終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
時は少し遡って──彼とチャル達の戦い。
モモを除いた、今や最強の名を恣にしていた四人は──苦戦していた。
それはまぁ、そうなのだ。
彼女らが普段相手にしているのはあくまで機奇械怪で、こんな人間大の、しかもよくわからない攻撃をしてくるような──そんなファンタジーな生物じゃない。
機奇械怪には予備動作がある。その部位が動くためには必ずどこかが動く。動力炉に繋がったピストンが稼働して、だから砲門が、とか。機械繊維の伸縮が起きて、だから大きく跳躍する、とか。
チャルの目、アレキの集中、アスカルティンの嗅覚、スファニアの直感。それらが働くのはあくまでこういう予備動作があってこそ、それを無意識で拾ってこそだ。だから敵の攻撃に当たらないし、だからそれを往なして攻撃ができる。
けれど、この「災厄」にそれはない。
液体のような金属片は縦横無尽に飛び回り、貫通力と鋭利さを以てチャル達の命を狙う。
たとえ
そんな時、である。
「──!?」
弾かれるように顔を上げたのは、アスカルティンと「災厄」。
「……嘘」
「アスカルティンさん?」
こればかりはチャルの目ではわからないこと。アレキもスファニアも超自然的な感覚こそ持っていれど、ここまで巨大で、ここまで遠いものとなるとわからない。
唯一アスカルティンだけが、上位者にも匹敵する、なんて評価された嗅覚で──その焼けた匂いに、大気を擦る割れるような臭いに気が付いた。
「こ……れ……だいぶ、やばいかも……」
「ガキ、チョーシ悪いなら下がってな! おら、チャンスだぜ、敵の動きが止まってる!」
「調子悪いのはあなたも。顔色が悪い……のは元からだけど、さっきから息が荒い。少し下がりなさい」
「うるせぇ、今が攻め時だろ。ようやくあのうぜぇ黒いのが止まってんだ、一斉に攻撃を──」
無論。
彼女らには金属片……マグヌノプスが止まった理由などわからないだろう。
マグヌノプスとはこの惑星メガリアの意思である。今はアイメリアという寄生虫を殺さんとしてこういう形態を取っているが、当然星に危機が迫るのならばそれに対処せねば、と思うのが星の意思として普通だ。たとえ今のマグヌノプスにそういう機能や性能がないのだとしても、そちらに気を引かれてしまう。
紛う方なき星の危機だ。あるいはアイメリアよりも優先順位が高いのではないかと思える程に。
小惑星の衝突など──誰かの意思でも介在しなければ
だからそれは、隙ではなく焦りだったのだと。
「だぁぁりゃあああっ!!」
「ッ、スファニア、だめ!」
焦り。「このような児戯に付き合っている暇はない」という焦りが、マグヌノプスに更なる演算能力を与える。本来は彼の身体を乗っ取らなければ発揮できない複雑な動き。突撃槍カイルスを掻い潜り、それをもつ腕を狙う、なんて知性ある行動にまでマグヌノプスを漕ぎつけさせた。
結果──ああ、いとも簡単に。
「ッ──」
「ぁ……?」
すぱん、と。紙粘土でも引き千切るかのような切れ方で、スファニアの腕が落ちる。
無論カイルスも、そしてそのまま、その全身に金属片の槍が。
「アレキっ!!」
「わかってる!!」
何もかもが遅かった。いや、スファニアとマグヌノプスが早過ぎた、という方が正しいか。
本来ならば起こるはずの抵抗も、恐怖も、怯みの一つもないスファニアだから。予備動作も溜めも拮抗も何もないマグヌノプスだから。
気付いた時には切れていて、気付いた時には落ちていて。
アレキが金属片の槍からスファニアを救い出した時には──もう、彼女の意識は無かった。
「死んっ……いや、それは元からか。でも、意識が……」
「──毒です! その金属片は私やスファニアさんにとって猛毒なので、それが体内にあると回復できない! 多少切開してでも彼女の身体からそれを取り除かないと!」
