終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
装甲系、バネ系、ピストン系。
それぞれ特異プラント種『ドロセラ』、基本ハンター種『フログス』、特異プレデター種『ボアー・クリスタル』。この内フログスは撃破が容易な部類の機奇械怪だが、生息している場所が人間にとって厳しい環境にある。
また、ドロセラはプラント種の名の通り特定の場所にしかいないし、ボアー・クリスタルは山の中にしかいない。つまりどれもこれも手に入り難く、だからオサフネに在庫が無かった、というわけだな。
さて、これらを俺が取って来る事は容易だ。
だが当然アレキの修行をメインにしているので、アレキにやらせる必要がある。ただしホワイトダナップの航路を俺が勝手に動かす、なんてこともできなければ、都合よくそれらがいる場所に盗掘者がいることもない。
期限は三日後。無論誰かから入手・購入するという手もあるが、それじゃあ修行にならん。
なればどうするか。
「兄上……ここは?」
「現在地上に残っているのは五国だけだが、ホワイトダナップが飛び立った時には八つの、その少し前には九つの国があった。それは知っているな?」
「はい。エルメシア、ラグナ・マリア、ジグ、再建邂逅、聖都アクルマキアン、港湾国家ダムシュ、魔都クリファス、法国ネイト、そして皇都フレメア。……ですよね?」
「そうだ。そしてここはかつて魔都と呼ばれていたクリファス。廃都クリファスだ」
ホワイトダナップから降りてやってきたのは、廃都クリファス。
五十年ほど前に滅びた法国ネイトは黒魔術を、そしてこの魔都クリファスは錬金術を使おうとしていた国だ。どちらも《茨》のことをそうだと勘違いした結果であり、敵対していたくせに最後は機奇械怪のせいというよりは自国の分裂で滅びた哀れな似た者同士の国。
とかく、このクリファスは滅びていて、周囲を山に囲まれているために人目につかず、さらに霧が立ち込めているために
具体的に何が都合良いのかと言えば。
「アレキ、来るぞ」
「来る? ──なっ!?」
深い深い濃霧の向こうに、突如巨体の影が現れる。
特異プレデター種ボアー・クリスタル。
刀を抜き、柄の機構に手をかけたアレキにストップを出す。
「あぁ、刀の機能は使わずに倒してみろ。特異種だが、基本種と動力炉の位置は変わらん」
「……わかりました」
「露払いはしてやる。お前はアレに集中しろ」
咆哮を上げてボアー・クリスタルに挑んでいくアレキを見送って、俺は地に座る。胡坐をかく。
ボアー・クリスタルは四つ足で跳ねるボーリング装置のようなものだ。獲物の上に飛び乗り、高速で食らいついて息の根を止め、その後も相手を穴だらけにしながら食い尽くしていく。
跳躍力はアレキでは追いつけないものだが、それ以外はなんてことのない機奇械怪。上手くやれば、無傷でも倒し切れるだろう。
しかし、ふむ。
「……滅びたのは五十年か四十年か、それくらい前だというのに……まだ残っているか」
人間。
朽ち果てた国に生命はいない。露払いと言ったが、だからこそ機奇械怪もいない。生物のいないところでは機奇械怪も生きてはいられないからな。
だが……なんとも。
まだまだ進化は先なのだろう、と感じてしまう。
ここにはこれほどエネルギーがあるのに、ここを捨て、外を目指す機奇械怪。九つの国があった頃より機奇械怪は数を減らしている。当然だ。餌である人間が、有機生命が滅亡に向かいつつあるのだから、いずれ機奇械怪も滅びに向かう。
彼らはまだそれを理解していない。食べ続ければ無くなる。それが理解できない。
あるいは、フリスの実験における『TOWER』の箱庭。
