終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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お母さんとお墓参りに行く系一般奇械士

 

 融合プラント種トーメリーサ。

 白い繭を思わせる形をしたこの機奇械怪は、ある一つの機能に特化した存在であるといえる。

 

 それは、人体の機奇械怪化。先日ミケルが作ってくれた『刺したら機奇械怪に変えるくん.mex』と同じように、このトーメリーサはその場にいるだけで、常に極小の『体内に入ったら機奇械怪に変えるくん.mex』……ミケル曰く『械人化薬(メクスドラッグ)』を放出する。

 これは機奇械怪が融合を行う際に使う機能のみを抽出した、直径五ミリメートルほどの大きさの超小型機奇械怪。捕食能力も無ければ自己改造をする脳もないコレは、しかし有機生命の中に入ることで真価を発揮する。

 瞬く間に生物を内側から融合・侵食し尽くし、たちどころに機奇械怪へ変えてしまうのだ。その際の機奇械怪にはしっかりAIがあるし、捕食機能、動力炉、その他機奇械怪に必要なアレソレが揃った状態になる。

 基本ハンター種がタンク種に類する、周囲から素材を吸い上げて金属へと加工する仕組みを取り入れていて、曰くどんな場所にいてもどんな防御をしていても、トーメリーサの周囲にいる限り機奇械怪化は逃れられない──らしい。

 

 僕の目的からはかなり外れた機奇械怪だけど、こういう貧しい国を潰すのには丁度いい。けど僕が発注したの、「ギンガモールみたいに入っていける機奇械怪」だったんだけどな。これじゃチャルの自信取り戻せないじゃん。

 なーんて心配は杞憂だったらしい。

 今、フリス・カンビアッソのカタチをした機奇械怪と戦っているチャル。彼女の顔を見れば一目瞭然だ。

 

「……何がそんなに楽しいんだろうね」

「彼がフリス・クリッスリルグさんではなかったこと……ではないですか?」

「おや、アスカルティン。よくここがわかったね」

「この国の全土を見渡せる場所にいるんだろうな、と思っただけです。匂い消し、やめてください」

「あはは、君対策の消臭剤、やっぱ効果あるんだ。作ってよかったよ」

 

 再建邂逅の東にある巨大な崖。壁に近いコレがあるから、再建邂逅は今まで生きてこられた。内部には先ほどまであの少女が閉じ込められていた牢があったり、他にも色々な施設が掘られている……が、まぁ、崖の上には特に何かあるわけではない。

 だから、見下ろすのにぴったりなんだ。

 

「このパンデミック……アレキさんやチャルさんには感染しないんですか?」

「しないよ。彼女らには纏わりつかないように僕が操っているからね」

「操って……。やっぱり、フリスさん、というか使徒というのは、機奇械怪の親玉なんですか?」

「親玉、というわけではないかな。実際、彼らは僕らを襲ってくるしね」

 

 まぁ、それは野良機奇械怪の頭が悪いからなんだけど。

 僕が手掛けた原初の五機なんかは僕に反抗してくることはない。無理だって知ってるからね、僕と戦うのが。無駄だともわかっている。僕に攻撃しても、何の解決にも至らないと。

 

「僕らは術を知っているだけさ。機奇械怪を操る方法を」

「……それは、オーダー種のような?」

「似たようなものと考えて良いよ。信号で操っているのは事実だし」

「成程。納得しました」

 

 言って、アスカルティンは。

 僕の横に座る。

 

「糾弾しようとか、僕と戦おうとかは思わないのかい?」

「無理です。絶対負けます」

「あはは、凄い自信だ」

「ケルビマさんにも勝てないのに、フリスさんに勝てるとは思えません」

「ああ、ケルビマも使徒だって気付いてたのか」

「当然でしょう。食べられない、歯が立てられない人間がそう何人も居られては困りますし」

「それはもう捕食者の意見だね」

 

 眼下では、アレキが恐ろしい速度で再建邂逅の国民を殲滅して回っている。だけど、流石に追いつかない。もうほとんどの民が機奇械怪に代わり、肉を、餌をと求めて動き出している。

