終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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あっさり裏切る系一般上位者とその旧友

 再建邂逅は国民の全員が戦闘者だ。

 だから、配置された上位者も当然戦闘者でなければならない。

 

「成程ね、牢の番人。それなら確かに広場へ駆り出される事もない。考えたね」

「……フリスか。お前はホワイトダナップに配置されていただろう。何故ここにいる」

「あれっ、連絡とか行ってないのかい?」

「……大本のことなら、交信はもう随分と前に断絶した」

「断絶?」

危機(CAUTION)だの警鐘(EMERGENCY)だのとうるさいばかりだった。……そんなもの、ここに配置された時点で知っている」

 

 ロンラウ。

 老人の姿をした上位者で、一応ひっかきまわす側なんだけど、今はそうでもないらしい。ま、上位者の心変わりは褒められるべきことだ。本当はそんな成長するはずないのに現実している、ということは、大本が制御しきれなくなっている、ということでもあるからね。

 元々制御なんかしてないんだけど。

 

「それで、何用だ。何故ここにいるかも答えろ」

「何故ここにいるのかは、実験過程で対象がホワイトダナップの外に出たから」

「……何用かは?」

「これから僕がやることに対し、君が目を瞑っていられるかのテスト……かな」

 

 突きつけられるグレイブ*1。その刃は僕の眼前で止まる。

 止まったのではなく、止めた。彼は本気で僕を斬るつもりだった。だから念動力で止めた。

 

「何か実験中?」

「……憐憫だ」

「へぇ」

 

 ロンラウはグレイブを大きく横に薙ぎ、顎だけでソレを示す。

 牢の中。

 

「……子供? まだ小さいね。女の子か。まさか、これに?」

「そうだ。病を持っている。ゆえに親に捨てられた子供」

「あはは、おかしなことを言うようになったね。病に侵された孤児なんて、そんなの珍しくもないだろ?」

「おかしいのはお前だ。いや、お前たちだ。子とは守られるもの。親の庇護を失くし、病を持っているというだけで投獄された矮小なる生物に、憐憫の一つもかけてやれんとは」

「なら病を治してあげればいいのに。機奇械怪でも融合させれば、簡単に治るよ、病なんて。気にならなくなる、が正しいけど」

 

 また、斬撃。

 一撃一撃に殺意が乗ってるね。隙あらば殺そうという意思が感じられる。

 

「機奇械怪こそ──この星の病だろう」

「いいや、違うね。機奇械怪はパッチだ。だから、どっちかというと薬だよ」

「……どちらでもいい。害であることに変わりはない」

「薬と毒を一緒くたに考えるのはやめてよ。有益無益の分類ができなくなったら、僕ら入力なんかできなくなるよ?」

「しなくともいいだろう、もう。機奇械怪は地上を覆い尽くしつつある。人類は加速的な衰退へ向かっている。人類を滅亡させたあとで、機奇械怪は己の過ちに気付き、しかし朽ちて行く。あるいはその最中、自ら気付く者が生まれるやもしれん。それでいいだろう。生まれなかったら、もう一度やればいい。俺達には時間があるのだから」

 

 ……ま、それはそうだったりする。

 僕が機奇械怪への入力を避けて人間に注力し、間接的な入力を狙わずとも……もう、機械の時代は秒読みで終わる。それくらい人類が機奇械怪に打ち勝ち、再生する道が無いのだ。

 だから、僕が何をせずとも、上位者が何をせずとも……もうすぐ人類は終わり、機奇械怪の餌は無くなり。

 そうして、機奇械怪の蔓延る時代も終わる。最終的に残るのは原初の五機か、なんかの強いプレデター種か。

 そうなる前に僕らは人類の種を保管して、更地になったメガリアにまた植えなおして、新たな時代を始めるのだ。

 

「ヤだよ。勿体ないし」

「……新たな英雄でも見つけたか」

「うん。久しぶりにね」

「俺は、この子供を守る。残りの短い生、死ぬまで……いや、その死を看取るまで。()()()()()()()()()()()()()()()

