終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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誰よりも先んじて進化の階段に足を掛ける系一般融合機奇械怪

 ごめんなさい、と謝る声を斬る。

 この野郎、と怒る声を潰す。

 助けて、と縋る声を縊る。

 

 ──強い。一人一人が、確かに。

 けれど。

 

「勘違いしないで」

 

 噛みつく。

 引き千切る。

  

 人間の作法など後でまた思い出せばいい。今はただ、目の前の獲物を。今はただ、己の欲を。

 

「捕食者は、私」

 

 吸血鬼など。血だけ吸う、など。

 あまりにもお笑い種だ。食べる。食べる。食べる。食べる。

 私が。私が、お前たちを、お前たちの全てを──。

 

 

 

 

 フリスさんの入院から七日間。

 なんとか峠を超え、既に退院できそうな域にありつつある彼であるが、それにストップをかけたのがアルバートさん。

 というのも、未だ吸血鬼事件が解決していないのだ。

 この七日間で狩った吸血鬼は三十を超える程であるけれど、未だフリスさんを倒したのだろう強大な相手とはまみえていないし、夜中の襲撃が一向に収まる気配が無いあたりを加味し、とりあえずの七日間は襲われなかった病院にいた方が安全度は高い、ということで、フリスさんは今缶詰状態にある。

 加えて、懸念点もいくつか上がってきている。

 

「いたぞ! あの白髪赤目だ! アレがアスカルティンだ!」

「アイツさえ捕えたら──戻れる!」

「アイツを捕まえろ! 腕や足は引き千切ってもいい!」

 

 その一つが、これ。

 

「私、貴方たちに何かしましたか?」

「死ネ!」

 

 振り下ろされる拳を受け止めて、肩口から引き千切る。中から出てくるのはケーブルや歯車といった、基本種の機奇械怪がよく使っている部品類。

 背後から腰へ向けて伸ばされた手。その手首を掴んで思い切り引き上げて、腹部に蹴りを当てて破裂させる。飛び散る黄緑色の液体。腹部に動力炉を動かしていたのか、あるいは融合した機奇械怪が元からその位置に動力炉を置いていたか。

 奇声を上げて飛び掛かってくる二人の顔を掴み、双方を双方にぶつけて潰す。硬質な感触が返ってくると思っていたら、ぶちゅ、という肉の潰れる感覚。丁度いいとばかりにその二つを口に運んで夜食を済ませ、「ふぅ」と一つ溜息を吐いた。

 

「強いて言えば──最初の吸血鬼を自警団に引き渡したくらい、なんですけどね。思いつくの」

 

 それが物凄い恨みを買っている、としか思えない。

 何故か、何故か、ラグナ・マリアの吸血鬼……人間と融合した機奇械怪達は、こぞって私を襲ってきている。完璧に名指しで、まるで指名手配でもされているかのように。

 アレキさん達も「お前たちに用はない、アスカルティンとかいうのを出せ」なんてことを言われたりしているらしく、ありがたいことに彼女らは私を売らないでいてくれているけれど、はてさて。

 

 なんでそんなに恨まれているのか、皆目見当もつかないのである。

 

「隙あり!」

「隙だと思ったなら声出さない方が良いですよ。私この前、それで一人食べ損ねましたから」

 

 完全な死角からの一撃。既に腕ではなく、アイスピック状のパーツとなっているソレを蹴り砕く。

 

「まぁ、仲間だったので食べなくて良かったんですけど」

「ッ……化け物め!」

「お互い様じゃないですか?」

 

 片腕の無くなった少年。

 ぎゃぁぎゃぁと喚くその胸に腕を突き入れて、動力炉を抜く。それだけで動かなくなる少年を捨てて、少し離れたところの屋根を見る。

  

 正面から行われる神速の突き。

 背後から気付かれず刺さる斬撃。

 アレキさんとアルバートさん。技量や身体能力に差はあれど、その攻撃方法が対照的で、遠くから眺めていると面白い。

 その傍らで、屋根の上をごろごろと転がりながら双銃を連射するチャルさん。素早く左右に振って来る敵に対しても的確にショットを決めている。背後からの襲撃にもちゃんと耐えている……というか、まるで見えていたかのように避けているのが凄い。私みたいに匂いでわかるというわけでもないだろうに。

 

