終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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青春を謳歌する系一般上位者

「フリス」

「やぁ、チャル。来たよ」

 

 学校の屋上は解放されている。

 高い柵はあるものの、風靡く爽やかなこの場所に、彼女は一人で佇んでいた。

 

「……フリス」

「うん」

「私ね、フリスのこと……」

 

 言い淀むのは羞恥か。

 少女らしい機微か。

 

 ──いいや。

 

「ずっと前から好きだったんだ」

「うん」

「お父さんみたいで、私達とは違う所を見ていて。……だからこれは、私の我侭」

「うん」

 

 違う。一目でわかった。

 彼女から感じるのは罪悪感の類だ。

 

「今から酷いこと言うね、フリス」

「いいよ」

「……私は今のフリスが、好きじゃない。……酷い事だと思う。この前、地上に降りて来たんだ。そこで、ある敵と戦った。その敵は、なんだろう、とっても悪い人だったんだ。沢山の人を殺して、私の仲間も殺して」

「うん」

「その上でその人は、私を大切だ、って言った。価値があるから大切だ、って」

「そうかい」

 

 意気込んで。

 飲み込んで。

 

「……フリスの目からは、同じものを感じる。今までは漠然と私達に向けてくれていた友情みたいなものが、違うんだ、って。明確な言葉にされて……わかった。フリスは、私達へそういう、価値とか、意義とか、そういうものだけを見てる。ううん、私達だけじゃない。道行く人も、先生も、お弁当とかアイスとか、そういうのでさえも」

「うん」

「だから……今のフリスから向けられる感情は、苦手。……でもね」

 

 だろうな、という印象しかなかった。

 たとえキューピッドに扮している時に声や重心移動なんかを変えていたとして、それで僕が何か変わるわけじゃない。フレシシはあんまりメンタル強い方じゃないからアモルの時とフレシシの時で切り替えているみたいだけど、僕は違う。

 僕は常に同一だ。僕は常に平等だ。上位者として、だけど。

 だから、相手の心理を読み取る能力に長けたチャルがそう感じるのも無理は無い。というか当然だと思った。

 

 僕はそこで、つまらなさを感じていた。

 そこまででは、だ。

 

「でも……その人とフリスは、明確に違うところがある」

「……それは、どんなところ?」

 

 僕とキューピッドの違い。

 無い。そんなものは。あるとしたら、あるように感じたら、勘違いでしかない。

 

 だけど……僕は続くチャルの言葉に期待をしていた。

 

「あの人は、向かい風。私達を押し止めようとしてくる。常に前から私達を見ていて、立ち塞がる事で私達に期待をかけてる。でも、フリスは追い風。私達を後ろから押して、伸ばすことで私達……私に期待を寄せてる」

「どっちも風だね」

「うん。それで、どっちも暴風」

 

 僕が風。なるほど、言い得て妙だ。

 隣にいる時と敵対している時で、僕の心持ちに変わりはないと思っていたけれど。なんならそれはチャルの勘違いじゃないかと今でさえ思うけれど。

 

 彼女の言葉に迷いはなかった。

 探りながら喋っているわけじゃない。明確な根拠をもって話している。

 

 それがとても、心地良い。

 

「ずっと前から好きでした。ちょっと前に、大好きになりました。……でも今、私の心は、あなたから離れてる。酷い事を言ってる。私は今、あなたに告白して、それで、その上で……好きになれない、って。そう言ってる」

「そうだね」

「アレキが私を好いてくれてる。でもそれは、罪悪感から来るもの。わかっちゃうよ。アレキ、他の人よりわかりやすいから。それで、私もアレキが好き。カッコイイって思った。憧れるって思った。アレキは隠し事もあるけど、ずっと真っ直ぐで、ずっと私を見てくれる。私自身を見てくれる」

「いいことじゃないか」

「……ねぇ、フリス」

「うん」

 

 予想をやめる。

 今を楽しもう。これぞ青春だ。

 

 

「──これだけ酷い事言って、これだけ否定して。……なんでまだ私、──フリスの事が、好きなんだろう」

 

 

 チャルの目には涙があった。

 嫌いたい。彼女の中では僕とキューピッドが重なって仕方が無いんだろう。向かう風の方向が違えど、重なって重なって仕方がない。

 彼女の中でキューピッドは極悪人だ。仲良くなりかけていたメーデーを殺した。ケイタも殺した。あるいはミディットとも繋がりがあったのかもしれない。アニータとレプスも殺した。アモルの仕業だ、なんて関係のない事だろう。

