白雪に染る夜叉   作:ほがみ(Hogami)⛩

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16話 まどろみの中

沈む。濫は業瘴の海に沈み続ける。誰からの助けもなく、誰の声も届かない

私の旅はここで終わるんだと濫は心の奥底で思う。500年前とは違う自分の身が崩れるような感覚、そして意識の糸はもうほぼ切れかかっている

 

―最後まで瀞の夢を叶えることは出来なかった。逆に夢から遠ざけるような行為をしてしまった

 

反省しても、後悔してもその結果は変わることはない

魔神の業瘴の影響とはいえ、彼女が愛する者たちを傷つけ、魈にも酷いことを言ってしまった…それを謝れずにこの身が消えるのは、濫として忌避したいことだった

だが、その願いは叶えることがもう出来ないのかもしれない。幻境は力を保つことが出来ずに崩れ、濫は業瘴に囚われる…

 

濫「……瀞」

 

静かに沈む体の奥底から彼女の名前を吐く

共に生まれ、共に成長し、いつしか瀞を守りたいと思うようになり、帝君との契約を結んだ。彼女は幼い頃の記憶を失い、その事を忘れているが濫はしっかりと覚えている

―仙人の里に生まれ、安寧を謳歌していたが、その里を魔神に襲われたあの日のこと…そして瀞も頑張って応戦していたが、もう尽きそうだと思ったその直後、その魔神を岩王帝君がその魔神の心臓を穿ち、助けてくれた

そして名を与えられ、瀞と濫は岩王帝君と契約を結んだ

 

彼女が無意識に人を護りたいと思っているのは、その経験が体に染み付いているからであり、その恐怖をもう誰にも味あわせたくないと思っているから

そして濫もまた、瀞を守ろうと決意したのはその時の経験を瀞に味あわせたくないと思っているから

 

濫「…ごめん瀞。私はもう貴女を護ることは出来なそう。ごめんね…」

 

濫の瞳から冷たい一筋の雫が零れ落ちる

その雫は本当の濫のものであり、業瘴が関係しているものではなかった

しかし歌の魔神の業瘴はそれを許すことはしない。涙を流すから助けてやるなんてことはない。濫に再び油断があればその体を乗っ取り、再び璃月を危機に脅かすだろう

 

『―――濫』

 

沈みゆく濫に声が届く

それは懐かしい声で、今最高に聴きたい声であった

 

生まれた時からその声を聴き、共に楽しさを共感し、共に過ごしたその声

その子は、自らの力は危ういほど弱く、おっちょこちょいで心配になるほど。だけど誰かを守る時はそんな心配事もすべて無くなるかのように凛々しく、頼りがいのある姿になる

そんな彼女が――濫は好きだった。本当は復活したら真っ先に瀞に抱きつきたかった。業瘴がなければ真っ先に彼女と話をしたかった

 

水に飛び込むように業瘴に飛び込んだ瀞は濫に手を伸ばす

 

瀞『――濫、帰ろう?』

濫「どうして…私を現代に戻したら…また暴走するかもしれないわ―」

瀞『そんなの決まってるじゃん』

 

瀞は濫の手を強引に引き、優しく抱きしめる

それはまるで瀞が母であるかのような優しさで、瀞のその優しさが温かい

 

瀞『―濫は私の家族だから。家族だから私は助ける―濫がいなくなちゃったら私…もう立ち直れないかもしれない』

濫「私がいなくても貴女は――」

瀞『そんな事無い!』

 

瀞は抱きしめる力を少し強める

 

瀞『そんな事無いよ…私、知ってるの。私が業瘴に支配されないように頑張っててくれてたんだよね?濫がいなきゃ私、もうとっくも昔に業瘴に支配されてたかもしれない』

濫「―――」

 

濫は瀞が言った言葉に驚く

なぜならそれは瀞にバレるはずのない行為であったし、濫は瀞に取ってみればもう消失しているだろうと思っていたから。確かに濫としての体は消滅した。だが、精神は瀞の中で生存しておりと瀞に影響を及ぼす業瘴を取り除いていた

