終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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討伐される系一般上位者

 アレキに言われた通り、後日となったデートの日。

 8月31日。僕の命日となる日だ。

 

 さて、ホワイトダナップには様々な娯楽施設が存在する。

 土地が有限である遊園地だとかスタジアムだとかは建設できないのだが、複合施設として映画館だとか博物館だとかは存在し、それなりに盛況だ。

 だから当然そういう所に行くんだろうな、と思っていた。

 

 けど──。

 

「ふぅ、涼しい……」

「ここは……なるほど、舵の直上なのか。だから空き地になって……」

 

 小高い丘。

 勿論自然物ではないけれど、ここまで建造物の無い場所も珍しい。芝生が敷き詰められ、誰もおらず、それでいて樹木の一本生えた場所。周囲には巨大ビル群──北部区画のビジネス集中区画──があるためにホワイトダナップ側への見晴らしが良いとは言えないけれど、その分外側は良く見える……そんな場所。

 そこへシートを敷いて、座っていた。

 

「……奇械士になってから、ずっとドタバタしてたから。こうやってのんびりするの、すっごく久しぶり」

「だろうね。……チャル、今聞くべきことではないけれど、今更な質問をいいかな」

「なぁに?」

 

 青い空。眼下に広がる白い雲。エルメシアのシールドフィールドのように外界と内側を遮断するものではないけれど、ホワイトダナップ内部に十分な酸素を留まらせるための薄膜が陽光を受けてキラりと光る。

 

「奇械士になったこと。後悔してないかな、って」

「……ホントに今聞く事じゃないね」

「あはは、ごめん。でもこういう時しか聞けないからさ」

 

 チャルはホルスターから銃を取り出す。

 取り出して、こてん、と後ろに寝っ転がって。

 

「してないよ」

「そうかい」

「……フリスは、どうなの?」

「どう、って?」

「フリスもそういう未来はあったでしょ。地上で戦ってて、アリアさん達に拾われて。そこからそのまま、奇械士になる未来もあった。アレキや私よりも早くに」

「無かったよ。僕は奇械士になるつもりが欠片も無かったからね」

「……ずっと聞いてなかったけど、それはなんで? ああ、ううん、言ってたっけ。もう死が隣人の世界には戻りたくない、って」

 

 確かに言った。

 けれどあれは方便だ。

 そうだな。これからチャルは悲しみに沈むことになる。彼女なら立ち上がってくれることを僕は願っているけれど、何か未練となるものは必要だろう。

 少しだけ開示するのもありだな、と。

 

「本当はね、チャル」

「うん」

「機奇械怪を殺したくなかった──なんて言ったら、怒るかな」

「怒らないよ。でも、それが嘘……というか、本当の事じゃないのは、わかる」

 

 ──……。

 

「……敵わないね。まぁ、そうだ。本当は、機奇械怪を相手にしたくなかった、が正しいか。地上を征く機奇械怪。餌を求めてホワイトダナップに上がってくる機奇械怪。人間に使役される機奇械怪。とかく、僕はそのどれとも対峙したくなかった」

「それは、なんでなの?」

「難しいな、その答えは。僕はね、機奇械怪と関わり合いになりたくないんだ。彼らは生きている。一個の生命だ。だから──僕みたいなのから、変な影響を受けてほしくない」

「うーん……よくわかんない」

「だろうね」

「でも、フリスだって一個の生命だよ」

 

 流石にチャルの特技を以てしても、真実にまでは辿り着けない。まぁ彼女のそれはあくまで「相手の大切なものがわかる」程度のものだ。心を読むとか、言葉の真意を測るもの、ではない。

 あるいは育てば、立派な淨眼とでも呼ぶべきものになるんだろうけど。

 

「僕は、人とは違うよ。チャルとも違う。……気付いているんだろう?」

「……デートだもん。好きな男の子との、デート。今は難しい事全部忘れて、好きな人と一緒にいる。それじゃダメ?」

「ダメ、みたいだ」

 

 パチッと。

 僕の肩で、()()()()()

 

「フリスは……やっぱり、キューピッド、なんだ」

「アレキに聞いていたかい?」

「うん。でも、告白した時にね、ほんとは、わかってた。そうじゃないって否定したいのに、私の気持ち以外の全部がそうだ、って言ってた。フレシシさんが誘拐された後から、アレキ、フリスに対してキューピッドだーって言わなくなったでしょ?」