 その前には東部区域を半壊させているし、その心理は受け付け難いものだろうし。

 

 嫌いだ。嫌いなはずだ。

 そんな奴と同じ精神性を持つ友達を、好きになれるはずがない。

 

「チャル」

「……なに?」

「僕は、君の前から姿を消した方が良いかな」

「──」

 

 だから選択を迫ろう。

 恋路は大切だ。愛は重要だ。彼女が僕に恋をし、愛し、それが彼女の援けとなるなら、僕は喜んで彼女の気持ちを受け止めよう。

 彼女が排し、拒み、それがチャルの精神の安寧に繋がるのなら、僕は喜んで彼女の前から姿を消そう。母アリア、父ケニッヒよりもチャルの方が重要度は高い。最新の英雄。なれば、両親の哀しみなど考えるに値しない。

 

 選択だ。

 保留はない。それがわかっていて、チャルも僕を呼び出したはずだから。

 

「……嫌だよ、フリス」

「言葉は正確に、だよ。チャル」

「あなたに会えなくなるのは、嫌。フリス。私は貴方が好きです。理性が、本能が、あなたを嫌ってる。貴方から離れるべきだと騒いでる。……でも、私が貴方を好きなの。知ってるよ。普通の人は、特技としてでも他人の気持ちなんて読み取れない。私だって全部わかるわけじゃないけど、普通の人は何にもわからない。何にもわからないまま、みんな好きとか嫌いとかを判断してる」

「そうだね」

「だから私は、全部の判断材料を捨てて、言う。私、チャル・ランパーロはフリス・クリッスリルグが好きです。──付き合ってください」

 

 ……正直に言えば。

 屋上に来た時点で、こういう結末になるとは思っていなかった。あるいは突然撃たれるんじゃないかと思っていたくらいだ。僕とキューピッドが重なった時点で、そこまで辿り着く可能性はゼロじゃなかったからね。

 いや、あるいは……繋がっている可能性はある。

 その上で。

 その上で、彼女が。

 彼女がこの選択をした、と。

 

 笑いが零れる。

 彼女は今、普通の人は、と言った。僕が嫌う凡夫凡人、無価値の有象無象。"自分はそれでなく、それらができることを自分はできないから、そう在れるように"と。

 チャルはそう言ったのだ。

 

 ああ。

 十分だろう。

 

「僕なんかでいいのなら」

「──うん。いい。私は、フリスがいい」

 

 特異な、捻じ曲がったその愛は。

 君を育てる十分な肥料となる。その糧となれるのならば、本望だ。

 

「これからもよろしくね、チャル」

「うん。……それと、一つだけ言っておくことがあるの」

「うん?」

 

 チャルは涙を拭って。

 ビシッ、と。僕に指を突き付ける。行儀が悪いよ、チャル。

 

「私はその目線が嫌い。つまり、か、か、彼氏に、直してほしい所の一つだから……意識改善を求む!!」

「善処するよ」

「それはやらないのと同じって習った!」

 

 いつも通りのチャルに戻る。

 恐らくまだ忌避はあるはずだ。それを飲み込んでとなれば、中々難しいものがありそうだけど。

 

「それじゃあ、チャル」

「うん。一緒に帰──」

「僕先生に職員室へ呼ばれてるんだ。待っててくれてもいいよ」

「……フリスから言われるのは、なんか違う!」

 

 あはは、なんて笑って。

 屋上を後にする。バタン、と締まる鉄扉。

 階段を降りて一段下の階に行き、生徒がいないために使われていない教室の一つに辿り着く。

 窓の開け放たれた教室。そこへ入って。

 

 真横の壁に背を預けていたアレキに、目線を向けることなく、一言。

 

「じゃあ僕の勝ちってことで」

「……別に。思いが遂げられずとも、私があの子を守る事に変わりはない」

 

 食指が動く。

 僕の幾つかある無計画性の中で、最も厄介で楽しい部分が鎌首をもたげるのを感じた。

 

 ──ここで諦めさせるの、勿体なくない?

