終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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日常に復帰する系一般奇械士

 空暦2544年01月12日、正午──。

 この日、この時を以て私、アレキ・リチュオリアは奇械士(メクステック)に復帰した。

 骨折は歪みなく接合し、一か月のブランクはこれから取り戻していく事を宣言。先輩奇械士達は「若い内に怪我できてよかった」、「今度は調子に乗るなよ」などの言葉をくれ、拍手で迎えてくれた。

 そして、同時に。

 政府から派遣されたシーロンスという少女がホワイトダナップの奇械士協会に転入する。

 

 無論彼女が来る事は事前に知らされていて、だから政府から派遣された奇械士、という時点で私達の苦しい思い出が蘇っていたのだが、初めて顔を合わせて更に驚愕する事になる。

 

 ──赤茶けたフード付きのコート。パンプキンの仮面。黒のインナースーツに白いブーツと白い手袋。

 

 シーロンスは、ダムシュ出身だ、と自己紹介をした。

 彷彿とさせる"彼女"よりかは背の低い、まるで彼女の妹なのではないかと思わせる格好の少女は、けれど既に島外作業員の資格まで持っているという。更に言えば、チャルより背が低いのに18歳と、自分たちより年上。

 どこか幼い言動が年上であることを忘れさせる──そんな少女。

 

 彼女は、リンシュのコンビとして動く事になった。

 そこそこにベテランのリンシュと活動歴は長くて二年だろうシーロンスが組むことになった理由は単純。リンシュのパートナーだった奇械士が去年亡くなってしまったから、だ。奇械士とは基本ツーマンセルで動くもの。穴埋めは必要だった。

 

 に、しても。

 

「リンシュ・メクロヘリ、ス。ウチのことは気軽にリンシュとか呼んでくれたら」

「わかりました、リンシュお姉さん」

「ッ……も、申し訳ないけど、お姉さんだけは……ちょっと勘弁。他の呼び方で!」

「じゃあ、リンシュで」

「おっけぃ!」

 

 珍しい、と素直に思う。

 リンシュはダル絡みの天才だが、コミュニケーション能力は高く、円滑に会話を進める事ができるタイプの人間だ。それがああも言い淀み、言葉に詰まり、「嫌だ」という感情を前面に押し出す場面など、観たことが無い。

 

 それが顔に出ていたのだろう。

 シーロンスが事務手続きの関係でランビに呼ばれていった後、グリンと首だけ振り向いたリンシュが、私の座るソファの横にするりと座って来る。

 

「ウチの事が気になると見た」

「……別に」

「変に勘繰られるとメンドーだから言うけど、ウチの妹今行方不明なんだよ。誘拐されたっぽくてさ、もう三か月……四か月くらいになんのかな? だから『お姉さん』呼びはちょっとな、クるんだわさ」

「そう……ごめんなさい。聞いてないけど、聞くべきじゃなかった」

「あっはっは、でもここで聞かなかったらアレキ、ウチを知る色んな奇械士にウチの事聞いて回ってただろ。そーゆーのめんどいからさ。ちなみに他に質問したい事ある?」

「その子の、特徴。妹さん。写真とかあれば、私も探してみる」

「ん。ありあり」

 

 軽く言っている。流したように見せかけている。

 オープン戦法だという奴だ。探られて痛い腹は、自ら開示する。そうすることでダメージを減らす。

 

 携帯端末に送られてきた写真は──成程。

 

「背丈が、似ている」

「まー、そうなんさ。ちょっとビクっとしたよな、流石に。ま、声が全然違ったから一瞬で判別ついたけど。というかアスカルティンが奇械士になれるはずないし。病弱なあの子が……ああ、すまん。変なコトまで口走っちまった」

「アスカルティン、というのね。わかった、私も知り合いを当たってみる。安心して、とは言えないけど……」

「いやいや、そう言ってくれるだけでありがたいって。……ただ、コレバラしてもいーから、ウチの態度について聞かれたらそういう事情だって話しといてくれると助かる」

「はいはい」

 

