A.通常時は黒、戦闘時は金髪になります。ちなみに僕はポニーテールの五月が好きです。
「……」
五月は大学の図書室にいた。勉強用のメガネを掛けて、講義の復習に精を出す。
日頃の努力の甲斐あってか、今のところ成績は中の上に落ち着いていた。高校時代からは想像もつかないほどの進歩である。
(それにしても……二乃の話は、本当なのでしょうか)
しかし今日はどうにも身が入らない。魔術師同士の戦いに割って入ろうとした二乃を止めようとはしたものの逆に迷子になり、結局二乃に連れられて家に帰った。
(私が、狙われている……?)
帰宅後、二乃からソルティアの発言をそのまま伝えられた。
五月は特殊な力を持っていて、危ない勢力に狙われている。だから、自分がこうして悪い輩を駆逐し五月の護衛を遂行している──
にわかには信じられない。何せ今の今まで普通の女の子として過ごしてきたのだ。五つ子の中でも自分だけ、だなんてそんな話があるだろうか。
(稀に心的外傷から多量の魔力が生まれてしまう場合があるとかないとか……そもそも魔力ってなんでしょう。私の知らないものが、私の中に……)
「イツキ。奇遇だな」
「ひゃっ!?」
思わず声が出てしまい、五月は口を押さえる。
「驚かさないでください! ここ、図書館ですよ?」
「すまん。勉強か?」
「ええ、まぁ……」
考え事をしていたとは言い出せず、五月は下を向く。
「私は凡人なので。地道に努力を重ねていくしか無いんです」
「……そうか。しかし、努力することができるというのもまた才能だ」
ソルティアが図書室に来ることは滅多にない。五月は何の用事だろうか、と思案する。
「ありがとうございます。ですが、そんなに大層なものではありませんよ」
「またまた。イツキは謙遜しすぎだ」
ソルティアはそう言うと、鞄から一枚の紙を出した。
「これを見てくれ」
「えっ? えーっと……」
それはとある考査の答案用紙だった。
……そういえば、彼は勉強が出来るのでしょうか。
まぁ当然頭は良いでしょう。何せ会話から知的さが現れていますから──
「は、八点!?」
「見ての通り俺は馬鹿だ。親から仕送りを止められそうなほどにな」
い、意外でした……と五月は呟く。そうしていつの間にか、いつものようにソルティアと会話が出来ているということに気がついた。
「どうするのですか? 単位不認定の可能性が非常に高いですよ」
「一応、追試験が一週間後にある。外国語の単位を落とすのは非常に痛いが、俺の計算ではギリギリ卒業でき……」
ハナから諦めているソルティア。それを見兼ねたのか、
「あのっ。私で良ければ教えましょうか?」
五月は勇気を振り絞ってそう言った。
「え……? マジで?」
「……マジです」
ソルティアは少しばかり沈黙すると、天井を見上げて呟いた。
「感謝ッ……!!」
「泣いてるんですか!?」
かくして、五月はソルティアの先生になることになった。
*
「ラングくんの選択はスペイン語だったのですか。それならば楽勝ですよ。ここをこうして……」
「ふむ、ふむふむ……」
「ここをこう置き換えて読んでみてください」
「踏む……なるほど!!」
ソルティアは突然立ち上がると、両手を広げて言った。
「──全く持ってわからん!!」
「はいそこー。図書室は静かにねー」
教授に注意されて、ソルティアは「すみません」などと言いながら着席した。
「すまん……俺の理解力が足りないせいで」
「だ、大丈夫ですよ。私も理解に時間を費やしてしまうタイプですから……そうだ。もし良ければ、ラングくんの家にお邪魔させて頂けませんか?」
「……へ?」
意表を突かれて変な声が出るソルティア。
「いや、ですから……あくまで、ラングくんのお勉強をお手伝いするだけで……」
「お礼はパンケーキ一年分でいいか?」
「私そこまで食いしん坊じゃないですからー!!」
……そうして、一時間後。二人は橋を渡って、ソルティアの住むアパートへと向かおうとしていた。
昼下がりの風は心地良い。それはもう、最高に。
「そういえば、ニノから聞いたか?」
「えっ、何を──あ」
