終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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成果を見せつける系一般融合機奇械怪

 アーチェルウィリーナ。

 大地を踏みしめる足は鉱石と見紛う程に分厚く硬く、その先端は地盤をも掴み砕くだろうグラップル。金色に輝くその体躯はメラメラと燃え盛り、近づくモノの全てを焼滅させるだろう。

 注目すべきはその体高と、翼を大きく広げた時の幅。

 聳え立つ山を彷彿とさせる三十メートルもの体高に、その倍はある翼。焔をまき散らしては時折飛び上がり、地震を思わせる衝撃を響かせ続ける。

 ハンター種に飛行形態のものが多い理由にして、地上を行くならば装甲を硬くする──その両方の要素を併せ持つ、まさにハンター種の原初。

 

「とりあえず撃つぞ! 下がってろガキ共!」

「援護する」

「裏に回ります! 理性飛んでても気にしないでください!」

 

 その燃え盛る機奇械怪に対し、スファニア以外は慣れたものとばかりに展開する。

 ホワイトダナップを停止させたビームを撃たんとするスファニア。その横で彼女への迎撃弾を叩き落すつもりのアレキ。彼女らに注目が行っている内に回り込みながら自己改造を始めるアスカルティン。

 いつぞやの個人用飛空艇で未だ空にいるチャル。彼女は使う武器が武器なだけに、動力炉やその他マストなパーツ──弱点を狙うのが仕事だ。

 

 そんな中、我関せずと言わんばかりに己が武器を展開するスファニア。地上、アーチェルウィリーナの眼前で突撃槍を構え──まず、第一射。

 

「ぶち殺せ!」

 

 伸びる。光の糸、あるいは束。何かが引き出されるようにして集束した真白の光条が、突撃槍の先端からアーチェルウィリーナに向かってまっすぐのびる。

 避ける事をしないアーチェルウィリーナ。その巨体ゆえ、見えていないのかもしれない。

 光。白。それらは確実にアーチェルウィリーナの首元を捉え。

 

「……」

「……え? 撃たないの?」

「撃ったぞ。けど、効かねえみたいだな。今までのはこれで全部溶け落ちてた」

「そんな危ないものを牽制に使ったの?」

「しつこいな。当てるつもりはなかったって言ってるだろ」

 

 突撃槍カイルス。

 それが特異な力を持っていることなど簡単に見て取れた。オルクスのモードと同じような、普通の武器にはない特性がある。

 そのことについてアレキは少しばかり思う所がある。アレキの持つテルミヌスはまだ、そういった機能の解放に恵まれていないからだ。ただ、今考えるべきではないことでもある。

 

 だから(かぶり)を振って。

 

「とりあえずその光線は一切効かないってわかったから、他の攻撃方法で」

「おらぁ!!」

 

 助言のつもりではあったのだろう。

 問題は、スファニア側に一切話す気が無かったことか。そもそも援護なんていらなかったし、そもそもヘイズに押し付けられただけで仲間だとは思っていないから、声かけもない。もっともヘイズと共にいる時でもスファニアは特に何も言わずに突撃するのだが。

 それでも普通は存在する断りの消失は、アレキの反応を遅らせるに十分だった。

 

 仰角を上方に向け、駆けだすスファニア。

 一歩、二歩、そこから爆発的に速度を上げていく彼女の軌道は直線──空に、アーチェルウィリーナに向かい、ぶれることの無い直線で突っ込んでいく。噴射で飛んでいるだとか、浮いているだとかではないのだ。

 空に道があるかのように。彼女の踏み出した場所が地面になっているかのように、スファニアは突撃槍と共にアーチェルウィリーナの胴体へ突撃する。

 

「ば、馬鹿っ、近接攻撃なんてしたら──」

 

 忠告は届かない。

 スファニアはまるで、アーチェルウィリーナを包み込む炎など見えていないかのように突撃し──弾かれ、さらには火だるまとなって落下する。

 追撃と言わんばかりにその巨翼を広げ、ふわりと浮き上がったアーチェルウィリーナ。全身を炎に焦がすスファニアを踏みつけんとその巨体を少しだけ移動させて──思いっきり、彼女を踏みつけた。

 