 どれほど能天気に見えても、やはり誰しも何かしらを抱えているものなのだろう。

 自分も、チャルも、あのシーロンスという子も……そして、ケルビマも。

 

「今日多分一緒に島外戦闘だからさ、援護頼むよ。ウチら多分初戦はあんまり連携取れないだろうからさ」

「ええ、任せて。開けたひと月分、取り返してみせる」

「とか言って、また張り切って突っ込んだりすんなよ~?」

「……以前ならあなたに言われたくない、と言えたけど……ええ、気を付ける」

「うっひょぁ、素直なアレキキモいブホァ!?」

「負い目を感じているからと言って殴らないわけではない」

「フツーは人を殴らないんだよ!!」

 

 うるさい馬鹿を殴りながら。

 少しばかり穏やかな気持ちになっている自分がいた。……日常だから、だろう。もう学校にも長らく行っていない。だから、こっちが。

 

「ん。シーロンス帰って来たみたいだから、ウチは打ち合わせいくよ。アレキは彼女と仲良くな!」

「はいはい。あなたも変に衝突したりしないように」

「おいよぅ!」

 

 言葉の通り、というべきだろう。

 リンシュがシーロンスと合流したのが見えたと同時、チャルが来た。

 

 チャル。

 件の『兄上謝罪事件』からひと月が過ぎている。それでもあの日聞かされた話は忘れていない。

 何度も話あったが──改めて。

 

「チャル」

「うん。おかえり、アレキ」

「ええ。……それで、オルクスの事なんだけど」

「あはは、気が早いよ。……でも、私もずっとずっと気になってたから。今日の討伐の後、ちょっとだけ時間貰ってみようか」

「それが良いと思う」

 

 先程までリンシュがいた位置にチャルが座る。

 

 思い起こされる。

 ケルビマが頭を下げ、「お前たちの恋路に手を出さない」と誓ったあの日の、夜のことだ。

 

 

 

* + +

 

 

 

「すまなかったな……」

「いえ。確かに私達もじれじれし過ぎたと言いますか、見ていて心休まるものではなかったように思います」

「あはは、ケルビマさんってすっごくアレキ想いなんですね」

「え?」

「む?」

「だってそうじゃないですか。アレキが大事だから、アレキが悩んでるの見兼ねて放課後デートしてこい! なんて言ったり、今回みたいに閉じ込めたりしたんですよね。やり方はその、ちょっと強引過ぎたけど、アレキの事を大事に思ってるからこそだなー、って」

 

 チャルの言葉に、私も兄上も目を白黒させる。

 兄上が私を大切に想っている。

 ……それは、よくわからない。否、わざわざ否定する事でもないのだが、この人が何を大事に思っているのかは計り知れないのだ。

 けれど兄上は、チャルの言葉を聞いて、「ふ」と笑う。

 

「ランパーロさん。あなたが言うのなら、そうなのやもしれん。……さて、遅くなってしまったが……俺に聞きたいことがあるのだろう? 頑なに帰宅を拒んだのはそういう意図があるものと見たが」

 

 見透かされていた。だが相手は兄上だ。驚きは少ない。

 対人関係というか他人の恋路に対しては驚くほど不器用だというのが今回わかったが、それ以外の部分での察しの良さはチャルの超能力に匹敵するものがある。あるいはだからこそ、私とチャルの距離感に苛立ったのかもしれないけど。

 チャルからの目線。頷き返せば、チャルはそのホルスターから双銃を抜いた。

 

「この銃について、ケルビマさんの知っている事を教えてください」

「……やはりか。まぁ、いいだろう。俺の粗相の対価だ」

 

 兄上は、大きく溜息を吐いて──話を始める。

 

「時は空歴2360年にまで遡る。この年について何か、歴史の授業で習わなかったか?」

「はい。機奇械怪が出現した年の一年前。歴史家たちによって『機奇械怪が製造された年』と言われています」

「よく勉強している。そうだ。空歴2360年。183年前だな。そのある日、機奇械怪が世界を襲い始めた。大波のように、あるいは空から黒いインクを落としたかのように。機奇械怪は瞬く間に地上を覆い尽くし、地上の国々のほとんどを滅ぼしてしまった」

