終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
ルバーティエ=エルグ・モモ。
それが彼女の名前である。彼女はルバーティエ=エルグ・エクセンクリンの娘として生まれ、育ち。
そして死んだ。
なんでもないある日の夕方、彼女は誘拐され、肉体を機奇械怪と融合させられた。
適合者第一号。そんな無骨な名前で呼称され、性能テストとして街に放たれ、けれど隙を見て脱走して。
戦い方の一つも知らない、人を疑うことも、殺すこともしたことの無い彼女の波乱に満ちた逃走劇は、ケルビマ・リチュオリアとの出会いの果てで──結局、捕らえられることとなる。
彼女を誘拐したのも、彼女を機械と融合させたのも、彼。そして彼女のあずかり知らぬ話だが、彼女を再度捕まえたのも、彼だ。下手人はどこぞの金属球だが。
彼。
ミケル・レンデバラン。
165年、大なり小なり事件はあれど──私怨での事件はあれど──人類に仇為す程の裏切り者を産まなかったホワイトダナップが生み出した、最上級の"天才"。
さて、モモは今。
そんな彼と対面している──。
「──まずは、だ。お互いの立場をはっきりさせるとしよう。私はミケル・レンデバラン。奇跡と叡智の産物たる機奇械怪を研究する研究者であり、また、この神無き世に神を降臨させんとする聖職者でもある」
「はあ。私はルバーティエ=エルグ・モモ。貴様に殺された……被害者で、上位者の手によって蘇生し、今や機奇械怪となった……一般人だ」
「あ、儂の番ですか? 儂はガロウズ・リチュオリア。普段は偉そうな言動してますがの、この中じゃモモ殿に次ぐ若造でしての」
「初めましての方は……実はいないんですねぇ。私はフレシシ。フリスのメイドをしてたんですけど、最近放置気味で」
ここはどこかの部屋。
ホワイトダナップのどこかにある部屋。
外ではまだ原初の五機と奇械士達が戦っていたりするけれど、そんなことはどこ吹く風。
今ここに、ホワイトダナップに潜み住む機奇械怪と、あと完全裏切り者の座談会が始まろうとしていた。
「初めに言う。私は場違いだろう」
「何を言ってるんですかぁ。エクセンクリンへの温情とはいえ、フリスが造った久しぶりの人型機奇械怪ですよぅ? レアリティ高い事自覚してくださいよぉ」
「それなんですがの姉上。今しがた聖都アクルマキアンに超大量の姉妹が発生したみたいですぞ。ああ、無論、我々には遠く及ばない性能ですが」
「……それどこ情報ですか?」
「ホッホッホ、儂には儂の情報網がありましてな」
モモは自らを場違いだ、と思っている。先のリチュオリア家でのそれもそうだが、モモは本当に一般人なのだ。
奇械士でもないし、機奇械怪の知識もあんまりないし、フレシシやガロウズのような誰かを害する機能も……搭載されてはいるが、使った事が無い。
対し、ここに集まる面々の黒さといったら。
人間を殺すことに躊躇の無い機奇械怪二人。人間を殺すことに感慨さえない裏切者一人。最後の一人に至っては自分を殺した相手だし。
ただ、それについては多少曖昧な部分がある。モモが覚えているのは金属球によって捕らえられた所までで、気付けば機奇械怪に生まれ変わっていた。それで「君は死んだ。けれど君の父親が僕に泣きついてね、彼とは友人だからああなにするのさエクセンクリン」とか何とか言って、自らが死んだことを知らされた。
「よし、立場が明確になったところで──話し合おう。第一回、彼の神フレイメアリス対策委員会だ」
「あ、そういう名目なら、私はパスでお願いしますよぅ。私、フリスの敵側に回りたくないんで」
「儂も席を外しますかの。フリス殿から『一応みんなに共有しておくね』なんて文言と共に送られてきた連絡先でしたから、何かと思って追加した次第でしたが……そういう話であれば遠慮しますじゃ」
「貴様の言う事、為す事に私は興味が無い。解散でいいか」
「まぁ待て待て。そっちの機奇械怪も転移しようとするな。まずは私の崇高な計画を聞いてからにしたまえ。乗る乗らないはその後決めればいい」
「聞いても聞かなくても乗らないので関係ないですよぅ」
「儂、別にフリス殿やケルビマ様に反抗心とかないですからの」
「ああ、すまないがフレシシさん。私は転移がまだ……」
「あ、勿論勿論。ちゃんと送りますよ」
「聞いてからにしたまえ!!」
一応挟まれた茶番。
そう、一応だ。何故って通信の名目に「上位者について考える会へ参加はいかがですか?」なんて文言があったのだから、皆一応意見らしきものは用意しているはず。
