終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
言動だけは優しい系一般上位者と弱点がバレる一般融合機奇械怪
「……」
「アッハッハ、そうだそうだ。これだこれ!」
どうせいつもの客しか来ないから、なんて言って早々に店を閉めたヘイズ。
そんな彼に案内されて向かった先──懐かしき地下大聖堂のその入り口。
そこには何故か。
「……大衆浴場」
「そそ。フリスお前知らないだろ? 人間って奴は生きてるだけで汚れるんだと。俺はソレ最近聞いて笑っちまったよ。なんだその無駄機能! って」
「まぁ、彼らも汚れるために汚れているわけではないと思うよ……」
大衆浴場。
聖都アクルマキアン都営の大衆浴場が、その入り口をドン、と塞いでいた。
「メディスンはなぜこれを許可したのかな。彼、行政をしているんだろう?」
「え、俺が知るかよ。メディスンに聞けよ」
「彼、マトモな言葉で喋らないから苦手なんだよ」
「わかるわかる」
子供と大人、二人で大衆浴場に入って行く。
都営であるために入浴料のかからないらしいそこは、しかし男女で別れていて。
地下大聖堂への入口があるだろう場所は、女性用の浴場で。
「転移するかぁ」
「だな。人間は雌雄にうるせーって流石の俺も学んでんだぜ」
「あの頃もそうだったもんね」
「ハハッ、懐かしいな。だが、今もそうだよ。俺の酒場に来る奴は大体雌雄のうんたらで悩んでんだ。毎回毎回笑っちまうって!」
それはよかったね、なんて言いながら転移する。走るのは赤雷。
多少のざわつきは気にせず、僕らはその場から姿を消した。
地下大聖堂──。
アクルマキアンの、寂れながらもどこかアンダーグラウンドな、けれど活気は消えていない……そんな雰囲気から一転。
時折滴る水の落ちる鍾乳洞と、人間が入って来るには気温の低すぎる暗闇の中で、僕ら二人は歩く。
まだまだ、地下だ。まだまだ、奥だ。
転移の一回では辿り着けない場所に、それはある。
「良かった、崩落はしていないみたいだね」
「しねーだろ、そんな簡単に。お前が作ったんだから」
「設計したのは僕じゃないからなぁ。人間の設計図を見て僕が組み上げたってだけなんだ、不安は残るよ」
「そんなもんか?」
暗闇。けれど、あまり関係ない。
サイキック由来の光や闇でなければ、僕らの妨げにはならない。
「そういえば、さっきは聞きそびれたけど、どうして奇械士なんかやってるんだい?」
「ん-? あー、まぁ、ちょいとな。最近アクルマキアンの近くに見覚えの無ぇ機奇械怪が出るってんで、確認しに行ってたんだ。が、酒場の店主が地上をうろちょろしてんじゃねぇって怒られてなー。そりゃそうだと思って、奇械士になったって次第」
「……君らしいというかなんというか。うん? ということは君、奇械士の試験に合格したのかい?」
「試験? ……あー、あれな。まぁ普通に行けたぜ。特に難しい事聞かれてねーし、直前にヴァスカヴィル……あーっと、リーベルトの子孫になんのかな。ソイツが対策試験やってくれたんだよ。でも人間の法律とか興味ねーからさ、全部覚えて行ったら、それで行けた」
「流石は上位者随一の頭脳……それでいて特に学者とか発明家の記憶の入力を受けているわけでもないんだから、ほとほと地力の違いを痛感させられるね」
ヘイズは頭が良い。僕やケルビマなんか足元にも及ばない。ただ、人間の文化に対して興味が無いというか「面白い事をしているなぁ」くらいにしか思っていないから、理解が無い。だからこそ酒場なんてものをやり始めた時は沢山の上位者が様子を見に来たんだ。
あのヘイズが人間の文化に自ら進むわけがない、ってね。
ま、結局彼が酒場を始めた理由は、それなりに性格の悪いものだとわかって、段々とみんなの興味も薄れて行ったけど。
それで、性格が悪くて、理解が無くて、けれど頭が良いヘイズは、伴って記憶力も抜群に良い。なんせ凡夫一人一人の名前と顔を覚えていられるんだ。何百年、千何百年前の人間だろうと完璧に。
……まぁ抜けているというか、引き出すつもりが無い時はぽけーっとしているからそんな感じないんだけど。