「ありがとう。できるだけここに被害が来ないようにするけど、流れ弾はちゃんと弾くんだよ」

「言われずとも、だ」

 

 ロンラウと、そして衰弱し、息も絶え絶えな牢の中の少女に背を向ける。

 ──最後の一撃も、届かない。

 

「……相変わらず、硬いな」

「そりゃね。君達とは意思の硬さが違う」

「……」

 

 後ろ手を振ってそこを去る。

 憐憫、ねぇ。

 

 違うと思うよ、ロンラウ。それ、憐憫じゃなくて……なんて、教えてあげないけどさ。

 その子が死ぬとき、ようやく気付いて。

 

 涙でも、流すといいさ。

 

 

 

 

 

 

 ひっかきまわす側……クラウン側で唯一大規模な念動力使えるロンラウの許可を取ったので、後は……ま、どうでもいいかな。

 他の上位者は簡単に抑え込めるし、それじゃあ──早朝ながら。

 

「──創り変えるよ」

 

 赤雷が走る。

 創り変えるは広場だ。再建邂逅の老若男女が集い、戦い合い、高め合ったそこを──ある機奇械怪に創り変える。

 

 色は白。まず縦に一文字と、それへ垂直に刺さる幾本もの横線。

 上空からみれば──閉じた歯に見えるかな?

 

 さぁさお立会い。

 これはかつてNOMANSの製品、GARAGEと呼ばれていたもの。大型のNOMANSを小さな空間に収容しておくための、NOMANS専用の倉庫。

 その大口が、今開く。

 

 まず、のっそりと……その太い足を出したモノがあった。びっしりとブラシの生えた肢。それはカクン、カクンと曲がって──地を揺らす。

 

 さぁ、人間も、機奇械怪も、わらわらと出てくるよ。

 のっそりと出てきたのは、特異オーダー種『ヴェネトリア』。足の長い、本体が遥か上空にまで上がる蜘蛛の機奇械怪。高い所から全てを見下ろし、自らの子であるヴェネトリアαや他の機奇械怪へ指示を飛ばす他、自らの攻撃・捕食が可能な、結構珍しいオーダー種だ。

 他、広場の口からは主に虫を模した機奇械怪がわらわらわら。

 

 そして最後に出てくるのは──白。

 

 機奇械怪にしては珍しい、真っ白なボディのソレは、繭。

 ミケルの新作機奇械怪にして、従来のものよりかなり小型であるその機奇械怪の名は、『トーメリーサ』。融合プラント種トーメリーサ。

 今までの誘い込んで自縛したり、誘い込んで中で攻撃したりな大型機奇械怪、という形をやめたらしい。やめたというか、他も試したくなった、というか。

 いやぁ、彼の引き出しは尽きるところを知らないね。感心感心。

 

 それじゃあ、ショウの始まりだ。

 目玉戦力はホワイトダナップから来た四人と、この国奇械士最強君。他は未知数だけど、目に留まる者は特にいない。

 対する機奇械怪は──巨大なヴェネトリアと、小さくも目立つトーメリーサと、そしてそして、万を超える虫型機奇械怪の軍勢。

 一匹一匹は弱いかもしれないけど、果たしてそれが万を超えて──この国は耐えられるかい?

 立地だけで生き残ってきた国が、内側からの侵攻にさ。

 

「フリスさん」

「──やぁ、アルバート。どうしたんだい……僕の背後を取って、首に剣なんか回して。嫌なことでもあった?」

「君は、益を齎す使徒だと。そう思っていたんだけどね。──見込み違いか」

「一つ、良い事を教えてあげよう、アルバート」

 

 背後を取られたから。

 その剣を、がっちりつかんで、その身に《茨》を絡ませて。

 

「ッ、しまっ──」

「人類の発展を願う使徒なんて、一人だっていないよ」

 

 そのまま、GARAGEの中に倒れ込む。

 今だ機奇械怪の這い出つつある、真っ黒で真っ黒な深淵へ。

 

「くそっ!」

「あはは、随分と汚い言葉を使うじゃないか。貴族らしくないよ。ガルラルクリアの名が、エルグの名が泣くよ、アルバート」

 

