終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
ミケルは一人、考えていた。
潮時だな、と。
彼は天才である。この、あまりにも情報の規制された時代に生まれ、しかしどの時代よりも早く一つの正解に辿り着いた。長き時を生きる上位者に見初められても、我を捨てなかった。
その理由は神にある。彼の情熱の根源は神だった。生まれる前に己に話しかけてきた神。
家族に対する情は無く、人間に対する仲間意識もない彼にとって、神は寄る辺であり
けれど。
人の
まず、彼は星の意思を宿す者に出会った。エスト・マグヌノプス。彼は英雄だった。
彼の妹は機奇械怪を討滅する奇械士になった。アリア。彼女は英雄だった。
アリアは幼馴染であり、ミケルとも幾度か交流のあったケニッヒと結婚した。彼は英雄だった。
エストが結婚相手に選んだ女性。ニルヴァニーナは秀才だった。
エストとニルヴァニーナの間に生まれた子供。赤子、チャルは普通の子だった──が、いつのまにか英雄になっていた。
アリアとケニッヒが拾った少年は、異常だった。
彼が捕まえたメイドらしき女は人間社会に溶け込む機奇械怪だったし、彼が"神の素体"として使おうとした少女は己の中の機奇械怪と和解した。成功例第一号には逃げられ、再度捕まえた時点で既に英雄になっていた。
そして彼自身も異常に捕まった。
ダメだった。
実は、もうこの時点で、随分と……ミケルは"遅れ"を感じていたのだ。
根拠が揺らいでいた、と言った方がいいだろう。天才性に翳りが生じていたし、追い抜かれていくような、置いて行かれていくような感覚がずっと付きまとっていた。
だから彼にとって神の降誕は一世一代の大勝負だった。
エストの目的に便乗する形で練り上げたその計画は、しかし「星の意思」と「神」が同じものを基にしているという大前提により阻まれる。知らなかった──それが穴だった。
マグヌノプスなどというものではなく、「神」が宿ると踏んでの融合。エストと異常はマグヌノプスを縫い付けるために臨んでいたけれど、ミケルは違ったのだ。
そして、全員の目論見が外れる。
エストは耐えきった。そのまま娘に殺され、死んでいった。
わかっていたことだったが──その姿は、紛う方なき英雄だった。
ダメだった。
ダメなのだ。
彼はこの一件で神を再認したし、根拠も取り戻せたけれど、違う、と。
ミケルは英雄ではない。たとえ異常が彼を"英雄価値"だのと罵ろうと、ミケルは英雄ではない。
何故なら、彼には。
「……いなくなった、か」
一人だった。
祭壇の方で奇械士と機奇械怪がドンパチやっていても、一人だった。
ミケルは一人なのだ。誰も仲間がいないし、やっていることがやっていることだし。妹は敵だ。親類は半分以上が死んでいる。知り合いのほとんどがミケルを見放しているし、何より──唯一友であれたエストが、逝ってしまった。
一人だった。
英雄は……一人ではダメなのだと、ミケルは知っている。ずっと見てきたのだから。
だから、潮時だった。
どの道ミケルには居場所がない。人間が大勢いたのなら、それを隠れ蓑に生きていく事も出来ただろう。それを材料にすることもできただろう。
だけど、このホワイトダナップにはもう、何もない。極少数の人間が身を寄せ合って生きているけれど、それだけだ。いつか尽きる事は目に見えているし、外の世界も崩壊の嵐に飲み込まれている。何より、神の素体は、神の所在は、もうわかった。
「ク……」
思わず笑みが零れる。
目的達成のためならば誰を見捨てることも、誰に押し付けることも、何を殺すことも厭わなかった自分が──まさか。
「エスト・マグヌノプス。──せめて、共に」
受けた覚えのない依頼。
"機奇械怪の指導者を作ること"は、
覚えているわけではないが、メモにはあった。「機奇械怪の指導者を作れとは言われたが、指導者が機奇械怪である必要はないだろう」と。なんとも自分らしい屁理屈だと、思い出して彼は笑う。加え、虚偽のレポートもたくさん見つかった。
ミケルは余程その依頼者のことが嫌いだったらしい。
笑う。
元より良く笑う方であるミケルが──けれど、誰に向けるわけでもなく、笑う。
「ならば……あとは、せめてもの償いと……手向けを」