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 反応は今までで一番速かった。

 奇械士が携帯を許されている刀。それを抜き放ち、壁へと僕を押し付ける。

 

「ッ、斬れない……まさか、本当に……!?」

「おいおい、確証の無い、もしかしたら悪ふざけをした一般市民かもしれない相手にそんな本気の一撃を放ったのかい? まったく、僕が本物じゃなかったら大問題になっていたよ。投獄されてチャルの元から引き剥がされていたかもしれないね」

 

 斬れない。

 刃は、たとえ赤熱させたとしても、入って行かない。

 恐らくチャルからキューピッドは機奇械怪ではなかった、という情報が入っていることだろう。そしてもしかしたら、屋上での会話を聞かれていた可能性がある。

 だからこその反応なのだろう。

 チャルの理性が、本能が、どちらもが警鐘を鳴らす相手がただの一般人なはずがないと。キューピッドと似ているのではなく、本人なのだと。

 アレキの中で、一瞬で繋がったのだ。

 

「あなたが本当にキューピッドなら──どういうつもり? 何が狙いで、チャルに!」

「君が盗み聞きした通りだよ。彼女は英雄の卵だ。凡人である君と違って、チャルは世界に必要な人材だ。過去、数多、幾重もの英雄が僕の前に倒れてきたけれど、彼女はそれを越える可能性のある優秀な"価値"だ」

「その物言い……!」

「抱えるといい。チャルはもう、僕をキューピッドだとは疑わないよ。僕の両親も僕の味方をするだろう。訴えればいい。仲間に。けれど上は期待しない方がいいかな、僕の息がかかった内通者がいる。この秘密を抱え、誰にも言えず、信じても貰えず──最愛のチャルにまで悲しい目をされて、それでも抗い続けるといい」

 

 本来はチャルにやる予定だったことだ。

 差を見せつけて、傷めつけて、抗わんとする心を育てる。チャルがあんな特異な子だって知らなかったからこその手法。あるいは凡百の英雄に対し行ってきた、初歩の試練。

 抗え。戦え。悩め。

 それが無価値に価値を付加する唯一の方法だ。

 

「君は凡人だ。才が無い。英雄足り得ない。だから、いつまでも孤高を気取っていないで団結するといい。塵も積もれば山となる。吹かば飛び散る塵の山も、身体を大きく見せるくらいの役には立つ」

「なんで──何故、あなたみたいなのが、こんな所に──!」

「逆に聞くけれど」

 

 ゆっくり、ゆっくりと起き上がる。

 首に突きつけられた刃は肌一枚切り裂くことなく焼き切ることなく、僕の柔肌に圧し退けられていく。

 

「どこぞの拠点で、誰もいない部屋で、世界中の情勢をモニタで監視してふんぞり返る……そんな毎日が楽しいと思うのかい?」

 

 それは、どこかの誰かへ向けた当てつけだけど。

 

 さて、じゃあ、最後のひと押しに……キューピッドらしいことをしておこうかな。

 

 指を差す。

 東部区画。未だ復興作業中の、住宅街の集まる区画に指を。

 

「出動の時間だよ、奇械士。生きていたらまた明日、学校で会おう」

「──やめ、」

 

 なさい、までは聞こえなかった。

 東部区画、その上空に現れた、超巨大な球体。赤雷を纏いて現出するは、八の足。

 特異プレデター種『サブマリン・オクトパス』。ダムシュに行った時海で見つけたんだ。あの国を滅ぼした機奇械怪が海にいないか探した時にね。

 この機奇械怪は本来海にいる。前に海に住み着いた奴はほぼいないと言ったけれど、この種がまさに特例中の特例。ほぼ、に含まれなかった機械。その形状は名前の通り潜水艦にタコ足がついている、みたいな感じで、本来は水中でないと力を発揮しきれない。

 ただ、ジタバタと暴れるだけ、ならば──十分だ。

 

「どうしたんだい、行かないのかい?」

「……一つだけ。まさか、あの時のエンジェルも──」

「ああ、あれは違うよ。というかあれについては僕も調査中でね。何か情報が入ったら横流ししてくれると嬉しいな」

「誰がっ!」

 

 それだけ吐き捨てて、アレキは教室の窓から飛び出す。飛び出し、駆けていく。

 途中で他の場所から出てきたチャルとも合流、また近辺にいた奇械士とも合流を果たし、サブマリン・オクトパスの討伐へと向かった。

 

 無計画に余計なことをしたんじゃないか──と。

 そう思われるかもしれない。

 

 うん。実際そう。

 

 でもこれで、アレキは更にチャルが大切になったことだろう。叶わない愛は暴走感情を引き起こす。それは「これほど想っているのに」という不和を生み出すだろうし、「どうか気付いてほしい」という願いにもなる。

