終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
修行する系一般断罪者
「アレキ、入りなさい」
「はい」
静かな道場に上がるは、左腰に刀を佩いた少女。
年の頃は十五。真白の装束は少女の静謐さを際立たせ、同時にどこか恐ろしさを醸し出す。
最年少にして奇械士の資格を得た者であると同時──165年前、全ての罪を断ずる者として唯一特権階級外から選ばれ、機械に滅ぼされゆく皇都フレメアから旅立ち……ゆえに見捨てた者達への責と禍根を背負う一族の末裔。装束の白は返り血を己が身に刻み付けるためのものとして。
アレキ・リチュオリア。
彼女が、そこにいた。
道場には今、アレキ以外に二人の人間がいる。
一人はアレキの父、ガロウズ・リチュオリア。そしてもう一人が──。
「……お久しぶりです、
「ああ──久しぶりだ」
黒、あるいは濃い紫の髪を腰まで伸ばし、鋭い目つきと尊大な雰囲気が特徴的な男性。
アレキともいくらか外見的特徴を一致させる彼こそが、アレキの兄。
リチュオリア家次期当主、ケルビマ・リチュオリアである。
「大きくなったものだ。俺が見た時は、まだ刀を引き摺るような幼子だったというのに」
「そう言うお前は変わらぬな。多少髪が伸びたくらいか」
「はは、父上こそ壮健そうで何よりだ。──して、アレキ」
「はい」
「恋人はできたか?」
緊張していた空気が弛緩する。
ガロウズはこれでもかというほどに大きなため息を吐き、アレキは頬を引き攣らせた。
「い……いえ、その」
「む? なんだ、恥ずべきことでもあるまい。その歳の頃ならば男の一つや二つ軽いものだろう。況してやそれほどの美貌……いや、いや。成程……さては、何十と男を侍らせ、毎日のように違う男と番っているために、そうも言い淀んでいると見た!」
「ち……違います」
「……これは本当に違うな。だが、恋人がいないわけでもないと見た。いや、いや……この感覚は……はは、成程アレキ……片恋の身か?」
言い当てられて。
アレキの背がピンと伸びる。頬が紅潮する。
その後ろでガロウズがもっと深いため息を吐いた。
「はっはっは! よい、よい。リチュオリアの家柄など気にせずとも、良き青春を励むがよい。父上、そういうことで、此度の話は無しだ。とりあえず酒を飲んで祝おうではないか!」
「待て待て、お前の言葉一つでどうこうなる問題ではないわ」
「……むぅ、つまらぬ。父上は昔からノリというものを知らぬ」
「お前が頓珍漢なだけだ」
ケルビマ・リチュオリア。
アレキの兄であるこの男性は、けれどアレキにとってそこまで関り深い相手ではない。手に職を持ち、リチュオリアとしても活動し、ゆえに会う機会が中々無いのだ。
ただ、会うたびに「大きくなったな」と「青春はしているか?」と「難しい話はいいから宴会だ!」ばかりを言うので、アレキの中で「些か面倒臭い、けれど余計な反論をしなければ父に窘められて大人しくなる人」という結論で片付けられている。
尊敬できる人ではあるのだが、如何せんセクハラ……アレキの恋路に興味津々すぎる。大切な妹として扱ってくれているのは理解できるが、面倒なものは面倒なのだ。
「しかし、アレキ。お前の美貌をして振り向かせられぬ男児とは、中々剛毅よな。もしや略奪愛の類か?」
「この話続くんですか……」
「はっはっは! いや、良い。そろそろ父上の視線が痛い。後でゆっくり聞こうぞ。──なれば、本題だ」
快活に笑っていたケルビマが、突然その朗らかな空気を収める。胡坐をかいた膝に肘を突き、ニヤリと笑い──アレキの身体を舐めるように見る。
それだけなのに、アレキは自らの身体が弛緩したかのような震えを覚えた。
どこか──どこか、彼女の片恋相手であるチャルにも似た、けれどそれよりも空恐ろしい目。
「強くなりたい。今すぐ、劇的に。──そのために、俺の仕事を手伝わせてほしい。父上、依頼はこれであっているか?」
「そうだ。リチュオリア現当主の儂なれど、既に剣の腕はアレキに劣る。ましてや血の通わぬ機械の壊し方など儂にはわからんからな。お前の方が適任だと判断した」
