終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
12月20日。
当然ながらアレキの足はまだ治っていない。その分アスカルティンに集中できたので効率は取れたが、当初の予定は総崩れも良い所だ。
とはいえ、なんとかはなった。
体内の機奇械怪侵蝕率がかなりの水準にあるアスカルティンは、文字通り機奇械怪染みた身体能力を発揮し、当人が子供であることも相俟ってか非常に野性的。もうほとんど人間としての感覚は残っていないのだろうが、最終的には破棄すればいいのだから気にすることも無い。
とりあえずこれでアスカルティンを奇械士協会に送り込む準備は完了した。手続きも「早急に」の名目をつけて政府の内通者に爆速でやらせたからな。そろそろ無茶振りをやめろ、と言われたが知らん。そんなにやってないだろう。
そんな感じで、来年にはアスカルティンを奇械士協会に入れられる段階まで来て。
計画していた通り、チャルとアレキを閉じ込める作戦発動である。
「ではランパーロさん! アレキの事を頼むぞ!」
「はい。任せてください」
「……ごめん、チャル。何もチャルを呼ばなくていいのに、変なところで気を回して……」
「いいのいいの。私がいいって言ったんだし」
それはある日のこと。
アレキの怪我を心配していたチャルのもとに、彼女の兄から連絡が入った。12月20日、使用人、ケルビマ、ガロウズの全員が家を空けてしまう日があるため、アレキの看病をしてやってくれないか、と。
この願い出にチャルは快諾。
「それにしても、アレキってお嬢様だったんだね」
「え?」
「だって、こんな広いお屋敷、ホワイトダナップじゃ珍しいでしょ」
ホワイトダナップは土地が少ない。浮遊する人工島ゆえに、無駄な建造物は排除される方向にある。ゆえに大半の住宅が集合住宅で、一軒家となると余程裕福な家庭にしか許されない。それを、リチュオリアの家のように横に広く平べったい家、というのは中々見ることの無いものなのだ。
だからこそのチャルの言葉だった。
「ああ……私の家は、そういう事情とは違う。不可侵なの。ホワイトダナップの偉い人たちは、私達に積極的に関わって来ようとしない。だからずるずるとずっとこの家の形を保ってきた感じ」
「???」
「わからなくて正解」
リチュオリアの姓が断罪者を意味する事など、昨今知っている者の方が少ないだろう。それでもそれを気にしてアレキは自らの姓を名乗りたがらないし、ガロウズやケルビマからも「誇るものではない」と言われている。
断罪などと言えば多少は聞こえがいいかもしれないが、それは代々殺人を生業にしてきた事を意味している。リチュオリアの名は血に汚れているのだ。そんなものを誇るものではないと、アレキも理解している。
「それって、皇都フレメア、っていうのに関係してる?」
「……なんで知ってるの? 歴史の授業じゃ習わないでしょ」
その名が蔑称であることは秘されている。老人や政府高官になれば知っている者もいようが、新しい世代にそういった部分を継承する必要はないと、教育課程から外されているのだ。連なって、皇都フレメアの名も。
とはいえフレイメアリスの名は今でも神として崇められているので、そこから辿り着く者もいるのだが。
「キューピッドが言ってたから、調べたんだよね」
「ああ……」
そういえばそうだった、とアレキは想起する。
キューピッドの演説。フレメアの亡霊。
リチュオリアとてフレメアの亡霊に近い。ただホワイトダナップに乗せられた亡霊だが。だから、ある意味で、その妄執を受け止めるのはリチュオリアであるべきだ。同じ平民として、罪断つ者として。
「どこまで調べられた?」
「ん-。まぁ、私達が大勢の人を見殺しにして生き延びた、って事くらい」
「……昔の話だから」
飛び立った特権階級が今や平民が如き暮らしをしているのは皮肉なのだろうか、と。アレキは自嘲する。アレキとて歴史に精通しているわけではないにせよ、チャル達よりかは詳しいのは事実だ。
その咎を背負う身としても。