「ああ。なるほど」

「うん。『わかってるから、言わないで』。『もう少し待って』って。言ってたんだ」

 

 十日間。

 たった十日間だ。だけどその間、今日のデートに至るまで、僕とチャルは恋人同士だった。

 ……もう少し計画実行日を遅らせても良かったかもしれないな、なんて。

 泡沫。

 

 ま、それでもフリスという存在が棘になるように調整はしてきたんだけどね。

 

「もうすぐ、僕は僕じゃなくなる。だからその前に、真実を話しておきたい。聞いてくれるかな、チャル」

「それは……どういう」

「君の言う通り、アレキの言う通り。僕はキューピッドだ。そしてフリスという人格は、キューピッドがホワイトダナップに潜伏するために生み出した仮初の人格に過ぎない」

 

 僕は頭が良くない。作家の才能もない。

 だから、どんなシナリオを描いたって三文小説になるのは目に見えている。だったらいっそ、王道も王道を突いてみるのが良いと判断した。

 

「作られた人格である僕じゃ、キューピッドは抑えきれない。ごめんね、本当は覚えていたよ。身体が動かせるわけではなかったけれど、ダムシュでキューピッドがやったこと。君と相対し、交わした会話の内容。アレキも随分と困らせてしまった。彼女へはキューピッドがちょっかいを掛けたがってね。……ああ、いや、彼女の前で出す話じゃないか」

 

 立ち上がる。

 壊れかけのブリキのおもちゃみたいに、よたよたと歩いて。

 

「お願いだ、チャル」

「……それは、嫌」

「キューピッドは機奇械怪じゃない。それは前に教えた通り。だからモード・エタルドは効かない。けれど、もう一つのモード……テルラブじゃない、もう一つなら、キューピッドを殺せる」

「やめて」

 

 あまりに使い古された手法。

 新しさの欠片も無い展開。

 だけど、当事者であるチャルにはよく効くだろう。

 

「モード・ティクス。──それは生物を絶死させるためのモードだ。生物と機奇械怪。その両方に致命的なダメージを与えられてこその武器。ソレの名前は知らないと言ったね。あれも嘘だ。その銃の本当の名は──」

 

 上空。

 そこに、無数の、数えることも億劫になる程の量の白い球体が出現する。

 赤雷を纏う白。転移光。

 

「オルクス。死を意味する名だ」

「──!」

 

 そして、降臨する。

 ああ、あるいは、その形を神と表現する者もいるのだろう。天使と見るものもいるかもしれない。

 

 不出来なヒトを模した胴体を持つ、金属の翼を持つ機奇械怪。

 特異ハンター種キューピッド。僕になる前の機奇械怪。

 

 僕の身体が浮き上がる。体中を走る赤雷はその頻度を増し、その度にうめき声を上げる。

 

「さぁ、チャル。僕を撃つんだ。さもなければ、今この場に現れた万を超える機奇械怪。それがホワイトダナップを襲う。融合オーダー種キューピッド。司令塔さえ消してしまえば文字通り烏合の衆だ。だけど僕がいる限り、あの機奇械怪はこの島をめちゃくちゃにするだろう」

 

 チャルは。

 

「……撃てないよ」

「撃たないと、多大な被害が出るよ」

「だって……わかるもん。フリスがまだ、私を、大切だって思ってくれているって」

 

 ……想定は越えず、か。

 撃てない事はわかっていた。心情もそうだけど、彼女はその特性から、僕という存在が変わっていないことがわかってしまう。だからこそ撃てない。

 僕のこのキューピッドへの変質が演技だと見抜けるからこそ──(キューピッド)を討つことができない。

 

「そうかい」

 

 顔を侵蝕するように、鳥の仮面が覆っていく。

 巻き付くように、縛るように、赤茶けた布が全身を覆っていく。

 

 いやぁ、どうかなこの演出。

 十日間、頑張って考えたんだけど……それっぽいかな?