「リーベルトか。音楽家の"英雄価値"。彼の子孫ということは、そのヴァスカヴィルというのも……」
「んにゃ、全然。アイツは今鉱石掘りやってるよ。北にある山で毎日毎日トンカントンカンだ」
「彼の価値は遺伝しなかったってことか。それは残念だな」
「と思うだろ? それがよ、最近俺の後輩になったディオディニアって女がいるんだがよ、なんとこいつもリーベルトの子孫なんだと。まぁソイツが言ったんじゃなくて俺が調べたらそうだったってだけなんだが、コイツの方が歌が上手ぇんだ」
「へぇ。それは今度聞いてみたいな。リーベルトは楽器を弾きながら歌えていたけど、その子も?」
「いや、歌だけだな。だから俺はどっかに楽器のできる奴がいるんじゃねえかって疑ってる。楽器のできる、リーベルトの子孫がな」
ヘイズ・イシイ。
彼はバランサーだけど、大昔からある実験を人間で行っている。
それは。
「"英雄価値"の遺伝……僕としてもかなり興味のある内容だからね、是非とも法則性を見つけて欲しいものだ」
「よく言うぜ。600年もすれば地上を焼き払って一旦リセットかける奴がよ。アレのせいで長期間の観察ができねぇんだぜ?」
「あはは、でも仕方ないだろ? どうしようもない段階まで……袋小路にまで来てしまったら、リセットするしかない。そろそろ進化して欲しいものだけどね」
雑談は尽きない。
地下大聖堂にはまだまだ辿り着かない。
そも、この地下大聖堂は、リセットを受け付けることなく在り続けるために作られたもの。だから上位者でも簡単に辿り着けないくらいの奥底にあるんだ。
「遺伝自体はするっぽいんだけどなー、どうにも、英雄と英雄の子は普通の人間になりやすくて、何代も何代も重ねて他と交わって、偶然もう一度同じ英雄の遺伝子を持つ奴が重なると、また新たな英雄が生まれる。……っつーのが、とりあえずの研究結果だ。先祖返りとでも言えばいいのか、そういう奴に限って性格まで似てるモンだから、面白いもんだよ、本当に」
「成程……じゃあ君は、全く新規の、新しい"英雄価値"についてはどう思う? つまり、遺伝に依らない英雄の誕生について」
「まだなんとも。そもそも英雄が生まれる原理がわかってねぇんだ、観測のしようがない」
「そっか」
「ただ、わかった事が一個ある」
この辺りまで来ると、水音もしない。
すべて凍り付いているから。
「それは?」
「英雄の近くには、必ず死がある、ってことさ。肉親の死。友の死。兄妹の死。離別と英雄は切っても切れない関係だ。ただし、
「へぇ。興味深いね。今聞かせてくれる話かい?」
「まだちゃんと纏めてるわけじゃねぇから支離滅裂で悪いが、それでもいいか?」
「うん。君の言葉で聞いてみたい」
ヘイズがバランサー側にいるのは、自分で何かをする、人間に入力をする、ということ自体が己の実験に影響を齎さないからだ。彼の実験は"英雄価値の遺伝法則"、及び"英雄発現の原理究明"。究極的に彼は傍観者であり、だからこそ余計な感情も抱かなければ、能力に対する評価も公平に行える。
歌が上手い、下手。戦闘ができる、できない。為政者として優れている、無能。
けれどそれは人間の目線でも民の目線でも、敵対者や協力者の目線でもない。
評価する者。
ただ彼がやっているのは、評価値を取り続けることだけ。評価が高いものを残す、ということさえしない。何故そうなるのか、人間という種族が何を基準にそれを受け継いでいるのか。
興味があるのはそれだけだ。そこに個人への思い入れとか、忌避とか、そういうものは存在しない。
ある意味僕よりも残酷な──いつも笑顔な居酒屋店主。
「まず、上位者の有無。これは英雄の発現に影響しない。英雄が上位者に依存しない、と言った方が正しいか。いや、どっちでもねぇか。まぁ、上位者がいようがいなかろうが、クラウンがいようがバランサーがいようが、近くだろうが遠くだろうが──英雄というものが発生するかしないかに、なんら影響を齎さない」
「へぇ、僕のような災害系でも?」
