終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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変わってしまった系一般人と、変わる系一般奇械士

 ──目を開ける。

 眠る、という行為が必要なくなったのはいつからか。

 誘拐された。端的に言えば、私の始まりはそこ。それまでは普通の女の子だった自負がある。

 年の離れた姉が優秀だった。けれど特段比べられる事も無く、私は伸び伸び成長できた。両親、友人、その他周囲の環境にも恵まれ、ゆえに普通の人生を送っていた。

 

「クク──見つけた、見つけたぞ適合者! ああ、素晴らしい、相応しい。"神の素体"──君で、七人目だ」

 

 そこまでは。

 もう、それがいつだったのか、というのは覚えていない。侵食された身体は無駄な記憶を根こそぎ奪い、今も尚もと私を奪おうとしている。

 "対話"があと少し遅かったら。あるいは、私が諦めていたら。

 今の私は、私ではなくなっていたことだろう。

 

「ああ──成功だ。二人目。君に名前を与えよう。そうだな、君は……」

「あ、結構です。自分の名前覚えてるので」

「……そうか。では、君の名は?」

「アスカルティン。──あるいは」

 

 目を開ける。

 目を瞑る。

 もう一度開けて──口を開く。

 目の前には、恐怖に染まったヒトの顔。化け物を見るような、同じ人間に向ける目では決してないソレに、一切の感情を抱かずに──ああ、食べる。

 ただの女の子の頃より飛躍的に上昇した身体能力。腕を振るえば廃墟が崩れ、地を踏めば地割れが起きる。ヒトの身体などあまりに脆く、弱く、私の前に立ちはだかるに相応しくない。けれどその肉は、身体は──ああ、なんと甘美。

 幼い頃に食べていたお菓子のような。ただ走りまわって、お腹を空かせて、カバンに入れた、買ってもらったお菓子を食べる時のような。

 

 至福の、時間。

 

「……結局。人間と機奇械怪が混じっても、求めるのは有機生命か。理解できんな。すぐそこにあるのだろう。お前たちが甘美と感じているものが何なのか、何故理解できないのか──理解できん」

「何の話ですか?」

「俺は奴程お前に期待できない、という話だ」

「そうですか」

 

 拾われた。救われた?

 美味しそうな餌が沢山あった部屋で、けれど閉じ込められていて。

 本当にお腹が空いた時以外は食べない方が都合が良い事を知っていたから出なかった檻。だって、こんなにあるけど、今すぐに全部食べたら()()()()()()()。だから取っておいた。ただそれだけ。

 体の中の機械は食べろ食べろと煩いけれど、食べられなくなる時間がある方が苦痛だと説伏して、"対話"して、"戦って"、掴み得た。

 

 拾われた。拾ったのは、ヒトに見える何か。

 匂いはヒトだ。食指が動く。

 容姿はヒトだ。お腹が鳴る。

 悩んだり考えたり、迷ったり躊躇ったり、そういう所もヒトだ。あの頃よく見ていたヒト。

 けれど食べる事は出来なかった。私は生涯でただの一度もあれ程硬いものを口にした事は無い。

 味もしない。匂いはヒトなのに、味がしない。見た目はヒトなのに、噛み千切れない。

 

 私を拾い上げたのは、ヒトではないナニカ。

 機奇械怪なら味がする。種類ごとに違う味と匂いがする。

 彼は、そのどれでもないナニカだった。

 

「お、今日も良く食べてんねぇ、シーロンス。そんなに美味いか?」

「はい。とても」

「んじゃウチもちょっとつまみ食い……いや、しねぇ、しねぇって。だから殺気出すのやめろよ」

「食べ物の怨みは恐ろしいのです」

「……あぁ、そうだな。よく言われたよ。ウチが上げたお菓子だってのに、ちょっとくれって言ったらやだ! って……って、あ、すまん忘れてくれ。変なコト言った」

 

