五等分の魔術師 〜正義の味方と五月の味方〜   作:渋川ジュン

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二乃の焦燥

五月と握手した日の講義終了後。

 

「ん……?」

 

ソルティアは帰り際、五月が証明書を机上に置き忘れて帰ったことに気がついた。

 

全く……あのドジっ子め。

 

「明日渡すか」

 

ソルティアは丁重に証明書を財布の中に入れると、そのまま大学を出た。

 

……それにしても良い町並みだ。元々は「後継者の育成」のために通い始めた大学だが、今ではすっかりお気に入りになっていた。

 

正しい道徳心を持った「人間らしい魔術師」が世の中に必要だと、ソルティアは兼ねてから考えていた。今は均衡が保たれているが、自分がいなくなった後どうなるかはわかったものではない。

 

力は正しい方向に使われて然るべきだ。ソルティアは遠い未来を見据えていた。

 

「ん……イツキからか?」

 

歩道を歩いていると、先ほど交換したばかりのメールアドレスに一件の通知が来ていた。

 

(失礼します。講義室に忘れ物をしてしまいました。私の証明書を知りませんか?)

 

……しばらく文面を考えてから、ソルティアは文字を打ち込む。

 

「『リュックに入れてある。今から届けようか?』……っと」

 

すると、五月は爆速で返信してきた。

 

(すみません、お手数ですが宜しくお願いします)

 

そして、家の住所が送られてきた。土地勘はあまりないため、ソルティアはグーグル先生に頼ることにした。

 

「急ぎの用事か……? 良い機会だ。イツキの家の周辺地図を把握しておこう」

 

良い機会だ。結界を張って、五月の現在位置を補足不可能にしよう。あのダダ漏れの魔力は自身の存在を周囲に知らしめているようなものだ。

 

また、魔術師が行動を仕掛けてくるとしたら必ず夜に行われる。それまでに忘れ物を届けて、事情を説明しよう。

 

人の命が掛かってるんだ。ここは正直に話すしかない。

 

「ここがイツキの部屋か」

 

ソルティアは町の外れにあるアパートの前にやって来た。中野と書かれた表札を見て、インターホンを押す。

 

ピンポーン。

 

「はーい──」

 

「二乃、私が行ってきます!」

 

ガチャっ。

 

「ラングフォードくん、わざわざすみません!」

 

ドアが開かれると、そこにはリクルートスーツに身を包んだ五月が立っていた。ソルティアが財布を渡すと、彼女は何度も頭を下げた。

 

「本当にありがとうございます……!!」

 

「いや、いいんだ。帰るついでだからな」

 

バイトの面接か? とソルティアが聞こうとした瞬間、五月は猛ダッシュで部屋の中に駆け込み、そして部屋の中から出てきた。

 

「ラングくん、ありがとうございましたー!!」

 

「お、おう……」

 

電光石火で五月は姿を消した。正体を明かそうと思っていたソルティアにとっては少しバツの悪い出来事となった。

 

「まぁいい、帰るか──」

 

「待ちなさい」

 

背後からそんな声がする。

 

好戦的なその声に、ソルティアは距離を取って戦闘態勢を整えた。

 

「えっ……そんなに警戒しなくていいわよ」

 

その声の主は同居者であった。

 

異常なほど顔が似ている。まるで五月そっくりだ。

 

しかし髪の色や長さが若干違う。それに、態度が大きい──

 

「こんばんは。五月のお友達かしら? まぁ外で話すのもなんだし、中に入っていきなさい」

 

「……」

 

中野二乃、19歳。最強の魔術師を相手に会話の主導権を握り、ホームグラウンドに招き入れることに成功した。

 

*

 

「あんた、五月とどういう関係?」

 

話の切り出しはそんなところだった。テーブルを挟んで二乃と対面し、ソルティアは口を開く。

 

「それはこちらのセリフなんだが……もしかして姉妹か?」

 

「正解よ。私たちは五つ子だから」

 

……へ?

 

「今、なんと?」

 

「だーかーらー。私たちは五つ子なのよ。長女の一花、次女の私、三女の三玖、四女の四葉。そして五女の五月。みんな一緒にこの部屋で暮らしているわ」

 

「なん……だと……」

 

思わずソルティアは額に汗をかいた。五つ子だと……。そんなものが実在するのか。だとすれば姉妹全員が彼女(五月)レベルの魔力量を持っているのか……?

 

「な、何よ。そんなにジロジロ見ないで」

 

「す、すまん」

 

どうやら目の前の次女は一般人であるようだった。彼女から魔力の気配は感じられない。

 

「キミこそ、五月とはどういう関係なのよ?」

 

「そうだな……食堂で相席して以来、仲良くさせてもらっている。友達と言って差し支えないだろう」

 

「食堂で相席ねぇ──あのバカとそっくりじゃない」

 

すると、途端に二乃の表情が柔らかくなった。

 

「え?」

 

「な、なんでもないわ。本当に友達なのね……ならいいのよ。簡単に私の姉妹に手出しされると困るのよね」

 

ソルティアは困惑していた。この女、苦手だ。自分のペースを持っているタイプの人間。会話の主導権を握るのは大変難しい。

 

「用は済んだか? それでは、俺はそろそろ帰らせてもらう」

 

「待って。これは……その、誰かに言うのは初めてなんだけど」

 

その場の空気が変わる。二乃は声を震わせて言った。

 

「あなたなら知ってるかもしれない……これ、言っても大丈夫よね?」

 

「なんだ。何かあったのか」

 

うん、と言って二乃はうつむく。

 

「最近……部屋の周りをうろちょろしている変な奴がいて。それで……怖くて」

 

「!」

 

ソルティアは目を見開いた。奴らめ、もう五月の居場所を突き止めているのか──!