「そうだ。俺達がいようがいまいが、アイツらは勝手に発生する。それは人間同士の諍いからであったり、なんでもない時期に突然だったりと様々だがな。ただし、前者の場合はその諍いで英雄に親しい人間が必ず死んでいるし、後者の突然なった奴は、なった一年から二年くらいの間に大切な奴を失くしている。これがさっき言った『わかったこと』だ」
「……成程」
確かにそうかもしれない。
チャルもアスカルティンも、英雄になってから大切な人を失くしている。アレキはなる前に家族を、かな。あるいは彼女はまだ、なのかもしれないけど。
クリッスリルグ夫妻もそうだ。最初から強かったけど、英雄と呼ぶには難しかった。なのに、最近になってから──つまり最愛の子であるフリス・クリッスリルグが死ぬ前後から、急激な成長を見せた。
英雄になった、ということ。
「これは戦闘者でない英雄も該当する。職人系、芸術系、精神性の類までもが、かならず死に直面する。……いや、俺の意見を交えて言うなら──
「生贄。また時代錯誤な言葉だね」
「ハハッ、俺もそれは思うけどよ。ただ、時代を作ってんのは上位者だ。英雄の作成には関係ない。つまり、英雄を作ってる奴……俺達の大本も及ばねえどこぞの誰かに依れば、まだ一時代の中なんじゃねぇかな、って。そう思うぜ」
──……鋭いな。
まぁ、言及も否定もしないでおこう。
「話を戻すけどよ。つまり、だ。俺はやる気無いんだが、」
「誰かを積極的に殺せば、その親しい誰かが英雄になるかもしれない。そういうことかい?」
「ん-。まぁ、な。実験的価値はあんまりないと思うんだが、どっか閉じられた箱庭で、とかなら……他に影響させることもなくできんじゃねぇかって」
「そうだね。考えておくよ」
上位者による手ずからの、ですらない。
この星にあるかもしれない原理を利用した、いわば人工の天然物とでもいうべき英雄の作成。
かつ、閉じられた箱庭。
うんうん、二つ、あるよね。
──片方は僕の実験場だから、もう片方にお願いしよう。
「お、篝火が見えて来たな。……つかあの火、何千年ついてんだ? 誰かがつけにきてるとかじゃねぇだろ」
「紀元0年からだよ。あれは普通の炎じゃなくて、《茨》の……『悪魔』の時代の炎だからね。今の時代にそぐわないし、消してしまおうか」
「えー、勿体ねぇな。つか、いいんじゃね? んなこと言ったらこの大聖堂だって昔のものだろ? ……って、紀元0年? 俺も生まれてねーじゃんか」
「そりゃね。あの頃にいた上位者なんて十人そこらだし。だから心配だって言ったんだよ。あの頃の"英雄価値"を持つ設計者が設計した大聖堂。僕の力で建てたとはいえ、設計者が蓄積されたものではない、独学でしかない知識しか持っていなかったのは事実だ。……ま、結果はこの通り。2500年経った今でも、装飾の一つとして剥がれ落ちていない。"英雄価値"っていうのはこういうことなんだよ」
「なーにが『こういうことなんだよ』だよ。お前だって心配してたじゃねぇか。かっこつけんな」
まぁ、確かに心配していた。
過去の"英雄価値"……当時は新しかったそれも、今じゃ普遍的なソレでしかない。そんなものが何年も保つのか、と。
結局それは杞憂だった。
今それら知識が普遍的になったのは、"英雄価値"を持っていた彼らがそれを広めたからであり、失われたり、薄れたりしたわけではないのだから。
さて。
ようやく、辿り着く。
地下大聖堂。その名の通り地下に作られた聖堂で、大が付く名の通り超巨大だ。
今までの真っ暗な鍾乳洞から一転、中はかなり明るい。どこに光源があるというわけでもないのに光り輝くその聖堂は、やはり「機械」の時代に似つかわしくないものだと思ってしまう。
……まぁ、そう思われるから、そう思われて壊されるだろうからと、こんな地下に作ったんだけど。
今になって僕が同じことを感じるのは正常な証拠……だから、我慢我慢。
「……最後に来たのは、リンゴバーユの奴が死んだときか」
「あれ、ってことはまだ五百年とちょっとしか経っていないのか。ちなみにその時マグヌノプスの聖骸はあったのかい?」