 その対象者は、まだなり切っていない民と、アレキ、チャル。

 楽しそうに機奇械怪版フリス・カンビアッソと戦うチャルに、横槍が入り始めたのだ。

 けれどチャルは──その横槍を見る事さえせずに避けて、処理して、目の前の男と踊る。彼女の眼には見えているだろう。アレがただの機奇械怪で、僕ではない、ということを。とっくにわかっているはずだ。

 それでもエタルドを使わずに踊り続けているのは……。

 

「チャルさん、楽しそうですね」

「だねぇ。もう少し悲壮感溢れる戦いになると思っていたんだけど、チャルもアレキも、もう覚悟の決まった顔で……」

「……悲しんでいて欲しかったんですか?」

「うーん。そこは難しいかな。悲しみを乗り越えながら戦ってくれた方が彼女の成長に繋がると思った……という方が正しい。ほら、彼女は君達に引け目を感じていただろう? 自分の身体能力は普通でしかない、ってさ」

「ああ。はい。そんなことないですけど」

「比較対象が上過ぎるからね。彼女の主観では、自分は普通でしかないのさ。僕の言葉選びも悪かったけど……ま、そんな感じでさ。チャルは、身体能力が足りないからギンガモール戦についていけなかったってトラウマがある」

 

 実際の所、既にチャルはリンシュ・メクロヘリくらいの身体能力は手に入れている。

 だけど……ちょっと急激過ぎだ。ラグナ・マリアで僕が言った、僕らは普通だ、という言葉は、何も言葉の綾とかではない。本当にあの時点では僕とチャルは変わらないくらいの身体能力だった。

 それがたった一週間で劇的に変わった。急激に、恐ろしい程に。

 

 多分、恐らく。

 その秘密は《茨》にある。彼女がどのようにしてか従えている《茨》。あれで爆発的な身体能力を手に入れたんだと思う……んだけど、果たしてそれがどうやってか、というところ。

 

「ヒトっていうのは、悲しみを乗り越える時、それまで抱えていた悩みの類も一気に振り切ってしまえるんだ。何も関連性がなくともね。『悩んでいる時間が勿体ない』とか、『うじうじ悩んでいないで切り替えよう』とか。それはでも、今までの日常に戻る、ということじゃない。悲しみを抱え、トラウマを抱え、それでも前に進もうとする意志だ。英雄の多くがそれを持っている」

「はあ。まぁ、奇械士の方々にはそういう方が多いように感じますね」

「うん。だってそれは、どんな凡夫にもできることだからね。英雄がそれを持っているのは前提条件に近い。切り替えて前に進める力。切り捨てて進まざるを得ない呪い。だからこそその先で、新たなものを生み出せる力が"英雄価値"となる……んだけど」

 

 思わず失笑してしまう。

 眼下の彼女らを見て、込み上がる笑いが抑えられない。

 

「どうやら僕の見ていない所で、彼女らはもう見出していたらしい。残念だよ、本当に。僕はそれを手に入れる瞬間を心待ちにしていたのに、見逃してしまった」

「……よくわかりません」

「あはは、いいよ、それで。別に僕は君に使徒になる事を求めているわけじゃないからね」

「求められたらなれるものなんですか?」

「ん? 無理だよ」

「そうですか」

 

 あるいはその人格を数値として誰かに入力すれば、アスカルティンっぽい上位者は作れるだろうけど。

 ヤだね。あげないよ。僕が見つけたんだから。

 

「フリスさんは、何が目的なんですか?」

「いきなり核心を突くじゃないか。まあ、目的は機奇械怪の進化だよ。強さや繁殖力なんていうどうでもいいものじゃなく、次なるステージに進んでほしい。それが僕の願いであり、目的」

「でも、それだけじゃないように感じます」

「……本当に君は鼻が利くね。でも、あんまり踏み込み過ぎないことだ。僕にも逆鱗はあるかもよ?」

「ないんじゃないですか? 何をされても、たとえば今私がチャルさんやアレキさんを食べても、フリスさんは許してくれそうですけど」

「まぁ、それも悪くはないからね。手塩に掛けた"英雄価値"同士が食い合う展開も面白い。勿体ないとは思うけどね、咎めたりはしないよ」

 

