終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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二択を迫られる系一般上位者

 大きく揺れた。

 震源は下層。だが、中空にあるこの機奇械怪に地震などの余波が来るはずもない。

 ゆえにこれは。

 

「──脱出だ脱出! 機奇械怪が墜ちるぞ!」

 

 上層から聞こえるはケニッヒの大声。上を見上げれば、丁度吹き抜けになっているらしい現地点の直上に、彼とアリアがいた。

 

「ですが、まだ兄上が!」

「俺もアリアもぶっ壊しまくってるが、手応えがほとんどなかった! 多分下で決定打をやってくれたのがケルビマ殿だ! つまりあの人も墜ちる事は理解している! なら逃げる手段も考えてるはずだ!」

「ッ、わかりました! お二人もお気をつけて!」」

「ああ、死ぬなよ!」

 

 アレキは横にいるアスカルティンを見て、頷く。

 アスカルティンはケニッヒの声が聞こえた瞬間に急いで生成したマスクをいい感じにして、頷き返す。

 脱出だ。

 

「アレキさん、あっちです。風の匂いがします!」

「流石!」

 

 それは機奇械怪というより獣の特性なのでは? などと思いつつも、ありがたい言葉に従ってアレキは走り出す。

 一瞬。一瞬だけ背後を振り返り、踏み出す足に躊躇を見せたアスカルティンだったが、首を小さく横に振って、彼女を追いかける。

 動力炉にある有機生命。それはまだ、仄かな熱を。

 

 脱出、脱出、脱出。

 そうして、身体能力に秀でた二人は、大型機奇械怪ギンガモールから無事脱出した。

 アスカルティンが個人用飛空艇を食べてしまっていたこと、アレキの個人用飛空艇では当然二人は運べそうになかった事を加味し、未だ外を泳いでいてくれたタトルズを足場にホワイトダナップへ帰還。ホワイトダナップ側の被害もそれなりだったらしく、南西側の区域、特に南部区画の建物の幾つかが崩れてしまっていた。

 

「っと」

「……ん。二人とも無事みたいね」

 

 そこにケニッヒとアリアが跳んでくる。

 ──恐らく、タトルズを蹴らずに一息で跳躍してきたのだろうことが窺える着地に、アレキもアスカルティンも若干引いた。

 

「リンシュは?」

「……戦死しました」

「そうか」

 

 会話はそれだけ。

 淡々としているわけではない。ケニッヒはただ取り乱さないだけだ。その胸中でどんな嵐が吹き荒れようとも。

 

「……とんだ、催し物もあったものだ」

 

 と、更にドスン、と音を立てて──ケルビマが来た。

 音を立てず、気配を断って行動することの多い兄には珍しい帰還方法。それを訝しんでアレキが彼に近づくと。

 

「あ──兄、上?」

「む? ……あぁ、アレキか。ふん、やはり比べ物にならんな」

「どうされたのですか。その──腕は」

 

 無かった。

 着流しの袖。その片方。刀を携えた側の腕が、肩口から。ホワイトダナップ外縁の風でひらひらと揺れる袖が、ただ、虚しく。

 

「失くしただけだ。あとで科学班の連中に義手でも作らせればいい」

「だけ、って……」

「それより、リンシュ・メクロヘリは……死んだか」

「はい。死にました、ケルビマさん」

 

 絡み合う視線は一瞬。

 ケルビマとアスカルティン。それだけで、アスカルティンは「理解されたこと」を理解する。

 

「見ろ……機奇械怪が崩壊し、墜ちていく。念動力の海も、無数のタトルズも」

「あー、感傷に浸ってるトコ悪いが、ホワイトダナップに上陸したタトルズがまだ結構残ってるらしいんだわ。その討伐に行くぞ、お前たち。連戦で疲れてるだろうが──」

「いえ、疲労はありません。行けます」

「私も大丈夫です!」

「……体力馬鹿()人は助かるな。というわけで、ケルビマ殿。ご協力感謝する。すぐに救護班を手配するが、」

「構わん。俺には俺の伝手がある。お前たちはお前たちの仕事をしろ、奇械士」

「……わかった。それじゃ行くぞ!」

 

