終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
口にした瞬間、それが「口にしてはいけないモノである」と理解した。
これは「命」ではない。最近食べ方を理解した「魂」でもない。時折機奇械怪が扱っている「電力」の類でもない。何か膨大なエネルギー。だけど──これは。
「──ぅ」
「安心してね、アスカルティン。──ソレは、君を次に進めさせるもの。最近感じていたんじゃないかな? 一歩、二歩。それどころではない距離を、周囲が進んでいく感覚を。自分の方が高性能なはずなのに、追い切れなかった。自分の嗅覚は誰よりも優れているはずなのに、感じ取れなかった。何より君には、『あなたが機奇械怪である』という事実以外に特別なものがない……そう感じていたんだろう」
耳朶を打つ声。
フリス・カンビアッソは少し離れた所にいるはずなのに、こちらを心配するチャルやアレキの声は聞こえぬまま、全身を響き渡るその声だけが脳を刺激する。耳朶。脳。そんなものは形に過ぎないのに。
思い出すのは、誘拐されてすぐのこと。実験と言われて──機奇械怪を融合させられたあの瞬間に聞こえて来た、あまりにも無邪気な声。今にして思えばそれは機奇械怪そのものの意思だったのだろうけれど、今の感覚はそれと全く同じだ。
何か。
何か、自身の中核に入り込んでくるものがある。
これが《茨》なのか。それとも。
「ラグナ・マリアの時点で、君の"英雄価値"は最高域に達した。直近の英雄の誰と比較しても、君は"新しい"。自らの中の機奇械怪と対話する。そんな英雄は過去いくらでもいた。説き伏せ、共に戦う。それも少ないけれど、いた。でも、そんな彼らでも──自らの在り方にメスを入れることまではできなかった。魂の存在に気付いて尚、命を消費した。貪った。アスカルティン。君は、違うね。君と、そして君に融合した機奇械怪は、君の考えに同調し、理解を示し、だからこそ君を主と認めている」
響く。
この声は二人には聞こえていないらしい。ただ、ただ。
《茨》を食す口が。拒絶しているはずなのに──貪欲にそれを食べていく。
「変わるのは誰だって怖いだろう。君が嫌だと感じているのは、君という存在が消えてしまう恐れを抱いているからだ。だけど安心して欲しい。君は消さないよ。もし消えそうになっていても、僕が助けに行くくらいだ。──変わるのは君の"心"じゃない」
全身の解析機構が《茨》を解析していく。
これは何なのか。これはどういう仕組みをしているのか。これは何から発生し、何に吸収されるのか。これはダメだった。アレはダメだった。全身の素材のどれを用いても、ダメだ。ダメだ。ダメだ。ERROR、ERROR、ERROR、ERROR……。
ならば──使う言語が違うのだと、気付ける。
ヒントはある。
今、存在しない脳裏を駆け巡る声。それは耳から聞こえているのではないのだと理解する。聴覚? 視覚? 違う。それも、これも、これこそが。だから。
「おはよう、新人類。とはいえ君はまだ眠っていていいよ。君が活躍するのは"次"なんだから。──だから、今はその力だけを貸してあげてほしい」
──気付く。
チャル・ランパーロの中に潜む、あまりに膨大な揺らめき。アルバートの中にある、あまりにも淡い煌めき。
そして……あぁ、何故、こんなものを見逃していたのか。何故、こんなものと共に在れたのか。
これが。
こんな。
恐ろしい程に──惑星一つを越える程に巨大で、重厚で……あまりに懐かしい揺蕩い。
フリス・カンビアッソ。いや、フリス。
フレイメアリス。
「アスカルティンさん、大丈夫……?」
「カンビアッソさん、アスカルティンが《茨》を食べたまま動かなくて……」
「大丈夫ですよ。未知のものに対し、表情などのアウトプットを捨てて、全力での解析を行っているだけです。それもそろそろ終わります……が」
「が?」
「少々後ろがヤバいですね」
この《茨》とは。
ある、たった一人から派生した、巨大なエネルギー。それを動力に機奇械怪は動き、一部の者たちはそれを自らの力であるかのように揮っている。
違う。気付け。
これはそんな便利なものじゃ──。
「おやすみなさい、"次なる源"。君の出番は今じゃない」
チャンネルが切り替わるように。
意識が、変わる。
解析が終わる。
食べ方を理解する。あまり味は良いとは言えないが──これなら食べられる。
「まずいね、あの黒いの……"罅"がここまで」
「カンビアッソさん。あの飛んでるのって、機奇械怪ですか? それとも生物?」
「……分類上は生物でしょうが、もう死んでいるように見えます。さしずめ動く死体とファンタジーな魔物のハイブリッド……でしょうか?」
「冗談を言ってる場合じゃ、きゃっ!?」
大きな揺れに、現実にまで引き戻される。
そう。
そうだ、私は、アレを食べるために、この不味いものを食べさせられていて。
えー。
じゃあアレも、不味いのでは?