 実験内容が変わっただけ。

 私を攫ったあの人から、私を拾ったあのナニカに。

 そしてその内容は、なんと。

 別人のフリをして、姉さんと共に戦え、なんてものだった。やはりヒトではない。ヒトの心が無い。

 私が攫われてからというもの、姉さんは血眼になって私を探してくれていたらしい。時折非合法な手段を使って、あるいは人攫いの組織に用心棒として入り込んでまで。

 

 探してくれている。

 それは嬉しい。けれど私はもうヒトではないので、帰れない。

 今の環境に無ければ。オールドフェイスなる美味しいコインの支給が無ければ。

 もし、もしも、全てを打ち明けてメクロヘリの家に帰ったら。

 

 ──容易だ。想像は。

 一夜の内に惨殺事件が起きるだろう。死体の一片も残らないような凄惨な事件だ。犯人はわからないままに、メクロヘリの家は滅亡する。

 私の前にヒトを用意するとは、そういうこと。だから帰れない。

 それに、私は今を気に入っているので。三食つまみ食い付きの生活なんて、そうそう手に入れられるものじゃない。侵食が進んで眠らずとも良くなった。飲まずともよくなった。戦っている間が楽しい。食べている間が楽しい。

 

「アスカルティン。お前にとって、この世界は何に見える?」

「何、ですか?」

「ああ。なんでもいいぞ。何に例えてくれたって良い。それがお前の"価値"になる」

「……スープ、かな」

「ほう?」

「色んな具材が泳いでて、場所によって、ヒトによって、食べる時間によって、味が変わるから。同じヒトなのに、なんでか、違う味がして、面白いんです」

「──良い。やはり()は"価値"に恵まれている。精々証明し続けろ。あるいはその最期、俺が使ってやるやもしれん」

「?」

 

 拾ってくれたナニカ。

 ()()()()()()()。存外この島には、この世界には、ヒトじゃないものも多いらしい。

 ソレは、拾ってくれたナニカよりも──食指の動かない、私が初めて、生きているのに食べたくないと思ったモノ。拾ってくれた何かと同じ格好をした、紛い物。

 

 ──そして、最後に。

 

「シーロンスさん、おはよー!」

「シーロンス、おはよう」

「おはようございます」

「今日もその服なの? 替えとかないの?」

「ありますよ。同じのが五十着は」

「ごじゅっ……はぁ、ダムシュの人ってなんでこう……」

「ね、シーロンスさん。今度の休日重なるじゃん? 一緒に遊びに行かない?」

「すみません、もう予定があって」

「そっかー。じゃあまた今度ね!」

 

 ()()()()()()()()()()

 あれ程の芳香は今まで感じた事が無い。オールドフェイスで腹を満たしていなければ、その場で襲い掛かり、食い散らかしてしまいそうなほどに。久しぶりに出会った姉さんよりも、時折私を悲しい目で見ている二人の奇械士よりも、いや、他の何よりも、オールドフェイスよりも!

 この、二人は。

 美味しそうなのだ。あまりにも。恐ろしいくらい。自分が、制御できなくなるくらい。

 

「あれ、シーロンス? そっち外縁だぜ? 今日非番だろーって……」

 

 攫われた。拾われた。対話した。戦っている。

 そんな、普通だった女の子は、今日。

 

 ようやく、初めて、軛を外すのです。

 

 

+ * +

 

 

 皇都フレメア跡地。

 想定されていた戦闘時間の半分以上を余らせて大型(ヒュージ)を討伐した私達は、再度そこに来ていた。

 前回探索時は時間が足りなかった事と、二人がいたことで深くまで探せなかったから、今度こそ、と。

 

「チャル、ちょっとこっちに」

「何か見つけた?」

「ええ……隠し階段を」

 

