終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
「キューピッド。最近になって現れた、小さな機奇械怪よ。君はこの名を知っている?」
「知っているよ」
視線がキツくなる。
雰囲気がザワつく。それはアレキからだけでなく、メーデー、そしてチャルからも。
「会った事があるんだ。昔ね」
「どこで?」
「地上で」
まさか本人です、なんてカミングアウトは要らない。
フリスとキューピッドは別物。キューピッドの隣にいたのもフレシシじゃない。当然そういう体で行く。そのために機奇械怪・『キューピッド』も作る予定でいる。ただし余計な入力になるので絶好の場面以外では出す気はない。たとえ僕がどれほど怪しまれようともね。
「昔からいた、ということ?」
「聞かれてもわからないよ、その辺は。ただ、僕が両親に拾われた15年前から、確かにキューピッドはいた」
「……最近になって現れたわけじゃない、となると……他にも同じような被害に遭っている人がいる……?」
「被害?」
うーん、ちょっと危機管理が甘いかな。
仕方がない、あまりやりたくは無かったけど──チャルの茨を発動させよう。
大丈夫、わざわざ殺しはしない。折角良い入力になってくれそうな奇械士なんだ、僕が芽を摘んでどうするんだって話だし。
ただ、見た目は血だらけになってもらうよ。
「あ……ぐ、ぅ!?」
チャルの右腕に、茨のような紋様が走る。アレキが口を抑えた時にはもう遅い。
そこからバチっと音を立てて現出した金属の茨が──彼女の肌を切り裂く。
「アレキ!」
「そんな、こんなことでも……! ど、どうしたら」
「キューピッド! どこかで見ているんでしょう!? 私達にその気はない──だから、やめて!」
それでも茨は止まらない。
チャルの神経を傷つけない程度の浅さで、茨が腕を、肩を、そして首をと覆っていく。垂れる血液。チャルの苦悶は収まらず、その衣服をも切り裂いて、彼女を傷つけ続ける。
さて、どこまでやろうか。
見えるところに傷があった方が、アレキの罪悪感をくすぐってくれるはず。腕なんかの隠し得るところにつけたって意味はない。消えない傷は、見える場所に。
じゃあやっぱり首かな? でも首は操作が結構難しいから……鎖骨のあたりだろうか。
「い……ぁ、ぐ……!」
チャルが手を伸ばす。
痛みから逃避するためだろうか。それとも助けを求めてか。
その手は──アレキではなく、僕に伸びていて。
「──」
アレキじゃないんだ、と思った。
引き金がアレキだったからだろうか。それとも僕にまだ、そんなにも依存しているからなのだろうか。
……この手を振り払うのは簡単だ。
だけどそれ、どうだろう。
今までチャルの心を僕から離そう大作戦を結構してきたけど……
この展開も、悪くはない。
──立ち上がり、伸ばされた手を取り──その反対の、チャルに巻き付いた茨を思いきり掴む。
零れ落ちるは血液。当然だけど、フリスとして振る舞っている時はちゃんと怪我をする。痛みはないし血液がたとえリットル単位で出て行ったとしても死にはしないけど、流れ出ているのはちゃんと血液だし、これを遺伝子解析すればちゃんと人間のそれになる。
そんな感じの赤を、一切の躊躇なく噴出させながら……チャルに絡みついた金属の茨を引っ張る。
「ふ、フリス!? ダメ……あぁ、怪我が、あぁ!」
「フリス君、どいて! 一か八か、溶断する!」
「ダメだよ。そんなことをすればチャルが傷つく」
僕の意図関係なくそれはあまりに悪手だろう。アレキの刀の出す温度は、機奇械怪のケーブルを溶断し得る。そんなものを人体に近づけてどうなるか、そんなことがわからないアレキじゃないだろうに。緊急事態で混乱しているのかな?
