終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
廃国家ダムシュ。
海岸線に沿うようにして在った漁村、それをもとに発達した都市が最終的に国となった国家であり、かつては貿易としてホワイトダナップに魚介類を卸していたこともあったくらいには、この終末世界においても食料自給率の高かった国だ。
多くの
だから漁業が可能だったのだ。勿論時折は機奇械怪に遭遇するため、
正直な所感、地上に残された六国家──今は五国家──の中で、滅亡するのは最後か最後から二番目くらいだろうと思っていた国だったから、僕なりに驚いてはいたりする。
「ふぅん、滅びたと言っても……やっぱりまだ人間は残っているんだね」
「そうですねぇ。政府は壊滅状態ですが、生命反応はちらほらと。ただ、国の体を成しているかといえば……無理がありそうですけど」
地下のシェルター、ビルの最上階、瓦礫と瓦礫の間にできた隙間。
そういう場所にまだ、人間がいる。この国が滅びたのは二か月前だから、つまり二か月の間、どうにか食料を保たせて生き続けているということになる。
まぁ、可能だろう。保存食なら二か月程度で腐りはしないだろうし、動力源の蓄えがある機奇械怪であれば人間を見逃すこともある。犠牲者は増える一方でも、残り続ける人間はいるにはいるのだ。
ダムシュに降り立つ。
恰好はキューピッドのもの。フレシシも同じ。あ、フレシシはアモルと名乗らせることにした。愛の神繋がりね。
──さて。
一か月後にはここに、両親らホワイトダナップの奇械士が調査に来る。チャルとアレキが来られるかどうかはわからないけれど、少なくともあの話を聞いた両親が来て、調べものや聞き込みをするのだろう。
けれど、当然のことながら過去の記録に僕はいない。地上の拠点は確かに持っているけれどダムシュ周辺ではないし、滅亡に驚いたくらいにはこの国の事放置してたから、僕の姿を見たことがある人間なんか誰もいないだろう。というかキューピッドが生まれたの自体ついこの間だしね。
じゃあどうするか。無駄足になるのも悪くはないけど、面白くはない。
無いなら作ればいい……ということでもない。必要なのはキューピッドが昔存在していた、という事実であり、今現れた事実を作っても「ここにも被害が……」になるだけだ。僕は上位者だけど、過去を改変する、みたいな神が如き事業はできない。
八方塞がりだ。過去を作れないなら、今を作る。
「なら簡単だ。──もっとインパクトのあるもので覆い隠してしまえばいい」
折られた尖塔……恐らくダムシュの政府塔か、電波塔か。それに準ずる何かか。とかく、多分最重要施設だったものだろうものに──手を当てる。
あぁ、視線も感じている。残った国民が何をしているんだと、これは心配半分憂い半分かな?
往来にいては機奇械怪の格好の的だ。そういう心配と──この限界ギリギリの安寧を崩してくれるな、という怒り、憂い。まぁそんなところだろう。
うんうん、君達が奇械士なら少しは考えたけれどね。
人間の問題に僕を巻き込まないで欲しいかな。
「創り変えるよ」
赤雷が走る。
最近知った事だけど、僕が作ったサイキック種と第一世代の使う転移は同じ赤い雷の転移光をしているのに、その後の世代や今の世代のサイキック種はこの転移光じゃないんだね。フレシシも同じ光になるし、僕も言わずもがななんだけど、そのせいでタンク種の件が僕の仕業だって関連付けられたらしい。
この光は機奇械怪の前身たる機械を使っていた人間なら見慣れたものだと思う。オールドフェイスが投入された時に光る光と同じ色だから。
……劣化した、ということなんだろうね。まったく、いつになったら原初の五種を超える機奇械怪が現れるのやら。
思考を巡らせている間に尖塔が変わっていく。
周囲や地面から金属類を集め、加工し、巻き上げ、変形させ。
一新し、新生し、新たに生まれ変わる。
「特異プラント種リリィ──特異オーダー種アンブレラ──融合。製造、
ガチャガチャと音を立てて組み上がるその様は、あるいは威圧、威光をも覚えるのだろう。隠れていた人間の一部が出てきて、塔に手を合わせ始めたではないか。
「いいんですか? これ、とんでもない"入力"だと思うんですけど」
「構わないよ。周辺からは隔離しているからね」
「あー。……箱庭を作るんですか」