 そしてそれは、すぐに見つかる。

 兄上から譲り受けた"当時のフレメアの地図"を元にリチュオリア本館を探していた時のことだ。瓦礫を退かして、風の通り道を探していた時の事。

 コツン、と足に当たったそれは──木片。何らかの液体による特殊な加工がされているのか、166年も経っているというのに朽ちる気配のないそれには、謎めいた文章が残されていた。

 

 ──"夢妄の涯て、苦壊を斬り裂く境界の刀"

 ──"テルミヌスの名を刻み、ここに眠らせる"

 

「これ、どういう意味だと思う?」

「素直に受け取るなら、この階段の下にテルミヌスっていう刀が眠ってる……ってことかなぁ」

「名前の響きがオルクスに似ている。もしかして」

「うん。可能性はあると思うよ」

 

 瓦礫や土砂をなんとか除去して、階段を下っていく。

 暗く、長い階段だ。少しばかりの寒ささえ覚える程の地下。燭台の一つもない、当時はどうやって灯りを取っていたのかわからない作りのそこを下っていくと。

 

「……扉」

「うん。でも、鍵穴もドアノブもない。押すのかな?」

 

 チャルがぐぐっと扉を押す。しかし、何にもならない。まぁ彼女の筋力じゃどうしようもないだろう。

 代わって私が押す。けれど動く気配が無い。ならば、と草鞋を扉に当て──思い切り蹴る。

 

 それでも、動かない。

 

「ナニコレ……」

「モード・テルラブ!」

 

 チャルがオルクスによる連弾を入れる。

 ──それでも扉には、一切の傷がつかない。ただの鉄じゃない。けど、機奇械怪の装甲より硬い扉って何。

 

「斬る」

「うん、お願い」

 

 最近は効率ばかりを気にして、ほとんど使っていなかった機構。音もなく、けれどゆらりと赤熱していく刀。

 それを、ゆっくりと押し当てる。

 ……入る。これなら、いける。

 

「チャル、少し下がって」

「うん」

 

 そう指示を出しながら、自分も下がる。

 階段を上るくらいにまで下がって──刀を鞘に納めて。

 脳内で、視覚内で、イメージを作り出す。それは人。四肢の切り落とされた、もう抵抗のできない人。

 胴体に首だけが残された罪人を扉に重ねる。

 

 アレキ・リチュオリア。その名は断罪者を意味する。

 なれば、その刀に。

 

「──断てぬ首、無し!」

 

 階段を蹴り、草鞋に仕込まれたバネによって爆発的な推進力を得た体は、前方下方へ爆進する。秒だ。一秒。いや、それさえもかかっていない。蹴ったその瞬間には目の前に扉があって。

 違えることはない。

 何故ならもう、刀は振り切っている。

 

 だから──扉はもう、斬れている。

 

「……ふぅ」

「アレキ……凄い」

「惚れた?」

「うーん、その言葉が無ければ」

「それは失敗」

 

 斬った扉の上半分は、体当たりで弾いたが。

 ……痛みが一切ない。本当にどういう技術なのか、この布に装甲を仕込むという技術は。

 

「あ」

「チャル?」

「あれ……アレが、そう、じゃない?」

 

 真っ暗だ。

 けれど、奥の奥。そこに、刀が一本あった。

 

 碧に揺らめく刀。意匠やその質感が、成程、確かにオルクスに似ている。

 

「……チャル」

「うん。気付いてる」

 

 だけど。

 だけど、それを持っている者がいた。

 ……リチュオリアの文献で見たことがある。あるいはライブラリで、一度だけ。

 

「特異ハンター種ハガミ。……なんでこんな所に」

 

 人型の機奇械怪は珍しい。フリス君ではないキューピッドが呼び出した劣化キューピッド然り、アモル然り、私達は人型の機奇械怪に遭遇している方だけど、普通はいない。学説によれば、「人型を取るのは効率が悪いから」だそうだ。

 確かに機動力に欠け、節という名の弱点を多く持つ人間の形は、機奇械怪が取るには効率が悪いのかもしれない。だからこそ、特に激しく動くハンター種にはヒトガタのものがいないように思う。

