終末世界でガチ上位者が一般人やってる話   作:MORGANSLEEP / 統括導光

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ようやく対面する系一般神

 空歴2549年6月13日。

 皇立西部区学術学校──そのグラウンド。

 生徒は誰一人として存在しない。皆ラグナ・マリア、あるいはアクルマキアンへと逃げ──そして死んだ。完膚なきまでに死んだ。炎熱と塵芥の嵐に焼き焦がされて。

 懐かしのキムラ教師もまたその一人。いや、教員の全てがいない。本当に皆、一般人という一般人は避難し、だから死んだ。

 

 ここにいるのは。

 

「来たね、チャル」

「うん。来たよ、フリス」

 

 僕と、そして相対する──チャル、アレキ、スファニア、モモ。

 想定していたパーティから一人代わったけれど、概ね想定通りの"主人公パーティ"だ。

 

「それで、二人は参加しないんだ?」

「……無理だと判断した。俺達は見届け役だ。フリス、お前が勝っても、チャル達が勝っても──俺達がこの戦いに手を出すことはないと誓う」

「代わりに、流れ弾が人間のいる方へ向かいそうになったら対処させてもらうから」

「うん。わかったよ」

 

 じゃあ、張ろうと思っていたシールドフィールドも要らないか。

 全力。全力ね。

 なるほど。

 

「言葉は要るかい?」

「要らないよ、フリス」

「わかった」

 

 だからこれが──最後の戦いになるのだと。

 

 

 

]/[

 

 

 

 一番に動いたのは、意外にもモモだった。

 手甲を翳してのサイキック。薄い水色の雷は念動力ではなく転移の証。フリスの上空より出現したのは、「モード・レヴィカルム」を構えたスファニアだ。ホワイトダナップを停める程の太陽光線を放つレヴィカルム。

 しかし、その光線が届くよりも先に、風を切る音があった。続いて地を蹴る音。

 

「一つ目──」

 

 斬撃。フリスは受け止めない。上体を反らしてそれを避け、膝を上に搗つ。

 けれどその膝蹴りは空を切り、彼の身を上空から降り注いだ太陽光線が焼き尽くしていく。「二つ目」

と呟かれた言葉はフリスの耳元。当然のように力場を切り裂く刀は彼の首だけを狙い──赤雷を切り裂くに終わる。

 転移だ。どこへ転移したか。それを確認するよりも早く、「三つ目」と呟いた彼女は刀を逆手に振るう。ぶつかり合う刀と手刀。負けたのは手刀の方だった。

 

「!?」

「なにも驚く事は無い。斬れることは伝えてあった」

 

 フリスの左手。その上半分をばっさり切り落とした彼女は、そう呟いた後に姿を消す。

 無論転移ではない。速く動いた、ただそれだけ。

 

「う、りゃぁ!」

 

 その間に来るのはスファニアだ。

 彼女は突撃槍をぶん回し、フリスを狙う。背丈が同じくらいなことが幸いしているのだろう、技術も何もない攻撃が、けれどいい具合の位置を掠め続ける。

 そして、その状態で。

 

「モード・レヴィカルム!」

「ッ、それは危険すぎるって!」

 

 カイルスぶん回しからの太陽光線。

 フリスが避ければ、というか避けずとも周囲に甚大な被害を及ぼすだろうその攻撃は、ツッコミを入れたフリス、ではなくモモによって防がれる。一瞬にして高空へと飛ばされたスファニアが、空中に美しい光帯を描くのが見えた。

 

「四つ目」

 

 そんなスファニアを見上げた事が隙だ。

 声は前から聞こえた。けれど背後に音があり、風圧はそちらから来た。

 フリスは咄嗟に念動力の壁を作るも──当然、切り裂かれる。

 

 そのまま脳を貫かれた。

 

「ッ!?」

 