 僕からの評価をするなら、「お金を払ってでも見ない事を選ぶくらいベタ」なんだけど、チャルは純粋だからね、ちゃんと──ちゃんと悲しんでくれているようで何より。

 

「それじゃあ"そこまで"が、君の価値だ。チャル・ランパーロ」

「!」

 

 最後に大きく赤雷が弾けて。

 

 ──そこにいるのはもう、キューピッドだった。

 

「フリス!」

「あぁ、何かな、チャル」

 

 仮面を持ち上げて、にこやかに。

 チャルに言われた通り──試練を与えるものとして、逆風を意識して。

 

「違う、キューピッド……」

「うん。わかったのなら、もういいね。ダムシュの続きだ。頑張って欲しいな、最新の英雄」

 

 僕も機械の翼を生やす。

 それをはためかせて、高く高くへ上がっていく。

 

 彼女を振り返る事はもうない。

 ただ、立ち尽くすに過ぎなかった彼女が、オルクスをぐっと握りしめ、丘を降りて行った事はわかった。

 それでいい。

 

 僕は上空のキューピッドの群れに合流し──ホワイトダナップ中の電子機器をクラック、映像とスピーカーをジャックして、言葉を発し始める。

 

 アナログな手法だけど、カメラを持たせたキューピッドを前に来させて、と。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 ──"元気にしているかな、ホワイトダナップの諸君"

 

 お昼時。

 それはホワイトダナップ全土に響き渡る。

 端末で作業をしていた者は突然映った少年に驚いただろう。仮面を被り、顔の半分を隠した少年。

 偉そうで、尊大で。

 

 どこか……悪意の隠しきれぬ声の少年だ。

 

 ──"僕の名前はキューピッド。今日、君達に絶望を引き合わせに来た者だ"

 

 一部の人間はガタっと立ち上がる。その名に覚えがある奇械士だ。

 一部の人間は端末に釘付けになる。その顔に覚えのある者達だ。

 

 ──"気付いていないのなら、空を見ると良い。どうかな、この大空を埋め尽くす黒が、目に入っただろうか"

 

 空。上空。

 ──ホワイトダナップの薄膜が色を変えたと錯覚する程の、機械の大群。

 

 ──"悪意の贈り物(プレゼント)だ、諸君。かつて地上にあった皇都フレメア。そこから空へと抜け出した特権階級の人間達。165年前に捨て去られ、忘れ去られた『そうではなかった者達』からのプレゼント、とくと味わうといい"

 

 誰かが息を飲む。

 それは政府に纏わる者。高い地位にあり、歴史を知っている者。

 ホワイトダナップ。

 純潔を着飾る者達(ホワイトダナップ)が、かつて蔑称であったことを知っている者達が。

 

 ──"そして、親愛なる奇械士諸君。ホワイトダナップの人命は君達の手にかかっている。今更言うまでもないとは思うけどね。どれだけ死ぬか、どれだけ生き残るか。はて、さて、それじゃあそろそろ始めようか"

 

 武器を握りしめるは奇械士。

 既に避難誘導は始まっている。だが、どこに避難する。空を埋め尽くす機奇械怪。どこへ行けば逃れられる。

 

 否、否。

 無理だ。あれは、無理だ。どこへ居ても、どこへ行っても、あれは地の果てまで追ってくるだろう。

 

 ──"輝きを見せてくれ、人間。僕らから全てを奪ったその輝きを!"

 

 それを境に、電子機器は通常を取り戻す。

 ああ、けれど、上空の機械は消えていない。

 

 パニック。突如訪れた死の恐怖がホワイトダナップを包み込む──。

 

 

 

 

 

「ケニッヒ、今のは」

「……ああ。フリスだ。顔は、だが……ああ、当たって欲しくない事程当たるもんだな」

 

 奇械士協会。

 そこに三人はいた。アリアとケニッヒと、そしてアレキ。

 

「その……心中お察ししますが、フリスは……」

「ま、想定していた解の最悪だったってだけだ。背丈が似てたってだけで十分疑う理由になる。……それを疑うのは止めてと、アリアから止められてたけどな」

「……フリスとキューピッドは、背丈以外の何もかもが違ったから──怪しい、って。こんなこと、親が思っちゃいけないってわかってるのに、奇械士としての勘がずっと言ってたの」

 

 アレキが心配していたより、二人は落ち込んでいなかった。厳しい顔はしていたが、ショックを受けた様子はない。

 可能性として置いていた。

 だから、耐えられる。

 

 果たしてどんな心境だったのだろうか。

 仲間を殺した敵が、我が子であるかもしれない、なんて。それを考えた上で、家族で在り続けるなんて。

 

「さて、んじゃ出動するぞ。一人でも多く救うんだ。そんで、全員生きて終わらせる。いいな!」

「……はい」

「アレキ、あなたはチャルちゃんを探しに行って。タッグだもの、二人揃ってこそでしょ?」

「すみません。ありがとうございます」

 

