空に浮かぶ漆黒の岩石。それは群玉閣に及ぶほどの大きさであり、魔神オセルを再度封印できるくらいであった。どうしてそんなものが宙に浮いているのか六花や蛍は不思議だった。何のために―誰のために―と考えがまとまらず、開いた口が閉まらない
―こんな巨大な岩石を作り出せるのは、全盛期の帝君ぐらいだろう。だが、もうすでに帝君は璃月の神としての座を人に譲っている。しかも、魔神戦争時代時代ならわかるが、こんなに巨大な岩石を作る意味がない
と六花は頭の中の記憶を頼りにこの岩石を作っているモノの正体を暴こうとするが、全然出てこない
―――その時。その岩は動き始めた
他でもない六花たちに向かって
そして六花はこの岩石が有る理由がわかった。これは確実に殺しに来ている。息の根を止めようと――確実に一撃で仕留めようとしているのが目に見えた
六花「"晴天雹凍"!!!」
地を蹴り、かの岩石へと迫る六花。その刀身に氷を纏わせ岩石に向かって一閃を放つ。間違いなく一刀両断したと確信した。これで大丈夫とも思ったがすぐに異変に気づいた
―柔らかすぎないか?
シュバッと一刀両断できたものの手応えが異常なほどない。それはまるで箸で杏仁豆腐を切るかのような感覚であると言える
六花は岩をよく観察してみる。すると、その岩は岩石というひと塊の物体ではなく、何億の石や塵でできているようだった。道理で手応えがなかったのだ。六花が放った攻撃は見事に塵や石の間を通り抜けた為、手応えがないように感じたのだ
再び地面に戻った六花はどうするべきか考え始める
六花(じゃあどうする…こいつを爆発させる?でも無理だ…)
パイモン「うわぁぁぁぁ来るぞ来るぞ!?」
六花(せめて旅人達だけでも退避させないと…)
岩石は刻々と迫ってきている。それはつまり、残された時間ももうわずかであるとも言い換える事が出来るということだ
早くに決断しなければ、全員即死。運が良くても、普通の人は死ぬだろう…旅人にはこの規模の岩をどうすることも出来ない。強風であろうと荒星であろうと雷鳴であろうと、この規模の岩石を砕くことは不可能に近いのである
―夜叉である六花ならばどうにかできるか。先程、晴天雹凍を使ったのに無傷であり、攻撃を促すこの岩石をどうにかすることは非常に難しいのだろう
六花「…これしかないのか―!」
六花は最後の砦に残しておこうと思っていた面を被ろうとする…これを被るということは、夜叉としての本来の力を最大限に発揮することなのだ。それはつまり六花が思考する最終決戦にて本気を出すことが出来なくなってしまう可能性が大いにある。六花としてはそのようなことは極力避けたいのだが…と迷っていると、巨大な岩石になにか物体が当たり爆発する
なにかに当たった岩石は3分の1が削れ、漆黒の闇が少しかけていた
六花「なんだ…?」
??「妾が駆けつけてやったのにそのような醜態を晒すか?」
六花「お前――」
美しい白い羽根。空のようにも見える青い羽が輝き、その美声を発する仙鳥が、少し高くなっている山に立っていた
パイモン「この声は――!」
六花「留雲…」
留雲「まさか妾だけ来たと思っているか?」
留雲がそう含みのあるように呟くと、またしても岩石に何かが一つ…二つ…と当たり、爆発を起こす。すると岩石は跡形もなく消え、砕けた破片が地面に向かって落ちてくると、六花は傀儡を使ってその破片から旅人を守った
―留雲借風真君が言った言葉の意味と今の現象を照らし合わせる。妾だけではない―つまり今のは加勢してきた他の仙人だろう。そして留雲借風真君と仲が良い仙人といえば――
理水「久しいな六花よ」
削月「息災であったか?六花」
六花「お前たち―」
―理水畳山真君。削月築陽真君。六花に話しかけた璃月の仙人が留雲のように凛々しく立っていた
六花はその仙人に対し懐かしさを覚える。六花が人の世を離れる前、よくこの三人と茶を飲んでいた。留雲の仙府がある奥蔵山の頂上で翹英荘で作られた良質な茶葉を使い世間の話を楽しんでいた
ところが、六花が人の世を離れてからその茶会は徐々にする回数が減っていき、最近は滅多にやらなくなっていた。理水も削月もふたりとも六花のことを心配していたが、どこに隠れたか検討もつかず、ただ心配する日々を送るだけであった
パイモン「どうして仙人たちがここに?もう人の璃月になったから手出しはしないんじゃなかったのか?」
留雲「そうともいえぬ。ほれ、あれをみてみろ」
蛍「土煙でなにも見えない…」
留雲「そう焦るでない。今晴れる」
留雲がそう呟くと同時に、大きな咆哮が鳴り響き、土煙が一気に晴らされる
土煙があった場所に謎の人が佇んでいた。岩のような衣服に身を包み、長い髪を背におく。六花はこの者を見たことがあった
かつて仙衆夜叉としてこの璃月を守っていた岩の夜叉。兄貴分の浮舎対して服をきろとか身なりをちゃんとしろとか優しげな声をかけていたあの夜叉