「聞いたみたいだな。一応、イツキを狙う勢力は瓦解寸前で、この街から撤退した。説明が遅れて本当に済まない」
大丈夫です、と言って五月は下を向いた。
「私の中に、私の知らないものが入っていたのですね……」
「あぁ……災難だったな」
ソルティアの声に、五月は首を横に振る。
「ですが、良いこともありましたよ。今日こうして貴方と歩けているのは、魔法のおかげなのかもしれません」
ソルティアは最後の一文が引っかかったのか、曖昧に返答する。
「そうかな──」
「ええ。私は貴方を頼りにしていますよ」
五月はそっと、ソルティアの背中を押した。
「……ありがとう」
何の罪の無い女の子を魔術の世界に巻き込んでしまった罪悪感。彼女の一言によって、それは少しだけ軽減された。
「……」
五月は黙り込むソルティアに、勇気を出してこう言った。
「やはり、ラングくんは私を──」
「あれ……五月」
五月は開いていた口を慌てて閉じると、目の前の姉に目を凝らした。
「ミクか」
「三玖、こんなところで会うとは。奇遇ですね」
「……! 隣の人、私……見たことある」
三玖は堂々とソルティアを指さす。
「公園で……あれ……あまり思い出せない」
「俺はあの金髪だ。君とは帰り際に少し話したはずなんだがな」
「や、やっぱりあの時の!」
三玖は驚いた表情を浮かべた。実はこの二人、公園(宝具によって破壊されたが)で軽く会話を交わしている。ソルティアと二乃の説明を聞き、三玖は魔法の存在を知った。
「まさか……こんな日中から五月のボディーガードを……」
「違う。これから俺は彼女に勉強を教えてもらうんだ。というか、何もイツキとは魔術だけの仲じゃない。護衛対象として以前に、俺の数少ない友達なんだからな」
「!」
今度は、驚くのは五月の方だった。
「何かおかしいことを言ったか?」
「い、いえ! あの、その……ラングくんは、私に特殊な力があるから
だから、そんな風に言ってもらえたのは意外でした……と五月は言う。
「当たり前だろう? 仮にこの世界に魔術なんてものがなかったとしても、俺は五月の側に居ようとしただろうな」
「……っ!!」
五月は思わず顔を背けた。
「い、いきなり何を……!!」
「二人……アツアツ。まるでカップルだね」
「か、カップルですって……!? 誰がこんな人と付き合うものですか!」
「こんな人とはなんだ! 毎日サンドイッチを食わせて貰ってる立場で何を言う!」
「そ、それは!」
「やっぱり五月……食べ過ぎ……」
三玖は睨み合っている二人を見ながら、風太郎のことを思い出していた。
昔もこんな風に五月と風太郎が言い合いをしていた。いや……実際はもっとウマが合っていなかった訳だけど。
「五月の理想は……風太郎なんだっけ」
「え、何ですか?」
「ううん……なんでもないよ」
今の二人を見て、風太郎はなんて言うんだろう。
興味無いなんて突っぱねておきながら、結局……目で追っちゃうんだろうな。
「そもそも、貴方は私と話す時だけ感情が豊かすぎます! 普段はあんなに笑わないのに!」
「そ、それは表情筋のトレーニングだ! 筋肉は使わないと衰えていくからな!」
これ……ただの惚気……。
三玖は二人を見て、かすかに頬を緩めた。
五月は前に進んでいる。私も頑張らなくちゃ。
「そういえば……一つ聞いてもいいかな」
三玖はソルティアの顔を真っ直ぐに見つめて、こう言った。
「なんで、私が三玖だとわかったの?」
それはソルティアにとって奇妙な質問だった。
「え? 何を言ってるんだ?」
「最初に『ミクか』って言ったでしょ。私たちは五つ子……顔は一緒だし、初対面で見分けられる人なんてまずいない。なのに、なんで……」
「そういうことか」
ソルティアは少し息をつくと、五月と三玖を交互に見た。
何を言ってるんだ。全然違うじゃないか。
「見分けられる。愛があれば!」
「……!」
その言葉は、二人の胸の奥深くに突き刺さって、優しく溶けていった。
「愛が……あれば」
「そうだ、というか全然違うだろう。イツキはもうなんというか、イツキ! って感じの顔だし、ミク、そしてニノ。それぞれに特徴が──って、どうした?」
