終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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萎える系一般上位者

「アスカルティンという融合機奇械怪の目は、まだ手に入らないのかしら?」

「申し訳ございません。何分、手持ちの融合機奇械怪では歯が立たず。素材として要求するだけあって、非常に優れた個体であると言えるでしょう」

「そう……。でも、そうでなくてはね。簡単にやられてしまうような個体なら、私の眼球には見合いませんもの」

「はい。完璧なお嬢様には、完璧な義眼が必要ですからね」

 

 力なく笑うヘクセンお嬢様。

 ……これは、何か察されてんなぁ。はぁ、弱い人間ってのはどうしてこう……察しが良いのか。

 

 自分に向かう害意に敏感なのかね。

 そりゃまァ、高尚なことだ。どの道もうすぐの命だってのに──またこれが、どうしてオレは。今更になって。

 

「チトセ」

「はい、お嬢様」

「あなたが行ったら、確実に取ってきてくれますか?」

「……ですが、私はお嬢様を守らなければ」

「では命令です。横臥チトセ。──私のために、アスカルティンなる機奇械怪の眼を取って来て」

 

 見透かされている、というよりは。

 長い付き合いだから──なんだろうな。こうやって、オレが見て、ヘクセンお嬢様の機微がわかるように。

 

「ご命令とあらば」

 

 見えていないだろうが、一礼し、部屋を出る。

 

 出て、すぐ。

 今一番見たくない顔に会った。

 

「何用でしょうか。簡潔にお願いいたします」

「渡しておこうと思いまして」

 

 手渡されるは──義眼。

 アスカルティンという融合機奇械怪の眼はまだ手に入れていないのに、だ。

 

「前払いです。受け取ったとしても、真面目に働いてくれることを望みます」

「……貴方に真面目さを説かれる筋合いはありません。それでは」

 

 なんだ。

 なんだってオレの心は、こんなにも。

 フリスがこの国に来てから──ずっと。あまりにもずっと。

 

 波立って、仕方がねェや。

 

 

+ * +

 

 

「いらっしゃいませ──歓迎いたします、ホワイトダナップが奇械士の皆さま」

 

 肌の粟立つ感覚に、一気に理性が引き戻される。

 今まさに叩き潰さんとしていた機奇械怪を投げつけて、自分は大きくバックステップ。そこに至ってから、自分に肌なんてものがもう無いことを思い出した。

 

「っ、ダメです、アレキさんアルバートさん! 彼女は──」

「つきましては、パーティの参加費として、貴女の眼を頂きます」

 

 姿勢を低くした、とか、ない。跳躍した、ということでもない。

 ただ歩いて、歩く姿のまま──目の前に、文字通り目の前に、指があった。

 

「っと!」

「!」

 

 止まったのは一瞬。止まったのはメイド姿の女性。ようやく認識する。敵。ケルビマさんと同じ気配のする敵が、メイド服の女性であると。

 そして今その指を、私の眼を抉り出そうとしていた指を止めてくれたのがアルバートさんだと、理解した。

 

「名乗りも無く、不躾じゃあないか、な!」

 

 アルバートさんがメイドさんを弾き飛ばす。

 メイドさんは天井付近まで飛び、けれどくるりと転身して、何事もなかったかのように着地する。膝を曲げて衝撃を殺すことさえしない、先程と同じ背筋の張った姿勢で、ピンと立って。

 

「それは失礼いたしました。私は横臥チトセ。間宮原ヘクセンお嬢様のメイドをしている者です」

「それじゃあこっちも。ボクはガルラルクリア=エルグ・アルバート。ホワイトダナップの奇械士で、最強をやっている影の薄い人だよ」

 

 澄ました顔で、目を瞑って。

 そうやって佇んでいるだけなのに──攻撃しよう、と思えない。だって、絶対に殺される。

 相手は機奇械怪でもないのに、それだけは、わかる。

 

「何故、アスカルティンの眼を狙うのかな」

「ヘクセンお嬢様は生まれつき視力の低い方です。それを受けて、此度義眼の製作をさる方に依頼いたしました。それには最高等級の機奇械怪の視覚パーツを素材として要するということで──アスカルティン様を」