「リチュオリアはね、フレメアから続いてる家柄なの。だからこんな広い家を持ってる。別に私がお嬢様だから、とかじゃない」
「……それが嘘なのはわかったけど、これ以上聞かないでおく。喋りたくなさそうだし」
「ええ、ありがとう」
だから、この話はここで終わり。
アレキもチャルも口を閉じる。
沈黙。
「……あ、その」
「え、あ、うん」
一瞬にして沈黙に耐えられなくなったのはアレキの方。
このままゆったりした空気を過ごすのかな、と思っていたチャルも動揺した声色で反応する。
「ごめん。あの時、チャルの忠告も聞かずに突っ込んで……」
「それ何回目? もうあの時終わった話だよ。今度から気を付ければいいじゃん」
「あ、う、うん……」
「うーん、ダメ。暗い話やめよっか。……そうだ、お兄さんの話聞かせてよ。ケルビマさん」
「えっ……えーと」
唐突な話題転換。
けれど言い淀むアレキ。何故って。
「私も……よく知らなくて。兄う……兄さんは、滅多に家に帰らない人だから、こんな頻繁に会っている方が珍しいくらい。前に会ったのは私が七歳とかの頃だったし」
「家に帰らないってレベルじゃないような……」
「だから私もちょっと掴み兼ねてる、かな。豪快な人なのは知ってたけど、あんなに感情を露わにする人じゃなかったから。もしかしたら会ってない間に恋人とかできたのかなぁ、とか」
「ケルビマさんって何歳なの?」
「私より六つ上だから、今年で21」
「え、意外。もうちょっと上だと思ってた」
「兄さんは10歳とかの頃から大人に混じって仕事してるから、多分その影響」
「へー。凄い人なんだね」
凄い人。
それはそうだとアレキは思う。その戦闘能力然り、その性格然り。
加えて、
何より──愛されている、と。
そう感じたのだ。
「奇械士、ってわけじゃないんだよね」
「ええ。でも奇械士と同じくらい強い。
「……それは同じくらい、じゃないように思うんだけど。っていうか、あ! もしかして今回突っ込んだのって、ケルビマさんに憧れて、とか?」
「その話は終わりって言ったのチャルなのに……。まぁ、……ええ、半分くらいは、そういう気持ちもあったのかも。チャルと仲直り出来て浮かれていた、というのが大きいけど」
「なんか、じっくり話してみたくなったなぁ」
「ダメ」
「なんで」
「……またチャルが取られちゃう」
「またって何!? っていうか、私そんなすぐに人を好きになるコトないよ!?」
「ダメ。……最初は、なんだか、私と良い感じだったのに。いつの間にかフリス君に取られて、あの頃は、すっごく苦しかったんだから」
「取られて、って……」
「ダメなの」
ここでチャルは「おや?」と思った。
アレキは普段、あまり可愛らしい言葉を使わない。意識的に男性的な、あるいは丁寧な言葉遣いを心掛けている。たまにボロは出るが。
それが……今日は妙に可愛い。弱っているからだろうか、家の中だからか、普段見せない少女らしさが全開だ、とチャルは感じた。
感じたから悪戯してみたくなる。
「アレキってさ。私の事……好きなんだよね?」
「えぅっ!?」
「あはは、何その声」
突然そんなことを言われたら誰でもこんな声が出る、なんて文句はアレキの口を衝かない。代わりに紅潮していく頬を体に掛けられたブランケットで隠す。
またしてもそんな「可愛らしい行動」に、チャルの中の嗜虐心がゾクゾクと撫でられる。
「どこが好きなの?」
「ど、どこって……そういうのは、本人に言えない」
「私に言えない場所が好きなの?」
「そそ、そういうわけじゃないけど」
少しだけ懐かしい。
こういうイジり方は、かつての学友たるリンリーの得意分野だった。彼女はクラスのカップルに対し、毎回毎回ニヤニヤ顔でにじり寄って、こういう弄り方をしていた。……無論彼女は当事者ではなく、好かれている側、というわけではなかったのだが。
「正直アレキが私の事好きになるの、よくわかんないんだよね。だってアレキ、最初の頃結構冷たかったし」
「そ……そう、だっけ?」
