終末世界でガチ上位者が一般人やってる話 作:MORGANSLEEP / 統括導光
ホワイトダナップがダムシュ周辺域に入った。
さて、では。
チャルに対する第一の試練を始めよう。彼女が僕の期待に──予想外を掴み得る英雄であるのか、あるいは夢に焦がれただけの雑兵か。
大型機奇械怪『TOWER』。これは昔、メガリアの人類が滅びの窮地に立つ前に、世界各地にあったものだ。正確には『TOWER』という機械を機奇械怪にした、が正しいか。
機能は二つ。
一つは、周辺の機奇械怪の統制。情報の送受信も含めて、全体を把握し、全体に共有する。
そしてもう一つは──。
「来たね。正面から、ぞろぞろと」
「はい。ですが、入ってすぐに別れたようですね。フリス、ちょっかいはどれくらいかけていいんですか?」
「最初は様子見だ。放たれている機奇械怪は地上のものだけど、あれら奇械士が連携すれば倒せない程じゃあない。ひと月も与えたというのに
TOWERの隣、宙に浮いて全体を眺める。
ダムシュは横に長い国だけど、この『TOWER』の異常性にはすぐ気付けることだろう。そしてそれを見上げれば──僕がいることにも。
何かを喋っているのはわかる。聞こえないけどね。遠いから。
でも多分宣戦布告とかそのあたりなんだろう。余計な事をしている暇があれば、姿を隠せばいいものを。昔から英雄的行動を好む奇械士はそういうのが多い傾向にあるように思う。相手が無機質な機奇械怪であっても名乗る。そこに何が響くわけでもなし、本当に意味のない事だと知っていて、己を奮い立たせる意味合いを込めて叫ぶ。
いいよ、それは。肯定しよう。
けれど必然、大きな物音は引き寄せる。
何を、って。
「まずは──四体同時か。頑張れ、頑張れ。頑張れば頑張るほど僕も嬉しい」
ハンター種二体。プレデター種一体。オーダー種一体。
ぞろぞろと集結するのは、己が動力炉の源がもう尽きそうだからだろう。
餌を、餌をと。
彼らを突き動かす。
相対するは両親含むアレキとチャルの班。
その後ろから分かれていくのはメーデーの班。
そして──。
「アモル。いいよ、対処しなくて。それもまた面白いからね」
「わかりました」
それは
既に認識してしまった時点で予想はいくらでも立てられるけれど、さて、はて。
どう越える? どう攻略する?
生きた人間はもういないに等しい。機奇械怪は蔓延っている。敵は未知数、目標は座して構える。
「君達もだよ、機奇械怪」
ただ殺されるのを待つだけなどあり得ない。数があるんだ、物量を使え。敵は簡単に疲弊する弱小生物。対してお前たちは動力さえあれば活動し続けられる機械の化け物。動力を失えど互いを取り込み、さらに強くなり行く単一の怪物。
攻略されるのを待つな。解決されるのを待つな。足掛かりを壊し、糸口を潰し。
「さぁ──」
「──モード・エタルド」
その声は──背後から。
時は少し遡る。
クリッスリルグ夫妻、最年少
それら十人の調査隊は、港湾国家ダムシュの前にまで来ていた。
そこで、ある二人に出会う。
「ん……なんだ、武装集団がぞろぞろと。穏やかじゃねぇなぁ」
「古井戸さん。恐らくホワイトダナップの奇械士かと思われます。服装が合致しますので」
ボサボサの無精ひげ。伸ばし切った髪。清潔感のせの字もない男と、すらっとしたスリムなボディ、切り揃えられた髪、少しばかり病的なまでに青白い肌の少女。
それが、ダムシュの少し手前にある岩屋に座り込んでいた。
警戒。
「よう、奇械士。俺達はまぁまぁ怪しいモンだ」
「古井戸さん。怪しいのはあなただけで、私はそこまででもないです」
「機奇械怪のクセに人間ぶってるお前が一番怪しいだろぉよ」
「私は高級汎用給仕型人造人間であって機奇械怪ではないので」
毒気が抜かれる、という表現が正しいか。
地上で人間に会う、などあり得ない事なのに、一行の数人から警戒が抜ける。だが、今二人は……古井戸と呼ばれた男はおかしなことを言っていた。
「……失礼。人工浮遊島ホワイトダナップが奇械士協会所属のケニッヒ・クリッスリルグだ。この隊のリーダーをしている。所属と名を伺っても?」
