終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
相変わらずの悪天候。
轟音と熱波の嵐は収まる所を知らず、大気には大量の金属粒が混ざるこの惑星。名をメガリア。
隕石の衝突によって引き起こされた最悪の災禍は、けれどそこに住まう者を滅ぼし尽くしはしなかった。
九割の機奇械怪が死んだ。動力炉ごと破壊され、地の底に埋まった。だけど、元から火山地帯などの極限地域にいた機奇械怪だけは生き残った。生き残り、即座に己を環境に適応させた。
九割の人間が死んだ。ホワイトダナップにいた極少数。そしてエルメシアに住む人々。どちらもシールドフィールドに守られた存在であり、それが無ければ死んでいた。
──だけど。
極限地域にいたわけでもない機奇械怪一人と、シールドフィールドに守られているわけでもない人間が一人──おかしなことに、この灼熱の地表を旅しているのだ。
果たしてその二人とは。
「あーっちぃねぇこりゃ。あーっちぃったりゃありゃしない」
「同感です。なのでホワイトダナップに拾い上げてもらうか、エルメシアに再度交渉に行くべきかと。みっともなく頭を下げて」
「ヤなこった。というか、お前さんこそ頭を下げたらどうだ。アモル……フレシシの嬢ちゃんがいなくなっちまった以上、あそこに繋げられるのはあの厭味ったらしい爺さんだけなんだぁろ?」
「ホワイトダナップに頭を下げるのでしたら、古井戸さんがフリスに下げるべきでは?」
「……おい、名前を出すんじゃぁねえよ。出るだろ」
「うん。来たよ」
まぁ、古井戸とピオだ。
件の一件が終わって以来上位者としての在り方を潜め、一般人として生きている僕だけど……流石にこればかりは、と出張って来たわけで。
「ほぅら、鬼の話をすると鬼が出んだよ」
「記憶しておきます」
「あはは、酷いなぁ。今日は君の過去を調べに来てあげたのに」
この二人は、出自不明、という共通点を持ったコンビだ。
……が、まぁピオについては判明済み。フレシシのデッドコピーでありながら、既にフレシシを越した性能を持つ機奇械怪。
だけど、古井戸に関してが本当にわからない。
古井戸。本名不明。出自不明。年齢不明。人間……のはずなんだけど、この環境下で平然としている時点で種族不明。不明不明不明不明。ここまでアンノウンしかない存在も珍しい。僕でさえ寄生生物ってわかってるってのにさ。
わかっているのは性別が男であることと、英雄であること。
「俺の過去、ねぇ。そりゃ知りてぇが、なんか心当たりでもあんのかい?」
「ある。けど、それを知らせるために一つ聞かなきゃいけない事があるんだ」
「おぉ、なんだぁね。答えられるコトなら答えるが」
とりあえず周囲の轟音がうるさいので、簡易の小屋を建てる。まぁ隕石の衝突くらいなら耐えられる小屋だ。
材料は大気中の鉄。それらを"創り変える"だけでいいから、楽なもので。
で、簡易テーブルと簡易椅子を作って。
「じゃあ聞くけど──君さ、地球って場所知らない?」
「知らんねぇ」
……。
……まぁそうだよね。自分の出自知らないんだし。惑星の名前なんか知るわけがないか。
「それが?」
「うん。まぁ、そういうことで、僕は君の出自が地球という別の惑星だと思っているんだ」
「別の惑星……?」
少なくとも僕が着弾した紀元前550年から今まで。
その間に生まれた英雄ではなく──この惑星の人間ですらない、というのが僕の推測。
「その地球ってトコには、俺みたいなのがいっぱいいたのかぁね?」
「いや? なんならこの星の普遍的な人間……初期のチャルとかよりも弱い人間ばかりだったよ」
「それじゃぁ俺とは合わねえんじゃねぇのかい」
「うん」
「うん、じゃぁなくて。……もしかぁして、その地球出身、の一点張りで出張ってきた、とかじゃぁねぇだろうな?」