「この揺れは……」
「ネイト地下にあった施設を考えるに……その辺が全て崩れて壊れて、ネイト全体が崩落しそう。そんなところじゃないでしょうか」
「そんなところじゃないでしょうか、って……。フリスさん、前々から思ってたけどちょっと軽すぎないかい? 一大事だと思うんだけど」
「死ぬときはみんな簡単に死にますよ。まぁここにいるメンバーなら崩落する大地を駆け抜けて安全地帯まで行けそうですが。あ、僕は無理です」
「確かに……最悪、みんなを抱えて逃げればいいか」
何か危機感無さそうだし、このまま起きずに間に合わなくて逃げて、食べないで済んだらいいな、とか。別に私食いしん坊キャラではないと言いますか。お腹空いてる時に美味しいものを食べたいだけで、いつでもどこでもなんでも食べられたらいいっていうわけじゃないっていうか。黒すぎてどう考えても不味そうというか。
「アスカルティン、起きているのでしょう。わかっていますよ」
「……ぁえ」
「ランパーロさん、もう大丈夫です。《茨》を引き抜いてください」
「あ、はい」
口の中からずるずると引き抜かれていく《茨》。不味いものが無くなるのは大助かりだ。
その際、チャルさんの腕に戻っていく《茨》が彼女に傷をつけ……ない。
どころか、チャルさんの方に《茨》の先端を、《茨》自身がふるふると振って、彼女の腕の中に戻っていった。
……従えてる?
「お味は如何でしたか?」
「ちょう、まずい」
「えっ……そうだったんだ」
「大丈夫。私はチャルの《茨》、嫌って無いから」
「なんのフォロー!?」
よっこいしょ、と立ち上がる。
そして──おお、まぁ、まぁ。
まぁまぁに絶望的な状況に──ぐぅ、とお腹が鳴る感じがした。鳴りはしないんだけど。
どうやら私の身体はお腹が空いているらしい。まぁ、解析に結構な動力を使ったから、当然と言えば当然。
だけど食欲湧かないなぁ。
「アスカルティン、瞳の改造をするといいですよ」
「瞳?」
「はい。別に光刺激を人間に合わせる必要なんてないんです。食べやすい、食べたいと思える色に着色できます。あなたはほとんど機奇械怪なんですから、色も匂いも、なんなら味も。感じたい風に感じられる。それが機奇械怪というものです」
確かに。
だからあの時の……ギンガモールの中で受けた酸性の動力液も、最終的には美味しく食べられたんだし。
なら、さっきの《茨》の味を美味しいと感じるような構造を作ればいいわけだ。どうせもう舌も生身じゃないんだし、適当にこねくり回して……あ、あと全身に耐性をつけないと。耐久性能……とかじゃないんだっけ? なんでも侵食するみたいだし。
じゃあ、参考にするのは……あの時だ。
食べられなかったヒト。ケルビマさん。あの味を、あの感触を。思い出して──そうそう、だから、何を使えばいいかというと。
「フリスさん、オールドフェイスください!!」
「はい、どうぞ。間宮原ヘクセンの部屋で見つけたものが一枚余っていましたから、食べて、使いなさい。ついでにもう一つ、これはサービスなのですが──」
投げ渡されたコインを食べる。
動力炉に入れて……消化するのではなく、そこから滲み出るエネルギーを搾り取っていく。おお、効率がいい。というかこっちが本来の使い方な気がする。
つまり、装甲の耐久性能とかじゃなくて、"罅"が入って来ることを防がなきゃならないんだから──私を防げるもので覆ってしまえばいいだけの話。
「全ての機奇械怪は、オールドフェイスによって超駆動……オーバーロードができます。ですから、はい、ランパーロさん」