 返事をしていないのに体力馬鹿に含まれたことにアリアがムッとした顔を見せていたが、ケニッヒは素知らぬ顔。

 彼はケルビマにもう一度目礼をして、その場を立ち去って行った。

 

 残されたケルビマは。

 

「……そういえば、奇械士最強、というのは……どこへ行ったのだ?」

 

 影の薄い、忘れられたある人について首を傾げながら、転移により消える。

 向かう先は──エクセンクリンのもと。

 

 

 

+ * +

 

 

 

 崩落していくギンガモール内部を歩いていた時のことだ。

 人間の作った傑作機奇械怪。僕には思いつかないような悪辣なトラップもそうだけど、何よりデザインが素晴らしい。なんていうのかな、ちゃんと悪役の城っぽくて、ちゃんと機械機械してて……。蒸気噴き出る機械の宮殿を思い浮かべろ、って言われた時に、朧気ながらも思い浮かべられる空想の宮殿。

 その具現。

 

「これは親切心から言う言葉だけどね」

 

 どこまでもどこまでも走る配管。ケーブル。足場になっていつつも、しっかりと効率を考えた配置で組まれたアートのような設計。設計図を見せてもらった時は本当に驚いたものだ。というか彼、しっかり設計図を頭の中で書き起こしてから、またそれを図面に起こして、そこから機奇械怪を作っていた。

 普通の奇械士なら動力炉の位置を覚える止まりなのに、彼は機奇械怪の構造や何故それがそこにあるのか、なければならないのか、までを理解し、自作できる域にまで至っているのだ。

 

 最初は僕に反抗的だった彼も、その牙は秘めつつ、好き放題研究・開発できる環境に狂喜乱舞していた。人助けっていいよね。

 

「早く逃げた方が良い。彼は自分の作った制作物に自爆機構を組み込むのが好きなんだ。サンドリヨン然り、あの子然り、ね」

 

 驚いたと言えば、その子もそうだ。

 その子の生い立ちは知っていた。だって僕が捕まえて来たから。脳も覗いたから、彼女が知っている事は僕も知っている。

 ……そのはずだった。

 彼、ミケルが少女に洗脳を施してケルビマのもとに向かわせたのも束の間、あの部屋に入った途端彼女は洗脳を振り払い、さらには自己改造も始めた。組み込まれた自爆機構。その改良。自らにあるリソースの全てをそこへ費やし、そして。

 

「残念ながら、僕を斬っても意味が無いからね」

 

 だから、ケルビマを傷つけたのはミケルの功績ではない。あの少女の功績だ。

 今回の実験においては、ミケルは上位者に牙を立てられなかった。代わりに彼が攫ってきた少女が、自らの命と引き換えに上位者の片腕を奪う偉業を成し遂げた。

 僕が機奇械怪を創り上げてから344年。たったそれだけの歴史の中で、多くの英雄が生まれ、死に、多くの機奇械怪(化け物)が生まれ、死に。

 けれど一太刀とて傷つける事の出来なかった上位者に──ほんの一瞬だけで辿り着く。

 その第一踏が、無理矢理に機奇械怪と融合させられた人間。

 

 なら、やっぱり。

 

「話を聞かない人だなぁ。今の僕は鉄くずの集合体でしかないんだから、斬っても意味ないんだよ。ほら、早く逃げなよ。今機嫌いいからさ」

 

 今、一番「可能性」に近いのは、アスカルティンだろう。彼女はもう「味」を知っている。気付くのも時間の問題だ。

 

 お話の駒は揃いつつある。

 特異な武器を持つだけの、ただの少女。

 努力によりどこまでも登り詰める、戦士である少女。

 恐ろしき精神性と機奇械怪の身体を持つ、捕食者である少女。

 