「あはは、僕がそんな無計画な奴に見えるのかい?」
沈黙。
うん。じゃあ、真面目に考えよう。
「古井戸。君は明らかに人間じゃないよね。体構造や気配は人間そのものだけど、この大気に耐える事が出来る体や僕達上位者を破壊し得る筋力。その他沢山諸々諸乗りで、君を人間と判断する事は難しい」
「そうですね。それには同意します。私の記録映像を省みても、古井戸さんは人間と同一の特徴を持っているとは言えません」
「おいおい、二人して酷いじゃぁねぇの……と言いたいところだが、流石の俺も他の奴らと自分が同一だ、なんて思っちゃぁいねぇさ」
そう、どう考えても、やっぱり古井戸は人間じゃない。
でも感知する限りは人間だ。構造は人間だ。
構造が人間で、人間なのに、人間じゃないってことは……何かに守られている、とか。
「とりあえず、君達の道程を辿りたい。ピオ、君と古井戸が出会った場所についての記録はあるかな」
「はい。現エルメシアから北に6000km程行ったあたりにある丘陵地帯。そこで眠っている大型機奇械怪『パイプロン・ポイント』。その陰で古井戸さんと出会いました」
「随分と遠くだね……。わかった、まずはそこに行ってみよう」
小屋を創り変える。
6000kmともなると転移でも中々辿り着けないし、高速飛行するならするでピオの装甲が大気の金属粒に耐え切れない。
なので、この小屋を小型航空機NOMANSの『SKY』に創り変えて。
レッツゴー、だ。
──尚、機内でかかるGは気にしないものとする。
着いた。
当然だけど、ここも灼熱地獄。元の形なんてほとんど残っていない……と思いきや。
「へぇ……パイプロン・ポイント。長距離砲撃系がメインに進化していったこっちの大陸では見ない個体だったけど、成程……この辺りの機奇械怪の寄り合いにもなっている程か」
大型機奇械怪、融合オーダー種パイプロン・ポイントは健在だった。健在といっても勿論死んではいる。機奇械怪としては完全に死んでいる。動力炉の停止。
ただ、フレームは生きている。硬く、そして急激な環境変化にも耐えられるコーティング。
そんな材質の、かつ巨大な蛇……ミツマタノオロチ、とでも言えばいいかな、そんな形だから、死んだ体が傘みたいになっている。
傘の中には……まぁ、耐えられなかった機奇械怪多数。主にハンター種だね。あはは、彼らは彼らで何かドラマでもあったのかも。動力炉をもう少し強くしておけばワンチャンス、って感じ。
さて……えーと、じゃあまずサイキックの痕跡から洗ってみようか。
「おー、おー。懐かしいねぇ。ここでピオと出会って……殺し合ったんだわなぁ」
「まぁあの頃の私は人間が苦手でしたからね。人間とは自らを殺してくるものである、という認識をしていましたので、それはもう壮絶な殺し合いをば」
それについては多少聞き及んでいる。
自らの正体が判明するや否や襲い掛かって来る人間達に、行き過ぎた苦手意識を持っていた、と。行き過ぎたも何も正常な防衛本能に思うけどね。
で、そのピオを古井戸は鎮圧した。フレシシのデッドコピーとはいえ機奇械怪。こんななんでもない格好の、なんなら襤褸を纏う、という表現の似合うような男が──自分に勝る。
果たしてピオの心境はどんなだったんだろうね?
「……申し訳ありません、フリス……様。少しばかりお願いごとが」
「あはは、いいよ無理して敬称なんかつけなくて。で、何?」
「何故かはわかりませんが、私の製造炉は記録映像や音声の再生媒体を製造することができません。私個人で記録を遡ることはできても、他人にそれを見せる媒体を製造し得ないのです。ですので、映像と音声の再生媒体を作っていただきたく……」
「……」
「フリス?」
なん……だ、それ?
