終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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それぞれに思惑を巡らせる系各人

「……今日も動きは無し、か」

「もう死んでいる……とは思われないのですか?」

「思わん。そも、この程度で奴が死ぬのならば、遥か昔に我が殺している。奴は端末だ。まずは奴に音を上げさせ、本体を引き出さんことには話にならん」

 

 ──ほとんど廃墟と化した聖都アクルマキアンに、彼らはいた。

 巨大な石と鉄の球体。それを見張るような配置に座る男衆。彼らはその全てが上位者であり──マグヌノプスの意思に賛同する者であると言えた。

 そして当のマグヌノプスは、球体に程近い場所でこれを監視し続けている。

 まるで今にもソレから中身が出てくる事を危惧しているかのように。

 

「フリスが音を上げる……というのは、想像もつかないですね」

「耐久勝負であれば、奴は簡単に音を上げるだろう。アイメリアは退屈を嫌う。動かずとも良いと言える性格であれば、こうも派手に動いたりはせん」

「確かに……」

「だが、それでは時間がかかり過ぎる。──故の措置だ」

 

 マグヌノプスが、上位者が、南の空を見る。

 ──そこに。まだ距離はあるが──確実に近づいてきている巨影があった。

 島。人工浮遊島ホワイトダナップ。

 

「本当にやるんですか?」

「恐れをなすか?」

「……人間については特に思う所はありませんが……」

 

 上位者の男が、球体を見る。

 逆鱗。その言葉が浮かんだ。

 

「だからこそ、だ。ホワイトダナップに戦争を仕掛け、これを壊されるとなれば、アイメリアは音を上げざるを得なくなる。アレが奴のお気に入りであることなどわかりきっているからな」

 

 ──そう。

 ホワイトダナップに救援要請をしたのは、ホワイトダナップに戦争を仕掛けるためだ。なればホワイトダナップ側からの通信があったのなら、それは。

 

「エクセンクリン……本当にアレを信用してよいものなのかどうか」

「信じられぬか」

「……昔の彼なら、信じられました。ですが、今の彼は確実にオーキストだ。フリスの影響を受けている。それが素直にこちらへ賛同したというのが、些か信じられないのです。罠か、と思うほどに」

 

 オーキスト。

 フリスによって影響を受け、入力を受け、変調を来した上位者の通称。フリス自身がそう呼んでいる事もそうだが、その症状がまさにそうであるとして、正常な上位者からは微妙な扱いを受けている。

 そして憂いはそちらだけではない。

 

「あの日以降、ヘイズや謎の武器を持った人間も姿を見せていません。数多いたはずの人間達もその大半が姿を消している。……少々気味が悪い」

「恐らくどこかにシェルターでも作ってあるのだろうな。我や貴様らに感知されぬ場所。大方地下のどこかだろうが、そちらは気にしなくても良い。それらはアイメリアの仲間ではないからだ」

 

 ヘイズ・イシイ。

 上位者の中でもかなりの力を持つ彼の姿が、ずっと見えない。

 波のように来る機奇械怪の襲撃にも、最初の一回以外は対応しなくなった。そのせいでアクルマキアンの廃墟化が進み、仕方なく上位者がこれを食い止めている。アクルマキアンが完全に壊滅──更地になっていると観測されてしまえば、ホワイトダナップが射程圏内にまで近づいて来ない可能性があるからだ。

 

「……死にますよ、沢山」

「人間が、か? それともお前たち上位者が、か?」

「どちらもです。損害は……計り知れない。マグヌノプス。あなたもそれがわかっているから戦争などという言葉を使ったのでしょう。ホワイトダナップの戦力を恐れているから……」

「そうだな。我は視て来た。ホワイトダナップという場所に集う戦士と、その特異性を。集まるべきではない力の集結と、閉じ行くはずの力の成長を」

 

 マグヌノプスが眼帯をなぞる。

 

 そして、だからこそだ、と。

 

「お前の言う通りだ。多くが死ぬ。もう戻れない所まで、深い傷となる。だが、アイメリアを殺すには……奴を排除し、この星が自由を手に入れるためには、これしかないのだ」

「……わかりました。これ以上は不安を口にしません」

「ああ」

 

 ただ、と。

 上位者の男は、フリスの入った球体を見る。

 アイメリア・フリス。

 

 不気味なほどに、微動だにしない球体。

 

「そら、また暴走機械共が来たぞ」

「対処します」

 