「そうかい。じゃあ、そのお嬢様には我慢を強いることになるかな。ボクらの仲間に手は出させないよ」

「……最強と、名乗られましたか」

 

 では。

 そう言葉を発した時にはもう、横臥チトセはアルバートさんの横にいた。

 硬質な音。散るのは火花。

 

「成程、言うだけはありますね」

「アナタも、凄いね。モーションが全く見えない。ここへ来る途中にも人間とは思えない動きをする吸血鬼がいたけれど、アナタもその類かな?」

「まさか。私は機奇械怪ではありませんよ」

「だろうね。けど、彼らより強い──少なくとも人間ではないのも事実だ」

 

 散る。弾ける。

 火花が。アルバートさんの剣と、横臥チトセの指。それらの衝突によって起こる、まるで金属同士がぶつかっているかのような火花。

 

 横臥チトセの方は感じた通りだけど……アルバートさんの評価が、ここに来て一新されたように感じる。

 この人、こんなに強かったっけ。

 

「モード・ティクス」

「!」

 

 ゆらり、と……幽鬼が如く、アルバートさんとの斬りあいに興じる横臥チトセの、その背後に現れたのは、チャルさん。こっちも気付けなかった。

 それに、今のは。

 

「……《茨》を朽腐させる弾丸?」

 

 先程弾かれた時とは違い、全速力を持って後退する横臥チトセ。何を思ったか、咄嗟に自らの脇腹に手刀を入れ、その肉をこそぎ取る。

 

「それは……どこで手に入れたものですか?」

「大切な人から貰ったもの」

「……人殺しに抵抗は?」

「ないよ。もう」

 

 チャルさんも、雰囲気がいつもと違う。

 ならばもしや、と思ってアレキさんの方を確認すれば。

 

「五つ目。即ち首断ち──」

「っ!」

 

 この踏み込みは見えた。それは横臥チトセも同じだったのだろう、「遅いです」と言わんばかりに刀を受け止めようとして、既のことでその斬撃を躱す。

 

「力場が切り裂かれた……」

「私の名はアレキ・リチュオリア。これは皇都フレメアを滅ぼした機奇械怪が持っていた刀」

「……成程」

 

 皆さんが急激に強くなっている、というわけではないように思う。

 どちらかというと。

 

 交戦経験に長ける──というような。

 

「余計なものを作りますね、フレイメアリス」

「フレイメアリス?」

 

 呟かれた言葉。それへの疑問は、しかし届かない。

 私はあまり歴史や宗教に詳しいわけじゃないけど、それが神様の名であることは知っている。空の神フレイメアリス。

 

「力場を斬る刀。生命を死滅させる双銃。時を止めるサイキック持ちに、機奇械怪に理性を奪われていない完全融合体。フレイメアリスの好みそうなメンバーだ事で。ですが」

「見えてる、よ!」

「……!」

 

 今までよりも数段早い貫き手。

 首を傾け、それでも頬は切り裂かれてしまいそうだった程に接近を許し──だけど、またもアルバートさんが割り込んだ。割り込んで止めた。

 速い。どっちも。

 

 今の私じゃ、追いつけない。

 ……なら、丁度いい。

 

「メイドさん。横臥チトセさん」

「はい。……はい?」

「この眼が欲しい、んですよね?」

「だ……だめ、アスカルティンさん!」

「そうだよ、ボクらなら大丈夫だから、そんな自己献身」

 

 両目に指を突っ込んで、パージする。特に何か引き千切ったとかはない。外せるようになっている。先日似たような事したばかりだし。

 

「な」

「はい。あげます。ちょうど今、進化する必要性を見出したので、どうせ新しく作りますから、コレ要りません」

 