 ──あと、一人くらいかな。

 

「逃げないのかい?」

「この大きいのを消さないと。いずれまたこれを食べた他の機奇械怪が、人類に脅威を齎すかもしれないからね」

「あ、君喋れたんだ」

「え? ボクはずっと喋っていたけど……」

「……君、声が小さいとか、影が薄いとかって言われたこと無いかい?」

「生まれてからずーっと。むしろボクの攻撃に気付いたのは、あなたが初めてかな」

 

 断たれた頭部パーツを拾い上げて──ようやく眼中に収めるは、ニコニコした優し気な青年。

 とても強そうに見えない、強者の雰囲気を纏っていない彼……彼? だけど、それが擬態であることは簡単にわかる。

 だって今の僕の鉄くずの身体、ただの寄せ集めといってもケルビマの攻撃に耐え得るくらいの強度にはしてあるし。

 

「墜落するこの機奇械怪を消す? 参考までに聞きたいな。どうやってだい?」

「なんでそんなことを敵に教えないといけないのかな」

「敵だなんて、酷いなぁ。僕は今、こんなにも君の安全を願っているというのに」

「ふふ、冗談は休み休み言おうね。でないと疲れてしまうよ」

 

 ()()()()()()

 当代最強。ホワイトダナップの奇械士で、両親よりも上に位置する存在。

 戦闘記録なし。映像なし。ただ、誰もが最強だと称えるその存在の、妙技。

 

「まぁでも、見るだけなら良いよ。それを解析できるかどうかはあなた次第だからね」

「うん。特等席で見させてもらおう」

 

 最強──アルバートは、剣を振るう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

「安心すると良い、酷くつまらなそうな顔をした神よ」

 

 もう、一振り。

 

「──この世界には、あなたが思っているより、あなたの知らない事が沢山ある」

 

 消える。

 もう半分が。だから──全部が。

 

 瓦礫すら残らない。ゆえに重力に引っ張られ、落ちていく僕達に。

 

「まだまだ楽しんでいってくれ、空の神フレイメアリス」

 

 僕に、剣が。

 

 

 

* + *

 

 

 

「いや、いや! うんうん、上々!」

「……何が上々だ。くだらん茶番に巻き込んで……」

「テンション高いねぇフリス。何か良い事でもあったのかい? 対してケルビマは、本当にいつもカリカリしているね。将来ハゲるよ? はいこれお茶菓子」

「上位者がストレスでハゲるなら、まず真っ先にお前がハゲているだろう」

「あはは、エクセンクリン、ストレス凄そうだもんね」

「誰のせいかな誰の!?」

 

 転移でしか来られない会議室。

 そこに三つはいた。

 

「良い事だらけさ。"英雄価値"の目白押し。チャルを奇械士にしてからというもの、驚きや初体験の連続で僕は嬉しいよ」

「君がチャル・ランパーロを奇械士にしてからというもの、ひっきりなしに私に仕事が入って増えて増えて行く事に何か関係性がありそうだね」

「あはは、それは君の仕事が遅いからだよ、エクセンクリン」

「よし、じゃあ今日から君にも私の仕事を分けてあげようか」

「おいおい、僕の学力を舐めないでほしいな。実はあの学校でさえ卒業できるか怪しかったんだよ?」

「君はもっと興味ない事への関心を上げるべきだね、フリス」

 

 談笑だった。

 あんなことがあった後だというのに──三つはいつも通りで。

 

「で、ケルビマ。言いたいことがあったら言うと良いよ。秘しておくのは無理だろう、君」

「……確かにそうだな。謝罪を入れておこう、エクセンクリン」

「何がだい?」

「単刀直入に聞く。フリス。お前はフレイメアリスか?」

「違うよ」

「質問を変える。お前は俺達上位者と同質の存在ではないな?」

「そうだね」

「フリス。最──後ではない、質問だ。お前は俺達の大本と違うところから来た。そうだな?」

 