あの閉じられた世界においては、早々に餌が枯渇した。だから機奇械怪達は餌を飼育し、管理する、という所まで行きかけていた。無論機奇械怪に人間の怪我の具合やら命の灯火を理解できるわけではない。だからあの場で管理されていた餌はいずれ死んでいたことだろうが、それでも「管理する」ことまでは覚えたのだ。
それは結局フリスからの入力……TOWERの出現あってこそ。非常に狭い閉鎖空間だったからこその話だが、それでも人類が滅亡に近くなれば機奇械怪達が協力し、妥協し合い、餌を管理する方向に動くかもしれない、というサンプルは得られた。
十二分な実験結果であると言えるだろう。
同時に──それ止まりか、と。
ため息を吐かざるを得ない。
機奇械怪は増殖と自己改造の化け物だ。
その本質、というか特筆すべき点はその自己改造の自由度にあり、ゆえにこそ日夜特異種や融合種の新種が生まれ続けている。
なれば有機生命以外からエネルギーを抽出する術を開発する機奇械怪が、一体。一体くらい出てきても良いと思うんだが。
「……」
手のひらを上に向け──そこに、四十枚程のオールドフェイスを生成する。
サンプルは渡してある。
地上にいる機奇械怪は、その死の間際に全体へフィードバックする術を持つ者も多い。
何故だ。
何故、そこで止まる。
「兄上」
「む。どうした、無理か?」
「いえ、終わりました」
「何?」
オールドフェイスの全てを転移させた直後くらいか、アレキがそんなことを言ってきた。
見れば、その手にはボアー・クリスタルの動力炉が。そしてクリファスから機奇械怪の反応が無くなっている。
……早いな。
「濃霧で見えなかったが、どのようにしてこれを奪った?」
「はい。基本種と同じ位置にあるとのことでしたので、ボアー・クリスタルの頂点まで登り、捕食行動後に戻って来たボアー・クリスタル本体の動力炉を切り落としました。兄上の言う通り、露出した動力炉を首に見立てる、というのは私の戦闘スタイルに合っているようで、効率化が図れたように思います」
「そうか」
……限定的だが、それらしくなってきたな。
「では、追加だ」
「いえ、先程軽く捜索しましたが、あの個体以外は──」
「だが現にいるぞ。──ほら」
「ッ!?」
ドロセラとフログスを転移させる。余裕そうなので各種三体ずつ。プラス、ボアー・クリスタルももう一体。
キツくなければ修行にならんからな。
「あり得ない、どこから……」
「それがお前に関係あるのか、アレキ。今は必要な部品さえ手に入ればいい。そうだろう」
「……行きます」
まぁそろそろ疑念を抱いても良い頃合いではある。
クリファスに来たはいいものの、当然こんな所に盗掘者はいない。いたらもっと機奇械怪がいる。何故いないのかと言えば、立地が悪いからだ。盗掘者とて命を捨てて盗掘を行っているが、ちゃんと機奇械怪から身を隠すし、逃げる。ここはそれができないからな。
加えて、この国は色々と曰く付きだ。盗掘者が寄り難いのもわかる。
アレキが何かに気付く前にアレキの修行を終わらせたい部分は大きい。俺は勢いで押すタイプだ。フリスのように口が達者ということはない。
見る。突如現れた複数の機械と戦う妹を。
機奇械怪の進化。
悲願だ。俺達からの入力を受けない状態での進化。
何故できない。何が足りない。
人間はこんな短時間でこれほど進化していくのに、何故お前たちは学ばない。愚かしくも動力源ばかりを追い求める。
……あるいは、唯一の成功例に習うべきか。
古井戸。彼と共にいた、ピオ・J・ピューレ。
デッドコピーに近い性能でありながら、自己を改造し続け、英雄に並び立たんとする少女。動力源にこそ改良はないが、アレは俺達からしてあり得ないと言わしめるレベルのスペックになりつつある。フレシシに並ぶデッドコピーなど誰が考えつこうか。
必要なのは、愛か。
つまりそう──人間同士、ではなく。