 毎回聞いていた。何故私を狙うのか。

 それを話してくれたら、全然。あげるつもりはあった。ただ食べようとしてきたり襲ってきたりするから撃退していただけで。

 機奇械怪にとって最も重要なパーツが何か。そう問われた時、ほとんどの奇械士や機奇械怪は「動力炉」と答えるのだろう。確かにそうだ。「動力炉」がなければ活動できない。だから大事ではある。

 大事ではあるけど──最も重要かと問われたら、そうでもないように思う。結構替えが利くし、良く自分で取り外して改良するし。

 

 じゃあ何が大事なのか。頭部? それも違う。頭部だって別に取り換え可能だ。あるいは私に少しだけ残された生身の部分? まさか。記念に残してるだけで、腐り落ちても何も問題ない。

 

「はい、どうぞ」

「……オイオイ、実験のモチベ削いでくれんじゃねーよ」

「はい?」

 

 何か今、メイドさんからは考えられない言葉が聞こえたような。

 

「いえ、失礼いたしました。……確かに。それでは、失礼いたします。ああ、これでパーティは終わりになります。このまま私に付いてくるも、あるいは帰るも良しです。フリス・カンビアッソ様であれば、あそこの緑色の扉へ入った先の牢にいらっしゃいます」

 

 とりあえず仮組みの眼を作る。眼球ほど立派じゃない、金属の骨格にセンサーがついただけのもの。

 

 大事な部分。

 全身を取り換える事が可能な機奇械怪()が、最も重要としている部分。

 

 そんなもの──。

 

「だ……大丈夫なのかい?」

「はい。魂取られなきゃ大丈夫ですよ」

「……チッ」

 

 やっぱりメイドさん舌打ちしましたよね。不機嫌ですよね。

 

 

 

 フリスさんは普通にいた。

 牢の中で本を読んでいた。

 

「カンビアッソさん!」

「おや、皆さん。もしかして助けに来てくれたんですか?」

「はい。今牢を斬るので、下がっていてください」

 

 フリスさんが離れるが早いか、アレキさんが牢の格子をバターのように斬る。

 ……前々から思ってましたけど、あのテルミヌスって刀、なんで鞘を斬らないんでしょうか。あれほど切れ味がいいとちょっとしたはずみで鞘ごとシャキンと行きそうなものですが。

 

「ありがとうございます」

「お身体は……」

「ええ、大丈夫ですよ。それより、僕にはあまり近づかない方が良い」

「それは、どうして?」

「またセクハラ扱いされては敵いませんから」

 

 それは。

 まぁ、フリスさんなりの冗談だったんだと思う。ただこっちの三人に特大ダメージが入った、というだけで。

 

「あの、それについての謝罪を……」

「あはは、冗談ですよ。少しばかり喧嘩早いといいますか、相手の言い分を聞かないで剣を向けるのは幼稚が過ぎますが、僕も性急すぎた自覚はありますので。ここは謝罪とか無しで、お相子にしませんか?」

「アナタがそれで手打ちにしてくれる、というのなら……それでいいけれど。それでも、落ち着いたら正式に謝罪させてほしい。ボクがつらいからね」

「わかりました。その時はお受けいたします。アレキさんもそれでいいですか?」

「……はい。申し訳ありませんでした」

「後でって言ったのに……」

 

 ちなみに私は特に謝ることとかないので見ているだけ。

 に、しても。

 ……この人、なんで捕まったんだろう。道中にいたヘンな動きの機奇械怪やあのメイドさんは確かに強かったけど──フリスさんを凌駕する程じゃない、よう、な?

 

「ただ、申し訳ありません。僕は今依頼を受けている身でして」

「依頼?」

「はい。なんでも義眼を作って欲しい、という……」

「あー……そういう繋がりで」

 

 私が狙われた原因、フリスさんだったんだ。

 ……まぁそれも解決したからいっか。

 

 うん?

