五人は卒業しても同じアパートに住んでいます。マルオはたまに様子を見に来るという感じです。
高校を卒業してから数ヶ月が経ち、なんだかんだでずっと一緒だった五人はそれぞれの道を歩み始めていた。
「すみません、これとこれとこれを下さい」
大学一年生の中野五月は、教育大の食堂に足を運んでいた。進学してからは星型のヘアピンが黒いものに落ち着き、髪が少しだけ短くなっていた。
「えっと、空いている席は──」
周りを見渡して歩き始めた五月のトレーに、誰かの体がぶつかった。
「ひゃっ!?」
「あっ……すまん!」
五月はよろけながらも、なんとか昼食をこぼさずに済んだ。思わずホッと息をつく。
「すまん。怪我はないか?」
五月の前に立っていたのは、黒髪の青年だった。碧眼で背は高く、端正な顔。二乃好みの顔だったが、五月は男に媚びることを最も嫌う。よって、心を動かされることはない。
「大丈夫ですよ。この時間の食堂は混んでいるのですね」
そんなふうに話しているうちに、目の前の二人席が空いた。
「そうだ。ここで会ったのも何かの縁ですし、良かったら相席しませんか?」
そう言いながら、五月の脳裏には某家庭教師がチラついた。
冷たく見えるけれども根は優しい上杉風太郎という男。
理想であり、目標だった友達だ。
「良いのか? ありがとう」
男は少し驚いていたものの、素っ気なく返事をした。五月は安心して口元を緩める。
この出会いが後の人生を大きく変えることになるとは露も知らずに。
*
「私、中野五月と申します。専攻は教育心理学です」
彼女の話を聞きながら、青年は熱心そうに頷く。
「それから、姉が四人いまして──」
「カレーライスに肉まん、フレンチトーストか。かなりの食いしん坊だな」
「本当に私の話を聞いていましたか!?」
五月は頬を膨らませて怒る。
「すまんすまん。……どうやら君は話を聞く限り近所に住んでいるみたいだ。専攻も同じ」
「私のことは五月と呼んでいただいて結構ですよ。貴方の名前は何と言うのでしょうか?」
青年は少しばかりの沈黙を経て、口を開いた。
「ソルティア・ラングフォード。日英ハーフだ。日本に来てもう10年になる」
その自己紹介には、妙な威厳さえ感じられた。五月はやはりそうですか、と言って頭を下げた。
「ラングフォードさん、よろしくお願いします」
「あぁ。よろしく」
目を合わせられるのに慣れていないのか、彼は少し視線を外して言った。
五月は常識的な初対面を成すことができ、少しだけ安心する。
やはり、上杉君がおかしかっただけなのでしょう……。
「──って、君。口に何か付いているぞ」
五月は油断していた。
ソルティアは腕を伸ばすと、そばにあった布巾で五月の口元を拭った。
「ひゃっ!? い──いきなり何をするんですか!! これくらい自分でもできます!」
「じゃあ、左のほっぺたにも付いているから、ちゃんと取るんだぞ」
「早く言ってください!!」
顔を真っ赤にして、口元を拭きまくる五月。今の今までニコリともしなかったソルティアはそれを見て、
「食べるのが好きなんだな。良いことだ」
「……べ、別に食いしん坊というわけではありませんよ? 昼食時ですので、食べないと食べ物に失礼ですからね!」
意味不明な弁明をする五月。
「君、自分で何を言ってるかわかっているのか?」
「知りません! 貴方こそ、初対面の人の口元を拭き始めるなんてどうかしてます!」
「そ、それは……!」
ソルティアは目を背けると、バツの悪そうにつぶやいた。
「……自分でもわからん」
「え?」
「わからんと言ったのだ。俺は自分で言うのもなんだが社交性にはほと欠ける。だから……君とこうして語り合えるのは本当に不思議だ」
ソルティアが神妙に語る。五月はただそれを聞くことしかできなかった。
(これは俗に言うナンパというやつでしょうか……! まだ会って数分なのに……!)
しかし内心は死ぬほど焦っていた。それが自分の顔に出ているとは全く気づいていない。
「……」
ソルティアはそれに気づいたのか、気まずい雰囲気を払拭するように、
「よ、用事を思い出した! ……俺はここで」
そう言い残して逃げるように立ち去った。
「ちょ、ちょっと!」
五月が追いかけようとするが、気づけばその後ろ姿は遥か遠くに行っていた。
「……変な人ですね」
五月はため息をついて、椅子に座り直す。
──変だけれど。それだけではない気がします。
ソルティア・ラングフォード。彼との出会いが五月の運命を大きく変えることになる。残りの昼食をかき込む五月には知る由もないだろう。
*
大学構内にあるグラウンド。誰もいないはずの景色を見渡して、ソルティアは口を開いた。
「さっさと出て来い、イツキを狙う不届き者め」
虚空に向かって声を張り上げるソルティア。それに呼応したのか、眼前にその影が現れた。
「よく気づいたなぁ。ボクは完全に背景と一体化していたはずだけど?」
虚無から現れた赤髪の男は、ポケットに手を突っ込んでそう言った。
「あいにく俺は探偵じゃないんでな。俺の仕事はただ一つ、お前らのような外道を抹殺すること。それだけだ」
「怖いこと言わないでよ。ボクは偵察に来ただけ。あの子を差し出してくれるっていうなら、キミのことは見逃してあげてもいいよ♡」
……ソルティアは答えない。気圧されていると勘違いしたのか、エリシュ・ローレンは彼を更にまくしたてる。
「そっかぁ。自分の命よりどーでもいい小娘の方が大事なんだ。しょうもな──」
「ほざけ!!!」
場の空気が変わった。
ソルティアは目を見開いて、その手を空に翳す。
「……ッ!」
ここに残れば、死ぬ────!!