その最中、メーデーは己の足を触っている。そうだね、機奇械怪の足ならあるいは、と考えるのは不思議ではない。けれど腕ではなく脚だ。精密動作には向かない。
そしてそうしている間にも茨は侵食する。
どこまでやろうかな。僕の傷と、チャルの傷。流石に僕が茨を取り払ってしまい得るのは僕の特異性が上がり過ぎるし、けれどここまでやって何も起きないというのは青春ラブコメアクションストーリーに欠ける。
落としどころがどこか、というのを考えると。
「チャル、動かないで。動けば動くほど刺さってしまうから。……大丈夫。落ち着いて」
「フリス……」
「動かないでね、チャル」
テーブルの上に出されていた双銃の片方を手に取り、茨に向ける。
「チャル。動かないでね。できる?」
「……うん。わかった、フリス」
茨は尚も蠢いているから、チャルは痛みを失っていないはずだ。
それでも不動を誓えた。……やっぱり、思ったより僕への信頼度が高いな。これは諸々の予定変更が必要かもしれない。
「何をする気……?」
「……もし、銃で茨を撃つ気なら、アレキの刀と同じ結果になるわ」
「わかっているから、大丈夫」
落としどころ。
ま、オールドフェイスだけじゃ物足りないかもしれない、とは思っていたんだ。地上でやっていくには、攻撃だけじゃない、防御の面も必要。どれほどトレーニングしているとはいえ、チャルの身体能力では地上の機奇械怪の攻撃を躱し切れない。どれだけ強い攻撃をしても、躱せも防げもしないのなら、すぐに倒れてしまうだろう。
だから、新機能だ。
これを僕が昔使っていた、という設定がここで活きるのである。
「モード、エタルド」
撃つ。
銃口から吐き出されるは、弾丸──ではなく、水弾とでも呼ぶべきもの。それは茨へと染み入り──それを
「!?」
見た目は金属の腐食だ。けれど、その速度は明らかに高いし、肌へのダメージも無い。
腐食の水は茨を紋様ごと消し去り──そして。
ガクん、と崩れ落ちる。
僕が。
「フリス君!」
まぁ、強すぎるので。
代償に、というか弾丸として直接持ち主の生命力を食らう設定にしてみた。
絶対に避けられない場合にのみ使える、けれど体力を極限消費する防御、って感じかな。バランスとしては結構いいんじゃない?
「フレシシ、救急箱を」
「既に」
そして、静観を極めていたフレシシを呼びつける。フレシシは別に僕の考えが読めるとかそういうことはないので、多分「何やってるんでしょうあの方」とか思ってたんだろうなぁって。こんな積極的に動くなんて、僕らしくないからね。
手当はチャルの方をさせる。その腕、右手首には未だ消えない茨の紋様。それはキューピッドの種が消えていないことを指し示すもの。
「チャル」
「……大丈夫、痛かったけど……フリスが、隣にいてくれたから」
「……」
う。
これ、やり過ぎたかもしれない。一瞬交錯するフレシシの目はジト目。
アレキへ差し向けるはずの好意がまた僕に引き戻されてしまったか。いやそういうのも悪くないと思っての行動だったけど、戻り幅がとんでもないな。早まったかも。
「フリス君……今のは」
「ああ。モード・エタルド。普段のモードはテルラブっていうんだけど、こっちは所有者の生命力を弾丸に加工して、金属を破損させる効果を持つんだ。おかげでこのザマだけどね。……チャルに教えなかったのは正解でしょ?」
「ええ……これを戦い始めのチャルが知っていたら、どうなっていたことか」
「僕もチャルの性格は把握しているからね。……だけど、見ての通りだ。絶対防御として使うことはできても、使った後の隙が大きすぎる。攻撃に使うのは以ての外だ。そこまで大きな質量を消すことはできない。教えてしまった以上使うのは仕方がないけれど、使いどころは考えてね」
「使わせる気は無い。機奇械怪との戦いでは、チャルに攻撃を掠めさせる気さえないもの」
うんうん、チャルの気持ちの揺れ動きとは裏腹に、アレキの方は罪悪感やら何やらで覚悟がキッチリ決まったらしい。それはまだ守護の心ではあるのだろうけど、戦いを経ていく内に恋心へと変化してくれることだろう。長期任務で僕からも離れたら、チャルの心もまたアレキに寄っていくだろうし。
ともあれ、これで一件落着、ってね。