どういう症状……? 特定の機能を持った機械を造れないって……その機能に関する知識が欠けている、とか? それとも無意識の拒否反応が出ている……うん?
「少し、調べてみても良いかな」
「え? あ、私をですか。はい。問題ありません」
「じゃあ」
「──ぁぇ?」
ピオの頭部に手を突っ込む。
瞬間来た衝撃──蹴りを念動力で防ぎつつ、だ。おいおい、今の衝撃、さっきの小屋が壊れるくらいの威力あったけど、君本当に何? ただの草履から出て良い威力じゃないよ。
「安心してよ、古井戸。これは透過しているだけで、壊してはいないから」
「……先に言えってぇの」
「あはは、それはそう」
足を引っ込めた古井戸はしばらく待機する、とでもいうようにパイプロン・ポイントの下部に腰を下ろした。というか寝た。
……凄いな。一応元敵が相棒の頭に手を入れている状況で寝られるとか。まぁ信用と受け取って良いのかな?
それじゃ、僕もあんまり長くホワイトダナップを空けるのは本意じゃないし。
レッツ記憶時空の旅──ってね。
……今や懐かしき、熱波のない世界。
これを念子の仮想空間にモデリングして……降り立つ。
成程、丘陵地帯。
パイプロン・ポイントは相変わらず死んでいるけれど、その周囲には力の弱い機奇械怪が集まっていて、小さなコミュニティというか、ある種の居住区みたいなものを築いている。成程、力には数か。こうやって寄り添って、プレデター種とかに耐えて、動力が尽きたら融合して……という場所なんだろうな。
そこに一人、襤褸布を纏い、深くまでフードを被っているピオが座っている。
他の機奇械怪とはカタチの違い過ぎる彼女だけど、機奇械怪は機奇械怪同士で互いを認識できるため、特に襲われる、ということはない。
ただ、俯いて。
ただ、ぼーっと。
「なんだぁ? こんな機械の巣に、えらい別嬪さんがいるじゃぁねぇの」
その声は突然だった。
唐突に同じく襤褸布を纏った男……古井戸が、彼女に声をかけたのだ。
──僕の知覚範囲も突然だと認識した。つまり、突然現れたということだ。
転移……あるいはアルバートの未来飛ばしに似た……。
「何者かは存じ上げませんが、帰ってください。ここには何もありません」
「あっはっは、まぁ見りゃわかるってぇね。ところでお嬢ちゃん──ちょいと顔見せてくれねぇ?」
また突然だ。
一瞬のうちに踏み込み、古井戸はピオのフードを取る。
現れるは精巧な顔。フレシシの顔からはかなり変わっている、高級汎用給仕型人造人間のものである顔。製造炉で変えたんだろうけど、これも無意識かな。
「人間……接近」
「おー、口元で別嬪さんだとは思っちゃいたが、ちっとばかし若いな。若すぎる。……ところでお嬢ちゃん、アンタ"毒"とか持ってねぇかい?」
「人間は──私を、壊すから、殺します」
「おっと話の通じない手合いだったか!」
そこから戦闘が始まる。
けど、それ自体はどうでもいい。
"毒"を持っていないか聞く。
……何の意図があって? というかなんでそんなこと知ってる?
「おいおい嬢ちゃん、そんなボロボロの身体で何をしようってぇんだ。もしかぁして、さっきのトコで朽ち果てるつもりだったのかい?」
「高級汎用給仕型
「見た目の話じゃねぃよ、中身の話だ」
「構造に欠陥はありません」
「メンタルの話だっつってんのサ」
この頃のピオは流石にまだフレシシを超えるスペックを持ってないようで、次第に押されていく。いやそれもあり得ないんだけどね?