 そしてそれはチャルも同じ。

 自身の理性を、本能を信じなかった代償だ。凡人に憧れたがゆえに払わなければならなくなったものがこれだ。

 

 今まで正解を引き続けていたチャルだけど、それだけは頂けなかった。

 普通の人に憧れるのは英雄がやりがちな行為だけどね。

 

 君は今までの英雄たちから更に上を目指してもらうつもりなんだから──普通の枠なんて忘れて、もっと激情を身につけないとダメだよ。

 

 ま、無理なら無理でいいけどね。

 ノウハウは得た。チャルでダメだったら、一世紀くらい時間を置いた後、また学生として青春を展開するとしよう。

 それじゃ、奇械士のみんな。

 頑張ってね。ソレ、そこそこ強いからさ。

 

 

 

 

 

 それは帰り道のことだった。

 工事中の空き地。東部区域の戦闘とは打って変わっての静寂に、複数人の足音と金属の軋みが響く。

 

「──フリス・クリッスリルグだな」

「そうだね。そういう君達は、NOMANSかな?」

「!?」

「驚くことはないだろう。有名じゃないか。──機奇械怪を従える人間の集団。奇械士を毛嫌いし、一般市民を襲う事にも躊躇が無い。大方、有名な奇械士の息子である僕を攫いに来て、人質にでもしようという魂胆かな」

 

 一気に喋る。

 動揺の広がる中から、パチ、パチ、パチ、と……拍手の音が近付いて来た。

 暗闇。

 そこから出てきたのは、紫のスーツを着た眼鏡の……えーと、歯に衣着せぬ言い方をするなら、「私悪役です」みたいな顔の男。腰まで届く長い銀糸を耳から垂らし、その他にも至るところにピアスが空いている。

 ……いや、いや。うん、うん。僕に人間のセンスはわからないからね。うん。うん。うん……。

 だっさー……とか思っちゃいけないんだろうな、うん。

 

「流石はクリッスリルグのご子息。その歳にしてそうも聡明とは、将来が期待されますね」

「お世辞はいいよ。用件は誘拐であってるかい?」

「ええ、ですが誘拐などという生易しいものではありません。──あなたには、意識を失ってもらわなければなりませんからね」

 

 男が手をあげる。

 やれ、という事だろう。僕を囲むハンター種の群れが一斉に吠え声を上げた。

 

 いやぁ。

 まったく。

 ……人間に使役されて、僕が誰なのかも判別つかなくなっちゃったのかな。となると、AI部分に直接干渉したのか。オーダー種……それも融合種、特異種が絡んでいるだろう。どれか強力なオーダー種が拿捕されて、その統制機能をいいように使われている、と見るべきか。

 はぁ、進化するどころか無価値に使われて僕に歯向かうようになるとはね。ああいや、歯向かうのは良いんだ。進化の証だから。けどそれは自分の意思とやらでやってほしかったな。

 折角フレシシのおかげでそういうのがあるって確認できたのに……これじゃあなぁ。

 

「な──何を加減している! 早く嚙みつけ! 痛めつけろ!!」

「あり得ない……ハウンドの牙だぞ!? 噛みつかれて無傷なんて……!」

「かくなる上は──!」

 

 周囲が騒がしい。

 ああ。僕が思案に耽っている間に始まっていたのか。

 まったく木端すぎて気にも留めていなかったよ。

 

「こういうわけだけど、まだ用件は変わらないかな」

「……どういうわけかは全くわかりませんが……やはりあなたも奇械士だったんですね」

「うん? なんでそういう結論に?」

「どのような手法かは知りませんが、なんらかの機奇械怪による恩恵で肌を硬化させている──そう見ました」

「あー……もしかして君、機奇械怪のこと魔法生物か何かだと思ってる?」

 

 なんだよ機奇械怪の恩恵で肌を硬化させる、って。恩恵ってなんだよ。いや確かに眼球を機奇械怪にすれば情報処理の恩恵が得られるかもしれないけど、肌を硬化させるって何。それアレ? 僕のこの皮の下全部機奇械怪だって言いたいの? それ恩恵じゃなくない?