「所属はないよ。根無し草さ。名は、俺が古井戸で、コイツがピオ。俺は見ての通り人間だが、こいつは機奇械怪だ。といっても殺してくれるな、コイツは俺の所有物なんでね」
「訂正を要求します。私は別に古井戸さんの所有物ではありません」
「ピオ。持ち主の名を言ってみろ」
「はい。ピオの現在の所有者は、登録名:古井戸様、でございます。……あの、私この機能嫌いなのでやめてくださいませんか」
毒気が抜かれ続ける。
緊張に緊張を重ねてきたというのに、何故漫才を見せつけられているのか。
「……あー、メーデー。コイツらはアンタの」
「知り合いではない。ダムシュ出身にも見えない」
「だよなぁ。……えーと、古井戸? アンタ、ここで何してるんだ」
「待ってたのさ」
「待ってた?」
「あぁ。俺達はダムシュに用があるんだぁがね、ほれ、あの状況でよ」
古井戸が親指で背後を差す。
釣られて調査隊がダムシュを見れば──そこには。
「っ……」
「シールドフィールド……」
真っ先に反応したのは二人。メーデーとケイタ。
遅れてアリアとケニッヒも理解する。
「エルメシアに張られているものと同じ……?」
「いやぁ、強度はあちらさん以上だな。何度か俺達でぶん殴ってみたが、硬い硬い。恐らく特殊な手段でしか開かないか、鍵があるか。そのどちらかだろう」
「……えっとぉ、ピオさんが機奇械怪ってほんt」
「馬鹿アニータお前馬鹿! 口挟んじゃいけない空気くらい読め馬鹿!」
「おお元気だな若いの。で、その通りだ。本当に此奴は機奇械怪だぜ。なんか証明はいるか?」
「いや、問題ない。今ここでお前たちと争う理由が無いからな。仮に機奇械怪……人間を捕食しようとしているのだとしたら、その素振りを見せた瞬間に破壊する。それで済む話だ」
「あの、私、人間を食べたりしないのですが」
思わず吹き出して笑う古井戸にエルボーを入れ、ピオは訂正する。
「なんでもいいが、話を戻すぜ。アレがホントにエルメシア以上のシールドフィールドだとして、どう破る。その条件、あるいは鍵ってのには心当たりがあんのか?」
「テテテ……。ん-、まぁ、あるにはある、って感じだな。お前らが持ってるかどうかは知らないから、持ってなけりゃ探さなきゃならねぇんだが」
「なんだ。言ってみろ」
古井戸は、ピオに突かれた脇腹を押さえながら──言う。
「"種"か"毒"。どっちか持ってねぇか?」
言った。
シールドフィールドと呼ばれる半透明且つ堅固な壁に、人が通り抜けられる程度の穴が開く。
そこを通っていく調査隊。そして古井戸とピオ。
「……ホントに通れた」
「私、この毒が役に立ったの人生で初めてかも」
「そらまぁどっちも持ってるなんて思わねぇよ」
中に入って──けれど、その内部空間の異質さに顔を顰める。
「
「ああ。人の気配がしない。もう二週間以上は無人だろう」
「……代わりに機奇械怪の足音はそこら中に響いている、か」
底冷えする寒さが全員を包む。気温が下がったわけではない。
渦巻いているのだ。それは殺意。否──捕食本能。
ここは文字通り腹を空かせた猛獣の檻。自分たちが投げ込まれた餌だと否応なしに理解させられる。
「倒すべきはキューピッド、って奴。それであってんな?」
「ああ。……調査に来たが、これはもうそうも言ってられる状況じゃねぇ。メーデー、ケイタ。お前たちは極力身を隠しつつ、拠点となる場所が無いかの捜索だ。メーデー、この惨状じゃできるかどうかわからねぇが、道案内を頼む」
「……わかった」
「よし、アニータ、レプス。びびってないでいくぞ」
「センパイこそビビってない?」
「馬鹿アニータお前馬鹿、よくこの状況で茶化せるよな馬鹿……」
メーデーの小班が離脱する。
残されたのはアリアとケニッヒの班と、古井戸とピオ。
「キューピッドってな、アレか」
「……!」
古井戸が指を差す。
そこに──いた。
二つ。赤茶けたコートを纏う、子供と女性の姿をした、鳥の仮面の二つ。
「……高見の見物、というわけね」
「ふむ。敵の姿が見えてんなら話は早いな。囮兼殲滅はアリア。ワイユーとケンはアリアのサポート。つっても助力しろってわけじゃない。どっちから機奇械怪が来るか教えてやるだけでいい。できるな?」
「ハッ!」
「承知!」
「あの、私達は……?」