備え付けられたマイクをオンにして。
「──聞こえるかね、諸君」
最期の話をする。
ぎぃーん、という古めかしいスピーカー特有のノイズが鳴った後、音が入る。
機奇械怪と共に戦うチャル。どうにか機奇械怪の壁を突破しようとするアレキとアスカルティン。その全員に聞こえるように──否。
チャル達にはわからないことだったが、その声はホワイトダナップ中に響いていた。
だから、その手法は。
「……キューピッド?」
だが、声が違う。
キューピッドは少年の声だった。こんなに太い、そして他者を見下したような声ではない。
『聞いているかね、諸君』
映像がジャックされる。
映ったのは、やはりキューピッドではない誰か。その顔を見たことのある者の方が少ないだろう男性は、にやりと笑う。
『驚いただろう。私がキューピッドの正体だ。名を、ミカエル。最も神に近しき者』
クツクツと笑う男は、しかし顔を上げ、幽鬼のような瞳をホワイトダナップに向ける。
平和になったホワイトダナップに思い起こさせたのだ。奇械士達が倒した「災厄」、「黒幕」。
けれどまだコイツがいたのだと。
身体を止めて映像を注視するのは、彼に
ケニッヒと、アリア。
上位者や機奇械怪はどこ吹く風だ。
彼を知る者はさらに響く声を待つ。
『これより私は、神降ろしに取り掛かる』
神、という単語を聞いて、一気に緊張状態になる奇械士達。
それは「災厄」の名だったから。まさかもう一度と、一字一句聞き逃すまいと。
『天使長として、神を引き摺りだす。この決定は私の全生命をかけて行うものであり──』
武器を持つ者がいた。
メンテナンスを始める者がいた。
素振りをする者、準備運動をする者。
『ホワイトダナップにいる全機奇械怪に告ぐものであるとする』
大きな音がした。
もはや働く者が消え、無人となったビルが一つ
側面に幾本もの線が走り、開いたり閉じたり、へこんだり動いたりしながら──変形していく。
それは、機奇械怪だった。
悲鳴が上がる──。
『この通信が終わった後、私は神を身に降ろす』
だが、おかしなことに、機奇械怪はそこから動かなかった。
他の場所でもそうだ。建物が次々と、兵器群さえも機奇械怪に変わっていくが──人を襲う気配がない。
ただじっとその場で、声を聞く。拝聴している。
『わかるかね、機奇械怪諸君。そして人間諸君』
──政府塔。
その頂点から、光が立ち昇る。雲をかき分けるような光。けれどそれは直線状でなく、一定の高さに押し留まり──傘のように、あるいは逆さにした水溜りのように、空に溜まっていく。
『祈りたまえ。崇めたまえ。涙したまえ。──諸君が願い、奉り、思い描いた"神"を降ろそうと言うのだ』
光はどろどろと、黄緑色の光を纏って空に溜まっていく。
それが動力液だと気付いた者が何人いたことだろうか。あまりの量に、そしてあまりの性質の違いに、誰も気付かなかったかもしれない。
陽光を遮り、大気を跳ね除け、それはどろどろどろりと溜まっていく。
『ある隕石がこの惑星に着弾してから2750年。機械の時代を迎えた諸君は、機械に脅かされた』
誰かが気付く。
映像。ミカエルを名乗る男の周囲にも、黄緑色の光が溢れ始めている事に。
『そこから349年。それほどの時間をかけて、ようやく私は神に手を伸ばす。神が手の届くところにまで来たのだ』
ドン、と。
ホワイトダナップに激震が走る。震源地は南部区画。とうとう機奇械怪が暴れ出したのかと誰もが身構える。だが、それ以上は何も起きない。
『強き心を持った、奇械士。危険区域に残る決心をした、その家族。人間社会に溶け込んだ上位者。そして機奇械怪……聞いているだろう』
南部区画から、何かが浮き上がっていくのを皆が見た。
それは槌のような──あるいは十字架のような。
何かが飛んでいく。だけど、誰も視認せぬままに、それは空の水溜りに飛び込んでいってしまった。
映像が一瞬乱れる。
『悲嘆。憎悪。不満。奮起。自信。期待。……不快。後悔。失望。喜怒哀楽。悲喜交々。機嫌気褄。嬉笑怒罵。実に結構、実に豊かだ。今、ホワイトダナップはこんなにも人間がいないにも関わらず──その全ての感情が揃っている。素晴らしい事だと思わないかね?』
たらり、と。