「一か月でどこまで行くかの実験だよ。終われば破棄するから、全体には影響しないでしょ」
杭打機如きじゃ壊れないシールドフィールドを展開している。それは周辺、地中、海中にまで及ぶ球形の隔壁。オーダー種の交信もサイキック種の転移も敵わない閉鎖空間。
実験だ。
閉ざされた狭い世界。中心に聳え立つ融合種。この国の中にいる機奇械怪は全てTOWERの洗脳を受ける……つまりTOWERに餌を持ってこさせるための駒となる。餌は人間。だけど、機奇械怪も抵抗しなければ自らの動力源を失い、TOWERに融合するしかなくなる。
以前フレシシが言っていた言葉を試してみたいんだ。
機奇械怪にも個がある。本当にどうしようもなくなるまでは、融合されにはいかない、と。
それが愛を覚えた人間並みに強い意思なのだとすれば、TOWERの交信にも耐え得るのではないか。そして人間も、限界の平和を強制的に捨てさせられた今──絶望し滅亡に終わるのか、はたまた勇儀に立ち上がるのか。
TOWERが壊されるかもしれない。機奇械怪が駆逐されるかもしれない。人間がいなくなるかもしれない。ダムシュが更地になるかもしれない。
それとも、何か別の──僕には思いつかなかった結果になるかもしれない。
「これだけ大規模なコトやっておけば、キューピッドがどうの、なんて気にならないでしょ」
「気になったとしても聞きようがないでしょうね」
「さて、じゃあ仕上げだ」
設置するのは──ただのカメラ。
タイムラプスだよね。いや、僕にだって日常があるのでいつまでもここで観察する、とか無理だから。TOWERの送受信を受け付けないようにしたカメラを設置して、うんうんおっけー。
8月17日。一か月に満たないくらいの先に、どこまでの事が起きているか。
「是非とも、僕の普遍的な予想を超えてくれると助かるよ。──その如何では、君達の処分も考えよう」
もし意思があるのなら。
言葉一つで奮い立たせられるのなら、そんな楽なことはないんだけどね。
瓦礫の山。
そう言い表す事がもっとも正しいであろう、崩れ落ちたビルが生い茂るジャングル。
過去は整備されていたのであろう、しかし今は裸足で歩けばすぐに傷だらけになってしまいそうなほどボコボコで、様々な物の欠片が散乱した道路を、ゆっくり歩く二つの人影があった。
人影はそれぞれ、ボサボサの長髪を伸びたままにしている浮浪児のような青年と、青年と同じ人間とは思えない程小奇麗な見た目をした15、6程の少女だ。
二つは、否、二人は特に急ぐというわけでもなく、ゆっくりとこの瓦礫の山を進んでいた。
地上だ。
今も遠くの方で大型の機奇械怪が砂埃を立てているし、時折どころではない頻度で地面が揺れる。
強く吹き付ける風には砂と錆が混じり、加えて血の臭いも運んでいく。
劣悪。
この地上はあまりに劣悪な環境だった。廃墟を歩くにも、砂漠を行くにも、荒野を行くにも。
安寧の場などどこにもない。地上は生物が住むに適さない。
「……ありゃ、ホワイトダナップか?」
「はい。巨大な鳥でもなければ」
「あんなでけェ鳥がいてたまるかっての」
「ならば聞かないでください。あの高度を飛行する白い角錐など、ホワイトダナップ以外ありえませんので」
「はァ……。そういう融通の利かんところがまったく、機奇械怪らしい。そろそろ会話のウィットというものを覚えろ荷物倉庫」
「私をあんな無骨な機奇械怪と一緒にしないでください。私はしっかりとした感情を持つ
「ホンットにウザいよなお前」
「お互い様でしょう」
険悪。
慣れた様子で共に歩いている割に、雰囲気は険悪のソレだった。
「……ホワイトダナップなぁ。良い思い出がねェなぁ」
「それについては同意します。アレの動きが遅くなった地点の下には必ず大型の機奇械怪がいるので、航路を重ねたくありません」
「……ピオ、今何枚だ?」
「──はい。現在ピオに投入されている世界共通硬貨は四枚です。継続してご利用になる場合は、一日と二十一時間以内に後一枚の世界共通硬貨を投入してください。……あの、やめてくださいませんか。私この機能嫌いなんですけど」
「お前さ、それでよく機奇械怪じゃないって言えるよな」
古井戸とピオ。
それが二人の名前だった。出会ってから数年の仲でも、出会った当初から流れるこの険悪な雰囲気は変わらない。
片や人間。片や機奇械怪。
相容れるはずのない二つは、けれどこうしてともに旅をしている。