 驚きの呼気を上げたのは、フリスではなく彼女の方。

 何らかの方法で止められるか避けられるか。そう思っていた一撃は、すんなりとフリスの頭蓋を、脳を貫き──だから手が弛緩した。

 握りなおそうとした瞬間、フリスが振り向く。そのまま刀も持っていかれて……ぐちゃり、なんて音を立てて、頭から刀が抜かれる。後頭部から額にかけてぽっかりと空いた穴は、けれどフリスの稼働に何の害も及ぼさない。

 

「やるねぇ、アレキ」

「……?」

「うん? なんだい、その反応」

 

 彼女は首を傾げた。

 彼は一体何を言っているのだろう、と。

 

 答えは出ない。出すまでもない。出す余裕が無い。

 だから二本目を抜く。当然のように佩いていた二本目。それを、鞘を滑走路にして抜き放つ。

 

「!」

「五つ目──即ち、首断ち」

 

 太刀筋は右から左への逆袈裟だったのに、フリスの首は真一文字に斬れる。

 断首、断罪。念動力ごと切り裂く彼女の刀は、フリスという概念体さえをも切り裂いて──思い切り蹴とばされた。

 

「アレキ!」

「──ぁ」

 

 モモが彼女を抱き留めた時、ようやく彼女は息をした。息をしたし、思考をした。思考したから、ようやく自分が誰なのかを思い出す。

 アレキ。彼女に見えていた灰色の世界は、音も光も臭いも奪い、さらには記憶さえも奪って、情報という情報をシャットアウトするにまで至っていたのだ。それは自らが人間生物であるということを忘れるくらいの集中。

 効率化の獣。

 

「……」

 

 だが、それだけではない。

 フリスが驚いたように彼女を見ているのがその証拠だ。

 驚いた。

 というより──花が咲いたような、笑み。

 

「君もか! アレキ!」

「……何が」

 

 穴の開いた首を浮かせ、左手の半分を消失させたフリス。

 彼は嬉しそうに口を開く。

 

「気付いていないのかい? 今の攻撃が修行の結果という奴なんだろう? 僕には見えていたよ。だからわかる。いや、いや、まさか本当に、比喩表現ではなくできる子がいるなんて思わなかった!」

「だから、何が」

 

 惜しむらくは彼女に自覚が無い事だろう。

 フリスは敢えて答えを言わない。言ったら面白くなくなってしまうから。

 だからきゃぴきゃぴと騒いで──がつん、と。

 

 その頭頂に穂先を突き付けられた。

 

「モード・エスレイム」

 

 衝撃。

 恐ろしいまでの衝撃波が周囲に広がる。いや、それよりも恐ろしいのは、リンゴのように砕け飛んだフリスの頭だ。あまりにもグロテスク。あまりにも広範囲に飛び散ったソレは、だからこそ彼の頭蓋がどれほど硬かったのかを思い知らせるものとなる。

 

 それでも──彼は死なない。

 自由落下を始めたスファニアを蹴り飛ばした後、大きく手を広げる。

 アレキの刀、自らの血肉。

 首の無い身体で肩を竦め、それらを周囲に浮かべたフリスが、どこから発生しているのか、まだまだ言葉を零す。

 

「まさか、その程度じゃないだろう?」

「テルミヌス──オーバーロード」

「へぇ!」

 

 モモに抱き留められていたアレキがまたも立ち上がる。

 驚きの連続。フリスがこうも喜ぶのは当然だ。

 

 だってそんな機能、解放した覚えがないのだから。

 

 だが、彼の砕かれた耳は確りと捉えた。硬貨を入れる音。

 

噴射(インジェクション)

 

 爆音。普段のアレキからは考えらえない、無音と対を成すだろう程の轟音は、ジェット機を思わせるもの。

 秒とかからず肉薄したアレキによる切り上げ。テルミヌス故に念動力では止められない。だから避けるしかないが──それを許すアレキではない。

 

追従(スプーフィング)

 