男の額から、血が流れだす。口の端から、耳から、目から。
否、もう全身からだ。奥に見える壁に、床に、べったりと赤が広がっている。
『今だぞ、諸君。今だ。今までのそれは児戯だ。これからのそれは遊戯だ。今、この時こそが、転換点であり、分岐点であり特異点であり──諸君の存在意義だ』
上空、高空。
水溜りが風船のように膨らむ。円だったものが球体になっていく。
『喜びたまえよ、諸君! 今ここに私が、空の神フレイメアリスを降ろすことを! そして──』
球体がドクンと鼓動を打つ。
次の瞬間、上からハンマーで叩かれたとでもいうかのように、溜まっていたそれが全て政府塔に逆流した。違う。政府塔だけじゃない。その下──ホワイトダナップさえも突き抜けて、星にまで届く。
既に流体ではない。槍のような形だ。あるいは銛か。
強い力がホワイトダナップを縫い留める。シールドフィールドを保つエクセンクリンとケルビマの額に脂汗が出る程の衝撃は、その威力は、大地をいとも簡単に割り砕き、さらにさらにと突き進んでいく。
ヘイズが、そしていつの間にか来ていたロンラウが二人を手伝う。
そうでもしなければホワイトダナップが壊れてしまいそうだったから。
『これから先は! 神とは、祈るものではなく、崇めるものではなく、奉るものではなく!』
何かを掴む。
銛がその切っ先で、何かを縛る。そして、引き摺り上げる。その何かが近付いてくるたびに、グラデーションのように──誰かたちの心に、彼の存在が戻って来る。
『──倒すものだと理解しろ!!』
無人の政府塔が内側から破壊される。
そのすぐ隣にある奇械士協会も余波を受ける。ただ、中の奇械士に被害はない。その程度を自分で対処できない奇械士は、既にホワイトダナップから退去しているからだ。
『赤子に声をかけ、身体を用意させる邪神! 綿々と繋がる歴史に隠れ、虚実を反転させる悪神! そも──
映像が途切れる。
その一瞬前のミカエルは、もう、血に塗れていないところがない程の──。
ただ、映像が切れても、声だけは響く。
上空に現れた球体。その中に、更に一層輝きの球体が生まれる。
視力に長けたものは見る事だろう。その中心にいる二人を。
方や、少年。全身に傷があり、右腕は砕けている。
方や、光り輝く少年。無傷で、翼が生えていて、何よりも神々しく輝いていて。
一目瞭然とはこのことだった。
『良いか──良いかね、諸君。いや、奇械士諸君……見えるだろう。ならば、何をするか、わかるだろう……』
息も絶え絶えだった。
男の声がか細くなっていく。
『倒したまえよ、元凶を。これから先の未来で起こる災禍。その原因となる神を。……そして、助けたまえよ。ただ一人、神と戦い続けた少年を。──奇械士とは、一般人を助けるための組織だろう?』
高空にあった球体が、降りてくる。
誰もが手の届くところにまで降りてくるのだ。
だから、誰もが武器を握る。
だから、誰もが声を上げる。
『安心したまえ──神に武器が効くよう、今、私が融合した。ク、クク、ククククハハハハッ!! 安心したまえ、私は一般人ではない! 我が名はミカエル! キューピッドを名乗り、一度は諸君らを恐怖に貶めた諸君の倒すべき敵だ!』
だから、やれ。
命令はそれだけだった。
──鬨が上がる。
建物に扮していた機奇械怪たちが一斉に攻撃を始める。それは勿論人間に、ではなく上空の球体に。そしてその身体を伝って、奇械士達も球体に向かっていく。
今ここに、本当に本当の最終決戦が始まった。
「……!」
「私と融合しろ、神!!」
驚きが連続しすぎて、声も出なかった。
フレイメアリスとの食い合いの最中、降りて来た錨か銛のようなもの。それが僕らの周囲の空間に突き刺さり、それを持ちあげたのだ。
そんなことができる奴を僕は知らない。モルガヌスでもできなかった事をどうやって、と。そう考えている内に、僕とフレイメアリスは地上にまで出た。出て、ホワイトダナップに吸い込まれて、噴き上げられて。
どこかの部屋にいる。今。
部屋だ。その部屋だけ浮いている。まるで無理矢理持ってきたかのように、部屋としての体をほとんど成していない部屋に、僕らはいて。
そしてフレイメアリスにミケルが組み付いている……そんな状況。
なんだこれ。
「──フリス、フリスだな!?」