──突如、極寒。
そう勘違いするくらいの――重い重い、殺気のようなものが部屋に満ちる。
「……なに、してるの?」
部屋。ドア。
そこに──母アリアがいた。
アリア・クリッスリルグにとってフリス・クリッスリルグは何よりもかけがえのない存在だ。
アリアは子供を作ることができない。学生時代、夫ケニッヒと共に戦った大型
それでも立ち止まることなく
それはホワイトダナップが降雪地帯を航行している時の事。15年前のこと。
人工島ホワイトダナップはその性質上、多くの機奇械怪を惹きつける。ホワイトダナップが一つの地域に留まっていると、ただそれだけで大型機奇械怪が組みあがりやすくなってしまうのだ。だからホワイトダナップは決められたルートを航行し続けている。
降雪地帯。
ホワイトダナップの飛んでいる高度の関係上島自体に雪が降り注ぐことは無いが、だからこそ地上に降りる事の出来る奇械士だけが見られる光景。
真白の雪。
真白の砂漠。
各所で咆哮を上げる機奇械怪と──。
アリア、ケニッヒをその赤い目でじっと見つめていた小さな子供。
それがフリスだった。
凶悪な機奇械怪蔓延る地上で、子供が一人。
当然怪しんだ。アリアもケニッヒも、なんなら戦闘態勢を取ったくらいだ。
けれど、子供が取ったある行動で、アリアもケニッヒも心を許す。
後退ったのだ。
まるで未知のものから逃げるように、まるで機械以外のものを初めて見たかのように。
だから──アリアは、一足で子供の下に辿り着き、抱き締めた。
それが子供の、フリス・クリッスリルグの始まり。
フリスを連れ帰ったアリアは、本当の我が子のように彼を育てた。ケニッヒも同じだ。アリアの体の事情を理解していたから、その可愛がりを止めることはなかった。なかったし、ケニッヒ自身もかつて幼くして機奇械怪に殺された弟を思い出し、息子としても、弟としても接した。
血は繋がっていないけれど、大事な大事な家族。ベテランと言われる経歴・年齢になってしまって、大型機奇械怪討伐のために家を空ける事が多くなってしまっても、フリスは笑顔で二人を出迎えてくれた。おかえりと言ってくれた。
どれほど苦戦しても、強敵でも、凶悪でも、フリスの顔を思い浮かべればアリアとケニッヒはどこまでも強くなれた。
二人にとってフリスは大切な宝物なのだ。
──それが。
「なに、してるの?」
血。赤い。血だ。
珍しく玄関に靴がたくさんあった。お友達が来ているのだろうと理解した。女物の靴ばかりだったから多少は警戒して、それで──血の臭いがして。
脈打つ心臓に鞭を打ち、開いたドア。
そこに広がる惨状に──。
「おかえり、母さん。──大丈夫だから、安心して」
ああ。
その言葉は、ズルいと。
アリアは我を取り戻した。
「話せない、と。……それで納得すると思うの?」
「申し訳ありません。ご子息を傷つけておきながら……けれど、話せません」
「……」
手のひらからかなりの出血をしている、ぐったりしたフリス。そして前々からよく家に遊びに来ていた、最近奇械士になったことで同僚にもなった、チャル・ランパーロという少女。こっちは腕、肩までが斬裂にあったかのように切り裂かれている。
共にいたのはメイドであるフレシシと、もう二人。
同じく奇械士にして最年少と謳われていた──チャルの登場で今はほとんど言われていない──アレキ。タンク種の異常発生事件の時、とりあえずの交流はした少女。
そして、最近になって政府から直接派遣されてきたカボチャマスクの女性奇械士、メーデー。
何かあった。それは間違いない。
けれど、問い詰めても話すことができないという。
「母さん、キューピッドって知ってる?」
「!?」
「だ、だめっ!」
まさか息子の口から出ると思っていなかったその言葉に、けれどアリアよりメーデーとアレキが焦った空気を出す。
そして二人して未だ治療を受けているチャルを見て。
「あ……れ。何も、起きない」
「……そうか。フリスが言う分には」
何かに驚き、何かに納得している二人。
アリアは決して馬鹿ではないが、流石に判断材料が少ない。それに、思案に耽るより……愛しい我が子の質問に答えた方が有益だと判断する。