 あぁ、けれど。

 あるいは誰もが勘違いしていたのだろう。

 彼の存在が、誰もの想像以上に──。

 

 

+ * +

 

 

「聖都アクルマキアンからの緊急救援要請、ですか」

機奇械怪の大暴走(メクス・スタンピード)の最終目的地が聖都アクルマキアンとわかったからな。あそこでは今、日夜機奇械怪の大襲撃を受けている。だが、ホワイトダナップ以外の国は救援要請に応じなかった」

 

 ラグナ・マリアは他国に戦力を与えられる程の地力が無い。壊滅状態だから。

 再建邂逅は滅んだ。人間はもう一人としていない。

 エルメシアは沈黙を貫いている。シールドフィールドに包まれた彼の国はだんまりだ。

 ジグもまた連絡が取れない。そもそもあそこは鎖国中であり、以前から連絡は取れないに等しかった。

 その他の国は、もう滅んでいる。

 

「まったく、フリスの奴め。何が余計な入力をしたくない、だ。……これではもう、実験にならんだろうが」

「うーん、フリスの意思って感じはしないですけどねぇ。これ、明らかに何かあっての、急遽そうせざるを得なくなった、って感じに思えます」

「難しいところですな。フリス殿ならばやりかねないという入力はされていますが、儂もケルビマ様の中に在った頃以外、会った事はありませんからのう」

 

 アレキが学校に行っている日中、リチュオリアの屋敷は上位者と機奇械怪のたまり場になっていた。

 ケルビマ、フレシシ、ガロウズ。

 更には。

 

「……あの、私は場違いかと……」

「まーだそんなこと言ってるんですかぁ? 貴女は私達の妹なんですから、もっと肩の力抜いてくださいよぅ」

「ほっほ、姉上の言う通りですぞ。人間の記憶を持っているのは儂も同じ。なれば気後れすることなどありませぬ」

「は、はぁ」

 

 どこか幽姫のような、亡霊のような、それでいて騎士のような、そんな風格を持つ少女。

 彼女こそは──。

 

「そう肩肘を張るな、モモ。これも勉学と思え。それと、無理に敬語にしなくていい。お前にそういう態度を取られると俺が困る」

「……貴方が、そう言うのなら」

 

 モモ。

 ルバーティエ=エルグ・モモ。

 上位者エクセンクリンと人間の母親を両親に持つ、現在機奇械怪な少女である。

 

「その……どういう方なのか、フリスというのは。己が創造主でありながら……父は彼に私を近づけようとはしなかった。ゆえに、いまいち人物像が掴めていない」

「どういう方と言われると……うーん、大体の事が出来ちゃう力を持った、子供……という感じですかねぇ」

「思慮深さこそ持ち合わせていますが、それを使わずに悦を優先する子供、という印象ですなぁ」

「できるのにやらない、の権化だな」

「……つまり、不真面目な子供と、そういう認識で良いのか?」

「あ、はい。大体そんな感じですねぇ」

 

 モモは考える。

 フリスという人物について、情報を統合する。

 彼についての情報は欠片たりとも入力されなかった。記憶書庫を漁っても、彼の名に掠るものは一つだって出てこない。それほど関わって欲しくないのだろう父の意思が感じられた。

 だが、隠されたら暴きたくなるのが人間のサガである。モモはもう機奇械怪だが。

 

「しかし……それならば何をそんなに恐れる? 此度の一件がフリスに引き起こされたものとして、それは私達の害になるのか?」

「それがわからないから怖いんですよぅ。いえ、怖いというか」

「面倒臭いだけだ。奴のこういった大規模な行いは大体が無計画。つまり、落としどころも考えられていなければ、解決方法も破棄方法も無い。荒らすだけ荒らして掻きまわすだけ掻きまわして、周囲に甚大な被害を齎した挙句自身は素知らぬ顔。それがフリスだ」

「ほほほ……まぁそれはケルビマ様にも少し掠りますがの」

「何か言ったか、ガロウズ」

「いえ何も」

 

 確かにそれは面倒だとモモも思った。

 まだ機奇械怪として暦の浅いモモだが、人間としては非常に深い思慮と知性を持っていた彼女。そのモモをして、此度のスタンピードが完全な無計画であれば、どのような被害が出るのかを計算し──溜め息を吐く。

 