 何故か、何故か。

 ケルビマはギリギリのところで、「最後の質問だ」というのを憚った。それが悪手である気がしたからだ。

 

「正解だ。じゃあ逆に質問しよう、ケルビマ」

「む。……なんだ」

「君は。あるいはエクセンクリンは。どこから来たのかな」

 

 何を今更、とか。

 決まっている、とか。

 そういう言葉を出そうとして──ケルビマは思いとどまる。

 自分たちがどこから来たのか。

 何から生まれたのかは知っている。だが、どこから来たのか、と言われると。

 

「……まさか、俺も同じ、ということか?」

「あはは、全然違うよ。さっき肯定してあげたじゃないか。僕と君達は違う、って。ちゃんと考えるんだ、ケルビマ・リチュオリア。エクセンクリンは460年もの間耐えて見せたよ。僕からの汚染に、耐えに耐えて耐え抜いた。さぁ、考えよう、ケルビマ・リチュオリア。無い頭で、足りない頭で、君達が何者で、僕が何なのか──考えるんだ」

「……承知した。後で考えておく」

「うーん。これ無理そうだね、エクセンクリン。やっぱり君に記憶を植え付けなおした方が良さそうかな」

「遠慮するよ、フリス。私はもうこれ以上気を揉みたくはないからね。それに、今回西部区画の一部が被害に遭ったおかげで、一日だけ休みを取って良いと許可が下りたんだ。難しい事、面倒なことは考えないで、最愛の妻と子供に会いに行くよ」

 

 ケルビマはフリスより学力のある方だ。

 だが、学力と想像力は違う。特に感覚派なケルビマにとって、考察だの分析だのはあまり好ましくない分野だ。出来るが。

 だから、後にすることにした。何故って、時間はまだまだあるのだから。

 

「ついてはフリス」

「うん? なにか、」

「ぶん殴らせてくれたまえ」

 

 言葉より拳の方が早かった。

 ヒョロヒョロでガリガリなエクセンクリンからは考えられない威力の拳。右ストレート。それがフリスの顔面に突き刺さり、彼は壁へと叩きつけられる。

 

「──無駄だ、ということはわかっている。だからこれは、エクセンクリンとしてでなく、父親としての恨みだ。君が下手人でない事も知っているし、君がそういうことに積極的でない事も知っている。それが情ではなく、余計な入力を嫌うから、だとしてもね。……それでも私は、怒りを抑えられなかった」

 

 言葉の通り、無駄なのだろう。

 顔面に拳を受け、ぶっ飛ばされ、壁に叩きつけられたにもかかわらず──フリスは無傷だ。そもそも人間生物の身体ではないな、とケルビマは観察する。殴った側であるエクセンクリンも、その拳をさすっている。上位者である彼が痛みを覚えているのだ。

 

「……いや」

 

 声は。

 

「いや、いや。うん──悪くないね、エクセンクリン」

 

 喜色を孕む。

 

「僕は君を、もう終わったものだと思っていた。460年も耐えた事は褒めてあげるけれど、それまでだと。結局君は他の上位者や人間達と同じく、耐えられなかった。結局変質してしまった。あはは、変わってしまった君を見て一番悲しんだのは僕なんだよ、エクセンクリン。──でも君は、まだ価値を有しているらしい」

「……フリス。言いたいことは簡潔に言うんだ。私の気は、まぁ、そこそこ長いが、君に対してはそう長くあれない」

「あはは、いつも話が長いのは君の方なのにね。うん、わかった。──だからご褒美を上げようと思ってさ」

 

 フリスが立ち上がる。

 立ち上がって、両手を掲げて。

 

 そこに転移光を顕す。

 出現したのは。

 

「まずこっち。これは僕が南部区画で彼女……つまり君の娘を見つけた直後の、君の娘の記憶チップ。これをもとにフレシシやガロウズのような機奇械怪を造れば、君の娘の記憶を持った存在として新生するよ」

「!」

「そして、次にこっち。──君の娘のオールドフェイスだ。意味はわかるね?」

「……趣味の悪い事を」

「あはは、こういうの、本来は人間に対してやるんだけどね。喜怒哀楽の激しいエクセンクリンには一番効くかな、と思ってさ」

 

 さて、どっちを選ぶ?