「──ッ、ギリ、ッギリ……!」

「おおお、お? おお……あれ、燃えてねぇ」

 

 否、助け出されている。アレキだ。

 凄まじい速度でアーチェルウィリーナの落下地点に突入、燃えているスファニアを掴み、その場を離脱した。更にはその速度で以て彼女の身体に燃え移った炎を散らし、消火も行っている。

 

「あ、でも武器落としてきちまった」

「今、死にかけた自覚は?」

「あ? 何がだ?」

「……とにかく、もう無茶に突っ込むのはなし。後で武器も拾ってきてあげるから、大人しくしていて」

「そりゃ無理だな。あれ、俺以外が持つとクソ重いんだよ。そういう武器」

「なら、あの機奇械怪を引き離すところからか。どちらにせよ今のあなたは何もできないから、突っ込まないで」

 

 自らの身体についた火傷を一切気にしていない様子のスファニア。心臓が動いていない、ということも相俟って、大方の事情を察したのだろう。アレキは未だに疑問符を浮かべたままの彼女の前に立ち──呼気を一つ落とす。

 

「そもそも──突っ込んだ後を考えないから、そうなる。燃える敵に対して、近接戦闘者ができることはただ一つ」

 

 呼気をもう一つ。

 次の瞬間、灰色になった世界にアレキはいた。否、灰色どころではないかもしれない。周囲の景色も見えていない。己の姿も無い。

 彼女の世界に存在するのは、テルミヌスとアーチェルウィリーナのみ。

 一歩、二歩。

 静かな歩み出しは、しかしスファニアにはわからなかっただろう。気付けばいなくなっていた。一度瞬きをした頃には、アーチェルウィリーナに肉薄していた。

 ただし、この巨体を斬る事が出来ない事くらい、アレキにもわかっている。刀傷を一つ付けた所でダメージにならないとわかっている。

 

 なれば。

 

「五つ目──揺らす!」

 

 誰しもの目には、突然アーチェルウィリーナがぐらついたように見えた事だろう。頭部を弾かれ、その全身が弾かれるように右方へ傾いた。バランスをとるために飛び上がり、姿勢を戻さなければならないほどの衝撃は、しかし下手人がわからない。

 張本人。ただ折れないという部分にのみ着目し、あらん限りの力でその側頭部を打撃したアレキ以外には。

 アーチェルウィリーナが姿勢を立て直す頃には、スファニアの眼前にまで戻ってきている。

 

「こうやるの。近づいて攻撃したら、燃え移るなら。燃え移るまえに離脱すればいい。そうすれば、攻撃し放題。わかった?」

「全く」

 

 頭が良いとは言えないスファニアに理解できる話ではなかった。無論、この場にどれほど頭の良い存在がいたとしても、理解できると頷くとは限らないが。

 とかく、アーチェルウィリーナがよろめいたことで、スファニアの武器がその足元から出た事を確認。これ幸いとばかりに拾って来ようとするスファニアを、しかし片手で止めるアレキ。

 

「なんだよ!」

「今突っ込んでも二の舞。それより、もう少し隙を窺って。今──アスカルティンとチャルが、やるから」

「はぁ?」

 

 何をだよ、と。

 そう問いかけんとしたスファニアの目に映るのだろう。

 

 アーチェルウィリーナの体躯には不釣り合いな、小さな小さな捕食者の姿が。

 そして、絶好の機会を狙い続けた少女の落ちてくる様が。

 

 

 

 

 

「炎といっても金属を溶かす程でないのなら、持ち合わせの素材で十分ですね」

 

 最近の戦いから酸性耐性に特化していた装甲を、高温耐性のものへと作り替えていくアスカルティン。皮膜(スキン)は仕方のないものとして、全身のフレームの自己改造を進めていく。

 先の一撃。アレキの打撃はアーチェルウィリーナの身体をよろめかせることに成功したが、彼の機奇械怪に凹みなどの傷がついているようには見受けられない。

 つまり、あの金色の身体は相当な硬度を持っているということだ。アレキの打撃で傷がつかないとあらば、現時点のアスカルティンの攻撃のどれもが通らないと断言できるほどに。

 

「なら、通す武器を作る……のも手ですけど、まぁ、折角の巨体ですし」

 