 避けるフリスに、テルミヌス自体が追い縋る。アレキの踏み込み、アレキの振り下ろしとは全く違う力がテルミヌスを加速させ、目の前の獲物を捉え、斬る。

 首ではなく心臓、そこから肩へ行って、袈裟懸け、腹、そこから胸。

 縦横無尽な斬線は到底人間が成し得るものではないし、無理な方向に曲がるためだろう、アレキも時折痛みを覚える顔をしている。

 

 けれどそれは、確実に。

 

「あ──あはは、いいね。テルミヌスのオーバーロードっていうから何かと思ったら──分け与えたのか。ああ、なるほど、そうか、謎が解けた──君の異常なスタミナ。チャルにあげても無くならない体力!」

最終通告(オーバーラン)

 

 斬る。

 フリスを斬る。

 

 その一太刀には──()()()()()()()

 

 縦一文字。

 フリスの概念体は、敢え無く散った──。

 

 

 

 

 から。

 

「それっぽいことを言って、それっぽいことをしてった癖に、本物がいないとか……どうかと思うけど」

「あはは、いやぁ、何度も言ってるんだけどね。別に僕は少年漫画的展開を求めているわけではないのさ」

 

 だから、当然。

 あの場にいたのはフリスではないし、早々に姿を消していたチャルもアレをフリスだなんて思っていなかった。

 ではアレは誰だったのか。

 

「アレ、誰だったの? フリスに似てはいたけど」

「僕の大本。……の、一部かな。チャル。僕はね、実は量産品なんだ。いくらでも作れるんだよ、フリスって端末は」

「そっか。じゃあアレは、もう一人のフリスなんだ」

「……反応薄くない?」

「私が嘘を見抜けるって忘れちゃったの?」

「あはは、そうだったね。まぁ、嘘だよ。嘘というか……アレが大本であるのは事実だし、僕が量産品であるのも事実だけど、僕はもう大本より強い、というのが隠していた部分かな」

 

 アイメリア・フリスは寄生虫である。

 その大本、根源は隕石に付着していたアイメリア……ではなく、着弾前に離脱した、もっと意思の強い、もっと規模の大きい寄生虫だった。

 簡単な話、アイメリアの根源はメガリアの成層圏で焼かれる事を嫌ったのだ。だから離脱し、ゆるりと降りて、このメガリアに住み着いた。

 寄生虫アイメリア。否、虫、などと述べるからいけないのだろう。

 寄生生物アイメリアは、天体に寄生する宇宙生物である。星に寄生し、星を侵し、星に住む者を侵し、新たなカタチを探し続ける上位生物。死ぬことは無い。減る事もない。殺されようが何をされようが増え続けるこの生き物は、()()()()()()()()()()

 

「突拍子もない話だと思うかい?」

「……ううん。モモさんとアスカルティンさんが、事前に話してくれたから。考察だ、なんて言ってたけど……ほとんど当たってる」

「それは……凄いな」

「ロンラウって人から聞いたんだって。家探しの最中だとかで」

 

 何やってるんだか、なんて肩を竦めるフリス。

 

「だからまぁ、学校にいたのはメガリアに来る前に分離した僕の親玉。あっちもだいぶ僕だけど、大切にしているのは知的生命全般だからね。君の目には変に映っただろう」

「うん。一目で違うってわかった」

「あはは……ま、彼も彼で頑張っているし、今回はこっちのお願いを聞いてもらったからね。久しぶりの運動、好きにさせてあげてほしいかな」

「……それは、無理かも」

 

 え? と。

 

 思っていた答えと違ったのだろう、フリスは聞き返す。

 

「私達は……フリスの殺し方、わかったから。それを持っているから」

「……──マグヌノプスかい?」

「うん。でも、私じゃないよ」

 

 口角が上がっていく。 

 フリスが、あちらの彼も見せたような、花の咲くような笑みを浮かべてる。

 

「スファニアか」

「そう」

 