 それもアリだ。

 トーメリーサはあんまりにも意思が介在していないというか、無差別過ぎるので守っているけど、これが普通の機奇械怪だったら何もせずに見ているはずだ。ミケルが納品ミスをしていなければ、チャルの覚悟が決まっていなければ、全然普通に危険に晒していた。

 

「それで、君の方は何をしにきたんだい?」

「特には。あなたを探しにきたら、ここに辿り着いただけです。あとはまぁ、最近私働き過ぎなので、安全圏に逃げて来た、というのもあります」

「働き過ぎ。働き過ぎか」

「はい。違いますか?」

 

 ふむ。

 青春ラブコメアクションストーリーを考える。チャルを主人公と見て、まず第一章でアレキと出会い、奇械士になるだろ。第二章で僕が死ぬ。第三章でアスカルティンが仲間になって、第四章で旅に出て、第五章で帰る……的な流れだとして。

 第六章といえば……しばしのお休み回だよね。一時の休息というか、今だけは何にも考えずに、という時間は必要かもしれない。

 

 チャルもアレキも覚悟決まり過ぎてるし、アスカルティンも働き過ぎてるらしいし。

 僕もちょっと動き過ぎたから……僕の休暇も兼ねてみる?

 

「よし、それがいい」

「何がですか?」

「うん、お休み期間は必要だって話さ」

 

 パチン、と。鳴らす必要のない指を鳴らす。認識コード・リクカサト。

 ──これにより、トーメリーサも、トーメリーサが飛ばしていた械人化薬も、再建邂逅の民も、壊されかけていたフリス・カンビアッソもNOMANSも──全てが"終了"する。

 一瞬にして嫌になるほど静かになった戦場。ああ、勿論だけどアスカルティンとかは対象外にしてあるよ。

 

「……やっぱり逆らわなくて正解です」

「そうだね」

 

 このひと時で。指を鳴らしただけの、たったひと時で。

 再建邂逅は、全滅した。滅亡した。

 

 残る地上の国は──三つ。

 

 

 

+ * +

 

 

 

「帰って来た……」

「ええ。帰って来た。なんだか、思ったより一瞬だったかも」

「日数的には丁度ひと月ですから、まぁ長くもなく短くもなくって感じですね」

「ボクからすると、かなり短い遠征ではあったよ」

 

 ホワイトダナップ。

 その発着場に、四人の人影があった。

 

 チャル・ランパーロ。アレキ・リチュオリア。アスカルティン・メクロヘリ。

 そしてガルラルクリア=エルグ・アルバート。

 

 再建邂逅の事件の最中、姿を消したに思われていたアルバートだったが、フリス・カンビアッソ、アルバートの両名を失って失意に暮れる三人の前に現れたのだ。

 ……フリス・カンビアッソの死体と共に。

 その後、何が起きたのかを説明されて、アレキは使徒という存在に怒りを、チャルは何か確信めいたものを感じての帰還となる。その際「未来に飛んで避けた」とか、「いきなり土の中だったから驚いた」とか理解の及び難い話が為されたけれど、彼女らにはもう「超能力をそういうものとして捉える」力が身についていた。

 

 その後、ホワイトダナップの航路上に先回りして通信可能範囲内に入り、そこから飛空艇を呼んでの帰還。

 

「チャルさん、アレキさん、アスカルティンさん。君達は先に奇械士協会に帰っていてくれるかい? ボクはちょっと他に報告を入れなきゃいけないからね」

「わかりました。……あの、アルバートさん」

「うん?」

「ひと月の間、ありがとうございました。……実感自体は、あんまりないけど。何か、掴めた気がするんです」

「そうかい。それは良かったよ。それじゃ」

「はい!」

 

 そう言って──アルバートはその場を去る。

 三人がちゃんと奇械士協会の方へ向かった事を確認してから。

 

 

 