人間と、機械の。
「……機奇械怪の子供を……奇械士協会に送り込んでみる、とかどうだ」
「中々面白い考えだと思うよ」
「む……フリスか。なんだ、退屈になったか」
「そりゃね。自由に動けないのはつまらない。けど、悪くはないよ。僕は十分動いたし、そろそろ交代する頃合いでもあった。君はまだまだ現役だろうけど、僕は稼働から343年。進化どころか退化さえ繰り返す機奇械怪を見るのは飽くというものだよ。逆に、人間を見ているのは楽しかったけどね」
オールドフェイス。
先程作った内の一枚が、転移し損ねていた……というよりは掠め取られたのだろう、ソレがぼんやりとした光を纏い、靄を纏い、そうして一人の少年の姿を取っている。
機奇械怪の群れに苦戦するアレキを楽しそうに見つめながら、それはもうニコニコと。
「なんならお前が入り込むか、フリス」
「それはダメだよ。チャルがいるし。彼女には見抜かれるよ。たとえ外見がどれほど違っても、僕だ、って」
「……ご執心だな。お前の記憶の入力からは、そこまで価値ある英雄には見えなかったが」
「おや、そうかい? まぁ君は時の英雄の経験も入力されているからね。肉体的に劣る人間には然程興味を持てないんだろう」
「そのようなものか」
「そんなものだよ」
俺はフリスの記憶の全てを有している。入力は完璧だった。つまり今の俺はケルビマとフリスの混じり物。だからこそ、俺の考え方によってフリスの記憶は捉えられる。
逆に誰とも混じっていないフリスはフリスの記憶を自身の感覚で捉えられる。そこに差異が生じるのは当然だ。俺もこの先何世紀と生きたらアレキに対する執着が薄れゆくだろうし、死して次なる者に取り込まれたら、それはそれで新たな見方が生まれるだろう。
だから──少し、羨ましくあった。
「どうだった」
「チャルと恋仲にあったこと、かい?」
「ああ。今までも人間と恋をした事はあったが、どれも薄味でな。それは時が経ち過ぎている事に起因するが……どうだった。お前の記憶にある限りの学校生活。恋人としてあった記憶。それらはどれも暖かなものだった。だがそれだけだ。お前がそこまでの評価をするものとは思えない」
「ふふ、教えないよ」
「……独占か。まぁ、そうだろうな。……俺も死したとして、今この胸に去来しているアレキや他の者達に関する感情は……ただの記憶として引き渡すだろう」
「おや、気になる人間がいるのかい?」
思い浮かぶ人間は、まぁ、いた。
恋心というわけではない。どちらかというと──育てたら面白そうだ、という興味。アレキはチャルの相手として段階を上げるために修行してもらっているが、個人的にはそこまでの感情が無い。妹ゆえ、あるいはフリスであった時の学友ゆえの親愛はあれど、同時に最後の当てつけが悪感情を引き起こし、中和されている感じはある。
だから、アレキではない。
「いる。……だが、どうだろうな。俺は」
「あはは、悪くないんじゃないかな。上位者が恋をしちゃいけない、なんて誰か言ったのかい? まぁ人間やら機奇械怪に恋をする気持ち、なんてのは僕にはわからないけれど、いつの時代にも偏愛を覚える存在は一定数いるものだよ。君には僕からの多感な入力が多かったからね、そういうおかしな情緒を覚えるのもおかしくない」
「……既に死した者は気楽だな。言葉に責任感が無いぞ」
「面白い事を言うね。僕ら、責任感なんて言葉に縛られた事あったかい? いつだって好きに機奇械怪を動かして、人間を振り回して、そして毎回毎回『あーあ、今回もダメだったな』って言ってたじゃないか」
「身勝手の権化だと言いたいのか?」
「君がそうでなくなったというのなら、それは喜ばしい変化だよ。上位者である僕らだって成長はしてみたいんだから。あはは、でも本当に良い事だと思うけどね。僕は"英雄価値"以外に一切の興味が無いけど……それ以外に何か価値を見出せるのなら、まわりまわって機奇械怪への新たなアプローチになるかもしれない」