 

 けれど、目の前の機奇械怪は違う。

 これが出現したのは遥か昔。空歴2362年。つまり、九つの国を残し、地上が滅亡したその年。

 そして──。

 

「皇都フレメアを滅ぼした、直接の原因とされる機奇械怪」

「……そう、なんだ」

「ええ。ライブラリにそう記載されていた。ホワイトダナップが飛び立った後、皇都フレメアはたった一体の機奇械怪に滅ぼされた、とね。でもその記録では、ハガミも壊れたはずなの。壊滅に追いやられたものの、辛くも勝利を掴み取った、と」

 

 それが、リチュオリア本館の地下にいる。

 動かず。それはつまり。

 

「……倒せなくて、封印した」

「私も同じ考えかな。ケルビマさん、言ってたもんね。原初の五機も封印されてた、って。私達は知らないけど、倒せない程強い機奇械怪は封印する方法があるんだと思う。そしてコレも」

「ええ。……問題は、あの刀を取った時、コイツが動き出すのかどうか」

「刀だけ奪って全力ダッシュする?」

「そうね。どの道この暗い地下で戦うのは不利が過ぎるし。外にまでおびき出すのは良い考え、」

 

 だと思う、までは言えなかった。

 後ろから声がしたから。

 

「全然良い考えじゃないです。それ、ここから解き放ったら、今ある地上の国を滅ぼしに行きますよ」

 

 聞き覚えのある声。

 けれど、ここにいるはずのない声。

 

 振り返れば。

 

「はろー、こんにちは。こんばんは? グッドイブニングです、チャルさん、アレキさん」

 

 何故か──底冷えする気配を纏った、シーロンスがいた。

 

 

 

 

「……」

「おや、警戒されてます。何故でしょう。私、今助言したんですけど」

「ええ、忠告は感謝する。そうね、目の前の敵だけを狙う機奇械怪ばかりじゃない。他の国へ行く可能性があった。それを完全に失念していた。──なら、ここで倒すべき。それはわかった」

「わかったのならオッケーです。でも、おかしいですね。アレキ、チャル。──何故、その武器を私に向けているのでしょうか。私、仲間ですよ」

 

 そのはずだ。わかっている。

 だのに、身体は──背後のハガミよりも、強く強く警戒している。切れた扉の縁に立つシーロンスが、何故か、何故か。

 戦う術を持たぬ頃に見た機奇械怪を思い起こさせる──恐怖が。

 

「ま、いいです。早くしないとリンシュが追い付いてしまうので、とっとと済ませましょう」

「済ませる……って、何を?」

「え? いやだから、ソレを倒すんですよ。戸の封印が解かれた今、いつ動き出すかわかりませんし。あの刀は機奇械怪が使ってもあんまり意味がないので」

「テルミヌスについて知ってるの?」

「はい。まぁ、付け焼き刃というか、人伝てというか。知ってる人に教えてもらった程度ですが」

 

 鉤爪をガリガリ床に擦らせて、シーロンスが近付いてくる。

 警戒。警戒。

 ……解くべきだ。解いて、ハガミに向き合うべきだ。

 

「──ご安心ください。さっき気付かれてお腹に直接叩きこまれたので、今お腹空いてません」

「それは、どういう……」

「じゃあ、これ。はい」

 

 一瞬のことだった。すたすたと歩いて私達の横を通り過ぎたシーロンスが、微動だにしないハガミからテルミヌスを奪い、私の方へ投げる。

 咄嗟のことだ。何とかキャッチ出来たけど、抜身の刀を投げるのは頭がおかしいと言ってあげなくちゃいけない。

 

 ──ハガミの目に()()()()()

 

「ッ、シーロンスさん!」

「敵対視して、警戒しつつも心配してくれるんですね。成程成程、私もかなりヘンな自覚がありますが、チャルさんが目を付けられる理由がわかるというか」

「よくわからないこと言ってないで、下がって!」

 