「え、あ、うん。そうだけど」
「クク、そうか! お前か! 思い出したぞ……これで全てが埋まった! 満足だ──そして、依頼主よ、こちらから報酬として頼みがある!」
「頼み? いいけど、何かな」
簡単なはずなのに、フレイメアリスはミケルを引き剥がせない。
彼の身体はボロボロだ。フレイメアリスに反撃される前からボロボロだったけど、更にボロボロになって行く。
それでもまだ、離れない。
彼の義手がフレイメアリスをがっちり掴んでいる。
「私とコイツを融合させたまえ! フリス、貴様を否定する存在に私をつけ足して、別存在にするのだ!」
「……え、ヤだけど」
──沈黙。
テンションの高いミケルに若干引いていたのもあったけど、何よりヤだった。
だってそんなことしたら、僕が負けたみたいじゃん。
全然、あと少しで食い尽くせそうだったんだから余計なことしないでほしい。そんな思いでいっぱい。
「クク」
「というか、早く離れた方が良いよ、ミケル。巻き込む自信しかない」
「──残念だったな、フリス。私が貴様の思い通りに行った試しがあったか?」
割と最初の方はオーダー通りのものを作ってくれていたように思うけど。
なんていう暇もなく、ミケルはその義手を──フレイメアリスに突っ込む。僕とフレイメアリスの接合部に割り込む形で。
「さらばだ、フリス。クク──チャル・ランパーロは私の姪になる。泣かせるなよ」
「だからヤだって、」
瞬間、もう。
血だらけのミケルはいなくなっていた。
代わりに、眼前のフレイメアリスに──明らかな不調が出始める。
あーあー。
……まぁ、いいか。別に僕もこんなステゴロを望んでいたわけじゃないし。とっとと終わるならそれでいいし。
「
「あはは、君、その言語になっても煩いんだ。脱帽だよ」
フレイメアリスに繋がっていた管を切る。
もう、いいだろう。
彼の神はもう希薄で、ミケルと融合したことにより自我も失った。
後はもう、今集まってきている奇械士が、彼にとどめを刺すだけだ。
だから、まぁ。
油断だったよね、って。
「KUKUKUKUHAHAHAHAHA!! I AM GOD! I AM GOD!! I AM──ELIMINATE FROM THE ROOT OF THE PROBLEM──GOD!!」
「え?」
狂ったように。
まぁそういう演技だろうけど、自らが神であることを叫んで暴れ始めるミケルに背を向けた時のことだ。
何か波のようなものが、僕を突き抜ける。
それと気のせいでなければ、
あと僕の身体がどんどん透明になっていっているような。
眼下。
スファニアの力を借りて空を翔けて来たチャルが、銀を失くした目から煌めきを零して……手を伸ばしてきているような。
あはは。
大丈夫だよ、チャル。別に僕、どこにも行かないからさ。
「つーか、そういうフリスはどうなんだよ!」
「何が?」
「だから、奇械士! なりたくねーのかよ!」
「あぁ、うん。特には」
「あれ? でもフリス君の家って」
「いやぁ、両親の仕事がそうだからって、僕には関係ないよ」
クリッスリルグ。
フリスの両親は、すっごく有名な奇械士の二人。カッコイイし、綺麗だし。それでいて強いから、よくテレビでも放送されてる。
そんな二人が十五年前に養子に取った男の子。それがフリス・クリッスリルグだった。
「そっかぁ。……それもそーだよね」
「うん。というか、そろそろ席に着きなよユウゴ、リンリー。HR始まるよ」
「まだ大丈夫だって!」
世界は色々大変なことになっていて、他の国では学校に通う、なんて夢のまた夢らしいけれど……それでも私は、この時間を大切にしたいと思っている。
多分、というか、確実に。
私はこの男の子の事が。
「フリス、フリス」
「なにかな、チャル」
「今日さ、フリスの家──」
好きだから。
何度も同じ未来を選ぶよ、フリス。
だから、ごめんね。本当にごめん、二人とも。二人は助けてあげられない。私の手は、腕は、とっても狭いから。
「良いって。その代わり、ずっと一緒に戦うんだろ? 割り切れねぇけど、俺は焼いて棄てられるより、一緒に戦えた方が嬉しいぜ、チャル」
「どこにどんな障害があっても、迷わずあなたの道を突き進みなさい! ウチの知ってるチャルって子は、そういう子だから!」