「キューピッド。最近になって現れた、原初の五種のどれにも当てはまらない知性を持った機奇械怪ね。名前は知っているけれど、遭遇したことはないかな」
「うん。どうやらそれが関係しているみたいなんだ。さっき、アレキがキューピッドの名を呟いた途端、チャルの腕から金属の茨が生えて、チャルの腕を傷つけた。どうかな、母さん。こういう事例に心当たり無い?」
心当たりもなにも。
無意識にアリアは下腹部を押さえる。
毒。
アリアからヒトとしての幾つかの機能を奪ったソレ。ダブルヘッド・サーペントの繰り出してきた毒が、まさに茨の形をしていたことを覚えている。
「状況は理解したわ。貴女達に起きている問題も、敵も」
「ほ……本当ですか!?」
「けれど、ごめんなさい。力にはなれそうにない。……私もそれに、苦しめられている側だから」
「あ……そう、ですか」
恐らく彼女らは、この毒の解毒方法が知りたかったのだろう。
それはアリアとて知りたいことだ。だから無理を返す。申し訳なさそうな、残念そうな顔のアレキ。カボチャマスクで表情は読めないものの、同じく残念そうな空気を出すメーデー。
「母さん。その攻撃を受けたのって、どこ?」
「お腹だけど……」
「僕は見ないからさ、三人に見せることはできる?」
「えぇ? ……流石に恥ずかしい……けど、わかった。フリスの頼みなら……」
服を捲る。
腹部。脇腹だ。
あれは背後からの攻撃だった。完全に避けたつもりが、体力の限界から足が崩れ……食らってしまった。
今でもそれは痣となって残っている。風呂などで体を見る度、思い出す。自戒になる痣。
「……同じ、か」
「同じ?」
メーデーの呟きに、けれどアレキは何も言わない。
何も言わずに、チャルを見て。
アリアもまた、彼女の腕、手首にある紋様を見つけた。
「母さんにその痣を付けたのは、どういう機奇械怪だったの?」
「ダブルヘッド・サーペント。ハンター種の基本種であるサーペントが二体融合した融合種。いえ、恐らくだけど、他の……毒を扱うなにかも融合していたんだと思うわ。既にそれは討伐済みだけど、あとで調べた時、明らかにパーツが多かったの。それに、現れた場所もおかしかった。元々他の機奇械怪を追っていてね、それはプレデター種だったから、周囲に他の機奇械怪がいるはずはなかったのよ。なのに、ソイツは現れて……私達の隊を襲った」
プレデター種は他の機奇械怪に積極的に襲い掛かる。襲い掛かり、それを己が糧とする。機能として取り込む。
だからプレデター種には他の四種も近づかないようにしているのが普通だ。移動の遅いプラント種を除き、大型となったプレデター種に近づく機奇械怪はいない。
それが、突然だ。
突然サーペント種が二体現れて、その場で融合を果たした。
「……その時に、赤い雷を見なかった?」
メーデーの問い。
何分昔の事だけど、と。けれど、その神妙な声に……アリアは記憶を探る。
「ああ、赤い雷……転移光が見えたぜ、あの時も」
答えは背後から聞こえた。
振り返れば、そこにいたのは夫ケニッヒ。野暮用がある、とかで協会へ行っていた彼だけど、その用事も終わって帰って来たらしい。
「キューピッド。最初に現れたのは、ミディットとケイタのランプリー討伐の時だ。報告書は読んでる。その時もランプリーの融合種……まだ名付けられてない奴だが、それになったんだろ? タンク種の群れが転移してきて、ランプリーにくっついた。ケイタの奴が話してくれたよ」
ケイタとミディット。
昔の自分たちを彷彿とさせる、男女のコンビ。けれど先日の討伐戦の後、ミディットは帰らぬ人となってしまった。
「メーデー、アンタは俺達の時のダブルヘッド・サーペントも、同じだって言いたいんだな?」
「ええ……。同じ……だから、キューピッドが召喚し、融合を起こさせた、謂わば人為的に作られた融合種」
「そして、チャルの手にある痣と、母さんのお腹にある痣が同じなら」
それは、ある意味で希望だった。
長年わからなかった、どこの医療機関に見せてもわからないと言われ続けた"毒"。
その正体が、その解毒方法が、あるのなら。
脅威ではある。
けれど、アリアにとっても、そしてケニッヒにとっても──希望。
「俄然、興味が湧いて来た。キューピッド。見た目はどんなのなのかしら」