 

 残ったのは九つの国。

 エルメシア、ラグナ・マリア、ジグ、再建邂逅、聖都アクルマキアン、港湾国家ダムシュ、魔都クリファス、法国ネイト、そして皇都フレメア。

 内、聖都アクルマキアンまでの五国のみが、現存する国家となる。ダムシュから後の国は滅びてしまった。

 

「オルクスはそんな時代よりも前に製造された銃だ」

「……それはおかしいです。この銃はオールドフェイスっていうコインを入れる前提で作られています。それに、モードも……人と機奇械怪のどちらをも殺せるようにと作られているから、機奇械怪が現れる前に作られた、というのは無理が」

「それが、そうでもないのだ。何故なら機奇械怪は、2360年よりも前に存在したのだから」

 

 兄上は胡坐をかき、腕を組み、難しい顔をして語りを紡ぐ。

 歴史。兄上が口にしたソレは、私の知らない話。

 

「原初の五機、という言葉に聞き覚えはあるか?」

「……研究者たちが提唱しているものですね。ハンター種、プラント種、プレデター種、オーダー種、サイキック種。現在分類されている機奇械怪の"種別"は、そのまま原初の五機、原初の五種から来たものだ、という説」

「そうなんだ」

「と言ってもこれは立証されていない説。立証のしようがない説でもある」

「だがそれは真実だ」

 

 ──奇械士や引退した奇械士らが日夜口論を重ねている話を、ばっさりと切り捨てる兄上。

 彼にも証拠らしい証拠はないのだろうが、兄上が言うのなら、という信頼感がある。

 

「原初の五機が動き出したのは2360年。だが製造は2200年にまで遡る。それまで原初の五機は封印されていたのだ」

「封印……?」

「機能を封じられていた、というべきだろうな。この辺りは俺も知らん話だから推測になるが、恐らく()()()()()()()()()だろう。……いや、これ以上は混乱させるな。まぁ、つまり2200年に機奇械怪の大本が製造された、ということだけわかってくれたらいい」

「兄上はそれをどこで……?」

「リチュオリア本館──つまり、元皇都フレメア。地上でな、見つけたよ。当時の記録を」

 

 ホワイトダナップの住民が捨て去った皇都。

 そこに、真実が。

 

「まぁいいんだ、それは。……オルクスが製造されたのは、その2200年。他にも四種の武器が製造された」

「……それは、つまり」

「うむ。原初の五機に対抗し得る武器として、それは製造されたのだ。オルクス。その名を持つは、原初のオーダー種を殺す双銃。ゆえに、ランパーロさん。俺はあなたに以前会った時、言ったな。『それを渡すなど剛毅だ』、と」

「……そんな凄い武器だったなんて、知らなかったです」

「是非ともどこで見つけたのかをその者に聞きたいところだが──ああ、お前たちの様子から察している。……一度会ってみたかったが」

「うーん……多分、ケルビマさんとは果てしなく気が合わなかったかも、です」

 

 チャルがそんなことを言えば、兄上はきょとんとした顔をした。

 そして、何がそんなに面白かったのだろう、初めて見るくらいの笑いを吐く。いつもの「はっはっは」ではなく、「ヒィヒィ」と苦しむくらいの笑い。やはりこの人は計り知れない。笑いのツボがわからない。

 

「ひ、ひ……いや、いや、すまん。成程成程、ランパーロさんはやはり凄いな。うんうん、いやいや、いや、いや。……これは、期待大、だ」

「何がですか?」

「……アレキ。もう調子に乗らない、と約束できるか? 一人で突っ込まないと」

「え、あ、はい! 勿論です!」

 

 未だ口角に笑みを残す兄は、さらにニヤりと笑いながら──言う。

 

「一か月後。一月の中旬くらいだな。ホワイトダナップの航路は皇都フレメアの近くを通る。──もし、余裕があれば探してみろ。リチュオリア本館。あるいは皇都フレメアの城奥にあったとされる禁書庫。もし見つけられたのなら──そこに真実があるやもしれんぞ?」