 

「……」イギリス紳士は二乃にハンカチをそっと差し出した。

 

「あ、ありがと……」

 

「ふん」

 

二乃が泣き止むのを待ちながら、ソルティアは考えを巡らせる。

 

これは目の前の彼女にも伝えるべきだろうか。五月本人ならともかく、少なくとも次女の二乃は無関係だ。しかし……。

 

「わかった。ニノ、全てをありのままに話そう」

 

「やっぱり、アンタが犯人で……!」

 

「違う。だが、俺は犯人を知っている」

 

「!」

 

ソルティアは立ち上がって、右手を天井に向けた。

 

答えは存在せず(アンリミテッド)──」

 

彼が詠唱すると同時に、辺りの茜色はそのままでアパート周辺を覆うように結界が張られた。

 

「自己紹介が遅れたな。俺はソルティア・ラングフォード」

 

それと同時に、掌の上で魔力が渦巻く。二乃は呆気に取られて声を出すこともできなかった。

 

「魔法使いだ」

 

グラウンドで魔術師を葬った時に使った魔術。やがて部屋全体を暗闇に染めると、ソルティアは右手を振った。

 

「──っ」

 

すべてが元通りになる。しかし、二乃はその場から動けずにいた。自らの常識を超える現象。目の前の青年が何者なのかさえ、彼女にとって定かでは無かった。

 

「……嘘、今何を」

 

「魔法を使った。君の妹はこの魔法を悪用する勢力に狙われている。俺はいわゆるボディーガードというやつだ」

 

最強の魔術師は、怯える二乃の前に立ってこう言った。

 

「このことは姉妹間でのみ共有してくれ。外部には絶対漏らさないこと──イツキが帰ってきたら、彼女にも伝えたいと思う」

 

「ちょ、ちょっと! まだここに居るつもり!?」

 

「さっき引き留めたのはそっちだろう。あーお腹が空いたな。何か飯はないのか?」

 

「くっこの外道! 後で覚えてなさいよ!」

 

調子のいいソルティアに精一杯食らいつきながらも、二乃は頭を抱えていた。

 

今のは、なんだ。

 

(私、夢を見ているのかしら──)

 

キッチンに立ち、二乃は作りかけの夕食を調理し始める。こんな時に限って姉妹はいない。この超常体験を早く誰かに伝えたかった。

 

目の前の男は何者だ……? 魔法だなんて、そんな馬鹿な。

 

しかし、悪い人であるという感じはしない。それがより気持ち悪さを引き立てていた。

 

「ニノ、トイレを借りてもいいか?」

 

「ええ。そのまま帰ってこなくてもいいわよ」

 

「泣くぞ」

 

軽口を叩いて、ソルティアはトイレをしに消える。

 

……はぁ。なんだか肩の荷が下りる。やはり彼は只者じゃない。その場にいるだけで空気が張り詰める。

 

「五月は何とも思わないのかしら──」

 

ソルティアによれば、彼と仲良くしているという五月。

 

普通の人間ならば彼の異常性に嫌でも気付かされる。やはり、五月は何かしらの異常性を持っているのだろうか。

 

「フーくん──貴方なら、魔法も教えてくれるわよね?」

 

「大きい独り言だな。って、俺が言えたことではないが」

 

「!? ちょっとキミ、戻ったならそう言いなさいよ!」

 

理不尽だな、とソルティアは突っぱねる。そのまま座るかと思いきや、二乃の方に近づいた。

 

「俺に手伝えることはないか? 皿洗いでも何でも」

 

「じゃあ、そこの洗い物やってくれる?」

 

「わかった」

 

五つ子なので結構な量があるのだが、ソルティアは文句一つ言わずに皿を洗った。二乃は少しばかり彼を見直しながらも、「ちょっと電話」などと言い残して、部屋の外に消えた。

 

*

 

「それで、白川教授のゼミに──」

 

「悪い、武田。電話出てくる」

 

東京大学構内。5時限目を終えた上杉風太郎は、トイレに消えた。

 

「もしもし。二乃か?」

 

「フーくん! あの……アンタに聞きたいことがあるんだけど」

 

風太郎は違和感を覚えた。久しぶりに連絡が来たかと思えば、二乃が妙に元気の無い様子だったからだ。

 

「ど、どうした? 何でも聞いてく──」

 

「魔法って、知ってる?」

 

風太郎は硬直した。

 

「は?」

 

「いや、何でも聞いてくれって言ったじゃない」

 

「意味がわからん。魔法なんてそんな非現実で子供じみてる物、存在するわけが……」

 

「するの」

 

わからないなら別に良いわ。

 

二乃は立て続けにそう言うと、電話を切ろうとした。

 

「ま、待ってくれ! 俺もちょうどお前ら五つ子が恋しいと思ってたんだ。来週の土曜日、予定空いてるか?」

 

「……! あ、空いてるけど……」

 

「よし、じゃあそっちに行くからよろしく!」

 

風太郎は忙しなく電話を切る。

 

「ちょ、ちょっと! もう、なんなのよアイツ……」

 

かくして、五つ子の家庭教師が故郷に戻ることとなった。

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