「止める事はできないのか? どこかに縛りつけておくとか……」

「無理だな。念動力に転移。そして《茨》。奴の取る手段は恐らくそれだけではないだろう」

「オーダー種みたいに機奇械怪を呼び寄せたり、強力な磁石みたいに機奇械怪を引き寄せたりもできますからねぇ。簡易の機奇械怪を作ったり、手間暇かけて精密な機奇械怪を作ったり」

「ならばその全てを封じればいい。念動力、転移を封じ、身体を完全に固めてしまう。それならどうだ?」

「……ここまでは奴の面倒な所だ。だが、フリスの恐ろしい所はそうではない」

 

 あるいは、その言葉は。

 誰かに届けるように──忠告するように。

 

「ここまで来て、俺に記憶を受け渡してまであって──奴の底が知れないという事実。真に恐ろしいのは、それだろうよ」

「……」

 

 底が知れない。

 そんなもの、この場にいる誰もがそうだとモモは思ったが、それ以上とあらば。

 

「ただいま戻りました……と……?」

「む? なんだアレキ、いやに早いな」

「え、ええ。今日は学校が半休で。それで、申し訳ありません。連絡をしていなかったのですが、チャルとアスカルティンを家に呼んでしまっていて……その、ご迷惑でしたでしょうか?」

「問題ない。あぁ、ケルビマ。儂はそろそろ行く。──フレシシ殿を、丁重にな」

「わかっている」

 

 気配に気付いていて言わなかった二人──ケルビマとフレシシはともかく、素知らぬ顔で一瞬で合わせるガロウズも中々だ。

 その中で、まだ感知というものに慣れていないモモだけが、一瞬にして動いていく周囲についていけずにいた。

 

「あの……兄上。この方々は……?」

「うむ。こちらはフレシシ殿。クリッスリルグ夫妻に仕える給仕なのだがな、最近少しばかり親交があるのだ」

「こんにちは、アレキさん。以前少しだけ会いましたね」

「ああ……フリスの。……え? あ、兄上、フレシシ殿とは……その、仲がよろしいのですか?」

「そうだな。仲は良い方だろう」

 

 ──衝撃を受けるアレキ。

 兄の春はもう少し先だと思っていたのだ。否、ルイナードに想い人がいる、という事までは掴んでいたし、先の襲撃でその誰かが亡くなってしまい、兄が珍しく落ち込んでいたことも知っていた。だからこそ──こんなに早く、と。

 そしてその衝撃もさることながら、相手がクリッスリルグ夫妻のメイド。若い女性。いや、いや、確かに年齢的には。どこで出会いが? 気が合う? 親しい?

 いろいろな考えがアレキの中を巡る。

 

 そうしてぐるぐると色々を考えている中で──ふと。

 少女と目が合った。

 

「──まさか兄上、もう、子供を……!?」

「何を言っている?」

 

 アレキは混乱していた。

 

 

 

 

「……ということで、彼女はモモ。兄の知り合いから一時的に預かっているらしい」

「ごめんなさい。友人との談話の場に邪魔をするなど……迷惑でしょう。やはり私はこれで」

「大丈夫だよ、モモさん。一緒に遊ぼう?」

「……」

「大丈夫じゃなさそうなのが一人いるのだが」

 

 ケルビマとフレシシの子ではなかった。

 年齢を考えればあまりに当然の事実を前に胸をなでおろし、アレキはその流れで、と頼まれた事を、遊びに来た二人に話す。

 曰く、ケルビマの知り合いがホワイトダナップの航路変更によって忙殺されているらしく、子供を一時的に預かることにしたのだとか。

 名を、ルバーティエ=エルグ・モモ。形骸化はしているものの、上位貴族の、つまりお嬢様である。

 

 そう紹介された彼女に対し、チャルは本心からの「よろしくね」を。

 しかしアスカルティンからは本心の──「私警戒しています」が。

 

 対照的な二人の反応。

 

「アスカルティン、あなた結構人見知り?」

「い……いえ、そういうわけでは、なくて」

「大丈夫だよ、アスカルティンさん。この人、凄く良い人だと思うから」

「いえですから、そういうことではなくて」

 

 当然の反応ではあった。

 だって、アスカルティンにはわかるのだ。

 