「ほう、もうそこまでか。それは父上、観た、というだけでなく」
「ああ、実際に手合わせをした。真剣でな。──手も足も出んかった。ゆえの依頼だ、ケルビマ」
「ほう、ほうほうほう」
ケルビマがじっとり、ねったりとアレキを眺める。装束を透かし、裸を見られているような。否、肌をも透かし、肉や骨、内臓、もっともっと深い何かまで見られているような、心地の悪さ。
それが一分か二分ほどアレキを襲った後──ケルビマは。
「その程度でか。リチュオリアも堕ちたものだな」
「な……いくら兄上といえど、その物言いは!」
「良い、アレキ。事実だ」
ガロウズが激昂しかけたアレキを制す。
リチュオリアは歴史の長い家だ。ホワイトダナップ搭乗時に混ざる事を良しとした特権階級達と違い、リチュオリアは今代まで血を薄めることなく進んできた。無論それは、唯一の特権階級外である──彼らと己らが混じることは許されないという辞退から来るものだったが、それでもこのリチュオリアが"かつて英雄の多くがいた時代"の血を純度高く引き継いでいる事は間違いない。
そしてそれが最も色濃く出たのが、当代の次期当主候補二人。
アレキとケルビマだ。
歳の差からアレキよりも早くリチュオリアを執行し始めたケルビマのおかげで、アレキは普通に学校に通い、奇械士の仕事をして、恋ができている……そう言っても過言ではない。
「アレキ。奇械士になったそうだな」
「は……はい」
「どうだ。
「……それは」
それは、奇械士になってからまだ一年も経たぬアレキに投げかける課題としては、酷が過ぎるものだった。
奇械士はどんなに強くともコンビを組む。その枠組みから外されているのは、現最強と言われるある一人の奇械士だけ。釣り合う相手がいないゆえに単独で全てを終わらせるその存在をして、最強と言わしめる。
それと並べ、と。
ケルビマはアレキに言ったのだ。
「
「……!」
それと並んでいる、と。
ケルビマは言ったのだ。
「アレキ。考え直す時間を与える。片恋中なのだろう。まだ死にたくないだろう。俺の仕事を手伝うということは、死と抱き合う事に等しい。お前はまだ若い。そも、何を理由に強さを求める。お前は──」
振り抜く。
まさに神速。ガロウズでさえ抜いたことに気付かない居合斬り。首を狙った即死の一撃。
しかしそれは──ケルビマの指に抓まれ、停止している。
「……三ヶ月程前、この島を無数の機奇械怪が襲いました。首謀者はキューピッドと名乗っていた
「聞いている。そしてお前が両腕を骨折し、無様に地に倒れる事となった戦いだともな」
「その通りです。私は何もできませんでした。やったことは、敵の意表を突いて敵意を私に集中させたことだけ。リチュオリアでなくともできる事です」
「そうか。それで?」
「……キューピッドは、己を165年前の亡霊であると言いました。つまり──」
「罪人か」
アレキの刀が、抓まれてから微動だにしなかった刀が離される。
「成程。リチュオリアではない者が
「キューピッドは自分を『そうではなかった者達』と言いました。私はそれを、まだフレメアの生き残りがいるのだと解釈しています」
「ゆえに。リチュオリアとしての責を果たすために、何もできなかった己を強くしてほしい。そういう理解でいいか、アレキ」
「はい」
「そうか」
瞬間、ケルビマはアレキの前から消えていた。
遅れて、ドサッと。何かが落ちた音。軽くなった己の首に、アレキは自らの首が飛んだのだと錯覚し、思わず首元を押さえる。
繋がっている。
ただ──。
「髪は女の命だと遠い昔騒いでいた奴らがいた。よって今お前は死んだ。もう何もできなかったお前は死んだのだ、アレキ。──良い。俺の仕事を手伝わせてやる。お前に、ヒト以外を殺す術を教えよう」
アレキの背後で。
ケルビマは、そう言い放った。
「……神聖な道場に髪を落とすなど……」
「うるさいぞ父上。今俺がカッコつけたんだ。もう少しくらい黙っていられぬか」
「そもそもカッコつけのためだけに年頃のおなごの髪を切るか? おおアレキ、可哀想に。長髪が似合うと片恋の娘に言われておったのだろう、おお可哀想に」