「え? あ、はい。……えと?」
「アスカルティンのサポートをお願いします。あなたのそれも、オーバーロードができるはずですから」
動力炉の中でゆっくり回転していくオールドフェイス。
そこから取り出されるエネルギーは、本質的には目の前の"罅"と同じもの。
舌の改造は終わった。装甲にエネルギーの膜も張った。
「行ってきます」
準備完了。
──じゃあ、あとは、あのヘンなのを食べるだけ。
瞬間、私は黒天使の目の前にいた。
ぎょろりとした目。そこに、勢いと回転を利用したキックを叩きこむ。
「ぶっ飛ばない、ですか……折角テンション上がり気味だったのに、そこは空気読んでくれたって……」
「言い忘れていましたが、アスカルティン! そいつ、ネイトの外に出したら終わりだと思ってください! ネイトの地下がスカスカだから押し留めていられているものの、この"罅"が平地に根を下ろしたが最後、地上の国は大体滅ぶと思います!」
「先に言え──ッ!!」
地上の国なんか興味はないけれど、だからと言って人類滅亡の引き金を引きたいわけじゃない。
だから、ぶっ飛ばすとかそういうのナシにして、未だ打ち付けてある足を起点に黒天使へ取りつく。
ぎょろり。
「ひゃっ!?」
思わず飛び退いてしまった。
だってそうだろう。さしもの私も、目の部分にあった目が、滑るように後頭部にまで移動してきたら怖い。飛び退き、そのまま自由落下を始めている私を、背中にまで来た目が未だ見つめ続けてきているのも怖い。
どちゃ、と音を立てて"罅"の上に落ちる。
……よし、侵食はされていない。
上を見上げれば。
──こちらに向けて、真っ黒過ぎてよくわからないけど、多分円錐状のモノが。
「モード・テルラブ、オーバーロード!」
射出、されなかった。
横合いから飛んできた弾丸が黒天使の身体を貫いたからだ。射撃は正確無比。どころか、ちょっと弾道の外れていた弾も、その軌道を曲げてアレを貫いたように見えた。
ぎょろり、ぎょろり。
……私を見続けていた目が、そのまま二つに……というか四つに増えて、チャルさんの方を向く。
あの、怖いです。普通に。機奇械怪も時折意味の分からないものがいるけれど、何がどうなってああなって、みたいな機構はわかるから……余計にアレが怖い。
アレがなんなのか、全くわからない。
「く……私も斬撃とか飛ばせたら」
「創作ファンタジーの見過ぎです。それよりアレキさん、ランパーロさんを抱いて、逃げ回ってください。多分そろそろ反撃が来ます」
「わかりました」
言っている間に、フリスさん達の方へ、針状になった"罅"が飛ぶ。いやほんと"罅"ってなんですか。普通に攻撃性のある液体、とかじゃダメなんですか。
とかなんとか言ってないで、もう一度黒天使に肉薄する。
私から離れる事のない目。瞬時、生成される錘を左拳で割り砕き、さらにそれを蹴って加速。
そして、黒天使の右翼に思いっきり噛みつく。
味は……あー、うん。《茨》に似てるけど、少し薄味、だから、これを美味しいと思うように調整して……噛み千切る。
頭の割れるような悲鳴。
うるさいのでシャットアウト。そのまま翼に組み付いて、ガジガジとそれを食べていく。
「フリスさん、ボクにできることはあるかな」
「アルバートさんにできることは僕を守る事ですね」
「それは……必要なのかな。フリスさん、自分で逃げられるだろう?」
「僕をなんだと思っているのか知りませんけど、本気の本気で弱いですよ、僕。確かに他人よりは鍛えていますが、脆弱極まりないです」
