0話 悪夢
夢を見た
紅く燃えるような世界で、恐ろしい魔物が襲いかかってくる夢を
『はぁ…はぁ…どこだここは…ヤツは…』
霧立つ森の中、男は辺りを見回しながら何かから逃げる
霧の中を覗くと、奥から目が赤く光り、黒い霧を放つ得体の知れない化け物がズシッズシッと一歩づつ近づいてきていた
男はヒィと腰を抜かし、黒い霧を纏ったその化け物は男に手を伸ばしながら近づいて…
『やめろ…夢なら覚めてくれ…覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ!!』
ハッと目が覚める
男はムクリと寝具から体を起こすと、朝の日差しが窓から入り込み、自身の頬を伝う汗を照らした。その時気づいたのだ。寝具を染めるほど、自分が信じられないほどの汗をかいていたことを知った。
まぁ気のせいだろうと。落ち着きを取り戻し、もう一度就寝するも、またしても紅い世界に霧の森。先ほどとは違うのは、今度は先ほどの続きから始まっていたこと。
既に目の前には、霧の中に浮かぶ赤い目が。
先ほどと同じならば、手が伸びてきて…
『こ、殺される…!覚めろ覚めろさめろサメロサメロサメロサメオr…』
眼と鼻の先に手が伸びてきて、もう当たったしまう―――そして再びハッと目を覚ます
異常なほどに鳴り響く心音。汗でぐしゃっとした寝巻。再び寝た時、またあの夢が再生されるのではと不安になる。
これはなにか異変ではないかと。早朝、不卜㢒へと足を向かわせ白先生にこのことを話す
「追われる悪夢…ですか…」
白先生は困ったように唸りをあげる
「夢関連の病症は私の専門ではないのです。原因特定や解決はできませんが…」
「それでもいい!何かその夢から離れることが出来れば…!」
「そうですか。稲妻に専門医がいるそうですが、彼女が出した本の話からすると…『夢は就寝前の心的状態によって変化する』との事。リラックス効果のある漢方茶を処方しましょうか」
―とはいえ。と白朮は心の中で続きをつぶやく
最近増えてきた悪夢の相。病状は様々で、追いかけられる夢から始まり、永遠に同じ部屋から出られない夢そろってみんな再び寝ると夢が再生される。
専門医ではないためどうすることも出来ないのだが、何が原因があるのではと考えてしまう
そして再び――患者が現れた
『旅人…旅人…!!!』
『ん…パイモン…?』
蛍はパイモンの声によって暗い世界から目を開ける
しかしそこにはパイモンは居らず、真っ暗な万民堂の前の道に立っていたのだった。人は誰一人としていない。
空は暗く、街灯がポツンと一定間隔で並び地面を明るく照らしている
璃月だけど璃月じゃないみたい。どこだろうと考えていると、再びパイモンの旅人を呼ぶ声がどこからか響いてくる
『パイモ―ン?どこ―?』
蛍が叫んでも声は消え、再び静寂が訪れる
するとその時、背後からひた…ひた…と何者が歩いてくる音が聞こえた
とてもその音に恐怖を感じ、蛍は必死にその音から遠ざかろうと璃月の街を駆け抜けた
しかしその音は止むことはなく、常に蛍の背後から聞こえてくるのだ。
蛍は、焦燥感と不安感に苛まれて、そのまま璃月の街から飛び出して望舒旅館へと向かう。
『魈…魈なら助けてくれる…』
そう思った時、足がもつれて倒れてしまった
いててと服を汚しながら立ち上がる蛍だったが、ゾワリと背筋が凍る感覚を覚える。恐怖に怯えながら振り返ると、数十メートル先に、黒いモヤに包まれた剣士のような存在が見える
その存在はひたひたと足音を響かせながらこちらへと着実に進んでおり、蛍は逃げようとするも、足が動かなかった
―1歩。また1歩と近づく度に高鳴る心臓にもうダメだと思ったその時、蛍の周りを紅の炎が包み込んだ
これはなんだとそう思った瞬間、蛍はバッと目を覚ました
「旅人―!心配したんだぞ…!お前がものすっごくうなされてて…」
ぐしゃりと濡れる寝具。そうだそういえば依頼終わりに、久しぶりに璃月の旅館に泊まろうという話を思い出した
しかしあの夢はなんだったのだろうか…パイモンは本当に大丈夫なのか???と心配そうに話しかけてくるが、その背後には月夜の空を眺める少女が立っていた。
ここは個室だ。誰か入ってくることは無いのだが…
「あぁ説明が遅れたな。この人がお前がうなされている時に助けてくれたんだ」
「そうなの…?ありがとう」
「…礼なんていらないわ。私も、以前貴女に助けられたし」
そう言って振り返ると、月夜の優しい光がその頬を照らす
その顔は蛍がよく知る人物にそっくりであった
腰まである長い髪に優しい顔つき。服の色や髪の色が違うものの、そこに立っていたのは―――
「…瀞?いやでも…」
「困惑してるわね。じゃ、改めて自己紹介させて貰うわね。私の名前は濫。瀞の姉にして矛。夜叉の名を喫焚よ」
「夜叉の…名前……」
聞いているうちに段々と眠くなってきた。彼女の声を聞いているとなんだか先程までの恐怖がなくなっていくような感覚に陥るのだ
それに気づいた濫は、眠りなさい。と蛍の手を握る。焚き火のようなじんわりとする体温は穏やかな睡眠へと誘われる
「悪夢なら心配はいらないわ。私がいるもの」
濫はそう優しく微笑みながらそれを言った
これは、千もの時を経て再びこの世に帰った少女が、璃月中に広がるその悪夢を燃やすため、旅人と共に再び歩みを始める話である。