「それで──ボクは、何をすればいいのか」

「別に? 特に何をしなきゃいけない、という事はないよ。上位者になったとか、機奇械怪になったとかいうわけでもないからね。ただまぁ、あんまり無暗に大型を未来に飛ばすのはやめて欲しいかな。未来の誰かが困るから」

 

 アルバートが一人になってすぐのことだ。

 球体。

 カメラがついているだけの、球体。果たしてそれは、奇械士の報道のために使われるドローンにも似たデザインのもの。

 

 それから、声が響く。

 彼の声が。

 

「用もないのに、ずっと付きまとってきていたのか」

「あはは、まぁ僕は死んだからね。君もそう説明してくれていただろう?」

「……余計な心配をさせるのは性に合わなくてね」

 

 フリス・カンビアッソ。否、フリス。

 否。

 

「アイメリア」

「そう。その話がしたくて、君について来たんだ」

「用、あるじゃないか」

「あるとも。そろそろ腹を割って話そうよ。君の知る、僕の知る、昔々の御伽噺を」

 

 アイメリア。

 その名をフリスは否定しない。フレイメアリスと違って、ちゃんと名乗っていた名前だから。

 遥か昔の話だ。彼がまだ、端末のフリをしていなかった頃の話。上位者の真似事をしていなかった頃の話。

 

「ガルラルクリア=エルグ・アルバート。果たして君は、アイメリアの名をどこで知ったんだろうね?」

「それは」

 

 昔々の、なんでもない話──。

 

 

 

 

 

 の、前に。

 

「ただいまー……。なんちゃって。今日もお母さん、仕事だよね……」

「おかえりなさい、チャル。遠征お疲れ様」

「!?」

「……何、その幽霊でも見たみたいな目は」

「お母さん……お母さんがいる……? ワーカーホリックで家族より仕事を愛してやまないお母さんが、家でくつろいでる……?」

「少なくとも、仕事より家族の方が大事よ。そもそもたった一人の愛娘が一か月も帰ってこない、なんて。普通はあり得ないのよ? その帰りに出迎えてあげるくらいの事はさせなさい。母親よ、私は」

 

 少しばかり、家族の団欒を。

 ここはランパーロ家。チャル・ランパーロの住まう家。

 西部区画のあるマンション。その一フロア丸々がランパーロ家だ。つまりまぁ、そこそこにお金持ちである。

 それもそのはず、いつかチャルがフリスに漏らしていたように、チャルの母は政府務め。

 

「ただいま、お母さん」

「改めて、無事に帰って来てくれて嬉しいわ。よく頑張ったわね、チャル」

 

 政府高官ニルヴァニーナ・ランパーロ。

 なんならルバーティエ=エルグ・エクセンクリンよりも上階級な、女手一つでチャルを育て上げた仕事のできるおかーさんである。

 

 

「あ、大丈夫大丈夫。座っててー」

「……本当に大丈夫なの? 疲れてるでしょう、私がつく、」

「良いから良いから。このひと月ね、ご飯作りは交代制だったんだ。だから、結構作ったよ。えへへ、地上にも食べれるもの少しは残っててねー? 砂をどーんってひっくり返すと、そこに配管みたいな植物が生えてたりして……」

 

 それはもう上機嫌に。

 長い遠征で疲れているはずのチャルが、台所で料理をしている。

 

「……何か、良い事でもあったの?」

「お母さんに会えたから」

「そう……言われると、毎日帰って来たくなるけれど。ごめんなさい、また明日からデスマーチで」

「ううん、わかってるから大丈夫。……それとね、前、好きな人ができた、って言ったじゃん」

「ああ……確か、フリス君、だったかしら」

「うん。その子がね、なんていうか……多分、まだいるっぽくて」

「……そ。よくわからないけれど、よかったわね」

「うん!」

 

 テーブルに出される暖かい料理。

 携帯食料で生活し続ける毎日と比較してもしなくても、ニーナにはそれがご馳走に見えた。

 

「あ、食べてていいよ。私ちょっと片付けしてから食べるから」

「片付けは私が後でやるから、こっちに来なさい」

 