 

 フリスは、笑顔で聞く。

 人好きのする、けれどこの世のどんなものよりも邪悪な笑み。

 

「……」

「さぁ、エクセンクリン。どちらかだ。どちらかしか選べない。どちらを選ぶかな」

「……」

 

 エクセンクリンは。

 動けない。わかっているからだ。

 オールドフェイスというものが、何なのか。

 

「どちらも貰うのなら、何が対価になる?」

「あはは、欲張りだね。じゃあ君の奥さんを貰おうかな」

「……妻なら、二つ返事で己を差し出しそうだ」

「そうか。良い人間を妻に選んだな、エクセンクリン」

「勿論。私が惚れた女性だからね」

 

 エクセンクリンは大きく溜息を吐いて。

 

「うーん、やっぱり選べないね。私は妻を愛しているし、娘も愛している。それは等価だ。まぁ、だからこそ天秤に乗せてきたんだろうけど」

「ああ、ちなみに言うと、君の存在、では対価にならないよ。上位者一つと人間。比べようがないね。人間はソレしかいないけれど、上位者なんか他から持って来ればいいんだ。釣りあいなんか取れるはずもない」

「わかっているさ。だから、その上で言おう、フリス」

「うん。君の答えを聞かせてほしい」

 

 ケルビマは。

 刀に、手を掛ける。

 

「──私()は今、ある莫大な入力コードを有している。上位者から行う、機奇械怪への巨大な入力だ。これを人質に取るから、君のそれを渡してほしい。両方ともね」

「そうかい。じゃあ既存の機奇械怪を全て廃棄しよう。あらゆる場所にいる全てを。そして再度放って、やり直そう。なに、たった数百年遅延が起きるだけだ。何も問題ないだろう?」

「私達がいる限り、そのコードは何度だって入力される」

「じゃあ君達の記憶を奪ってしまおう。簡単だ。それでおしまい」

「バックアップが無数に存在する。媒体も電子だけじゃない、紙や物質的な暗号まで、」

「仕方がない、地表を全部焼いてしまおうか。人間の遺伝子は隔離して、可哀想だけど一からやり直してもらおう。数千年の遅延が起きるけれど、それも悪くはない」

 

 封じられている。

 まるでエクセンクリンの言う事などわかっている、というかのように。フリスの顔は笑っているけれど──少しずつ喜色が減って行っていると、ケルビマは察した。

 思い返すは、その娘からの、エクセンクリンの遺した言葉。「気を許すな。隙を見せるな。そして、底を見せるな。全力を見せるな。見限られるな」。

 

 ここで。

 エクセンクリンが、フリスを驚かせるような言葉を吐けなければ。

 

「──口を挟むぞ、フリス。いいな?」

「構わないよ。なにかな、ケルビマ」

「今からお前にとっての致命的な手段を用いる。覚悟していろ」

「?」

 

 ギンガモールから出た時点で、転移や念動力は戻っている。一時的に封じられただけだ。

 ゆえに。

 

 ケルビマは──ソレを、転移させた。

 

「きゃぁ!? な、なに!? 何が……」

「──」

 

 現れたのは、チャル・ランパーロ。

 戦闘中だったのか、はたまた何か作業中だったのか、土埃に汚れた少女。

 

「お前の言う通り、俺はそこまで頭が良くない。ゆえに切らせてもらう。これがお前にとっての切り札(ジョーカー)だ」

「え……え?」

 

 混乱はすぐに収まった。

 流石は奇械士、唐突なことへの対応力が高い。

 