 ガチガチと音を鳴らす。

 シュウシュウと音を鳴らす。

 ギチギチ、ミチミチと、音を、音を鳴らす。

 

 GARAGE──それは、圧縮空間収納システムというものを用いた、無制限に物が入る倉庫。ピオ・J・ピューレに備え付けられたものは小型化された高級品だが、こっちは量産品。かつての時代、このNOMANSは数多あり、中にしまわれていたNOMANSは数知れず。

 キャッチコピーは『入りさえすればどんなものでもしまい込める』。設置さえできれば、海だって飲み込める。

 ……まぁ、実は上限があるんだけど、それに至るにはこの惑星は狭すぎるからね。十分だった。

 

「これは……周囲を、のぼっているのは」

「全て機奇械怪さ。全て人間を食らわんとするモノ達だ。だけど安心すると良い。君なんかがいなくても、チャル達は必ず生き残る。──再建邂逅がどうなるかは知らないけどね」

 

 落ちていく。落ちていく。

 底なんかない。ただ、アルバートは気付くかもしれない。

 下へ行けば行くほど──機奇械怪の身体が大きくなっていることに。

 

「まさか、この中で」

「そうだよ。蟲毒って奴だ、文字通りね。この中で、億を越える機奇械怪が、共食いをしあって──大きくなり続けている。飢えているんだ。誰も餌なんかくれないから」

「そんなものを再建邂逅に……」

「おいおい、他人の心配をしている場合かい? 誰も餌なんかくれない、って言っただろ。──じゃあ、今入って来た二つの餌はさ。どれほど美味しそうに映ると思う?」

 

 消す。《茨》を消す。

 そして僕は、念動力で浮く。

 

「ッ──」

「さようなら、価値なき凡夫。数多の機奇械怪にその身を啄まれ、死ぬと良い。ああ、安心していいよ。君にかかった呪いは消えていない。契約は切れていない。だから君は死んでも、また未来の誰かに憑りつく。記憶は更に摩耗し、自身の存在意義の消えた未来で──また会おう。ああ、僕に会わない方が幸運なのは認めるけどね?」

 

 それじゃ、なんて言って手を振って。

 僕は浮上をしよう──として。

 

 ガクンと引っ張られるのがわかった。下に。

 

「……やめといた方が良いよ。それ、結構簡単に人体を傷つけるから」

「ふふふ……なんだ、心配してくれるのかい? が、心配ご無用……ボクは、誰よりも諦めが悪くてね」

 

 縄。

 紐。

 いや、《茨》だ。僕がアルバートの未来跳躍対策にと繋げた《茨》を、どのようにしてか掴んで。

 僕にぶら下がる形で、彼女はまだ生きている。

 

「そういえば君は、フリス・カンビアッソが好きなんだっけ?」

 

 思い出したように。

 ネイトで盗み聞きしたことなんか忘れて、軽い感じで聞く。

 

「──じゃ、あげるよソレ。大事にしてね」

「!?」

 

 ずるりと落ちる。

 僕から、フリス・カンビアッソが剥がれ落ちる。主のいなくなった肉人形が引っ張られ、引きずり込まれる。

 

「フリス……フレイ、メアリス!」

「学ばないなぁ。だから違うんだってば、あ、聞こえてないか」

 

「──アイメリア!!」

「!」

 

 掴もうとした。

 念動力で、彼女を。

 

 だが──消えた。

 ……未来へ飛んだか。

 

「驚いたな」

 

 ポツりと呟く。

 驚いた。そんな昔の名前を知っているとは。でも、どうやって知ったんだろう。彼女、精々が1500年前の人間だろう。その名を名乗ったのはもっともっと昔のことだ。

 

 驚いた。素直に。

 けれど、その時代を知っているなら、神なんて言葉は出さないはずだ。だから知識として知ったんだろうけど……問題は誰が教えたか、だ。上位者じゃないのは確実。だってその頃上位者どころか大本もいないし。

 ならば、誰が。

 

「ん……」

 