「……アレキ、アスカルティンさん。私に考えがある。けどそれには、私とアレキが戦線離脱する必要がある。つまりアスカルティンさんに全部任せないといけなくなるんだけど……」
「任せてください、と言いたいですが、無理です! せめて増援をっ」
ぐったりとしたスファニア。元から体温も無いし顔色も悪ければ息もしていないから見分けがつき難いが、普段より騒がしいスファニアが黙したまま動かない時点で異常事態だとわかる。
そこへ来たチャルの作戦。けれどもちろん、この「災厄」は一人でどうにかできる相手ではないから、そこは完全に合理的な判断を下してNOを出すアスカルティン。
増援。真っ先に思い至ったのは──。
「──よぉ、やっぱり最強は無理か、お前ら」
「ごめんね、あなた達に任せるって言ったけど、外が大変なコトになり過ぎているから……」
……チャル達の脳裏に真っ先に思い至ったのはモモだったけど、当然ながらその択はあり得ない。彼女は戦士ではないのだから。
その代わり、部屋を突き割って上方から降って来た二人がいた。
ケニッヒ・クリッスリルグとアリア・クリッスリルグ。
ホワイトダナップの守護をしているはずの二人。
「任せました!」
「あいよ」
どうしてここに、とか、何故、とか。
何を聞く事も無く、チャルとアレキは二人を頼る。
スファニアを担いで部屋を出ていく二人を後目に、ケニッヒは槍を、アリアはハルバードを回して──言う。
「で、なんだコイツ。機奇械怪じゃねえな」
「すごく気持ち悪いけど、辛うじて人間?」
「あー。まぁ、なんか最初人間ぽかったですけど、彼自身曰く──"ど真ん中をぶち抜けばいい"そうで」
「へぇ」
「……そう」
シンプルイズベスト。
ごちゃごちゃ考えるのが得意なケニッヒも、ごちゃごちゃ考えるのが苦手なアリアも、そういうのは好きだ。最初の頃、かつては二人が最年少奇械士と持て囃されていた頃は、二人ともそういうスタイルだった。
寄って壊す。遠かれば寄る。寄って壊す。寄らば壊す。
「……ッ」
本能アスカルティンも、理性アスカルティンも、その二人を見て久方ぶりの恐怖を覚える。
五年だ。五年の歳月を経て、アスカルティン達は最強と呼ばれるようになっていた。
けれどそれは、アルバートが失踪したこと、ケニッヒが内勤に回るようになったこと、アリアが新人教育に励むようになったことなど……「上がいなくなった」ことに起因する。
実はまだ見たことのない、二人の本気。
その鬼気迫る雰囲気に、無い喉をごくりと鳴らす。
初速、踏み込み。
アスカルティンの視覚センサーが辛うじて追えるくらいの速度は、アリアのもの。追えない速度で突きを繰り出したのはケニッヒだ。
それがまずありえない事。原初の五機を食らい、今やアスカルティンのスペックは地上の機奇械怪のどれよりも高いものとなっていると言える。当然感知機器の性能向上も欠かしていない。だからこそ誰も気が付かなかった"隕石の飛来"なんてものにも気付けたし、最初から今までずっと戦い続けているにもかかわらずアスカルティンは無傷でいる。
けれど、わからなかった。アリアの重い踏み込み以外、見えなかった。
「……流体か!?」
「正体はわかりませんが、流体のような挙動をする金属です!」
「なんだそりゃ……」
けれど、そんな速い突きも金属片は防いでしまう。
ならば威力だと、ケニッヒが深く腰を落とした頭上、もしそのままいたら断頭もかくや、という位置にハルバードの一撃が入る。
轟音。爆音。突撃槍カイルスのモード・エスレイム*1よりも大きな音が鳴り、部屋を覆っていた金属片がぐわんと波打つ。
「手応えは?」
「あと四回」
「オーケー」
またも前兆無しに放たれた金属片の槍。けれど二人はそれをするすると避けて、また今度はケニッヒがアリアに向かう全てを叩き落していく。
それを完全に信頼しているのだろう、ハルバードを構えて──静かに力を溜め行くアリア。