 

「あれ? でも、それなら……あのメイドさんは、誰にアスカルティンさんの眼を持って行ったんだろう」

「おお流石チャルさん。今私も同じこと思いました」

「まさか……横臥さん、アスカルティンさんの眼をそのまま間宮原さんに付ける気じゃ」

 

 大変だ、と言って、フリスさんは立ち上がる。

 確かに大変だ。何より私も私の眼の行方は気になる。けど。

 

「彼女はどちらへ? 止めないと……」

 

 言っている事はマトモなのに。

 物凄く下手な演技に見えるのは、なんでなんだろう。フリスさん、もし転職する機会があっても役者とかやっちゃダメだよ。演技向いてないから。

 

 

+ * +

 

 

「お嬢様」

「おかえりなさい、チトセ」

「義眼、入手して参りました」

「あら本当に? ではフリス先生をいますぐに呼んで、施術をお願いしましょうか」

「……いえ、お嬢様」

()()()()()()()()()()()()?」

「ッ!」

 

 奥歯を噛む。あるいは唇か。

 やはり──気付いていた。気付かれていた。演技は完璧だと思ったんだがな。フリスのこと、何も揶揄できねェ。やっぱ無理だよ、オレ達上位者に演技っつーのは難しすぎる。素直に生きるのがオレ達なんだから。

 

 この人間は、わかっていたんだ。

 十数年と少しの間だったが……ただ、オレに飼われているだけだったこと。モルモットでしかなかったって、最初から。

 

「痛いのかしら」

「……痛み無く、行いますので」

「そう? 良かった。では最後まで──貴女のことを嫌いにならずに済みそうね。痛い事をされたら、嫌いになってしまうもの」

 

 心臓が跳ねる。

 唐突に抱き着かれた場合などを考えて普段から動かすことにしている心臓が、どくんと。それは──あぁ、怒り、なのだろう。

 まったく、実験体に余計な感情を持つなど。

 

「怖くは、ないのですか」

「怖いわ。とっても怖い。だって、ここでお別れなのでしょう? 私、チトセを揶揄って遊ぶのが生き甲斐だったのに。本当は……本当は、目なんか見えなくてもいいのよ? というより、目が見えない事より貴女がそばにいないことの方が完璧ではない、と言えばいいかしら。でも、関係ないか。貴女がいなくなるんじゃなくて、私がいなくなるんですもの」

「……本当は思っていない事を言います。嫌なら嫌だと言ってください。逃げたいなら逃げたいと言ってください。()()()()()()()()()()()()という理由だけで今貴女へ施術をしますが──別に貴女がいなくなっても構わない。また数十年、誰かに仕えるだけです」

「それは、嫌ね」

 

 あぁ。

 

「貴女が私のメイド。他の者に仕えるなんて虫唾が走る。──ほら、もうすぐ奇械士の皆さんやフリス先生が来てしまうわ。だから──私の最期は、貴女だけが見てくれない? どこの誰とも知れない相手に見られるの、嫌だわ」

「……わかりました、お嬢様」

「そ・れ・と。言葉遣い。元に戻していいのよ? 貴女、本来はもっと粗暴な方でしょう? 知っているのよ?」

 

 敵わねェなぁ。

 オレも長く生きてきたが、っとに人間ってのは、どいつもこいつも。

 

「……死に際だけ輝くの、本当にやめろ。価値を測り損ねるだろォが」

「それが生物というものよ、チトセ」

 

 ヘクセンお嬢様の眼に──手を入れる。

 サイキックの一つ、透過。武人系の入力をされた上位者がよく扱うサイキックであり、効果は単純に、物質をすり抜けて、任意のものだけに触れる。念動力、透過、転移。まだまだあるが──結局は《茨》の。

 

「変な、感覚……」

 

 一瞬だ。

 転移。それも位置を入れ替えるもの。AとBの位置を逆にする。

 元々の眼球と、機奇械怪の眼球──フリスに貰ったものを。

 視神経がぶつ切れになる痛みは、しかし脳には届かない。この瞬間、全身の信号は眼球へ集まる。痛みを発する神経からの信号も、異物感を訴えるものも、喪失感も、何もかもが脳を捨て、眼球を主と見定める。

 オレの手中で行われた"一瞬"に、ヘクセンお嬢様が一度だけビクンと震えた。

 

「……あ」

「お目覚めになられましたか、お嬢様」

 