ケニッヒが冷静に指示を出していく。
その真剣な横顔に、アリアが頬を紅潮させていることは……まぁ、古井戸だけが気付いていたが、特に何を言う事も無い。
「アレキ、チャル。お前たちは本丸をぶっ叩いてもらう。古井戸、ピオ。というかピオ。アンタ、飛行は可能か?」
「……短時間なら可能です。高度だけで言えばあの尖塔にまで突っ込めますが、その後が保ちません」
「十分だ。ちなみになんか抱えて飛ぶのはどうだ」
「可能ですが、更に時間が削られます。安全な着地、というものが難しくなるでしょう」
「そりゃ最高だな。チャル、ピオに抱かれてキューピッドの背後に回り込め。そんで、最高火力だ。あの攻撃消し去る奴が望ましい」
アリアが己の武器……巨大な、斧。ハルバードを展開する。
それは戦士としての勘か、彼女が集中状態に入った証か。
「それは……」
「大丈夫だよ、アレキ。というか、使えるものは使わないと」
「……じゃあ、私は」
「アレキはチャルを受け止める役割だ。できるならピオも受け止めてやってくれ。どこに着地するかは任せる。どこに行っても俺が助けに行ってやる。できるな?」
「……わかりました」
「俺は?」
「ん、アンタ戦えるのか? 武器の類、持ってないように見えるが」
「そこそこ強い自信があぁるんだなこれが」
「じゃあバックアップだ。チャルが失敗した時のカバー」
「やり方はこっちで決めて良いな?」
「ああ。任せる」
作戦は決まった。
では散開──する直前。
「オオオ────ッ!!」
それは雄叫び。余りにも雄々しく、あまりにも恐ろしい叫び声。
発声元は──アリアだ。
ウォークライ。戦いの始まりを告げるスイッチ。
「やる気は十分。んで、アリアに機奇械怪が集まってくるのも確定。──行くぜ、状況開始だ。死ぬなよ、全員!」
「応!」
それが、数分前のこと。
時は現在に戻る。
モード・エタルド。音声と共に展開した、機械の腐食を引き起こす弾丸。その銃身。
それは仇。「対処はしなくていい」と言ったから、気付いていた従者はしなかった。その通過を許し、無視し。
──相方の背面から、じゅくじゅくと腐食が広がっていくのを見る事になる。
「──キューピッド?」
あり得ることではなかった。
刺されようと斬られようと、撃たれようと爆発を受けようと無傷。キューピッドとはそういう存在だ。融合オーダー種キューピッド。設置されたTOWERより、融合サイキック種アモルより、この箱庭の何よりも強い存在。
それが──今。
「や、……や、った……?」
「……お見事。成程、そちらにも人型がいたか。僕らだけだとばかり思っていたんだけどね。静音飛行モード……型式は明らかに僕らより古いのに、僕らに気取らせないなんて」
「お褒めに預かり恐悦至極。はじめまして、私はピオ・J・ピューレ。前時代を生きた高級汎用給仕型
落ちながら。
ぐったりしたチャルを抱えながら、ピオは目礼を取る。
背面から、そして肩口から。
身体の小さなキューピッドだからこそ、この腐食は有効。本来の機奇械怪にとっては致命傷にはなり得ない範囲の消滅が、キューピッドにとってはどうしようもない傷になる。
「──だけど、甘い。おかしいと思わなかったのかい? ……ここに配備された機奇械怪が、地上型のものだけなはずがないだろう」
言葉と共に、TOWERから一斉に飛び立つものがあった。
それは鳥。否、基本ハンター種イグルス。否否否、凡そ飛行型と呼ばれる機奇械怪の群れ、群れ、群れ。
ホワイトダナップに来るものよりも小さいもの、大きいもの。サイズこそ様々なれど、その数は数える事も億劫になるほど。
「こうして姿を見せているんだ。ああして君達も囮を立てているんだ。どうして僕が同じ手法を取ると考えなかったんだい?」
「っ……!」
「アモル。僕は大丈夫だから──あそこにいるのを、鏖殺して」
「承知」
融合サイキック種アモルの両手に赤い雷が走る。
そこでようやく気付くのだ。今までキューピッドの仕業だと思っていた転移は、全てこちらの個体の行っていたことだと。
ならばキューピッドの機能とは。
「さぁみんな、おいで、おいで。──足りない餌がここにあるよ」
ギャイギャイと叫ぶ。ギリギリと金属がこすれ合う。