 刀だった。

 気付いた時には、抜かれていて。いや、創り出されていて。

 それがシーロンスの頭頂を捉えている。彼女が自身の鉤爪でそれを防いでいなければ、今頃彼女は真っ二つだっただろう。

 

「あー……アレキさん、コイツ、特異ハンター種でしたよね。ライブラリ掲載時は」

「ええ、そうだけど……」

「サイキック種になってます。特異サイキック種。今から私ぶっ飛ばされるので、カバーお願いしま」

 

 言葉が最後まで紡がれること無く──シーロンスが吹き飛ばされる。私とチャルの間を通り、残された半分の扉の方へ。

 そして、直撃した。

 

「シーロンスさん!」

「チャル、あなたは一旦彼女の介護! 私はコイツを止める!」

「わかった!」

「いえ、いえ。チャルさんも戦いに集中してください。じゃないと死んじゃいますよ、アレキさん」

 

 直撃時、物凄い音がした。

 金属と金属のぶつかり合うような音。だからこそ重傷と見たけれど、シーロンスは特に何でもなかった、というような声色で、そう声を出す。

 

「貴女方が相手にしてきた機奇械怪と同じに思わないでください。あの小ささで大型機奇械怪よりも強いので」

「え……シーロンス、さん?」

「はい? はい。シーロンスです。何か?」

 

 拳。刀を奪われたからだろう、テルミヌスを持つ方の手を執拗に狙ってくるその攻撃は、一撃一撃が凄まじく重い。

 装甲入りの服に掠っただけで、中の肌が切れる程に。重く、速く、鋭い。

 

 幸いなのは、テルミヌスが一切折れる気配を見せない事だろう。

 いつも使っている刀であればただの一撃で折れてしまっていたかもしれない威力は、私の手に痺れを残すばかりで、テルミヌス自体にはゆがみの一切を発生させない。硬い刀だ。

 

「蹴り!」

「ッ」

 

 声を聞いてバックステップ。

 瞬間、鼻先三寸を豪速の蹴りが突き上げる。アレをマトモに食らっていたら、内臓が破裂していたかもしれない。

 

 ──そして、私の視界に。

 この暗い部屋で尚煌めく、絹のような白銀の髪が入り込む。

 長い髪。それは両腕に鉤爪を持ち、荒々しい動作でハガミの攻撃を弾いていく。一瞬こちらを振り向くは──赤い瞳。血の滴るような、紅の瞳。

 

「呆けてないで、手伝ってください! こいつ、私の手にも余るので! チャルさんもです!」

「あ、は、はい!」

「え、ええ……」

 

 その声は、シーロンスのものじゃない。

 否、そんなことよりその顔は。その容姿は。

 

 ガタン、と音がした。

 

「アス、カルティン……?」

「ッ! 腰抜かす暇があったら、姉さんも手伝って! この、無駄に強いのを……!」

 

 また、階段の方から。

 今度は気の抜けた声で。

 

「はいはい感動の空気とかいーから! 姉さん久しぶりですね! わけあって顔変えて声変えて潜入してました! ワケは後で話すので、いつものアッパー姉さんに戻ってください! 私もそろそろ──抑えが利かないので!」

「モード・テルラブ。シーロンスさん、援護します!」

「流石切り替えが早い! 好き!」

「──は?」

「おっと殺気。この場合の好きは恋愛感情の好きでなく、あー、まぁ、好物としての……あ、いえ、なんでもなく」

 

 立て続けに起こる色んなことに抜けかけていた力が引き戻される。

 好き? 今、私の前で、チャルに告白した?

 

 は?