 

 

 

+ + *

 

 

 

「航路図では、ここは何もない事になってるけど……」

「フレメアの事には触れたくないみたいだし、さもありなん、ね」

「うん。ケルビマさんの言う通り、多分この辺が皇都フレメアの跡地なんだと思う」

 

 兄の言葉を思い返しながら、航路図……ホワイトダナップの周遊航路図を見る。

 今までは何とも思わなかったけど、ここら一帯は確かに不自然に何もない、ように思う。基本地上というのは荒野か廃墟が続いているものだけど、ここら一帯は荒野でも廃墟でもなく、NO DATAと情報収集自体がされていない箇所が多い。

 怪しい。怪しすぎる。

 そんなに見捨ててしまった事を隠したかったのだろうか。その当時はまだ誇りある貴族たちだったはずなのに。

 なんて、当事者でもない私が言っても仕方のない事だけど。

 

「そろそろブリーフィングの時間だから、行こっか」

「ええ。……その、チャル」

「ブランクがあるかもだけど、活躍して見せるから……とか言ったらオルクスのグリップでぶん殴る」

「うっ」

「言おうとしてたね?」

「……自分の身を第一に、頑張る」

「よくできました」

 

 逸るな、と言われてすぐこれだ。

 チャルにも言われた。「アレキは気負い過ぎて失敗しがちだから、もうちょっと自分の事で手一杯になるといいよ」と。癪なことにリンシュにも言われている。「アレキは重く考えがちだから、もっと楽に生きたら良いよ、ウチみたいにな!」と。後者は蹴った。

 楽に。

 自分の事を、第一に。

 

 深呼吸。

 

「ええ、大丈夫」

 

 行ける。

 

 

 

「おー、来たか、お二人さん」

「今日はよろしくお願いします!」

「あ、よろしくお願いしますー……。えと?」

「お気になさらずー。私、燃費悪くて。めちゃくちゃお腹空くんですよ」

 

 リンシュとシーロンスは、既に武器も持って、準備万端、といった様子だった。

 槍と──鉤爪のついた籠手らしきもの。ダムシュ特有の武器なのか、見覚えのないものだ。

 

 ただ、そんなものより目を引いたのが、シーロンスの前に置かれた山ほどの食料。合成食品も自然食品も一緒くたに、物凄い勢いでシーロンスのパンプキンな口に吸い込まれていく。アレってちゃんと口として機能するんだ……。

 にしても燃費が悪いどころじゃないような。

 

「……」

「チャル?」

「あ、うん。……なんか、思い出しちゃって」

 

 その様子に、ぽけーっとした表情になったチャル。彼女を現実に引き戻せば、懐古を思わせる表情を浮かべた。

 

「ほら、前にさ、メーデーさんにも可愛いトコあるんだよ、って言ったじゃん?」

「ああ、結局聞きそびれてたやつ」

「あれそうだっけ。まぁ、それがね、メーデーさん、すっごく沢山食べる人だった、って話だったんだよ。食堂に籠って一生ご飯食べてて、それが可愛かったんだけど……」

「あー、懐かしい話。ウチもそれ気になって話しかけたら、シーロンスみたいに『燃費が悪い。気に障ったか?』なんて返してきて」

「メーデーさん、ですか? 知ってます知ってます。ダムシュじゃ先輩でしたよ!」

 

 シーロンスの嬉しそうな声とは裏腹に、少しばかり静かになってしまうチャルと私。

 見兼ねたのだろう、あるいは耐え切れなかったか、リンシュが口を開く。

 

「ま、そんな話はいーとして。ブリーフィング、するぜぃ。ランビー」

「あはい。完全に私の事忘れられてるんだと思ってました」

「ランビさんいたんだ。気付かなかった……」

「私も。ダメね、鈍ってる」

「しくしく、どうせ影薄いですよーだ」

 