六花「弥怒――なのか――」
今は亡き仙衆夜叉。魔神に操られていた弥怒を伐難と共に殺害したはずだ。しかし今彼は立っている。かつてとは変わり果てた姿でここに立っている。髪は荒れ果て、目は真っ赤に染まる。優しげな声を発していたその口からは、苦悩の息が流れ出ている
蛍「あれは――?」
削月「あれは弥怒。かつて仙衆夜叉としてこの璃月を守っていた岩の夜叉だ」
パイモン「仙衆夜叉!それって――」
弥怒「ア"ァァァァァァァ!!!!」
夜叉とは思えない奇声をあげ、鋭利な岩を飛ばしてこちらに無造作に攻撃してくる。その攻撃は留雲たちにも飛んでいき、留雲たちは空へと飛び上がる
仙人であろうと人であろうと関係ないと言わんばかりの攻撃方法からは、もう以前の彼を感じ取ることはできなくなってしまっていた
獣のようなその攻撃。以前の彼であれば、ちゃんと戦略を立てて戦っていた。こうすればこうなるから――といった感じで知性を活かし、戦っていたのだ
岩を飛ばす弥怒に留雲はお得意のからくりで弥怒の体を拘束し、その行動を止める。そうして地上に戻ってきた仙人たちは旅人に仙人が手出しする理由と弥怒を倒す方法を話し始める
留雲「これを人に任せられるか?」
蛍「――どうするの?」
理水「帰終機にて殲滅する。しかし、今帰終機は準備状態にある。それまでやつのことを頼むぞ」
パイモン「おい!まかせるのかよ!まてって――行っちゃった…」
パイモンの声も届かず、仙人たちは空に飛び上がってしまった
直後、留雲が弥怒に施した拘束具が一気に解き放たれ、弥怒が大声を挙げる。大声を挙げると同時に巻き上がる土煙を払い六花は前に出る。こいつは弥怒ではない―どこか心の中でそう思っている六花。それは過去にも経験したことのある思いであった
六花「…弥怒」
弥怒「ウ"ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ?」
六花「―変わり果てたなお前も。あの時…お前を救ってやれなかったこと…まだ悔やんでいる」
弥怒「ア"ァァァァァァァ……」
応答するかのように声を漏らす弥怒。それは知性を持った声なのではなく、単なる息の漏れなのか。はたまたまだ知性を持っていて、本当に返事をしているのか…どちらなのかはわからない。しかし、次に起こったことは紛れもない敵対しているということだった
弥怒が六花のことを攻撃したのだ
蛍「六花!」
六花「―弥怒、すまなかった」
弥怒「ア"ァァァァァァァ!!!!!」
蛍「立花!!!!」
六花は攻撃が来ているというのに不動。蛍が心配しているのに全くもって動こうとしない
次に六花が口に出した声は、弥怒に対する懺悔の言葉ではなく、区切りをつける声であった
六花「終わりにしよう―弥怒」
弥怒「ア"ァァァァァァァ!!!!」
?「いや、終わらせるのはお前でなはい」
突然咆えた弥怒に続いて、凛とした少年の声が響き渡る。その声はこの場にいる誰もが聞き覚えがあり、なおかつこの人なら勝てるだろうという信頼がある声であった
空を切る槍の音。新緑色に輝くその槍の名は和璞鳶。かの岩神が作った石クジラとも戦った海獣を貫いたとされる力のある槍。それを持つのは金鵬と呼ばれた仙衆夜叉――
?「ふっ!!!!」
弥怒「ガ"ァァァァァァァ…」
天空から弥怒めがけて落下してきたその閃光は、弥怒の体を貫いた
しかし貫かれた弥怒は岩のように崩れ落ち、塵のように消えたと思えば、少し奥の方で再度復活したのだ
落下攻撃してきた少年はふっと鼻で笑い、旅人の方を振り向く
?「ここは我に任せろ」
蛍「魈…!」
魈「あいつは我と同じ仙衆夜叉だ。ならば我の手で沈めたい」
魈はそのように静かに呟くと、拳をグッっと握りしめた
彼にも彼なりの決意というものが有るのだろう。同じ仙衆夜叉として戦ってきた弥怒。ここ数百年見ていなかったかつての同胞をその手で殺す。その心境は他人には考えられたものではない
六花「金鵬。ここはたのんだぞ」
魈「あぁ。もとからそのつもりだ」
六花は蛍を抱えあげて華麗に去っていく
その姿をみた魈はふぅと息を吐く。―今から殺し合いをするのだと。かつて自分と共に妖魔を払っていた同胞と殺し合いをするのだと魈は自分に言い聞かせる
――弥怒。岩の夜叉で頼りがいのある夜叉であった。いつも優しげな顔をしていて、応達も伐難も彼を慕っていた。もちろん魈も彼をいいやつだったと考えている。だが、その彼をここで殺さなければならないという事実はどう返しても変わらない。ここで殺さなければ璃月は襲われ、人にその座を譲った帝君が手を下すことになる。それだけはさせない
弥怒『金鵬』
魈「―っ…」
かつての弥怒と姿が重なる。そして魈は一息吐く
こいつは弥怒ではない
弥怒を模した妖魔だ
弥怒はすでに死んだ
弥怒を冒涜するなら…
魈「――お前を殺す」
儺面を被った魈は弥怒に刃を向け、自分との区切りをつけた