「そうだよ! 巡回やってた頃もあくまで『組まされた相棒』みたいな感じにしか接してくれてなかったし。……それが変わったのは、コレからだけど」
コレ。
それは、チャルの右手首にある"華"の紋様。かつては"種"だったそれ。今やアレキの両腕にもあるものだ。
そうだ。
アレキが彼女を強く意識し始めたのは、そこからだ。
キューピッドと繋がっている疑惑のあったメーデーを追って倉庫区画にまで来て、そこで本当にキューピッドに会って。
辛くも襲い掛かって来たメーデーを倒したかと思えば、埒外の強さのキューピッドに窮地に追い込まれて、チャルが"種"を植え付けられて、怪我をして。
「……色々あったねぇ」
「そう、ね。……色々あった」
激動だった。
チャルより少しだけ先輩というだけで、アレキだって奇械士暦はまだ一年に満たない。その中で、キューピッドに纏わるダムシュやらなにやらの事件は濃密だった。
「そうだ、それこそケルビマさんに聞かなきゃいけない事があるんだった」
「だから、ダメだって」
「こっちはちゃんと重要なことだから」
「さっきのは全然重要なことじゃなかったと」
「……まぁ、小さいころのアレキがどんなのだったか、とか聞こうとしてただけだけど」
重要なコト。
それは。
「オルクス。ほら、私とケルビマさんが初めて会った時、ケルビマさん言ってたよね。『オルクスを渡した、か。中々剛毅な奴がいるな』って。……オルクスって名前、ずっとずっとフリスが隠してた名前だった。その銃に名はないよ、なんて言ってさ。でも、ケルビマさんがそれを知ってたってことは」
「その銃の出自について、兄さんが何か知ってる……か」
「うん。出自もだけど、もしかしたらもっとすごい秘密も」
「確かに、オルクスのモードとか機能が解放されるなら、チャルはもっとパワーアップできる。……けど」
「けど?」
「やっぱり、嫌。ずっとずっと嫌な予感がしてるの。チャルと兄さんを引き合わせたら、私にとって良くないことが起きる、って」
「なにそれ。アレキも超能力?」
「……何が何でもダメ。オルクスについては私が聞いておくから」
嗜虐心が、膨らむ。
チャルはこうもSっ気のある少女ではなかったはずだ。だが、アレキのしおらしさがチャルの中に眠っていた何かを引き出している。
──果たして、誰も。二人のどちらも。
この部屋に微かに満たされた自白効果を持つ芳香剤の存在になど、欠片も気付かない。実は中の様子が監視されている、なんて一切気付かない。家を空け、近くのセーフハウスでケルビマとガロウズと、そしてフリスがモニタリングしている、など。
一切気付かない。
「私がケルビマさんに取られる、って思ってるんだよね、やっぱり」
「……」
「じゃあさ、今」
足を骨折したがために動けないアレキ。
彼女の寝転がる、座位にまで体を起こせるベッドの上。
チャルはそこに、乗る。
「えっ、えっ」
「私の好きなトコ言ってよ。具体的に。そうすれば、引き留められるカモ」
今は亡きリンリーならいうだろう。「こんなのチャルじゃない」と。今は亡きユウゴなら言うだろう。「その展開を待っていたぜ!!」と。
動けないアレキに馬乗りになったチャルは、その上半身へ己が身を這わせ、ブランケットを掴むアレキの手を指を絡めて握り、離し、彼女が顔を隠せないようにする。
現れるのは、これでもかというほど真っ赤に紅潮した頬。
「言えない? 私の好きなトコ」
「い、言う。言うからどいて!」
「えー、重い?」
「重くない! 軽い! けど、は、恥ずかしいから!」
自白剤は正常に効果を発揮している。
つまり、マトモな判断のできなくなる薬だ。それを密封性に優れたガロウズ特性の部屋で嗅ぎ続けているのだから、もう二人は正常な理性に無い。
「アレキが言えば、退くから」
「ま、守りたくなる所! チャルのその、私の後ろについてきて、並ぼうと頑張ってて、努力家で、勉強も頑張って、でもできなくて、そういうカッコ可愛いトコが好きなの! これでいい!?」
「あはは、アレキ怒ってる。……他は?」
「え!?」
「だからー、他。顔はどう? それとも……カラダ?」
「なななな、何言って!」