「ったく、いくらでも入る荷物倉庫として見りゃ便利だが、七日使うのにオールドフェイス五枚必要ってのは……なんとかならんのかね。全く、古代人ってのは理解に苦しむ」
「別に私は圧縮空間収納システムが全てではありませんから。メイドとして、ご主人様へのお世話機能も含めての五枚です。むしろたった五枚でピオの全機能を使えるのですから、格安な方ですよ」
「そんな貧相な身体での全機能なんざたかが知れてるだろ……」
「今私をセクサロイドと同じに見ましたね。やめてください、私は高級汎用給仕型人造人間です。男性を誘うようにつくられたセクサロイドのようなボディは必要ないので、そういう目で見ないでください」
ピオ。
機奇械怪の一種である彼女には、空間を圧縮して物質を収納する機能が備え付けられている。その他、彼女の言う通り家事や炊事などの一通りの日常機能が搭載されているため、それこそホワイトダナップのような場所で彼女を使えば、メイドとして比類なき性能を発揮できることだろう。
荒地で、廃墟で、砂漠な地上では宝の持ち腐れも良い所だが。
「……ピオ、ちょっとこっち来い」
「はい。どうしましたか、古井戸さん」
「俺がいいって言うまで声を出すな」
「……」
突然のことだった。
突然、古井戸がピオを呼びつけ、その身体を物陰に隠す。
ピオは特殊な機奇械怪だ。
周囲にいる機奇械怪の位置を把握できるし、自分以外の機奇械怪の構造もライブラリに持っている。その上で驚異的な身体能力を持つ古井戸がいるため、対機奇械怪戦でこうも慎重になることは滅多にない。
だというのにこの対応は。
「──」
柱の後ろに隠れる二人。
その、先程まで二人の歩いていた瓦礫の積もった道の上……空中を、二つが通り過ぎて行くのが見えた。
赤茶けたコートを纏い、鳥の仮面を被る二人組。
それは何かを噴射しているわけでもないのに水平方向へスゥと移動し、やがて見えなくなる。
探し物でもあったのか、少しばかりキョロキョロと顔を動かしていたように見えた。
探し物。
「……今のはやべェな?」
「はい。片方は機奇械怪でした。……それも、見間違いでなければ──ピオと同型の」
「同型ァ? ……となると、お前の出自に関わる奴か」
「恐らく」
ピオは己の出生を知らない。
残されていたのは、ピオが、ピオ・J・ピューレが高級汎用給仕型人造人間であるという事実と、機奇械怪以前に人間に仕えていた──使われていた機械であるという自覚。
それだけを残し、気付けば地上にいた。荒野にいた。砂漠にいた。
そして何年、何十年と地上を彷徨う内に古井戸と出会い、行動を共にしている。
知りたい、と。
そう思う心があった。
自分が何故ここにいるのか。
前文明がどうして滅びてしまったのか。欠如した記憶は。どうして自分だけが残ったのか。
「……厄ネタの予感しかしないが、仕方ねえ。後を追ってみるか。あっちの方向は……確か、ダムシュのあった方だな」
「危険です、古井戸さん」
「わぁってる。だがピオ、折角見つけた手掛かりを無視できんのか? 無理だろ。こっから先、ずっと気になるぞ」
「……」
古井戸はぶっきらぼうで素直で頑固で、とかく扱いづらい人間ではあるが──優しい人間である、と。ピオはそう認識している。
鬩ぎ合うのは二つ。己の欲望と、この男を危険な目に遭わせたくないという心。
それが紛う方なき愛情であることには、流石のピオも気付かない。あるいは奉仕愛だとは思っているかもしれないが。
「大丈夫だ、ピオ。お前さんはいつも通り、後ろで隠れて俺の勇姿を見ていればいい」
「古井戸さんと出会ってからの戦闘記録は全て保存してありますが、再生するための媒体がありません」
「んなコト聞いてんじゃないのよ。……え、なに? 全部記録してある? やめとけやめとけ、恥ずかしいから消しとけ」
「拒否します。大切な思い出なので、いつか映像媒体が見つかったら鑑賞しますので」
それはピオなりの照れ隠し。
もうすでに行く気満々な古井戸へのありがとう。
残念ながら、それに気付く古井戸ではないし、素直になれるピオでもないのだが。
「んじゃ──行くか、ダムシュ」
「はい」
「あそこは魚が美味いからな。少しばかり楽しみだ」
こうして二人は向かう。赤茶けたコートを追って、漁業国家ダムシュへ。
……二人まだは知らない。ダムシュが既に滅びている事も、ホワイトダナップの航路が完全に重なっている事も、ダムシュに特大の厄ネタが建設されることも。