しかし瀞は自分の中で濫が生きていて、手を貸してくれている事を最近わかった。なぜなら濫は純粋だから。契約をしっかりと守る素直な子だから

 

瀞『―もし暴走しても助けてくれる。六花や魈、そして私達を助けてくれた旅人がいる。安心して――帰ろう?』

濫「――うん」

 

再び濫の瞳から一筋の雫が流れ出る

しかしそれは暖かなものであり、この冷え切った体を温めるようなものであった

こんな感情は今までに感じたことがない。濫はそう思い、瀞と一緒にこの業瘴の海から脱出することを決めた

―帰ったらみんなで料理を食べよう。あの日帝君から教示してくれたあの料理をみんなで食べよう。そして今日という日をもう誰も経験することのないように――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

濫「ここは逃げなさい!!!!」

 

瀞「いや!私は…この里を守る!!!」

 

濫「そんなこと言ったって――弱っちいあなたがあの魔神に対抗できるはず無いでしょう!!だから逃げるのよ!ここは私に任せて――」

 

瀞「いや!!!私は……みんなを助けたい!こんな私だけど…こんな時にしか役に立てないから!!」

 

そのいつもからは感じられないその凛々しく、頼りがいのある背中は濫の心を揺さぶる

大きな手を広げ、自らを犠牲にするかのように守ろうとする瀞をみて少しの危機感を覚える。下手したらどこまでも背負い込みそうで心配になる…

 

「仙人よ、ここで死ねよ」

 

瀞「っ――――」

 

濫「!!!!」

 

その瞬間、魔神の核となる部分は巨大な岩の槍で穿かれ、魔神は跡形もなく消え去った

何が起こったのか分からず呆然とする2人は、寄ってくる1人の見しれぬ男性に怯える

 

その男性が2人に手を差し出すと、濫はまるで犬のように敵意をむき出しにし、何があってもいいように備える

 

しかし、男性は優しく微笑み「大丈夫だったか」と声をかけた

 

「魔神の脅威は消えた。これから、この里で生き残ったものを集める。それまで休んでいろ」

 

男性はそう言ってその里に残った人々を探しに巡回を始める

 

瀞「たす…かった…」

濫「………なんなのかしら……あの人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「料理を教えてほしい?」

 

濫「ええ。あの料理、美味しかったわ。さっきの苦悩が無くなるくらいに」

 

「…俺は料理はあまり得意では無いが…」

 

濫「いいわよ。みんなに振るうものじゃなく、私とあの子で分け合いたいの」

 

「――彼女か。君にとって彼女はどんな存在なんだ?」

 

濫「――私の妹で…私の大切な家族よ。だから守ってあげなくちゃならない」

 

「大事な家族か――いいだろう。だが、俺の料理をマスターするには長い時間がかかるぞ。それでも良いのなら」

 

濫「いいわよ。これから彼女とそれよりも長い時間過ごすのだもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし本当に俺が主でいいのか?」

 

濫「ええ。私たちはあなたに助けられた。なら私達もその恩を返さないと行けないじゃない?」

 

「…そうか。ならば名を授けよう。君の名は…瀞。清らかな心で人を守るという意味だ。そして夜叉の名を伐難。人の難を伐し、難を解せよ」

 

瀞「はい!これからもよろしくお願いします!帝君」

 

「それじゃあ君の名は…濫。もしみだれる道を踏んだとしても、その傍には支えてくれる仲間がいるという意味だ。夜叉の名は………」

 

 

 

ずっと忘れていた記憶。本当の濫が生まれた時の記憶

それは瀞と帰還する時に与えられた温もりから得たもので、1人では思い出すことのなかった記憶

そして本当の自分になれたその記憶は…

 

 

「夜叉の名を"喫焚(きつふん)"。その意味は、人の業を喫し、俗世の悪を焚せよ」

 

濫「ええ。帝君の意のままに」

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