不快な音が響く。不穏な声が轟く。
塔から飛び立ち、瞬く間にダムシュの空を覆い尽くした鳥の機奇械怪達が、その目で、カメラで、水晶で。全てが、全部が、全機が──見る。
見る。美味しそうな、生命。ピオではない。チャルを。
チャルを見て──。
「行け」
殺到する。
文字通り、だ。互いが互いにぶつかり、壊れる事も厭わない。
ただあの人間を。小さな人間を我が物に。飛行機奇械怪の動力炉は小さい。だから啄んで、小さくして、食事にありつかんと歯を立てて。
柔らかそうだ。簡単そうだ。既に弱り切った獲物を前に、機奇械怪に無いはずの喉が鳴る。
そうして最初の一匹が、チャルの腕にその歯を突き立て。
「──させない」
られなかった。当然だ。当然だ。
ここにいるのは修羅が如き守護者。そうあろうと思い直した、自ら人道を外した守り手。
であれば、これより先は獲物のいる、ご馳走のある楽園ではなく。
ただ一刀のもとに首を溶断され、動力炉を破壊される地獄なりて。
「そうさ! 俺達は奇械士だ! 対機奇械怪の
突き刺される。撃墜される。
地上から雨のように昇り注ぐは鉄骨。恐らくは元建材だったのだろうそれらは、正確無比に機奇械怪の動力炉を貫いていく。
地上からここまで、どれほど距離があると思っているのか。羽搏き、滑空し、上昇する機奇械怪の動力炉が、どれほど狙い難いと思っているのか。
「問題ないよ」
言葉が響く。
その全てが機奇械怪に届いたわけではないだろう音量で、けれど機奇械怪の全てがその言葉を拝聴する。
問題ない。己らを撃墜するあれらは何も問題が無い。溶断してはその身を足蹴に飛び回る人間も、地上から鉄骨を投げ続ける人間も。
何も問題は無い。
「だから、行け。止まるな。僕に従え」
──煩さを取り戻す。ギャイギャイと叫び、ギシリギシリと金属をすり合わせ、それは獲物への殺到を開始する。障害がある。無視できぬ攻撃がある。
だが、それがなんだ。
問題ないのだから、問題は無い。電脳が鳴らすはずの警告は、今しがた受信した命令文によって掻き消された。
進め。進め。
殺せ、殺せ。
機奇械怪。その在り方に、偽りはないのだから。
死力を尽くせ。
「っとぉ……やべぇなー、アレ」
「お仲間が心配ですか?」
「!」
古井戸は距離を取る。
尖塔の内部、まるで機奇械怪の体内を走っているかのような気分にさせられるここを爆走していた時のこと。
割れた窓から見えたピオと先ほどであった者達の戦いは、奇械士ではない古井戸の混ざり得るものではない。はずだ。
だからこその行動。ケニッヒにはああ言ったが、古井戸から見てもケニッヒの方が遥かに強い。あるいはアレキ、チャルという少女でさえも。
なので適材適所。そのための爆走だった。
だから、それが古井戸のもとに来たのは意外で。
「いいのかい? 相棒のキューピッドくん、半壊してぇるが」
「はい。ですがキューピッドが大丈夫だと言ったので、大丈夫です。キューピッドは嘘をつきませんから」
「……なんぞか、出会った頃のピオを思い出すねぇ」
「女性に他の女性を重ねるのは失礼ですよ」
「そりゃ悪い。だが仮面にフードに体格隠すコートだ。そんでもって名前も知らないんだから、女性だと思わないのも仕方がないと思わねえか?」
「……では、名乗りましょう。融合サイキック種、アモル。キューピッドの相方を務める機奇械怪です」
「ご丁寧にどうも。俺は古井戸だ。ああ本名じゃないぜ、多分。俺は自分の名前を知らないんでね、物心ついた時に近くにあったモンを名乗ってるだけだ」
適当なコトを言いながら、古井戸は考える。
融合サイキック種アモル。サイキック種となれば、扱うのは念動力の類。そして転移。機奇械怪の中でも特に厄介な部類だが、同時に弱点が存在する。
それは果てしなく燃費が悪い事。よって戦闘を長引かせれば長引かせるほど、相手が疲労、ないしは撤退する可能性が高くなる。
「キューピッドの命令により、貴方を鏖殺します」
「鏖殺とはまた、物騒な言葉じゃねぇのよ」
「受ければわかるかと」
――あるいは、それを躱すことができたのは、初めて会った時のピオに似ていたから、だろう。