 その許可が必要だった。

 だからそれを聞いた瞬間、アレキはアリアに礼を言って、疾風が如き速度で協会を出ていく。デートスポットがどこなのかは聞いていた。「ついてきちゃダメ」だと念押しされていたからついて行かなかった。

 その場所へ、一直線にアレキは駆けて行った。

 

「……アリア、行けそうか?」

「わからない。頭ではわかってるのに……手が震えて」

「じゃあ、ここに残るか?」

「ううん。……その可能性を考えて、それを認めなかったのは、私だから。終わらせるのも……私じゃなきゃ」

 

 二人は己の武器を取り、立ち上がる。

 

「なんだ。非行に走った息子をぶっ叩いて目を覚まさせる──って名目がいいか?」

「そうね。少し遅めの反抗期」

 

 協会を出る二人。

 そこへ急襲するキューピッドがあった。

 けれど二人は構えることさえなく──キューピッドは割断され、その身に無数の穴を開けて、破壊される。

 

 数える事も億劫な量の特異ハンター種キューピッド。

 丁度いい足場だ。

 二人は、二人で。

 政府塔の遥か上空でホワイトダナップを見下ろす彼のもとへ向かう──。

 

 

 

 

 聞いていない。

 それがフレシシの率直な感想だった。

 聞いていない。明かされていない。

 こんな大規模な侵攻をすることも、フリスとキューピッドが同一であることを、こんな大勢に知らせることも。

 買い出しに出ていたフレシシは、けれどその買い物袋を落とし、自らの記録(ログ)を漁る。

 

「っ、彼我の力の差くらいわかってくださいよ……!」

 

 この。

 恐らくこの日のために作られたのだろう、見たことの無い種の機奇械怪も。何故かフレシシに襲い掛かって来るそれらも、何も知らない。

 機奇械怪(どうほう)に手を掛けたいとは思っていないのに、襲ってくるから殺すしかない。

 この劣化キューピッドからは意思が感じられない。完全に統制されている。

 統制しているのは勿論、彼だろう。

 

「フリス……私は、捨てられたんですか……?」

 

 もしそうだとしたら、決め手はわかり切っている。

 不要になること。それは──恐ろしいことだ。

 

 フレシシは考える。反意を見せすぎたのだろうかと。メーデーの事に始まり、その前も様々な事をフリスの前でしてきた。隠すことの方が怖いから、堂々と。それが、溜まりにたまったそれが、決壊したのだろうか、と。

 違う。フリスはそれに怒ることはない。

 ならばやはり、無様を見せすぎたか。機奇械怪の進化を願うフリスの前で、人間に捕まる、なんて無様を晒した。それがフレシシを不要と断ずる結果になったのか。

 

 ──ふと、フレシシは気付く。

 

「……無い。無い。無い……嘘、消去されて……っ!?」

 

 フリスに関する記憶。記録。

 無い。フレシシの記憶領域から、フリスに関する()()()()()が消し去られている。日常的なことはそのままだけど、彼の存在の生態記録や弱点の研究といったものが丸々。

 そしてそれが消された事をフレシシが覚えている──その記憶を残されているということが、一層激しい恐怖にフレシシを落とし込む。

 

「お……落ち着いて、私。そう、バックアップはとってある。だから、拠点に帰れば」

「ああ、君は退去を選ぶのか。残念だな。いくつかある選択肢の中で、逃避が最もつまらない選択肢だったんだけど」

「──ッ!」

 

 フリス、ではない。

 言葉を発したのはキューピッドだ。劣化キューピッド。

 だけどその言葉がフリスのものだと、フレシシにはわかっている。

 

「フレシシ。君に最後のチャンスをあげよう。今日、今から、僕という存在は死ぬ。フリスとキューピッド、どちらもね。いつも通りの新生だ。──けれどその先に君が必要かな」

「必要です。必要ですよ……フリス。私がいなければ、誰がフリスの無茶振りを受け止めるんですか……」

「新しく作ればいい。オールドフェイスくらい簡単に生成できるからね。君という個体にこだわる必要性を感じない」

 

 ここが正念場だ。

 言葉を間違えれば、選択を違えれば。

 

「さぁフレシシ。僕にとって君がどう必要なのか、教えて欲しい。ああけれど、恐怖から来る言葉は要らないよ。そうだね、だから、必要じゃなくても君を殺すことはない。その拠点とやらでせいぜい僕を殺す方法でも考えているといい。それを止める事はない、逃げる者は追わないさ」