「改めて。そも、使徒、上位者……それらで呼称される彼らは何なのか。これを考える会を開きたいと思う」
「初めからそういえばいいのに」
「第一に──彼らは自らを上位者と名乗っている。それは何に対してか。機奇械怪か、人間か。ここはやはり人間だろう。それはそのはず、彼らは不壊の身体を持ち、転移や念動力を自在に操り、老いる事も朽ちる事もない。これを上位者と呼ばずして何が上位者か、と言わんばかりの性能だ」
「まぁ、そうですな。儂ら機奇械怪にとってもケルビマ様達は上位存在。勝てるビジョンどころか、敵対したその瞬間には停止させられてゴミ捨て場にポイ、でしょうなぁ」
「父にそのような印象は無いが……」
「そう! そこなのだ!」
ぐい、とモモに詰め寄ったミケルの足に足を引っかけるガロウズ。転ぶミケル。
何事も無かったかのように話は続く。
「つまりだね、私が議題に挙げたいのは、何故彼らは人間社会に身を潜めているか、なのだ」
「……ふむ」
「ほう?」
「彼らは絶対的な力を持つ上位者だ。なれば統治すればいいとは思わないか? 私達人間を、陰からではなく表から堂々と。人間を容易く殺し潰せる力があり、老いず朽ちずにある存在。指導者として、統治者としてこれほど優れた存在はいまい。だが、彼らはそれをしない。それは何故だろう」
思ったよりもマトモな話題提供に、ちゃんと考えるフレシシとガロウズ。
その姿を見て、モモも考えてみる。
父エクセンクリン。
彼は端的に言って、凄く良い父親である。長期家を空けることも珍しくはないからそういう意味で寂しい思いをしたことは何度かあったけれど、そう思った日の次の日には「ようやく帰って来れたよ……」なんて言って自分を抱き上げて、ホワイトダナップの色々な所に連れて行ってくれて。
成人して尚もそういうことをしてくる事には少しばかり辟易したけれど、やっぱり良いお父さんで。
そんな彼が、上位者。母も自分も普通の人間なのに。
「普通に考えたら、統治したら余計な入力になっちゃうから、ですかねぇ」
「入力と」
「はい。彼らは自分たちの手に依らない機奇械怪の進化を望んでいるので……」
「しかし、別に統治をしていたとして、矢面に立つのは人間。他国を見れば行政に深く上位者が食い込んでいる国もありますし、入力が原因とは考えづらいですな」
「であれば、なにが思いつくだろう──どうかな、モモ君」
「……私に振るな。私はその上位者のこともほとんど知らないんだ」
「知っている限りで良い。わかる限りでいい。思ったことを思ったままに頼もうそれが会議というものだ」
ちょっとどころではない嫌悪感がミケルにあるため、どうしても拒絶気味になってしまうモモ。それでもと食い下がるミケルに、普通に人の良いモモは折れる。
普通の、一般人の、良い子なのだ。ちょっと覚悟が決まり気味なだけの。
「……単純に考えて、その"余計な入力"というのが違うのであれば……上位者という存在に制限を課している存在がいる、と考えるのが普通だろう。できるのにやらないのは、やってはいけないとされているか、やったら損失になるからのどちらかだ。今回の場合、やったら損失になる、が余計な入力であるなら」
「誰かしかに制限を受けている、と。上位者。人間を、機奇械怪を上回る存在に制限を課す者がいる。──良い意見だ、モモ君」
制限。
上位者を縛る存在。
「それがフレイメアリスこと件のフリス君であると私は睨んでいるが、どうかね、君達」
「あ、それは違うと思いますよぅ」
「何故?」
「フリスは制限をして行動を縛るより、全部明け透けに話した上で踊らせて、対象がどれを選ぶかを見て楽しむっていうタイプですから。まぁ選択肢の中にバッドエンド一直線な選択が七割くらいの確率入ってるんですけど」
「あの御方は、面白ければそれでいい、という方ですが……面白くなければ掃いて棄てる、という方でもありますからのぅ。上位者に何か制限を課してしまっては、面白くなくなってしまう。いえ、面白さの幅が減ってしまう。ですから、フリス殿は違うと思われますがの」
その考えが。
その思考がもう、上位者だ、と。モモは思った。
上位者の上位者がフリスではないのに、そういう考えを持っているということは。
「上位者の制限者ではない……フリスという人は、上位者の枠組みの外にいる?」
「……我々が長年かけて辿り着いた所に一足ですか。ほほ」
「ううん、これは中々……って、ガロウズはまだ全然生きてないじゃないですか」