 

「あは」

 

 戦いに参戦しながら問い詰めようとした、その瞬間。

 シーロンスの雰囲気がガラりと変わる。抑えが利かない。ああ、そういえば彼女は、戦いの時。

 

「アハハハハ──いいね、いいよ、ずるいずるい! 何の供給も無しで166年! 動けるはずないもんね、知ってる、知ってる! なったから知ってる──渡したから知ってる!」

「──!」

「だから、ズルいから。──頂戴、あなたの動力炉」

 

 鉤爪が──ハガミに突き刺さる。

 違う。あれはただの飾りだ。本当にあの機奇械怪を貫いたのは、鉤爪の方じゃない。

 

「つかまーえた!」

「馬鹿、捕まったのはあなたの方!」

「へ?」

 

 間に合わない。

 さっきと同じ、蹴り上げ。それは、ハガミの胸に腕を突き入れたシーロンスの身体に、何の抵抗もなく突き刺さる。未だ呆けているリンシュも、距離的に遠いチャルも、そして私も間に合わない。

 間に合わず──彼女が再度、吹き飛ばされる。

 今度こそ多量の血液を飛び散らせながら。

 

「ッ、モード・エタルド!」

 

 対機奇械怪における最終兵器。

 オルクスの一撃──けれどそれは、突如展開された斥力によって弾かれる。覚えがある。これは、キューピッドも使っていた、念動力。

 エタルドの弾丸も、チャル自身も。弾かれ、吹き飛ばされた。モード・エタルドを確実に当てるために近づいていたからだ。

 ギリギリのところで彼女を受け止める。

 

「チャル。チャル?」

「……ごめん。大丈夫、だけど、体力、不足……」

 

 衰弱したチャル。

 また、《茨》による供給を、とも考えたけど……今はそれじゃない。

 選ぶべきはそれじゃない。

 私がやるべきは。

 

「良かった」

「──」

「あなたが、人型で」

 

 

 "変える"。

 

 視界が灰色に染まっていく。色という情報を脳が捨て去る。次に音が消える。シーロンスの……アスカルティンの名を叫ぶリンシュの声が。チャルの浅い息が、遠くになっていく。

 最後に、感覚が消える。空気が肌を固める感覚。地が足を押し上げる感覚。身体の重み、痛み、疲労。

 残すのはただ、刀を持つ手の感覚だけ。

 心臓の鼓動さえも情報から捨て去って──灰色の世界で、首を見る。

 

「一つ目」

 

 口が動く。動いたことに気付いたのは、斬ったあとだ。喉が震えた。その事実を確認したのは、敵の腕が落ちたあと。

 

「二つ」

 

 時が止まった世界。効率だ。無駄を捨てた動き。無駄な情報は要らない。必要なのはただ、この腕が、この刀が。

 

「三つ、四つ」

 

 敵の四肢を切り落とした──その事実だけ。

 

 不可視の力場。

 関係ない。元より色も無い、音もない。感覚さえない世界に、不可視であることは何ら影響を与えない。

 ゆえにそれは、風を切る事に等しい。

 

 

「五つ目──即ち、首断ち」

 

 

 後悔を。

 人を模さば、リチュオリアの刀が光る。進化の道を違えたあなたに、永久の眠りを。

 

「……」

 

 

 "変わる"。

 瞬間、大きく大きく息を吸いこんで、吐いた。

 

「っは……っふぅぅ……」

 

 いや、いや。

 ……なんだろう。あの。その。

 いや。あの。

 

「ヒュー……かっけぇじゃん、アレキ」

「忘れて」

「ふふ……かっこいい時の、アレキは、かっこいいんだよ……」

「チャルも忘れて。気絶してて」

 

 兄上の言葉から体得した、自己暗示の技術。

 効率だ。効率。効率効率効率。

 求めるのはただそれだけ。無駄を排す。無駄をなくす。無駄を削ぐ。

 私は兄上のようにできない。だけど、しなければならない。ならば色々なものを捨てて身軽にならなければいけない。

 

 ゆえに、効率だけを求めた戦闘スタイルを開発した。

 ……問題は、兄上へのイメージが強すぎて、「私の考えた最強の兄上」みたいな口調になってしまうこと。その間は思考さえも。

 