 目の前の少女が機奇械怪であると。それも、融合した己……99%機奇械怪なアスカルティンと違って、純度100%の機奇械怪であると。

 何故か近場にいるフレシシや家主のガロウズが放置している事を考えるに害はないのだろう。それはわかる。

 わかるが、人間社会に混じる機奇械怪が──それも、使われている素材的にかなり新しそうな機奇械怪が目の前にいるとなれば、警戒もしてしまうだろう。

 だってそれは、以前のアスカルティンを相手にしているようなものなのだから。

 

「た……食べちゃ、だめですよ?」

「な……何を言っているの! 私は普通に男性が好きよ! それに、初対面の相手に手を出したりはしないから!」

 

 そしてその警戒心を抱いているのはモモも同じだった。だからヘンな事を言ってしまった。

 思慮深く、知性に長けるモモは、友達デビューで大失敗を喫したのである。

 

 

 

「あはは……大丈夫、大丈夫だからね、モモさん」

「ごめんなさい……ごめんなさい。色々と勘違いしていて……」

「あの……こちらこそ、ごめんなさい。思い違いがいっぱいあったみたいで」

 

 理性のタガさえ外れなければ比較的お姉さんなアスカルティン。そして雰囲気がもうお姉さんなモモ。二人の纏う険悪ではないけれどギクシャクした、世話のかかりそうな空気、というのは、年下組にとってはなんとなく面白いもので。

 ただ、沈黙に耐えられないというか、進行の主導権を握りたがる傾向にあるチャルが、口を開く。

 

「えっと、モモさんは……どこの学校に通ってるんですか?」

「学校? ……ええと、私実はもう成人していて」

「えっ、あっ、ごめんなさい!」

「ふふ、幼く見えるとは、よく言われるから。大丈夫よ、気にしていない」

 

 お姉さんだった。

 アスカルティンからは得られない成分を今、チャルとアレキは浴びている。

 

「あー……とと、そ、そういえばモモさんのご両親が、ケルビマさんのお知り合いなんでしたっけ」

「ええ、父が政府塔務めでね」

「それなら私のお母さんとも知り合いかも……」

「ご両親はお二人とも働いているんですか?」

「いいえ、母は普通の主婦よ。……私の事、そんなに気になる?」

「あ、ごめんなさい。質問ばかりしてしまって」

 

 興味が完全にモモに向いているせいだろう。

 明らかに「私拗ねてます」という空気を醸し出したアスカルティンが、不貞腐れた口ぶりで声を出す。

 

「……猫被るのやめたらどうですか」

「え?」

「わかりますよ、そういうの。私もやってたから……」

 

 それは拗ねからの、不貞腐れた言葉ではあったが、割と図星だった。

 

「もしかして、いつもはそういう喋りじゃないの?」

「あっ、いいえ、そんなことは、ないのよ?」

「あ、嘘吐いた」

 

 ──今の今まで、噓偽りなく本心から、「年下に接するモード」で話していたから、バレていなかった。だけどちゃんと嘘を吐けば、ちゃんとチャルにバレる。

 

「う、嘘じゃないわ。ホントよ? いえ、何が、と問われると弱いけれど」

「本当はもう少しトゲトゲした方ですね。私にはわかります」

「何を根拠に……」

「……オーラ?」

 

 それは果たして、機奇械怪にしかわからない感覚なのだろう。

 ただアスカルティンはしっかり感じ取っていた。それが化けの皮であることを。

 

「いいですか、二人とも。あなた達が抱いている程、19歳も成人も大人じゃないんです。その年頃になったら大人に成れている、とか思わないでください。私もこの方もまだまだ子供ですよ」

「だから、何を根拠に……」

「いいですから。私もチャルさんもあなたの嘘を見抜けるので、そろそろ観念してください」

 

 二つの目が光る。

 片方は紺碧と銀に揺らめく瞳。もう片方は──眼球に見せかけた、センサー。

 

「……はぁ。わかったわかった。口調を戻せばいいのだろう」

「おー!」

「それでいいんです」

「得意気なところ悪いけれど、たとえ口調を戻しても、あなたよりモモさんの方がお姉さんに見える」

「えっ」

 

 まぁ。

 この一連の、ほのぼのとしたやりとりに、一番呆れ返っていたのは──。

 

 アスカルティンの中にいる、幼い幼い機奇械怪だったり、したり、しなくもなかったり。

 

 

+ * +

 

 

「翻訳終わりましたよ、ニルヴァニーナさん」

「あら、早かったわね。三日であれを全部データにしたの?」

「まぁ解法さえ知っていれば、そこまで難しい言語でもありませんから」

 