「ほっほっほ、まぁ記録を見た程度ですからの」
「議題が少し逸れているが、それはそれで良しとしよう。ではフリス。彼の存在についての知見を窺いたい。彼は何だろうか。何者だろうか」
ホワイトボードを裏返すミケル。モニターもあるのに何故かホワイトボードが使われている。ついでに言うと、レンズを外した眼鏡もかけているミケル。普段はかけていないので、形から入るタイプなのかもしれない。
「うーん。フリスは……私を作った存在でぇ」
「私も一応、彼に作られた機奇械怪になる、か」
「儂はケルビマ様ですからの。ですが、型番としては姉上の後続機ですじゃ」
「型番……。私は自分の……そういうものをよく知らないが」
「あ、モモさんは私達とはちょっと違う種ですよぅ。スペックは最新ですけど、あまり戦闘に特化していないというべきか」
「エクセンクリン殿が『余計なものを付けたら許さない』と脅した、などとケルビマ様から聞いておりますぞ」
「父が……」
そういう事を聞くと。
「ふむ……そういう日常会話的な話を聞くと、彼らの力関係がわからなくなるな。このホワイトダナップにいる上位者はケルビマ・リチュオリア、フリス、そしてルバーティエ=エルグ・エクセンクリン。内フリスを枠組みから外したとして、ケルビマ・リチュオリアとルバーティエ=エルグ・エクセンクリンは単なる上位者だろう。彼らは対等なのか?」
「少なくとも気の良い友達のように接している風に見えますねぇ。記憶を共有しているから、というのもあるかもですけど」
「ケルビマ様はお二方に遠慮などはなさっていない様子ですからの」
「力関係とか、フリスはあんまり気にしなそうですけどねぇ。興味がなくなったら相手にしなくなるし、興味を持ったら積極的に関わる。フリスの性格はこれだけですよぅ」
「そういう意味では、彼は私に興味が無いのだろうな。私を作ったあと、一度も接触されていない」
「あー。まぁフリスは英雄以外にはあんまり興味ないので、モモさんは一般人ですからねぇ」
「儂にもたまに無茶振りしてくるくらいでほとんど関りはありませんぞ」
「実は私も最近はとんと。……これって興味尽かされた、ってことなんですかねぇ」
「……? 何故私を見る?」
「いえ、フリスから一番連絡貰ってるのあなたですし」
ミケル・レンデバラン。
小物っぽい言動のせいで一見馬鹿そうに見えるが、彼は稀代の天才である。
思いつくものを形にする力に優れ、それがフリスのお眼鏡に適っている。ゆえに人間でありながらここまで使われている。
過去、2500年を超える歴史の内で、フリスからの個人連絡をここまで貰った人間がいただろうか。細かい発注やそれをガン無視した納品を許された存在があっただろうか。
フレシシもガロウズもフリスの言う"英雄価値"について、その全てを理解しているわけではない。わけではないけれど、わかる。
そろそろ、だと。
「ふむ? つまり上位者ではない上位者は、私に興味津々、と?」
「まぁ、連絡頻度だけで見れば」
「……そうか。つまり、神の降臨は……まだ」
「先程から気になっていたのだが、貴様の言う神とはなんだ。私を誘拐した時にも言っていたな」
「神は神だが? ……わからないのか。はあ、モモ君。君は見込みのある生徒だと思ったのだがね」
「なった覚えはない」
「いいだろう。原点回帰という奴だ。言われてみれば最近は発注品ばかり作っていて、神を疎かにしていた。──ここらで本格的に神の招来を果たそうか」
何やらぶつぶつと呟きながら、端末を弄り出すミケル。
そんな彼を見てだろう、フレシシとガロウズがモモの身体を引っ張る。
「モモさん、もう行きましょうか。そろそろフリス帰ってきそうですし、こんなところにいると同じ奴扱いされかねないので」
「あ、ああ」
「儂もそろそろ戻らないとご近所さんに怪しまれてしまいますからな。これにて」
ぱっと景色が変わる。
陰鬱で暗鬱な部屋から一転──上空に。
「うわっ──」
「はい、深呼吸してください。そうしたらまず、私の手を掴んで」
「あ……ああ」
落ちるかと思われた身体は、しかしフレシシによって支えられた。
深呼吸。機奇械怪の身体になってから呼吸は必要ないものと教えられたが、今までしていたものをしなくする、というのは中々難しい。
モモは一呼吸置いて、そのあとフレシシの手を掴み──以前教えてもらった、足の下にガラスの板を置くイメージをする。