「……いや、わかったよ。それに、好きな人を守る機会はボクとしても嬉しいからね」
「はあ。まぁ、じゃあお願いします」
ガクン、と、落ちる。
即座に理解する。自分で翼を切り落としたのだ。だから落ちる翼を蹴って、黒天使に組み付く。
周囲を高速で移動しながら放たれる弾丸の雨。それは、スルスルと私のいない箇所だけを狙って黒天使に突き刺さる。オーバーロードとやら力なのだろう。で、それ私にも使えるらしいけど、使い方教えてくれないのはんでなんですかね。
結局フリスさんもケルビマさんと同じで「ヒントはやるから自分で気付け」というスタンスを変えようとしないと、タチが悪いです。そりゃ何も考えないで答えだけ、っていうのは調子良いと理解してますが、名前だけ教えられる事はヒントじゃないと声高らかに叫びたい。
「まぁ、もう、食べ方も噛み方もわかったけど」
オーバーロードとやらは、よくわからない。
でも──もうわかった。組み付いて噛めばいい。取りついて千切ればいい。それを食べれば、それさえも私の動力になる。
「──それだけかい?」
「!?」
声。
目の前の黒天使……じゃない。この声は、彼だ。
「ヒントはあげたよ。君に。こんな声はヒントじゃない。今、体の中で回っているソレがヒントだ。君はもう辿り着いたはずだ。君はもう、自分が何を動力にしているか気付いたはずだ。──なら食べるものなんか、決まっているだろう」
「ええい、うるさいです……私は私のやり方でやりますから、引っ込んでてください!」
「あはは、君がどれほど僕を嫌っても関係ないよ。僕は君に"英雄価値"を見出している。君は必ず僕のためになる。君は必ず機奇械怪にとっての良い入力になる。君は死ぬまで──いや、死んでもかな? 僕の手の中で、この箱庭の中で、永遠に踊り続けるんだ」
「シャットアウッ!」
理解をする、という機能を一時的に停止する。
考える、という機能を一時的に停止する。何かが聞こえても、それは音。うるさいけど、うるさいだけ。
私は。
……えーと、たべる!
だから!
「出番だね!」
どうぞご勝手に!
とりあえずアスカルティンに仕込む第一段階は終了。後は勝手に発芽するだろう。
僕が行う人間アスカルティンへの入力はここまでかな。もうすぐ完全な機奇械怪になるだろうから、そうしたら僕はもう手を付けない。
だからこれが最後の入力。あとはアスカルティン自身が気付き、段階を踏むか、一息で全てを飛び越えるか。「私は私のやり方でやる」とのことだ。彼女の寿命は人間とは全く別のものになるだろうし、そこは気長に待たせてもらおう。
さて、幼稚な機奇械怪へと意識の切り替えを行ったらしいアスカルティンが、物凄い勢いで"罅"を食い散らかしていく中で、少しだけ考え事をする。
チャルとアルバートの会話から、アルバートが何度も何度も転生……というより憑依? みたいなことをしているのがわかった。それはサイキックに関係ない、どっちかというと呪い……他者がアルバートにかけた契約のようなものに思える。
いやホントにね、今は機械の時代だから、こういうファンタジーな話したくないんだけど……まぁ多分、アルバートは機械の時代になる前から存在しているんだろう。で、言い分からして、かつての僕と仲良かった誰か、なんだけど……。
ううん。
僕、無計画に正体晒してどーん! をするまでは、割と普通に一般人やってるからなぁ。
いるんだよね。それはもう、数えきれないくらい。仲良かった人間。
