように斬り伏せるべく行われる『力試し』。
もはや命の奪い合いという前提すら取り払われ、そこには狩る者と狩られる者のみ残される。
「ふッ!」
『───』
踏み込みからの切り上げ。
瞬きの後に絶命する。それを悟った食人花は、最後の抵抗をした。思い切り頭部を振り下ろし、その牙で噛み砕こうとする。
それをしっかと認め、男は再度踏み込んだ。
「お、っらァッ!」
横薙ぎの一閃。
両手持ちの大剣が異形を両断する。
崩れ落ちる食人花を尻目に、男はふうと息をついた。
戦闘終了。周囲に静けさが舞い戻り、灰が薄く舞い上がる。
時を同じくして、大剣が纏っていた燐光───エンチャントが失われる。
用いられたのは『なまくら脂』。斬れ味の低下と引き換えに、武器の耐久力を上昇させる道具。
【魔法】によるエンチャントには劣るものの、職人が手掛けた道具は確かに先程の乱撃に効果を発揮したのだ。咄嗟の付与が間に合っていなければ、それはそれで触手を寸断してみせただろうが、得られた情報は少なくなっただろう。
刀身に歪みなし。満足気に頷いた男は、続いておもむろに
「……新種……だよな、こいつ。しかも……」
言葉の節々から困惑を滲ませながら、彼は遺灰に目を向ける。
元々ばら撒かれていた上に降り積もって、雪原のようになっている地面から、ひとつの欠片を手に取ったのだ。
「なんだ、この魔石……? 極彩色の魔石……聞いたことないぞ」
通常の色───紫紺から全く逸脱した、極彩色の魔石。それを原動力とする未確認のモンスター。
めちゃくちゃだな、と深くため息をついて、男は目線を上げた。
眼差しの先にあるのは、通路の終点である。
「こいつらが、『門』を守る番人だとして……この先には何があるんだろうな」
少なくともこの環境を作り出した『原因』、ないし手がかりがあることは明白である。
次に、男は撤退の必要性を考えた。
この依頼に明確な期限は設けられていない。一度情報を持ち帰り、残しておけば、『
「……」
男は兜の奥で瞑目した後、バックパックに手を伸ばした。
取り出した
先の戦いで消費した
「……行こう」
通路の先を見据える。
異界と化した
それが何であれねじ伏せてしまえと己を鼓舞し、男は前に進んだ。