 ゴォン、という音がして、上空から、何かが降って来た。

 それは僕の身体をすり抜けて、飢えた巣穴の奥へ奥へ。

 

 ……今の、ヴェネトリアか。負けるの早いなぁ。

 

「さて……次の肉体は、何が良いかな」

 

 ようやく終わったと思った機奇械怪の出現。

 広場に空いた孔。未だギチギチと聞こえる機奇械怪の鳴き声と深淵。

 

 そこから這い出てくるものは。

 

「やっぱり、これだよね。あはは、模擬戦だけなんて、やっぱりつまんないしさ」

 

 周囲の機奇械怪からパーツを蒐集し、身体とする。 

 ちょっと壊れかけ風味で行こう。うん、うん。悪くない考えじゃないか、僕にしては。

 

 それじゃ。

 

 

+ * +

 

 

「終わった……?」

「ええ……そうみたいね」

 

 早朝、突然の襲撃だった。

 否、国の中心、中央広場に突如湧いた機奇械怪が、国を破壊し始めたのだ。

 また、凄まじい数の基本ハンター種スパイダルスやマンティコアが出現し、チャル、アレキ、アスカルティンと再建邂逅の奇械士で応戦……かと思いきや。

 

「でもまさか本当に国民全員が戦えるなんて」

「凄いね、本当に」

「それが再建邂逅である。……などと偉そうな事を言えど、被害は大きいがな」

 

 当然のように無傷なアレキやアスカルティンと違い、カンチューイや他奇械士、そして国民は多かれ少なかれ傷を負っている。

 だというのに地を這う基本種だけじゃなく、空を飛ぶ特異種や大物であるヴェネトリアにまで挑まんとした者がいたくらいだ。何のダメージも与えられずに弾き飛ばされていたが、それでも闘志は消えていなかった。

 強い国、ではない。

 諦めない国、が正しいのかもしれない。それが美徳かどうかは、チャルにはわからなかった。

 

「なんにせよ、これで終わり──ヌ、グ……ご?」

 

 戦斧を杖のようについたカンチューイが腰に力を込めて立ち上がる。

 立ち上がらんとした。

 

 腹に力を込めて。

 何かせり上がるものを感じて。

 内臓を傷つけた血かと、吐き捨てたソレは──歯車と短い金属の棒数種。

 

「……」

「……これ」

「が……ぐ、ぶ」

 

 耐え切れない、といったように、カンチューイが。

 いや、再建邂逅の奇械士が、国民が。

 

 その腹から──部品を吐いていく。

 まるで、もう要らなくなった、とでもいうかのように。

 

「ッ、アレキさん、チャルさん! 高台へ! これ、やばいです!」

「チャル、手を」

「う、うん」

 

 高台……倒壊から免れた物見櫓の屋根まで上って、彼女らは絶句する。

 

 この異様な光景が、至る所で起きている。

 壁にもたれ掛って傷の治療をしていた男女も、藁の簡易ベッドに横たわっていた老人も、有り余る元気を活かして布の入った籠を持って走り回っていた少年も、元気の出る料理を作ろうとしていた女性たちも、みんな。

 再建邂逅の全ての人間が──金属を吐いて、金属塊を、金属片を吐き出して。

 

 その身体を、黒く、染めていく。

 

「……融合してる」

「融合……?」

「まさか」

「はい。そのまさかです。……彼ら一人一人の中で、機奇械怪が……国民の方々と融合を始めています」

 

 ああ、それは、最悪の光景だったのかもしれない。

 今まで倒すことはあっても、見ることはなかったのだろう。

 

 人間の肉が、機械に置き換わっていくさまを。

 苦しみ、喘ぎ、藻掻いて──皆、変わっていく。同じことを経たアスカルティンは、そうであるからこそわかる。

 アレに耐えられる者など極々一部だ。アスカルティンでさえ、耐えられたのかどうかは怪しい。人殺しに、食人に何の関心も無くなった事は、耐えられなかったがゆえの防衛本能だったのではないかと今でも思うから。

 

「──アレキ殿!!」

 