「いえ、必要です。私はフリスにとって、必要な存在です」

 

 違うのだ。

 殺される事が、壊される事が怖いのではない。フレシシが最も恐れているのはそんなことではない。

 

 彼と違う側に立つ事。

 それがもっとも恐ろしいこと。

 

「フレシシ。君は僕に何をくれるのかな?」

「──私がいなかったら……誰がフリスにお弁当つくるんですか!」

 

 フリスが好むのは意外性だ。フレシシはそれを知っている。

 自身が思いつきもしなかった事を評価する。だからこうして、素っ頓狂な事を言えば。

 

「不合格だ」

「っ、そんな……」

「フレシシ。今の君は、ピオより無価値だよ」

 

 それで終わり、とばかりに。

 劣化キューピッドが本来の動きを取り戻す。思い出したかのように手に持つ弓をフレシシに向け──その顔をぐしゃっと歪ませる。

 フレシシが掴んで潰したからだ。

 

 ふぅ、と。

 吐く必要の無い呼気を吐いて、フレシシは上空を見上げる。

 無数の劣化キューピッドに囲まれる、キューピッド。

 

 フレシシはそれを見て。

 

「まだですよ、フリス……」

 

 踵を返す。

 キューピッドとは反対方向。それは逃避? 否。

 向かう先は、ただ一つ。

 

 フレシシは、パニックに包まれた市街地の方へ消えていく。クリッスリルグ家でも、協会方面でもない、どこぞかへ。

 まだ。まだだ、と。

 

 

+ * +

 

 

 一番に来たのは、槍だった。

 凄まじい速度を以て放たれた槍。それを念動力で絡め取り、減速、停止させる。

 

「ほっ、よっ……っと。よぉ、高い所で見物とは、趣味が悪いな」

「そうかな。ここは誰がどう動いているのかが良く見えて面白いよ」

「……聞きたいのは一つだけだ」

 

 父ケニッヒだ。

 彼は非常に高い知性を持っている。正直僕なんかとは比べ物にならないほどに、一瞬で幾つもの可能性を思いつく。時が時なら、そしてもっと沢山を学んでいたら、賢者、なんて呼ばれていたのだろう程に。

 それが、尖兵キューピッドたちを足場にして昇って来た。

 

「俺達は、家族だったか、フリス」

「ああ、それを僕に聞いても意味はないかな。フリスはもう死んだよ。僕の作り出した、僕ではないフリス。彼が君達をどう思っていたか、なんてのは……そうだな」

 

 仮面を少し上げて。

 

「勿論。僕は父さんと母さんの息子だよ」

「ああ、十分だ。──お前と過ごした十五年は、偽物じゃなかった。それでいい」

「おや、思っていたより純朴だね。今の言葉を信じたのかい?」

「あ? 何の話だよ。もしかしてお前、自分が話しかけられてると思ってたのか?」

「あはは、成程。僕にフリスを投影して、幻影と喋っていたわけか。それは悪い事をしたね。ああそうだ、これは返すよ」

 

 槍を返す。

 特に射出するとかじゃなく返したそれを、父ケニッヒは掴んで──その目に怒りを宿した。

 今のいままで、本当に世間話をするかのようなテンションだったのに。オンオフが素晴らしいね。

 

「我が子を殺された怨みだ。キューピッド。俺はお前を殺す」

「コレが我が子の身体でも?」

「我が子の身体に悪い寄生虫がついちまってんだろ? で、それはもう切除できない段階まで来てる。なら一思いに殺してやるのが親ってもんだろ」

「僕は人間に詳しいわけではないけれど、それが親というのは違う気がするなぁ」

 

 振り下ろされるハルバードを念動力で……おお、無理だ。回避する。

 

 それは背後、同じく尖兵キューピッドを蹴って空まで上がって来た母アリアからの攻撃。

 にしても驚いたな。僕の念動力を膂力で突破するとか、過去の英雄にもいなかったよ。これは本格的に二人に期待できそうかな?