抱き締める。
チャルが、アレキを。その身を合わせ……それはもう、イケナイ雰囲気になる。
「私はねー、アレキのココが好き」
「ひゃっ!?」
「ここ。わかる? うなじの右にある黒子。あとアレキの目もかっこいいと思うしー、スタイルもずるいって思うしー」
「ちょっと、わさわさしないで……!」
止まらない。止める者がいない。
上位者と機奇械怪は面白がって止めようとしないし、出る事の出来ない部屋、というのは外からも侵入し難く、また声が漏れることもない。
そもそもリチュオリアの敷地は広い。そこへ入り込もうとする輩の方が珍しいだろう。
つまり──止まらなかった。
「……」
「チャ……チャル?」
本人以外は、だ。
「……」
「ど、どうしたの?」
突然チャルは起き上がって、アレキのベッドから降りる。そのまま真顔で、時折鼻をヒクヒクさせながら部屋を歩いて。
「モード・エタルド」
「!?」
突如、体力を極大消費する弾丸を壁に向かって放った。
当然崩れ落ちるチャルに、けれどアレキは駆けよれない。
「ちゃ、チャル! 大丈夫……?」
「……大丈夫。それよりこの部屋、誰かに見られてるかも」
「見られてる……?」
ぐてん、と床に身体を投げ出した状態で、チャルが言う。あまりに心臓に悪い光景だというのに、チャルは淡々と。
「この部屋、ここの壁からなんか変な気体が出てた。今それを壊した。……だから多分、今の気体を吸った私達を監視するためのカメラとかがあるはず」
「……成程」
アレキはベッド横に備え付けられていた引き出しから、フォークを一本取り出す。
そしてそれを投げた。
ガシャン、という音と共に、花瓶が一つ壊れる。
「……レンズ。これがカメラか」
「悪趣味だね。私、こういう事する奴に心当たりがあるんだけど、アレキは?」
「私もあるけど……動機がわからない。それに、確実に死んだ。それは絶対」
「キューピッド、じゃないよ。アレもアレで悪趣味だけど、この感じはそっちじゃなくて」
それは、フリスの父ケニッヒに当てられた卑劣な作戦。
先輩であるカップルコンビ、アニータとレプスが死した要因。
「アモル……? いえ、そんなはずはない。あの時確実に首を断ったもの。それに、残骸はホワイトダナップに持ち帰った」
「アモルは機奇械怪。人間だったキューピッドと違って……量産できるかもしれない」
「それは」
そんなの、地獄だ。
あの精度で動ける機奇械怪が、あの悪辣な作戦を実行する機奇械怪が沢山いる、など。
「……ケルビマさんとガロウズさんも、怪しいのかも」
「!」
「ごめんね。アレキの前で言う事じゃないけど、でもこの部屋に私達を招いたのはケルビマさんで、こんな作りの部屋を放置してたのはガロウズさんで……」
なんとか、と行った様子で、チャルが立ち上がる。
ふらふらと。
そして部屋の入口の戸に手をかけて。
「……開かない」
「まさか」
「鍵がかけられてるっていうよりは、元から内側から開けられない感じ……。さっきのエタルドも、壁の中の機械は壊せたけど壁は壊せてないし」
「閉じ込められた……ということ?」
「うん。目的はわからないけど」
不信感は膨れ上がる。
興奮を煽るような気体、監視カメラ、閉じ込める。
その三つが重なった上に、アモルを思わせる手口から──。
「すまん!!」
突然、扉が開いた。
自白剤はやり過ぎだ。そうガロウズに問い詰めれば、案を出したのはフリスだという。思いっきり奴の宿ったオールドフェイスを蹴り上げて成り行きを見守れば、チャル・ランパーロが何かに気付き、物凄い速度で機構を破壊。途中から音声だけになった所を聞くに、凄まじい速度で真実の一端にまで辿り着いていた。
思わず固唾を飲む。
確かにアモルとガロウズは同型だ。なんせどちらもフレシシを基にしているのだから。だが、性格は少し違う。だというのに見抜くのは、なんだ、それは、という域だ。
フリスがやけに執心する淨眼もどきの持ち主。
──まだバレるわけにはいかない。
そこから計算し、最高効率を叩き出す。瞬時に転移をして、扉を開けて、開口一番!