 それが……恥ずかしい。

 自分じゃ変えられないので、恥ずかしい。

 

「って、そんなことよりシーロンス! 大丈夫なの?」

「全然、大丈夫じゃない……お腹空いた……」

「はぁ?」

 

 満身創痍なチャルを抱えあげて、リンシュとシーロンスのいるところに向かえば。

 

「姉さん、お願いがあります……」

「……なんだ」

「この、動力炉……私の、口に」

「なんで、そんなこと」

 

 思い出す。

 ランプリーが彼女を飲み込んだ時のことだ。シーロンスはランプリーの中で暴れに暴れて、そして動力炉を掴んで出てきた。

 その時、その動力炉は空になっていた。中にあっただろう動力源も、動力液も何もかも消えていたのだ。

 

「お願いします、姉さん……」

「……」

「リンシュ」

「ああもう、わかった、わかったよ! けどホントに大丈夫か? 機奇械怪の動力液は、人体には有害なんだぜ?」

「はやくして……でないと、抑え、が」

 

 抑え。

 さっきも言っていた。

 

「口移しでも、いいですよ……」

「はぁ!? ばっ、しねーよそんなこと! ああわかった、ほら飲め飲め!」

 

 リンシュが、シーロンスの口に動力炉を近づける。

 彼女はそれに、がぶりと噛みついて──あろうことか、動力炉の容器までもをバリバリボリボリと食べ始めたではないか。

 そんなことをすれば、喉が裂けるどころじゃ済まされない。

 はず、なのに。

 

 シーロンスは、それはもう美味しそうに動力炉を食べる。腕が動かないのか、口だけで器用に角度を変えて、バリボリと食べ尽くしていく。

 

 そして。

 

「っぷはぁ……ん、んぅ!」

 

 ガチャガチャと鳴るのは──彼女の腕。いや、全身。

 それは決して人体の出す音じゃない。それは決して、骨や肉が出していい音じゃない。

 

 聞き覚えはある。

 あり過ぎる。

 

 ──それは、機奇械怪が組み上がる時に鳴らす音だ。

 

「お、おお、おおおお……」

「アスカルティン、どうし」

「おおおお!!」

 

 跳躍。

 今の今まで四肢を動かすことも無理そうだった彼女が、跳躍し、くるくると空中で回って──さらには、私が首を断ったハガミのもとまで一気に辿り着いた。

 

「いただきます!」

 

 そして齧りつくのだ。

 まるで小分けにされたことを喜ぶかのように、ハガミの手足を、胴体を、そして首を。

 

 機奇械怪を、食していく。

 

 その姿は、紛う方なき──。

 

「ああ……アスカルティンだ。ははっ、なんだかなぁ。食いしん坊なのは昔から変わってないというか、病弱で胃が弱いもんだからすぐ体調崩す癖に、バクバクバクバク食べて……」

「あなたの、妹……」

「おう。探してた妹だ。さっきの話がホントなら、コイツはウチが探し回ってるって知っておきながら素知らぬ顔でリンシュお姉さん、とか呼んできてたワケだ。あーあ、嬉しいのやら怒れるのやら」

「……じゃ、もうどこかへ行かないように、ちゃんと見張ってなさい」

「アレキに言われるまでもないってーの」

 

 化け物、なんかじゃない。

 彼女はちゃんと姉をしているし、シーロンス……アスカルティンはちゃんと妹をしているらしい。

 

「チャル。聞こえる?」

「うん……」

「リンシュとアスカルティンが戻って来る前に、体力を分け与えるから……」

「……ごめんね」

「いい。今回はたまたま相性が悪かっただけだし」

 

 両腕にある"種"を、チャルの右手首にある"華"に合わせる。

 兄上に聞いたのだ。《茨》を出さずに体力を譲渡する方法はないのか、と。その時は無いと言っていたが、後日になってこの方法を教えてくれた。苦い顔をして。

 もしかしたら、何か副作用があるのかもしれない。けれど有用だった。だから。

 