地上にいることの最大のデメリットは機奇械怪に襲われる事ではなく、情報が手に入り難い事だと──二人は知る由もないのである。
「フリス。今日来たのは……来ることができたのは、お前だけだ」
「みたいですね」
この世界が終末に向かいつつあるのは確かだけど、技術自体が衰退したわけじゃない。勿論日常が機奇械怪以前の機械で溢れていた頃には及ばずとも、その時代を知る人間が、技術者が乗り込んで基礎を作ったホワイトダナップは、他国より明らかに技術レベルが高い。
機奇械怪に届かずとも、そのパーツを回収し武器に加工し得ることを考えれば妥当でもあるか。
とかく、技術レベル、工事速度はかなり高いのだ。
だから──ここに。
壊され、しかし再建した校舎があった。
流石に元の校舎と同じ、とはいかないけれど、教室の感じなんかは前と似ている。
ただ建物は同じにできても、ヒトはそうも行かない。
僕のクラスは特に死傷者が多かったし、無傷でもそれがトラウマになった学生も少なくはない。
今日から学校が始まる、と言ったとして。
来られるかどうかは別の話。
「ちなみにチャルはどうしてます?」
「ああ、ランパーロは無事だが、奇械士になっていてな。これから授業も再開するが、今日を含めて休みの日が多くなるだろう。奇械士の仕事を優先させている。人命に関わるし、学業に気を取られて足元をすくわれる、なんてことがあってはいけないからな」
それでいいんだ。
僕としては奇械士の仕事も学業も両立してもらいたかったんだけど、うーん、まぁ学校側がそれでいいというのなら僕が口を挟む事じゃないね。
「加えて、これほどガラガラでは説得力がないが、他クラスと統合することにもなっている。理由はわかるな?」
「まぁ生徒数の関係ですよね」
「フリス、お前は賢いからな、理解してくれていると、」
トラウマ残ってるかもしれない生徒に向ける言葉じゃないんじゃないかなぁ、とか思いつつ、ああでもこの人間ユウゴにサイコ入ってるとか言われてたなぁ、みたいなことを思い出している最中の事。
ドタバタと廊下を走り抜ける音が響き──そして、ガラりとドアが引かれる。
「ごめんなさい! 遅れました!」
「ちょっと、チャル! 自分で歩けるから!」
現れたのは、チャルとアレキ。
……うんうん。
「な、なんだお前たち。今日は学校休んでいいと言っただろう? お前たちは我が校の期待の星、最年少奇械士のコンビなんだから……」
「いえ! 学業は疎かにできないので!!」
「はぁ……。安心してください、キムラ先生。奇械士の仕事、訓練は終わらせています。だからどうか、私達に授業を受けさせてくださいませんか?」
「……それは構わないが。……いや、これ以上は何も言うまい。ただ、見ての通り──」
「フリス!!」
チャルは、爆速で。
僕の隣の席に座る。
……うんうん。
これは。
「来るなら言ってよ……フリスが学校来るなら、私も毎日行くから!」
「当然だけど、チャルが行くなら私も行くから。……フリス君。言っておくけれど、負ける気はないからね」
うんうんうんうん。
これは──やり過ぎたね。やり過ぎたし、チャルを見誤っていたし、アレキも見誤っていたかな。
フレシシがこれを見たら、「自業自得ですねぇ」とか言うんだろうなぁ。
「コホン。では三人と少なくはあるが、授業を始めよう」
まぁ、先生とマンツーマンじゃない、それなりには面白い日常が戻ってきそうで何よりだ。
悪くはないね、この展開も。
「へぇ。じゃあ8月17日までには、地上に行けそうなんだ?」
「うん。えへへ、私ね、もうイグルス……外縁に来る中型の鳥の機奇械怪も一人で倒せるようになったんだよ!」
「それは……凄いのかな、アレキ。僕には判断基準がなくてわからないんだけど」
「……凄い事よ。銃器での遠隔攻撃が可能である、という部分は大きいけれど、それを無視してもチャルの戦闘センスは目を見張るものがある。そろそろ本当に追いつかれて……ううん、追い抜かされてしまいそうなほど」
凄いな、と。
純粋に思う。何が彼女をこう変えたのか。僕への好意? いや、それだけじゃないように思える。
表面上は僕への好意が溢れて溢れて仕方がない、といった風にも見えるけど……もう一つ。
アレキに罪悪感を抱かせたくない、も入っているね、これは。