 ずっとわからなかったスファニア・ドルミルの正体。

 わからなかったというより、ただのゾンビである、ということしかわからなかった彼女は、やっぱりマグヌノプスの縁者だった。フリスもヘイズもあれだけ調査して、けれど埃も出なかった少女。ただ、エストの言葉が正しいのであれば、マグヌノプスの使う転移は「同質のものを入れ替える疑似転移」だという。

 

 フリスの《茨》に囲まれ、その《茨》を封じる水晶に囲まれていた彼。それと入れ替わり得るゾンビがなんなのか。

 

「マグヌノプス……私や、私のお父さんが()()()()()、星の意思、とかいうもの。病気みたいなものだってケルビマさんやエクセンクリンさんは言ってたけど、でもそれは一応星が出した抗体、なんだよね?」

「うん。そうだよ。あってる」

 

 マグヌノプスは星の意思であり抗体。あはは、確かに人間にとっては病気みたいなものだから、罹る、という表現は言い得て妙だけど、本来は益であるものだ。

 そしてそれと同等になり得るもの。

 つまり。

 

「スファニアさんは、薬、なんだって。フリスを……アイメリアを殺せる薬。そうであれと作られたゾンビ」

 

 ああ、そうか、と。フリスはようやく得心する。

 スファニア・ドルミルは……アナグラムなのだと。

 

「じゃあもしかして、あっちの僕は死ぬのかな」

「うん。すぐに、じゃないけど、少しずつ減っていくはず」

「そっかぁ」

 

 清々するね、なんて。

 フリスは口の中で言葉を転がす。

 

 EIMERIA(アイメリア)につける薬。それがスファニア・ドルミル。

 運命とはわからないものだ。上位存在を殺し得る薬がゾンビである、などと。

 

 ──その程度で本当に死ぬかは別として。

 

「それで、チャル。君は僕を殺すのかな」

「ううん。私はあなたを殺さないよ」

「おや、でも、そのために強くなったんじゃなかったのかい?」

「私が強くなったのは、フリスを変えるため。殺すためじゃない」

「あはは、そういえばそんな事言ってたっけ」

 

 だからと言いながら、チャルはオルクスを、その双方をフリスに突き付けて言う。

 

「こっちがユウゴで、こっちがリンリー。覚えてる?」

「まぁ、僕は見えるからね」

「そっか。ずっと見えてたんだ。なんか、意味わかんない『原初の五機に対抗する武器』とか言ってさ。私達がその情報に踊らされて奔走している時も、ずっと」

「言い方が酷いな。君の成長を段階的に見ていた、と言ってほしい」

「同じでしょ?」

「まぁね」

 

 あはは、なんて。

 二人は笑い合う。

 

「……君が五年で至った境地。僕に見せてくれるかな」

「うん」

 

 チャルが二枚、コインを取り出す。

 オールドフェイス。

 

 それを二つ、オルクスに入れて。

 

「モード・エタルド、モード・ティクス……オーバーロード」

「うん」

「……は、終わり。これはお互いに」

 

 二つの銃口を合わせる。

 それぞれの引き金を引いて──だから、それでオルクスは、互いに互いを食い尽くして消える。

 機奇械怪を朽ちさせる弾丸。生物を朽ちさせる弾丸。

 機奇械怪であり生物でもあるオルクスは、だからこそ互いの弾丸で互いに朽ちる。

 

 それで、オルクスは──二人は解放された。

 

「いいのかい、武器が無くなっちゃったよ」

「うん。だってこれは、フリスが私に与えた武器だもん。私の武器じゃない」

「成程」

 

 だから、と。 

 チャルは右の拳を握る。

 

 そこから溢れ出るは《茨》……"華"からではなく、拳から出ている。

 

 フリスも《茨》を出す。

 機奇械怪の動力であり、ゾンビの再生力であり、吸血鬼の生命力であり、精霊の霊力であり、悪魔の魔力であり……アイメリアの重みであり。

 