フリス・クリッスリルグ。あるいはただのフリス。
別に俺達に肉体の枷なんてものはない。人間に混じるために持っているだけのコレは、不壊にすることも脆弱にすることも自由だ。人間や機奇械怪がどれほど力を籠めようと、あるいはギロチンや鉄球などで破壊せんとしようと、一切欠けない身体にもできる。反対にチャルのような非力な少女が《茨》を用いただけの弱々しいパンチで吐血する事も出来るし、上空からのハルバードの一撃で全身を割断される事もできる。
関係ない。肉体に意味など無い。無くても問題ない。
ただ、問題ないだけで、必要ではある。というのも、肉体は楔なのだ。俺達上位者がその場にとどまっているための楔。これがないとホワイトダナップの慣性に引っ張ってもらえず、すぐに外に出て行ってしまう。追いつけばいい話だが、毎度毎度それをするのは面倒が過ぎる。
だから肉体は必要だ。ただ肉体でなくとも良い、というだけ。それはたとえば、オールドフェイスとか。
よって今俺の隣に浮遊しているのは幽霊などの類ではなく、正真正銘のフリスだ。役割を引き継ぐために俺への入力をして、やることが無くなったから概念としてその辺に浮いていたフリス。
「フリス。結局お前の死では、世界はほとんど動かなかったな」
「うわ、嫌味かい? 君の性格からは考えられない程陰湿だね。クリファスにアテられたのかな」
「そうではない。だが、お前の予測は外れた、という話だ。……あれ程の事があってもホワイトダナップはその方針を変えなかった。チャルもアレキもクリッスリルグ夫妻も、あれだけの事があって、お前が死んで、尚も変わらない。変わろうとしていなかった。俺が働きかけなければ──」
「あはは、別に悪い事じゃないよ。変わろうとしなかった事自体が変わった事だし。それに、チャルとアレキは変わろうとしているよ。両親は悲しみを振り払って日常に戻ろうとしているみたいだけど、それじゃあつまらないからね。いつまでも悲しみを引き摺っているチャルの方が、そしてチャルから冷たくされて燻っているアレキの方が、よっぽど変わっている」
フリスは、靄となった身体の中心に置いたオールドフェイスを掴む。
「僕は感情のプロフェッショナルだからね、武人過ぎて鈍感な君に教えてあげよう。──女心と秋の空。遥か遠く昔にあった島国が残した言葉だ」
「……秋、などという単語を久方ぶりに聞いたな。その言葉も意味も、別に教えてもらわずとも知っている。何が言いたいのかはわからんが」
「君が見定めた、見限った時点から。いいや、僕が見限った時点から、彼女らはもうまったくの別人になっているって話さ。そして君が気になっているヒトも、ね」
ピン、と。
ほとんど実体を成していない手で、指で、オールドフェイスを弾いてトスして。
「──兄上。終わりました」
「む……ふむ。やるじゃないか、少しばかり評価を改める必要がありそうだ」
「ありがとうございます」
キャッチしようとしたら消えたその硬貨。溜息を吐きたくなる。
……何か悪戯心が働いたな。
フリス。奴の突発的な悪戯心による無計画性は、本当に厄介だ。大人しく死んでいてくれればいいものを。
「時間も丁度いい。ホワイトダナップに戻るぞ、アレキ」
「はい!」
というか。
俺も俺で、無計画だったやもしれん。
三日で集めるはずの素材、一日目で揃ってしまったな。
……まぁいいか。早いに越した事はないだろう。
「では帰るが──アレキ」
「なんでしょうか」
「この国。何か気になった事はあるか?」
「気になった事、ですか?」
もし、本当に。