 ブリーフィングルーム内。

 シーロンスの食料の山がインパクト強すぎて、ランビの存在が見えていなかった。背が小さいのが悪いと思う。もう少し背を伸ばしてほしい。

 

「──時間ですね。では、ブリーフィングを始めます」

 

 切り替える。

 シーロンスだけがまだ食べ続けているけれど、リンシュまでもが静かになって。

 

「今回の討伐作戦、討伐対象は融合プラント種『トクステス』。特異ハンター種アーマードタンクと基本プレデター種スネイクスの融合種で、主な攻撃方法は長大な砲身による超長距離攻撃、及び全身から吐き出す毒煙となります。毒煙の効果範囲は、スネイクスの時点では半径10mとされていますが、融合段階でどれほど広がったのかは不明です。また、プラント種らしくその装甲は堅く、動力炉の位置も不明」

「不明? 新種なのか?」

「いえ、新種ではないけれど、ライブラリに詳細が記載される程目撃例が無いの。討伐例もね」

「なるへも」

「次に注意点です。凡そは普段の大型機奇械怪討伐と同じですが、トクステスの長距離砲は推定ホワイトダナップに届く可能性があります。砲身を上に向けた場合の砲撃は必ず防いで下さい」

「……出撃、急いだ方が良いかもです。まさに今、その砲撃が準備されてる……気配がします」

「何?」

 

 四人の視線がシーロンスに集まる。

 が、彼女は我関せずと言った様子で言葉を続ける。

 

「最高射程を正確に攻撃するためにかかる時間は恐らく七分程。砲弾は合金。機奇械怪の残骸……う、ん? んん? ランビさん、今ハンター種とプレデター種の融合種、って言いましたよね」

「あ、はい」

「もう一個混ざってます。サイキック種……恐らく弾道を安定させるためのもの。こいつ、今組み上がった大型(ヒュージ)じゃないですね。結構歴戦……」

 

 その。

 見てもいないのに、遠くの事情を把握する能力。空間認識というにはあまりにもあまりにもなその力は、兄上を彷彿とさせる。

 

「わかりました。シーロンスさんの言葉を信じます。カメラドローンは追従させますので、何かあればそれに」

「よぉし! なんかよくわかんないけど、とりあえずぶっ潰せばウチらの勝ち!」

「リンシュ、私に突っ込むな、って言っておいてあなたが突っ込む、なんてのはやめてね」

「そいつァ無理な相談かもな! よぉし、行くぜ、シーロンス! ウチの凄さを見せつけてやる!」

「ではお先に失礼します。お二人は安全に降下してください」

「?」

 

 ──普通、奇械士は気球や飛空艇を用いてホワイトダナップと地上を行き来する。

 が、馬鹿にそんな常識は通用しない。急がないと、と言われたからではあるのだろうが──。

 

「ちょ、」

 

 リンシュ・メクロヘリ。そしてシーロンスは、ブリーフィングを行っていた発着場の外縁部から、一足のもと飛び降りた。

 確かに私にも経験がある。けれどそれは、兄上の持つシールド発生装置のおかげで。

 

「……あ」

 

 気付く。

 兄上に貰った──「詫びと、快癒祝いだ」と言われた、卵のような形の装置。

 オサフネ・チグサガネの仕立てた装備一式。その首の部分についていたペンダントのようなソレが"そう"なのだと直感で理解する。

 

「チャ……チャル」

「行こっか、私達も」

「え──」

 

 知らないはずだ。

 この装置の存在など。なのにチャルは、笑って──私の手を引く。

 

 そして、落ちた。

 落下する。今日は雲の無い日だ。よかった。なにも良くない。

 

「きゃッ──」

「アレキがそれを提案するってわかってたし! 手段があるんだよね?」

「あ、あるけど、まだ一回も使ったこと無くて!!」

「あはは、じゃあアレキが成功させなきゃ私達ぺしゃんこだ!」

「なんでそんなテンション高いの、チャル!」

 

 決して外れぬようにと固く鎖で結びつけられたそれ。

 空中で、雲が無い分いつもより近く感じる地上を恐れながら、必死に探る。それを探る。

 