 少しだけ怒った雰囲気をニーナが出せば、チャルはびっくりした顔で、けれど素直に従う。

 

 そうして、向かい合って。

 

「食べなさい。折角一緒に食べられるんだから……」

「あ、うん……わかった」

 

 ホワイトダナップに神や食材に感謝する、という文化は無い。食料を管理しているのは全て機械だから。

 だから、そのまま食べ始める。

 

「……」

「……」

 

 二人とも食べていると会話が続かないと気付いたのは、そういう事にニルヴァニーナが慣れていないからである、と言えるだろう。チャルは気付いていたけれど、折角だから、と乗ったまで。

 静かな時間が過ぎていく。

 我が子との時間。会話。

 仕事でならなんとでも言える。どんな強面にもズバズバ言えるニルヴァニーナだけど、チャルにはどうしてもたじたじになってしまう。

 

 親らしい事を全然してこなかったから。

 そもそもほとんど会ってこなかったから──接し方がわからない。

 

「ね、お母さん」

「え、ああ、ええ。なに?」

「お父さんのお墓参り行きたい」

「……そうね。そろそろ……あの人の命日か」

 

 ホワイトダナップに個人用の墓は数えるほどしかない。

 ほとんどの人間は共同墓地に入る。けれど、ランパーロ家の父は違った。

 

 遠い昔に亡くなっている父エストは、ニルヴァニーナが大枚はたいて買ったある個人用の墓地で眠っている。

 

「明日、お仕事何時から?」

「午後からよ。だから、少し早起きしていきましょうか」

「うん!」

 

 これはある家族の団欒。その一部始終を収めたお話になる。

 

 

 

 

 エスト・マグヌノプス。

 

 それがチャルの父親の名だ。

 

「……ここはいつ来ても……静かでいいわ」

「うん。私もここ、好きだよ」

 

 西部区画の端。芝生の敷き詰められたそこは、あまりにも静かな場所。

 関係者以外立ち入り禁止の札。KEEP OUTのテープ。

 それらを乗り越えて、二人は辿り着く。

 

 少しだけ盛られた土の山。

 墓石には「英雄、ここに眠る」の文字が刻まれている。

 

「エスト」

「お父さん、来たよ」

 

 花を添える。

 ここは静かだ。どこまでも──どこまでも。

 

「聞いて、エスト。チャルったら、奇械士になって、昨日まで外にいたのよ。ホワイトダナップの外で、機械を狩っていたの」

「うん。私この旅でね、すっごく強くはなれないってわかった。あこがれの人みたいになるのは無理だってわかった。……けど」

 

 話しかける。笑顔で。

 もう、彼が死した事は、遠い昔のこと。割り切りなどとっくについている。

 

「けどね。私には私のできることがある。私には私の……ううん、私にしか見つけられないものがある。私にしか聞こえない声がある」

 

 エスト・マグヌノプス。

 彼は技師だ。

 奇械士ではなく、ホワイトダナップという人工浮遊島を調整する仕事の、つまり機械技師。

 

「聞こえたんだ。あの時……フリスの声が」

「お願いね、エスト。チャルを護って。私には……そういう力はないから」

 

 目を瞑って、胸に手を当てて。

 ニルヴァニーナは空に。空の神フレイメアリスに。

 チャルは──今もどこかにいるだろう、誰かに。

 

 黙祷は数十秒続いた。

 そして。

 

「……よし。じゃあ、お仕事行ってくるね、お父さん」

「私もそろそろね。……エスト、また来るわ」

 

 二人が立ち去っていく。

 奇械士の、政府の。それぞれに仕事がある。

 

 残ったのはまた、風の吹く丘の、お墓が一つ──。

 

 

 

 

 

 

「はい? 神語ですか? まぁ、読めない事もないですけど……」

「ホント? アナタって本当になんでもできるわね。じゃあ」

「あーちょっと、ちょっと。これ以上仕事増やす気なら読めません、読めません」

「娘にね、神語が読める人はいないか、って聞かれて。アクルマキアンにでも行かなければ無理だと思っていたのだけど、丁度いいのがいたわ」

「何故だ……何故私の周囲には話を聞かない奴ばかりが集まるんだ……」

 