 彼女は、チャル・ランパーロは……部屋を見渡して。

 その存在に、目を留める。

 

「フ……リス……?」

「……」

「フリス!」

 

 駆け出す。チャルは、何も言ってくれない彼へ。

 そしてその身を抱いて──ああ、けれど、それがヒトの温もりを持たない事に気が付いた。

 

 さらにはその冷たいモノが、抱き着いた途端、ガラガラと崩れ落ちたのを見て。

 

「……ダムシュの時の……偽物の、キューピッド」

「正解だ、お嬢さん。すまないね、びっくりしただろう。ここがどこかわかるかい?」

 

 ごみを片付けるように、鉄くずの山を退けて。

 エクセンクリンはこっそり、けれど素早く、そして大切そうに、チップとオールドフェイスを懐に入れる。

 

「い、いえ……あ、ケルビマさん……?」

「ああ。すまない、ランパーロさん。装置が暴発した。このようなことは今後ないように努める」

「装置……?」

「……君にはあまり耳心地の良くない話だ。勝手に呼んでしまっておいてすまないが、すぐにでも元居た場所へ」

「いえ、聞きます。聞かせてください」

 

 アイコンタクトさえ要らない。

 チャルの意識がエクセンクリンに向いている間に、内側から溶接されたドアをケルビマが斬って開くようにする。

 その間にエクセンクリンは自己紹介をして、また、自らを科学開発班の一人だと名乗った。

 

「ダムシュに現れた二つの機奇械怪。アモルの方からは皮膜(スキン)の技術が手に入った。そしてキューピッドの方からはこの、転移の技術が手に入ったんだ」

「……それで、どうして私が」

「それがわからないんだ。作動させたら、勝手に君を呼び出した。そしてそれだけで耐用限界が来たのか、崩れてしまった。ああ、君が壊したわけではないよ。元から非常に脆い作りなだけだ」

「キューピッドが、私を……?」

 

 まぁ、関連付けるにはちょうどいい話だ。ゆえにエクセンクリンもケルビマも、すらすらと純度100%の嘘を吐ける。心の中で、「これは嘘だ」と思いながら。

 チャル・ランパーロ対策。奇しくもフリスから齎された対策法は、しっかりと効果を発揮しているらしかった。やはりチャル・ランパーロは嘘かどうかを見抜けているわけではない。「相手の本当に大切にしているものがわかる」という淨眼の性質を利用して、応用的に読み解いているだけだ。

 

「ところでランパーロさん、先程までは何をしていたんだい?」

「え? ……あ! アレキと一緒に巡回中だったから……」

「ふむ。それはマズいな。アレキは今修羅と化している可能性がある」

「で、ですよね……早く戻らないと!」

「ならば俺が連れて行こう。俺と共に戻れば、アレキもすぐに鎮静するだろうからな」

「いいんですか?」

「良いも何も、今回は全てこちらの落ち度だ。これくらいは償わせてくれ」

 

 アイコンタクトはない。

 チャル・ランパーロの前で、不審な事はしない。

 

 開くようになったドアを開ける。

 久方ぶりに外気が入り込む部屋。

 

「あ、あの、エクセンクリンさん」

「なにかな」

「私は気にしないので……キューピッドのこととか。お仕事、頑張ってください」

「あぁ、ありがとう」

「それと」

 

 エクセンクリンは、チャルの目を見る。

 

 見て、ぞっとした。

 

「家族の方達を、大切に……。あ、いえ、ごめんなさい。あんまりにも愛情が……あ、いやそうじゃなくて……その! 良いお父さんですね! け、ケルビマさん。全速力でお願いします。アレキ、怖いので」

「うむ。いいだろう」

 

 次の瞬間、ドン、という爆音と「きゃぁぁぁあああ!?」という遠ざかっていく甲高い悲鳴が聞こえて、聞こえなくなって。

 

 エクセンクリンは──その場にへたり込む。

 動かす必要のない心臓が早鐘を打っている。舌の根は乾き、思わず何度も唾を飲み込んでしまう。

 