「おっけーですよぅ。モモさんはフリスに作られたので、私と同じサイキック種の色が強く出ています。なので、これくらいの浮遊は朝飯前になってもらわないと」
「あ、ああ。……慣れないが、足場があると考えれば……心も落ち着く」
「あ、ほら。見えますか? あっちにいる……ほら、青い光を放っている大きな虎。あ、虎じゃわかんないか。まぁ大きな動物……もわからないか。えーとえーと」
「いや、私は過去の生物について研究したことがあるから、わかる。そしてあれも……見えている」
「はい、アレが原初の五機、最初のプレデター種……なんですけどぉ、あーあ、威厳も何もないですねぇ」
「ああ……劣勢に見える」
ホワイトダナップの外。
今は地上に不時着しているこの島の外で、巨大な虎と小さな粒が戦っている。小さな粒は勿論、奇械士達だ。
「英雄性の欠片も無い奇械士でも倒せてしまう程、原初の五機は弱かった──なんて。フリスは機嫌悪そうですねぇ、今」
「うん。結構機嫌悪いよ。何もかもが期待外れでさ。それで、何。君達。フレシシとモモ? 珍しい組み合わせだね」
「ああ、今サイキックを教わって──あ」
いた。
少年。見た事もない姿だったけど、モモにも、勿論フレシシにも、それがフリスだとわかる。
「原初の五機。僕も期待してたんだよ? 344年も放置して、これだけ広い世界を巡って、これだけ沢山の出会いや入力があってさ。自己増殖の機械から何も得られないのはわかるけど、他の種からの機械や、融合種の新種。更には人間達からの沢山の入力があって──まだ。普通に有機生命を消費して、危なくなったら僕を頼る? 馬鹿にしてるよね、流石に」
「その……心中お察しする、とは言えないが……その、放置していたのだろう?」
「うん。完全にね。僕からの入力一切無しで」
「なら……当たり前、なのではない、だろうか。人間の赤子も、単体で放置されたら……すぐに野垂れ死んでしまう。あるいはあなた達のような、そして機奇械怪のような、動力炉以外の要因では死なない存在だとしても……食べる事に必死になってしまう現状では、進化のしようもない」
「……続けて?」
「あー、つまりだな。その、内情を詳しく察しているわけではないから、本当の素人考えになるが……余裕が必要だと、思う。勿論淘汰という中にあって、進化をする、進化をせざるを得ない生物というのはいるのだろう。だが、それ以上が必要だとあなたが思うのなら……やはり余裕はあるべきだ。知能生物がある程度にまで達したのなら、そこから先は堕落の世界。効率といえば聞こえは良いが、どれ程怠惰に全てを終わらせられるかを念頭に生物は最適化されていく」
初めはたどたどしかったモモの弁舌も、少しずつ確かなものになっていく。
それはあるいは、彼女本来の分野。成人している彼女は当然のように職に就いていて──まさかそれが、過去にいた生物や今ある食用生物、植物に関する仕事であった、など。
誰も、触れてこなかった話。
「それが進化だ。先ほど聞いたが、あなた達は機奇械怪への"余計な入力"というものを嫌っているらしいな」
「うん。そうだね」
「だが──今の機奇械怪は、"必要な入力"さえされていないように思う。もう少し言うと、"生きるために必要な入力"が為されていない。人間の赤子で言えば、言葉を喋ることができるようになり、自ら糧を求める──求めていると言えるようになるまで、ですら足りない。成長し、子供……他者とのコミュニケーションが取れるくらいの子供になるまで成長しなければ、彼らにクリエイティブな事などできるはずもない」
「……成程。じゃあ聞こう。君は、今の機奇械怪に"必要な入力"を何だと思う? 進化に足を掛けられるまで、そこに至るまでに基本性能として持っていなければならない入力。それは一体なんだろうか」
「それは」
それは。
「……それは、指導者だろう。言語があっても、コミュニケーションツールがあっても、烏合の衆は烏合のままだ。指導者……あなた達上位者でなくともいい。何かリーダーシップに長ける個体があれば、全体が引き締まり、目標ができ、その指導者を越えんとするモノが現れ、指導者も進化をし。そう、だから……機奇械怪は平等すぎるんだ」
熱弁だった。
モモの背後でフレシシが「あちゃー」という顔をしている、なんて事に一切気付かず、モモは本来の分野の話を伝えきる。
伝えきって、ぞっとした。
笑み──。
「いいね。やっぱり君を登場人物に挙げた甲斐はあった。うんうん、戦闘パーティ四人も大事だけど、ブレインもいないとね」