 通す武器。

 それを今から製造するには時間も素材も足りない。そもそも、それは己の役目ではないとアスカルティンは感じていた。

 なんせ、スファニアの突撃槍に「硬いモノをぶち抜く」なんて機能が備わっているらしいのだから、装甲に関してはそちらに任せるべきなのだろう。

 であれば、と。

 

「私がやるべきは──」

 

 アーチェルウィリーナの背面からその巨体に飛びつくアスカルティン。炎が彼女を灼く。けれど、燃えているのは皮膜(スキン)だけだ。こればかりは耐熱素材にできなかったから、抵抗のしようもなく燃え尽きていく。

 けれど、その下から顔を出すフレームや金属繊維は負けない。燃えることも焦げることも、溶ける事も弱ることもなく、健在。そうして少女の形をした金属の塊が、高熱の巨壁を駆け登っていく。

 

 アーチェルウィリーナは燃えている。

 だが、ただ燃えているのではなく燃え続けているのだから、内部へと繋がる部位がどこかにあるはずだ。絶えず燃料を投下する部位、炎を作る部位。その他、全身に炎を付け続けるための機構がなければ、一生燃えている、なんてことは難しい。

 況してやその身体が金属たる機奇械怪であるのならば。

 

「アハ」

 

 ──ああ、でも、関係なかったかもしれない。

 今の今まで冷静に、理性的に弱点を探っていたアスカルティンだったけど……ここに来て、タガが外れた。我慢できなくなった。難しい事とか、どうでもよくなった。

 

 だから、本能のままに突っ込む。

 そこは翼の付け根。胴体の炎と翼の炎の継ぎ目。

 冷静に考えずともわかる。本能のままに動けば──捕食者(プレデター種)の本能に任せれば、機奇械怪の弱点がどこかなど簡単だ。

 

「アハッ! その辺、まだまだだよね!」

 

 まだアスカルティンにはわかっていない部分。

 機奇械怪の特性。プレデター種というものが何に特化しているのか。けれど、アスカルティンにわかっていなくとも、()()にわかっていればいい。

 機奇械怪の彼女。名もなきプレデター種。

 

 腕を、突き入れる。

 

「──?」

「わかんないよね……小さい相手のことなんか、気にしないもんね?」

 

 そのまま中に入る。

 機奇械怪の中。燃え盛るアーチェルウィリーナの体内に、翼の付け根から入り込む。

 そうだ。ここは可動域を保たねばならないがために、ある程度のスペースが取られている。もしアーチェルウィリーナが生物ならば皮で守られていたのだろう場所も、機械であるからこその隙間が存在していた。

 さぁ、入ってしまえばアスカルティンの独擅場(どくせんじょう)である。

 関係ない。どれでもいい。

 目につくすべてを食らう。目につくすべてに噛みついて、硬すぎたらやめて、柔らかいところを探して食べて、噛み千切って食べて、その素材の全てを自らの自己改造に使って。

 その場で強度を上げていく。顎、歯。その場で硬度を上げていく。

 今さっき噛みついて無理だと判断したものを食べられるくらいに。

 アレキの打撃を見て無理だと判断したものに傷をつけられるくらいに。

 

 アスカルティンは敵の体内で、敵を倒せる程に進化する。

 

「もうすぐ、全部食べてあげるから、──ッ!」

 

 喜色満面で宣言しようとした寸前、紙一重でソレを避けるアスカルティン。

 ソレ。

 啄み。あるいはつつき。

 ぞろぞろと出てきて、甲高い声で叫ぶは──燃えている金色の鶏。

 

 アーチェルウィリーナの体内にいたはずのアスカルティンは、いつの間にかアーチェルウィリーナに囲まれていたのだ。

 

「流石原初種! 自己防衛機構も持ってる……ううん、もしかして今つくったの?」

 

 アスカルティンと同じくらいの体躯のアーチェルウィリーナ。それらが出てきた方を辿ってみれば、製造ラインらしきものや製造炉らしきものが散見される。この巨体の中にいくつもつくられた機械炉が、体内に入った異物を排除するための防衛機構を今しがた作り出したのだ。

 その数、優に百を超え、五百体ほど。

 まだアスカルティンの顎はアーチェルウィリーナの装甲を食い破れる硬さにまでなっていない。

 