 伝うのは──涙。

 痛みで、ではないだろう。悲しみで、なのだろう。

 

「ぁ、あ、あ、ああ、ぁああ」

「……私が見えますか、お嬢様」

「……ええ、ええ、見える。見えるわ。チトセ……貴女の顔が、見える」

 

 ヘクセンお嬢様はボロボロと涙を流しながら、そう言う。フリスの作った眼球は完璧に馴染んだらしい。血液が零れてくることさえなく、見た目すらもただの眼球にしか見えないまま──その機奇械怪は、この部屋を見渡した。

 

「なんだ……何も起こらないじゃない。脅かさないでくださる?」

「……お嬢様」

 

 お嬢様の生身の眼球を大切に保管しながら、言う。

 問う。

 

「覚えておいででしょうか。目の見えない貴女が、昔、派手に転んだことがありました。ラグナ・マリアは段差の多い国ですからね。石畳に躓いて、大きく転んで……」

「ええ、それは覚えているわ。その時私は両足の膝を大きく擦りむいて、大泣きして。ふふ、懐かしいわね」

「その時お嬢様は言いました。『痛みを発する足なんかいらない。取り換えてしまって』と」

「私が言ったの? そんなことを」

「はい」

「それは……馬鹿ね。自分の幼稚さが恥ずかしいわ」

「昔。貴女は私を求め、名を呼び……ベッドから落ちた事がありました。夜中のことです。その時の打ちどころが悪かったのでしょう、貴女は小指を脱臼してしまった。──その時も、貴女は言いました。包帯を巻いて、休んでいる間に……『あーあ、付け替えができたらいいのに』と」

 

 ヘクセンお嬢様。

 貴女は昔から、我慢が出来なかった。我慢しているくらいなら代替手段を欲した。

 

 ですから。だから。

 

「だからオレは──その願いを叶え続けた」

「……」

「オレの考える実験体として、余りにも丁度良かったからだ」

 

 足を挿げ替えても、ヘクセンお嬢様はヘクセンお嬢様だった。

 腕を挿げ替えても、ヘクセンお嬢様はヘクセンお嬢様だった。

 痒みがあるのが嫌だと言われて、皮膚を変えた。息切れが嫌だと言われて、肺を換えた。勉強をする時、腰を痛めるのが嫌だと言われて、骨を代えた。

 すべてかえてきた。

 すべて入れ替えて来た。

 

 それでも貴女は、貴女のままだった。

 

「残るは、目と、脳。そして今目を変えて──貴女はまだ貴女だ。記憶も人格も、貴女のまま」

 

 ではやはり、その人物をその人物たらしめる"ソレ"は、脳に宿るのか。

 

 首を振る。

 だってもう、フリスの作った義眼が脳を侵蝕している。痛み無く、違和感なく、異物感なく。アイツの作った義眼は、ヘクセンお嬢様の脳を機奇械怪へ創り変える。

 

「お嬢様」

「なにかしら」

「貴女は、ヘクセンお嬢様でしょうか」

 

 全てを変えて、変わらないのなら──やはり、"ソレ"は、まるで上位者らと同じように、概念として。

 

「いいえ?」

「……何?」

「私は機奇械怪よ、チトセ。貴女が今までやってきたことじゃない。うふふ、貴女はヒトを疑わなさすぎなのよ。──目の見えない私が何度死のうと思ったか、知らないでしょう。貴女の見ていないところで何度死のうとしていたか、知らないでしょう?」

「いつの間にンなこと……」

「隠れてやっていたのよ。貴女に命令を出した後とかにね。──けど、驚く事に、死ねなかったのよ。身体に刃が入る所はなくて、この前縊死も試したのに、それすらも無理で。違和感がなくても、痛みが無くても、私が私じゃなくなっていく感覚はずっとずっとあった。──だから私は、明け渡したのよ。目が見えないだけでも苦しいのに、そんなものに悩まなくちゃいけないなんて死んでも嫌だから」

 