 ボタンのようなもの。

 

「チャル、私に抱き着いて!」

「うん──お願い」

 

 押す。

 瞬間、今の今まで感じていた痛いほどの空気抵抗が消えるのがわかった。熱い太陽光線も、薄いはずの空気も、何もかもが安定する。

 落下速度だけはそのままに、今この場が安全になった事を理解する。

 

 だから安心して、ボタンから手を離した。

 

「あ、アレキそれだめ! 押しっぱなしじゃないとコレ崩れるっぽい!」

「ちょ──兄上、そういう事は事前に説明を!!」

 

 ……なぜか。

 厳格な兄上の顔、ではなく。

 こっちを揶揄ってくるときのフリスの顔が脳裏に浮かんだ。

 

 それを振り払い、地面につく最後の最後までボタンを押し続ける。

 必死で。必死に。それだけを考え続けて。

 

 

 

 

「……死ぬかと思った」

「けど、凄いね、それ。無事だよ、私達」

「ええ……。って、そうじゃなくて、あの二人は!?」

 

 この装置なしで先に飛び降りた二人。

 彼女らがどこにいるのか、を探して。

 

 そこに暴風を見た。

 

「ハハハハハ! シーロンス! やるじゃないか、ウチに付いてくるなんて!」

「こんな大物、久しぶりだもん! アハハハハ──どこから剥がして、剥いて、食べてあげようか!!」

 

 プラント種の装甲に突き刺さる槍。装甲を切り裂き、剥がしていく爪。毒煙に気を付けろ、と言われたばかりなのに、接近戦しかしない二人。

 ああ、その理由はすぐに理解できた。

 恐らく毒煙を発生させようとしたのだろう部位が、完全にねじ切られている。私達の落下中に、真っ先に斬り落としたのだろう。

 しかし、なんたる野性味か。リンシュの戦い方は何度か見たことがあるけれど、今日は輪をかけて酷い。回避の一切を考えない連続突き。唯一の武器である槍を投擲することも躊躇わず、ただ「ヒリつき」を求めて機奇械怪を狩る様は、やはり他の奇械士と一線を画す。

 ……と思っていたところにこれだ。

 シーロンス。

 彼女の戦い方は、更にその上を行く。

 両腕の鉤爪を使い、突き刺し、開き、中の機構を爪で掴んで引き摺りだして、引き千切る。しまいには高笑いだ。口調も幼いものに変わっている。

 

 二重人格、という奴なのだろうか。

 あまりに野蛮。あまりに野性的。

 

「アレキ、あの砲身、斬れる?」

「あ……ええ、いける」

「迎撃されそうになったら私が全部撃ち落とすから、お願い!」

 

 そうだ。見ているだけなんて、そんなことは許されない。

 復帰直後、快癒祝いまでもらっての参陣。

 

 張り切り過ぎない。気負い過ぎない。

 けれど──リチュオリアを背負う者として。

 

 その、上に伸びた砲身()

 貰い受ける。

 

 近づいて、斬る。寄らば斬る。首に見立てた砲身を、赤熱させもしない刀で。

 

「お……おお、流石!」

「油断禁物です! 砲身を組み立てようとしてます! 動力炉を探して!」

「あーい!」

 

 ──結果的にしっかり斬れたからよかったものの、心臓はバクバクと大きな音を立てている。

 驚いた。予定では、三足。三歩で詰めて、もう一歩でその身体を登って、その後斬る予定だった。なのに現実は一歩。踏み込んだその一歩目で、既に砲身が目の前にあったのだ。

 

 使いこなせるかどうか、と。兄上は言っていた。

 成程。これは──性能が高すぎる。何をどうしたら草鞋にこんなバネを仕込めるのか。何をどうしたら着流しの袖にこれほどまでの馬力を出すピストンを仕込めるのか。風に舞う、ひらひらと揺れるこの衣服がどうして、弾丸を防ぎ得る装甲になり得るのか。