 政府塔。

 自らの子供たちがそんな会話を繰り広げているとは露知らず、エクセンクリンとニルヴァニーナはいつものように、いつもの十倍の速度で手を動かしていた。

 

「今ここで読みますか?」

「まさか。奇械士である娘の依頼品よ? 翻訳を任せたあなたは別として、単なる仲介人である私がおいそれと見て良いものではないでしょう」

「特に大したことは書かれてませんでしたけどね……」

 

 エクセンクリンの端末から送信されるデータ。そこそこの量がある。

 これを三日でと、ニルヴァニーナは隣の男の評価をさらに上げた。

 

「それにしても、緊急の航路変更に加えて、全力航行だなんて……電力研(ウチ)の大変さ、わかっているのかしら」

「どうでしょうね。僕にも上の考えはよくわかりません。正直な所、今まで散々こちらを敵視してきた聖都アクルマキアンに今更救援要請などされてもね……」

「それは本当にそうよね。国家間の連絡網からホワイトダナップを排除しようとしたり、故意に古い情報を送ってきたりしていたアクルマキアンが、こういう時だけ手のひらを返して助けて、なんて」

「ちょっと所長、エクセンクリンさん! そういう話不味いですって! 誰が聞いてるかわかんないんですよ? ここは俺達しかいないからいいですけど、そんな国家間の事情と人命を天秤にかけるようなこと言わないでください!」

 

 流石に、だったのだろう。

 段々と愚痴になりかけてきていた二人の会話を電力研の職員の一人が止める。

 ここからは思想の領域だ。政治の領域だ。

 疲れ目にそういう話は聞きたくないのだろう。

 

「ごめんなさい。悪かったわ、反省してる」

「申し訳ありません、皆さん。……では、僕はこれで。また翻訳について何か疑問などありましたら、連絡を入れてください」

「ええ、色々とありがとう」

 

 言って出ていくエクセンクリン。

 

 そして再開されるデスマーチ。電力研の今日はまだまだ始まったばかりである。

 

 

 

 地獄を出て──思案するは、エクセンクリン。

 

「……守るべきモノを見誤るな、か」

 

 それは今朝のことだった。

 早朝、転移でしか入れない例の部屋に誰かが来た事を感知し、ようやくフリスが戻って来たのかと訪れてみれば──そこにいたのは、見覚えのない少女を負ぶった上位者ロンラウ。

 紀元前から稼働し続ける最強格の一人の来訪に、さしものエクセンクリンも驚いた。だけど、驚きはそれにとどまらない。

 

 なんでもアクルマキアンに対し、エクセンクリンが自ら救援の声を掛けた──その回線を視認したと、ロンラウは言った。

 個人回線の念波を視認する、という超技術についてのツッコミも入れたい所ではあったが、内容が内容だけに茶化せないもの。

 エクセンクリンが。

 彼が、アクルマキアンに対し「ホワイトダナップが手伝おうか?」と言ったというのだ。

 

 当然だけど、エクセンクリンにそんな権力はない。彼は上位者であるが、科学開発班の一人でしかない。しかも現地調査や実際の開発を行う職員ではなく裏方も裏方の事務員だ。開発も出来ないことはないが、その事務能力から滅多に話は回ってこない。

 そんなエクセンクリンがホワイトダナップを動かせるはずもなく。

 それを知っているからなのか、はたまた別の理由か、「アレは本当にお前か」とロンラウが聞きに来たのである。

 

 これもまた当然だが──。

 

「私じゃない。だが、私の名を騙り、ホワイトダナップを操る者がいる、か……全く難儀だな」

 

 エクセンクリンがそんなことをするわけが無かった。

 妻子を愛するエクセンクリンが、バランサーたるエクセンクリンが、どう考えても面倒になる救援と航路変更と全力航行。有り得ない。妻子を危険に晒す可能性を考えても、そんな戦場に突っ込む事はない。

 

 そう言えば、ロンラウは静かに目を瞑ったあと、言ったのだ。

 重い声で、「守るべきモノを見誤るな」、と。

 

「私の守るべきモノは……決まっている。決して、ホワイトダナップなんかじゃない」

 

 まだ失っていない最愛の妻と、一度は失ってしまった子供。

 

「また失うなんて──冗談じゃない」

 

 エクセンクリンはソレを握りしめる。

 ──彼の娘の、オールドフェイス。それを、強く、強く。

 

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