「確認してねぇな。つか、奴と因縁あるのはお前であって、俺らからしたらどうでもいいんだよ。ここに来る理由はどっちかっつーとリセット無しで大本とコンタクト取りに来る時くらいなんだから」
「逆に僕はそっちをしないからなぁ。あ、来たよ」
「へいへい」
来た、というのは──まるで、蜘蛛と蝙蝠を足したような、あまりに歪な姿をした機奇械怪。
否、機奇械怪──とは言えない。
何故なら彼らに、捕食の機構は存在しないのだから。
「おお、中々サマになってるじゃないか、ヘイズ。奇械士四年目というのは嘘じゃなかったんだね」
「まぁな。調べもの続けてたら、いつの間にかそんなに経っちまった。無駄に金が入ったんで今は路頭に迷う人間を雇う、なんてコトやってるぜ」
「へぇ。あのリッキーというのもそういうことか」
「ああ、アイツはウチに盗みを働きに来たんだよ。んでま、殺しても良かったんだが、盗人を店で働かせる方が面白いと思ってな。雇ってみたら、これが働き者でよ。今じゃあの店の店主はアイツなんじゃないかと勘違いされることもしばしばある」
こういうの聞くと安心するよね。
ほら、やっぱりみんな無計画じゃん、って。
「詳しく話を聞いてみれば、前の仕事を失った理由がその強面を怖がられて、だそうでよ。一時期は顔を削ろうと思った事もあったんだとか。ハハッ、んなことしたら余計怖ェ顔になるってわかりきってんのに馬鹿だよなぁ」
「そこで詳しく話を聞くのが君だよね。僕なら捨て置くけど」
「ん-? あぁ、そこがお前のダメなトコだよ、フリス。ゴミにも利用価値はあるんだ。よく燃えるし、それを必要としている奴もいる。人間全体を見てんだから、誰がどこに必要になって、何にどれが当てはまるかなんてわからねぇ。リッキーの奴も今はとんと疎いみてぇだが、どこぞの誰かとくっつけば、また英雄が生まれるかもしれねぇ」
ヘイズは、攻撃に特化した、侵入者排除にのみ特化した機械の群れを捌きながら、言う。
「知らねえだろ、フリス。──"英雄"っていうのは、凡人二人から生まれるんだぜ?」
「……」
「ハッハッハ、押し黙っちまったな。じゃ、俺の勝ちだ」
「じゃあさ、ヘイズ」
「ん?」
そんなこと、知っているさ。
知っているけど……まぁ、確かに。少し極端が過ぎていたかもしれないね。
でも、それでも。
「英雄二人から、英雄が生まれたら──その子の"英雄価値"は、どれほどのものになると思う?」
「さぁな。ソイツは人間とはいえない、化け物かもしれねぇぜ、フリス」
即答。考える溜めもない。
当然か。そんなこと、ヘイズだってずっと考えてきた事なのだろうから。
「おーし。粗方片付いた……って。まだ出てくんのかよ」
「まぁ、今倒した残骸が壁や床に飲み込まれて、奥で再生産されるからね。実質無限体の敵が侵入者排除のために動くよ」
「だっりぃなオイ」
「だから、こういう時は念動力使うのさ。まさか使い方忘れたとか言わないよね?」
念動力の膜を広げる。
それに押され、奥から、背後から、様々なところから僕らに襲い掛からんとしてきた機械は、その歩を止めざるを得なくなった。
問えば。
「……そのまさかだったら、どうする?」
「軽蔑して侮蔑して馬鹿にするかな」
「いや、いや、使えはすんだよ。……ただ武器に纏わせる程度でよ」
「馬鹿が」
おっといけない。
柔和な口調、柔和な口調。これ一つで印象がだいぶ変わるからね。
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。上位者にだって得意不得意はあるって。俺はバランサーだから、いいんだよ」
「はいはい。じゃあ、行こうか。マグヌノプスの棺のもとへ。あ、モルガヌスの所には寄っていくかい?」
「大本に何の用があるんだよ。いーよ、別に」
「了解」
それじゃあ──行こうか、久しぶりに。
学びの地、大聖堂の最奥へ。
──そこは、静謐だった。
硝子か、水晶か。とかく、己を写す輝きのあるもので一面を張られた空間。人間が入れば距離感や平衡感覚が狂うだろうこの部屋の、ど真ん中。
いた。そこにいた。
あった。──宙に浮く水晶と、その中で蠢くヒトガタの《茨》。