「ん……」

「……ん」

 

 譲渡する。

 体力、なんていう目に見えないものを、チャルに。

 自分の中から微量の何かが抜けていく感覚はある。一日中有酸素運動をしたときと同じくらいの疲れはある。

 でも、それだけだ。

 それだけで……チャルの顔色が良くなる。

 

「ありがとう、アレキ。もう大丈夫だよ」

「そう? もっと吸ってもいいのだけど」

「これ以上吸ったらアレキが倒れちゃうよ。だから大丈夫」

「え?」

 

 ……いや、聞かなかった事にしよう。

 先日兄上が呟いていた「なんだこの体力馬鹿は。いつの間に……」という言葉も聞かなかったことにしたのだ。聞かない方が良い事なんて、この世にはたくさんある。

 

「シーロンスさん」

「え? ああ、ええ」

「守ろうね。多分、良い子だから」

「……ええ」

 

 大方のアタリはついてしまっている。

 彼女が何者なのか。

 だからこそ、擁護の声は必要だろう。

 

「それと、ソレも、帰ったらケルビマさんに聞こう。どういう機能があるのか、とかさ」

 

 テルミヌス。

 そうだ、オルクスに複数のモードがあるのなら、これにも。

 

 とにかく。

 これで一件落着、だろうか。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「悲しいなぁ。悲しいなぁ。僕結構頑張って書いたんだけどなぁ」

「俺は今少しばかり嬉しいぞ。アレキの成長が伺えた。アスカルティンによってメインの動力炉が引き抜かれていたとはいえ、サブと非常用は健在だった。そのハガミをああも簡単に屠るとは……。うむ、うむ。努力型らしく、少しは英雄らしさを身につけて来たと言えるだろう」

「悲しいなぁ。帰っちゃうのかなぁ。僕が書いた禁書、見つけてくれないのかなぁ」

「はっはっは、なんだろうな、フリス。お前の目論見がうまく行かないと、こうも楽しいものだったか。いや、いや。お前の著書は後日俺が見つけて来た事にして、アレキ達に開示してやる。それでよかろう」

「……悲しいなぁ」

「それよりも、アスカルティンだ。食欲に負けて二人を食おうとするなど……オールドフェイスを動力炉に転移させていなければどうなっていたことか」

「効率化を欠片も図ってない動力炉だからねぇ。燃費の悪さは随一だよ。一応生身が残っているせいで自己改造もできていないみたいだし。オールドフェイスを三枚じゃ足りないよ、アレ」

「……そうか。ならばもう少し増やしておくか。それで、フリス」

「うん?」

「テルミヌス。アレは念動力を切り裂く能力以外、他に何か付与していないのか?」

「してないよ。だからさっきのアレキのは、アレキ本人の力だねぇ」

「いや、そこは聞いていない。お前より俺の方がわかる。そうではなく、テルミヌスは念動力を切り裂けるだけ、なのだな?」

「……そうだよ。なに、もっと機能欲しいのかい? オルクスだって段階的に機能を付与したんだ、テルミヌスが最初から最強じゃつまらないだろ?」

「そういう話をしているのではない。……これからアレキ達は、俺にテルミヌスについて聞いてくる。その時『それ以上はない』と答えるべきか、『お前がそれを使いこなせるようになったら話す』と答えるべきかを悩んでいる」

「ああ、それなら後者がいい。いずれなんらかの能力をつけるつもりではあるからね」

「そうか」

 

 一言。

 ケルビマは呟いて──その場から姿を消す。転移だ。

 

 そして、残された金属球は。

 

「……青春ラブコメアクションストーリーに、まさか登場人物が二人だけ、なんてのはつまらないからね。追加で一人ってことさ──アスカルティンの破棄は無しだよ、ケルビマ」

 

 そんなことを。

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