「赤茶コート、フード、鳥の仮面の子供って話だぜ」
「……言っておくけれど、私のこの格好は国の正装よ。関係ないわ」
「最初っから疑っちゃいねぇよ……」
「あなたはそうでしょうけど、あなたの奥さんが物凄い目でこっちを見てきたから」
自戒する。
赤茶のコートなんてありふれたものを着ているだけで疑う、など。ホワイトダナップにだって、沢山いるだろう。似たような恰好をした者は。
「……あなたの国って、どこなの?」
「二か月ほど前に滅びたダムシュという国よ」
「!」
それは。
その国は。
振り返り、ケニッヒを見れば──彼も頷いた。
「まさにその国の近くで、ダブルヘッド・サーペントは出たのよ。ホワイトダナップの航行路がダムシュ周辺にあった時にね」
「……キューピッドが、私の国の人間かもしれない、ということ? 機奇械怪でなく?」
「サイキック種の転移機構をパーツとして回収した人間がいたのなら、出来ない話じゃない。同じくオーダー種から統制機構も奪って……」
「口で言うのは簡単だけど、それを今までに為した奇械士がいる?」
「……私が調べた限りじゃ、いなかった。でも地上の国にはいたのかもしれないでしょ」
少しヒートアップしてきた場。
そこに水を差す……あるいは鶴の一声を入れる者がいた。
「あ、あの……」
チャルだ。
「チャル。腕はもう大丈夫……な、わけはないよね」
「大丈夫……。フレシシさんが綺麗に包帯巻いてくれたから」
「そう。……ごめんなさい、私の迂闊さが、貴女を傷つけた」
「アレキ、やめなさい。それが更に、ということもあるのよ」
「……そうね。ごめんなさい、もう何もしゃべらないでおくわ」
謝罪をも遮るメーデーの雰囲気。迂闊さ。傷つける。
アリアは馬鹿ではない。けれど頭脳担当はケニッヒだ。だから彼を振り返って。
「……言葉で反応するタイプの何かを仕込まれたな? あぁいい、喋らなくていい。前例がないわけじゃないからな。引退した奇械士にも何人かいたよ、そういうの」
「それ、本当? 私見た事も聞いたこともないけれど」
「そりゃ俺がアリアに近づけさせないようにしてたからな。連中がアリアの体の事情をしれば、絶対調べさせろって言ってくる。それは目に見えてた。だから離してたんだ」
「……過保護」
「鏡貸すか?」
ケニッヒはアリアに。
アリアはフリスに。
類は友を呼ぶのだ。
「チャル、それで、どうしたの? 何か言いたいことがあったんじゃない?」
「あ……うん。ありがと、フリス」
そうだ、遮ってしまったけれど、鶴の一声……チャル・ランパーロが何かを言いかけていたのだった。
アリアは、そしてアレキとメーデーも彼女に向き直る。
突然集中した視線にチャルが辟易した表情を見せるも、ぎゅ、と。
その手をフリスに握られて──気を持ち直した。
「私、もっと前に……奇械士になる前に、見たことがあるんです。赤い転移の光」
彼女の言葉は。
「私がもっと小さかった頃、この島が大きな揺れに襲われたことがあったと思うんですけど、覚えてますか?」
「ああ……10年前の緊急停止ね。航路にトラブルが発生して、方向転換を余儀なくされた時の」
「あったなぁ」
舌を出したい気持ちでいっぱいだった。
万事うまく行った、勘違いも進んでいる、これはファインプレー! と喜んでいたのも束の間。
フレシシを見れば、にっこりと微笑み返される。
「あの時、私はホワイトダナップの管制区にいたんです。お母さんたちが管制区域に用があって、だから」
管制区域とは、ホワイトダナップの一番前、先頭、あるいは船首とでもいうべきところにある区域だ。ここにある建物たちがホワイトダナップの進路上におかしなものがないかなどを監視している。機奇械怪が出れば奇械士協会にすぐさま連絡が行くようになっているし、そもそも常駐している奇械士も数人いる政府区域の一つ。
そこになーんでチャルがいたのか。そういえばチャルの家族構成って知らないんだよね。奇械士以外にあんまり興味なくて。
「……だから、見ました。ホワイトダナップの進路上に──大きな大きな、鳥のような機奇械怪が現れたのを。そしてその時に赤い雷の転移光を纏っていたのを」
えー、ちなみにそれフレシシの機能パーツです。