二人が光に包まれる。
真白の光。全てを破壊し尽くす光の球体。
それが、前よりも少しだけ広いから。
今度は私が、フリスを下がらせる。首根っこを掴んで、後ろに。
「フリス。私の後ろに」
「──うん」
だから、ごめんなさい、神様。
あなたが最後の力を振り絞って行った、最後の改竄。
それは、何の意味も無く終わります。
あはは、これでフリスが私に惚れてくれたりは。
「しないよ。けど、好きだと自覚したから──ちゃんと君を見るよ、チャル」
「ちぇ。……ホントにちゃんと見てる? 私、もう見えないから、わかんないんだけど」
「信用ないなぁ。まぁ、それも、これから培って行けばいいよ。とりあえず君が死ぬまでは、一緒にいるからさ」
──帰ろう。
受け入れてくれる人は少ないかもしれないけど──私達の未来に。
「チャル、好きだよ」
「うん、私も」
破壊ではなく、暖かな光の中へ──。
空歴2549年6月28日。天気、晴れ時々磁気嵐。
空は快晴なのに、眼下はまだ赤と黒の嵐で大変な状態。とても人が住める状態じゃない。
「──失恋した」
「え、今更ですか? あ、やめて、蹴らないで!」
今日、私は──ずっとうやむやになっていた事にけじめをつけて来た。
なんだか一瞬、本当に付き合っていた、みたいなことがあったような気がしないでもない。だから余計に、いけるんじゃないかって思って。
告白してきた。
「あー。……まぁ、無理でしょう。あれはラブラブカップルって言うんですよ。あれの仲を引き裂くとか、なんなら悪魔の所業です」
「……アスカルティン」
「なんですか。
……忘れさせて──とか言うんだったら、本気の蹴りでぶっ飛ばしますよ」
「……忘れて。おかしくなってた」
「はい。聞かなかった事にします」
ずごーっと音を立てて、アスカルティンがジュースを飲んでいる。
奪ってみる。
「あ、ちょ」
「何この色……何のジュース?」
「教えません。ただ人間には飲めないので返してください」
「……アスカルティン、あなた確か、99%機奇械怪の1%人間って名乗ってなかった?」
「もうその言い訳も無理でしょう。私は機奇械怪ですよ」
奪い返される。
青黒い、見方によっては笑っている何かに見えなくない飲み物。
確かに普通の人間が呑んだら卒倒しそうだ。
「……失恋した」
「うわループした」
「きっかり、はっきり、『ごめんね、アレキ。私はもう、一生を添い遂げる人を決めたから』って……」
あんなに良い笑顔は初めて見た。
大輪の花のよう、という表現は彼女に使うべきだろう。
……私は負けたのだ。
「む? なんだ、アレキにアスカルティン。二人でデートか?」
「馬鹿っ、今デリケートな時期!!」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。……それよりアスカルティン。お前それ、まさかとは思うがたまし、」
「はいはいそうですよそうです。別に良いじゃないですか。苦痛とかないんですし。ちょっとした仕返しですよ。あのまま神だかなんだかわからないものになって打ち捨てられるくらいなら、私が糧にしてやるのが筋かと思いまして」
「ゲテモノにもほどがある……」
「む! 貴賤無し、ですよ。これからは数も限られてくるんですから、モモも好き嫌いせずに食べられるようにならないと……」
機奇械怪二人が何かを言い合う中で──私は目ざとく、ある物を発見する。
素早くとる。
手を。
「いやどう見ても──お、お? ど、どうしたアレキ」
「……指輪」
「え? あ、本当だ。なんですか、モモ。これ。どう見てもエンゲージリングですけど」
「べ、別にこれはなんでもなくて──」
「あー、ケルビマさんですか。本当に結婚するんですね。おめでとうございます」
「はぁ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
何を言っているのかわからない。
「ちょ、アレキ、アレキ。腕が凹む!」
「……私達の世代のフレームをへこませるとか、アレキさんの怪力どんどん増していってますねぇ」
「兄上と!? どういうこと!?」
意味が分からない。
人が失恋に涙している時に、人の兄と結婚する。
当てつけ? 当てつけ?