 ただ。

 やっぱり、精彩に欠ける。

 

 私達が異常なのはわかっているけれど──機奇械怪と戦うにあたって、あんな普通の動きしかできないようでは、いずれ簡単に死んでしまいそう。

 それを鍛えるための修行の旅、ではあったか。

 

「アスカルティン──」

「うるさいですよ」

 

 動力炉を狙って蹴って、それを破裂させる。

 もう慣れてきた。強い事は強い。多分彼ら彼女らをホワイトダナップの奇械士が相手取るとしたら、ケニッヒさん達を除いて、それなりの被害が出る。単純な膂力や脚力は完全に機奇械怪のそれだし、生物を傷つけるために振るわれる攻撃は、地上の機奇械怪にはないものだ。地上の機奇械怪は基本殺し切らないように攻撃してくるから。捕食するために、ですが。

 

 けど、もう慣れた。

 

 私を食べたいなら、もう少し強いのを用意しないと。

 

「いよう! ツマンナイって顔してんな、ねーちゃん!」

「……はい。今とてもつまらないですね。これなら外で、大型狩ってた方が楽しいです」

大型(ヒュージ)を狩って楽しい、か。そりゃいいな、なるほどなぁ、アイツが評価するわけだ。あっちのねーちゃんにーちゃんたちも、粒ぞろいだし」

 

 少年。

 匂いは、吸血鬼……機奇械怪と人間の融合体のそれ。

 それ、ではあるけれど。

 

「貴方は、私に敵対しますか?」

「ん? いやまぁ、そりゃするだろ。じゃなきゃなんで出て来たって話だし」

「では、ちゃんと攻撃が効くようにしておいてください。でないと文字通り歯が立たないので」

「──へぇ」

 

 警鐘だ。

 この少年は違うと、違う匂いがすると。

 

 肉や金属をかぎ分ける方ではない鼻が、そう告げている。

 

「じゃ、ま──ちょいと遊ぼうぜ、ねーちゃん。要望通り、食える体でやってやっからよ」

「ありがとうございます。では」

 

 肉薄し、踵で少年の顎を蹴り上げる。高くへ浮き上がりかける彼の足を掴んで引っ張り落としながら、もう一度咢に、今度は膝を入れる。

 息つく暇は与えない。掴んだ足は離さない。どしゃ、と血液をぶちまけたその顔を、顎を。口に指を入れて、掴んで、開き千切る。

 

「よ、容ひゃ無、」

「容赦などしていては、殺されてしまいますから。あなた方が"食べられない状態になる"ことができると、私は知っているので」

 

 下顎の無くなった少年の首を掴んで、お腹に足を入れて。

 首と足の両側から引っ張りながら──お腹への蹴りを強めていく。

 

 容赦などない。当たり前だ。

 敵がケルビマさんと同等と知っていて、どんな容赦をする。どんな余裕を持つ。

 だから、その身を両断し、噴き出る血の雨を浴びても──警戒は解かない。

 

「ふぉふぉふぉ……成程のぅ、逸材、逸材。明日のパーティ前に少し味見をしに来ただけだというのに、酷い目にあったのぅ、ジュナフィスや」

「……いや、まったくだぜ」

 

 倒した。殺した。

 生物として考えるのなら、確実に。

 

 けれど──突如現れた老人と、その横にぐちゃぐちゃと音を立てて集まっていった肉片が、再度少年の姿を取る。もっとも少年の形に肉塊を押し固めただけの人形で、それが生物であるとは到底言う事の出来ないだろう姿。

 

「参った。ごめんな、ねーちゃん。アイツがあんまりにも『彼女は凄いよ』とか『可能性がある。今一番ね』とかって囃すもんだから、気になって気になって。が、アイツのああも言う理由は理解できた」

「ふぉふぉ……お嬢さん。名を聞いてもよろしいかの?」

「あん? やっぱり耄碌したかよジジイ。アスカルティンって紹介されただろーが」

「ジュナフィス。お主は情緒というものを知らぬなぁ。こういうものは様式美があるんじゃて」

 

 老人。

 これも、同じだ。ケルビマさんと同じ気配。

 

 さっきは不意打ちでなんとか殺し切れたけど、二人はキツい。あと死なないっぽいのがわかったのでもっとヤバい。

 

「ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫じゃ。お仲間にもお伝えなされ。明日はパーティじゃからの、まぁ、精々死なんようにな、と。ふぉふぉ、死ぬのなら華々しく散るんじゃよ。儂らはそれを望んでおるからの。──では、明日。パーティで」

「あ、ちょっと待てよジジイ! 結局お前も名前聞いてねーじゃん! というかコレだと歩きづらいから連れてけよそれくらいの容量あるだろ!」

「ふぉふぉ、いつも事あるごとに知識でマウント取ってくるクソ生意気な小僧にはいい仕置きじゃて」

「私怨とかだせーぞクソジジイ!」

 

 そんなヤバい二人は、けれど何をしてくることもなく。

 ギャイギャイと騒ぎながら、夜の闇に消えて行った。

 

 直後、後光……朝日が差す。

 

 残っていた数人の吸血鬼達が一斉に撤退する。別に機奇械怪は日光に弱い、とか無いと思うのだが、何故か彼らは朝日と同時に姿を消すのだ。

 

 こうして一日が終わる。

 今日も無事、生き残る事が出来た。

 

 問題は──。

 

 

 

 

 

「パーティ、ねぇ」

「はい。確かにそう言っていました」

「こっちでも確認しています。パーティでは覚悟していろ、と言われました」

「私は何にも言われなかったけど……」

 

 朝、というかお昼。

 夜の戦闘からみんなで寝て、お昼になっての、報告会。本当は戦闘後にやった方が良いと思うのだけど、アルバートさんが「みんな疲れているだろうから、後で良いよ」なんて言って、この形に収まった。

 議題は昨夜に出て来た強力そうな者達について。

 

「結局アスカルティンが狙われる理由もわかっていないし……」

「あ、ただ、その『パーティ』という単語を出してきた人たちは、私を狙っている、という感じはありませんでした」

「ちょっかいをかけにきただけ……という印象でしたね」

 

 私の所以外に、アレキさんの所にも来ていたらしい。

 アレキさんのところに来た者は、「明日の夜、パーティがある」「招待客は君達だ」「今のうちにラグナ・マリアを観光しておくといい。死んだら観光なんてできないからネ」なんて言って、最後にはアレキさんのテルミヌスに首を断たれ──けれど殺した感覚が無かった、とか。

 首を断ったのに殺した感覚が無いとは之如何に。

 

 ──と、その時の事である。

 コンコンコン、とノックがなる。匂い。

 

「フリスさん?」

「あぁ、はい。僕です。流石はアスカルティン、よくわかりますね」

 

 扉越しの声は、七日間ぶりのもの。

 アルバートさんが部屋のドアを開けると、そこには。

 

「準備は出来ていますか?」

 

 なんか、銃やら何やらで完全武装したフリスさんが、いた。

 

「なんですかその恰好」

 

 間を開けずにツッコむ。

 

「当然、完全武装です。普通の機奇械怪相手にはこんなもの子供の玩具に過ぎませんが、身体の一部に人間の名残があるのなら、それは弱点になります。僕はそこを撃てばいい。それだけで牽制にはなりましょう」

「……戦う気なんですか?」

「戦わない気なんですか?」

 

 どうも、どうにも噛み合わない空気。

 フリスさんを確認してから俯いてしまっているアレキさんと、何を話せばいいか迷っている様子のアルバートさん。どうしてしまったんですか、二人とも。

 あとチャルさんは──何を睨んでいるんですか。

 

「皆さん、呆けてしまってどうしたんですか。ほら、行きますよ」

「モード・エタルド」

「っ!?」

 

 早撃ちだった。

 いいや、それ以上に、あまりにも早い踏み込みだった。私も、アルバートさんも知覚の遅れた程の速度で──チャルさんが、その双銃の片方をフリスさんに突きつけ、言う。

 

 効果は歴然だった。

 銃声もしないオルクス。そこから放たれた光弾は、しかしほぼ零距離だったためにほとんど見えることなく──フリスさんを()()()()()()()

 

 動機の云々はさっぱり理解できないけれど、それで私もアルバートさんも、そしてアレキさんも状況を理解する。

 

「オイオイ、なんでバレたんだ……完全なコピーだってのに……」

「おっと、それ以上動かない方が良い。ボクたちが聞く事以外は答えないのも大事だ。でなければ、君は今すぐに死ぬことになる」

 