ここには当然チャルやアレキも含まれることになるし、元両親……クリッスリルグ夫妻も含まれる。そういう、人間社会の輪にいた時に作った友達、家族みたいなのは沢山いるから、誰がどれとか言われてもなぁ、って感じ。
聖都アクルマキアンにいた時の飲み仲間……までは絞れた気がしないでもないけど、果たして……あの時の飲み仲間、つまりヘイズの居酒屋に通っていた"英雄価値"たちの誰かってことだろ? そんなのいっぱいいたって……あの頃はとりわけ英雄が多かったんだから。
その中からアルバートっぽいのを思い出すのは……至難だ。だって今のアルバートに"英雄価値"は感じない。物凄い煌めきを見せてくれるというのなら話は違ったけど、こんな薄っぺらいサイキックと誰を重ねたらいいんだ。
「フリスさん、結局アレは……なんだと思う?」
「まぁ、何らかの実験動物じゃないですか? ここは黒魔術を研究していた国なんですから」
「でもさっき、『さしずめ動く死体とファンタジーな魔物のハイブリッド』と言っていましたよね」
「アレキさんに冗談を言っている場合じゃない、と言われましたけどね」
「冗談じゃないから言ったんじゃないですか?」
……アルバートは隠す気があるのだろうか。自分のサイキックや生い立ちを。
なんか、僕にならバレてもいい、という風に聞こえる。それは僕を好きだから、とかじゃない……んじゃないかな。さっき自身の気持ちに気付いていたことだし。
じゃあやっぱり、僕を上位者だと確信しているからこそ、かな?
それなら……こっちからカマかけるのもアリか。
「やけに詰めてきますね。あなたこそ知っているのでは? 動く死体、魔物。これらについて」
「ああ、知っている。ゾンビというものが闊歩していた時代。魔物というものが存在していた時代。それらをボクは知っている」
「……」
「ボクは開示した。だから、アナタも教えてくれると助かるよ。──使徒、フリス・カンビアッソ。目的とかは聞かないでおくから、あれが何なのかだけでもね」
……それは、絶対の自信から来るものでもあるのだろう。
時間を操るサイキックが僕より上の存在である(と勘違いしている)フレイメアリス(でもない僕)に効いたこと。つまり、最悪僕をはるか遠くの未来に送ってしまえばいいと──そう考えているわけだ。
うん、確かにそれは痛い。僕の眼で機奇械怪の進化を見届けられない可能性があるってことだ。怒りと悲しみから、全てを焼き払ってもう一度機械の時代を始めようかと思うくらいには痛い。
けど、ちょっと自信過剰というか、勘違いをしているかな。
君のソレ、万能じゃないよ。
「脅しですか? もしかして、僕を未来に飛ばして──それが解決になると思っていますか?」
「……やっぱりバレていたか。いや、ボクの能力は全て先延ばしに、先送りにするだけのもの。いずれ報いは受けるのだろう。ああでも、未来で会っても、また未来に飛ばすつもりはあるけどね」
「では、いいものを上げましょう」
「──ぅ!?」
ぐっさり、と。
刺さったのは──《茨》。どこに、って。
アルバートの胸。中心。心臓のある位置から、少し上。
「ご安心を。これはチャルさんのものと違い、肌や中身を傷つける事はありません。ただ繋げただけですので」
「つ……な、げ、た……?」
「はい。僕の《茨》を、あなたの時間操作に。僕を飛ばせば、あなたも飛びます。ああ、自己犠牲に僕を道連れに、というのなら結構。その時はその覚悟を評し、永遠に連れ添ってあげますよ。折角告白もしていただいたことですし」
僕を脅すなど、百年早い……って、アルバートにとって百年なんか一瞬かな?