機奇械怪は人間を襲う。ゆえに機奇械怪は人間に襲われる。襲われる前に襲い、壊す。それが基本。
だからピオは、古井戸と会う前のピオは、出来るだけ己を隠して生きていた。そうでなくては襲われてしまうから。そうでなくては──殺してしまうから。
けれどあの時、不意に、古井戸が悪戯の気持ちでそのフードを取ってしまって。
「同じ拳が、飛んできたもんだなぁ!」
「!?」
避ける。頭をズラし、必殺必滅の拳を避ける。
人間であれば、奇械士であってもそうでなくても確実に潰されるだろう──細胞の一片一片までもが皆殺しにされるだろう拳。
成程、鏖殺。その名に相応しい打撃だ。
だが、と。
古井戸は嗤う。
「一人で来たのは間違いだったなぁ、アモル。ははっ、室内戦で、一対一の俺は──ちと手強いぜぇ?」
今もこうして古井戸は生きている。
あの時ピオと戦い、そして勝利し、ピオを壊さずに連れ歩いた古井戸は、ここに。
「高いところでふんぞり返ってた方がずぅっと良かったって、その身に刻み込んでやるさ」
「……餌風情が」
尖塔、TOWERの中で、誰に見られることのない戦いが始まる──。
「まるでクライマックスだ──そう思わないかい?」
「……ぐ」
まるでクライマックスだった。人間側の思わぬ反撃力。奇械士としての底力。あるいは機奇械怪側の油断。総力戦に近いぶつかり合いは、ダムシュ全体に剣戟を響かせている。
その、下。
その、光のような戦いの――影。
血溜まりがあった。
「……ふぅっ……ふぅっ……」
「……ケイタ・クロノア。しっかり息をして。焦らないで。貴方も、アニータもレプスも、まだ生きてる」
「まだ死んでいない、の間違いではなく?」
「まだ生きてる」
血溜まりに伏せるは三人。
ケイタ・クロノア、アニータ、レプス・コニシ。ケイタは虫の息。アニータとレプスは意識を失っている。
その前に立つメーデーに目立った傷はない。ただじっと、キューピッドを見つめて。
「……上にいたキューピッド。あれは、偽物?」
「そうだね。ここにいる僕も本物かどうかはわからない。けれど上にいるのが偽物なのは確実だ。あの時、君の弾いた刀による、アレキの刺突。あれほどの威力のものが通らない身体に、あの程度の弾丸が通じるはずないだろ?」
茨があるから、キューピッドの耐久性能などの情報をケニッヒ達に伝えることができなかった。
ゆえにケニッヒはあの作戦を取ったのだろう。結果として士気は高まったが、あれではジリ貧だ。戦い続ければ、必ず人間側に綻びが生まれる。
疲労。こればかりは逃れられない。
そして機械は回復するのだ。疲労した人間を取り込めば、簡単に。
「……あなたは何が目的なの」
「おや、談笑がお好みかい? いいよ、それくらいは付き合ってあげよう。それで、目的か。ううん、難しい事を聞くね」
「まさか、ないの?」
「いいや、あるとも。僕の目的は進化だ。人間、機奇械怪、あるいはそれ以外。なんでもいい、僕の知らない世界を見せてくれたらそれでいい。だからこうやって引き合わせるのさ。運命と運命を。交わるはずの無かった二つを。……キューピッドらしいだろ?」
「……ふざけてる」
奇しくもそれが本心だということは、メーデーにはわからない。
だが、同時に。
「でも……わかったことが、一つある」
「なんだい」
「要はあなたを驚かせれば。あなたが知らない事を見せれば、あなたは満足する。そういうことでしょう」
「……ふふふ、君にできるのかい?」
キューピッドは、ケイタを見る。
虫の息。──けれどまだ、意識がある。意識を失っている二人と違い、まだ鋼の精神で耐えている。失ってはならない。意識を落としてはならないと。
メーデーを。
何故か大切な匂いのするこの女性を、もう。
「ええ、簡単。ああ、キューピッド。一つ教えて欲しいのだけど」
「
「察しがいいのね。いつもそうしていればいいのに」
とんとん、と。
メーデーが自らの喉を指で軽くたたく。二度。
「なら、この仮面もいらない。このふざけた手袋もね」
「──ぇ」
小さな声が
自身の生命のために息をすることより、その驚きは吐き出さなければいけなかった。
聞き覚えがある、なんてものじゃない。
今の今まで、一時も忘れたことの無い声が──聞こえた。