彼女が変わっているというのなら。俺の見出した瞬時に"変わる"それではなく、本当に何かが変わっているのなら。
「申し訳ありません、特には……」
「……そうか。いや、良い。余程優れた感覚を持つ者でなければ感じ取れぬことだ。お前はまだその域に無い。ああ、そう落ち込むな。俺がその域に達するまで育ててやると言っているんだ」
「はい。……頑張ります!」
「うむ、その意気だ。では今日もロープを登って帰るぞ」
「うっ」
どうだろうな。
俺には、どうも。お前が心を向ける程の"英雄価値"があるようには見えないが──。
アレキは奇械士の仕事があるのでそちらに回した。
「オサフネ、素材を持ってきた……ぞ」
「あぁに? あ、けるびま~! あによ、今いんしゅちゅ~。用ならあとにして」
無駄骨を知る。
オサフネは大酒飲みでありながら、酒に弱い。上位者としては「酒に酔う」という感覚を多少羨ましく思う事はあれど、やはりその荒れ具合というかアレ具合を見ると、何故毒を自ら煽るのか、という憐れみを覚えざるを得ない。
「けるびま……丁度良かったぁ、さいきんヤってないのよ、ちょっとよってってよ~」
「断る。今日が無理なら俺は帰る」
生殖機能は機能しないことはない。生まれる子供は普通にオサフネとリチュオリアの血を継ぐ者になるだろう。上位者にはならないが。
が、これと言って必要性を覚えない。況してや快楽を得るためだけの行為など、生命力を無駄に消費するだけだ。
「また明日来る。ではな」
「あぁん、もう、つれないんだから……」
オサフネの武具屋を後にする。
まぁ、元から三日後の約束だった。だから彼女が今酒に溺れていても問題は無い。しかしそうなると、少しばかり時間が空いてしまったな。
ルイナードを少し歩く。
あまり好きな場所ではないが、だからこそいつも見なかった事にしているモノを見る事の出来る場所だ。
堕ちた者。
才能を地に捨てた者。
英雄ならざる、しかし凡夫ではない者。
「よぉ旦那。久しぶりだな」
「む? ……あぁ、ダッグズか。上に戻ったと思っていたが、まだここにいたか」
「ハッ、何年前の話だよ。……少し前にまたドロップアウトしてこのザマさ」
「また女か?」
「いいや、今回は詐欺さ。カモられちまったんだ」
「それは解決したのか? 警察には」
「ああ、解決してる。アンタが手ェ出すことじゃないよ。ま、なんだ。金が返って来た時には遅かったってだけだ」
ダッグズ。
元奇械士でありながら、そのどっちつかずな性格から複数の女性に好かれ、断れず、最終的に全てを失ってここへ堕ちて来た男。
俺が最後に見た時には正規の手段で金を稼ぎ、南部区画のアパートに部屋を借りてここを出て行かんとしていたが……。
今度は詐欺。
まぁ、なんだ。
ホワイトダナップもそろそろ寿命なのだろう。かつては誇りある貴族──選民思想に染まっていたとはいえ、民を守る心も有していた貴族らの末裔。ホワイトダナップが飛び立つ時には自らの領地の民を連れて行きたいと熱望する者も少なくはなかったし、それ以外にも「見捨てるなんてとんでもない」と抗議した者も多かった。
しかし、ホワイトダナップの民の全てが貴族となり、ゆえにこそ全員が同列になったことで誇りが、尊さが薄れ……こうして容易に悪事を働く者が増えてきた。
騙す者。騙される者。
リチュオリアがホワイトダナップに同行したのはあくまで「見捨てた者達」を罪人と見ての話だったが、それがいつしか本当の罪人を裁く結果になっている。盗掘者然り、だな。
人間とは短期間で目覚ましい進化を遂げる存在でありながら、同じく短期間で恐ろしい程の退化を見せる存在だとも思う。
「そういやよ、旦那。最近ある噂が流れてんだが、知ってるか? 機奇械怪の子供の奴だ」
「……なに?」
今朝方、フリスと話したばかりの内容。