 声。

 それは、顔の半分を機奇械怪に侵食されたカンチューイが発したもの。

 

「すまぬ──すまぬ! だが、頼む!」

 

 もう、自らの意思で歩く事もままならないのだろう。

 それでもどこかへ行くこと無く、立ち止まって、カンチューイは言う。

 

「この国の民を──せめて」

 

 ああ、機械が。

 その速度を以て、彼を、彼の口を、顔を、脳を、機械に変えていく。

 改造していく。

 

「せめてヒトのまま、殺してやってくれ!!」

「承知」

 

 ──いつの間にか。

 チャルとアスカルティンの隣にいたはずのアレキは、カンチューイの後ろにいた。

 ──いつの間にか。

 叫んでいた、泣き叫んでいたカンチューイの首は──宙に高く、飛んでいた。

 

「罪びとならずど、これより罪を重ねるのであれば」

「ああ……礼を。再建邂逅を、代表し」

「このリチュオリアの刀は、あなた達の首を断つ」

 

 ぼこっと穴が開く。遅れて、ようやく。

 カンチューイの胸。動力炉のあった場所。心臓のあった場所に、一つの穴が。

 

 これより行われるは処刑である。断首である。

 断罪者として、アレキ・リチュオリアはここに宣言する。

 

「大丈夫。──断罪のためなら、人も殺せるから」

 

 アレキの身体が掻き消える──。

 

 

 

 

 

 さて、残されたチャルとアスカルティン。

 彼女らの視界で、凄まじい勢いで死んでいく再建邂逅を、けれど彼女らはどうすることもできなかった。

 手伝うべきだ。一人対国民全員など、無理がある。

 だけど。

 

「……チャルさん。私は、手伝えません。私、ヒトじゃないので。これに参加すると……ただの殺戮になってしまう。お手伝いはあなたがやってあげてください」

「……」

 

 手伝うべきだ。

 アレキ一人じゃ、無理だ。今は混乱によりか、未だ理性の残った民たちによってか、融合した機奇械怪の動きは鈍いけれど……いずれ来る。その瞬間に傍にいなければ、最悪が起きる。

 

 でも、チャルの足は動かなかった。

 

「……無理だよ。ついて、いけないから」

「そうですか。では、こっちを相手にしましょう。多分こっちの方がつらいと思っての提案だったんですけどね」

「こっち?」

 

 凄まじい身体能力で人間だったものを狩り尽くしていくアレキ。それに対し、身を引いてしまうチャル。自分もああなれると聞いてついて来た修行の旅は、けれど何の実感も得られずに終わってしまった。

 だから無理だと──昔なら、無理だろうがなんだろうがアレキの横に並ぼうとしていた彼女は、けれど今、及び腰になってしまっている。

 

 こっち、と。

 そんな、弱くなった彼女に新たな敵を指し示すアスカルティン。

 

「……!」

 

 果たして気付いた者はいたのだろうか。

 感知に優れたアスカルティン以外は、自分のことに手一杯で……気付かなかったに違いない。

 

 広場に開いた穴。

 その縁を、一つの手が掴んだことなんて。

 

 そこから──幽鬼のように。

 あるいはゾンビのように。

 

 その表皮の全てを、金属に変えた彼が。

 フリス・カンビアッソが這い出て来た事なんて──果たして、誰か気付けたか。

 

「フリス……」

「……アルバートさんの姿も見えないと思っていましたが……やはり二人とも、中ですか」

「そんな、助けないと」

「もう無理なんじゃないですか? アルバートさんは知りませんけど、フリスさんはアレ、完全に機奇械怪ですよ」

 

 だからこそ、と。

 アスカルティンは、匂いを辿る。

 

 何か決意を固めているチャルを見て。

 