攻撃の激しい前方をケニッヒが担当するのだから、アスカルティンは壁から来る攻撃を迎撃することにする。
体内で回転させているオールドフェイスは半分ほどが溶けかけていて、手持ちのコインはあと三枚。
十分であるように思えるが、今までとは比べ物にならない消費スピードであるとも言えた。
轟音が響く。二回目だ。
長身とはいえその華奢な身体のどこからそんな膂力が出ているのか、先程打ち込まれたエスレイムの時と同じように、黒い金属片がパラパラと剥がれ落ちる。
本当にあと二回でなんとかなってしまうのではないか。そんな風にさえ思えた。
だけどそれは、本人の口から否定される。
「ケニッヒ、これ無理かも。物凄い速度で治ってる」
「やっぱりか。流体って聞いた時点でヤな予感はしてたよ。とすると、なんか天敵的なモンを探すべきか」
「あ、いえ、そこの人間っぽい人が撃ちこみ続けろって……」
「無理だよ。アリアだって無尽蔵に体力があるわけじゃねえ。何よりこんな硬いモンに全力の打撃を続けたら、腕の方が負ける。あと四回つったのは、アリアの腕が耐えられる回数だ」
「ごめんね、アスカルティン。私達はもう全盛期程の体力が無くて」
アリア、ケニッヒ。クリッスリルグ夫妻は今年で三十六歳だ。
もう戦士としては引退を考える頃合い──実際にほぼ引退していたようなものだ。それを、こうして前線に出てくること自体が。
「だがまぁ、俺達にも頑張らなきゃならねえ事情があってな」
金属片を弾きながらケニッヒは言う。笑って言う。
アリアもケニッヒも──絶望的なまでに攻撃が通じないとわかって尚、諦めていない。
「ってなわけで、アスカルティン、一つ頼みがある」
「あ、はい。なんでしょうか」
「武器がいる。もっと硬い奴だ。この場は俺達が保たせるから、作って来てくれねえか」
「……それは体よく追い払って、私を逃がそうとしている、とかではなく?」
「残念ながら、そんな余裕は無えな。できるだけ早く帰ってこい」
一瞬の吟味。
逃がされている可能性を計算して──別に、すぐに自分が戻って来ればいいだけだと判断する。
今頼られているのは、アスカルティンの機奇械怪としての部分。プレデター種としての部分だ。食べた素材を即座に自分のものにする製造炉で武器を作る。
成程、確かにアスカルティンにしかできないこと。
「わかりました。最悪の場合、ホワイトダナップの兵器群を食べることになると思いますけど」
「構わねえ。俺が許可を出す」
「はい」
任されたから、頼る。
アスカルティンは踵を返し、二人に背を向け、部屋を出る。
チャル達がスファニアを連れ出した入口の方、ではない。
あるいは自身を狙う追撃が、モモや彼女らに届いてしまうことを恐れたためだ。だからアスカルティンは天井、つまりクリッスリルグ夫妻が落ちて来た穴に飛び込んだ。
幸運、ではあったのだろう。
もし彼女が入口の方を選んでいたら──スファニアの生首とご対面することになっていたのだから。
チャルの考え。
それを聞いて、流石のアレキも素直に飲み込むことはできなかった。
「スファニアに、ティクスを……?」
「うん。多分、全身にあの金属片は回っちゃってる。これを取り除くのなら、一個一個取り出すよりティクスで体を全部朽ちさせてから、その後再生してもらえばいい」
「そんなこと、できるの……?」
荒療治にも程というものがある。
それは、あるいはスファニアを殺しかねない行為だ。というか殺す行為だ。
チャルに対しては全肯定に近いアレキが、少しではないくらい引いた態度を見せるのも仕方のないことであると言えた。
「できる。でも、それにはアレキの協力が必要」
「……《茨》の、体力譲渡」
「うん。いつも私にアレキがやってくれるみたいにやれば、スファニアさんは再生する……と思う」
──無論。
そんなことはないと、彼女らは知らない。
体力譲渡など、フリスが植え付け、改変した"種"と"華"があってこそだ。