「すまん!!」
「えっ……」
「あ、兄上?」
「いや、すまぬ!! 俺はお前たちの関係が拗れている事に勝手に苛立ち、強制的にくっついてもらおうと……無茶をした。すまぬ。すまぬ! どうか許してくれ!!」
知っている。
人間は謝られると正常な思考ができなくなることを。同情が働き、曖昧にしてしまいがちだと。
そしてこういうのは言い訳をせず、嘘を吐かず、全て曝け出してしまうのが一番だという事も知っている。
だからこうして頭を下げ、大声で謝るのだ。
「……えーと。ケルビマさん」
「すまぬ……どんな咎でも受けるつもりだ。すまぬ。すまぬ」
「まず、顔を上げてください」
顔を上げる。
──そこに、銃口があった。
「モード・エタルド」
引き金が引かれる。
……当然だが、俺は機奇械怪ではない。その銃弾は効かない。効かないが、銃弾を放った事実は消えないので、チャル・ランパーロが崩れ落ちる。この短時間に二度の使用はやり過ぎだ。生命力を削るぞ。
「チャル!」
「……ごめん、なさい。……機奇械怪か、どうか、わからな……かったので……」
「いや、こちらこそ要らぬ勘違いをさせた。すぐに救護班を手配する。申し訳ない、償っても償いきれぬな……」
正直、なめていた。
いや、いや、いや。
成程成程。フリスが執心する理由が、その一端が理解できた。
確かにエタルドは人体に効かないが、そうだとしても謝罪を入れた相手に銃を向けるか、普通。それに、自身がどうなるかも理解できていなかったわけではないだろうに。
英雄だ。残念ながら、アレキよりも格上の。その精神性は一朝一夕に手に入るものではない。況してや少し前までただの学生だった少女が。
「……体力消費が少し危険な領域だな。セーフティのつもりだろうが……」
「あ、兄上! チャルは、大丈夫なんですか!?」
「……オルクスのエタルドはこうも短期間に連発する事を想定されていない。恐らく体力だけでなく、生きるための生命力をも削いだはずだ」
「そんな……」
「不味いな。呼吸が浅い」
危険な状態だ。
フリスめ、何も二回使ったら本当に寿命を削るような仕様にせずとも良いだろうに。
悪態をついていると、本人が現れる。アレキには見えていないが──チャル・ランパーロが薄目を開けている。気配を察しているのだろうか。
「ケルビマ、良い事を教えてあげよう。──アレキに移した"種"はチャルから発芽した種子だ。ゆえに、それはチャルに返すことができる」
「流石、最悪の名を恣にするだけはあるな」
「照れるじゃないか」
そこで、チャル・ランパーロが気を失った。
……そのための「サービス」か。奴の厄介な所は、その無計画性が最終的に意味を持つところだ。無計画が活きる。俺と違って、な。
「アレキ」
「は、はい」
「……ランパーロさんを救うために、協力して欲しい」
「私に何かできるのですか?」
「その両腕。お前は隠しているが、それは"種"だろう。《茨》の"種"」
「ッ!」
あるいは刺青のように見えるソレを、アレキは俺やガロウズに隠したがっていた。
それはそうだろう。リチュオリアの家は節制を敷いている。刺青などという趣味の産物を体に彫ること自体に、アレキですら忌避があったに違いない。
が、今はそんな場合ではない。