「な……なに? それを早く言わぬか! す、すすすまぬアレキ! えーと、そうだ、知り合いにウィッグを取り扱う店を経営している者がいる。もう一度伸びるまでそれでなんとか……」
またも一気に弛緩した空気に、アレキは「ふぅ」とため息を吐いた。
そして振り返り。
「いえ、散髪代が浮きました。ありがとうございます、兄上。それと、長髪が似合うと言われたのは事実ですが、『折角の艶髪なのだから伸ばせ』と日頃から言ってきていたのは父上です。私としては中々に邪魔に思う事もありましたので、丁度良かったです」
「ほう、父上。成程成程、俺に責任転嫁か。流石だな耄碌爺、責任逃れに関しては俺よりも巧みだ」
「言葉が過ぎるぞ若造。そしてアレキ、お前とて『はい、ありがとうございます父上。この髪は私の自慢です』とかなんとか言っていただろう!」
「そりゃ己の父親に『伸ばせ』と言われている髪だ。それを目の前で邪魔だ、なんて中々言えなかったのだろう。アレキが可哀想なのは父上のせいだぞ!」
「なにおう!」
アレキは思う。
兄上、なんだか雰囲気変わったな、と。
先程の冷徹な空気は変わっていないどころか深くなっているけれど、そうではない時の彼は非常に親しみやすくなっている気がする。
まるで何か、暖かな日常をどこかで経験してきたのではないか、と思うほどに。
──それに思い至った時、アレキは口を滑らせる。
「もしかして……兄上こそ、お好きな方ができた、とか……」
「む? ほう、お前からそういう話題を引き上げてくるとは珍しい。弄る側は弄られる覚悟がなければいけないが──さて、はて。先ほど聞きそびれた片恋相手について、深く深く聞かせてはくれないか? うん?」
「あ、では儂宴の準備をしてくるでの。アレキ、ぐっじょぶ!」
「父上!?」
常に厳格なイメージだったガロウズ。そのしかめっ面がガラガラと音を立てて崩れ、後ろからサムズアップをした彼が良い笑顔で出てきた。
「ああ、言っておくがアレキ。──逃げ場はないぞ」
逃げ場はなかった。
「……」
「あれ……アレキ。髪、切ったんだ」
「え、ええ。おはよう、チャル」
「おはよー」
簡単な挨拶もそこそこに、修練場の方へ行ってしまうチャル。
少なくとも三ヶ月前なら、挨拶の後アレキの横に座って、何故切ったのか、とか、あるいは「ショートも似合うよ」くらいは言ってくれたかもしれない。
だけどここ三ヶ月。
つまり──キューピッド襲来事件から、彼女はずっとあの態度だった。
今のように、無視をされているわけではない。コンビを解消した、というわけでもない。
ただ、関係値がリセットされた、というような感覚。
当然の代償ではあった。
彼女の決意。彼女の覚悟。
あの時、「撃てなかった」と心虚ろに告げてきた彼女を励ます──のではなく、縛りつけたアレキ。「え?」なんて状況の理解が追い付いていない彼女の護衛を他の奇械士に任せ、自身はフリスの……キューピッドのもとへ向かった。
向かって、惨敗した。
どの道"フリスという少年"は消えてしまっていたようだったけれど、あの時のアレキはチャルへの気遣いではなくキューピッドへの当てつけでこれを実行したのだ。当てつけ。いや、当時はちゃんと、彼の意が削がれたら隙ができるかもしれない、という思いもあったが──今にして思えば当てつけでしかない。
結果、チャルは最愛の少年とまともな別れもできないまま、襲撃事件が終幕した。
たとえその言葉がもう届かないのだとしても、終わりは彼女がやるべきだったのかもしれない。けれどそれは、キューピッドにとどめを刺したアリア・クリッスリルグにも言える事だ。母親として、その責を果たした。
……なんて風に慰められる事が何度あった事だろうか。
結局のところ、アレキはアレキ自身が自身を許せなくなっているのだ。あの時の軽率な行動を、己自身が。
「いよぅ、アーレキ!」
「……」
「およ、無視? ウチの声を無視? ひゃー、痺れるなぁ!」
兄との対話の後、色々振り返る事ができたためにナイーブなスパイラルに入っていたら、馬鹿が来た。