 

「言葉は必要かな、母さん」

「いいえ。その声色で、フリスがもう思い出の中にしかいないのがわかったから。──その顔を見ないように、割断する。もう上書きされたくない」

「だな」

 

 うーん。母アリアはもっと落ち込むと思ったんだけどな。

 存外覚悟が決まっている。これは、奇械士として長い事やってきた二人を舐めすぎた、というやつかな。

 

 まぁいいんだけどね。悲しみに沈んでも、明け暮れても、立ち直りが早くても、ショックに思っていなくとも。

 フリスという存在は彼女らの中に残る。それが忘れられなければいい。それでいい。そのための日常だったんだし。

 

「全力を出すつもりはない。だが一瞬だ。アリア」

「うん。──おやすみ、フリス」

 

 瞬間。

 気付いた時には、ハルバードの刃が眼前にあった。念動力。当然間に合わない。回避。当然できない。

 

 だから僕は、転移を選ぶ。

 

「っ!」

「おや、驚く事じゃないだろう。この機奇械怪達を呼び出したのは誰だと思っているんだ」

「そういう余裕ぶったセリフは完全に避けてから言うんだな。仮面、欠けてるぜ」

 

 仮面に触れる。

 おお、本当だ。額の部分が欠けている。転移が間に合っていなかったらしい。

 ……それは有り得なくないかな? 転移が間に合わない程の速度で人間が動く? そもそもさっきの爆発的な加速は何だ。ここは空中で、父ケニッヒも母アリアもキューピッドを蹴る事で移動しているはず。

 踏ん張る、なんてことはできない。それをあんな速度で。

 

「アリア!」

「もっと行ける?」

「ああ、やってやるさ!」

 

 二人が合流する。

 そういえば、今の攻撃の時父ケニッヒは何をしていたんだろう。

 

 ──また、目の前に刃。

 転移して。

 

 おおー。

 仮面、半分持ってかれた。

 

「ふむ、ふむ。もしかして槍で撃ち飛ばしているのかな? あはは、どんな身体能力してるんだって感じだけど」

「余裕に解析してんのも今のうちだ!」

 

 声は背後。

 また転移する。その先に、金属の片翼はついてこなかった。

 

「分かっていると思うけど、僕は別に翼を使って飛んでいるわけではないからね。切り落とした所で」

「何度も言うが、余裕にしてられる程お前は俺達について来れてねぇんだよ!」

 

 あり得ない。

 だって今転移したばかりだ。考察の時間もないまま、その転移した先に父ケニッヒがいて。

 

「割断する」

「っ──!」

 

 背後より飛来した母アリアの斬撃。

 受け止められない。これは──飛ばされた方が良い。

 念動力で壁を作り、止まらぬ刃を受け止めるのではなく、その勢いを利用してホワイトダナップにまで叩き落される。

 

 ……父ケニッヒが高速で移動していたのは、本当にただ高速で移動していただけだ。母アリアの推進力は、彼女が父ケニッヒの槍を蹴って跳躍していたから。互いに互いの驚異的な身体能力を以て撃ち出しあい、だからこそのあの速度だった。

 いや、いや。

 言葉にするのは簡単だ。だけどそれを可能にするのは色々と無理がある。

 特に父ケニッヒ。どうやって僕の転移先を割り出したんだ。

 

「シッ」

「おおっと」

 

 首を的確に狙った斬撃。赤熱した刃。

 アレキだ。

 

 彼女は鬼のような形相で、こちらの首を執拗に狙う斬撃を繰り出し続ける。

 でも両親の戦いを見た後だと……うーん、凡夫だなぁ、としか。

 

「情熱的じゃないか、アレキ。チャルから僕に乗り換えるのかい?」

「……あなたとフリス君が別人なのは、チャルから聞いた。だからその煽りは無意味」

「別人? とんでもない。僕はフリスの記憶を知っているし、フリスは僕の記憶を覚えている。今までキューピッドたる僕がしてきたことを全て覚えていて、あんな風に君達へ普通に接していたんだ。ふふ、それでもフリスを許すのかい?」

「許すとか許さないとか、別に私はフリス君にそこまでの感情を覚えていない。フリス君があなただと思っていたから激情を見せていたけれど、そうでないのなら、彼は単なるチャルの友人だもの」

「成程、よくわからない答えだ」

「わからなくていい。重要なのは今、あなたを斬り殺すのが私だってことだけだから」

 

 うーん、それは無理じゃないかなぁ。

 遅い。とても遅い。

 母アリアと父ケニッヒの連携攻撃を見た後だと、あまりの遅さにあくびが出る。

 

「無理だよ。君の剣は当たらない。チャルを呼んできなよ。彼女の攻撃なら当たるかもしれないし」

「ええ、そうでしょうね。だからチャルは来ない。あの子は責任を感じてあなたにトドメを刺そうとする。だから、()()()()()()()

 

 ?