 アルバートさんとアレキさんが、偽フリスさんの首元に剣を当てている。こちらは見えた。そこまでの速度じゃなかったから。

 だからこそさっきのチャルさんのは。

 

「はン、どうせ殺す癖に何言ってんだ。ま、いいよ。バレるの前提だったしな」

「喋るな、と。そう言った」

「パーティさ。ラグナ・マリアの中央制御室。関係性以外入れねえが、間宮原ヘクセンって名を出せばすぐに入れる。そこでパーティだ。フリス・カンビアッソもそこにいるぜ」

「──」

「ケケ、今脅すつもりだったろ。死にたくなければフリスの居場所を吐け、って。馬鹿だな、俺はただのメッセンジャー。最初から死ぬ予て、」

 

 首が飛ぶ。

 念のためだろう、アレキさんが偽フリスさんの心臓を貫いて──その切っ先に動力炉が吊り出された事を確認した。

 

 匂いは完全にそうだったのに、蓋を開けてみれば機奇械怪。

 ……私の鼻対策がされている、かな。

 

「チャル、大丈夫?」

「うん。フリスさんの処置のおかげで、セーブできた」

「……やっぱり、ちゃんと謝らないと」

「だね」

 

 チャルさんの持つ、オルクスという武器。双銃の形をしたソレは、様々な弾丸を撃ち出すことができる。

 反動はほとんどないのに、機奇械怪の装甲を貫ける弾丸。射程は短いけれど、当たれば生物の命を必ず奪う弾丸。

 そして、射撃時に生命力を吸う代わりに──機奇械怪を朽ちさせることができるという弾丸。チャルさん曰く弾丸ではなく銃自体のモードを変えているとのことだったけれど、よくわからないので聞かなかったことにしてある。

 

 果たしてそれは、前までは一発撃てばチャルさん自身が倒れてしまうような消費量だった。

 けれど、今はどうか。肩で息をしてはいるが、倒れるまでには至っていない。

 

「後で、分けてあげるから」

「うん。いつもごめんね」

「いいの。私にはこれくらいしかできないし」

 

 更に更に。

 そのモード・エタルドとやらを使ってチャルさんが疲労困憊になった後……私達に隠れて、見えないところで、アレキさんとチャルさんがこそこそと密会をしてくると……なんと、チャルさんが復活しているのだ。

 つるつるお肌な、元気いっぱいのチャルさんに。

 

 怪しい。

 絶対に何かヤっていると思います。

 

「それより、パーティだ。パーティ会場は中央制御室。ラグナ・マリアのあの宮殿のような建物の中にある部屋だね。ボクの知識が間違っていなければ、ラグナ・マリアの下部にあるレーザー照射装置の制御や、この国が浮くためのフロートに関する制御装置が集まっていたはず」

「……そこに、フリスさんが」

「ああ。……病院内なら大丈夫だと思っていたんだけどね。まさか裏で糸を引いていたのが間宮原だったとは」

「それって確か、この国の貴族のような人、ですよね。なんとか原ってついている人」

「うん。ただし、間宮原は傍系。だからこそ好き勝手ができる存在でもある」

 

 ラグナ・マリアで要職に就いていたり、高貴な血筋とやらを引いている人間は、原とか島とか、そういう自然物を名に持つのだとか。だから石狩島ハルジアさんも良い所の出身。ただ、坊ちゃん暮らしが苦手で自警団に入ったとかなんとか。

 ……そういえば私の前身みたいな立ち位置にいた人、メーデーさん……本名は確か、榊原ミディットさんだっけ。彼女も原だけど……あの人はホワイトダナップ出身だから関係ないか。

 

 さて。

 

「さて、じゃあ行きますか。ああでも、このゴミの片づけは……」

「あ、じゃあ私が食べちゃいますね」

 

 何でも食べられるって、素晴らしい。

 

 

+ * +

 

 