アレキは大きく溜息を吐く。
「……何、リンシュ」
「お、珍しい。今日はすぐに対応してくれた」
「用件が無いなら話しかけないで。今、考え事をしているの」
「考え事ォ? ……無理無理。アレキって脳筋だし、考えるより早く手が出るタイぶふっ!」
「うるさい。あなたの声は脳に響くから邪魔。どっか行って」
「おお、人を殴っといて一切の言及無し……流石……」
リンシュ・メクロヘリ。
奇械士暦八年のそこそこベテラン奇械士にして、アレキ以外にもダル絡みしてくることで有名な女性。少し前には、夕刻時、男子学生に手を出そうとして警察にしょっ引かれそうになった、なんて経験もある危ないヤツ。
周辺に機奇械怪の死骸があった事と、その男子学生の姿が無かった事で不問にこそなったものの、「少年を相手に大声で迫っているのを見た」という住民は少なくなく、事実の有無に関係なく彼女はソウイウのが好き、という誹りを受けている。
奇械士としての腕は良い方だが、些か突貫癖あり。本人曰く「危なくないとヒリヒリしない」とのことで、恐らく安全に戦う、というのが嫌いなのだろうことは伺える。
「彼女、最近つめてーじゃん。なに、倦怠期?」
「……別に。初めから付き合ってないし」
「およ、そうなん? アンタらガキコンビが大体同時期に入って来てから、協会でもどこでもイチャイチャイチャイチャしてる印象だったけど」
「あなたの眼が節穴だっただけでしょ」
「とぁー、そう来たか! それはそうかもしれないぜ!」
「うるさい。……私そろそろ行くから」
「行く? どこに? シフト、午後だろ?」
「なんであなたが私のシフトを把握しているかはもう置いておくとして……行くのは、仕事」
「仕事? ……バイトかなんかやってんの? あ、わかった! 如何わしい店だな!?」
「あなたじゃないんだから、そんなのに興味はない。……午後のシフト前にまでは戻ってくる。チャルに聞かれたら、そう答えておいて」
「ウチは書置き代わりかよ!」
うるさい馬鹿を無視して、協会を出るアレキ。
すぐさま待ち合わせの場所に向かおうとして──目の前にいる男性に気が付いた。
「兄上。何も来て頂かずとも……」
「なに、お前の働いている協会というものに興味があったのでな。……それで、どれだ? 先程まで近くにいた者か?」
「い、いえ。近くにはいないかと……」
「ふむ? いや、ふむふむ。成程成程……あちら、別館の……道場、いやジムか。そのような構造になっている所……更に奥の、これは、射撃訓練場か? ここにいる、お前と同い年くらいの少女……これだな?」
アレキの頬が引き攣る。
気配察知、あるいは空間認識能力。否、そんな言葉では収まらない、異常なまでの感知能力。
ケルビマのそれは、もはや超能力の域にまで発達した知覚能力であると言えた。
そしてバレた。
「成程成程……よし、では行くか」
「え? お、お待ちください兄上、なにゆえ
「決まっている。邪念があっては迷いが生じる。アレキ、お前のそれは早めに振り払わねばいずれ己が身を切り刻むモノだ。ゆえ、今のうちに解消しておこうと思ってな!」
「よ、余計なお世話です! 迷惑です!」
「言うではないか。だがお前、誰かにこうしてもらわねば──あるいは、そのチャルという少女から言い出してもらわねば、一向に前に進めぬだろう?」
「そ……それは」
「はっはっは、ぐぅの音も出ぬか。では行こうぞ!」
やむを得ない。何もやむを得なくないが、やむを得ない。
アレキはそう判断し、刀を抜く。素のままだとまた止められてしまうので、赤熱させることも忘れない。
──機奇械怪の身体を溶断する刀だ。人体なぞ、容易に。
「甘い」
刀を振り抜いた手。その手首を掴まれ、捻られる。
結果刀はアレキの手から零れ落ち──自身の二の腕へ。
「っ……」
「おっと」
けれどそれは、ケルビマが刀を掴んだ事で免れた。
「おいおいアレキ。この刀を向けるべきは罪人か、機奇械怪だけだろう。それともなんだ、お前の目には俺がそうに見えるのか?」
「……兄上を止めるためには、これ以上ない手段だと判断しました」