 

「……マジ?」

「ええ、大マジ。とはいえ機奇械怪の危険があるから、信頼できる奇械士のそばにね。どう? 目論見が外れた気分は。あなたはチャルにご執心のようだったから……これは効くんじゃない?」

 

 え、うん。

 この戦いの終幕を降ろすのはチャルだって思ってたから、今かなり……引いてる。なに、縛りつけて来たって。しかも言いようからして比喩じゃなく物理的な。

 え、いやさ、そこはチャルに絶望を強いてでも、彼女に最後を決めさせるところじゃないの?

 それがトラウマとなれど、これからを行くチャルへの起爆剤になる。なんならこの茶番はそのためのものなのに。

 

「いいのかい? チャルは君を恨むと思うよ」

「そうかもね。それで、それが私の歩みを止める理由になる?」

「ううん、君達は良い雰囲気だと思っていたんだけどな。やっぱりフリスがチャルと付き合ったのが原因かな」

「違う。けど、あなたは知らなくていい。どうせわからない事だから」

「そうかい」

 

 なら、会話は終わりだ。

 アレキを念動力で捉まえる。

 

「う……!?」

「さっき、目論見が外れた気分はどうか、って聞いて来たね。うん、最悪だよ。僕は最新の英雄の価値を見たくてこういうことをしているのに、僕のもとに来るのがこんな凡夫と英雄になりきれない二人だけ、なんてさ。あーあ、これならダムシュで散った方が良かったじゃないか」

「ぐ……ぅ、が……ぁあっ!」

 

 ミシミシと音を立てる。

 それはアレキの骨が悲鳴を上げている音。別に、いつでもできたことだ。いつか古井戸とピオが考えていたように、僕の念動力は視認した時点で発動できる。なんならすぐにでもアレキをミンチにすることだってできる。

 

「言ったはずだよ、アレキ。君は凡夫だ。価値のない存在だ。だから団結しろと。群れろと。それを聞かずにこうして単身突っ込んできたんだ、相応の報いがあるさ」

「──っ!!」

 

 ぼき、と。

 確実に骨の折れる音が聞こえた。

 ミンチにできるけど、するつもりはない。流石のチャルもフリスとアレキを一度に失ったら再起不能になりかねないからね。

 でも、怪我はしてもらう。重傷は負ってもらう。

 

「空間に圧し潰される恐怖に怯え、何もできない己を呪うといい。アレキ・リチュオリア。過去を背負う少女よ」

 

 もう、一本。

 

「──」

 

 ん?

 ……ん?

 

 あれ、なんで解放されている? 念動力が解除された? なんで?

 

「……今度こそ。おやすみ、フリス」

 

 それは耳元で聞こえた。

 耳元じゃ、ないか。脳内? 正確には、頭蓋と頭蓋の間、かな?

 

 まぁそうだ。結構時間経ってたしね。

 射出と跳躍、そして落下。

 その速度と威力は──ホワイトダナップの地面に巨大な蜘蛛の巣が現れる。クレーター、爆心地とでもいうべき罅。

 

 母アリア。そのハルバードが、僕の身体を両断していた。

 

 あー。

 なんとも。

 クライマックス感のない、大一番って感じもしない。

 あっけの無い、終幕。

 

 せめてチャルが良かったなぁ、なんて。

 

 薄れゆく意識の中で、ぼやいた。

 

 ──それがフリス・クリッスリルグの終わり。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「で、僕の始まりなわけだけど……よくここがわかったね、フレシシ」

「研究してますから。それで、新しい名前は?」

「研究データは奪ったんだけど……ああ、バックアップから再ダウンロードしたのか。で、名前。名前ね」

 

 手を幾らか握って、声を発して。

 

「ケルビマ。ケルビマ・リチュオリア。君はフレシシを続けるかい?」

「はい。ケルビマから離れて、クリッスリルグ家でぬくぬくと自己改造に励みます」

「うん、それがいい」

 

 立ち上がる。この体は視点が高いね。

 それに……うんうん。

 

「さて、新たな幕開けは、もう少し後にしよう。一年か二年か、ううん、彼女らが大人になってからでもいい」

「はい。では、失礼しますね」

 

 おはよう世界。

 またよろしくね?




NOT……FINARE……
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