「大丈夫」

「大丈夫?」

「うん。──私はもう、逃げないから」

「あはは、今までだって、一度も逃げてないじゃないか」

 

 うん、と。

 もう一度チャルは呟いて──。

 

 

+ * +

 

 

 次の瞬間、緑のような銀色のような、そんな空間に僕らはいた。

 いやー。

 ファンタジーだなぁ、って。毎回思うけど。

 

「ここは……」

「星の中。メガリアの中だよ」

「中……?」

 

 流体、光。

 ここが地中だとは誰も思わないだろう。海中と行った方がまだ説得力がある。

 でも、ここは本当にメガリアの中だ。

 ──そもそもメガリアという星の構造が、いや成り立ちが、普通ではない、ということに深く起因を置いている。他の星にマグヌノプスなんてものを作る機能は無いからね。

 

「メガリアは改造された星なんだよ。ま、僕も着弾してから知った事だけどね。かつてはもう少し小さかった、けれど幾度とない改造で肥大化していって、けれどそれを成した知的生命が滅びて、空白の後また知的生命が出てきて……みたいな、元から『時代』の土壌はあったんだよね、この星」

 

 だから、というわけじゃないけれど、僕はこの星に「時代」を敷き、短期間での「地球」の再現を……「地球」では起こり得なかったIFを実験し続けた。上位者に溶け込んでいたから、上位者の、モルガヌスの目的もそれになって行って、けれどチトセのように「そもそも魂とはなんぞや」に行きつく上位者が増えてきて。

 僕もモルガヌスも魂のことは良く知っていたからね。上位者に理解できないとは露とも思わなかったんだ。最初は、だけど。

 

 とまぁ、そうして出来上がった「人類を脅かすモノ」+「人間」が何かを成す時代構成。

 ただし、どの時代も最終目標は「その時代の象徴となるモノが魂を糧とできるようになる」であり、魂を糧とすることができるようになったモノは、ようやく、本当の意味でアイメリアと対話ができるようになる。

 

 あるいは。

 

 そこに至ったモノは、いつの間にかアイメリアになっている──と言った方が精確だ。

 寄生生物だからね。宿主に寄生して、増えるんだ。僕が上位者を変質させオーキストにするように、アイメリアという概念は星に寄生して変質させる。

 星ってほら、細胞みたいなものだから。

 

「で、ここはメガリアの最初の姿。小さな星だったメガリアを、過去の知的生命が改造と開発によって覆い隠し埋め尽くし──元の星はエネルギーに変換した。この流体は惑星メガリアが稼働するためのエネルギーなんだよ」

「そっか」

「ありゃ、あんまり興味ない?」

「うん。だって関係ないもん」

 

 あはは。

 自分の住む星の話なんだけどね。

 ま、確かに関係ないか。その星の端末であるマグヌノプスを排した今、スファニアやチャルはマグヌノプスの意思を受けないただのサイキッカーだ。となれば、過去の話なんでどうでもいいだろう。

 

「それに、少し知ってたことだから」

「え? 本当に?」

「うん。……ずっと見えてたんだ。スファニアさんに流れ込んできてた銀色。だから私はスファニアさんの再生力を信じられた。その銀色は、スファニアさんを大切に想っていたから」

 

 ああ、ギンガモールでスファニアを殺しているように見えた時の話か。

 

「私達の住む星には意思があって、何か特別な力があって、何か哀しい事情がある。……けれど、私達はそんなことのために生きているわけじゃないし、戦っているわけでもない。……言葉はほとんど交わせなかったけど、多分、お父さんも同じことを思っていたと思う」

「うん。エストはそういう男だったよ」

「私達は縛られない。私達は囚われない。星の付属品としてじゃなく、人間として生きている。──だから、この"眼"ともお別れ」

 

 言って、チャルは、目を閉じて。

 次の瞬間、彼女の目のどこにも銀色は無かった。

 

「どうかな、フリス」

「何がだい?」

「まだ、私に興味ある?」

 

 ──……。

 虚を突かれた、とはこういうことを言うのだろう。

 

 興味。

 僕がチャルに興味を持ったのは、その特異な目が原因だった。長らくその目を特別として扱い、新たな"英雄価値"だと喜んだけど、途中でマグヌノプスの系譜だと知って落ち込んで……。

 それでも僕は、チャルに興味を持ち続けた。その精神性が奇異だから、と。

 

 ああ、でも、そういえば。

 僕って、機奇械怪と関わらない"英雄価値"については、あんまり興味なくなかったっけ?