「チャルさん、私は少し、気になる所を見てきます。彼、お任せできますか」

「……うん。任せて。ね、アスカルティンさん。融合機奇械怪って……アスカルティンさんみたいに自分を取り戻す可能性も、ゼロじゃないんだよね?」

「ゼロですね。ゼロと考えた方が良いです。私、超絶優秀なので。特に彼の場合使徒ですから……私達の常識とか通じないって考えた方が良いと思いますよ」

「……アスカルティンさん。希望のある言葉を吐いてほしいな」

「可能性はあります。あなたの言葉なら、届くかもしれません。可能性はゼロじゃない。限りなく低い可能性でも、ゼロじゃなければ、やってみる価値はあるかと」

「うん。──行ってくるね」

 

 それでいいんですか、とか。

 アスカルティンは欠片も思っていない。親しい人が機奇械怪になるとか、結構トラウマものだと思うんですけど、結構ケロっとしてますね、とか。アスカルティンは一ミリも思っていない。

 チャル・ランパーロの精神性が異常なのは今に始まった事ではない。どれだけ及び腰になっていても、どれだけ弱っていても、彼女はおかしい。

 

 アスカルティンはそれを知っている。

 

「他人の事を言えたクチではないですが」

 

 さて。

 それでは、と。

 

 彼女も、融合機奇械怪の蔓延る再建邂逅に降りて行った。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「……ろん、らうさん」

「なんだ」

「おそと……みんな、おかしい、ね」

「元からだろう。お前を投獄した奴らの、何が正常だ」

「……うん」

 

 再建邂逅の片隅。

 罪人を入れる牢は、片隅の片隅、切り立った岩肌の中にある。

 そこで、二人。

 

 上位者ロンラウと病に侵された少女──フェイメイ。

 

「フェイメイ」

「なに……?」

「再建邂逅は、好きか」

 

 フェイメイは生まれつき病を持っていた。不治の病だ。

 再建邂逅は何度も滅びているが故に文明もかなり遅れていて、間違った医療やそういう判断を下す宗教も蔓延している。

 その一つに、彼女を罪びとと決めつけるものがあった。

 

 ──病は前世の罪。

 

 元気で、健康で、それが当たり前の再建邂逅。その中で病に罹る事があるとすれば、それは前世で犯した罪が故。治るのならば罪は償われた。治るまでは罪人。

 果たしてそれは、再建邂逅という国が常に貧乏であり、病人なんてものを抱えている余裕が無いから、という理由もあったのだろう。弱きは罪として殺し、健康なるものだけで生きて行かねば、この国は本当の意味で滅んでいたから。

 

 けれど、そんなことは言い訳だ。

 そして少女フェイメイは──生まれつき、不治の病を患っていた。

 

 快癒が贖罪となるのなら、不治の病は死罪を上回る罪を前世にて犯したものと同じ。今生に至るまで続く償いは、たとえ相手が少女だろうと関係ない。牢に入れて、そこで一生を過ごさせる。

 幸か不幸か、今の再建邂逅は少しだけ余裕があった。だから殺されず生かされた。必要な処置もされぬままに、ただ食料と水だけ与えられて、繋がれて。

 

「好き……」

「……そう、」

「じゃ、ないよ……。好きになんて、なれるわけ……ない」

「だろうな」

 

 ロンラウは考える。

 彼は上位者だ。役割がある。実験しなければならない──したいと考えたものがある。

 だが、その前に、それをする前に、少女と出会った。上位者だとバレないよう決闘を仕掛けられない職について、すぐのこと。

 少女を引き継がれた。

 

 憐憫。憐れみ。同情。

 自由極まりない上位者と、不自由極まるフェイメイ。

 

「……あと少しで、この国は亡びるだろう」

「……え?」

「俺の仲間……仲間とは呼びたくないが、同類が、この国で遊んでいる。奴の遊びは派手が過ぎる。必ず、再建邂逅という国は消える。今度こそ……完全に滅ぶ」

 

 フリス。

 遥か昔から続き続けている上位者の一人であり、その自意識は大本のものとかけ離れてしまっている。

 普通、上位者というのは自身の変調を感じたら、リセットのために大本へ戻る。そうして、人格を元の状態に戻し、再度世に出てくる。無論戻らない物好きもいるが、戻らなければいずれ己の存在意義を見失う。それほど、自らの変調とは恐ろしいことなのだ。