 

「どうでもいいけど、まだ用件は変わらないか、って聞いているんだ」

「……いえ。あなたを襲っても無駄だということは理解しました。撤退しますよ!」

「させると思うの?」

 

 僕の身体に纏わりついていたハンター種……主にドッグスやハウンド達が崩れ落ちる。

 この機奇械怪の弱点は腹部だ。飛びつくということは腹部を敵に晒すに等しい。なら、そこにある動力炉をこうやってとってしまえば簡単に無力化できる。コードまで使う必要はない、簡単な対処だ。

 

「な……」

「あぁなるほど、随分と人道から外れた方法で使役しているみたいだね。なんだ、サイキックでも扱う人間が現れたんじゃないかと少し期待したんだけど、この程度なら過去にやってた組織がごまんとあるよ」

 

 外した動力炉の中。

 そこに──機械が絡みついた肉片があった。

 

「人間を機奇械怪に食わせて、中途段階にあるそれを各機奇械怪の動力源にする。人間を襲わせた機奇械怪はオーダー種からの強力な洗脳を受けた個体で、ゆえに体の中枢たる動力炉から洗脳信号をモロに受け取ってしまった機奇械怪は抵抗もできずに統制を受けることになる」

 

 要はウイルスって奴だ。コンピューターウイルス。

 元々オーダー種がウイルスを飛ばすタイプの機奇械怪だけど、この手法はバックドアに近いかな。ま、動力炉を失えば意味が無いんだけど。

 

「いつだかのエンジェルや今回のサブマリン・オクトパスも君達が送り込んだのかい?」

「ち──違います! 断じて違います!」

 

 最初の余裕はどこへ行ったのか、後退りながら否定する紫男。

 後者はともかく、エンジェルも違ったか。まぁ技術力低そうな彼らに転移が使えるとは思えないし。

 

「ふぅん。で、三度目の問いだけど──」

 

 紫男がニヤりと笑うのが見えた。

 風切り音。左右に避けるのは無理だと判断し、大きく姿勢を崩して背後へ足払い。

 

「っとぉ……!」

「後は任せましたよ!」

 

 走り出す紫男。ダメだよ、他のゴロツキだって逃がしてないんだから。

 自分だけ逃げられるわけがないだろう。

 

 ──遠くの方で、「かへぇっ!?」なんて間抜けた声がした。多分なにかが突き刺さったんだろうね。

 

「……それで、君は? 見たところ奇械士のようだけど」

「落ち着いてんなーガキ。ま、あいつらに囲まれて、しかも無傷でくぐり抜けてる時点でただ者じゃねーか!」

 

 暗闇にそぐわぬ、快活な声の女性。

 粗暴な口調と傷だらけの身体。武器は剣だけど、何かの機構付き。

 

「雇われているのか、自主的か」

「自主的だ。ウチは奇械士だが、機械より人を相手にしてる方が好きでね。ハハハ、聞けばガキ、お前クリッスリルグらしーじゃん」

「成程、両親のどちらかに負けて、僕に八つ当たりかい?」

「話が早い奴は嫌いじゃないぜ!」

 

 ヂヂヂッと音を立てる剣。

 あー、電流ね。まぁ確かに機奇械怪にも人間にも有効だろう。機奇械怪は電気で動いているわけじゃないけど金属だから有効なだけ。

 うーん。

 まぁ証拠隠滅は済んだし、コイツと戦うメリットがあんまりないんだよね。

 

 そうだな、ここはひとつ……文明の利器を使おうか。

 

「いざ尋常に──」

 

 ピンを、外す。

 

 瞬間、けたたましい音が鳴り響いた。

 

「っ!? なんだ!?」

「あれ、知らないか。これ、防犯ブザーって言うんだけど」

 

 その小ささからは考えられない音量が、夕闇に満ち始めた住宅街に響き渡る。

 なんだなんだと人々が部屋から、大通りから、どんどん視線を投げかけてくる。

 

 そこにいるのは男子学生と、奇械士の格好をし、剣を男子学生に向ける女性が一人。

 事案だ。

 

「チ──覚えてろよ、ガキ……っ!?」

「いやいや、逃がさないよ。君に価値があれば逃がしたけどね、有象無象に周囲をうろちょろされるのは気に食わない」

「なんだ!? 足が……」

 

 奇械士のブーツというのは金属製であることが多い。メーデーには珍妙な格好をさせていたけれど、あれは内通者の趣味なので僕じゃない。

 で、なんで金属製が多いかというと、それは勿論機奇械怪を攻撃したり、彼らの攻撃から身を守ったり、あるいは金属くずが多く落ちている現場で怪我をしないようにするためだったりと、用途が様々ある故だ。

 その中でも機動力を好む者は仕込みをしていることがあるのだ。つまり、機奇械怪的構造をブーツに仕込んでいる、と。

 機奇械怪を使役し、融合種を信奉するような奴らだからね。戦闘者は全身そういうので固めてるんじゃないかって推理は間違っていなかった。

 