 政府塔。

 その一室で、忙しなく手を動かす人々がいた。

 部屋にいる十人、その内十人が、一生手を動かしている。書類を見て、端末を触って、通信を入れて、端末を触って、書類に何かを書いて、通信をして、端末を触って……。

 休む時間などない。互いに情報を共有するために喋ることはあっても、手は止めない。止めたが最後、残業が確定するからだ。ホワイトダナップに労働基準局も法も存在しない。

 

「そもそも神語なんてどこで触れるんですか……学校で授業でもやっているとか?」

「地上で拾ったらしいわ」

「……がっつり盗掘ですが。ああ、そうか。お子さんは奇械士で……」

「そういうこと。それで、読めるのね?」

「読めますけど、翻訳しろ、とかは無理ですよ。時間が無さすぎる」

「あなたの仕事、今ある分の半分を請け負ってあげる。それで、翻訳は」

「しますします! いやぁ電力研の部長様は最高ですね!」

 

 あまりにも仕事ができるせいで各方面から頼られ、しかも断れない性格であるためにそれを溜め込み、ひょろひょろした体形でありながら病気の類を一切しない──まさに理想の皺寄せ先こと、ルバーティエ=エルグ・エクセンクリン。

 エルグの名の通りそれなりに位高いお貴族サマ*1だというのに、搾りかすになるまで酷使されている様はどうにも下っ端感が否めない。

 

 だが、之このように、雑学好きというには無理がある……無数の分野へのあまりにも広すぎて深すぎる造詣を持っているために、本当に頼られ放題なのだ。

 そんな彼に働いてもらうためには、彼の仕事を預かってやればいいことをニルヴァニーナは知っていた。

 

「それで、神語の書かれた本の現物はどこに?」

「コレよ」

「ほほう、これはまた随分と古い……ンンンン?」

「読めない?」

「……いえ、読めますけど。……いえ。なんでもないです」

「じゃあ、お願いね」

「はい。少し時間を頂きますが……データでいいですか?」

「ええ、問題ない。アナタが好きなら、紙媒体でもいけれど」

「データで」

 

 娘から託されたその本に対する、あまりにも微妙な反応。それはまぁ、彼の良く知る厄介魔神の著作物であることを一瞬で見抜いたからなのだが、ニルヴァニーナがそれを知る由もなく。

 ニルヴァニーナは、娘の期待に応えられそうな事に機嫌を良くしながら仕事に戻る。

 心なしかそれまでより二割増しで早くなった作業速度にアテられたのだろう、ニルヴァニーナ率いる電力研の職員たちは、緩やかにデッドヒートへ移行した。

 

 そそくさと出ていくエクセンクリンになど目もくれず──誰も休めない、休まない、伸びをしたりあくびを欠いたりもしない、出来ない……ある種の地獄がここに完成する。

 

 政府塔電力研。花形で割合自由な創作力が求められる科学開発班などとは違い、陰の、縁の下の、目立たない──最も過酷と言われている部署である。

 

 

 

+ * +

 

 

「神語の翻訳? 俺ができると思っているのか?」

「君、フリスの記憶入力されているだろ」

「だからなんだ。奴の記憶を漁って現代語に置き換える労力が必要だ。そもそも、それはお前が自らの仕事と引き換えに請け負ってきたもの。俺に任せようとするその性根が腐っている。大本から出直して来い」

「な、ならフリス! 書いた本人なら一瞬で……」

「もう帰ってきているはずだが、まだ顔を見せていない。俺達にとっては好都合だろう。お前など、蛇蝎の如く嫌っていたではないか」

「く……いて欲しい時にいなくて、いないで欲しい時にいる奴だよ、アイツは!」

「……今回ばかりは、フリスの肩を持つがな、俺は」

 

 とかなんとか。

 転移でないと入れない部屋で、そんなことがあったとか。

*1
リチュオリア以外は全員そうなのだが

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