 だというのにフリスは遥か昔から、古代と呼ばれる時代から続き続けている。続いて続いて。

 しかも、変わらないでいる。誰に何の入力をされても、どんな事件を経ても。性格は多少変化せども、その人格の根本は一切変わらない。不変にして不壊。怪物が如き上位者。

  

 そんな彼の起こす実験は、基本的に被害が大きい。

 大陸に穴を開けたり、島一つを消したり。それら被害は、けれど最終的に必要になってくるのだから手が付けられない。

 今、この意味の分からないタイミングでの再建邂逅襲撃もまた、後の世で強い意味を持つのだろう。

 歴史の犠牲になる。ただそれだけ。

 

 だからこそ。

 

「フェイメイ。俺と共に、行かないか」

「……どういう、こと?」

「旅をする。他の国に行けば、その病も治せるやもしれん。いや、俺の知り合いにあたれば、病の一つや二つ……」

「むりだよ」

「……何故だ」

「わたし、あるけない。はしれない。……ろんらうさんと、しゃべるのだって。……もう、ほんとは」

 

 ロンラウは、思い切り武器を振る。

 それで斬れる──破壊される牢の格子。そのままずかずかと中に入り、彼女を繋ぐ鎖も断つ。

 

「だめだよ……うつっちゃう」

「移らん。人間の病など、俺には効かん」

「……うん」

 

 細い。軽い。

 今にも折れそうだ。力加減を一つ間違えただけで、この命は簡単に摘み取れてしまう。

 

 ──"機奇械怪でも融合させれば、簡単に治るよ、病なんて"

 

 悪魔の声が脳裏を反芻する。

 それは、そうなのだろう。だが、それに耐えられるフェイメイではないとロンラウもわかっているし、何よりロンラウは機奇械怪を好んではいなかった。

 アレは、今まで上位者が造り上げてきたソレとは違う、と。

 

「困っているね、ロンラウ」

 

 その声は、牢の外。

 フリスの声だ。

 

 概念体……ゆえに、フェイメイには聞こえない声。

 

「何をしにきた」

「旧友を手伝いに」

「友だと思った覚えはない」

「あはは、何を言ってるのさ。君より長い付き合いの上位者なんて数えるほどしかいないんだよ?」

「腐れ縁を友とは言わん」

 

 ロンラウが感知範囲を見る限り、フリスは中央広場付近で奇械士と戦闘中だ。

 それがこうして抜け出してきているのは。

 

「今余計なコト考えないでいいよ、ロンラウ。──選ばせてあげよう。取引と選択。どっちがいい?」

「……悪魔のようなことを言う」

「取引は、僕からあげる代わりに、君から貰う。選択は僕から二つ提示するけど、どっちかしか選べない」

 

 取引か選択か。

 中身を見せられていない状態で。

 

「……取引だ。失うのが俺なら、問題ない」

「そうかい」

 

 にんまりと笑うフリス。

 その顔は──あぁ、悪魔と呼ぶにも足りない程。

 

「僕があげるのは、その子の健康だ。あぁ、機奇械怪は使わないよ。僕が制限に制限を重ねてきた前時代の異物……ファンタジーを使って治してあげよう。あ、これは秘密だからね。口外しちゃダメだよ」

「しない。誓う」

「あはは、誰にさ。大本? 僕? どうでもいいけどね。……そして、君から貰うのは」

 

 フリスの、曖昧な、あやふやな指先が──ロンラウの頭を指す。

 

「記憶か」

「うん。武人系の入力、欲しくてね」

「……俺は死ねん。そして、旅をするには……フェイメイを守ってやらねばならん」

「そうだね。病や怪我を治した所で、その凡夫が少女であることに変わりはない。機奇械怪にとっては美味しそうな餌だ。そこへ、武人系の数値を失い、拙い念動力しか使えない君という護衛は……さぞかし心もとないだろう」

()()()()

 

 言い切る。

 ロンラウは、フリスを見つめて、言う。

 

「過去の英雄の真似などせずとも、俺はこの少女を守り得る。──持っていけ」

「……ふふふ。あははっ」

 