「だー、また壊された。九割生身機奇械怪の操作ムズすぎるー」

「ふぉふぉ、そろそろ儂に貸さんか。結局まだ一回しか練習できとらんじゃて」

「おいフリスー、もう一個コントローラー作ってくれよ。ジジイがガキのゲーム機奪って遊びたくて仕方ないらしいぜー」

「そんなの自分で作りなよ。君達だって上位者だろ」

「……」

「ちぇ、ケチな奴。手元に素材がねーから頼ってんじゃん。なぁ?」

「全くですじゃの。儂らにも自由にできる素材があれば、それはもう作りますというのに」

「だったらチトセにせがみなよ。僕、この辺りの機奇械怪把握してないし」

「……」

「バッ、なんかめっちゃ集中してるっぽい今のアイツに話しかけたら後で何が待ってるか!」

「チトセは怖いですからのぅ」

「──もう十分うるせーんだよゴミ共」

 

 ラグナ・マリアが中央大宮殿。

 外から見たら荘厳なそこは、けれどそもそもが観光施設であることも相俟って、周囲の『居住可能なリゾート地』の調整をするための機器類で溢れている。

 その、更に色んな機械が集まっている中央制御室に、彼らはいた。

 

 ジュナフィス、リンゴバーユ、チトセ、フリス。

 他の上位者にも声をかけはしたのだが、蛇蝎の如く嫌われ……もとい、物凄い勢いで遠慮された結果、この四人だけがここに残る次第となった。

 曰く、チトセだけでも関わると面倒なのに、"最悪端末"がいるなんて聞いていない、とか。なんなら今すぐにでも国外へ出かけたい、などと言い出す者までいる始末。万能な上位者といっても、真面目な者達にとってはイレギュラーの塊たるフリスはご遠慮願いたいのである。

 

「僕今忙しいんだよ。見てわからないかな」

「忙しいって……ナイフ見てるだけじゃねーか」

「ふぉふぉ、そのナイフがそんなに気に入ったのですかの?」

「ん-。いや、やっぱりミケルって天才なんだなぁ、って思ってさ。僕が開発して欲しかったものの数段上のものが返って来て……今解析してたところ」

「ほほう?」

 

 フリスの手にあるのは、シンプルなナイフ。刃渡り十六センチメートル程と些か大きくはあるが、斬り付けるにも投げ使うにも手頃そうなソレ。柄には人間の肋骨を模したかのようなデザインが施されている。

 

「何、そんなすげーのか、それ」

「まぁ見ればわかるよ。チトセ、要らない人間っていない?」

「自分で勝手に見つけろよ。オレの方が忙しいんだよ、今どんだけ緻密なスケジュール動かしてると思ってやがる」

「要らない人間なら下町にいくらでもいるぜ。親もいなけりゃ友達も作れねーで死に行くだけの子供が、わんさかな」

「ふぉふぉ、家族に見捨てられたか、あるいは結婚しなかったか。自らが老いたことで天涯孤独となり、近所付き合いもしなくなった独居老人も沢山いますのぅ」

「ん-、まぁ老人の方がいいかな。適当に転移させてよ」

「はいですじゃ」

 

 赤い光。

 転移光が中央制御室の一角に満ち──床に、眠ったままの老人が現れる。己が転移させられたことに気付かず眠っているらしい。

 

「こやつの名はエーデンテ。下町に住む者ですが、ここ数年、買い物にさえ出てこなくなったせいで、その存在を覚えている者もほとんどいなくなった男ですじゃ」

「買い物に出ねーって、どうやって食い繋いでんの?」

「保存食の類じゃろうなぁ。ふぉふぉ、儂も然程興味があるわけではないのでの。──して、"最悪端末"殿。これから何をするので?」

「ああ、うん」

 

 フリスは立ち上がり、眠っている老人の近くにまで行く。

 そして──彼の上に。上から、そのナイフを、落とした。

 

「──が、ぎ……?」

 

 ジュナフィスもリンゴバーユも興味津々で、隣でそんなことされたら気にならざるを得ないチトセもチラチラフリスの方を見ている中で。

 胸にナイフを突き立てられた老人は──目をぐりんと上にやって、何か、渇水を満たさんとするかのように口を開け、喉を突き出して。

 

「オー……え、マジか」

「ふぉふぉ……これは、とんでもないものを作り出しましたのぅ」

「うん。僕の注文はこれの十分の一くらいの速度で変わるようなものだったんだけどね。まさかここまで一瞬とは」

 

 そして──老人は。

 

 ()()()()()()()()

 