ああでも、君が飛んでも、飛んでいくのはフリス・カンビアッソだけだ。僕は別に行かないから、勝手に行っておくれ。
「アナタは……まさか」
「いい加減イライラするんで先に言いますけど、僕はフレイメアリスじゃないですよ。過去、一度たりともフレイメアリスを名乗った事はないです」
ここで完全に否定はしておく。
なんか上位者のみんなもミケルもアルバートも、多分だけどアスカルティンさえも……僕をフレイメアリスだと呼ぶけれど。
僕はフレイメアリスじゃない。そう名乗った事はない。勝手に呼ばれていたらそれは知らないけど、少なくともフレイメアリスと呼びかけられて返事をしたり振り返ったりはしていない。
人違いです。人じゃないけど。
……ただ、数多の英雄と聖都アクルマキアンの居酒屋で飲み食いをしていたのは事実だ。その時にフレイメアリスなる神を見かけたかどうかと聞かれたらNOを返すけど。
フレイメアリスはいない。架空の神だ。
もし本当にいるとしたら、それはフレイメアリスを騙る誰かだろう。僕じゃない。
「僕はフリスです。まぁフリスじゃなかった時期もありますが、フリスです。あなたの言う通り使徒ですが、別に害を齎そうとか考えてないです。これでいいですか?」
「これで、いいも、なにも……。ボクはただ、アレが……何なのかを、聞いただけで……」
あ。
……ふむ。
……確かに。脅されたっぽいからちょっとイラっとしちゃったけど、別に存在を否定されたとか、害を為す存在だと糾弾されたとか……特にないな。
ふむ。
えーと。
うん!
「──まぁ、安心してください。この《茨》は、いずれあなたのためにもなりますから」
「ボク、の……?」
「会いたいのでしょう? 原初の記憶にある誰かに」
必殺、とりあえずそれっぽいこと言っておけ作戦──。
何がどうためになるのか、どうやってソレに会わせるのか、そもそもそれが誰なのかはまーったく知らないけど、大丈夫、僕ならなんとかできる。できなかったら他の上位者に丸投げする。エクセンクリンあたりに調べさせればなんかわかるでしょ。
「とはいえ、こちらが失礼をしたのは事実。お詫びに教えますよ、アレがなんなのか」
……今、この世のものとは思えない悲鳴を上げて、チャルの弾丸とアスカルティンの捕食から逃れようとしているもの。
アレは。
「まぁほとんど言った通りです。ゾンビ……ただし、恐らくネイトがあった時代の人間、その誰かをゾンビ化技術で保存し、そこに黒魔術と称した《茨》で作り上げた生物を合成した、所謂キメラという存在。時代錯誤も良い所です」
「……成程、違う時代の……」
「ま、ネイトが滅びる事も研究者たちにとっては予想外の事だったのでしょう。ロクな処置もせず、殺処分もできず、封印だけして放置した……あるいは、戻って来るつもりだったか。どちらにせよネイトが滅びてからずっと、アレは地下に放置されていて……降って湧いた自由の機会にはしゃいでいる。ま、それももうすぐ終わりそうですが」
ぐぎき、と。
枯れ木の折れるような音が響く。
ああ、ほら。
アスカルティンの手が、キメラの肩と頭を掴んで──首から、裂いて。
「同情……するべきなのかな」
「あはは、しなくていいと思いますよ。再生力の類は持っていないようなので、やろうと思えば自滅は出来たはずです。それをせずに生きる事を選んだんですから、殺されても仕方がないかと」
「生きる事を選んだから、殺されても仕方がないというのは……なんだかな」
「ここは箱庭ですから。他の星ならいざ知らず、魂を一つ消費する時点で──誰かの糧になる覚悟はしていないと、ダメですよ」
「はは……肝に銘じておくよ」
結局、アスカルティンは従来のやり方でアレを殺した。
ま、「私は私のやり方で」とのことだ。もう少し待つべきではあるんだろうけど……さてはて。
「それで、フリスさん。この大量の"罅"は、どうしたら消えるのかな」
「……僕が善良な使徒ですよ、ということをアレキさんに伝えてくれるなら、僕が処理します」
「わかった。そしてもし彼女がアナタに刀を向けるようなら、それを止めると約束する」
「はぁ。……ホントはバレちゃいけないんですよ? わかってますか?」