ケイタは、痛む身体を酷使して、なんとか、なんとか首を、頭を、目を前に向ける。
赤茶けたコート。
それが──捨てられる。
かぼちゃの面も。白い手袋も。
「……」
コートの後ろから出てきたのは、プラチナブロンドの長い髪。波打つそれは、紛れもなく。
手袋の下から出てきたのは、右手の甲に大きくついた火傷。学生時代のそれは、紛う方なく。
何よりその、少しだけ振り向いた顔は。
何よりその、憂いを帯びた顔は。
「み、でぃ……と……?」
「うん。そうだよ、ケイタ」
「なん、で。おま……死ん……で」
「生き永らえたの。そこのキューピッドのせいでね」
意識が朦朧とする。無理に喋って酸素を使って、生命維持に支障が出たのだ。
ケイタの身体は、脳は、強烈な眠気を出して自衛に入る。これ以上騒がれてはたまらない。これ以上動かれては
だから眠れと。今は眠れと。
ケイタの意思に関係なく──その眠りを。
「ケイタ、酷いよ。私の武器、大切に大切にしまっちゃうんだもん。おかげで私、ずっと武器無しで戦わなくちゃいけなくなったんだよ?」
「あ……あぁ、わる、い」
「でも、ありがとうね。──おかげで無駄に生き永らえたこの命、使い道ができた」
「待──」
そこまでだ。
そこまでだった。
ケイタの意識は途切れる。終わる。闇に沈む。
大切な人。恋人。何よりも大事な人の、笑顔を前に──落ちる。
落ちた。
「……いやぁ、声が変わると雰囲気もがらりと変わるね」
「声が変わったから、じゃない。愛する人の前だから。あなたにはいつも通り、憎き敵として接する」
「そうかい。じゃあまず君にプレゼントだ」
赤雷。
それが周囲に二つ発生して、メーデーは──ミディットは身構える。
けれど、出てきたのは。
「……これは」
「君の武器だよ。名前は知らないけどね。そこの人間が大事にとっておいたものを持ってきたんだ。それがないと、本気を出せないんだろう?」
「……そうね。これが綺麗なまま残っていたら、ケイタの未練も断ち切れないだろうし」
「おいおい、さっきから聞いていれば、まるで死ぬ気じゃないか。僕を驚かせるんだろ? 君の決死の一撃が僕に傷をつける。君の全身全霊が僕を穿つ。君の、彼への愛が──僕を討ち果たす」
キューピッドは大きく手を広げ、謳うように言う。語る。まるで詩を詠むかのように。
「
そんなことは、想定済み。
できないことは知っている。けれどそれも面白いと思っている。悪くはないと思っている。
だから、そんなことは予想外になり得ない。
敗れるなんてもっての外。打倒する事さえ想定内。
ならば何をすればいいのか。
「ごめんなさい」
「うん? あぁ、大見栄を切って、結局なにも思いつかなかった事への謝罪かな。いいよ、許そう。僕は人間がそういう事をすると知っているからね」
「うるさい。あなたに謝ったんじゃない。ケイタと、アニータとレプスと……アレキとチャルとフリスと。そしてみんなに謝ったの。あなたじゃない」
「おや、それは早とちりをした。こちらこそ謝ろう。──それで、何をしてくれるのかな」
ごめんなさい。
不義理を。全く違う私になっても、暖かく出迎えてくれたあなた達を、結局は裏切ってしまう。任されたのに、頼まれたのに、務めを果たすことなく。
死ぬことを、許して。
「──
「……?」
「私と共存する機奇械怪。私の命を食らわんと
それは、あるいは。
ピオという存在を見て、思い至ったことなのかもしれない。
機奇械怪にある知性は、AIが判断する何かでなく。
それぞれの個が、我が見せる──あるいはもう一つの生物としての。
「私をあげるから、アイツを倒して」
──痛みは無かった。
何かが這いずり、昇ってくる感覚。置き換えられる感覚。組変わり行く感覚。感覚。感覚。感覚だ。
けれどそれも、肉と金属の境目だけ。
どんどん昇ってくるソレは、境界線は、感覚というものを消し去っていく。
腰から腹に。腹から胸に。胸から首に。
全身から感覚が抜け出して、自分が自分でないものに変じていく。
キューピッドを見る。
相変わらず仮面で顔は見えないけれど。
「せいぜい驚きなさい。──あなたはあなたの慈悲で、あなたの首を断つのよ」
ああ、意識さえも。