「もし君に次があるなら、今度は徒手空拳で挑んでくることをお勧めするよ」

 

 それじゃ、と。

 防犯ブザーを彼女の足元に投げて、暗がりへと消える。周囲の人目を確認し、転移。はいこれでオッケー。

 住民は男子学生が襲われている所までは見えただろうけど、僕だとはわからなかったはずだ。暗いからね。

 

 後に残るのは、何故か地面と溶接されたブーツを履く奇械士の女性と、尚もけたたましくなり続ける防犯ブザー。

 

 安眠妨害──!

 

 ……けど、機奇械怪を使役する集団、か。

 昔もそういうのいたけど……果たして今度は、如何ほどかね。

 

 

 

 

 

「フリス!」

「え、なに、母さん」

「さっき近所で不審者が出て、男子学生が襲われたって聞いて……私、居ても立っても居られなくて!」

「あー。さっきのソレか。いつもの帰り道に人だかり出来てて警察来てて……何事かと思ったよ」

「成程、迂回してたから遅かったのか」

「それと、東部区域の避難の流れに揉まれちゃってね」

 

 僕が家に帰る頃には、サブマリン・オクトパスは討伐されていた。想像よりかなり速い。チャルがエタルド使ったりしたのかな。あんまり多用して欲しくないんだけど。あれ強すぎるからチャルの成長にならないし。

 

「お前なぁ、これを言うのは何度目かわからないが、連絡を、一本、寄越せ。心配するんだぞ?」

「あはは……ケータイ使うのホント慣れないんだよね……」

 

 両親。

 ダムシュでは流石としか言いようがない働きっぷりだった。もうちょっと暴れられてたらチャルのために排除しようかと思ってたくらいの働きぶり。特に母アリアは異様だ。確かに膂力は英雄クラスだけど、技術や頭脳はそれに遠く及ばない。父ケニッヒがそれに該当するけれど、こっちは膂力で劣る。

 二人合わせてようやく英雄。それが僕からの印象だった。

 それが……なんか二人、成長してない? もう三十一歳でしょ? 成長期とっくに過ぎてるよね?

 

「……機械の匂いがする」

「何?」

 

 ははーん、もう絶滅したけど、さては母アリアは犬か何かだね?

 ……あ、いや、アレキの傷や火傷を匂いで判別した僕じゃ他人の事言えないか。

 

「フリス……襲われたの?」

「まぁ、ちょっと」

「どこで? ケガはない? どれ? 種類わかる? 母さん全滅させてくるから」

「大丈夫だよ母さん、怪我はない。……まぁ、あんまり心配かけたくなかったから言わないで置こうと思ったんだけど……」

「さっき迂回して人並みに揉まれたから遅れた、ってのは嘘か。……あのな、フリス。もうちょっと俺達を頼れよ。これでも俺達結構有名な奇械士なんだぜ?」

 

 ……ま、確かにそうか。

 どうしてもチャルを主人公とした青春友情ラブコメアクションストーリーを考えてしまいがちだけど、相手が人間となれば両親に掛け合ってもらった方が楽だ。僕が一人で潰すのも別にいいけど、僕にメリットないしね。

 チャルも……別に人間の対処法なんか覚えなくていい。あの子は機奇械怪に専心すればいいんだし。

 うんうん。

 

「襲われたんだ。機奇械怪を操る集団に」

「潰してくる」

「待て待て、アリア。敵の名もわかってないのにどーやってやる気だよ」

 

 さて、はて、あと何日保つか見物だろうか。

 ……はて。

 

「母さん、フレシシは?」

「潰す……え、あ。え? あぁ、買い出しから……そういえば帰ってきてないわ」

「──すぐに警察に届け出を出す。アリア、協会に。フリスはここでフレシシが帰ってこないか待っててくれ。帰ってきたら俺達に連絡を。いいな?」

 

 二人が迅速に動き出す。

 

 いやぁ。

 フレシシ……もしかして本当に捕まった?

 だとしたら……うーん、もう少し改良しないとだなぁ。そんな簡単に捕まるように作った覚えはないんだけど。

 一回作り直しもまぁアリかなーとは思ってるけど、どうだろうね。

 

 フレシシ次第かな。ホントに掴まえられてたら、だけど。

 

 

 

 その日、結局フレシシが帰ってくる事は無かった。

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