「わかっているさ。ボクが出会ってきた使徒は皆人間社会に溶け込んでいたし、溶け込もうと努力していたからね。君達にも……それこそフレイメアリスのような、もう一つ上位の存在がいるんだろう?」
……うーん、鋭いんだか鋭くないんだか。
まぁ大本は人間の上司みたいに上位者を罰する、とかはない。チトセと交信してたのは、単純に最近僕がやり過ぎているからだろう。
大本は僕を癌のようなものだと思っているから、早目に切除したいんだろうね。
普通に居座る気満々だけど。
「それじゃあ、降ろしてください。それと、処理中は僕の方あんまり見ない方が良いですよ」
「技術がバレたら困るから、かい?」
「いえ、残酷な上に目が灼かれるので」
降ろされる。
ネイトのほとんどを覆い尽くした"罅"。それの、比較的無事な建物に。
そこへ、キメラを食べ終えたアスカルティンとぴょんぴょん飛び回ってたチャル達も集まって来て。
「アレキさん、チャルさん。ちょっと」
「えっ。恐らく一番の功労者であろう私には何もないんですか!?」
「褒めるのはあとで、これでもかってくらいあげるよ。それよりアスカルティンさん、君も上に上がるんだ」
「あ、大丈夫です。これ、私には効かないので」
「そういう話じゃないから、上がるんだ」
「……はぁい」
褒められないどころか怒られる事でかなり文句ありげなアスカルティン。けど、人心掌握はアルバートに任せて、僕は知らんぷりで行こうと思う。
「さて」
さて。
──降りる。
「え!」
「カンビアッソさん!?」
バキバキとスーツを、足を侵蝕してくる"罅"。が、砕くまでいかない。というかすぐに僕だと気付いて引いていく。
うわぁ、しっかし溜め込んだものだ。
二百年くらい? いや、滅びる前から実験されてたなら、もっとか。
……同情というより、勿体ないなぁという気分が強い。一個人にこれだけの量の"罅"を溜め込めるということは、それだけこの実験体君のキャパシティが広かったということ。誰かも知らない、年齢も知らない。何と合成されたのかも知らない。
けど……まぁ、今の今まで、生きたいと、そう思い続ける気力はあった。復讐でも考えていたか、それとも長らく見ていない空でも夢見ていたか。
──凡夫が、まぁ、大層な夢をみたものだ。
そういうのを抱いて生き残れるのは英雄だけだよ、凡人くん。
「そら……戻るといい。その姿ではなく、元の形に。認識コード・オディヌ」
言葉と共に。
黒は一瞬にして《茨》へと戻る。その際に溢れ出る光は太陽にも匹敵する程のもの。あーあー、これ、各国から見えちゃうよ。新たな機奇械怪の出現と捉えてくれたらミケルの機奇械怪でも置いていくんだけど……上位者にはバレるよなぁ。
いやバレるのはいいんだけどさ、次行く国でもまた非協力的なのになると面倒なんだよなぁ。
光の中で、ずるずると僕に還って来る《茨》達。
この様子はまぁ光の中だから見えていないだろう。見えていたとしてもアスカルティンくらいだ。彼女に見られるなら別に良い。
最中。
悲鳴が──響き渡る。
「……ああ、まだ生きてたんだ。まぁそうか。体内はほとんど"罅"だっただろうし、内臓では動いてないよね」
キメラが、目を、目を、沢山の目を体から出して、僕を睨む。
光の中で。その憎悪は、その悲鳴は。
「残念だったね。君達のもとにきたのが僕でさ。もっと優しい上位者だったら、一思いに殺してくれたかもしれないけど──」
薄く笑う。
「僕の中で、精々意識を保つといい。《茨》に苛まれ、感情に、記憶に嬲られ……失意の果てに終わりを選ぶんだ。じゃあね、名も知らない誰か」
飲み込む。
キメラごと、ネイトにあった全ての黒を。
輝かしい光の中で、生きた蛇のように身をくねらせていた《茨》の全てが、僕の中に戻った。
光が、収まる。
「……おわ、った……?」
「ええ、終わりました。ああ、だから気を付けてください。この辺の地盤は多分すっからかんなので、変な所に立っていると」
ピシ、と音が鳴って。
ガラ、と崩れる音がして。
「──このように、落ちます」
「言ってる場合か!」
FANTASY……ONLY……THIS……STORY……