確かにスファニアはどんな怪我を負っても食べれば治癒する、という埒外の異能を持っている。それは彼女が「ゾンビ」と呼ばれる存在であり、いつかネイトで見た黒い天使のようなものと同質であることに起因する──らしい。
らしい、終わりなのは、やはり聞きかじりの知識である事が原因だ。
ケルビマが上位者であるとわかった時点で、アレキ達はもう知らない事は全部ケルビマに聞くようになっていた。原初の五機への対抗武器云々の話、エンジェルの話、母伝手に解読してもらった禁書の話。
まぁ、大体がフリスの嘘だと聞いて、アレキが怒り狂い、チャルも静かなフラストレーションを溜める、みたいな結果に終わるのだが……その中にあった、「ゾンビ」についての話を思い出す。
創作物に言われる人間を食べ、感染させるような「ゾンビ」とは違う。
生身の機奇械怪。チャル達にとっては最もしっくりくる説明がソレで、つまり動力炉さえ無事で、動力さえあればどれほど傷ついても再生する存在である、のだと。
また痛みを覚えず、死に対しての忌避が薄すぎるとも。
スファニアの動力とは食べ物であるが、機奇械怪と同じなのであれば、《茨》が代替になるとチャルは知っている。
「……迷っている暇は、ないか」
押されてしまう、押し通されてしまったことに、この場に誰か一人でもいたらツッコミを入れた事だろう。迷っている暇はあると。地道にでも切開して金属片を取り除いた方がいいと、誰かが言えただろう。
生憎ながら、ここには誰もいない。
二人は気付いていないが、外で待っていたはずのモモまでもがいなくなっている事が、スファニアの運命を決したと言えるだろう。
アレキが腕の"種"から《茨》を出す。
チャルも"華"からそれを出し、そしてオルクスをスファニアの身体に突き付けた。エタルドと違って体力消費の無いティクスであるが、細かい加減をするにはこうした方がいい事をチャルは知っている。
「──行くよ」
「ええ」
引き金が引かれる。
弾丸などは発射されない。ただ不可視の死の吐息が、スファニアの身体に触れ……そこからその身を朽ちさせていく。
からん、からから。
朽敗の息吹が広がるたびに、その身から金属片が抜け落ちる。広がれば広がる程その量は増え、増え、増えて落ち……そしてスファニアの身体もまた、消えてなくなっていく。
腹部から、腰、胸、手、腕、脚と消えていき……そして。
そして、首に至るあたりで、止まる。ぱさりと服が落ちた。
「……うん。大丈夫。止めた」
「ええ、止まったのは見えた。それじゃ、渡すから」
「お願い、アレキ」
膝に置いたスファニアの生首。
その口にアレキが《茨》を宛がう。
「……よし、食べ始めた」
「良かった、上手く行った」
ああ。
そう。誰もが上手く行かないと思った。チャルとアレキ以外ならば止めていた。この場に誰かいれば、そんなことはできないと──フリスやケルビマでさえ止めていた事だろう。それはチャルとアレキの間でしか成立しないよ、と。
誰もが止めていたことを強行したチャルは。
けれど、成功するとわかっていた。
「……スファニアさんは、特別だからね」
「え?」
「ううん、なんでもない。それより、アレキは体力大丈夫?」
「ええ、何も問題ない。本当に食べられているのか心配になるくらい」
「物凄い勢いで食べられているように見えるけど……」
口が動く。ガジガジと動く。
スファニアの口が、顎が動けば動くほど──首から下が形成されていく。
その、一糸纏わぬ少女の身体が、ずずりずずりと。
「スファニアが特別、って。どういうこと?」
「あ、聞こえてたんだ」
「ええ、チャルの言う事は、聞き逃さない」
「あはは、なんか怖いけど……」
スファニアの再生を待つ間。
チャルはその口を開く。誰もが止めるはずのその事象が成立すると知っていた理由を。
それは──。
「……はぁ」
モモは歩いていた。