「少し揶揄っただけだろうに……──それと、少女よ。俺はコイツの兄だ。ゆえ、その銃を降ろしてくれると助かるな」
ケルビマが話しかけるのは背後。
誰もいない、協会の戸があるだけのそこ。
否。
「……」
「あ……チャル」
扉が開いて……彼女が出てきた。
オルクスという名の双銃を構えた姿勢で。
「……アレキ。本当?」
「え、ええ。本当。この人は私の兄う……兄で」
「そう。なら、いいや。ごめんなさい、突然武器を向けて」
「構わん。コレとは友をしてくれているのだろう? なれば兄である俺が口を出すことはない。……だが、一つ」
まずい、と思った。
アレキの直感が囁いている。まずい、と。
身内と言えど、共にいた時間の少ないケルビマだが──その目の色は、リチュオリアの誰もが見せるものだ。あるいはアレキも。だから、わかる。
興味を持った。確実に。
「少女──その銃、どこで拾った?」
「貰いました。世界で一番、大事な人に」
「……オルクスを渡した、か。中々剛毅な奴がいるな」
「え?」
ケルビマの呟いた名に、アレキも、そしてチャルも反応する。
だって、知っている者など限られているはずだから。
「兄上、何を知って、」
「いや、いや! うむうむ。成程成程……アレキは良い友を持ったらしい。なんぞ、今は少し拗れているようだが、うむ、今後とも仲良くしてやってくれ!」
「え、ぁ、は、はい」
「それで、アレキの仕事は十四時からだったな! うむ、それまでには戻すゆえ、一旦貰っていくぞ!」
「え」
それは、どちらの「え」だったのか。
なんでもないような仕草でケルビマがアレキを抱く。いわゆる、姫抱き、という形で。掴んでいた刀を鞘へと勝手に収め、そして。
ぽーん、と。
ドン、とか、ダッとかいう擬音の似合わない、本当にぽーん、という感じで高く高く跳躍するケルビマ。
あっけらかんとした表情にチャルが、奇械士協会がすぐに遠くなっていった事実と二度目の跳躍で、ようやくアレキは我を取り戻す。
「あ……兄上? これは、どういう……技術の類とは思えな……」
「む? あぁ、靴に強力なバネが仕込んであるだけだ」
「靴って、兄上草鞋じゃないですか!」
「草鞋にバネが仕込んであるだけだが?」
「どうやって……きゃあ!?」
三、四度目の跳躍。
その後が問題だった。
──それは、普段見ることの無いホワイトダナップの側面。
普段少女らしい言葉遣いをしないようにしているアレキが、あまりにも可愛らしい悲鳴を上げてしまうくらいの驚き。恐怖。
落ちている。
ホワイトダナップから──二人は、落ちている。
「あああ、兄上!?」
「はっはっは、何を狼狽えている。俺の仕事を手伝うのだろう?」
「そ、それはそうですが! ですが! 飛空艇や飛行船を使うものと!」
「おいおい、この仕事は闇の仕事。毎度毎度そんなものを使っていたら目立つだろう」
「今この状況で正論を言う資格はあなたに無い!!」
落ちる。落ちていく。
厚い雲の中に入り、周囲で響くバチバチという音を聞きながら、落ちる落ちるまだ落ちる。
「安心しろ、アレキ。雷も空気も問題ない。問題ないようにできている」
「できている、って……あれ」
それは、確かにそうだった。
ホワイトダナップがあそこまでの高度にありながらマトモな酸素濃度を保っていられるのは、その全面に張られた微弱なシールドフィールドのため。その薄膜があるからこそ人間が生活できる大気に保たれている。
なればそこから落ちれば、もっと酸素は薄いはずだ。窒息する、とまでは行かずとも、息を荒げるくらいには。けれどそうはならなかった。
加え、気温も、雷も、空気摩擦も。
何もかもがアレキ達を邪魔しない。
「特異プラント種『エッグ・スコーピオン』。その名の通り全身に卵の殻を纏うサソリ……といってもわからぬか。まぁ毒を持つ虫が如き姿をした機奇械怪だ」
「い、いえ、わかります。ライブラリに乗っている機奇械怪なら、全て覚えていますので」