 オサフネ・チグサガネ。兄上にやたらと馴れ馴れしい女だと思っていたが、成程、この腕ならば納得だ。

 

「二人とも、一瞬離れて」

「えぇ!?」

「──ッ、リンシュお姉さん、こっち!」

「どわっ? ……って、お姉さんって呼ぶ、な」

 

 シーロンスが聞き分けの良い子で助かった、と思う。

 腕を振り始めたころには、止まらなくなっていた。自分の意思で調節できない振りに恐れおののきながらも、最後の最後まで振り切った、振り抜いた一刀。

 それは地を割り、風を割り──トクステスを両断する。

 

 リンシュが絶句した声が聞こえる中、それ──トクステスの中心にあった黄緑色のシリンダーが見えた。

 

「チャル!」

「うん、見えてる。モード・テルラブ──撃ち抜くよ!」

 

 宣言通り、ブレることなくまっすぐ飛んだオルクスの弾丸が、トクステスの動力炉を貫き、破壊する。

 ……本当に。

 チャルの射撃の腕は、どんどん上がっている。私も頑張らないと、と思いつつ。

 

 なんてじゃじゃ馬。

 この装備一式は、もっと使い慣らさないと……味方まで危険に晒すかもしれない。

 

「おーし! 討伐完了! 最速タイムじゃね、これ!」

「……」

 

 無邪気に喜ぶリンシュとは反対に、冷静な顔でシーロンスが周囲を見渡す。

 そして。

 

「ッ、下です!」

 

 反応できたのは三人。

 私と、チャルと、言葉を発したシーロンスのみ。驚愕に染まっていくリンシュの顔は、けれどさらなる驚愕──その服をシーロンスが掴み、私の方へぶん投げた事で上書きされた。

 飲み込まれるシーロンス。その見た目を私達は知っている。

 

 融合プレデター種ランプリー。

 ああ、終わった事件だというのに。

 どうしてこうも、アレを思い起こさせるモノが現れ続けるのか。

 

「シーロンスッ!!」

「チャル、エタルドを!」

「……」

 

 リンシュが手を伸ばす先で、シーロンスの小さな体がランプリーに飲まれていく。アレの口は巨大な円形のシュレッダーのようになっている。飲み込まれるということは、磨り潰されるに同義。ゆえに迅速にアレを破壊する必要があって、チャルにそれを要請した。

 けれど彼女は、冷静な顔で。

 

「……大丈夫。シーロンスさん、強いよ」

 

 ガコン、めきょ。

 そんな音が響く。何の音かと振り向きなおせば──ランプリーの身体が、ヘンな形に膨らんだり凹んだりしていた。

 シーロンスの姿は見えない。だからもう磨り潰されて飲み込まれた後のはず……なのに、未だ。ランプリーは地上にその身を露出させたまま、メコ、ボコ、なんて音を発して変形し、()()()()()()になっていく。

 

 そして──その身の中心部から、巨大な鉤爪が突き出た。

 両側に向かうソレ。ぐ、ぐ、ぐぐ、と力が込められ──開く。

 

 中からは、()()()()()()()()を持ったシーロンスの姿が。

 

「シーロンス! 大丈夫か!?」

「あ、はい。リンシュこそ大丈夫ですか? 私、加減なしにぶん投げちゃいましたけど」

「ウチは問題ない! ……すまねぇ、油断した。んで助かった! ありがとう!」

 

 回り込んでランプリーの口を見れば、ランプリーの刃はその全てが折り砕かれていた。その中も、破壊の限りが尽くされている。

 ……強い、とかじゃないような。

 

「シーロンスさん、もう大丈夫そう?」

「……はい。周辺にはもういないですね」

「うん。じゃあ帰投しようか」

 

 装備のおかげで、私は爆発的に強くなった。

 ……でも。

 チャルも、新しく入って来たシーロンスも。

 

「やっべぇ新人入って来たな……」

「同意する」

「へっ、お前らにも言ってんだけどな、ウチ」

 

 頑張らなきゃ。これまで以上に。

 兄上に、さらなる修行を頼むことにしよう。

 

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