最悪だ。
まるでそういう演出かのように──あのサービスが意味を持つ。
「"種"は保持者の生命力と直結している。"毒"ならば機能に、"罅"ならば精神にな。つまり何が言いたいのかと言えば、《茨》を用いる事で"種"の保持者は他の保持者に生命力を分け与えられるのだ」
当然だがそんなことはない。
これはアレキの種がチャル・ランパーロから伸びたものであるがゆえ。他の保持者とは繋がれん。だが、俺がアレキの種事情を知っているのはおかしいので、こういう説明になった。赦せ。
「……副作用として、もしかしたらお前の足の治りがもう少し遅くなるやもしれん。それでも、」
「構いません! 是非、やり方をご教授お願い致します!」
「ああ……」
ガロウズが作った部屋だ。それを無駄にしたくない、という意味での今回の作戦だったが、結果としては最悪に終わったと言えるだろう。これでアレキの修行日がまた伸びた。俺が伸ばしたようなものだ。
チャル・ランパーロの身体を抱いて、アレキに近づく。
彼女の身を椅子にもたれ掛らせ。
「と言ってもお前がやることは無い。俺が今から《茨》を活性化させる。……その際、《茨》がお前たちの肌を傷つける。それは性質だ。致し方ないと我慢してくれ」
「……わかりました」
「では、やるぞ」
アレキの両腕を掴み──《茨》を現出させる。
チャル・ランパーロの方を見れば、気を失った彼女の横に、概念体のフリスがいて。
「準備完了だ。出すよ」
「……」
フリスがチャル・ランパーロの腕に触れ、その身をゆっくりと染み込ませ──《華》を取り出す。その身、その蔦、その茨。それがこちらへ伸びてきて、活性化したアレキの《茨》を掴んだ。
「うっ……!?」
「落ち着いて深呼吸しろ、アレキ。大丈夫だ」
「は……はい」
──機奇械怪の蔓延る時代だ。
あまりこういう「機械的でない力」は使いたくなかったんだがな。無論、全ての機奇械怪に《茨》は流れているのだが。
「OK、十分量だ。切断するよ」
切断する。
チャル・ランパーロの《茨》がアレキの《茨》を離し、互いが互いの中に戻っていく。伴い、フリスも消えた。……役に立つのか厄介なのか本当にわからん奴だ。
体力の譲渡。
それも、エタルドの消費を穴埋めする程の、だ。
だというのにアレキは……疲労した様子が無い。
「アレキ、疲れてはいないのか?」
「え? あ、はい。鉤縄を登り切った時と同じくらいの運動量……くらいには疲れましたが、その程度です」
「……」
そういえば。
俺は上位者として寝ずに疲れずに活動しているが、アレキは人間だ。当然疲労するはず……なのに、朝は俺の仕事を手伝って機奇械怪を倒し、盗掘者を保護。昼は鉤縄を登り、夕方からは奇械士としての仕事をして──それで、風邪一つ引かず、疲れも見せず。
……成程、体力だけは一線級の英雄だな。
強さ、ではない。
だが、チャルもアレキも。
……いや、いや、言うだけはあるらしい。
「すまぬ、俺が救護の者を連れてくるまで、彼女を見ていて欲しい」
「はい」
「……重ねて言う。すまなかった。俺はもう、お前たちの恋路に手を出さない事を誓う」
「……わかりました」
やはり。
人間関係に効率を求めると、ロクな事にならない。
わかっていたはずなんだがな……。