古井戸は蹴り技を主体とした……完全我流の戦闘スタイル。喧嘩殺法みたいなものだ。でも、それで、しっかり攻撃は避けるし、しっかり攻撃を当てるし。
身体能力に物を言わせた脳筋というわけでもなければ、何か特殊な能力にかまけた胡坐かきというわけでもない。
端的に言えば、やっぱり"英雄"という他ない青年。
そして──決着が付く。
ピオのコア。つまり胸にあるそれを精確に捉える形で、古井戸が蹴りを寸止めした。
ピオ側も勝てない事を理解していたのだろう、そのまま後ろにバタン、と倒れる。
「なんの真似だい?」
「……壊すのなら動力炉を踏み抜いてください。その方法が、もっとも効率よく機奇械怪を停止させられるもので、」
「なんで俺がお前さんを壊さにゃならんのさ。それより、名前を教えてくれやしないかね」
「……?」
ピオの疑問は尤もだ。
機奇械怪の名を聞く人間など、珍しいことこの上無い。
「名前だよ名前。あぁ俺は古井戸ってんだ。古い井戸で古井戸。本名じゃぁねぇよ、遡れる限りの記憶、その最初にあったのが古井戸だったんで、この名前にした」
「最高級に頭のおかしい人と見ました。……承知いたしました。高級汎用給仕型人造人間ピオ・J・ピューレ。現時点を持って所有権をエルグ様から古井戸様に移譲。──初めまして、ご主人様。私は高級汎用給仕型人造人間ピオ・J・ピューレ。NOMANSにより派遣され、ご主人様の日々のお世話をするメイドです。どうぞご用件を。──ご主人様、現在ピオに投入されている世界共通硬貨は零枚です。継続してご利用になる場合は、五時間以内に後五枚の世界共通硬貨を投入してください。──え?」
「どうした、いきなり」
成程、所有権に関しては自分の意思じゃなかったのか。
これは多分、中途半端な自己改造で生存本能とでもいうべきものが出てきたんだろうね。オールドフェイスがないと不味い、ってピオの中枢が理解していたんだろう。
「い……いえ。古井戸様、世界共通硬貨を持っていらっしゃいますか?」
「なんじゃそりゃ。つか、敬称はいらねえよむず痒い」
「世界共通硬貨……あるいはオールドフェイスと呼ばれるコインです。古代人の横顔が描かれた……」
「あぁ、コレか。コレがどうかしたか?」
懐からオールドフェイスを取り出す古井戸。
……凄い沢山持ってるな。こういうのの収集癖でもあるんだろうか。
「そ……その、それを、ピオのココに入れてください」
恥じらうように。
ピオは自ら纏っていた襤褸布を、そして下の衣服を脱ぐ。古井戸が「お、おい何してんだ!」なんて叫ぶのもお構いなしに、上半身を晒したピオ。その背を古井戸に向ける。
背。背骨。
その中心に開いた、長方形の黒。
「……こりゃ」
「ご主人様……ピオに、オールドフェイスをご投入ください……」
「わかったわかった、じゃあ自分で入れないね、俺はあっち向いておくから」
「不可能です。NOMANSは自らの意思で自らに世界共通硬貨を投入することができません。これはNOMANSが自立し、暴走する危険性を抑えるなどの意味合いを持ちます」
「……はぁ。まぁ、わかった。ここに入れりゃいいんだぁな?」
「……はい。お願いいたします」
何か。
何か淫靡な、淫猥な、イケナイことをしているような雰囲気の二人。
そのつるりとした背に開いた投入口。入っていくのは金色の硬貨。
一枚、また一枚とオールドフェイスがピオに投入されていくたびに、彼女の動力炉が激しく稼働し始めるのを感じる。さっきまではほとんどスリープモードに近かったからね。もし今の状態で古井戸とやりあっていたら、逃げ果せることも可能だったかもしれない。
「んっ……う、ぅ……ふぅ……っ」
「ヘンな声出すんじゃぁねえよ」
「申し訳ございません……投入口は、敏感なもので……」
「……貧相な身体で良かったな。劣情を抱くにゃちとガキすぎる」