「
咄嗟に空気と同化して逃げようとするが、ソルティアの魔術がそれを許さない。
「
半径100m以内に結界が降りる。ソルティアの髪は金色に染まり、結界内では規格外の魔力量が渦巻いている。内外からの接続が遮断された状態で、
「へ……?」
薄い暗闇の中で、ソルティアの掌から放たれる無数の弾幕。無限に射出されていく黒い意志。
「ぐ、ぐわぁ……!! く、クソ……い……命だけは────」
その地獄が
*
……やはり、イツキの魔力が目的なのか。
事が済んだあと、講義室に戻ったソルティアは憤っていた。
この世界には二種類の人間がいる。魔術を使える人間か、そうでない人間か。前者には秘匿義務があるため、素性を隠して生きていかなければならない。
ソルティア・ラングフォードもその中の一人で、彼は「正義の味方」として活動する少し変わった魔術師だった。
……いや、ソルティアは「魔術師」という名前を好まない。「理想の再現」の為なら無関係の一般市民をも手にかけるような、そんな人でなしが大嫌いだった。
「しかし、よりによってあの子が……! 連中め、どうやって情報を──」
「こんにちは。ラングフォードくん?」
「イツキは魔術師ではなかった。それならば何故あれほどの魔力を……」
「ラングフォードくん!」
「うおっ!?」
ブツブツと独り言を発していたソルティアの元に、五月が現れた。
「もう、どうして無視するのですか!」
「すまん……悲しくなったか?」
「べ、別にそういうわけではありません! 半分不審者のようだった貴方に忠告を──」
ぐ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
「え?」
「いや、これはその……」
五月は慌ててお腹を押さえる。
「正直に話してみろ」
「ええと……財布を家に忘れてしまいまして」
「ほう」
「それで、ですね……」
ソルティアは理解した。どうやらこの五月という女性は食いしん坊でありドジでもあるらしい。
「でも! しょ、証明書はカバンに入っていました!」
「あっても仕方ないだろ! ……やむを得ん。俺のサンドイッチをやろう」
五月は目を輝かせた。
「わぁ〜! 本当に良いのですか!」
そう言いながら既にかじりついている五月。
「ん〜美味しい! これ、どこで買ったのですか?」
「俺が作った」
「手作り!? 意外とお料理系男子なんですね!」
ただ切ってジャムを塗っただけだがな、と言ってソルティアは小さく笑う。実は彼が初めて五月の前で笑った瞬間だったのだが、五月は目の前のサンドイッチに夢中で気づいていなかった。
「〜!」
隣でとびきりの笑顔を浮かべる五月を見て、ソルティアは安心した。
疑いようもない、彼女は人間だ。
(こんなにも純粋無垢な女性をターゲットにする奴がいるとは……ますます許せなくなった)
「ラングフォードくん、ご馳走様でした!」
「喜んでもらえて何より。あっ、口の周りにパンくずが……」
「じ、自分で拭きますから!」
慌てて口元を抑える五月。ソルティアは柄でもなく彼女をからかう。
そう。これもすべて正義のため。決して彼女が可愛いからだとか、そういう理由ではない。
(ラングフォードくん……なんだか楽しそうです)
「今日はご馳走になったので、私にも何かお礼をさせてください」
「うーん、そうだな……対価と言ってはなんだが、一つ聞かせてもらってもいいか?」
ソルティアはまだ確信を得ていなかった。五月が自身の持う膨大な魔力量に気づいているのか否か。それによって今後取るべき行動が大きく変わってくる。
「イツキ、『魔法』を知ってるか?」
「えっ?」
突然の質問に五月は瞬きをする。しばらく顎に指を当てて考えたが、
「わかりません……何の話でしょう?」
「──やはり、そうか」
五月は気づいていない。何故だかソルティアは、彼女を少し不憫に思った。
自分の正義って、何だろう。無差別に人を助けることではない。俺は無意識に取捨選択をしている。
ならば、助けたい人を助ける。──これでいい。
「今のは忘れてくれ。その……イツキ。これからもよろしく」
照れ隠しからか、視線を外して手を差し出すソルティア。
「は、はい……! ラングくん。よろしくお願いします」
五月は震えた声でそう答えると、差し出された手を握り返した。
(正義の味方なんて、やめだ)
この日、彼は決心した。
中野五月だけの味方になると、その心に強く誓ったのだ。
なるべく日常パート多めで書いていきます!
よろしくお願いします。