守られているのが嫌になったか。自分も戦えるんだと誇示して、対等になりたくなったんだね。うん、良い傾向だ。僕への好意、あるいはそれが愛情に発展しても悪くはないし、アレキとチャルが互いに背中を預けられる青春友情アクションストーリーになっていくのも悪くない。
愛情と友情が違うことだって僕は理解している。僕がどれだけの間人間を観察してきたと思っているんだ。たまにやり過ぎるしたまに測り損ねるけれど、基本的には人間種の感情のプロフェッショナルを名乗れるくらいにはわかる。
チャルの言ったイグルス。ハンター種は基本種の一つ、イーグル種がイグルス。その名の通り猛禽類に近い形をした機奇械怪で、ヒットアンドアウェイ、急襲と即時離脱を得意とする機奇械怪だ。特筆すべきはその速度で、急襲時の速度はフレシシにも匹敵する。ま、その他が脆いので総合的には遠く及ばないんだけど。
それを一人で倒せる、ということは、完全にイグルスの速度を目で捉えて、しかも銃弾を当てられる、ということだ。
動体視力がかなり鍛えられているみたいだね。
「チャル。わかっていると思うけど、地上の機奇械怪はそんなものじゃないからね。調子に乗っちゃダメだよ」
「……むー」
「フリス。チャルは貴方に褒めてもらいたいの。わかってあげて」
「あはは、わかっているよ。わかった上で言っているんだ。僕に手放しで褒められたかったら……そうだな、ダムシュから、無傷で帰ってくる事。これが条件だ。調子に乗っても、乗らなくても、怪我をして、無理をして帰って来たのなら、僕は君を褒めずに怒る。できるかい?」
「……フリス。私もう子供じゃないよ」
「子供だよ。今のやり取りで拗ねるくらいには子供」
「むー!!」
僕からチャルへの恋愛感情というものは存在しない。小動物に対する庇護愛さえもない。彼女の価値は愛によって増大する入力による機奇械怪への影響と、そして他の奇械士へも伝播するだろう成長の促進。そのためにならどんな自分も演じよう。笑顔も浮かべよう。すべてはよりよい結果のために。
……なんて難しい事を考えて日々生きているわけじゃあない。だから普通に拗ねた顔のチャルを撫でてあげるし、その背後で嫉妬の炎を揺らめかせるアレキににっこり笑顔を送ってみたりもする。あ、すっごい顔。
「……少し安心した」
「何がだい?」
「『僕に褒められたかったら』のあとよ。"大型機奇械怪を一人で倒してみせろ"とか"アレキの手を借りずに強くなれ"とか言い出したら……私は貴方を斬っていたかもしれないわ」
「ふふん、アレキはフリスのことわかってないね! フリスはね、私にできることしか言わないの。私に提示するのは全部、私が頑張ればできること」
驚きの感情があった。
それは……無意識だったかもしれない。確かにできない事を言う事は無かった。チャルという人間価値を測った上で、彼女に可能な事は何か、を無意識に模索して口に出していたところはあるのだろう。言われて気付いた、という奴だ。
ならば僕は、無意識に……チャルならばこの件を、あのTOWERによってかき乱されたダムシュを無傷で解決し、帰ってくると。それだけの価値があると見ている、ということか。
面白い。
悪くない着眼点だ。
「チャル」
「なに? フリス」
「──君は本当に、僕の予想外になるかもしれないね」
「?? どういうこと?」
正直なところ、チャルへの期待はそこまで大きなものじゃなかった。
だって彼女と同じ境遇にあった奇械士はごまんといたのだから。地上の国、ホワイトダナップ。機奇械怪が人類の脅威となった初頭にも青春ラブコメアクションストーリーをしている人間はたくさんいた。
同じだと思っていた。どこまで行けるかは見物だけど、どこで止まってもまたやり直せばいいだけの話だから、悪くはないと。
いいね。
良い風を感じる。
「アレキ」
「何かしら」
「チャルをよろしくね。口でわかってるっていいつつも、ここぞの大一番で無理するのがチャルだから」
「……言われなくても、守るから」
「……むぅ」
あぁ、やっぱり。
守りたいアレキと、守られるだけじゃ嫌なチャル。うんうん、気持ちは交錯するねぇ。
これぞ青春。
「あ、お昼休み終わっちゃう」
「そろそろ教室に戻りましょうか」
「そうだね」
願わくは、この小さな芽が、地を割る大きな罅へと変わりますように。
何もかもを巻き込んで、大きな大きな樹木に──。