「……今、私をセクサロイドと同じに見ましたね。やめてください。私は高級汎用給仕型人造人間です。男性を誘うようにつくられたセクサロイドのようなボディは必要ないので、そういう目で見ないでください」
「だから見てねぇってぇの」
五枚。
ピオにオールドフェイスが投入され、彼女は万全さを取り戻す。
「……投入確認いたしました。ご主人様、継続してのご契約ありがとうございます。どうぞ、あらゆることをご命令ください」
「んじゃ、俺のことは古井戸と呼びな。ご主人様、なんてむず痒いったらありゃしねぇ。敬称も要らねえよ。で……まぁ別にして欲しい事はねぇなぁ。強いて言えば、俺ぁ旅をしてるんだ。一緒に来いよ」
「はい。お供いたします」
……と。
ここまでが出会いの記録。
さて、気になる単語が幾つかあったね。まず古井戸が"毒"について何か知っていそうだったこと。そしてピオの前所有者エルグ。
それじゃ、もっと昔の記憶を探ってみよう。
「こんにちは、ぴお。今日も元気かな」
「はい。纏・エルグ様」
「そうか。良かった」
ここは。
……まだNOMANSが人類に敵対していない頃の……そしてNOMANSによって飛躍的に技術が進化した頃の、どこかの病院……かな?
ベッドに寝ている女性が一人。
その隣にいるのは……ピオだけど、ピオじゃない。
フレシシのデッドコピーである今のピオではなく、NOMANSの高級汎用給仕型人造人間として貸し出されていた方のピオだ。つまり、量産品の方のピオだね。
今のピオはこういうピオからメモリーチップを抜いて、自らに移植して、だから自分を高級汎用給仕型人造人間だと思っている。そういう経緯だったはず。
しかし、纏・エルグか。
エルグ姓だから聖都アクルマキアンにかつていたエルグの誰かなんだろうけど、病に倒れたエルグを僕は知らない。英雄じゃないから興味が無かっただけかな?
病状は……これは、"罅"じゃないか。珍しいな、"毒"でも"種"でもなく、"罅"を体に受けている人間なんて。
……僕の被害者……じゃ、ないか。そうだったら何百年を生きていることになるし。
「ぴお。君はどうして、わたしについていてくれるのかな」
「エルグ様が私の所有者だからです」
「……そうか。そうだよね」
「ただし──たとえそうでなくとも、エルグ様をサポートしていたいと、ピオは思います」
「うん、ありがとう。……でも、私はもう長くないよ、ぴお」
"罅"。
"毒"も"種"も《茨》から派生したものだけど、それぞれに特徴がある。
アリア・クリッスリルグの受けていた"毒"であれば、機能を潰していく。身体……内臓なんかの機能を不全にしていくもの。チャルに植え付けた"種"であれば、その身を巣食う。ヤドリギのように母体に根を張って、その身が得る栄養を掠め取ったり、その部位のコントロールを奪う。チャルは従えたけど、本来は長期間をかけてその身を縛っていくものだったりする。
そして今、目の前の女性が宿している"罅"。
これは文字通りそれを砕いていくものだ。感染箇所から蜘蛛の巣状に広がるコレは、全身を巡る"毒"や一部分を奪う"種"とは違い、どこに侵食するかわからない、という性質を持つ。
最終的に全身を覆い、割り砕く。それは変わらないけれど、過程においてどのように罅割れていくか、僕でもわからない。
罅割れた部分は強烈な痛みを発し、機能低下を引き起こす。"毒"との違いは、内臓だけじゃない、というところだ。
「ぴお……世界は、平和かな」
「はい。NOMANSによって全世界の紛争は止まりました。人類は全員が豊かになり、争う必要をなくし、日々を楽しく生きています」
「それなら……わたしが頑張った甲斐も、あったのかな」
「はい。纏・エルグ様の人類への貢献度は計り知れません。──その代償に目を瞑れば、ですが」
「ふふ、そう落ち込まなくても良いよ。……えるぐ、か」