「……その、私は何か、まずいことを言っただろうか」
「とんでもない。良い拾い物だったな、と思っただけだよ。それにしても、指導者か。うーん、となると……」
「私は嫌ですよぉ!」
「あ、うん。フレシシに任せる事は絶対無いから安心して。というか君達人間の記憶を持つ機奇械怪はどの道指導者とやらには据えないよ」
これからは「機械と人間」の時代だから、機奇械怪には急激な成長を遂げてもらわなきゃだしね、なんて。
何やら末恐ろしい事を呟いているフリス。
「にしても、成程。平等からは進化は生まれない。至言だね。これからの時代にも役立ちそうだ。……それで」
「あ、ああ」
「あはは、ちょっと怖がり過ぎじゃない? 僕、君を機奇械怪として生き返らせる以外特に何もしてないと思うんだけど」
「すまない……よくわからないが、体のどこかで……あなたを、私を害する者だとしている心がある」
「──へぇ」
「あ、いや、本当によくわからないんだ。私自身があなたをそう思っているわけではなく」
「いや、いや。いいよ。君、いいね。エクセンクリンの娘だっけ? ……エクセンクリンの許可かぁ。きびしそー」
「そ──そうだ。父。父とあなたは、どういう関係なんだ?」
「うん? 僕とエクセンクリン?」
風が吹く。
モモの記憶にある限り、父は手記を残していた。空の神フレイメアリスに関する手記。
その、そのものとされているフリス。彼は。
「僕とエクセンクリンは……まぁ、元家主……みたいな」
「?」
「あはは、この辺はわかんなくていいよ。それよりそろそろ動力尽きるでしょ。サイキック使いすぎ。オールドフェイスあげるから、今日の所は帰るといい。フレシシ、サポートお願いね」
「珍しい……手厚いフリスとか、初めて見ました……」
「あはは。僕、君に対してそんなに冷遇してたかな」
そんな渇いた笑いを残して、フリスが消える。
赤雷。その場に残ったそれだけが、彼がここにいた事を伝える証拠。それさえも、空気にとけて消える。
「……じゃあ、帰りましょうか」
「ああ……その、フレシシさん」
「はい?」
「私は……何か粗相をしてしまったのだろうか」
「粗相はしてないですけど、目を付けられましたね。ご愁傷様ですよぅ」
「……?」
それはまだモモにはわからない事。
フリスに目を付けられる事は果たして幸か不幸か──。
現時点の誰にもわからない事であった。
「これは……」
「動力炉とノート。……中を検めます」
エスト・マグヌノプスの墓。
そこを掘り返した場所に、それはあった。
小さなサイズの動力炉。動力液の入っていないソレと、題名のないノート。その二つが棺に収まっていたのだ。
「……すみません。どうやらこれは、私が読んでいいものではなかったみたいだ」
パラパラと捲って、そんなことを言って。
エクセンクリンはニルヴァニーナにノートを渡す。
受け取った彼女が中を見れば。
「……あら」
それは、日記らしかった。
日付を見れば、ニルヴァニーナとエストが出会った日から付けられたもの。それは一日刻みでページを捲り──彼の死した日を境に、白紙になっている。
当然だ。書き手がいなくなったのだから、続きが書かれるはずがない。
問題は、誰がこれをここに入れたのか、という事。
「棺の錠に無理矢理こじ開けたような痕跡は無かった。そもそもの盛り土も新しくされたものではなかった。……つまるところ、転移。だが……この動力炉はなんだ?」
「……エストの疑いは、どうなったの?」
「まだなんとも。晴れてはいません。遺体がない上に機奇械怪の動力炉と日記……まるですり替わったかのようなラインアップだ。……自らに縁深いものと入れ替わる……転移に似た力?」
「これは、持ち帰ってもいいのかしら」
「ああ、構いませんよ。私は帰ってまた探し物をします。詳しい話については、まぁ、あとで。逃げませんから、今度は拳銃突き付けるとかやめてくださいね」
「はいはい。じゃあ今度はしっかり申請してから禁止区画に入ること」
「善処します。それじゃ」
短く言葉をつぶやいて、エクセンクリンは転移を使う。調べたい事ができて、その転移先はあの転移でしか入れない部屋。だから問題ないと。
入って。
「やぁエクセンクリン。話があるんだけどさ」
「……ロクな話じゃないことは見えた。却下する」
「まぁまぁまぁまぁ! 君の娘の話なんだけどね?」
「拒否する! 聞きたくない!」
「君の捜査にも協力してあげるからさぁ」
フリスとエクセンクリンは小一時間喧嘩をした。