 つまり──ちょっとまずい。

 

「とでもいうと思ったかー!!」

 

 ちょっとまずい、と思ったのは理性の部分だ。今は内側に籠っている、身体の主導権を完全に機奇械怪に渡している理性アスカルティンの方。

 本能アスカルティンこと機奇械怪な彼女にとって、プレデター種な彼女にとって、たとえどれほどのハンター種が群がって来たとしても、それを脅威に思うことなど無い。

 美味しそうなご馳走が食べやすい大きさになった。ただそれだけ。

 

 そして。

 

「別に噛めなくても食べれるって、古い古い、古いふるーいお母さんたちは、知らないんだね!」

 

 近くにいた一体の小型アーチェルウィリーナに噛みつくアスカルティン。

 当然その歯は通らない。だから、その隙を突いて他の小型アーチェルウィリーナが攻撃を仕掛けようとして。

 ()()()()

 

「んぐ……んぐ……」

 

 動揺もするだろう。しっかりと知性を持つ機奇械怪だ。原初種。それをして、全く見たことの無い現象に踏みとどまる。

 

 飲んでいる。

 飲まれている。

 小型アーチェルウィリーナの首。恐らく口をつけやすかった、というだけだろうそこに噛みついたアスカルティンが、何かを、何か、見えない何かを──ごくごくと飲んでいる。鳴らす喉なんてないのに、わざわざ「んぐんぐ」とか言いながら。

 そうして、何かを飲まれた個体は──こてん、と転がった。

 その場に。何の外傷もないままに。

 

 まるで、死したかのように。

 

「ああ──美味しかった」

 

 ようやくここに来て、それは求められていた入力だった。長い間創造主から求められていた入力。

 今、この小さな小さなプレデター種が、何を吸ったのか。何を食べたのか。

 

 もっと早くに知るべきだった。もっと昔に気付くべきだった。

 

「集まってきてくれて、ありがとう。──いただきます」

 

 どうすればそれを食べられるのか。

 344年の歴史のどこかで学んでさえいればと、今更ながらに後悔する。

 

 アーチェルウィリーナは、ようやく危機感を覚えた。

 ようやく()の望む意欲を見つけ。

 

「モード・エタルド──オーバーロード」

 

 その知能を司る部分を、完全に消滅させられるのだった。

 

 

+ * +

 

 

 聖都アクルマキアンではヘイズ、ケルビマ、あとアントニオが。

 ホワイトダナップ後方では奇械士達が頑張っている中。

 

「……はぁ。これも残業……というか、予定外作業と思うと目頭が熱くなるね」

 

 エクセンクリン。ルバーティエ=エルグ・エクセンクリンは、政府塔の一室で端末に向かっていた。

 誰もいない部屋で調べるのは、けれどホワイトダナップのことではない。どころかその端末も既存の技術によるものではない。

 フリスが見たら一発で消滅させられるだろう、前時代……「魔獣」の時代の遺物。

 エクセンクリンが製造された時代のそれ。どこかおどろおどろしいそれで探るのは、彼ら上位者の扱うサイキック……中でも念波の痕跡。

 

 エクセンクリンを騙る何者かからアクルマキアンへの救援の呼びかけがあった、とヘイズは言っていた。それが通信でのものではないことは既に調査済み。ホワイトダナップから外部に発された通信痕跡の全てを洗って確認し、その線を外した。

 なれば次は念波だ。その痕跡を調べるには、相応のものが必要になる。だから、フリスの逆鱗に触れることであると理解しながら隠し持っていた過去の端末を引っ張って来て、今こうして調査をしている。

 どこから発せられたものなのか。誰が発したものなのか。

 

「……西部区画……住宅街? また面倒なところに隠れたな。人間一人一人を見るのは時間がかかるんだ……いや、外縁の……なんだ、登録情報がないな、ここは」

 

 ぶつぶつとぼやきながら、しかし凄まじい速度で痕跡を辿っていくエクセンクリン。

 西部区画。住宅街。外縁側。だが、端末で辿れ得るのはそこまでのようだった。それ以上は現地に赴くしか調べる方法がない。

 

 仕方がない、とばかりに立ち上がった彼。

 