 だからアクルマキアンを離れたんだし。あそこは職人系が多いから。

 

 そして今、チャルは目を捨てた。これでチャルは、特別な目も、特別な銃も持たない普通の女の子になった。"種"、"華"だってやろうと思えばすぐに抜ける。

 何にもない普通の女の子。

 あるいはもう彼女は、機奇械怪とだって戦えないかもしれない。それほどの戦力ダウンだ。

 

 そんな彼女に、興味があるかどうか。

 

「あるよ」

 

 言葉が口を衝く。

 正直に言って、無かった。けど、()()()()()()()()()()()()()──。

 

「嘘吐き。全然興味ないくせに」

「おや、君の目はもう真実を見抜けないんじゃなかったのかい?」

「わかるよ。フリスのことだもん。目なんかなくても、わかる」

 

 一歩、また一歩とチャルが近付いてくる。

 僕を殺すのではなく変えると宣言したチャル。でも、どうだろう。

 やっぱり僕は変わらなかった。オルクスを捨てたのは悪手だったんじゃないかな。目を捨てたのはミスだったんじゃないかな。

 "間違えない事"もチャルの魅力の一つだったけど、それさえも失った普通の女の子にこれ以上向ける価値なんて。

 

「だから、フリスが私を好きだってこともわかる」

「……言いがかりだなぁ。それに思い込みが激しいよ」

「ううん。だってフリスは、興味を失くした時点でどっか行っちゃうもん。こうやって対話をしてくれることもなくなるし、すぐに『もういいや』って言って、私を殺すか、置いていくかのどっちかをする」

 

 確かに、そうだ。

 僕はそれをする。よくやる。

 

 じゃあお望み通り──。

 

「でも、やらない。何故って、フリスが変わったから」

 

 転移、できなかった。

 できない?

 ……念動力は使える。《茨》経由で移動した星の中とはいえ、透過も念波も使える。

 でもそれをチャルに向けようとは思えないし、やっぱり転移は発動しない。

 

 何故?

 

「フリスはもう、私を殺せない。私から逃げられない。私を見逃せない。なんでかわからない?」

「……わからないな。君はもう観察対象外だ。凡夫を見ていて楽しい事なんて一つもないのに」

「とっても簡単なのに、わからない?」

「楽しそうだね、チャル。でも早めに教えてくれるかな。僕は凡夫に対して気を長く保てる方ではないよ」

「いいよ、怒っても。フリスは私を殺せないから」

 

 ニコニコしながら、一歩、また一歩と近づてくるチャル。

 念動力が無理ならば、と。《茨》を殺到させる。

 けれどそれがチャルを傷つけることはない。

 

「──教えてあげるから、じゃあ、目を瞑って、フリス」

「……」

 

 その、如何にも「キスしますよ」みたいな振りに、あまりにも驚きの無いその行為に凡庸さを感じながらも、本当にわからないので目を瞑る。

 

 唇に湿り気。

 ほら、何も驚きが無い。想定通りの解答。いつもいつも予想外の事をしてくれていたチャルは、もうどこにもいない。

 

 つまらないな。

 

「ほら、気付かない」

「……さっきから、何を言っているのか説明して欲しいな。思わせぶりな言動をしているだけかい?」

「フリスが転移できないのは、私が縫い留めたから」

「縫い留めた?」

 