フリスが何かしたか? 否、それでは最近、などとは言わないだろう。
「いや、聞いていない。教えてくれるか?」
「あぁ。といっても詳しく聞くならヒースリーフの方が良いだろうが……」
「お前から聞きたい。奴は肝心な部分を隠すからな」
「わかった。……最近、上……南部区画で誘拐事件が多くなってるのは知ってるな?」
「知っている。先日の教団事件で終わるかと思われたが、まだ続いているということもな」
教団事件。
つまり、フレシシが誘拐された事件だ。あの時にいた牢の男女のように、ホワイトダナップ全域での誘拐事件が増えてきている。また、攫われた後、遺体として地上で発見される者もいる。これは教団のメンバーが逮捕される事で収束するかに思われたが、むしろ激化した。
教団が機奇械怪を使役していたことを含め、巡回奇械士の警戒項目に誘拐事件が、警察機構もまた血眼になってこの件を追っている現状だ。
「それの続報になるのかわからねぇがな、最近南部区画やここルイナードで、全身機奇械怪に見える子供を見た、ってな噂が蔓延ってんのさ」
「それはつまり、金属に包まれていた、ということか?」
「多分な。見たって奴の誰に聞いても機奇械怪だった、としか言いやがらねえ。んでもって子供だった、ってな」
「……ふむ」
子供か。
俺の倫理観に「女子供だから余計に可哀想」というものは無いにせよ、単純に改造や融合を施された可能性のある子供がその辺りをふらついていて、且つ機奇械怪に呑まれておらず、人間を攻撃していない、というのが気になる。
機奇械怪と人間を融合させる技術に関しては、俺達のような完璧なものではないにせよ、無くはない技術だ。機奇械怪の義手義足を持つ者はいないことはない。主に奇械士になるが。
とかく、いるのだ。それこそ教団事件の首謀者のように、人間と機奇械怪を融合せんとする者が。
下手人はその辺りか、とあたりをつけて。
「ダッグズ、具体的な目撃地点を教えてくれないだろうか」
「あぁ、構わねえ。俺としても女子供が酷い目に遭うってな見過ごせねえからな。端末にマップ情報を送っとく」
「感謝する。──だがダッグズ、依頼は正確に言え。金をとる気はない」
「う。……敵わねえな、やっぱ。ま、そうさ。攫われた女の中に……いんだよ。結局あれから連絡なんざ取ってねえが、昔の……女がよ」
「お前をここに落とした女か」
「言い方言い方。別に俺はあの五人の事恨んじゃいねーのよ。旦那、だから──頼む。あいつら助けてやってくれ。んで他の奴らも。金は出せねえが、他のモンならくれてやれる」
まったく。
だからここは嫌いなんだ。
その精神性は、明らかに英雄だ。場所が場所なら、時が時なら。
ありふれてはいるのだろう。予想外の欠片も無い、使い古された"設定"の登場人物。バックストーリーに差異はあれど、こんな優男はごまんといた。
だが、だからどうした。
此奴が英雄と同じ精神性を持っている事に変わりは無い。
俺とフリスの明確な違いはここだろう。
俺はチャルのような特異に対し、けれど弱いという理由で価値を見出せない。フリスから受け継いだことだ、見守りはするし育てはするが。
だが、フリスの見捨てる量産型の英雄をして、俺はそれを十二分に評価する。
弱きは見捨てるが──ここまでされて、ここまでになって。
尚も強いこの者を、俺は見限らない。
出来得ることなら、ここで燻っていないで外に出て、機奇械怪に入力をしてほしい。
だからここを嫌っている。
「依頼は承った。報酬は後で要求しよう。精々震えて眠るがいいぞ、ダッグズ」
「あぁ、安心して待たせてもらうぜ、旦那」
……何故俺がリチュオリアの家に住んでいないか、という答えがここにある。
自分で仕事を増やし過ぎるからだ。
眠らずとも活動できる俺にとって、この世はやれることが多すぎる──。