「い、いや周りが囃し立てるから、成り行きで……」
「成り行きで兄上を……──モモさん。ちょっと
「だいぶキャラ変わってますねぇ。盛り上がって来たので他の人も呼びますねー?」
「私がアレキに勝てるわけないだろう! ちょ、本気で放して、駆動系が悲鳴を……」
悪いとは思っている。
だけど、八つ当たりはさせてほしい。私はまだこの感情を制御しきれそうにない。
「──オイ。その手を離せ」
「あ、スファニアさん」
モモを掴む手。
それを掴む手。
スファニアだ。珍しくカイルスを背負っていない彼女が、そこにいた。
「モモが痛がってるだろ。離せ、アレキ」
「あ、本来の意味で常識が無かっただけの常識人が止めに入った」
「……この際スファニアでもいい。ちょっと暴れたい」
「暴れるなら一人で暴れてこい。迷惑だ」
正論だった。
何も言えない程の正論だった。
……味方はいなそう。
「ん? アレキに……モモにスファニアにアスカルティン。どうしたんだい、みんな揃って。あと何故チャルは僕を盾にしているんだい。守ってくれるって話だっただろう?」
あ。
「……ほほう? これ、何かあったねぇ。……わかった、アレキがチャルに告白した──そうだろ?」
「なんでそういうことだけ無駄に察しが良いの……?」
「無駄に、とは酷いな、チャル。僕はいつだって青春ラブコメアクションストーリーを探しているんだ。こういうレーダーは人一倍強い方だよ」
「モモ。こいつらうるさいから、行くぞ」
「え、ああ、それはいいが……どこへ?」
「ヘイズと、ロンラウとかいうジジイが服飾を教えるとかなんとか。覚えたいっつってただろ?」
「あの二人、そんなことできるのか……」
ラブコメ。服飾。
告白。
ずぅん。
「あはは、アレキ、アレキ。こっち見て」
「……何」
「──それじゃ、チャルは僕のになったから。君にはあげないよ」
にんまりと。
にやりと。
「
「ちょ、オーバーロードまで使うのかい!?」
「フリスの煽りには全力で反抗してやれ、流石に懲りるだろう──兄上の言葉だ」
「あ、ちなみに私は擁護しないからね、フリス」
曰く、「しばらく一般人やるつもりだから」らしいフリスは今、念動力の類を使ってこない。
斬るなら今だ。
「いいじゃないか、別に、アスカルティンとかスファニアとか、選り取り見取りだろ!」
「
テルミヌスに導かれ、フリスを斬る。避けられた。何が一般人だ。一般人ならそれは避けられない。避けられずに斬られろ。
「チャル、チャル! 助けて!」
「今のは煽ったフリスが悪いよ」
「良いんですか? 本気で斬られちゃいますよ、フリスさん」
「本当に危険を感じてたら、フリスは私を盾にするだろうし。それをしないってことは余裕あるよ」
「解像度が高い……」
余裕があるらしいのでギアを上げる。
というか恋人としてどうなのか。恋人を盾にするとか。その辺り、ダメじゃないのか。
「仮にも好きだった人の恋人を斬ろうとしてるアレキの方がよっぽどだと思うけど」
「──聞こえない!」
だから、まぁ。
これくらいにはいつまでも──騒がしくあれる程度の日常は。
上位者五人のオーバーパワーによって──長く永く、守られるのでした。
NEXT……SHORT SHORT……