「ほう、流石だな。なら話が早い。基本ハンター種のエッグ・スコーピオンはその尾が基本的な武器でな。"毒"を放出するのだが、その"毒"にはプレデター種もびっくりな融解液が含まれている。だが当然逆立てた尾からそんな"毒"を放出すれば、何かの拍子に自身にかかるかもしれぬ。実際、戦闘中に自身の毒を浴びているエッグ・スコーピオンは数知れず。それを受けて、奴らは進化をした。どんな進化だと思う?」
落ちながら。
雲を抜け、地上が見えてきたことに恐怖を抱きながら──アレキは頭を回す。
「毒に耐性をつけた……でしょうか?」
「惜しいな。正解は、今俺達が纏っているコレ。つまり、外界からの干渉の一切を失くすシールドを手に入れた、だ。ゆえに基本ハンター種として地上を闊歩していたエッグ・スコーピオンの中から、特異プラント種としてその場にとどまり、テリトリーに入って来た敵に毒を浴びせる、という生態に変化した機奇械怪が、特異プラント種エッグ・スコーピオンとなる。このシールドフィールドはそのエッグ・スコーピオンからシールド発生装置を無傷で奪い取った事で得た戦利品というわけだ」
「……外界からの干渉を一切なくすシールドを展開しているのに、どのようにして兄上は発生装置を奪ったのですか?」
「無論、斬っただけだが」
何が無論なのか。
わからない。わからないが、わからない内に──地上まで、後数百mの所まで来た。来てしまっていた。
「兄上、酸素はどうなっているのかとかも気になるのですが、これ! 着地は!」
「外界からの干渉の一切を防ぐと言っただろう。地上に突撃しても壊れん」
「嘘を吐かないでください! たとえ外側がどれほど頑丈でも、強い衝撃を受けたら中の物は──」
言い切る暇は無かった。
荒野──ではない、廃墟となったそこに、ケルビマとアレキは着弾する。
地を揺らすレベルの威力。姫抱きにされていたこともあって、無意識にケルビマへぎゅっと抱き着いていたアレキは……けれど、いつまでたっても訪れない痛みに目を開ける。
「ふむ、妹に抱き着かれるのは兄冥利に尽きるが……そろそろ降りろ、アレキ。これより仕事だ」
「い……生きて、る」
「何を言っている。当然だろう。お前とて地上は初めてではないのだろう? さぁ行くぞ」
そういう事ではないけれど。
アレキは──呼吸を整え、地面に立つ。ケルビマの足がどうにかなっている様子はない。代わりに地面がクレーターのように抉れているが。
……地上に降りた時、時折見ていたクレーター。あれは機奇械怪の戦闘痕ではなく兄が降りた跡だったのではないかとさえ思えてくる。
「さて、アレキ。復習だ。俺の仕事はなんだ?」
「あ……はい。──廃墟や遺跡の盗掘者を保護すること、及び連行することです」
「正解だ。奴らは金のために命を捨てて盗掘をしている。お前の言うように、飛空艇や飛行船に乗船してまでな。正規の手段を踏んで、非正規の仕事をしているんだ、救いようがないが……ホワイトダナップで罪とされない限りは罪人ではない。その命を摘み取ることはできない。そしてそれを、機奇械怪のような奴らに肩代わりさせることもできない。ゆえの保護だ。だが盗掘は盗掘なので連行する。これはホワイトダナップ含め、地上五国とも取り交された契約だ。滅んだ国、街に余計な手出しをしてはならない。知っているな?」
「はい!」
リチュオリア。
それは罪人の首を断つ一族の名。
だからこそ、自分たち以外の手で殺されんとする罪人は救わねばならない。
「この旨そうな餌を前に、機奇械怪が多く群がる。当然、
「はい」
「ただし!」
ただし。
「
「……えっと」
「奴らは自身が守られて当然、という顔をしてくるからな。いいな、アレキ。余程ムカついたら使え。それ以外ではちゃんと我慢して助けるんだ。そして、余程ムカついても死なせる、まではダメだ。ギリギリで助けろ」
これは、やった事が何度もあるな。
そういう表情だった。
アレキは刀を握りしめる。
無力。それは彼女を苛む強い《茨》。ゆえに、アレキは修行する。
──ここに、彼女が強くなるための──凡夫から抜け出すための。どこぞの上位者に言わせるところの、「修行パート」が始まった。
その上位者は。
「……ふふ」
案外近くで、微笑んでいたり、いなかったり。