「元々ミケルには人間をベースにした大型機奇械怪作りのノウハウがあってさ。今回はそれを活かしてもらおうと思っての発注だったんだけど、まぁ、期日から一日伸びたとはいえ、最高の出来と言えるかなって」

「これ、使い捨て、だよな? 流石に」

「ああ、それはね。何回も使えたら流石に人間絶滅しちゃうでしょ」

「そう言うということは……まさか、人間側に流通させるおつもりですかじゃ?」

「ゆくゆくは、かなぁ。融合体を欲しがる人間がそもそもあんまりいないだろうし」

 

 老人の胸からナイフを抜き、機能の終了したソレを指で弾いて、彼は言う。

 

「名付けて『刺したら機奇械怪に変えるくん.mex』。どうかな」

「お前もっとネーミングセンスあっただろ。もうちょっと考え直せ」

「あまりにも安直すぎる拡張子ですのぅ」

「チトセ、君は?」

「うるせー話聞いてねェからオレに振んじゃねェ」

 

 不評らしい。

 苦笑し、フリスはミケルに丸投げすることを決意する。彼の作品だから。

 

「お。そうこう遊んでたら……来たみたいだよ」

「おー! ようやくか!」

「まだ調整済んでねェから、ジュナフィス、リンゴバーユ、邪魔した分働け!」

「邪魔なんかした覚えねーけど、いいよ。いくぜ、一週間かけて練習した機奇械怪捌き!」

「儂の練習時間だけ極端に短いんじゃがのぅ」

「じゃあ僕は囚われのお姫様になってくるから、頃合い見て離脱しなよ~? アスカルティンとかアルバートはもう上位者の生身程度なら屠れるくらいになってるから、最悪概念にまで引き戻されるからねー」

「オレも奥で準備する。てめェら、ちっとは役に立てよ。あと死ぬな。じゃあな」

「よ、ツンデぶげぁ!?」

「ふぉふぉ、ヤンキーはツンデレと昔から相場がゴフッ」

 

 余計な事を言った二人が念動力による腹パンを入れられて。

 

 さて──パーティの始まり始まり、である。

 

 

+ * +

 

 

「まさかラグナ・マリアの中央が、機奇械怪の巣窟だなんてね……!」

「チャル、温存!」

「わかってる! アレキこそ!」

「アルバートさん、カバーお願いします。私、そろそろタガが外れるので」

 

 出迎えは無数の機奇械怪だった。

 中央大宮殿に入った途端だ。中に職員はおらず、いるのは数多の、無数の機奇械怪。ラグナ・マリアの奇械士は本当に何をしているんだといいたくなるくらいの量がそこにいた。

 

 どくん、どくん。

 脈打つのは心臓ではなく動力炉だ。メイン、サブ、非常用。更には自分の考えて仕込んだもう一つの動力炉も。

 

 腕や脚がミシミシと音を立てているのは、身体の限界が来ているから──ではない。

 進化だ。今、ここで──ある。ここにある。何か、求めるものが。それを予感して、私の身体は新たな機能の獲得に……歓喜に打ち震えている。

 

 あの時と、同じ。

 大切なあの人を食べた時と、同じ。

 

「アハ、アハハハ──」

 

 楽しくなってくる。感情が塗り潰される。覆い隠される。

 理性が言葉を発せなくなって、幼稚で稚拙な、まだ言葉を覚えたばかりの"欲"が瞼を開ける。

 

「おいし、そうなのが──いっぱい」

 

 一応釘を刺しておくけれど。

 仲間を食べたら、もう表に出さないから。わかった?

 

「はぁーい。……もう、何回も言わなくてもわかってるってば」

 

 "対話"と"説伏"。

 私は機奇械怪(彼女)と意思疎通ができている。だからこそ彼女の飢えも理解できるし、彼女はちゃんと止まってくれる。

 ならば、彼女が大好きな食事の時くらい。食事に集中できる時くらい。

 彼女の好きにさせてあげても罰は当たらないだろう。

 

 悲しいけど()()は、不幸な事故だから。

 

「いただきまーす!」

「アスカルティンさん、あんまり突っ込み過ぎるとボクのカバーが届かなくなるから、ほどほどにね!」

「わかったー! 多分ー!」

 

 相手がパーティだというのなら、確かにここはパーティ会場なのだろう。なら。

 

 ほら、たんとお食べ。

 美味しい美味しい、敵さんだよ。


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