「いやー、チャルはズルいよ。いなくならざるを得ないじゃないか」

「……アレが、チャル・ランパーロか。なるほど……君が執着する理由、わかったよ」

「へぇ。やっぱり武人とかが混ざってないと、強く感じるのかな」

「ああ。……アレは、英雄……というか、何か、もっと別の……それこそ君に感じるものに近い感覚を覚えた。底冷えするような……あんな透明すぎる目は初めてだ」

 

 ゴミとして片付けられ、部屋の隅に寄せられた鉄くずが、再度フリスの形を取る。

 その顔には「文句があります」と書いてあった。文字で。

 

「……でも、ケルビマの機転は確かだった。戦利品として、じゃあ、これは貰っていくよ、フリス」

「……君の成果ではないけど、いいよ。ケルビマが悪い事を覚えた記念だ」

「そうだね。罪を断つ者であるはずの彼が、私を見兼ねてとはいえ……私欲のために人を攫った。……これも成長かい?」

「まさか。これは非行だよ。ケルビマはようやくグレただけさ」

「ははは……子ども扱いもほどほどにね」

 

 それで、と。

 エクセンクリンは強い目で、フリスを見る。

 

「そんなに睨まずとも、君の奥さんを狙ったりしないよ。契約取引でもないんだ、僕を悪魔か何かだと思っているだろ、君達」

「悪魔か神か、その辺だとは思っているね」

「だから神なんていないってば。空の神フレイメアリスの神話は僕が書いた創作神話。神話も僕の作った架空言語だし、神話の内容はすんごくチープだし。最初はその辺にいた無名の小説家にお願いしようとしたんだけどね、なんだかどんどん変な、宇宙的恐怖とかそういう意味の分からないもの書き始めたから、諦めて仕方なく僕が書いたんだ」

「ちなみにどうやってお願いしようとしたのか聞いてもいいかな」

「夢枕に立つ、っていういい方法があってね」

 

 先程まで己の家族を賭けた緊迫の瞬間を過ごしていたとは考えられない、緩やかな空気。

 本質的に、もうエクセンクリンは彼を疑えない。そうなってしまっている。

 だから、というのもあるのだろうが、そもそもの話。

 

「最初に言っただろう? 僕は今機嫌が凄く良いんだ。君が殴ってこなければ、ウキウキで君の娘の記憶チップとオールドフェイスを渡してあげたのに。そのために持ってきたんだし」

「そこはまぁ、父親だからね。許してくれたまえ」

「もうちょっと世渡り上手になった方が良いよ、エクセンクリン。記憶チップとオールドフェイスを受け取ってからぶん殴ればよかったんだ。……それで、作り方はわかるかい? 君、長い事機奇械怪作ってないだろ。不安だったら手を貸すけど」

「いや……問題ないさ。やり方は覚えている。ただ、出来ればフレシシあたりを先生役として会わせてやってくれないかな。人間を前にしたときの食欲の抑え方とか、諸々を」

「それならガロウズの方がいいね。フレシシはあんまり頭良くないから」

「そうなのかい? ああ、そうだ。似た境遇のアスカルティンという子もいいかもしれない」

「いやぁ……アスカルティンは、"英雄価値"はあるけど……教えるとかは無理なんじゃないかなぁ」

 

 扉を溶接しなおして。

 

 上位者二つのほのぼのとした会話は、ケルビマが戻って来るまでずっとずっと、続いていた。

 

 




TIPS

オールドフェイス / OldFace

 古代人と思われる何者かの横顔が描かれたコイン。途上が荒廃する前は、世界共通硬貨とも呼ばれていた。
 NOMANSの機械類を動かすのに必要であったため、かつては全世界に溢れていたが、機奇械怪の台頭とともに捕食・回収され、今では地上に数枚しか残っていない。
 上位者は特定の場所でこれを生成することができる。
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