 言いながら、笑いながら、ヘクセンお嬢様は……衣服を脱いでいく。

 廊下に近づいてくる足音に気付き、家具類を念動力で動かしてバリケードにした。もう隠さなくてもいい。

 

「えーと、確かこのあたり。そうそう、これ」

「……ダメだ、お嬢様。ソレを取り出したら……死ぬぞ」

「死にたいのよ? 人間の私が嫌だと思っていたことは、私にとっても嫌なこと。私は貴方を嫌いになりたくないし、痛いのも嫌だし、貴方を失うのも、見捨てられるのも嫌。だから──ここで死んでしまった方が楽でしょう?」

「待、」

「それじゃ、さようなら、チトセ。貴方といた時間、楽しかったわ」

 

 ヘクセンお嬢様は自らの胸に腕を突き入れ──その奥で、動力炉を握り潰す。

 サブや非常用があるわけでもない、メインだけで動いていたお嬢様は、それだけで終了した。停止した。

 

「……チッ」

 

 アスカルティン、とかいうののせいだ。

 アイツが……オレの求めていた答えをあっさり出しちまったから、ヘクセンお嬢様へ向けていたオレの興味がなくなったのを、彼女は感じ取ったんだろう。

 "ソレ"。

 ──魂の在り処。

 

 人間と融合した機奇械怪は、いつから機奇械怪になるのか。いつから人間が消えるのか。何を失った瞬間、人間でなくなるのか。何を得た瞬間、自我を得るのか。

 ただのエネルギーとして使うにはあまりにも未知。唯一答えを知っていそうなフレイメアリスは一切頼れず、ゆえにこそ実験するしかない。オレ達上位者が実験や研究を繰り返すのは、世界に知らない事があるからだ。

 

 扉の方に念動力を集中、固定し、もう一つの実験を行う。

 

 赤い光と共に転移させてきたのは、ヘクセンお嬢様によく似せた機奇械怪の身体。フリスの作ったこの体には、しかし目がない。

 そこに、先程転移で取り換えた眼球を入れる。

 さらに対応する動力炉を嵌めれば。

 

 一瞬。本当に一瞬のうちに、ヘクセンお嬢様の眼球は機奇械怪に蝕まれて──消えた。融合したんだ。

 ……ま、そうだよな。当然の反応か。

 

「一応聞いておくがな。お前、誰だ」

「名はありません。製造されたばかりですので、命名してください」

「そうかよ」

 

 動力炉ごと蹴り砕く。

 感慨。

 

 ……手のひらを上に向けて、集める。

 

「オールドフェイス……一枚、か。機奇械怪の分はやっぱり無ぇんだな、お嬢様よ」

 

 出来上がる硬貨は一枚のみ。

 ベッドから落ちるようにして停止しているヘクセンお嬢様。その頭部にある記憶チップ。

 

「……いいだろ、もう。持って行かなくて。このオールドフェイスも……戦利品でおいていくかね」

 

 ため息を吐いて。

 転移を、する。その光の中で、バリケードが完全に破壊され尽くしたのが見えた。

 ふん、まぁ精々調査するがいいさ。機奇械怪二つの残骸以外、何にも出てこねぇだろうがな。

 

 

 

 

 ラグナ・マリアの大宮殿。その上に飛んで、あぐらをかいて座る。

 ……萎えたな。結局……わからずじまいか。肉体に宿るわけではない、ということはわかった。元の肉体にも、取った肉体にも。

 だが、機奇械怪は人間の肉体から動力を抽出する。バラバラにした人間でも餌になる。

 

 フリスが原初の五機を生み出し、機械の時代にしてから、早344年。

 今までの「魔獣」や「精霊」なんかと違い、《茨》以外の要素が組み込まれた人類の天敵。終末の要因。

 ほとんどの上位者は「いつものことだ」として人間を死なないように回したり支えたり、あるいは試練を課したり実験や研究をしてきた。

 来たが──オレみてェに、違和感を覚えた奴もいる。

 