「杞憂だったな。ちゃんとあるじゃねぇか、マグヌノプスの遺骸」
「……いや」
認識コード・オディヌ。
呟いて、戻す。水晶をすり抜けて、ずるずると僕の中に戻っていく《茨》。巻き付いていたそれが剥がれ──露わになっていく遺骸。
すぐにわかっただろう。
「……これは」
「偽物だ」
包まれていたのは──少女。
マグヌノプス、ではない。
念動力も転移も透過も遮断する《茨》の中で、マグヌノプスはこの少女と入れ替わっていたらしい。
どうやって、とは聞かない。
ただ……考えなきゃいけない事が出来た。
「こいつ……人間か?」
「さぁ。調べたいなら調べるといい。僕は関与しない。したくない。それよりヘイズ、君が調べていた様子のおかしい機奇械怪というのはどういうのだったか教えてくれないかな」
「まぁ待てって。フリス、お前は知らないと思うが、人間っていうのは長期間布を纏ってねぇと弱体化すんだよ。ましてやこんな冷たい水晶に包まれてちゃ……ああほら、身体冷たくなってら。生きてはいるみてぇだが、こりゃ栄養失調にもなってんな。ウチでスープでも出してやるか」
「その凡夫を健康にしたら、君は話をしてくれるのかな、ヘイズ」
「そう苛立つなよフリス。お前とマグヌノプスがどんだけ因縁あるのかはちーっとは知ってるが、今は命優先ってな」
言いながら、自身の衣服を破いて少女を包んでいくヘイズ。
……なんだ。今更感情があるような素振りを。
って、ああ。ダメだな。ここに来ると……ふぅ。
柔和な口調。柔和な性格。寛容な心。そう、悪くはない。悪くは無いんだ。
これも面白い。
──おっけー。
「……わかったよ。ちなみに健康にするのは?」
「それもナシだ。《茨》使っての健康ってことは、どこぞの誰かから生命力でも引っ張って来るつもりだっただろ。そんなんで元気になったって意味がねぇ、っつーかアクルマキアンの人間に手ぇ出すんじゃねぇ、俺の実験場だぞ」
「はいはい。じゃあその子が元気になるまで……僕はちょっと一人になるよ。人間って七日くらいでよくなるかな」
「馬鹿言え、もっとかかる。しかも子供だからな、二週間は欲しい」
「……君、人間に興味ないんじゃなかったのかい?」
「まだわかんねーだろうが。コイツの価値の有無は。俺が見限るのはそれがはっきりしてからだ。そんでもって、価値が無いと判断しても、俺は助けるよ。さっき言っただろ、英雄は凡人二人から生まれる、って」
「あー、はいはい。わかったわかった。……一応忠告しておくよ。その子、危険かもしれない。マグヌノプスがわざわざ身代わりにしたってことは、上位者に対して何らかの殺傷性を持っている可能性だってある。それだけは」
「フリス、顔が硬いぜ。いつもの余裕はどうしたよ」
……。
ふぅ。
「あはは、そうだね。ごめん……らしくなかった。らしくなさを見つめなおすために来たのに、これじゃダメだね。それじゃ、僕はちょっと上の大衆浴場にでも入ってから観光に行くから、そのつもりで」
「ちょっと待て」
「……何」
「バカヤロウ、今転移で帰ろうとしただろ。──帰り道にもあの機械がいるんだ、この子抱いてんだぞ。範囲狭い念動力で、俺がどうにかできると本当に思ってんのか? バランサーは得てして弱っちいの忘れたのか?」
「……悲しいよ僕。昔の君は僕に匹敵しないこともない念動力の使い手だったのに……」
「連れてきたのはお前なんだから、護衛しろフリス」
「勝手についてきたのが君だってば……」
あぁ──本当に、心を乱される。
マグヌノプス。
今頃どこで何してるんだか。
「へくちっ」
「大丈夫、チャル。風邪?」
「あ、ううん。大丈夫。……多分どっかで誰かが噂してるんだと思う」
「ナニソレ」
「知らない? 昔あった迷信。本で読んだんだ」
「……知らない。アスカルティンは」
「私が知ってると思いますか」
ホワイトダナップは、とある学校。
まばらであるもののようやく生徒の戻って来た──代行の者もいるが──教室で、三人は固まっていた。
「ほら、アスカルティンって頭良いし」
「頭良い人はこの膨大な教科書の山に困ってません」
「でも理解できないわけじゃないんでしょ?」