 ──体の中心。

 あった。いつの間にか、感触さえなく……《茨》が生えている。それはチャルに繋がっていて。

 

「成程、これで縛っているから逃れられない、って? あはは、凡夫の考えそうなことだね。じゃあ切ってしまおう」

 

 チョキン。

 はい、これで。

 

 ……転移は、できない。

 

「斬れないよ。それは私とフリスの繋がりだから」

「もう絶たれたよ、それは。君が"英雄価値"ではなくなった時点で」

「でも、フリスだってもうアイメリアじゃなくなったよ」

 

 交信、断絶。

 ……これは。あーあ、そういうことか。

 

「置いて行かれたかぁ」

 

 ま、ずっと思ってたことだし。

 この星を見限ることになるかもしれない、って。だから準備は出来ていた。十分に増えたしね、僕ら。

 

 そんなアイメリアにとって、自分よりも強い力を持つ端末などともに連れて行く意味が無い。特効薬(スファニア)がいる星になど長居する意味は無い。

 アレキ、スファニア、モモと戦って、楽しむだけ楽しんで……逃げたな、アイツ。

 

「これでフリスはただのフリスに変わったんだよ」

「……元からアレの影響を受けてはいなかったけどね」

「ううん、フリスは気付けないだけ。フリスはようやく一個になれて、ようやく一つの感情を手に入れた。それは、」

「愛、だとでも? あはは、チャル。陳腐だよそれは。あまりにも凡庸でイライラする」

「イライラするならどっかに行けばいい。ようやく私のこと嫌いになれたんだから、早く殺しちゃえばいい」

 

 そう思う。

 殺す殺さないはともかく、もうエルメシアにでも行けばいい。あそこにはまだ手付かずの人間がいるんだから。

 

 でも、できない。

 

「っ……アレキはどうする気だい? 一度は恋仲になった関係だろう」

「うん。でも、アレキは言ってくれたから。私の選択を尊重する、って」

「恋仲になった事は否定しないんだ」

「しないよ。フリスがいなかった五年の間、アレキとは色々あったから。でも、最後の日の前にね、アレキは言ってきたよ。『こんなふわふわした関係はもうおしまいにして、決着をつけて。……もし落とせなかったら、私のとこに帰ってきていいから』って」

 

 ……なんというか、彼女は彼女で健気だなぁ。

 だって五年って……人間からしたらかなり長いでしょ。その前の一年も含めればさらに。

 

 それをよく……。

 

「ずっと前から好きでした」

「……三度目だね」

「うん。ずっとずっと、好き。──だから……どうかこの手を取ってくれませんか?」

 

 片膝をついて、手を差し出して。

 ……誰かなぁ、これ。チャルに教えたの。

 

「それは男がやることだよ、チャル」

「関係ないよ。囚われのお姫様を鳥籠から出すんだもん。男女なんてどーでもいいでしょ?」

 

 はぁ。

 まあ、チャルが死ぬまであと六十年くらいか。

 

 折れるかぁ。本当に殺せないみたいだし。

 

「わかったよ、チャル。答えもわかった。……僕も単純に、君が好きなんだね」

 

 手を取る。

 パァ、と顔を輝かせる彼女。そして、抱き着いてくるその身を。

 

 

「じゃ、それはそれとして、外で待ってて」

 

 

 赤雷が走る。

 転移させる。あはは、そんな絶望の表情しなくてもいいよ。あとでちゃんと行くから。

 

 ちゃんと、戻るから。

 

 

「あーあ、余計なアクシデントだったな。でもまぁ悪くないよ。単純に戦力が減ったのが痛いというか、僕としてはここで共闘してお互いを確かめ合う流れを作りたかったというか……。まぁ、なに?」

 

 メガリアの中。

 ──強烈な光を放ち、降りてくるその存在に愚痴を言う。

 

「僕に計画は向かない、って話。わかるかな──フレイメアリス」

NOT()

 

 さてはて。

 最後のお仕事をしようじゃないか。

 

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