待っていてね、と言われたのに、待てなかった。何か惹かれるものがあったから、歩いて下っていた。ギンガモールの体内を、ゆるりゆるりと。
放たれている機奇械怪はモモに興味を示さない。完全な機奇械怪であるモモに襲い掛かるモノはいない。
だから悠々とモモは歩く。心惹かれる方に。
そして──辿り着いた。
「ここは……」
それはギンガモールの最下部に近い場所。
そういう作りではない、なんらかの事故で開いたのだろう大穴から中へ入ると──切稜立方体を思わせる形の部屋に出る。ベージュメタリックの部屋は、所々に焼け焦げたナニカが散らばっていて、もし人間の頃であれば不快になるだろう臭いが充満しているらしかった。
機奇械怪であるモモはそれらを解析し、けれど情報として受け取らずに処理していく。
「懐か……し、い?」
こんな所に来た覚えはない。
だが、懐かしい。
ということはつまり。
「……ここが私の、死んだ場所……か?」
「……兄、上?」
「!?」
記憶にない思い出に浸ろうとしたその矢先のことだった。
ふに、と踏んだ黒ずみが、ピクりと痙攣し……言葉を発したのである。
ソレは黒ずみ……いや、無理矢理に視覚センサーをこらして解析してみれば、少女のように見えなくもないもの。全身が炭化したそれは、やはり人間の頃であれば不快過ぎて吐いてしまっていたかもしれない程惨いもの。
「お前は……誰だ?」
「……兄上。ごめん、なさい」
「私はお前の兄上じゃない。……息がある、というよりは、半分以上は機奇械怪か。成程、だからギリ……」
「兄上……ああ、そう、ですか。アレキは……成功した、ようで」
「アレキ?」
知り合いの名。
思わずその黒ずみをひっくり返して、モモは今度こそ絶句する。
だってそこに、真っ黒に炭化したアレキの顔があったのだから。
「ああ……そうです、か。あなたは……『兄上』は……」
「だから私はお前の兄では」
「ならばもう、私に魂は無く……あなたは、生き返った、のなら、私は、アレキは」
抱き起こしてみて、わかる。
このアレキは胸部が吹き飛んでいる。何者かに斬られたとか、潰されたとかではない。内側から弾け飛んでいるのがわかる。
だから当然、機奇械怪の核たる動力炉も破壊されている。にもかかわらず、このアレキを名乗る少女は喋り続ける。
「……空の神フレイメアリス。アレは実在、します。……あなたは、『兄上』は、どうか呑まれないで」
「フレイ、メアリス」
「ああ……良かった。私が、終わらない。ここで……全てを、終わらない、引き継いで……ああ、どうか、『兄上』、お願いが」
半分も残っていない手を弱々しく持ち上げて──
酷く、酷く、酷く懐かしい。
ボロボロの身体。発音機構もほとんど壊れているのか、上手く聞き取れないソレ。何度訂正してもこちらを「兄上」と呼び、どこか聞いたことのある口調で話す誰か。
それが懐かしく、愛おしい。
「食べて……ください。それが、……あるいは……空白の、記憶を」
──モモが機奇械怪になってから五年と半年。
未だに一度も、機奇械怪も人間も食べたことのないモモに、それはあまりにも酷なお願いだった。
けれど。
「……わかった。お前の意志は、持っていくよ」
「『兄上』……ありがとう。これで、もう」
モモの頬に当てられていた腕が、ずるりと落ちる。
それはそのまま肩口からぶっつりと千切れ、地に落ち、粉々に砕けた。
「……安心しろ。これが機奇械怪なりの弔いだというのは習ったからな。食べるさ、全て」
いつかの講義のこと。フレシシが少しだけ悲しそうな目で言った言葉だ。「これから先、自分ではどうしようもない程の怪我を負って、融合を求めて機奇械怪が寄って来ることがあると思います。その時は、弔いだと思ってちゃんと食べてあげてくださいよぅ」と。
何故なら、「彼らにはそれしか行き場が無い……誰にも辿り着けずに、冷たい地上で、暗い岩陰で、静かに静かに残骸となって死ぬなんて……悲しいですからねぇ」と。フレシシは、何かを懐かしむようにそう言っていた。