「まぁ、そこは問題ないんですけど、如何せん量が多い。熱暴走起こしますよコレ」
「起こすとどうなるの?」
「……手当たり次第に餌を求めるんじゃないですか?」
「それは絶対ダメだね……」
アスカルティンがリンシュの妹であること、何より九割機奇械怪であること。
これら驚愕の情報は、流石にすぐに受け入れられる──ということはなかった。当然だ。奇械士のほとんどは、機奇械怪に肉親や親しい人間を殺されて、復讐心から熱意を抱いたという者が多い。
他の機奇械怪と違う、と言われても、やはり同一に見てしまう者も多かった。
アスカルティン自身が「人を食べるのか」という質問に対し、「お腹が空いていたら、はい」とあっけらかんと答えてしまったのも理由の一つだろう。その後アルバートから「ボクの監視下にある」ことと「彼女を制御する方法を心得ている」こと、加えてあくまで彼女が被害者である、という話を聞かされたがためにその蟠りも多少鎮静化したけれど、それでもまだアスカルティンに対して疑念を覚えている者は少なくない。
奇械士達が心を落ち着かせるための時間としても、お休み期間は必要だった。
丁度良かったと、そう言えるのだろう。
「アスカルティンちゃん、アスカルティンちゃん」
「はい?」
「きゃー! 可愛い、こっち向いた!」
「……」
「あはは……えと、アスカルティンさん。私は尊敬してるから、ね?」
「いえ……私の背丈が小さいのは理解していますし、これが嫌なら初登校前に背を伸ばしておくべきだった……つまり私の落ち度なので、気にしてないです」
「まぁ、長く接さないとアスカルティンが年上だ、なんて思えないのはわかる」
「うっ」
アスカルティンの背は、小さい。凄く小さい。
アルビノで低身長でですます調な彼女は、一部の生徒に非常に受けが良い。ホワイトダナップは、というかこの世界は娯楽に飢えている。だから
ゆえ、まるで絵に描いたようなアスカルティンの姿・言動は、彼ら彼女らにぶっ刺さりするらしい。
中身が十九歳の食人系二重人格人外女性などと、誰も考えない。
「それにしても……コレ、そんなに美味しいの?」
「はい? あぁ、オールドフェイスですか。美味しいですよ。普通に溶かしても美味しいですし、抽出しても美味しいですし。最近は勿体ないので溶かすのはやめてます。だから実はもうほとんど人は食べてないんですよね。効率悪いので」
「……ほとんど?」
「あ……。……いえ、全くです」
「ほとんど……って、どういうこと、アスカルティンさん」
「とまぁ、ここまでが機奇械怪ジョークです。どうですか、面白いでしょう」
顔を見合わせるアレキとチャル。
頷き。
「アスカルティンさん。実は私、アスカルティンさんの弱点知ってるんだ」
「弱点? 何の話──ひぁ!?」
その高い声は、クラス中に響き渡る。
全員の視線がアスカルティンに向く中で──アレキとチャルは、そこを触る。
「ちょ、ちょっと待って、待ってください、なんですかそこ!?」
「うん。ほら、フリスが前に言ってたでしょ? 違う人も言ってたんだけど」
「全ての機奇械怪にはオールドフェイスの投入口がある──。これの生成は本人の意思じゃどうにもならない」
「ここは唯一装甲が薄い。ゆえに弱点らしい弱点になり得る……アスカルティンは知り得ぬだろうがな、って。兄が」
「ケルビマさん!? く、やっぱりあの人、私が全部バラしたの怒って、ひぃっ!」
「アスカルティンさん、最近ずっと『まぁ私は違いますけどね』みたいな感じだったし、この辺で鼻っ柱折ってやれ……って、ケルビマさんが」
「お、折るなら他の方法で、見てるから! みんな見てるから!!」
絶叫が響き渡る。
そのお仕置きは、クラス中のみんなが集まって来て、「へぇ、アスカルティンちゃんってくすぐり弱いんだぁ……」とか「背骨の中心、ね。メモメモ」とか、「お、おぉ、これぞまさしく桃源郷……子犬系茶短髪×クール系黒長髪×丁寧系アルビノの百合──俺はもう死んでもいいッ!」とか。
チャイムが鳴るまで、可愛い可愛い転校生への"お仕置き"は続いた。終わらなかった。