 の、背後。

 

「……なんですか、電力研所長」

「あら、一言も発していないのにわかるのね」

「気配で」

 

 手を挙げることもしないエクセンクリンに拳銃を突きつけるはニルヴァニーナ。

 彼女は──警告も無く、その引き金を引く。

 

 放たれる弾丸。

 それはエクセンクリンの背に直撃し、そのままひしゃげて止まった。

 

「……せーので一斉に、今思ったことを言うってどうですか」

「いいわよ」

「はい。ではせーのっ!」

「──この男、体調不良になったことないしもしかして死なないのかしら、とか思ってたけどまさか」

「──本気で撃つとか頭おかしいだろこの女」

 

 せーの、で。

 互いの本性がバレた。

 

「それで、なんですか? 何か御用でしたら、素早くお願いしますよ、所長さん」

「ここは各部門・班・所長以下の職員の進入禁止区画よ。そこに当然のように入って行った科学開発班の平職員が、私の私有地についてぶつぶつ言っていたら、つい攻撃したくなるのも仕方のないことでしょう」

「……今の、常人だったら普通に死んでましたよ」

「でもあなたは常人ではない。あのね、あなたは上手く人間になりすましているつもりだったのでしょうけど、ここ一年……いえ、二年間でボロが出たのね。あなたの勤務時間と仕事内容、そして端末の稼働時間に齟齬が出ているのよ。特に激しかったのは去年の夏。そして今年に入ってからすぐの辺りにも」

 

 具体的な日付を上げていくニルヴァニーナ。それはたとえば空歴2543年7月20日──メーデーという奇械士が奇械士協会に無理矢理ねじ込まれた日だったり、空歴2544年1月12日……アスカルティンという奇械士が奇械士協会に無理矢理ぶち込まれた日だったり、他にもキューピッドが云々とかフレメアに謎の痕跡が現れた日だったりとか。

 思い当たるものがありすぎて、「あぁ」という諦めの表情を作るエクセンクリン。

 

「最長記録は七十二日の連勤。この間のあなたは、一睡もしていない。一睡もせずに働き続けている。勿論まるで休んでいるかのように『今日は上がる』なんて言って姿を消すときもあるけれど、その間端末は動き続けていたし、仕事もどんどん熟されて行っている」

「あー、はい。まぁ、やんないと終わらないので」

「人間のできることじゃないわ」

「……あのクソ馬鹿厄介無計画とアホ天然仕事中毒のせいと考えると、本当に許せない……」

 

 それはもう大きなため息を吐くエクセンクリン。

 ニルヴァニーナは知らない。一昨年までのエクセンクリンは、ちゃんと人間の範疇で休んでいたし、たとえそれが必要の無いものだとしても、喉から手が出るほどに欲していた。妻子との時間を大事にし、時には妻とデートに行って、時には娘を娯楽施設に連れて行って。

 娘が幼い時には共に寝るために仕事を切り上げて家に帰っていたし、妻の負担を抑えるために休日は家事を手伝い、娘と遊び、父母会などにも参加し……と。

 

 それはもう、それはもう理想のパパだった。それでいて高給取りなのだから言う事は無い。

 

 ただ近年ちょっと、本当にちょっとだけ色々あってボロが出てしまって、最愛の娘をもどこぞの人類の裏切者に誘拐されて改造されて挙句殺されて。

 

 そろそろ彼も、ちゃんと。

 我慢の限界を迎えつつあったのだ。

 

「わかりました。認めます。私は人間ではないし、これよりあなたの私有地に向かおうとしています。──で、なんですか。止めますか?」

「ついていくわ」

「……はい?」

「おかしいことじゃないでしょう。私の土地にあなたが行くのだから、監視者としてついていく。何か問題ある?」

 

 エクセンクリンは考える。

 痕跡を辿った先、つまり念波の発信元には、彼も知らない上位者か、それに類する存在がいる可能性が高い。上位者同士の念波の発信元を騙る、ということは、サイキックに余程造詣が深い必要があるからだ。

 となれば、そこは危険である。

 目の前の存在がフリスのお気に入りであるチャル・ランパーロの母親であるということもわかった。それをむざむざ死地に赴かせて殺したとあらば……まぁ色々と面倒だな、と断ず。