「──お前だけじゃない。お前たち全員を食べる。それがせめてもの手向けとなるんだろう」
ホワイトダナップに「いただきます」や「ごちそうさまでした」の文化は無い。
だけど、モモは手を合わせた。それは何者かへの祈り。
そうして──モモは初めて、機械と人間を口にするのだった。
「モモさん?」
「……ああ、アスカルティンか」
モモがいた。
モモはベージュメタリックの切稜立方体の部屋で、そのど真ん中で、立っていた。もしアスカルティンが声をかけなければ、一生立っていたかもしれない。それくらい、ぼーっとしていた。
「なんでこんなところに……」
「……なんでかは、わからない。今はまだ統合と……解析をしている最中だ」
「ふむ。よくわかりませんけど……って」
アスカルティンがここに来たのは単純明快、ギンガモールの中で使えそうな材質を探しまくっていたら、いるはずのない場所にモモの匂いがあったから、である。
ギンガモールの最下部。かつては落ちそうになっていたギンガモールだ、その最下部となれば穴だらけで耐久性も低い。つまるところ、危ない。
そんなところに戦闘者ではないモモが行くなど狂気の沙汰だと、もしかして機奇械怪に連れていかれているのではないかと急いで来てみればコレである。
「これ……これ! これです!」
「む、お、おう。どうした?」
「これ、最高の材質です!」
なんだかまだまだぼーっとしているモモは置いておいて、アスカルティンはこの切稜立方体の部屋の壁に目を輝かせる。
見たことのない合金。だけど確実に、今まで見たどんなものよりも硬い。原初の五機を越える程の硬さを誇る材質などあっていいのだろうか。いいのだろう。原初の五機は進化をしていなかったのだから、越えられて当然だ。
なんてことをつらつら考えつつ、アスカルティンは壁に歯を立て──止まった。
「……どうした?」
「……
「まぁ、それはそうだろうな」
何をわかり切った事を、と。
モモから向けられる呆れの目線にも、アスカルティンはめげない。とりあえず噛むことを本能アスカルティンに任せ、理性アスカルティンは解析を進めていく。
合金であるのならば、必ず弱点と言えるものがある。耐食性、高温、靭性、破壊靱性、錆……。
思いつく限りの全てを試していく。
そして思い至る。
「あ、そうじゃん。ここなんで穴開いてるの?」
先に思いついたのが本能アスカルティンなことに心の中で憤慨する理性アスカルティン。
そんなことは露とも知らず、突然の質問でありながらもモモはしっかりと答える。
「ああ……私もよく覚えてはいないんだが……爆発で、開いたらしい」
「爆発。衝撃に弱いのかな?」
とてもそうには思えない。
理性アスカルティンは多くを試しながらそう思う。だって機奇械怪としてのアスカルティンの顎、その噛む力はホワイトダナップ落下時の衝撃に匹敵する。原初の五機の材質を手に入れたことで、この世に噛み切れぬもの無しを地で行くアスカルティンが噛めないもの。
そんなものがただの爆発で開くわけが。
「え、もしかしてここに残ってる焼けた匂い……それに焦げ跡。ね、モモ。ここにあった残骸食べたりしてない?」
「食べたぞ。全て──お、おい! 揺らすな!」
「吐いて! 今すぐ!! 食べてもいいけど私が解析してからにして!!」
「無茶を言うな! それに、これは私の大切な──」
「こっちも大切なの! いいから出せー!!」
その後。
それなりの口論があった後、モモがまだ消化しきっていなかった「
ただその際、仮にも自身の胃から出たものを舐めまわすように見られ、更に解析のためとはいえ食べられたことはそれなりに精神にキたようで。
爆破作業中は危ないから、と部屋の外に出されてアスカルティンを待っている間のモモの頬は──少しばかり、赤熱していたとか、なんとか。
赤面ではないので恥じてはいない。彼女はそう主張している。