 おかしそうに笑いながら──フリスは、ロンラウの頭を掴む。

 何の言語だろうか。恐らくは文字であろうものが、曖昧なフリスの腕を伝ってロンラウの頭から吸い出されていく。

 フリスの言う通り、ロンラウの念動力は規模こそ大きいが加減を知らない。使ってこなかったからだ。果たしてそれは、いつかフェイメイを傷つけてしまいかねないもの。

 力技として対象の破壊、殺戮はできても、一人を守るために使ったことなど無いもの。そういう細かい事は、武芸で行ってきたから。

 

 その数値を、抜かれて。

 守れるか。

 

「問題ない。フェイメイ、お前は俺が守る」

「あはは……うん、うんうん。いいよ、悪くない。悪くないよ、ロンラウ」

 

 吸い出し終わったのだろう。

 フリスが手を離せば──あぁ。

 

 彼の中から、武芸に関する知識や記憶が、ごっそりぽっかり無くなっていた。

 

「……フェイメイを治せ、フリス」

「もう治したよ。サービスで、歩くだけで痛かっただろう脚の筋肉とか、弱ってた内臓とかも治しておいた。ま、《茨》を使った治療だから、しばらくは違和感があると思うけど、大丈夫だって伝えておいて」

「《茨》……あれで、治療などできたのか」

「再生力譲渡。少し前に、ネイトの遺物を吸収しててね。それが何百年と生きてたから、その生命力を譲渡したのさ。あぁ、安心して。特に変なものは混ぜてないから。あと、この先同じことやれって言われてもできないから。何事にも代償は必要だよ、ロンラウ」

「もう言う事はない。俺が守るのだから、そのような状況に陥らん」

 

 フリスは全知全能ではない。

 万能に近いが、出来ない事も多い。何のリソースもなく人間を健康にする、など。流石にソレは、あるいは神とやらの領域だろう。

 そんなのいないけどねー、なんてフリスは嘯くが。

 

「礼を言う」

「ん-? なんで? 取引だよ。僕だって対価を貰っているんだ、礼までもらったら貰い過ぎだろ」

「……わからん。俺もそう思うが、礼を言いたくなった。お前を友だと思ったことも、善なる者だと思ったことも、なんなら同類だとさえ思っていないが──礼は言っておく」

「要らない要らない。代わりにさ、一つ教えてくれないかな」

 

 騒ぎの鎮静化してきた再建邂逅。

 あの壊滅具合なら、罪びとと番人がいなくなったところで大きな騒ぎにはならないだろう。

 

「俺に答えられることならば」

「あはは、じゃあ聞くけど」

 

 倒れ、眠りについたフェイメイを姫抱きにして、ロンラウは立ち上がる。

 入口とは逆方向。牢の奥へと進むのは、転移のためか、それとも念動力で岩山を掘り進むためか。

 

「君が抱いてるの、ホントにまだ憐憫?」

 

 問い。

 上位者が抱く、下位のものへの感情。

 それは。

 

「愛だ」

「……あはは、素直だね。そういう所、君の良い所だよ」

「そうか」

 

 愛に生きる上位者。

 エクセンクリン。チトセ。ロンラウ。

 

 昔はいなかった。誰一人として、人間という実験動物に愛情など覚えなかった。憐憫さえも無かった。ただ淡々と実験をするばかりだった。

 

 それが──あぁ、いつからだろう。

 こんなにも感情豊かになったのは。愛を覚えたいという者まで出てくるようになったのは。

 

「じゃあね、ロンラウ。その子を生き返らせたくなったら、僕を呼ぶといい。機奇械怪としてなら蘇らせてあげるよ」

「結構だ。お前には絶対に頼まん。蘇生も願わない。心が変わったとしたら、俺がやる」

 

 ただ、彼は手をあげて。

 

「さらばだ、フリス。もう二度と、相見えることの無いよう願う」

「またねー」

 

 こうして。

 混沌の最中にある再建邂逅から、ある二人の姿が消えたのだった。

*1
先端が剣になっているポールウェポン

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