 

 断じて。

 

「申し訳、」

「マグヌノプス」

「──ぇ」

 

 にっこり笑顔で断ろうとした彼に被せるように。

 もっとにっこりとした──見るものを惹きつけるような微笑を湛えたニルヴァニーナが、その名を口にした。

 

「私の夫の姓よ。エスト・マグヌノプス。ホワイトダナップの機械技師だった人。──必要な情報、ではないかしら?」

「……成程。そういうことですか」

 

 エクセンクリンは、その手を取ることになる。

 

 

 

 

 エスト・マグヌノプス。

 彼についての簡単なプロフィールをまとめたデータ。

 

「……夫についての報告書って……なんでこんなもの持ってるんですか?」

「結婚する相手のことだもの。結婚前に調べたわ」

「うわ怖」

 

 まるで警察の作る容疑者のプロファイルのように綴られたソレを流し見ながら、エクセンクリンとニルヴァニーナはそこへ急ぐ。

 本当は念動力で飛ぶか転移した方が早くはあるものの、白昼堂々それをすれば奇械士が飛んでくる可能性もある、という理由でエクセンクリンは自重した。その結果がこの速足である。

 

「ホワイトダナップのメンテナンス……成程、それならいくらでも仕込めそうだ」

「私としては、夫が何の容疑でこれほど疑われているのか教えて欲しいところなのだけれど」

「……容疑としては、身分詐称ですかね。あとは捏造とか?」

「それは、人間ではないあなたの事情に関係している?」

「大いに。そして、ホワイトダナップが今緊急停止している理由にも繋がっています」

「……そこまでだとは思って無かったわ」

 

 エクセンクリンを騙る何者かが救援の呼びかけをしたこともそうだが、救援要請があった、ということにした上層部も怪しい。そのどちらもが同一人物の仕業であれば楽でいいのだが、果たして……なんて思案顔のエクセンクリン。

 

「もし……それが、私の夫の仕業。つまり夫が生きていての仕業だったとしたら……あなたはエストをどうするつもり?」

「解析、あるいは解剖後、処分しますよ」

「……言葉を濁すとか、ないのね」

「濁しても仕方がないので。私は私の生活を守るために、死者であるあなたの夫を殺します」

 

 普段は不和を嫌うエクセンクリンも、こればかりは、と。

 一歩も譲らない姿勢で言う。そうだ。彼にだって生活がある。ならばそれは、死者の都合でどうにかなっていいものではない。

 彼が上位者であることが、些かのファクターにはなってしまっているけれど。

 

「あれよ。あそこ。あそこから先が、私の私有地」

「……こんな区画が」

 

 そこは。

 そこはつまり、やはり、彼の墓だ。エスト・ランパーロ。いや、エスト・マグヌノプス。

 外縁の風吹きすさぶ静かな場所。

 

「『英雄、ここに眠る』……?」

「あら、知らない? 空歴2528年。今から16年前にあった、未曽有の事件」

「……その年は」

 

 その年は──他に大きな大きな事があったので、上位者にとっては人間の云々など気にしてはいられない年だった。

 

「ホワイトダナップの機関部に機奇械怪が複数入り込んで、次々と機械技師を殺して回った事件。丁度強い奇械士が島外作業に出張っていて、なんとか全ての機奇械怪を壊し切った頃には、機械技師の七割が死んでいた」

 

 空歴2528年。

 あのフリスが、クリッスリルグ夫妻に見つかった年なのだ。

 

「聞けば甚大に聞こえる被害も、けれど七割で抑えきったとみる事も出来る。それを成したのがエスト。娘が生まれてすぐのことよ。彼は機械技師達を避難させ、その上で機関部に一人残って、航行に必要な主要設備を傷つけさせないよう立ち回って──その果てに、死んだ」

「……成程、それで英雄と」

「ええ、だから、自慢の夫なの」

 

 エクセンクリンは──けれど、感じ取っていた。

 あるはずのないものの気配を。

 

「……それを聞いた上で、言います」

「……」

「あの、お墓」

 

 指を差して。

 

 

「──今から掘り返しますが、止めますか」

 

 

 その問いに──ニルヴァニーナは、苦く笑った。

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