フレシシという機奇械怪は特殊も特殊だ。原初の五種には勿論含まれず、現存するどれにも……ピオ以外のどれとも似つかない。それは当然、僕が作ったからなのだけど、いくら僕が上位者だからといって無から有を作るのは難しい。できないことはないんだけど、それなりの準備を必要とする。
だから、フレシシに機能追加をする時、「まぁ他から持って来ればいいや」の思考になったんだよね。先日のタンク種と同じで、地上から持って来ればいいや、って。
つまりまぁ、怠慢だ。
もっと秘密裏に行うべきだった。僕の求めるパーツを持った機奇械怪が全然いなかった、というのも大きい。適当に世界中から該当しそうな機奇械怪を洗い出して、ようやく見つけたものをホワイトダナップの近くに転移させて。
ただそれが存外大きくて、クリッスリルグ家さえも潰してしまいそうな勢いだったから、咄嗟に転移先ズラして。
えー、まぁ、そういう事です。
僕の無計画さが顕著に出た事件。
「その機奇械怪はすぐに消えたけど……消えた時もまた、赤い雷の転移光が走ってた、と思います」
「それもキューピッドの仕業だとしたら……なんのために?」
「考えられるのは威嚇、威圧の類か?」
「いえ、キューピッドは圧倒的強者です。我々に対してそんなことをする意味がない」
うん、だって意味とかないもん。
本気でどこでもよかったんだ。転移先。それが丁度そっちだったってだけで。
チャルの言う通り、すぐにまた他の場所に転移させて、その後なんとかかんとかしてフレシシの機能修繕を行った。ハンター種の戦闘機能、プラント種の動力効率、プレデター種の消化機能、オーダー種の交信機能、サイキック種の転移機能。この五つを兼ね備えたヒトガタ機奇械怪。それがフレシシ。最初に作った時はそれだけでよかったんだけど、一緒に過ごしている内にもっともっと欲しい機能が増えてきた。
それは僕だけじゃなく、フレシシ本人……本機も同じで。
「……10年前の緊急停止事件。これがその時の航路だ。場所は……ダムシュ国沖の海上」
「またか……」
ちなみにメーデー……ミディットはダムシュ国に一切関係が無い。普通にホワイトダナップ生まれだ。
だから、どんどん出てくるダムシュの事情に、どう話を合わせたらいいか悩みに悩んでいるはず。僕もまさかそこまで繋がるとは思って無かったから苦笑いだよ。見せないけど。
「……ダムシュ。行ってみる価値はありそうね」
「だな。アリアの毒がどうにかなんなら、俺もやる気が出てきた」
「私達も……!」
「それは無理でしょう。アレキ、チャル。貴女達はまだ島外作業員の資格を持っていない。ケニッヒさん、ホワイトダナップが次にダムシュ周辺を通るのはいつ?」
「ん……8月の中旬だな。17日だ」
「だ、そうよ。二人とも」
えーと。
これは……そういうことか。
うーん、じゃあ、それっぽいもの用意しておいた方が良いかな。ま、ダムシュは僕も興味あったんだよね。なんで滅んだのか。単純に機奇械怪に負けたのか、それとも人間同士の諍いとかがあったのか。
加えてもし人間が残っているのなら。
……使うのも、いいかなって。
「どういう……」
「8月17日までに、島外作業員の資格を得ろ、ってことですよね!」
「ええ、そう。アレキ、チャルに理解力を越されたみたいね?」
えーと、じゃあそういう無計画なことが起こらないように事前準備をしないとだなぁ。
忙しくなるぞー。
「キューピッドの調査って言えば上も頷くだろう。そっちの二人が行けるかどうかはともかく、申請はこっちでやっておく。ただ言っておくが──」
「危険、ですか?」
「ああ。地上であることは勿論、国を滅ぼした機奇械怪がいるかもしれねぇんだ。覚悟は決めとけよ」
これは……下見、行っておくべきだね。
ふぅ。
過去の僕が僕の首を絞めるなぁ。
ま、それも悪くはないか。
TIPS
機奇械怪(メクサシネス) / Mexachiness
放棄・廃棄された機械達が異常発達と事項改造、自己発展、自己増殖を繰り返すことで生まれた(とされている)機械の化け物。
原初の五種を型に、形や性能は幾重にも分岐し、今や無数となった機奇械怪のその全てが人類に敵対している。例外はある。
動力に有機生命を必要とする他、オールドフェイスと呼ばれるコインでも動く。