 ありゃ違うんじゃねェか、って。

 いつものキャンサーと違って……何か、何かある、って。それが何かはまったく、てんでわからねェんだが、どうしても違和感が拭い切れなくて。

 

 だから、オレや一部の上位者は、機奇械怪の方を研究する方向にシフトした。同時進行でフリス……仮称フレイメアリスへの対抗策の構築も。

 ただまぁこういう小難しい事はオレの領分じゃねェって思ってたんだがな。ちっと前に、エクセンクリンからの連絡が途絶えて、そうも言ってられなくなった。あんな古株で警戒心の強い奴でもそうなるんだ、これは事を早めに進めなくちゃいけねェってなって……それでもちゃんと丁寧に進めて。

 結局、コレだ。

 こんだけかけて、わからない、で終わり。

 

「……交代か」

「いよう! お疲れだな、チトセ」

「ふぉふぉ……実験は失敗ですかじゃ?」

「……失敗、じゃぁねぇが、求めていた結果にゃならなかった。オレはもう譲るぜ。ちと萎えた」

 

 ジュナフィス。リンゴバーユ。

 この国には他にも上位者がいる。皆が皆、やりたいことに飢えているだろう。単純に社会を回す役割にある者でも、人間でやってみたいことは沢山あるはずだ。機奇械怪への余計な入力はしたくないしな。

 

 ま、オレは……この体捨てて、概念体に戻るのもアリかね。

 

「譲るも何も、この国、そろそろ終わるぜ?」

「あン?」

「前々から"最悪端末"殿に言われていたことですがのぅ」

「『最後の戦いはド派手にやる予定だから、この国壊滅も覚悟しておいてね』、だそうですじゃ」

 

 リンゴバーユの言葉が終わる、その前に。

 

 入ったものを全て焼却するはずの湖、その水が──大きく大きく盛り上がっていくのが見えた。

 ソレは。

 

「『リゾート地といったら海獣でしょ! 鮫とかイカとか海蛇とかね!』と。シナリオも見せられましたが、ふぉふぉ、その、言葉を選んで……四歳児が書いたかのような稚拙な物語でしたが」

「アイツ、こと芸術においてはホント出来悪いからなぁ。模倣すりゃマトモになんだからオリジナリティ入れなきゃいいのに、いつも無計画に自分の味出そうとして陳腐になんだよなー」

 

 ラグナ・マリアを囲む、大型も大型な機奇械怪の群れ。

 上陸しようとしているものもいれば、武装を用いて国を叩き潰さんとしているものもいる。総じて見た目が気持ち悪く、悪趣味。

 

「──なぁ、ジュナフィス。リンゴバーユ」

「なんだよ」

「ふぉふぉふぉ」

「てめェら──面白い事すんのと、フリスに敵対するの。どっちがいい?」

 

 どうかしていることは理解している。

 あぁ、これか。エクセンクリンの言っていた、フリスに関わると変調を起こす。アレの意味は、これか。

 

 なぁ。

 ヘクセンお嬢様。貴女はオレをオレだとわかってたみてェじゃねェか。

 だが、あの瞬間──目を入れ替えた瞬間、アンタはいなくなった。アンタじゃなくなった。肉体の方にも、眼球の方にもアンタはいなかったのに、眼球を取ったらいなくなった。

 

 なぁ。じゃあよ、お嬢様。アンタ、どこにいたんだ?

 あの時オールドフェイスを作れたってことは、アンタが死んだのは間違いねぇんだ。なのによ、どこに、どうやって──あぁ、なぁ。

 

「ケケ、んなの決まってらぁ! ──どっちも面白そーじゃねーか! ノったぜ、チトセ」

「ふぉっふぉっふぉ、まぁ、こんなものを作り出している以上、機奇械怪への入力も何もないですからのぅ」

 

 なぁ、教えてくれよ、フレイメアリス。

 教えてくれよ、アスカルティン。

 

 お前らの言う魂ってな、どこにあるんだ。

 オレの大事なヘクセンお嬢様は……いつ、いなくなっちまってたんだ。

 

「さぁ、八つ当たりの時間だぜ、てめェら!」

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