ふと顔を見上げると、五月が涙を浮かべていた。
「……! な、なんでもありません!」
今度、彼に五つ子ゲームを出そう。
当ててほしいだなんて、ワガママだろうか? ──そんなことを思ってしまう自分がいた。
*
「……出来た!! ありがとう! これもイツキのおかげだ!!」
「いえいえ。私はお手伝いをしたまでです」
ソルティアが住むアパートの一室。特訓を経て、なんとか試験に合格できる程度の学力を獲得することができた。
長い時間を掛けて目標を達成した時の喜びは、筆舌に尽くしがたいものだ。
「あとは追試に合格するだけですね。今のラングくんなら問題無いでしょう」
「あぁ……イツキ。何かお礼をさせてくれないか?」
ソルティアはそんなことを申し出る。
「お礼、ですか?」
「あぁ。今日はイツキの時間を奪ってしまったからな。料理なら何でも作るぞ。と言っても、和食はあまり得意では無いがな……」
「良いのですか!? 私、手伝いますよ?」
こうして、二人は一緒に鍋をやることになった。
辺りが暗くなり始めていたので、すぐに作れる物のほうがいいという結論に至ったからだ。
(スーパーで買い物……まるで同棲しているみたいです)
五月は一瞬そんなことを考えた後、すぐに頭をブンブン横に振った。
(や、やっぱり最近の私はどうかしています。変なことは、食べて忘れましょう……!)
「イツキ……何度でも言うぞ。俺には金がない、だからあまり高い肉は──」
「ん〜これも食べてみたいです! 見ているだけでお腹が空いてきました……!」
「仕方ないな! 全部買ってやるよクソが!!」
半分キャラ崩壊したソルティアが誕生したりもしたが、二人は無事夕食にこぎつけることができたのだ。
「それじゃあ……」
「「いただきます!」」
熱い鍋を二人で囲む。ホクホクと湯気が立っていて、五月の食欲が刺激されていった。
「美味しいです……! 苦労した甲斐がありました」
「美味い。野菜のエキスが効いていて良いな」
ソルティアの部屋にはテレビがない。しかし、そんなものは必要無かった。
(美味しい……そして、楽しい)
根菜を口に含みながら、五月はそんなことを思う。
何故だがソルティアと居るのは心地良い。距離感が絶妙で、それがいい。
「どうした、イツキ。顔に何か付いているか?」
「い、いえ! 何でもありません!」
五月はそっぽを向く。目の前の日英ハーフは、魔法使い。けれども彼は人間だ。自分の喜怒哀楽を認めてくれる。
勉強できないというのは意外だったけれど──それもまたご愛嬌。
「ラングくん。ご馳走様でした!」
五月は満面の笑みを浮かべて、そう言った。
その笑顔に内心ドキッとしながらも、ソルティアは応える。
「いやいや、お礼をしたまでだ……もうすっかり暗くなってきたな。イツキ、帰らなくていいのか?」
「……!」
五月は慌ててポケットからスマホを取り出すと、9時を過ぎていることに驚愕した。
「もうこんな時間……! 本当に、楽しい時間の流れは早いものですね」
「あぁ。……なぁ、イツキ」
「その写真の男って……」
ソルティアの視線の先はスマホカバーのところにあった。
プリクラには五月と男、そしてもう一人小学生らしき女の子が間に入っていた。
「……!! なんでもありません!」
咄嗟に隠したが、ソルティアはすっかりその写真を眺めきってしまった。
「まるで家族写真じゃないか。その男は彼氏か? ……ハッ!? 俺は彼氏持ちを自宅に連れ込んで……」
「ちち、違います!! 本当に違いますからー!」
五月が目を> <にして否定する。
「と、とにかく! 来週の追試験頑張ってください。きちんと復習することが大事ですからね!」
「わ、わかった……」
応援していますから!! と言い残して、五月はいなくなった。空っぽになった部屋の中で、ソルティアは深く息をつく。
「あの男は誰だ……?」
まだ何も知らないソルティア。
「しかし──イツキには背中を押されてばかりだな」
見知らぬ男のことは忘れて、ソルティアは皿を洗い始めた。道を正してくれる彼女の存在は、彼にとってかけがえのないものなのかもしれない。