彼女に入っている罅。
それは、首筋から広がって、頭部や胸部に侵食しているらしい。
とりわけ酷いのは……耳。いや、頭部全体がもう。
聞こえていないのだろう。唇を読んでいるだけだ。
「わたしの子供たちは……ちゃんとやっているようだね」
「はい。お二人はそれぞれが比類なき才能を発揮しておられます」
「……ならばもう、思い残すことはないのかなぁ」
「NOMANSの身でありながら発言しますが、不吉なことを言わないでください。纏・エルグ様。あなたはまだ……」
──ふと、女性が顔を上げた。
何もない虚空。見つめているのは天井の角。
「エルグ様?」
「……
あり得ない事だった。
何もないんだ、そこには。本来。
今はただ、念子の海に作った仮想空間にモデリングしたピオの過去を見ているから、その視点主として僕がここにいる、というだけで。
本当は何もない。
なのに、女性は──僕と目を合わせる。
「ぴお。いつもの歌を流してくれ」
「わかりました」
ピオのポケットから、四角い箱が出てくる。
NOMANS『RECORD』。ただし円盤のそれというよりかはオルゴールに似た構造で、音楽を保存しておけるもの。
耳の聞こえない彼女は、流れ始めたその曲を聞いて、笑みを浮かべる。
「曳航者よ。どうか、この歌を。その子の
「エルグ様……? 先程から、何を」
「──ごめんね、ぴお。辛い思いをさせることになる。……今までありがとう」
瞬間、ガラスの割れるような音がした。
目を見開いたピオが立ち上がるも時すでに遅し。
纏・エルグの頭部が砕け散る。血は出ない。肉も露出しない。ただ連鎖的に、首、肩、胸部と……パリン、パリン、なんて音を立てて。
ものの数秒で、女性は砕け散った。
死んだのだ。
「……ぁ、ぇ?」
そして。
全世界にある信号が発信される。
そうか。この時だったのか。
カクン、と顔をあげたピオ。その目にはもう感情は乗っていない。
あるのはただ──殺戮の。
轟音が産声を上げる。各所で、なんならこの病室でも、様々なNOMANS製品が鬨を上げる。
空歴2360年。NOMANSの反乱が始まったのだ。
「これは」
次は、荒野だった。砂漠に近い荒野。
廃墟がある。元が何だったのかわからないくらいボロボロな建物。
そこに──ピオが横たわっていた。
ピオ。
それを見るのは、今はまだフレシシのデッドコピーでしかない無名の機奇械怪。
「……安心してくださいよぅ」
無名は眠っているピオに近づき、屈みこんで言う。
そして……その身を抱きしめて。
「貴女の意思は、全部。私が持って行ってあげますから……安心して眠ってください」
融合、する。
──それが原点。
「ぅぁ……あぶっ」
「おいおい、それホントに平気なんだろうねぃ?」
「うん。もう終わったよ」
ピオの頭から手を引き抜く。
持っていけ、と言われた音楽のデータも持ち帰った。
これを再入力すれば、ピオは再生媒体を製造できるようになるはずだ。
つまるところ、彼女の中で「再生媒体を使ったから大切な人が死んでしまった」みたいなトラウマがあったってことだよね。いや本当に人間らしいというかなんというか。
「ぇー……え?」
「やぁ、おはようピオ」
「おひゃよーござます……」
RECORDを創る。
それに音楽データを入れて。
「……それは、のーまんずですか?」
「そう。君の製造炉の不良を治すためのものだ」
「なおるんですか?」
まだ言葉足らずなままなピオ。
そんな彼女を、寝っ転がりながら、目を瞑りながら……けどかなり心配している古井戸。
ニタァ。
「これを流すのは後にしよう。それより、君の記録の中に不可解な場所がいくつかあった。特に古井戸に関してのことがね。そっちの話をしようか」
あはは、これはさ。
古井戸の方を解決してから流した方が──"エモ"じゃないかな?